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2014年6月19日 (木)

浅田さんご夫婦のお話を聴く紅茶の時間

140618_ 浅田さんご夫妻のお話を聴く、とくべつ紅茶の時間。
お話のタイトルは「何処で死ぬのか。原発事故で奪われた暮らしと今の気持ち」

雑木林の緑をバックに、わが家のお手製スクリーンが出現。
そこに映し出される福島の生きものたち、動物も、植物も。ヒバクしたのは人間だけじゃないんだ。140618__2

20年近く前に東京を離れて、あの日まで福島県田村市都路で、ほとんど自給自足の生活をしてこられた浅田さんご夫婦の、自然がいっぱいの暮らしそのものも、ヒバクした。

都路でのお二人の暮らしの、なんと豊かなこと。

「リスが庭にくると、その日は忙しいんです。一時間でもリスに見とれて、することいっぱいある畑仕事が遅れちゃう」と、実にうれしそうな、楽しそうな表情でお話する正文さん。アカゲラが庭の木に来ても同じよ、という真理子さん。
足踏み脱穀機と唐箕(とうみ)が、どれほどすばらしい道具かも、二人のお話から伝わってくる。
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3月12日原発が爆発。その夜に都路のおうちを離れ、13日夕方、友人のいる金沢へ。

それから3年余り、4年目にはいった金沢暮らし。こっちで温かくむかえられ、いい出逢いもいっぱいあって、それでも心はまだ福島。

取り寄せている福島の新聞に、毎日載っている放射線量。テレビのローカルニュースでも毎日、流れているそうだ。そういうものに、いつのまに慣らされていく。
新聞紙面に大きく、「負けない!」の文字。
「早く帰ってこい」の空気。
だけど、美味しんぼに書かれたことも、多くの人の体調の悪さも、事実として、あること。

志賀原発や大飯原発の、裁判と判決のこと。志賀原発さしとめ原告団にはサポートが必要なこと。

北陸に避難してきた人たちとつながりあえる場として、先頃できたばかりの「11の会」のことも。
まだまだつながれていない、避難してる人たちが、この石川にもいっぱいいる。
つながりを求めていないか、それとも出てくる元気もないのか、それはわからない。
それでも11の日に会って、話をしよう。避難者同士でないと語り合えないことも、きっとあるから、と。

これからも伝えていきたい、という想いでおられる浅田さん。
「何か見えないちからで、やれ、といわれてるように感じるんです」とも。             

3・11の前から、福島原発ハイロアクションの準備で動いていたような人たち、脱原発で行動してたような人たちの、どのくらいかは、事故後、全国に散らばった。

その人たちの多くは、たどり着いた先の地で、たくさんのしんどい想いもしながら、全国に散った仲間たちとつながり、あたらしい人たちと出逢い、そして全国に大切なメッセージを発信しつづけてる。

それって、ものすごく大事なしごとだと思う。

浅田さんたちも、先週土曜日に京都で会えたうのさえこさんも、今週土曜日に七尾にお話にみえる武藤類子さん(16:00〜18:00@ワークパル七尾)も、まちがいなくそんな人たちだ。

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この日は、紅茶ツアーかねて、浅田さんのお話を聴きにきた新潟と三条の人たちが8人。それに、紅茶内外の人たち、あわせて24人が参加。(参加費は、志賀原発さしとめ原告団へのカンパに)

お話のあとのきもちキャッチボールタイムには、新潟からの人たち、浅田さんと私を出逢わせてくれた中垣さん、この日の一番古い紅茶仲間の細川さん、など、けっこういろんな人が代わる代わる感想やきもちを語って、浅田さんたちとコラボのような時間になりました。

中垣さんは来週26日にある北電株主総会のことも少し。
私は、京都でもひろげた、「原発的なモノ・コト/原発的でないモノ・コト」リストの紙もまた大きく拡げて、みなさんに見てもらいました。

140618__4 新潟県からの人たちはみな、かるべめぐみちゃんの描いた、9条の大型リーフレット「せんそうはすべての愛をこわす」をお土産に持ち帰り。

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浅田さんたちの語りの旅は、まだまだ続きます。

7月27日(日)は、この日紅茶にきてくれた三条のひとたちが私も一緒によんでくれてるので、三条で、浅田さんご夫婦とのジョイントトークをしてきます。
その時にも、原発的/原発的でないモノコト・リストの大きな紙、持って行こうっと。9条のリーフレットもね。

             

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