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2014年7月28日 (月)

ジョイントトーク @ 紅茶の時間in三条

27日。浅田さんご夫妻とのジョイント紅茶の時間 in 新潟の三条。

2月の時ご一緒にトークした、郡山から新潟に避難されてる若いお父さん、菅野さんも後半からトークに入ってくださって、おかげでより充実のいい時間に。

浅田さんが、6月のとくべつ紅茶でもみせてくださった、福島自然保護協会制作の貴重な映像をこの日も。
ヒバクしたのはヒトだけでないこと、すべての生き物がヒバクしたこと、私たちもその生き物の一部であること、何度でも確認できる映像です。

3・11の1年後、2年後、3年後の浅田さんのおうちのまわりの放射線量の変化、でもすぐ近くの林の中ではほとんど変化がないこと。

お話の最後に、3・11以前の、都路での浅田さんたちの暮らしが写しだされ、その日々がどれだけsense of wonderに満ちみちた、自然から恵みをもらう毎日だったことか、見てる人に静かに伝わって行く。

大飯原発さしとめの判決文も、おおきく映し出されて、国冨を失う、とはこのことだ、と本当にリアルに感じられる。140727_

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私の今日の話は短めに。つながり、を一つのテーマに語りました。
最初は誰かがたった一人ではじめたmove、それがmovementになっていくまでには、かならずそこにつながりの物語があって、それをわかちあいながら、伝えること、ひろげていくこと、続けていくことの意味を。

110812_ 四半世紀前に路子さんが発案したかざぐるまキルトが、今も引き継がれてることを、5月の上野での、「女たち、いのちの大行進」の集いで確認できたこと。

チェルノブイリ後に気づいた、私自身の内なる、“原発的な価値観”のこと。
それを基に、いのみら通信2012年春号に書いた、原発的/原発的でないモノコトリスト。

おととしの東海村でのおはなし会に参加してた木田節子さんが、そのリストを大きな紙に書き写して引き継いでくれて活用してたこと、その紙ごと、上野で私にプレゼントしてくれたこと。
それをまた、紅茶の時間にきた新潟のひとたちが写しとってあらたに、書でかきおこしてくれてること。

木田さんが大飯原発差し止めの裁判でのべた「今は福島のこと、いつかはあなたの町のこと」という言葉の重み。

関東から避難して石川にきてる若いママたちが、ピースウォークやカマレポやさまざまなピースアクションでつながってること。
石川にあらたにできた、避難して来てるひとたちをつなぐ「11の会」。
先月、金沢のカフェで(そこが「11の会」の会場でもあり)上演された朗読劇「空の村号」のこと。
かるべちゃんの9条リーフレット(この日参加したひと全員にあたったよ)のひろがり、などなど。
あわせて鎌仲さん作のあたらしい「カノンだより」の宣伝も(ちなみに紅茶で9月17日に、これを見ながらミニミニ・カマレポカフェします)。

9条にノーベル平和賞を、というアイディアを思いついた神奈川のおかあさんのように、どれも、最初は一人からはじまったことが、movementに育って行く途上の、経過の、ものがたりなんだ。そのものがたりは、ちいさな一人ひとりの手によって今も、織り上げられていってる。

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ジョイントトークの中で、石川と新潟の避難して来てる方たち同士がつながる話、と同時に、つながることのむずかしさも。保養プログラムの情報交換も。
浅田さんや菅野さんのように、経験したものが、経験してないひとたちに語ることの、貴重な意味も。

最後に出た質問、活動的なグループに属していない自分には、たった一人でなにができるんだろう、にもいいヒントがいっぱいありました。
それはあの場にいらした方たち(活動してると意識してないひとたちにも)にきっと伝わってる、と思った。

何はともあれ、せんだい原発再稼働へのパブこめ=意見公募(8月15日までに)、特定秘密保護法の運用基準へのパブこめ(8月24日までに)、という夏休みの宿題にも参加しようね!

再びよんでくださった三条の、明日の未来を考える会のみなさん、
6月の紅茶に浅田さんのお話ききにきてくれた新潟のかたたち、
燕に何度もよんでくれたあっちゃん、
4月紅茶の認知症フェにきてくれた十日町の岩田さん、
三条紅茶にいらしてくださってありがとうございました。

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Photo ところでーーー
私の特技は、ちいさなことをよろこべることと、どこでもすぐに眠れること、なのですが、、。

後者の方の特技を、のりかえた電車のなかで発揮してしまい、はっ!!と目がさめたら、そこがもう降りる駅!
東三条のホームに降り立って、私を探している浅田さん(席が離れてたので)、
それを目にしながら電車の内側から必死にドアを叩いてる私、というマンガのような図が、そこにあり(涙)。

幸い、主催してる人とすぐに連絡がとれ、私は次の加茂駅でおりて、折り返しの電車にのって30分後には会場に到着できたけど、関係者のみなさま(金沢の人も含む)、ほんとにご心配おかけしました(深々とお辞儀)っ!

というわけで、三条紅茶のスタートは、この話からはじまったのでした。

帰りの電車では、行きのあやまちをくりかえさぬよう、浅田さんたちがしっかり見はって(いや、見守ってて)くださり、無事にその日のうちに家にもどれました。

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