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2014年9月 8日 (月)

森松さんのご本「母子避難 心の軌跡」のこと

昨日7日に津幡に戻ってきました。大阪の3つの出前とも、それぞれに中味の濃いいい時間になったように思います。それはどの場所でも、みなさんが、「聴く」耳で聴いてくださってたからだよ。

またおいおいご報告したいけど、まずは5日の、こじょうけんさんの出前紅茶にきてくださってた森松明希子さんのご本、「母子避難 心の軌跡」のことを。

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3.11の後、郡山から、当時0歳と3歳のお子たちを連れて大阪に避難された森松さん。はじめは、原発震災後のゴールデンウイークからひと月ぐらいの一時避難、のつもりが、そこで目にした夕方のテレビニュースの違いに愕然とする。郡山のテレビからは流れてこない原発の情報が、大阪ではこんなふうに出てる!地元で知らされてない情報を、次々に知って行った明希子さん。

夫さんは福島に残って仕事、明希子さんたち親子は大阪、という決断をした森松一家。大阪で出逢った人たちに支えられ、みずからを語りはじめ、ついには、大きな大きな決意にいたります。

出前紅茶の中でいつものように、あなたが言われてうれしかった言葉はなんですかとお聞きしてはじまる「ほめ言葉のシャワー」のワークをした時、明希子さんはこんなふうに書きました。

ーー「黙っている方が、ストレスでしょう」
と、夫から間接的に言われました。
原発賠償訴訟で、「避難する権利」を認めてほしい、憲法訴訟だと訴える裁判の原告団長になった妻をどう思うか?というメディアの取材に、夫が答えているのを聞きました。
人は、「代表になってくれてありがとう、みんなの思っていることを代弁してくれてありがとう」と言ってくれます。もちろんそれもとてもとてもうれしくもあり、励まされますので、うれしいほめ言葉です。でも私は、夫が理解して、私が声をあげることをわかってくれるのが、いちばんうれしいです。

ほめ言葉のリレーで、読み手の誰かがこう読み上げたとき、会場のみんなにも誰が書いたかわかって、それはそれはあたたかな愛おしい空気が、部屋中一杯になったのです。

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明希子さんは、お目にかかるなり、「スウさんの13条のうたと、自分の想いがぴったり重なっているんです!どうかこの中の『20年後のあなたへ』のところだけでも読んでくださいませんか」といって、私にご本をプレゼントしてくれました。

13条のやさしい日本語訳と、彼女の文章の、あまりの重なりよう!
そこだけでなくご本全体を、関西出前の移動の間に一気によみました。

よくぞよくぞ書いてくださった、きもちが必死に言葉をさがしながら、具体的に心の軌跡がみえるように、わかりやすい「わたしメッセージ」で。
「深く考える」「助けをもとめる勇気」「自分の頭で考えることこそ最高の危機管理」「言うべきことは自分の言葉で」「感謝、生かされている」「安心した支えの中でこそ人は語り始める」。

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石川に避難してる人たちにも、そうだ、10月に出前にうかがう信州伊那で,出逢うだろう避難してこられた人たちにも、この本を知ってほしいので、かもがわ出版さんに注文しよう。
新潟三条で出逢った人のなかに、郡山から避難してきたお父さんもいらしたなあ。
あのお父さんにも、このご本の存在を知らせたい。

危機がいきなり襲って来たとき、いのちを守るために親はどうすればいいのか、悩みに悩んで、考えに考えて、安心できる人にこころを聴いてもらって、そして踏み出す一歩を見定める。決断する。選択する。
その意味では、ほんとに多くの人によんでほしい本と思いました。もとからそこに暮らしている町の人にも、なにができるか、考えさせてくれるよ。

明希子さん、出逢えてよかった。ありがとう!
6日の出前先の豊中の幼稚園で逢えた、もとからおつきあいのある豊中千里の団地の笹部書店さんも、ご本をお見せしたら、出版社に注文しますって、言ってくださったよ。

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