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2014年11月10日 (月)

笠木透さん+雑花塾@紅茶の時間

141109__4 笠木透さん、20年ぶりの紅茶でのコンサート。家のぐるりが木だったこと、しっかり覚えててくださって、その木々たちが、「ずいぶん大きくなったなあ!スウさんちでコンサートしたのはついこの前だったような気もするがなあ」と。

今日の雑花塾のメンバーは、増田康紀さん、鈴木幹夫さん、川崎正美さん草汰くん親子、そしてキーボード担当、でえげっさあの吉藤かんちゃん。

前回は、小学生だった娘の同級生たちもい〜〜っぱい来て、階段もすべて客席となり、2階の橋からこどもたちの足がぶらんぶらん、ベランダで寝そべって聴く子もいる、という超満員でしたが、今回は定員30名のところ、34人の大人なお客様でいっぱいになった紅茶の時間。

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141109_ オープニングの歌はいつものように、♪私に人生といえるものがあるなら。
も うこの時点でぼろぼろ泣いてるのは、20年前にもこの場にいた紅茶のたかちゃん。
特にこの歌は年を重ねてこそ、いっそうしみじみ胸の奥にはいってくる。笠木 さんが、歳とっても歌えるのがフォークソング、っていってたけど、低く太くお腹に響く笠木さんの歌声で、この歌はとりわけ心にしみる。

ダムで沈んでしまう徳山村の風景を、戦争に行ったきりまだ帰ってこないあの人に見せてあげたい。ただその一心で、写真をとりはじめたおばあちゃんを歌った♪揖斐川。
「売れなくても、下手なものでも、いいものはこの世にいっぱいあるんだよ」と笠木さん。
ざつぼく、の雑木も、お金にはならない木だが、きれいで、ほら、この家のまわりだってこんなに美しいでしょう?と♪雑木誌。

戦争が終わった時、子どもだった笠木さん。ふかしイモばっかりの毎日、ひもじくてひもじくて。でもそれでいのちをつないだんだよ。イモにもっと感謝せんといかん、イモ神社があっていいくらいだ。外国人のえんねさんが教えてくれた、ジャガイモのすりおろしの焼いたの、うまかったなあ〜〜。♪えんねさんのジャガイ モのすり焼き。

直腸がんを手術して、ウンコブクロをさげることになった。なんなんだ、これは!こんなん生きてる気がせんじゃないか!ってはじめは思ったけど、つけてるうちに、何とふしぎなもんで、今や、いとしいもの、ひととして高い次元でウンコブクロを見るようになった。それを記念してつくった歌が♪ウンコブクロ。

笠木さんの歌のことばは、まさにこんなところからも生まれてくる。
生きていて、うれしいこと、悲しいこと、理不尽なことへの怒り、あたらしい発見、感動。
心に本当に感じた、思ったことを、歌詞にして、その想いを語るからこその、この説得力、迫力。それは大きな病いの後も、ちょっとも変わらない。

そしてなにより、戦争はいかん、という強い強いきもち。
集団的自衛権の行使は、どんな理屈をもってきたってだめだ。理屈じゃない、だめなものはだめだと、いやだいやだと、まるでだだっ子のようであっていい、いかんいかん、と、叫んで抵抗し続けるしかないんだ、と♪戦争はあかん。

大病のあとつくった今年の歌♪命 この悲しいもの。(笠木さん詞・鈴木さん曲とボーカル)

 ある日 この星にやってきて ある日 この星から消えていく
  生まれたものは 死んでいく この平等だけは 信じてもいい
 わずか80年ほどを 夢中に生きて 誰もみんな 消えていく

 命は はかない それぞれに美しい
 命は 悲しい 涙とよろこびの花束だから

もう、この歌の途中から、私、号泣。
人は誰だって、いつ生まれるのかいつ死ぬのか、自分では決められないんだ。人を愛して、一緒に50年ほど暮して、それでもやがて別れがやってくるんだ。
天災や戦争から、命からがら生き抜いて来て、食べて、子どもをつくって、働いて働いて、いつかは働けなくなって、、、。
笠木さんの個別の歌は、普遍の歌だ。そこに一番、私は惹かれるのだろうなあ。

141109_cd 25年以上も前、若狭で、車に積んだスピーカーで「私の子どもたちへ」を流しながら、原発反対と、たったひとりで訴えてまわっていたお坊さんがいた。中嶌哲演さんと出逢い、原発に目をむけた笠木さんは、やがて祝島に通う。どんなにお金を積まれても、海と魚と畠があるこの暮しとひきかえになんかできない。祝島の歌、♪豊かな青い海。

 魚と野菜と いい友だちがおれば
 ほかに何がいるのだろう 私のこの人生

このまっすぐでシンプルな歌詞に、また涙がとまんなくなった。クッキングハウスが「ミツバチの羽音と地球の回転」上映会をしたあと、鎌仲さんと笠木さん、増田さんとのジョイントでコンサートした時にも、これ歌っていたなあ。大好きな一曲。

最後は、♪平和の暦。憲法ができてから、日本が戦争をしないできて、67年。
日本の人たちが、これまでずっと、「うまず、たゆまず、あきらめず」に、平和の暦を刻んで来たこと、68年も69年も70年も、それをもっとずっと続けて行きたい。

アンコールの歌は♪私の子どもたちへ。

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最後のあいさつが、私にしてはめずらしく涙声になった。
ウンコブクロをぶらさげても、真剣に生きてるひとはなんて美しいんだろう、って思えてさ。
うまずたゆまずあきらめず、って、笠木さんこそ、これまでず〜〜っと12条してきたほんまもんのひとだって思えてさ、じ〜〜んとしてしまって。そこですかさず、笠木さんがティッシュを手渡してくれてさ。

紅茶でこのコンサートできて、本当によかった。笠木さん、雑花塾のみなさん、笠木さんと鈴木さんのおつれあいさん、そして来てくださったみなみなさま。
♪命 この悲しいもの、の歌のように、私たちはいつかはみな消えていく存在だけども、この20年ぶりのコンサートの時間をご一緒できて、ほんとうによかったです。ありがとうございました。141109__5

 

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