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2014年11月 4日 (火)

収穫祭と憲法のつどい

111210_ きのう3日は、雨も強い風もありのさっぶい日だったけど、別所の諏訪神社の横にテントをはって、予定通りにお米の会の収穫祭。
お米の会の8家族がつどい、ぺったんぺったんともちつき。具沢山のめった汁。
今年は、おもいのほか、ちいさな人たち(1歳の女の子から、小学生まで)の参加が多くて、楽しさ倍増でした。
27年前の、お米の会のはじまりのころを思いだしたよ。当時は3、4歳だったレイジくんも、いまは二児のお父さんになっていて、私たちのおいしいおお米を作り続けてくれている。

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車の中できがえて、9条の会・石川ネット主催の憲法集会へ。

はじめに、モンゴル生まれで、もう18年金沢に住む李(り)さいかさんが二胡の演奏をしてくださる。
もみじの曲が、途中から三拍子になって、外国風もみじのイメージになり、再び日本のもみじにもどってくるアレンジ。モンゴルの紅葉は、ポプラの葉の黄色一色で、日本のような色とりどりの紅葉にはならないそうだ。
最後の曲「競馬」。モンゴルの大草原を駆け抜ける馬たちの、ひずめの音はげしい息づかい、すっごくリアルに感じたよ。

今日の記念講演は、毎日新聞記者さんの明珍(みょうちん)美紀さん「平和をつくるために〜メディアの現場から」。

明珍さんの問いかけ。「みなさんはレーン宮澤事件を知っていますか」
戦争の始まる前、北大生の宮澤さんが、親しいレーン夫妻とのやりとりをスパイと疑われ、軍機保護法(今の秘密保護法)でとらえられて、ひどい拷問を受けたこと。そのせいでいのちを落としたこと。

今はアメリカで暮らす妹の秋間美江子さんは、1980年代にスパイ防止法案が通されようとした時に来日、こんな法案を通してはならないと訴えた。
(紅茶でもその当時、スパイ防止法案、またの名を国家秘密法案の勉強会していたので、宮澤さんの名前にも記憶があったよ)。
秋間さんは、今回の秘密保護法のことを知って、祖国が大変なことになりそうだと、おととしも今年も来日したという。

明珍さんが取材をとおして出逢って来た、井上ひさしさんや住井すえさんやセバン・鈴木さんや100歳の報道写真家の笹本つねこさんたちの、言葉のエッセンス。

共通しているのは、自分の頭で考え続けること、深く考えること。あの人とは意見が違うからと遠ざけるのでなく、いろんな違いを持った人たちと話しあうこと、議論すること(井上さん)、一人ひとりが自分のできることを考えて行動すること(セバンさん)。

そして今、U20(アンダーtwenty,20歳より下のひとたち)が声をあげはじめたことが、あらたな希望の芽。
(10月25日に渋谷で2000人集ったというSASPL、学生さんたちのデモにしたって、そうだね。秘密保護法のことも集団的自衛権行使のことも、自分たちにおおいに関係あり!と気づきはじめてる若い人たちが、もっともっとふえてほしいよ!)

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お話のあと、9条の会・石川ネットの呼びかけ人の一人、紅茶9条の会として、閉会のスピーチを。

憲法はむずかしいし、自分に関係ない、って思う人にどうしたら、そうじゃないよ、と伝わるか、この10年、いろんな工夫をしながら伝えてきたこと。
大好きな13条を歌にして、13条を入り口に、憲法を身近に感じてもらおうとしてること。
その一つ手前の12条も実はとっても大事!と、とりわけ今強く思ってること。

国のしてることをいつもちゃんとみはってて、国が勝手にへんなことしようとしたら、いやです!おかしい!って声をあげる、不断の努力が私たちには求められてること、それが12条。

「不断の努力を普段から」を合い言葉にして、それぞれが普段の生活の中で、ちいさな12条をしてほしい。
誰かのしてるピースの行動がいいな、って思ったら、応援する、ひとに知らせる、伝える。
たとえば、9条を守って来た日本国民にノーベル平和賞をください、という神奈川の高鷲さんのアイディアが、すばらしいな、って思ったたくさんの人がいて、それに賛同し、応援し、まわりのもっとたくさんの人にひろめたように。

憲法を語るこういう場にくることもふくめて、そういう一つ一つが、12条するってこと。
今日の明珍さんのお話に出て来たひとたちの言葉は、それぞれの12条の実践だと私には思えたよ、と。

最後に、12月6日の小森陽一さんの朝の特別授業「憲法の本当の役割〜平和の中で生きているということ」の宣伝もさせてもらいました。
90名が定員で、現在48人の方からお申し込みいただいてます、と。

宣伝効果ありましたよ、お申し込みが一気にふえて、現在62名です。

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