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2014年12月 7日 (日)

小森陽一先生の朝の授業その報告

2014126 12月6日、小森陽一さんの朝の授業の教室には、この冬初の大雪という厳しい天候の中、続々と、年齢層もさまざまな生徒さんたちが集まってきてくれました。
あとで数えたら、110数人もきてくださってたようです!
長文ですが、これなかった人のためにも、とまとめてみました。

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小森先生の授業は、9条をめぐる戦後の日本の歴史をきちっとおさえながら、今日現在までを一気に。
それはまるでジグソーパズルのピースが、一つ一つ埋まって、つながっていくような、緻密で、そして実に明快なお話でした。

なぜ突然の選挙か、と思われてるけど、実は、7月の解釈改憲閣議決定に国民の反対が多かったことと、関係おおあり。
直後の世論調査で、7割が、9条こそ大事、といってるのに、それはマスメディアに載らず、ネットで小さく出ただけ。
でも、その反対の多さゆえに、法案をすぐには出せなくなった。で、そのことを表立って問う間を持たせず、今、選挙しようとしてる。

閣議決定はしても、法案をとおさなければ、そこに「切れ目」が生じる。

レジメの資料にのってる閣議決定の全文「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」は、ちっちゃい字で、やたら長くて。

ーー見ただけでもう読む気なくなるでしょうが、でも、これ、大事な証拠物件ですからね。ここんとこだけ、「あらたな3要件」だけは、しっかりと見てくださいね、
と、これまでとの違いをくっきり説明してくださる。

「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず」、の「のみならず」の後に続く、「我が国と密接な関係にある他国に対する〜〜」の語句で、自衛隊の出かけて行ける範囲をいかようにもひろげていける。それが、切れ目のない、ってこと。

閣議決定された7月1日が、実は自衛隊ができて60回目の誕生日の日だった、というのも、歴史的にみて、ぞっとするほどブラックな相似形だ。
今の政権の中心にいる人たちの、おじいさんからの3代に渡る世襲の害もすごくリアル。

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湾岸戦争の時、ブッシュに要請されても自衛隊を海外に出さなかった(出せなかった)海部さん。それはもちろん9条のしばり。
それによって、日本は憲法9条ってものを持ってるんだと、世界中のふつうの人が知ってしまった。この意味は、ものすごく大きい。
自衛隊の行くところが非戦闘地域なんです!と小泉さんにいわしめたのも、9条のしばり。
そういうしばりが、ところどころに「切れ目」を生じさせてるんだ、って実感した。

先生からの質問。
ーー去年12月、特定秘密保護法が通った後の、クリスマスまぢかの物騒なプレゼントを覚えてますか?あれ、たった一年前だけどもう忘れちゃったかな。
南スーダンにPKOで行ってた自衛隊が韓国軍に一万発の銃弾あげてきちゃったでしょ。あれは憲法違反だよね、置いて来ちゃいけないものだった。
こういう場面でそのつど、9条がひっかかってくる。それが、切れ目、ということ。

ーー日本版NSC、国家安全保障会議ができて、その初仕事がこれでしたね。閣議決定だけで、武器輸出禁止の原則をすばやく変えてしまった。ごく少ない人数だけで、国家の大事なことを決めるようになっていってる。自民党の憲法草案では、戦争になったら全部閣議決定していいことになっているしね。

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9条の会の歴史についてもあらためて学べました。

2004年の発足時、9条の会はほとんどニュースにもとりあげられなかった。当時は、憲法変えた方がいい、が65%。変えなくていい、が20%だった。

2007年にはその割合がせめぎあって、2008年には15年ぶりに、変えなくていい、が、9条を変える、をうわまわった。この年は、イラクへの自衛隊派遣は憲法違反、との名古屋高裁の判決が出た年でもある。それは、世論の転換があったから。

先月の沖縄県知事選挙では、オール沖縄で闘って、新しい知事を選んだ。本土とは違う選挙のやり方で勝ったというのは、草の根のちからがこれだけ強ければこうなる、と証明していることです、と。

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それにしても、小森先生は、戦後70年の歴史のポイントの日を、○○年○月○日、としっかり日付までおぼえている。

ーーそれは記憶力の問題じゃなくて。なにしろ9条の会ができてからのこの10年、土日祝日と、毎週どこかでこういう事しゃべってるからね、忘れる間がない。っていうか、しゃべり続ければ、忘れない。
だからみなさん、おおいにしゃべりましょう。記憶を保持するためにも、草の根をひろげるためにも、近所と、まわりと、対話しましょう。一人NHKになりましょう。

141204_ 先生は、「父と暮らせば」の黒木和男監督との対談の中で、「9条の問題を、自分の人生の中心にすえて生活するようになってしまった」と。
「映画 日本国憲法」のジャンユンカーマン監督との対談の中では、「言葉を本当にちからのあるものにできる日々の運動を、どれだけやっていくかということが問われてると思 う」と語ってらっしゃる。

私たち一人ひとり、語る言葉をもつこと。そのためにもこの国と憲法の関係を歴史的に知っておくこと。すんごく大事だ!

授業は真剣で、熱くて、しかも内容は深刻な事態なのに、なぜか笑いもいっぱい。
あ!とか、そうか!とか、気づきながら、考えさせられながら、元気がでてくる。世論を完全に無視することはできないんだな。私たちもただ無力じゃないんだな。

「切れ目なく、自衛隊をどこへでも」をあちらが狙ってるなら、こちらはその「切れ目」を保持していくことが大事なんだ。殺し殺される、の関係に入っていくかいかないか、今が瀬戸際なのだから。

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小森先生、中味の濃い、言葉のちからを感じる、すばらしい授業をありがとうございました。
取り寄せた3冊のご本、シネフロント社の対談集1と2、それと「あの出来事を憶えておこう〜2008年からの憲法クロニクル」 は、すべて完売しました。

朝の雪道、生徒になりにきてくださった方々、ありがとう。
朝の授業の始まる前の短時間で、むぎわらぼうしのみなさんも、紅茶のおかあさんも、9条の会いしかわネットの方たちも、机や椅子のならびかえ、資料を手早く組む作業、いっぱいお手伝いしてくださって、ありがとうございました。

そして、夏から一緒に準備してきた小森学級生徒会のみなさん!
それぞれの得意なことやできることが違ってて、だれもが自主的にはたらいて、そのチームワークが見事でした。本当にありがとう!

生徒会の中にはちいさな子どもたちを持つ人も多く、それでも当日も、受付や本屋さんなど、いっぱいはたらいてましたね。
こんな授業を若い人たちが関心もって聴く、そのことがすてきなことです。あらかじめ先生にお届けしていた生徒会からのたくさんの質問項目にも、授業の中でたくさん応えてくださってましたね。

そうそう、授業のはじめに小森先生が、小さな子どもの泣き声はなぜか場を和ませてくれるね、子どもは未来だものね、といってくださって、ありがたかった。赤ちゃんを抱っこして聞いてた人はもうその言葉でどんなにほっとしたかしれない。教室の空気もふっとやわらなくなりましたね。

先生はお昼すぎの特急はくたかで魚津へ。講演のあと、富山空港から羽田へ。
今日7日は子ども9条の会全国大会で浦和で一日、お話されてるはずです。

6日にともに学んだこと、まわりに話そうね、ひろげようね。それが先生へのお返し、と思います。

     

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