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2014年12月28日 (日)

『憲法の「空語」を充たすために』

141217_ 「通販生活」2014年秋号の表紙が、すごく気になってた。
「目からウロコ本、第一位はこれだ。通販生活・選」として、内田樹(たつる)さんの、『憲法の「空語」(くうご)を充たすために』という本の紹介が、そのまま表紙になっていたから。

たまたま友人が一冊もっていて、貸してもらって読んだら、ぐんぐん読めて、これがほんとにおもしろい!

神戸女学院大学文学部の名誉教授で、武道家でもある内田さんが、今年の5月、兵庫県憲法会議の集会で講演した内容に、あらたに加筆したのがこの本。
この方独特の思考回路と語り口による、憲法の突っ込み方、切り口が新鮮で、具体的な話し言葉が腑におちて、そうだったのか!ポイントが、あちこちに。

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この講演の後援を、神戸市と神戸市教育委員会が拒否した、というところから内田さんの話ははじまってる。
憲法を守らねばならない義務を負う公務員(日本国憲法第99条)が、どうしてこうも簡単に、憲法を大事にしないでいられるのか、憲法を軽んじていられるのか。なによりそのことを、問題と思わない公務員自身やマスコミが問題。いや、もっと大声でおかしいと言わない私たちこそ、問題だと。

いったいどうして日本国憲法はこんなにも軽いのだろう。
「私が最高責任者だ」とか、集団的自衛権の閣議ケッテイとか、アベさんはあきらかにさまざまな憲法違反してる。アベさんにこうも侮られてる憲法って、いったい何だ。

そのキーワードが、憲法のはじまりの言葉、「日本国民」にある、と内田さんは言う。
憲法の制定当時、この憲法を引き受ける生身の主体としての日本国民は、まだ存在していなかった。

だからといって、この憲法には意味がない、と言いたいのではない。今の憲法を70年守り続けて、空文でないものにし続けてきたのはまぎれもない、戦後の日本国民だと内田さんは言う。

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憲法とは、あるべき国のかたち、方向性をきめるためもの。
だからその時点では、どの国の憲法であれ、まだ「空語」にすぎない。

そのカラの部分を根気強く、充たしていくための、現実のものにしていくための、動機付けが、日本人にはどうして欠けていたのだろう、と内田さんは考える。

それはこの国が、戦争にひどい負け方をしたことと関係があるのではないか。
負けた後に国を再建していくための、足がかりになるような物語を、この国自身はなにも持っていなかった。その意味で、アメリカが憲法制定の主体にならざるをえなかった。でもそれをもって、押しつけ憲法だ、と今の憲法を軽んじていい理由にすり替えていいわけではない。

負けても負けても、勝っていると言い続けたかつての日本と、最悪の原発事故が起きた後のことを何も考えていなかった今の日本と、アベノミクスで世界に経済進出していく、積極的平和主義だと、この道しかない、と言ってる今の政府と、その、変わらない無責任さが、この本を読みながらおそろしいほどに重なっていく。

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2012年に出た自民党憲法草案は、今の憲法と比べて、きわめて人間的。つくった人の顔も欲望もみえる。その意味では、主体がある、と内田さん。
民主制が嫌いで、独裁的な政治をしたくて、株式会社的な日本をつくってお金儲けしようとしてることが、ありありと読める。

個人の人権をせばめて、13条の基本的人権も、21条の表現の自由も、「公共の福祉に反しない限り」という言葉が、「公益および公の秩序に反しない限り」に書き換えられている。

第2章のタイトルの「戦争放棄」は、「安全保障」にかわり、「自衛隊」は、「国防軍」になっている。

もっと大きな違いは、この憲法を守る義務を負うのが、99条の「天皇、大臣、国会議員、公務員」から、102条の「すべて国民は、この憲法を尊重しなければならない」に変わっていること。つまり、国に私たちがしばられる。私たちの自由や権利が制限されて行くのが、自民党の考える憲法。

この草案で、いちおう主語のふりしている「日本国民」とは、政治をする側が想定した、こうあるべき日本人、のこと。今の憲法の「主権在民」とは全く違う。

そのことがすっきりとわかるこの本「憲法の空語を充たすために」、とりよせました。分厚くないので、すぐに読めます。
憲法改正とむきあうことを視野にいれて、私たちがどう、今の憲法の空語を充たしていけるか、考えるとてもよいテキスト。900円+消費税。紅茶本屋にあります。

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