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2015年2月 2日 (月)

ワイツゼッカーさんの言葉

Photo 94歳で亡くなられた、ドイツのもと大統領、ワイツゼッカーさんの言葉。
あの有名な「過去に目を閉ざすものは、現在も見えなくなる」がはいっている演説です。

今、この言葉を何度でも読み直したい。

ワイツゼッカー元大統領が1985年5月8日、ドイツの終戦40年の記念日に独連邦議会で行った演説の要旨は次の通り。

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 私たちは、この日に向き合う必要がある。自分たちの基準を自ら見つけなければならない。美化し一方的になるのではなく、事実をありのままに見る必要がある。この日は人々の苦難を思い出す日であり、正直に向き合うほど私たちはより解放され、その結果に責任を持つようになる。

 この日はドイツにとってお祝いの日ではない。多くのドイツ人は祖国のため戦うのをよしとした。だがそれは犯罪的な政権の非人間的な目的に寄与するものだった。この日はドイツの間違った歴史の終わりの日だ。

 この日は記憶の日でもある。記憶とはそれが自分の内部の一部となるように正直に、純粋に思い出すことだ。私たちは、独裁的な政権によって殺されたすべての人、特に強制収容所で殺された600万人のユダヤ人を記憶する。

 命を失ったドイツ国民や兵士、祖国を追われたドイツ人を記憶する。ロマ民族や同性愛者、宗教・政治上の理由で殺された人を記憶する。死者の苦しみや、傷つき、強制的に断種され、逃走し、空襲の夜を過ごした苦しみを記憶する。

 どの国も戦争や暴力に罪深い間違いを犯した歴史から自由になれない。罪は少数の者に主導されたが、ドイツ人一人一人はユダヤ人の苦難に共感できたはずだ。良心を曲げ、現実を見ず、沈黙していた。全国民が有罪か無罪かということではない。罪は集団的ではなく個人的なものだ。

 ドイツ人だから罪を着せられるわけではないが、先人は重い遺産を残した。私たち全員が過去に対する責任を負わされている。それは過去を乗り越えることではないし、過去は変えられない。過去に目を閉ざす者は、現在も見えなくなる。非人間的な行いを記憶しない者は、また(非人間的な考えに)汚染される恐れがある。和解は記憶なしではあり得ないことを理解すべきだ。

 若者は当時のことに責任はない。だが歴史から生み出されるものに責任はある。私たちは過去の人間よりましなのではなく、常に危険にさらされている。だが私たちはそれを乗り越える力がある。若者に呼びかける。憎しみや敵意に陥らず、共生することを学び、自由を尊び、平和のために努力しよう。



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