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2015年5月11日 (月)

アーサー・ビナードさんの言葉

10日、小杉平和9条の会がおよびしたアーサー・ビナードさん講演会へ。

町のホームセンターで当たり前に銃が売られている国、拳銃で撃たれないで生きる権利すらない国で育ったぼく、というところからはじまったお話。

個人レベルでの銃の所持と、国レベルの武器の所持と使用は、無関係じゃな
い、互いに支え合っている。いまや戦争が公共事業となってしまったアメリカでは、もうそれが手放せない巨大な袋小路状態だ。ひと時代遅れの武器は、言い値で日本に売れる
わけだし。

アメリカは戦争をずっとしてきた国と思われてるけど、真珠湾以来、宣戦布告はしていない。すべて集団的自衛権=collective defense、の名のもとでしていること。
朝鮮戦争だって、朝鮮「動乱」、つまり、「ポリス」アクションだった。それにあわせて日本にできたのが、「警察」予備隊。二つの言葉の見事な合致!それが自衛隊になったのだよね。

ビナードさんが25年前に来日して、日本国憲法をはじめて知ったのは、湾岸戦争の時の新聞にたびたび登場した「憲法」とか「9条」という言葉だったという。
ビナードさんとも親しい小森陽一さんが、去年の憲法の授業で、世界中のふつうの人たちが、あの時、日本には憲法9条
っていうのもがあるんだ!と知ってしまったことの意味はとても大きい、と話してらしたけど、アーサーさんもまさにその時、知った一人だったんだ。生きてる憲法のすごいちからを、アーサーさんはあの時、体験したのだ。

9条があるから自衛隊を海外にだせない、とブッシュの要請をことわった日本の首相。あの時、9条はたしかに一つの歯止め、区切り、線引き、になった。その歯止めや区切りは、別の見方からは、切れ目とよばれる。

小森さんの授業でも、「この、切れ目のない、ってことが集団的自衛権行使容認のキーワードなんですよ」と何度もいってらしたけど、ビナードさんの話ともぴたりと符合する。

今、アベコベ首相がしていることは、まるでドラえもん。どこでもハヘイドア。
切れ目のあることがあたかもすごく悪いことのように、「切れ目のない/切れ目なく」を連発している。
自衛隊、警察、海上保安庁も切れ目なく。アメリカと日本の切れ目なく。アメリカ軍とも切れ目なく。
だけどもそれは、アメリカの国防総省=department of defenseの、公共事業の下請け軍になることだ。だってアメリカと日本のちからは対等じゃないから。

今の憲法はGHQのおしつけだという論に対しても、イギリスのマグナカルタやアメリカやフランスの憲法を例に
出して、そのどれもが、権力をしばるために、歴史の英知として、権力がやっちゃいけない区切りを定めたこと。その意味ですべての憲法がおしつけです。数百年の人間の英知をおさめたものです、と。
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ビナードさんのおしまいの言葉がほんとにすとんとおちた。
憲法は文章じゃなくて、概念。
守るか守らないか、でなく、やるかやらないか、それが問題。

うん、うん。
概念の憲法の、その空洞を充たしていくことこそ、私たちは不断の努力でもってしていかなくちゃならないってことなんだ。

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