« 明日は、ひささんのとくべつ紅茶 | トップページ | バンドエイドと、花色木綿としきんそう合唱団コンサート »

2015年6月28日 (日)

ひささんのお話とくべつ紅茶

150627_ 昨日はつめたい雨の日。でもまわりのみどりにつつまれた紅茶の空間は、ぬくかったなあ。越前のラクガキ屋HISAさんこと、ひらたひさこさんのとくべつ紅茶。金沢や富山、福井、津幡、そしてもっと遠くから来てくれた10数人で、ひささんの自分語りをおききしました。

一卵性のふたごの、一分遅れの妹として生まれたひささん。
自作の絵本「光り届く あたらしい朝」は、中学で家をでて、一人で社会の中にでていった自分のことを、それとほぼ同じ時間をかけて一冊のものがたりにしたもの。うらがえせば、それだけの歳月が、かたちにするまでに必要だった、ということ。

ひささんは、小さな絵本を一ページずつ読んでくれながら、そのページの奥にある深いきもちを、そのページごとに語ってくれました。

ある時、おかあさんからもらえた、たったひと言のうれしさで、絵でつたえるひとになろう、と決めたときのキモチ。
子どもの時から感じた、差別やいじめといった、たくさんの不条理。
なんでだろう、なんでだろう、といつも考えるひささんが、いたんだなあ。
学校にもういかない、と自分できめて、家をでようと自分できめて、しらない町で暮らそうと自分できめて。

人生の場面場面で、出逢ったひとのぬくもり、つらいときや迷った時に、あとからおもえば必然だった、貴重な出逢いがあり。
おおきなおおきな自然のちからにも、たすけられてきたひささん。
そしてある時にもらえた、ほんとうは大切で大好きなひとからもらえた、和解の言葉。
あとからわかる、ってことが、人生にはいっぱいあるんだねえ。
ほんとに、のち悟らん(これは私の父のくちぐせ)、だねえ。

ひささんは今も、考えることをやめない。
不平等なこの社会のこと、原発のこと、憲法のこと、政治のこと、戦争と平和のこと。
右へならえ、の学校教育に、あんまり長いことつかってなかったってことが、自分で考える、ってことにつながったのかなあ、というようなことを、ひささんが自分のFBで書いてたけど、うん、私もそう思う。

*******

ひささんのお話きいて感じたきもち、自分の育って来た環境や、親との/わが子との関係性などなど、きもちキャッチボールタイムでそれぞれ話しました。
ゲストのお話から触発されて、自分のきもちを語る、こういう時間がいつもとてもすき。
一般論で語らない。自分の言葉で語る。ひささんの生き方を、すごい!のひとことでしめくくらずに、自分だったらどうするだろう、と我が身に引き寄せて、考える。

そうやって考え続けることが、今のわたしたちにはとっても必要だよなあ、と今のこの国をみてて、すごく思うよ。
これまでも、そしてこれからはもっと、自分の頭で考えないような教育がおおでをふるいそうだから、なおのこと、そう思うよ。

ひささん、お話にきてくださってありがとう!おつれあいさん、小さい方の娘さん、ひささんを連れて来てくださって、ひささんが落ちついて語れる時間確保のご協力、ありがとう!

150628_ 写真は、ひささんが紅茶にプレゼントしてくれた、ピースアクション用のプラカードです!

|

« 明日は、ひささんのとくべつ紅茶 | トップページ | バンドエイドと、花色木綿としきんそう合唱団コンサート »