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2015年6月15日 (月)

笠木さんコンサート第二部

笠木さんコンサートの第二部は、森海、こと、「森は海の恋人」グル―プが選んだ一曲、「長良川」から。
手話つき、岩田健三郎さんの「長良川」のパタパタ絵本つきで。

私の選んだ一曲は、祝島のひとたちの暮らしを歌った「豊かな青い海」です。
歌の前に、こんなこと語りました。

笠木さんとの出逢いは、さかのぼること、21年前。石川で初のコンサートがひらかれたその年の、4会場の一つが、紅茶だったこと。
夏休み中でもあり、娘の同級生やら、金沢の小学生やら、子どもたちもたっくさん来て、ベランダも階段も2階も、どこもかも家中が会場になって、150人であふれたコンサートでした。

そのちょうど20年後の去年11月、同じ紅茶の場で、今度は30人限定のおとななコンサートを。それが、笠木さんの最期のコンサートになってしまったこと。

その日も歌ってくださった「豊かな青い海」を、最初に聞いたのは、4年前のクッキングハウスでした。

原発にずっと反対し続ける祝島の人たちの日々の暮らしや、スェーデンの自然エネルギーの現実を描いた、「ミツバチの羽音と地球の回転」上映会のあと、鎌仲監督のお話を聴き、その夜、笠木さんと増田さんを迎えての、クッキングハウス・コンサート。

歌のサビの部分、

♪魚と野菜と いいともだちがおれば
  ほかに何がいるのだろう わたしのこの人生

っていう歌詞を聴いた時、なぜだか私、涙がぽろぽろ、こぼれた。

そうだよ、ほんとうに大切なもの、必要なものって、こういうこと。
もっともっとほしい、儲けたい、まだまだ足りない、という原発的な価値観の、真反対の、しあわせのものさしを、こんなにもシンプルな言葉で歌にしちゃう。それが、笠木さん。

ラストコンサートで聴いた時にも、やっぱりぽろぽろ。
悲しくてじゃなくてね、そうそう!って思って泣けちゃう、大好きな歌。

あ、笠木さんが、原発問題や祝島に目を向けるようになったきっかけの一つは、若狭のお坊様の中島哲演さんだった、っていう話もしました。
哲演さんが、小さな車にスピーカーつけて、原発反対を訴えておられた、今から30年近くも前のこと。そのスピーカーから流れていた歌が、笠木さんの「私の子どもたちへ」だったんです!

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二部の後半は、金森俊朗さんが選ぶ、笠木さんの歌、6曲。

「水田」。
3億の中の一つがぼくになった、という言葉ではじまる「ぼく」(この歌も大好き、憲法や原発や自然や子どもや遊びを歌にする笠木さん、こんな歌も書くんだねえ!と感動する歌詞)。
「太陽とあそぼ」。150613_
喧噪と混乱、わめいたり、怒鳴ったり、と家族の日々のリアルを歌った「家族」。
子どものころの笠木さんにサンタクロースはこなかったけど、ついにきた「サンタクロース」(笠木サンタから、私たちはなんといっぱい贈りものをもらってることだろう!)。
そして、生涯かけて、うまずたゆまずあきらめずに12条をしつづけてきた、まさに笠木さんならではの歌、「平和の暦」。

フィナーレは、おなじみ、「あなたが夜明けをつげる子どもたち」と「私の子どもたちへ」を、会場のみなさんとの大合唱で。

笠木さんを知る人にも、まったく知らない人にも、笠木さんが蒔いてきた歌の種、育ててきた人と人、その豊かなひろがりが、笠木さんの歌詞を通して伝わった、とってもいいコンサートだったなあ、と思います。

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自分の想いは自分で表現するのだ。
下手でもいい、自分の言葉で。
つくった歌のように、生きていけ。

いつもそう言ってた笠木さん、彼の遺した言葉と歌を、過去にしちゃいけないよね。

笠木さんの歌を歌い継ぎながら、私(たち)もまた、あたらしい表現(言葉であれ、歌であれ、文章であれ、行動であれ)を、創りだしていくことを、さぼっちゃいけないんだね。

150614_ 写真は、昨日のコンサート会場をかざった墨田の花火のあじさいや、かすみ草のおすそわけ。
すてきな花を用意してくれた、ともちゃん、ありがとう。あなたの司会、最高でした!

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