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2015年9月19日 (土)

わたしの12条宣言 mai works ver.

Kenpobooklogo2_4

mai works の mai です。
母が関西に出前中なので、今日は私の投稿です。

今日の未明、ついに安保法案が参議院本会議で可決されました。
でもね、たくさんの人が「終わりじゃない。ここからはじまり」って言っているし、
(そこがこれまでとは違う空気な気がする!)
私も、ここからが本番、って思ってます。

国民に誠実でない方法で憲法違反の法案を成立させる政治家のこと、
やっぱり私は信頼できないな。
そしてそのような政治家が、法案を誠実に運用するとも思えないな。
だから、「あぁ、もうだめだ」って目をつむってしまったら、
それこそ相手の思うつぼなんです。
のど元過ぎれば暑さ忘れる方式で忘れちゃうことも、相手が望んでいることだよね。

憲法とこの国に住む人がないがしろにされたこの理不尽さを、
私はしっかりと感じて記憶したいし、
一人でも多くのひとに感じて、記憶してほしい。
そして、次の選挙につなげたい。

憲法の中身を知ると、今起こっていることがどんなにへんてこりんか、理不尽か、
よくよくわかります。
そのことを知ってほしくてつくった『わたしとあなたの・けんぽうBOOK』だけど、
私、この前人生で初めて街角でスピーチしたんです。
この本をつくろうと思ったきもちについて、こんなふうに。

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私がこの本の中で特に伝えたかったことは二つあります。
一つ目は憲法を守る義務があるのは国民ではなくて、
総理大臣や国会議員や公務員や天皇陛下、といった
私たち国民にはない権力をもつ人たちだということ。

彼らに一定の権力が与えられているのは、
あくまでも国民が生活する場としての国を運営するためです。
だけど、権力というのは時として
国民の望まない方向へと暴走していってしまいがちだということは、
数々の歴史が証明しています。
たとえどんな横暴な人間が政権をとったとしても、
国民の自由と権利が守られるために、ないがしろにされないために、
権力をしばるための機能として、憲法が存在しているのです。

そのことを前提にして考えると、9割の憲法学者や、
かつて内閣の憲法解釈を担ってきた元内閣法制局長や、
法の番人と呼ばれる最高裁の元長官が違憲だといい、
国民の8割が説明不足と感じ、6割が今国会での成立に反対だという安保法案が、
このまま通ってしまうことを、私はおかしいと思います。

たとえ、もしもあなたが安倍総理を支持していて、
安保法案の中身に賛成だとしても、
やっぱりこんなやり方はおかしいよって声をあげる必要があると思います。
なぜって、一度こんなルール違反にOKを出してしまえば、
この先あなたが支持しない人が総理になって憲法違反をしたとしても、
文句が言えなくなってしまうからです。
この状況にあって、なおも立ち止まってくれない安倍内閣に、
私たちは堂々と「おかしい!」と声をあげる権利がある、ということを、
憲法は教えてくれています。

私はさっき、本の中で伝えたかったことは2つだと言いました。
もう一つは、この「おかしいと思うことに声をあげる」というのが、
私たちの権利であると同時に、責任でもある、ということです。
憲法が命じる矢印の向きは、ほとんどが権力をもつ側にむけられていますが、
12条は、私たち国民にむけて書かれた条文です。

第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。

「不断の努力」というのは、絶え間のない努力、という意味です。
憲法が私たちに自由や権利を与えてくれているからといって、
それにあぐらをかいて私たちが何もしなくていい、なんてことはありません。
政治家は変なことはしないだろう、という
根拠のない信頼感に頼っていたらだめだよ、
今の自由や権利をこれから先も持ち続けていくためには、
私たちが絶え間のない努力をしなくちゃいけないと、憲法は言っているのです。

そのことを、本の中では「12条する」と表現しました。
だから、権力をもつ側が、おかしなことをしようとしたときに、
おかしい、って声をあげることは、立派な「12条する」なんです。

私は初め、スピーチしてって言われた時、
とてもじゃないけど自分に出来る気がしませんでした。
今だって、怖いし緊張しています。

だけど、私の友達には、憲法を守る義務があるのは総理大臣や国会議員だということを
知らない子もいます。
政府がルール違反をしようとしているときに、
そのルール違反はおかしい、と政府に伝える責任が私たちにあるということを
知らない子もいます。
そういう人、他にもたくさんいると思うんです。
だから、そのことを知ってしまった者の責任として、
そのことを知らない人へ伝える責任があると思ったから、
今私はここでスピーチをしています。
それが私の「12条する」ということなんです。

今この話を聞いてくださっている方の中に、
もしも立った一人でも、安保法案に賛成でも、反対でも、よくわからなくても、
自分の「12条する」はなんだろう? とふと考える方がいてくれるとしたら、
私はとても嬉しく思います。

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参議院での採決の過程によって、はからずも、
あの日スピーチで言ったこと、けんぽうBOOKに書いたこと、
それがそのまま証明されました。

私たちが「ちょっと待って、一旦止まって」と言っても、
権力はその声を聞かず、ふりきってしまうことがあるんだね。
選挙で選んだら、あとはもう政治家に任せておいて大丈夫ってことじゃなくて、
正当な手続きで選んだ人であったとしても、ルール違反をすることがあるんだね。
憲法がなんのためにあるのか、
そしてなぜ憲法に12条の「不断の努力」があるのか、
そのことがよ〜くわかりました。
だけど、このままだと、その憲法が機能不全になってしまいます。

ここから先、問われていくのは、主権者である私自身。
次の参院選まで、このきもちを忘れないで持ち続けて選挙で示すこと。
忘れっぽい私が、忘れないでいるために。
いろんな考えの人がいる中で、おもいを選挙に反映させるために。
私は何をしていこう。

それに、デモに行くまでではないんだけど、
なんかモヤモヤするって人ともつながりたいし、話したいな。
政治には無関心なんだよね、って人とも、つながる方法がないかなって考えたいな。
けんぽうBOOKは、そんな人にこそ読んでもらいたくてつくりました。
それを、どうやって手渡していくことができるかな。

たとえすぐに答えが出なくても、私は考え続けることをやめないでいようと思う。
違和感もモヤモヤもまだ言葉にできないきもちも全部大切にしながら、
進んでいこうと思う。
私が無関心であることが、権力をもつ側にとってはどうやら都合がいいらしいので、
だから私はこれからも、おかしいことはおかしいって言おうっと。
そう決めた私の心は、自分でも意外なほど晴れ渡っているよ。

これが、わたしの、12条宣言。

mai works

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