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2015年9月22日 (火)

天野祐吉さんの言葉。

天野祐吉さんの言葉、大好きでした。ユーモアとぴりり、が同居していて。その言葉は人間味があった、ぬくかった。

おつれあいさんが、国会前の抗議行動に参加してらしゃるとのこと。
今日の朝日新聞。天野さんのこの言葉は、夫から妻への言葉だけど、私もこれを言い続けるし、行動し続けます。
               ↓

 「ダメなものはダメだと、何度でも、しつこく言い続けることが大切なんだよ」

全文はこちらから。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11977224.html

ここは抜粋です。↓

(前略)

東日本大震災後、「脱原発」を訴えるデモが首相官邸前で繰り広げられた。天野さんはデモに参加したがったが、伊佐子さんは「危ないから」と制し、問いただした。デモに行ったって何も変わらないじゃない――。すると天野さんは穏やかな笑顔で答えた。

 「ダメなものはダメだと、何度でも、しつこく言い続けることが大切なんだよ」

 伊佐子さんは、法案が衆院を通過した7月半ばからデモに参加。夫の遺骨を納めたペンダントを胸元で握りしめ、群衆の中で声を張り上げた。車いすの人、転んだ時に抱き起こしてくれた人、すれ違いざまにペンライトを渡す人……。いろんな人と交わった。

 「足を運び、デモの『空気』に触れて、生前の夫の言葉が、ようやくわかった気がしています」

■(CM天気図)若者のことば、新鮮な空気 天野伊佐子

 日本は、とんでもない方向へと、まっしぐらに進んでいこうとしている。

 安倍さんたちはナンダカンダとヘリクツをつけては憲法9条を勝手に解釈し、強引に安保法案を通してしまった。日本は70年前に敗戦を経験し、「もう軍隊は持たない、戦争を放棄する」と世界中に宣言した。なのに憲法違反という声があがろうが、おかまいなしなんだそうだ。

 そんな国会でのやりとりを見て、このままでは危ない国になってしまう、権力の暴力はたくさんだ、と思った人が、国会前に集まった。その中でひときわ輝いていたのは、「SEALDs(シールズ)」という学生たちの集まりだ。若者らしい素直なことばが生きていて、真正面から各世代に届き、全国各地にひろがった。

 ラップのリズムに合わせたシュプレヒコールは、ときにユーモラスで、思わずプッと噴き出してしまう。それはまるで側面から相手をギャフンと言わせる、粋のいいヤジのようだった。

 空気は、窒素と酸素と“ことば”で出来ていると思う。粋のいいヤジには、権力や権威がふりかざされて呼吸しにくくなっている状況を、パッと切りひらく働きがある。学生たちの“ことば”は、国会でのやりとりを見てアップアップと呼吸困難になりかけていたわたしたちに、新鮮な空気と希望を送りこんでくれたように思う。

 権力の暴力を目のあたりにした国民をナメていると、安倍さんはとんでもない、しっぺ返しを受けるんじゃないかな。ジミントーという空気だけを吸っていると、ますます想像力貧乏になり、窒息しちゃうよ。そうなる前にたまにはコッソリ国会前に行き、集まった人たちの空気を吸ったほうがいいと思うけど、余計なお世話かな。

 ■天野祐吉さん「CM天気図」抜粋

 ジョン・レノンが死んで、ことしで25年になる。この四半世紀の間に、この地球上で戦争のなかった日は一日もなかったんじゃないだろうか。

 そんなときにまた、自民党から憲法の改定案が出た。第九条を変えるなという強い世論に気をつかって、表面的にはかなりおだやかな調子になったけれど、しかしそのぶん巧妙に、“自衛軍”が海外で戦争をすることができるようにする条文を新しく加えている。

 ま、憲法の改正については、これからいろいろな議論がされていくことになるんだろう。できれば、そういう議論の場のバックミュージックに、ジョン・レノンの「イマジン」を流してほしいものだ。

 「『イマジン』がきこえる」/05年11月3日

     *

 日曜日の選挙は大方の予想通り自民党の大勝に終わったが、自民党政府のやることの中でも反対したい政策があれば、デモという表現で意思表示する方法はある。

 残念ながら、ぼく自身はからだが弱って参加しにくくなってしまったが、たしかにデモは選挙と並ぶ民主主義の大切な表現行為だろう。

 そう言えば、商品をあの手この手でデモンストレーションするのが広告の仕事であり、それが自由に許されているのも、民主主義のおかげである。

 ひどい政策だけじゃなく、ひどいCMにもみんなでデモしたら面白いと思うけれど、そんなヒマはないか、でも。

 「でも、デモがある」/13年7月24日

     *

 明治神宮外苑の国立競技場をぶっ壊して、8万人を収容する“世界一”の巨大な競技場をつくるんだそうで。かと思ったら“成長最優先”なんていう首相の言葉が、派手に新聞に躍ったりして。

 むかしの中国では、品評会などでの入選順位を、1等・2等・3等……ではなく、1品・2品・3品……と呼んだそうな。で、その審査のモノサシでははかれないが、すぐれて個性的なものを「別品」と呼んで評価したという。

 別品。いいねえ。世界で1位とか2位とか、何かにつけてそんな順位を競い合う野暮(やぼ)な国よりも、戦争も原発もない「別品」の国がいいし、この国にはそれだけの社会的・文化的資産もある。

 「『別品』の国へ」/13年10月9日

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