« 初ずわい。 | トップページ | 24日はぽぽぽさん。 »

2015年11月26日 (木)

talk about mai works

151122_ とくべつ紅茶、昼の部「マイ、mai worksを語る」。

次々になつかしいお顔やはじめましてのお顔が紅茶にみえるものだから、うれしいのと同時に、娘の心臓はばくばく飛び出しそうだったろうなあ。

本の編集やブックデザインを細々と仕事にしてきた彼女が、これまで歩いてきた自分の道を、集まってくれた人たちの前で、それはそれは誠実に語りました。

きまじめで頭が四角く、その分、社会を渡るにはぶきっちょすぎて、生き悩み、考え、もがき、自分なりの必要最低限のルールをきめて、それを愚直に守りながら、一歩一歩。
ふと気づけばそれがいつのまに、彼女オリジナルの生き方や、マイウェイへと、つながっていってたんだなあ。

*******

小さい時から紅茶の娘として育ち、ある意味、注目され、上手に空気をよんで、親やまわりのひとの期待にこたえて、いろんな顔をうまくつかいわけてた、つもりの自分が、シュウカツ中に、実は中味がからっぽだったと気づいちゃった。
シュウカツことごとく失敗して、やっとみつけた就職先の所長が、大学卒業ひと月前に、いきなり逮捕!というよもやの展開。

本来こわがりで、保険をかけるように安全・安心路線をすすんできてたのが、突然の失業で、目の前まっくら。
でもそれって、自分からはぜったい飛び降りる勇気なんてないわたしを、ほんとにそんな生き方でいいんか、自分がしてみたいと思うこと、もっとおもしろいことしてみろ、って、
神様が、崖から自分をつきおとしてくれたのかもしれない。ライオンのおかあさんが子どもつきおとすみたいに。

mai worksが生まれたのにはいくつもの奇跡が重なってたと思うけど、勤め先がこんなかたちで一瞬にして消えたことも、
動転の余り、頭がスパークして、普段の、根がネガティブの自分なら決して考えつかないこと、
それまで本なんかつくったこともないのに、絵も描けないのに、卒論を本にしよう!って思ったこと、実行したことも、
(まだパソコンも使いこなせず、卒論にイラストくわえてコピーして、ホチキスでとめただけの、ページめくってるうちにばらばらほどけてくるような、今思えばおこがましくて本とはとうていよべないくらいの本だったけど)、
本つくるんなら発行元の名前がいるな、って思って、ベランダで洗濯物干しながら、マイの作品だからmai worksにしよう、って名づけたことも、
本来ネガネガ(根がネガティブ)の自分が、あの時あんなふうに行動したこと、その後、手づくり冊子を何冊かつくったこと、あとから思うと全部、奇跡。

でもそんな奇跡、もちろん長くつづかない。
就職しないならバイトで正社員と同じ給料分かせがなきゃ(なんて四角い!)って昼も夜もぐわんばりすぎて倒れて、
ふ〜〜〜、ちょっと一休みしよ、ってなったらもう社会にでれなくなってた。
何者でもなくなった自分が、社会のお荷物みたいで、親にも申しわけなくて、もうこんなんじゃ生きる資格ないっておもいこんで(生きるのには資格がいる、って四角く考えてたんだ)、
3年間くらい、友達にもあえなくて、電車にも乗れなくて。

後から思うと、つらくなる前にmai worksが生まれてたってことに、実はとっても助けられた。
母からの依頼で、「ほめ言葉のシャワー」の編集とデザインをすることになって、軽い気持ちでひきうけちゃったけど、自分にいいとこなんて一つもない、って思って悶々としてるのに、
人に向かって、自分を認めて、ほめてあげてね、って本つくるなんて、それこそ欺瞞で傲慢じゃんない?いったいどうしたら、自分が読んだ時にそうだと思える、自分を納得させられる本をつくれるだろうか、って考えた。

それでたどりついたのが、この考え。
人に誇れるような結果は何もだしてない自分だけど、わたしがわたしであるというその存在は、誰とも置き換えることができない。
わたしみたいな人はいっぱいいても、わたしは、一人しかいない。
わたしがいなくなった時に、誰かの胸にぽっかり穴があくとしたら、それって、わたしが誰ともとりかえのきかないってこと。

そのまぎれもない事実だけで、わたしは生きてる価値があるんじゃないかな。
どれだけ自分のことだめだって否定しても、それが唯一、自分を認められることなんじゃないかな。
自分を好きじゃないって思いながら生きるってすごくつらいことなので、逆に、自分のこと好きで毎日ハッピーに生きてる人間より、自分きらいなんだけど、っていいながらも生きる選択をし続けてることが、すでに十分すごいこと、って思ってあげていいんじゃないかな、って。

「ほめ言葉のシャワー」の最後のコラム、「あなたがあなたであるというその存在は、ほかの誰ともとりかえることができません」っていう言葉は、そんなふうに固い頭で生き悩んだ想いの中から生まれてきた。
自分に自信があって、あまり深く悩むことなくハッピーに生きてきてたら、あの言葉にたどりつけなかったかもしれない。

それともう一つ、「ほめシャワ」の編集作業中に発見した大きなこと。
あ、母の頭って、なんて丸い!それまでは、母みたいになろうとしてなれなくてもがいてたけど、親子でもまったく違う人間なんだ!
□い自分を、むりやり○の中に押し込めようとしてたんだ、そりゃ、痛いに決まってる、しんどいに決まってる。
それに気づけてから、だいぶん楽になったなあ。

そんなふうに○と□のコラボから生まれた「ほめシャワ」が、意外なほど多くの人に受け入れられた。
こんな自分でも生きてていいって思えました、みたいな感想、たくさんいただいた。
自分みたいな人は、世の中に実はいっぱいいたんだなあ、って気づけた。

*******

その翌年、クッキングハウスの松浦さんから、「ほめ言葉のシャワーから平和へ」のテーマで親子で語ってください、というご注文をいただいて、
ひょえ!平和のことなんて考えてあの本、つくってないし、いったいどうやったら、ほめシャワからはじまって平和に帰結するんだぁ?!とまじめに考えた。
平和といえば、憲法じゃない?って思って、日本国憲法を読んでみたらば、「すべて国民は、個人として尊重される」って書いてある13条を発見したんだ!

え!憲法って、私の味方だったの?生きるのに資格がいるとばかり思いこんでたけど、13条は無条件で、私が生きることを肯定してくれている。
自分を大切に思っていい、幸せを追い求めていい、って言ってくれてる。
そうか、前の時代は、自分らしく生きたいとか、しあわせになりたいとか、そんな考え、許されなかったもんね。
その結果、権力の暴走を誰も止められなかったんだ。個人が尊重されない社会の方が、権力は国民を楽にコントロールできるんだ。

私が私を大切だと思うこと、あなたのことも、あの人のことも、大切にすること、その大切さは行ったり来たり。
それなしに平和ってなりたたないんだ。自分を大切に思うこと、大切にすることは、たしかに平和へとつながっている。
13条の発見はもう6年前のことだけど、それが2015年の今にもつながってるって、すごいこと、って思う。

*********

昼の部につづく夜の部は、おやこらぼけんぽうぶっくトーク。
これもまた、○と□のコラボ本。
その土台には、7年前のほめシャワづくりや、娘による13条の発見が、たしかにあって。
憲法のはなしは、暮らしのはなし、というすてきなキーワードもとびだして。
時に親子漫才みたいでもあったね。

*********

151122__2 娘の話は、断片では聴いていたけど、こんなふうにひとつながりで語るのを聴くのはもちろんはじめて。

娘が生まれて、私は切実に子育て仲間がほしくて、ただそれだけの理由ではじめた「紅茶の時間」。

あの時、0歳だった娘が、今、こんなかたちで自分の等身大の物語を、紅茶の誕生月に、紅茶で語る。
それってまるで、彼女にしかできない、32歳の紅茶の時間へのバースデープレゼントのようでした。

昼の部に、夜の部に、中には昼夜ともに、参加してくださった30余名のみなさん。
娘のこと、赤ちゃん時から知ってる律子さん、幼稚園のころから知ってる五郎さん、安宅おとうさん、さえこさん、
京都紅茶のかつこさんご夫婦、今はまるで親戚のおばちゃんみたいないんのしまいさん、
本は読んでるけど、娘と会うのははじめての紅茶仲間や、ともの時間仲間や、13条のうたの原点をしりたくて来て下さった方、本当にありがとうございました。
そして、娘のつらかった時期、だまって見守り、待ち続けてくれた夫、こんなめんどくさいとこのある娘をまるごと受け入れてくれてるパートナーのせいちゃん、
この日の時間を共有してくれたこと、心から、ありがとうとうとう。

|

« 初ずわい。 | トップページ | 24日はぽぽぽさん。 »