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2016年3月 4日 (金)

岸内閣憲法調査会

26日の豊橋の帰りによった名古屋のバンドエイドのおうち。
バンドエイドのブログにいきいき、その時間のことがかいてありました。
前の日に、豊橋のホテルでみた、報道ステーションのこともいっぱい話した話した!

***バンドエイドのブログより一部抜粋。

午後はスウさんを名古屋駅まで迎えに行きました。対話をしながらのアットホームな憲法のお話が大好評で、全国飛びまわって講演しているスウさんだけど、昨日と今日は豊橋だったので、名古屋で途中下車してくれたのです。数時間のひととき、たこ焼器でゴルフボールのようにちっちゃく丸めたひじきごはんを焼いたり、小麦粉じゃなくて、だし汁でといた卵を流して、豆腐や野菜を入れて・・・まぁ、卵とじボールっていうか、オムボールっていうか、何でも放り込んで実験ディナーつきペチャリング。(こんなingあるかいな?)

スウさん、昨夜の報道ステーションを豊橋のホテルで見てて胸がドキドキしたと言う。
まずは↓を見るべし!
http://www.dailymotion.com/video/x3u90vf

  ジャーナリストの鈴木昭典氏が発見した60時間に及ぶテープがCDに復刻され、かなりクリアに議論が聞けます。岸総理がお友だちばかり集めた憲法調査会の中で、護憲の意見を貫いたのは極わずか。その中の一人がスウさんのお父さんでした。

憲法9条は
●発案者は幣原総理
●マッカーサーに提言しマッカーサーが感動して受け入れた。

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  内閣の憲法調査会は、1956年(昭和31年)6月11日に内閣に設置された委員会的機関で、国会議員30人以内+学識経験者20人以内とされ、他に必要に応じて専門委員を増置するほか、常設の事務局が庶務を処理した。1964年(昭和39年)7月3日に内閣と国会へ「憲法調査会報告書」を提出し実質的な活動を終え、1965年(昭和40年)6月3日に廃止された。
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 スウさんのお父さんは弁護士水野東太郎氏。改正不要論でした。放送の映像の中にはお父さんの姿は現れませんでしたが、あの中にお父さんがいたんだと思えば、胸が高鳴らないはずありません。私だってドキドキしてしまいます。私は以前、水野氏の会議資料をネットで少し見つけたことがあるのですが、会議の肉声がクリアに残されていたとは、本当に驚きました。

<憲法調査会高柳会長の最終盤での発言>
 第九条はユートピアであると見えるかも知れないが、戦争放棄を不変ならしめるのでなければ、人類が滅亡してしまうというビジョンが含まれている。
 第九条は一つの政治的宣言であると解釈すべきである。

******バンドエイドのブログは、ここまで。

その岸さんの孫のアベさんは、いまの国会でほぼ毎日、声高に改憲を口にしている。
そうやって、改憲に対する国民の免疫をつけようとしているのだろうか。

私自身、憲法を一言一句かえちゃいけない、とは、思っていません。
思考停止は、していません。
だって、かえたいとこ、確かにあるもの!

でも、いまの政権が憲法をかえようとするのには、断固、NO! を言います。

理由は明解。
去年の国会で、あんなにも憲法を、国民主権を、無視した政治をしてきた内閣が、
内閣の方から憲法をかえよう、って言い出すことが、そもそも本末転倒だからです。

憲法をまもって政治をする(これが、立憲民主主義)政治家が、
国民の公共の福祉のために、国民のしあわせのために、憲法をよりよくしようとしてかえるのなら、私も反対はしませんよ。

選挙は未来をきめること。
今の国会のありようをきめているのは、3年前の参院選と2年前の衆院選の、結果です。
二つの選挙の結果、憲法によってでない、数による政治が、まかりとおってしまってる。
そのくらい、選挙の意味は、でっかい!
私はかならず選挙に行きます!私の一票は、おおきな12条です。



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