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2016年7月18日 (月)

ライオンさん ありがとう

私の大事な大事なともだち、私に、原発のこと、いっぱいいっぱい教えてくださった、ライオンさんこと、藤田ゆうこうさんが、今日、旅立たれました。

おととい、ふしぎな留守番電話をいただいたのです。
留守番電話に、「スウさ~~ん、、、じたです。今、スウさんの家でお待ちしてます。また、連絡、、、」と入っていたけど、
「ふ」の音がよく聞こえなかったので、その時はまさかライオンからと思わなかったのです。

昨日の朝、携帯で娘さんと連絡をとって、お具合がもうとても悪いこと、知りました。
ライオ~~ン!ライオ~~ン!って電話口で呼ぶと、ああ、ああ、って電話口で答えてくれたの、ちゃんと聞こえました。
おとといの午後、津幡の雑木林の私のあの家まで、ライオンさんのきもちは、飛んできてくれてたんですね。
ありがとう!私のこと、思いだしてくれて。私に電話かけてくれて。

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ライオンさんに初めてあったのは、1988年の富山での講演会ででした。
その前に「ポストチェルノブイリを生きるために」というご本で、ゆうこうさんのことを知っていました。
原発のことがとてもわかりやすく書かれていたのと、原発だけでない、人間の生き方として原発とは共存できないことも書かれていたことから、
このひとのお話をじかに聴きたい、って思って、電車にのって富山まで出かけたのでした。

それからは、何回も金沢に、津幡の紅茶の時間に、石川の各地に、原発やエントロピーのおはなしをしに来て下さったね。
何度も珠洲に行きましたね。塚本さんのお寺にも、鉢ケ崎の海にも。キャンプも何回も。夜光虫も一緒に見たね。
娘さんと一緒に、珠洲の海(狼煙のほうだったか)にももぐったね、シュノーケルつけて。

3.11のあと、とてもおちこんでいたライオンさんだったけど、その年の6月には石川で連続出前講演もしてくださったね。
その前に京都でおはなしされた時、娘が聴きに行って、控え室を訪ねたら、ライオンは最初だれかわかんなくて、マイです、っていったら
おお〜〜、マイか〜〜って吠えて、ギュッてハグしてくださったって。
家でお泊まりした時はいつも、ライオンのおひげを三つ編みにして悪ふざけしてた、あのちいさな悪ガキの女の子だったもんね。

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160717_t きのう、ライオンさんと電話した時に着ていたTシャツは、なんと偶然にも、ライオンがつくったデータをもとにしてデザインされたという、このシャツでした。
めったにTシャツ着ない私が、これも不思議です。
ライオンとお話するために、きっとこのシャツ着てたんだと思います。

ライオンから教えてもらった大切なこと、数えきれないくらい、たくさんたくさん!
ずっと昔から、行動する科学者だったゆうこうさん、その生き方から学んだこと、
私、これからも続けて行くね、って約束するよ。
でもいまはまだ、悲しくて悲しくて、涙でぐしょぐしょです。
ライオンのこと、大好きだったからね。出逢ってくれて、本当に本当にありがとう!




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