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2016年9月26日 (月)

祐幸さんを偲ぶ会

Cacrct8q 9月21日夜、下北沢で開かれたライオンさんこと藤田祐幸さんを偲ぶ会に、娘と二人で。

目指す会場には、開場前から長い人の列。
先日珠洲と金沢でご一緒したクッキングハウスの松浦さんも、愛知から来た酒井くんも。ちょうど席が空いてて、カマちゃんと並んで座れました。

広河さんや小出さん、後藤さん、武藤類子さん、海渡さん、広瀬隆さん。藤田さんが尽力し
9月21日夜、下北沢で開かれたライオンさんこと藤田祐幸さんを偲ぶ会に、娘と二人で。

目指す会場には、開場前から長い人の列。
先日珠洲と金沢でご一緒したクッキングハウスの松浦さんも、愛知から来た酒井くんも。ちょうど席が空いてて、カマちゃんと並んで座れました。

広河さんや小出さん、後藤さん、武藤類子さん、海渡さん、広瀬隆さん。藤田さんが尽力して、被曝労働の労災を認めさせた嶋橋さんのお母さんも会場に見えてました。

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長崎の雪浦に移り住んでからの祐幸さんの暮らしぶりを、娘さんの千晶さんが、画像とともにいっぱいお話ししてくださいました。

娘さんのお家のそばに移り住み、自然の巡りの中で暮らすお家を建て、畑を耕し、ミツバチを育て、自動草刈機のヤギのめえちゃんと一緒にお散歩する祐幸さん。
祐幸さんが、お孫さん達と一緒にお花見してるところ、地域の小学生に凧の作り方を教えているところ、雪浦の集落に住む人々に、田舎大学みたいにして授業しているところ、映画会してるところ。
ご家族からはもとより、祐幸さんが、集落の人たちからもどんなに慕われ、尊敬され、愛されてるか、それがよ〜〜くわかる映像と想いの溢れる語りでした。

原発に向き合う人たちとともに生きる道を選んで、修羅のごとくに闘った祐幸さん。敬愛する宮澤賢治さんのように、地人として生きた祐幸さん、その両面を併せ持つ、人としての、豊かさ。まさに波乱万丈の人生。

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会が終わってから、おつれあいの弘子さんと千晶さんに、娘と一緒にご挨拶する時間を持てました。
お話ししたい人いる?と娘さんが訊いてくださって、祐幸さんが亡くなる二日前にお電話くださったこと。ライオ〜〜ン、ライオ〜〜ン、ありがとう〜〜!と電話口で呼びかけると、祐幸さんが大きな声で応えてくださったこと。あの時のお礼を、改めてお二人に伝えられました。

マイは、小学生の時の夏休みといえば、ライオンと過ごした珠洲の海が、いつまでたっても私の特別なたからものです、夜光虫も一緒に見れました、とボタボタ泣きながら、お二人にお礼を言ってました。その横で、私も涙ぼたぼた。。。。
偲ぶ会に参加できて、本当によかった。ライオンさんの強い意志はこれからも必ず受け継がれていく、と信じます。

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