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2016年9月27日 (火)

川崎にお届け

銀座の翌日の23日は、川崎の自助グループ、ゆるりさんにお話の出前。

Photo 「心地いい場、あなたも私も大切」というテーマだったので、紅茶の時間のこと、聴くことの深い意味、そして自分を自分で認めること、受け入れていくことや、そして、自分への贈りものの言葉である、ほめ言葉のシャワーのワークショップなど。

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先月あるところでお話させてもらった時のエピソードも少し。
みなさんお一人ひとり、自分が言われてうれしかった言葉を、必死に思い出し思い出しして書いてみる、という作業をしてる時、お一人だけ、まったくそれに参加してない方がおられたんです。

みなさんが下向いて折り紙に言葉を書いている中で、その方だけお顔あげてるのがとても気になったので、思わずその方のところに近づいて、お声かけてみたら、
「私には、そんなのありませんっ、とにかく厳しくしつけましたから、褒めて育てるなんてこと、一回もしませんでしたから!」
って怒ったみたいにおっしゃったので、あ、意味を取り違えてらしたのだ、ってすぐわかりました。

そうですね、ほめて育てる、というのに抵抗感感じる方、たくさんいらっしゃいます。
実は私も、ある意味、そうです。褒めるという行為が、あたかも伸ばす道具みたいなニュアンスで語られるのには、とっても違和感あります。

でも、私がみなさんにお願いするほめ言葉のシャワーのワークの矢印は、あなた自身に向けられている。
誰かを喜ばすための言葉でなくて、純粋に、自分が言われて嬉しい、うれしかった、と思う言葉を書いてみる。

そんな言葉を思い出す、普段はしない作業を通して、あ、私を見てくれてる人がいるな、気にかけてくれてる人がいるんだ、大事にしてもらってるんだ、って、感じてほしいな、気づいてほしいな。

何か立派なことをした時だけにもらえる、特別のピカピカの、すごい褒め言葉でなくても、ささやかな日常の中で、小さな気持ちの言葉、優しい言葉を、実は、知らず知らず、受け取ってるのではないかな。そういうことを思い出すのが、このワーク。

仮に、そんな言葉を自分で思い出せなくても、他の人の書いた言葉をシェアする中で、ああ、私も実はもらってたんだ、って気づいてもらえたら嬉しいな。

ひとは、誰でも身の丈に認めてもらいたい、って願いを、生まれた時から持っている、って思う。
何か結果を出したことだけ、目に見える成果だけで、あまりにも人が計られすぎてる、ってこと、度々思うから、その人の価値って、決してそれだけで測れないよ、って感じてほしくて、きっとこんなワークを私は続けてるんだと思う。

その方が40歳であろうと50歳であろうと、「私ね、母から一度もほめられたことがないの、母から認めてもらったことがないの」って悲しそうにおっしゃる方のお話をたくさん聴いたので、認めてもらえない、ってとても辛いことだよな、って思うんです。
自分で自分を認められないってこともね、同じくらいに、しんどいことだろうな、って思う。

親からはもう今更そんな言葉もらえなくてもね、誰かが、ちゃんとあなたを見てくれているよ、そういう人がいるはずだよ、ってこと思い出すきっかけに、この小さなワークがなったらいいな。
自分を大切にする、ってこととも、相手を大切にする、ってこととも、それはきっと繋がってることだと思うから。



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