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2016年10月21日 (金)

げんこりん原始林窯展の二日間

げんこりんちゃんの、原始林窯展@紅茶は、19日、20日と、なつかしいお顔がつぎつぎあらわれて、2年ぶりの再開を喜び合いました。年々、こうして、あいまみえることの尊さをかみしめながら。

2002年からかぞえて8回目のことし。
この2年の間のできごとを、夢中になって二人に語る人もいます。注文するおちゃわんの品で、家族にあたらしい命が誕生したことや、家族のかたちがかわったことも、わかります。

161020_ 横で見ていながら、ここでこうして二人に会えるのを、げんこりんちゃんたちに世界で一枚きりの器を注文することを、自分の励みにして、日々をせいいっぱい生きてる人たちがここにいるな!ってなんどもおもいました。
会えるのは2年に一度きりだけど、器は毎日まいにちつかうものだから、そしてその文様に祈りがこめられてるのを知っているから、よけいにそう感じられるのでしょうね。

こうして会えるのが、決して当たり前の約束ではなく、ほぼ奇跡に近いことだと年々、思います。
そしてまた、げんこりんちゃんたちが、普段使いの食器づくりだけでこうして40年やってきた、ってことも、この業界では奇跡みたいなことだそうです。

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こりんちゃんトーク。
いのちが、ひとも動物も石っころすらも、等しく生かされあっていることを、そして自分の身におきるさまざまなことがらを、こりんちゃんがすべて受け入れて生きていく、そういう生き方がここにあるのだ、というのを、実感させてくれるお話でした。

こりんちゃんの幼い頃の暮らし、馬や牛やヤギや羊やにわとりや豚たちと、ともに暮らしていたことや、おばあちゃんのくちぐせ、「ひとをうらやむんでない、おまえはおまえだよ」や、ひとはみな、誰かの、何かのうまれかわり、という言葉をきいてきたことや、東北、という文化のなかで生きてきたこと(こりんちゃん自身は、あたりまえすぎてそうとは気づかずにいたけど、げんちゃんという異文化と暮らす中で、そして、震災後に遠野や東北のあちこちを巡る旅の中で、やっと気づきだした)と、こりんちゃんのそういう考え方生き方は、きっと根っこんとこでつながっているんだろうな。

豊かな時間は、過ぎるのが早い!みな、名残惜しげに、また再来年、会いましょう、ほんとに元気でね!と別れを惜しみあいます。

これからふたりは、今回のみなさんのご注文(なかにはめっちゃわがままなご注文もあるのだ!)をうけて、器つくりにとりかかります。
5年前の震災で壊れた窯も、屋根も、自力でなおしてきた二人を、心から尊敬しつつ、年明け頃にとどくみなさんのご注文の器を(もちろん、我が家のも含む)、こころまちにしようと思います。

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