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2016年10月 6日 (木)

草かふぇwith 倉持麟太郎さん!

161005_jpg たった一つ今頃咲いた朝顔、いとしいね。

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嵐を心配してたけども、ちょうどいい人数、テーブルをぎっちりかこんで、キャッチボールしあいながらの、とっても濃い授業のような草かふぇ。

私が倉持麟太郎さんを知ったご本「国会の内と外から」の紹介や、草かふぇってどんなとこ?の説明を、これまでの参加者さんからしてもらって、そこからはじまった倉持さんのお話。

一番大事な条文の13条にある「個人」。
昔は、個人、って概念はまったくなかった。もちろん、基本的人権、という考えもなかった。
「私はほかの誰ともとりかえがきかない」
僕の13条のよみとりも、全くその通り。自分の善き生の物語は、自分にしか書けない。親にきめてもらうことも、国にきめてもらうこともできない。その価値を守るものとして、憲法にかきこんであるんです。

草案では、その「個人」を排斥してる。天賦人権説も否定、人はうまれながらにして人権をもっているなんて西洋からの考えだ、ってね。それよりもっと大事なのは、固有の歴史や伝統だ、として、畳の匂いのする古色蒼然たる考えに持って行こうとしてる。

「個人」が最小単位である今の憲法、「家族」が最小単位になってる草案。「公共」が「公益と公の秩序」にかえられ、その矢印の先には、「国家」がある。

憲法の3章は人権のこと、4章国会、5章内閣、6章司法、の3章は国家機関の、取り扱い説明書です。(立法、行政、司法の3権分立のことね、なるほどこの3つの章って、トリセツだったんだ!)

そして10章が、最高法規。ここには、この憲法がなぜ、ふつうの法律とちがう最高法規なのか、そのゆえんが書いてある。
この憲法に違反する法律はその効力をもたない。つまり、I am 最高法規、と憲法が自分でいってるのが、98条。これは外見(そとみ)のこと。統治のこと。

97条は、意味としては、たしかに13条や11条と同じ。だけど、「この基本的人権は、人類が血を流して勝ち取ってきたもので、私たちだけのものではない、この価値を未来永劫引き継いでいこう」という条文が、最高法規の中におさめられていることが、人権を保障する最高法規としての要素=中味(なかみ)を満たしている。

97条は中味の人権、98条と99条(この憲法を守る義務を負うのは国家権力の側)は外見の統治、という、憲法のたてつけが、明快にわかる倉持さんのお話。
だから、97条を草案で削除することが、単に「条文の整理にすぎない」(首相もこう答弁してる)なんて無邪気な話では、まったくない!ってこと。

草案にある緊急事態条項の危険性は、なんといっても、総理大臣が「政令」という名の法律をつくれちゃうこと。100日ごとの無限ループで、首相にフリーハンドを与えること、人権停止状態になること。
去年11月のパリのテロの直後に、欧州に飛んだ倉持さんは、その緊迫した空気をめいっぱい感じたそうです。

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倉持麟太郎さん。はぎれよく、論理的、言葉のセンスがとっても鋭く、ユーモアあり。濃密授業の中にも笑い声いっぱい。お話の一個一個はまだここに書ききれないけど、来週の草かふぇでは、この日学んだことのおさらいもかねて、それぞれのノート見ながら語りましょう、この日これなかった方も、そうすればまた新たに学べるもんね。

倉持さん、草かふぇに来てくださって、みゆきちゃん、倉持さんをつれてきてくれて、ほんとにありがとう!倉持さんへのおみやげは、けんぽうBOOKと、今話題の「あたらしい憲法草案のはなし」にしました!

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