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2016年12月 4日 (日)

姫路へお届け

25日の夕方に、豊橋から姫路へ。夜は、姫路によんでくださったやすこさんがしている、岩盤浴マットをおふとんの下にしいて、ぽかぽかしながらぐっすり眠る。

姫路では、8月の福山で話をきいてくれたやすこさんが、一人で手をあげ、動いてくださいました。

彼女がこんなことするのは、はじめてのこと。
いざ実際、憲法のお話会にきて、と知り合いに声をかけはじめてみて、いかにこの類のおはなし会に興味もってもらうことがたやすくないか、身をもってあじわったそうです。

そうなんですよね。
憲法、って聞いただけで、むずかしそう、とっつきにくい、自分にぜんぜん関係なさそう、と、引かれてしまう。これって、これまでにも多くの方が体験してることじゃないかな、って思う。

そう思うのも無理ないよ。私もかつてはそうだった。
それに、「むずかしそう〜〜」の言葉の中には、行ってみて聞いてわからなかったらなおいやだな、ってきもちもあるでしょう。私も、以前はそうだったよ。
だから、むずかしそ〜、って引いちゃう人のきもち、否定しません。

だけども。
私の場合、ところがところが、知ってみたら、そうじゃなかった。それどころか、すんごくたいせつなもんだった、ってわかった。
そのことをこそ、伝えたい、と思って語ってます。

それに、多くの人が、むずかしい、自分に関係ない、って思ってることが、誰を利するのか、そのこともよーくわかってきたから、なおのこと、伝えたい。私にとってなぜ、憲法が自分ごとになっていったのかを。

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Photo その日、やすこさんが声かけてきてくださった方々とは、ごくこじんまりの場になったけど、その分、午前と午後と、まるで大学のゼミみたいな感じの、濃い時間になりました。
2度聞いてくださった方にはよけいくわしくわかって、なんでやすこさんが聞きにきてほしいと思ったかも、十分に理解していただけた、って思うんです。

ひろい土地に種まいたからってかならずしも芽がでるとはかぎらない。26日の姫路は、今後が楽しみな、種蒔きでした。

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