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2017年3月16日 (木)

南スーダン自衛隊派遣のさしとめ裁判

マガジン9条より。http://www.magazine9.jp/article/taidan/32569/
長いけど、ぜひよんでください。
以下は、抜粋です。

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2016年9月に成立した安全保障関連法(安保法)の改正PKO協力法によって、「駆けつけ警護」や「宿営地の共同防護」などの新たな任務を政府から付与された自衛隊が、南スーダンに派遣されました。これに対し、同年11月に現職自衛隊員の母親が原告となり、全国初の自衛隊・南スーダンPKO派遣差止訴訟を起こしました。

自衛隊員である息子さんのいる千歳の部隊が南スーダンに派遣。お母さんは息子さんとの縁を切り、平和子、という仮名で、大勢の人の前で発言し、そしてこの訴訟の原告に。
弁護団長である佐藤弁護士さんと平さんのお話、聞き手は川口弁護士さん。

佐藤弁護士
駆けつけ警護というのは軍事用語でいう「奪還作戦」又は「救出作戦」といわれるものです。それから宿営地の共同防護というのは、「陣地防衛」です。陣地をしっかり確保することなしに戦争は成り立たない。いずれも、軍事活動の中核をなすものです。そういうことをPKO派遣される自衛隊の任務に付け加えたのが、一昨年の安保法制です。この中身を問い、暴くのが今回の裁判だと考えています。平さんのような、自衛隊員やその家族の「平和的生存権」の観点から、これを差止めたい。

自衛隊員には今度の安保法制で「賭命義務」が課されることになりました。「自らの命を賭けて相手を殺せ」、「死んで国を守れ」ということです。この義務は、誰に命ずる権利があるのかというと、具体的には政府ですが、結局は国、つまり私たち主権者国民が自衛隊員に対して、国を守るために命を賭けて戦えと命ずることになるんです。そうやって命ぜられた家族にとっては、どういうことなのか。

 平さんの裁判は、名古屋高裁で認められた平和的生存権の具体的権利性をさらに深めるものです。自衛隊員は、兵士である前に一市民であり、私たちと同じ平和的生存権を共有する者です。従って、同じ憲法13条と9条の下にある私たちは、自衛隊員や家族にそれを強いていいのかという主権者の責任が問われるわけです。自衛隊員は有無を言わず命令に従わなければいけません、勝手に辞めることもできません。だったら主権者が代弁して、自衛隊員や家族を守らなければいけないし、それが結局は主権者自身にとって平和な社会で生きるということの意味だと思うんです。

平和子さん
日本の自衛隊員は、救命や応急処置教育もほとんどされない状態で、小さな救命用品を一個持たされて、日本語も通じない紛争地にほとんど丸腰状態で放り出されるんです。それを知った時に、任務だから、お金が出るからと言いくるめられて行かされる自衛隊員の一人ひとりがうちの息子の姿と重なって、不憫で仕方がない思いでいっぱいになりました。
 それだけではなく、命令されて任務で行ってるのに、もしも現地の人を撃ち殺してしまったら、日本に戻ってきたときに隊員個人に刑事罰が下される可能性があるという理不尽さも知りました。よく考えてみれば、何かあったときの保障にしても、全部私たちが払った税金ですよね。だから、決めた方々は、決めるだけ決めて何も痛みを味わわない。自衛隊員は、一般の方々から見ると身近な存在じゃないのかもしれませんが、国民から集めたお金が使われることからしても、広く日本人全員が考えなければいけない問題だと思います。

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