« ただいま! | トップページ | いな暮らしさんで »

2017年3月28日 (火)

松井さんと。

東京に帰る日、新幹線に乗る前の時間、松井監督と娘と私、3人でランチをご一緒した。

思えば、松井さんとはおととしの12月に元山じんしろうくんの取材に金沢に見えた時はじめてお会いし、去年1月、紅茶に取材にみえ、2月、川口での撮影、5月の「不思議なクニの憲法」上映会、9月銀座ナルニア国での撮影、11月リニューアル版上映会、と6回お会いしてるけど、個人的な時間を持つのって、実は昨日がはじめてでした。

ランチしながら、松井さんが、リベラルの弱さ、知性のおごり、という言葉を出された。.
ん?って顔したら、具体的に説明してくださって、とても腑におちた。ああ、そういう面たしかにあるよなあ。

ついつい、政治に関心もって、行動してる「私たち」の方が、正しくて、えらい、と、無関心なひとたちをどこかでみくだしてやいないか。

無意識にでもそんなきもちでもって、気のあうひとたちとおしゃべりしてたら、その見下し感の空気は、きっと、いわゆる無関心な人達や、自分ってなにもしていないと引け目を感じてる人達に、しっかり伝わってしまってると思う。

知性のおごりのこと、松井さんがFBに書いてらしたので、シェアしますね。

松井 久子
3月26日 0:17 ·
【雑感・森友問題①】
 若い人たちと我が家でごはん会をしていた夜のこと。
 楽しい語らいの輪を外れてTVのニュース番組を見ていたら、お嬢さんの声が聞こえた。 
「でもこんなこと、ずっとやられてきたことでしょう?」
 何を今更…?と、その微笑みが言っていた。
 権力が陰で悪いことをしてるのはわかっている。
 だけど今の私は頭も心も自分のことでイッパイで、そんなことに怒ってるヒマはないの。
 確かにそうだと思う。総理夫人が100万円を渡したかどうかがわかったところで、彼女の生活が変わるわけじゃない。だから、考えても仕方ないことは考えないことにしている。安倍さんも霞が関の官僚も、自分にとってはいちばん遠い所にいる人たちだから。
 そうそう、わかっている。このお嬢さんのような人たちが今の日本社会のマジョリティーなのだ。

 その一方で、FBのタイムラインは連日森友学園にまつわる投稿でいっぱいである。
 実際私自身もこのところ、ネットで「その通り!」と思えた記事を見つけると、一生懸命シェアをしているし、テレビのコメンテーターに総理を擁護するばかりの政治記者・田崎某の顔があると、慌ててチャンネルを変えたりを繰り返している。
 そして改めて、自戒を込めて思うのである。
 人は自分が見たいものを見、聞きたいことを聞く。
 またも私は、あのお嬢さんたちのことを忘れて、意見を同じくする仲間同士の頷き合いにハマってしまっているではないか…と。

 自分のつくった映画『不思議なクニの憲法』が、なかなかあのお嬢さんたちの間に広まっていかないことに、頭を痛めたり、悩んだり、ときには苛立ったりしていた。
「憲法は私たちの生活とつながっているんだよ」といくら言っても、こっちを向いてもらえない。映画を観てくれる人びとはすでに安倍政権に疑問を持っている、今更観なくてもいい人たちばかりだった。これではダメだと思いながら、どこに行っても感じるのが日本の「リベラル」の弱さについてだった。
 リベラルはなぜ弱いのか?胸に手をあてて考える。
 権力の「悪」を見抜いている自分たちは賢いという無意識のうちの傲慢さや、「気づかない人たち」を上から目線で見ているのではないか。
 その点たぶん話題の日本会議や日本青年会議所の方が、無関心層を自分たちの仲間に引き込むのに長けているような気がしていた。

 そして今回、かつて日本会議のメンバーで、安倍夫妻のお友達だった「籠池のオッサン」が、リベラルが破れなかった壁を一瞬にして突き破ってくれたという現実。
 世界のABEも、よもや思想を同じくするお友達からここまで追いつめられるとは思わなかったろう。どちらにとっても、なんとも皮肉な話ではないか。

 でも、今回の籠池騒動はまだ敵(権力側)のオウンゴールで1点転がり込んできただけに過ぎない。
 マジョリティーにとって「知性」は時に邪魔でしかなく、「正義」に人を巻き込む力はない。
 リベラルの正念場はここからである。

|

« ただいま! | トップページ | いな暮らしさんで »