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2017年4月19日 (水)

松山にお届け

去年11月、若い歯医者さんのユカリさんが、熱い心で私を松山によんでくださって、オーガニックカフェ、野芹(のさり)さんで憲法のおはなしをさせてもらいました。

そのとき話を聴いてくれた渡部さんが、今回の主催者。会場は同じくのさりさん。
ユカリさんも今回は一参加者となってお母さんと一緒に。去年参加してた直子さんもあらたにお友達を誘って。集まった方の8割までがはじめての人たち、というのもいいなあ。当日参加の方が多くて、主催者さんたちは全員立ち見でしたけど。

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戦争中、いや、その前から、いったいどこからが国で、どこからが自分なのか、その境界線がもうわからなくなっていたこの国。
ひとりひとりの心の中に、国が土足ではいりこんできてたのです。教育勅語だけでなく、他の修身の本も出て、法律も人々の自由を奪って、お国のために死ぬために産め、って、こんな理不尽なことが堂々まかり通っていたのです。

全体主義にすっかり染まって、誰も軍部の暴走をとめられずに、あの戦争に突っ走っていった、ほんの70数年前の日本。
同じことをもう二度とくりかえさせないために、お国のために再びいのちを投げ出さなくてすむように、個人の尊厳を謳う13条があって、それを現実のものにさせるために、9条がある。

個人主義っていう言葉は、いとも簡単に、わがままって翻訳されちゃうけど、13条でいう「個人」とは、全体主義にあい対するものとしての言葉、利己主義とは、本質的に違うもの(と、同志社大学総長さんもおととしの卒業式式辞で言ってらした)。
戦争中に、個人、わたし、が存在できなかったことの、「わたし」が「わたし」でいられなかったことの、深い反省として、今の憲法に、個人の尊重がうたわれているのです。

わたしはわたしを大切とおもっていい
あなたもあなたを大切とおもっていい、
その大切さはいったりきたり、
でないと平和は成り立たない。

娘による13条やさしい日本語訳は、まさにそのことを言ってるんでだと思う。

お国のすることに疑問持たず、おとなしくいうこときいてて、お客様でいるかぎり、この国は自由な国、かもしれない。でもひとたび、政府のすることに、おかしいな、へんだな、と感じてもの申すと、たてつくと、とたんに不自由になる。
沖縄の人たちはずっとずっとその不自由を痛いほど感じながら、12条しつづけている。

自由ってなんだろう。自由にものいえること、おかしいといえること、自由につどえること、表現できること。それであっての、「わたし」。
それを手放さないためには、みんなが今、少しずつの不自由さを感じながら、あきらめずにもの申してく、ってことがとっても必要なんじゃないだろか。

わたしがわたしであり続けられるために、ほんのちょっとの不自由さをより多くの人とわけあいたい。でないと、自由はどんどん減っていっちゃうよ。やがて、茶色一色しか許されない、茶色の朝になってしまうよ。

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この日の単語な感想で、
「けんぽうきほんのき
 Beの13条 Doの12条
 みんなにあって、みんなができること
 みんなのための、こじんしゅぎでいこう
 ほんの少しの不自由をがまんして」
と言ってくださった方がいて、ああ、この方にたしかに伝わったんだ!と感じたよ。

去年参加した若い方が、お母さんを誘って来てくれてました。
この日がお母さんの63回目のお誕生日。
憲法?ってちょっと引き気味だったお母さんに、憲法っていうより、生きるってお話だよ、と言って誘ってくれたんだって。この言い方、いいね!
そのお母さんが、「誕生日にこんなうれしいプレゼントもらいました。何にも知らなかったけどそれを責められなかったので、涙出るくらいうれしく聞けました」と。

こういう言葉の一つ一つがね、私へのプレゼントです。

去年勇気だして12条してくれたユカリさん、それを引き継いで今回の渡部さん、会場ののさりさん、おはなし会の前後に元気な音楽をきかせてくれたユークレの若者、オレンジさんとこころさん、来てくれた方たち、ありがとう。

写真は、直子さんちのお庭の月桂樹の花。174_3

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