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2017年5月 1日 (月)

穂高未来フォーラムへおとどけ

安曇野は、今から15年ほど前に家族でドライブ旅行した土地。ちひろ美術館や碌山美術館へもいきました。
穂高未来フォーラムの会場は、なんと、碌山美術館の目と鼻の先でした!

1日目の穂高は、ぽこ・あ・ぽこさんのミニコンサートからはじまりました。笠木透さんの雑花塾のお仲間たちで、信州で歌を作って歌ってる方達。
リーダーの鈴木幹夫さんは、2年前の11月に紅茶で笠木さんのコンサートをした時に、ギターをかかえきてきてくださってはじめてお会いしました。そのコンサートが、笠木さんのラストコンサートとなってしまったこともあって、私のことをよく覚えててくださったみたいです。

そして、幹夫さんからの突然の、思いがけないお申し出。「あの日の授業」の歌の朗読部分を、スウさん、よんでくれませんか、と。
戦後にでた社会科の教科書、当時の中学一年生たちに文部省がくばった「あたらしい憲法のはなし」のある部分を、一番と二番と三番の歌の間奏にあわせて朗読してほしい、というのです。
それは、今から22年前に、紅茶ではじめて笠木さん達のコンサートをした時に、笠木さんが野太い声で朗読し、雑花塾の増田さんたちが歌ってくださった、まさにその歌。

歌詞はこんなふうです。
「あの日の先生は、輝いて見えた 
 おおきな声で教科書を読んでくださった
 ほとんど何も分からなかったけれど
 心に刻まれた あの日の授業」

戦後のあたらしい教育の柱となるのが、このあたらしい憲法なのだと、先生が、これだけは決して忘れてはいかんぞと、教え子を戦場に送ってしまったことを自ら責めながら、涙ぐんだり、吠えたり、叫んだりしながら、子どもたちに伝えようとした、その真摯なきもちが読みながら伝わってきて、私まで涙ぐんでしまったよ、、、。

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それからはじまった私のトーク。鈴木さんが一番うしろの席できいててくださり、笠木さんも、きっと聞いててくれてるなあ、と思いながら語りました。
13条がどうして憲法の核心なのかということも、個人と全体のしくみのことも。

最後の13条の歌の時は、ぽこ・あ・ぽこのキーボードの星井さんが、生伴奏をつけてくれて歌いました。そう、笠木さんが、スウさんの歌はうまいとは言わんが、伝わるものがある、いいうただ、とほめてくださったことを思い出しながら。

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