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2017年5月10日 (水)

父のいのちの日に

今日5月10日は父、東太郎さんの命日。もう36年になります。
いのちの日に何か花を、と思ったら、庭の藤がとってもきれいなので、それを部屋にかざっています。

この頃、とみに東太郎さんのこと、想います。父が20歳の時のこと、父が60代の時のこと。それと、私が今していることは意図したわけでも前から知ってたわけでもないけど、不思議とつながっている。

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去年の今日は、「平和」について、こんなこと書いてました。最近のおはなし会でもときどき言ってることですが。
あなたの「平和」はどういうものですか。  
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平和、という時、ひとは何をイメージしてその言葉、つかうんだろう。アベさんの平和と、私の平和は、めちゃめちゃ乖離してる。およそ真反対と思うほどに。

平和学の父、とよばれるヨハン・ガルトゥング博士も、アベさんのいう「積極的平和主義」と、自分の提唱する「積極的平和」とは中味がことなる、っていってらっしゃる。

ガルトゥングさんは、戦争のない状態を「消極的平和」、貧困や差別、格差など、構造的な暴力のない社会を「積極的平和」と定義しています。

積極的平和とは、英語でpositive peace。だから、今の日本って、いちおう消極的には平和といえるかもしれないけど、積極的平和な社会じゃまるでない、って思う。
アベさんのいう「積極的平和主義」は、英語では「proactive contribution to peace」って訳されてる。

プロアクティブ、っていったら、ニキビの薬?って訊いた人いたけど、ちゃうちゃう。プロアクティブとは、戦略用語で、「先制攻撃」って意味なんだって。
腑に落ちたよ。アベさんのいう平和と、私の願う平和が、およそ違うわけ。アベさんは、私の思う平和を毎日、こわしてるもん。

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