« 父のいのちの日に | トップページ | まついのりこさんのご本から »

2017年5月12日 (金)

10日の草かふぇ

Photo 10日の草かふぇでは、先週につづいて「憲法くん」を読みました。うん、二度読んでやっぱりよかった。もっと深くかんじるものがあった。それに前文も、わたしたち語訳なので、なおわかりやすかったし。

先週と比べて人数は少なかったけど、Tさんは0歳のお孫さんを抱っこしながら輪読にくわわり、取材にみえた、東京新聞政治部の記者さんも読み手の一人になり。

憲法くん、のなかのセリフ。
「そもそも、もういいよ、かえてもいいよ、というぐらいまで、わたしのことを使ってくれたんでしょうか」
使いこなせるようになるには、中身をちゃんとしらなくっちゃね、とMさん。

この日は、憲法くんの輪読のあと、笠木透さんによる「あたらしい憲法のはなし」の朗読がはいっている歌、「あの日の授業」をCDでききましたよ。

残り時間は、個人と全体、についての語りあい。

個人とは、フルネームをもった一人一人。ピカッと光る誰かの感性や、はっとするような考え方、その個性がみとめられるということ。憲法にうたわれている「個人の尊重」としての個人主義は、利己主義とか自己中とはまったく違う。
なぜそれが憲法にかきこまれているのかって?それはね、かつての全体主義の中で、まったく個人が大切にされない、ひどい時代を経験したことからの、深い反省としてあるのです。もう二度とお国のためにいのちをなげださなくていい国にするために。

戦争の時は、個人個人をたいせつになんてしていられない。ひとは、全体の中のひとつになる。全体が和をたもち、異見を持たず、文句いわず、一つにまとまって、それでこそ、国ってうごかしやすい、権力者にとって。

そういうことを思うとなお、5月3日に安倍さんが言ったことが気にかかる。2020年を憲法改正施行の年にするですと?日本人のきもちが一つにまとまりやすい時をめがけて、という意図がみえすぎてこわい。
しかも改正項目が、9条に自衛隊の明記と高等教育無償化。
そんなことしたら、9条がなおいっそう矛盾する。高等教育無償化にしても、反対してたのはかつての自民党だし、憲法にかきこまずともできるそのことをどうして書き込もうとするの?維新の党を、しっかり改憲仲間にしたいからだよね。

|

« 父のいのちの日に | トップページ | まついのりこさんのご本から »