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2017年9月11日 (月)

22世紀に残したい。菅沼さんのお話から。

Photo 9日、金沢のシナジースペースでひらかれた、「本物の新聞を22世紀に残したい!3.11後の使命」、オーガニックコットン「アバンティ」の渡邊智恵子さんと、この7月に北陸中日新聞の代表になられた菅沼堅吾さんの対談イベント。

私は日々、北陸中日を定期購読者として読んでるけど、そのトップの方から、菅沼さんご自身と新聞社の理念・信念をじかに聞くことのできた、とても貴重な時間でした。
(中日新聞の東京版が東京新聞、名古屋中日、北陸中日、日刊県民福井、が系列新聞。全国紙じゃないけど、一つの県だけの地方紙とも違う、ユニークな立ち位置の新聞、発行部数はあわせて300万)
今やネットで、情報が無料で手にはいる時代になったけど、あらためて新聞の役割ってなんだろう?ネットとどう違う?新聞の存在意義ってこと、いっぱい考えさせられたよ。
菅沼さんのお話からーー
新聞は、権力を監視して私たちに知らせる役目、権力ウオッチの代行が大切な仕事の一つ。
でも新聞の役割って単なる情報産業じゃない、市民の声の代弁業、市民の活動紹介業、市民の応援団、世直し業って面も持ってる。
菅沼さんは金沢の前は東京に。3・11の時は東京新聞の編集局次長さんだった(事実上の日々の新聞をつくる責任者)。
3・11は、東京新聞の大きな転機になった。
何を一番大事にするのかが問われたあの時。毎夕、28ページの紙面が真っ白なとこからスタートした。
ふだんなら、政治面、経済面、社会面、と記事が集まって新聞ができていくけど、あの時は、どこに何をおくか、ゼロから考えるという初めての経験をした。
誰のために書くのか、誰を守るのか。最も弱い人は誰だ。赤ちゃんだ。いのちだ。それを守るのが新聞の役目。だから、お母さんの声を聞こう、お母さんの知りたいことを書こう。
それまで、ともすれば政治を大きくとりあげていたけど、人びとを重視しよう、デモのものすごいエネルギーを伝えよう、民衆のちからを信じよう、それを記事にしよう、と。
もう一つの大きな転換点は、12・6。特定秘密保護法が通った日。
これって報道と弁護士だけにかかわることと思われてるけど、そうじゃない。
新聞は知る権利への奉仕者。政府が発表したいことをどこより早く、ではなく、隠そうとしてることをスクープすることが、新聞の唯一の存在理由だと思う。
「戦争の最初の犠牲者は真実」という言葉がある。民主主義の安程装置としての新聞を残したい。
東京新聞や中日新聞は、脱原発と9条の平和主義を守る、これはゆるがない。
今、何をいわなきゃいけないか、読者の反感かっても、いわなきゃならないことを伝えること。フェイクニュースの反対語として、誠実に仕事をしていきたい。
あなたの声をしっかり、踏み込んできかせていただいて、あなたがされている社会に意味のあることを、どう発信していったらいいかを考えたい。
市民がつぶやいたことを取り上げれば、その共鳴をひろげられる。そのためにも、記者ひとりひとりとどうぞよくつきあってくださいね。
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菅沼さんのお話、聞けてよかったです!
新聞って、まさにふだんの努力で、私たちの自由と権利を守る、つまり、12条するのが仕事。
その新聞が私たち市民の活動を応援する。私たちもそういう新聞を応援する。その行ったり来たりが必要なんだなってあらためて。
私、新聞社のまわしもんじゃないけど、こういう理念でつくられてる新聞を、とりわけ若い人たちにもっと読んでもらいたいなあ、って思ったよ。

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