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2017年12月 4日 (月)

森森いとこ対談@ワンネススクール

120831_3日、鳥越のワンネススクールいのちの暮らしまつりで、森要作さんと、写真を撮っている森栄喜さんとの、初のいとこ対談!「こころの居場所はどこだ!」

要作さんと13歳くらい違いの栄喜さん、「intimacy」で木村伊兵衛賞を受賞。彼の写真展をいつだったか、兼六園下近くのカフェギャラリーに見にいったこともあった。そのひとが要作さんのいとこだったとは!(要作さん本人もびっくりだったそう)

ワンネスのお部屋の一つでは「Family Regained:The Picnic 」というパフォーマンス映像が映し出されていた。栄喜さんとともだちと、友人の8歳の息子、その3人が赤い服を来て池袋の街のなかで道行く人に、記念写真をとってください、と声をかけ、栄喜さんのスマホで自分たちを写してもらう、その様子を映像で見る。

****栄喜さん

家族をつくりたい、っていう想いのプロジェクトに、そうとは知らずに通行人が参加させられていくおもしろさ。しかもカメラに仕掛けがあって、カシャ、と写すと画面は真っ赤になる。赤い服着た、男子2人+男の子のぼくたちは街なかで相当目立つ、でも赤い画面で見ると、赤い服は目立たなくなる。

こうあるべき家族のかたち、を多くの人は強固にもっているけど、こんなパフォーマンスの映像をとおしてとかでも、いつか、どんな形の家族も見慣れた風景になればいいな、と。

望まれた道を進むことはできないな、と遠いところへいったのが突破口。ニューヨークの美術大学で写真を学ぶ。恥ずかしいのかたまりの自分だったけど、初日のクラスで、僕は男の人が好きです、と言った。それでもう失うもの、何もなくなった。アート系の学校だったんで、その雰囲気でいえたかな。20年も前だったけど、すでにトイレはジェンダーフリーだったし。

何にもない時間、その人と過ごす、それだけですごいことだと思っっているので、それを記録に残したくて、写真を撮っている、という栄喜さんの言葉が、しみたなあ。居る、って、ほんとにすごいことだと、私も常日頃思って居るので。

******要作さん

栄喜の写真には、撮る人撮られる人、って感じがない。信頼しあってる関係性のなかで、自然なまなざしで撮ってる。そこがワンネスとも似ているかなあ。してやろう、教えてあげようとした途端、子どもはこなくなるもんね。
いまの社会は多数の人のためのシステムになってるから、マイノリティや不登校の子はいき苦しいよ。

はじめからスクールつくろうと思ったわけじゃない、芝居やってて、挫折して、鳥越に戻って、隙間風の多い場所をつくった。人の目からかくれんぼできる場所。はじめは気功の場から。
社会の中で金かせぐことができない自分、大人とは話があわないけど、子どもとはあう。子どもを通してなら自分も社会のなかで生きていかれるかな、って。

3つの縁があると思う。地縁、血縁、きえん(奇縁、かと思ったら、気縁、だそう。気、いのち、想い、でつながる、ってことらしい)。今、ここ、を大事にしてる。つい、過去と、この先どう生きるんだ、の未来にとらわれがちだけども、今、ここ、こそが大事なんだと。

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森森いとこ対談に、共感するとこいっぱい。要作さんをしったのはまだ彼が気功教室してるころで、いしかわ環境ネットワークの中で出会ったんだった。30年くらい前?

栄喜さんは瞳がとてもやさしくて、感じのいいものを内に秘めてる人でした。

鳥越までのドライブもよく晴れた空の下で、きもちよかった。いっぱい充電しました。本物の言葉をまた貯金しました。
けいちゃん、ももちゃん、ほっしー、まさみさん、ちょろさん、などなど、遠いのに、いろんな人にもいっぺんに会えました。

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