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2018年5月10日 (木)

紅茶の時間の、現在位置確認

この前いきなり、全然知らない、遠くの県に住む方からお電話で、「紅茶の時間はじめたいんですけど、この名前つかってもいいですか」って聞かれたのです。わけをお尋ねしたら、「そちらでしているような、政治のこと気軽に話せる会をつくろうと思って」とのこと。聞いたとたん、あれ?何か勘違いされてる、って感じました。

どこで紅茶のことを知ったのかお聞きしたら、ブログをちょっと読んで、だそうです。あ、そうか、私のちかごろのブログやFBでは、憲法のこととか国会とか、たしかに「セイジテキ」な話題が多いですもんね。(それは、今黙ってると、私の望まない方向に憲法がかえられてしまいそうな危機感がすんごく強いことの裏返しでもあるのですが)

でも、政治のことを話す場として、私や紅茶のことを全く知らない人が紅茶をはじめることには、ちょっと違和感がありました。しばしその方とお話をして、では、せめて「きもちは、言葉をさがしている」と「わたしとあなたの・けんぽうBOOK」という2冊の本だけはお読みいただいて、それからはじめてくださいませんか、とお願いしました。
紅茶は家元制度じゃない(笑)から、許可するもしないも、ほんとはないわけで。だけど、紅茶が大事にしてきた部分だけはわかっていただいたうえで(それは2冊の異なる本を読んだら少しわかる)、紅茶の名前をつかってほしい、と思ったのです。

川越紅茶も川口紅茶も、今は場としてひらいてなくても京都紅茶も、そこをしっかり共有してる。今年2月に臼杵に呼んでくれて大好きになった人が、紅茶はじめてもいい?って言ってくれた時は、ほんとにうれしかった。それ以外にも、名前は違っても、紅茶の時間の芯を共有してくれてる人たちが、自分の住む街で心ひらいてかたりあえる場をつくってくれてることは、うれしいうれしいこと。

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もともとの紅茶は、いのちを一緒に育てる場としてはじまりました。子育てから出発して、絵本やたべものや、生と性、人権、自分のきもちを言葉にしていくこと、自分を認めること、コミュニケーションの練習、それと並行して、社会で今おきてることを平らに自由に話せる場として、仲間たちとともに育ってきました。とってもささやかな場だけど、35年かけてこうなった、大切な場です。

30年くらい前とは違って、今はちっともはやっていない毎水曜午後の紅茶の時間内で、一昨年の夏からは、1時間だけの草かふぇをはじめました。毎週たった1時間でいいから、社会について話す時間を確保して、憲法や政治のしくみを一緒に学び、考え、自分の言葉でそういうこと語れる人をふやしたい、と思ったからです。
午後いっぱい、じゃないとこがいいのです。毎週毎週少し、だからいいのです。

はやらない紅茶には、昔からいろんな人が出たり入ったり。時には心折れそうな人、しんどさを抱えた人、わけありの人、誰にも言えない苦しみを吐き出したくて来る人も、時にいます。そういった方たちの個人的な話を、ブログやFBで書くことはないので、表面的には、紅茶のトピックが憲法で、紅茶=政治の話をするとこ、と誤解してる人もいるかもわかりません。

でも、違うよ。
パートの帰りにお茶一杯だけ飲みに来る人も、介護の合間にちょこっと寄る人も、とるに足らないような小さなうれしい話を分け合いたくてくる人も、泣きたくてくる人も、ほっとしたくてくる人も、いる。本来の紅茶はそういう場です。意識高い系の場所ではないし、また、そうしてはならないとも思います。何気なくふらっとこれて、何気なく社会のことふつうに話せて、きてよかったな、と何気なく思えたら、それでいいな。

お電話もらった時の違和感を必死に言葉にしたら、こんなに長くなっちゃった。でも、紅茶の現在位置確認、今しとこう、て思った。読んでくださってありがとう。

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