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2018年10月21日 (日)

ワンネス一座の「私の名は 月の輪」

20日夕方、ワンネス一座による「私の名は月の輪」というお芝居を観に、市民芸術村へ。

出だしから、一人の少女がソロで歌い、そこにもうひとりの少女の声があわさり、その重なる歌声がなんとも美しい。フルートやギターやドラムや太鼓、ウクレレ、床を叩く音、歩く足音、とび跳ねる音、さまざまな楽器と人の声という楽器と舞台の音が呼応しあう、すごく不思議な世界にはいりこんだ感じ。

実はね、上演後に演出家さんとアフタートークをすることになっていたので、私は脚本を先に読んでいた。おもしろい脚本で、それがどんなお芝居になるんだろ、って思って行ってたもんだから、最初は、え?ん?いったいあのお話はどこにいっちゃったんだぁ? とまどいながら、舞台に集中する。目を凝らす、耳を立てる。

私は、かわいそうって言葉がきらいです。
あの子はかわってる。あのこは特別。あのこは、、、、。
ふつうってなんだ。ふつうとちがうことは罪なのか。
自閉症、アスペルガー、ニート、ひきこもり、、。
私は自分がわからない。
人の目が気になる。視線が気になる。
魂にふたしてるおとなたち。

一人一人の立ち姿に、すごく存在感がある。
一人一人の言葉が、胸に刺さってくる。
一人の人は、あ〜〜、しかいわない。それもいろんな類の、あ〜〜。最後には、ホール中になりひびく、ああ=======っ!

舞台がおわってから、南さん(23歳でしたっけ?なんと若き演出家!)と、音楽の上野さんと私、の3人でトーク。

7月からはじまった稽古、はじめのうちは脚本にあるようにお芝居してた。でもそれだと、セリフにしばられてしまう。いろんな経験をして、ワンネスというフリースクールに出逢った子たちとする芝居なのに、これを言わなくちゃ、こう言わなくちゃ、ってなったら何の意味もない。で、2ヶ月前からは脚本にとらわれず、その日、その瞬間、思い浮かんだ、これ!と思った言葉で自分を表現するようにした、と南さん。

つまり、舞台のはじまりからおわりまで、音楽もふくめて、全部即興、ってこと? ひえ〜〜!そんなおっかないこと、ようやる!
でもね、だからこそ、一人一人の発する言葉が、せりふじゃなくて、自分そのもので、だからあそこまで胸に刺さったのか。

それって、南さんとワンネス一座のひとたちが、よほど信頼しあってないとできないことだと思う。
人前で、たくさんの知らない人が自分を見ている前で、自分が今思ってること、感じてること、言葉にするって、表現するって、それはね、すごくこわいし、とっても勇気のいることだ、自分をつきやぶることだ。

「あ〜〜」しか言わなかったひとも、前日には言葉でしゃべってたって。だけどこの日はどういうわけか、「あ〜〜」の気分、「ああ=====っ!」の気分、だったんだなあ、きっと。

ひとがどう思うかばかり気にして、自分押し殺してるひとも、ほんとのほんと言ったら、彼みたいに、思いっきり、あああ====!!って叫びたい時だってあるはずだよ、って感じたよ。

新鮮な体験でした。こんなお芝居を観る、ということそのものが。
ワンネス一座のお芝居「私の名は月の輪」は、今日が最終日。
この時間にはもうすべての上演がおわってるころ。
今日の舞台は、いったんどんなんだったんだろうねえ。

一座のみなさま。本当におつかれさまでした。
すんごい挑戦だったんだと思います。
そのさまを、見せてくれてありがとう。

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