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2018年12月31日 (月)

年の瀬に

あと3時間で終わる2018年。みなさんにはどんな一年でしたか。

去年の今頃は、まさかまさか2冊目の憲法の本を書くなんて、思ってもいなかったです。でも3月にはいって、もうやむにやまれず、本を書こう!ってその時は一人で決意した。(のちに、娘が伴走してくれることになって、おかげで「たいわけんぽうBook+」が完成したのだったけど)

書きながら、また、出前にもいっぱいでかけた。聴いてくださった方達との対話も、娘との対話も、本の中にどんどん盛り込まれていった。半年あまりかかって書き上げたメロン色のBook+が、PCJFの荒井なみ子賞をいただくことになった時は、だから、ほんとにみんなのおかげ!って思ったよ。ありがとうございました!

壊憲政権になって6年あまり。水島朝穂さんの「直言」にもあるように、国会は、「議事」堂ではなく「表決」堂になってしまった。立法のための資料がデタラメであったとわかってもなお、そのトンデモ法案が強行採決で、つまり数の力で、次々通ってしまう。

こんな時代に、それでも、あきらめないでいることって、努力がいるね。沖縄を想って、日本各地のたいへんな地を想って、来る年もあきらめないでい続けようと思う、年の瀬。

今年一年も、いっぱいありがとう。

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水島朝穂さんの今週の「直言」

水島朝穂さんが毎週更新している「直言」。

毎回、気合をいれないと読みきれないくらい中身が濃いのだけども、2018年最後の更新の今週は特に気合を入れて読む。今の政権の6年をふりかえる意味でも。

全部読みきれないかたは、せめてこれだけでも。
****(前略)
安倍政権6年の特徴の第4は、国会の機能不全をもたらしたことである。これは第183回国会(常会・2013年1月28日∼6月26日)から第197国会(臨時会・2018年10月24日∼12月10日)まで、この国の「国会史上における汚点」として記憶されるべき異様な事態である。安保関連11法案や働き方改革関連8法案など、内閣提出の重要法案のほとんどが「一括処理」され、国会審議軽視の乱暴な手法が頻繁にとられた(「「国会劣化」こそ最大の国難」『選択』2018年3月号56 –57頁)。実質的な移民につながる入管法改正案が衆参合わせて審議時間わずか38時間というのも驚きである。国会「議事」堂ではなくは国会「表決」堂であるという尾崎行雄の批判が激しくあてはまる。

安倍首相の答弁姿勢と言語能力のひどさは閣僚にも伝播し、閣僚の答弁姿勢の劣化は、国会史上に例をみない惨憺たるものである。安倍政権6年を象徴するダブルスピーク(二重言語)が、「寄り添う」の多用といえよう。すでに多くの国民が忘れてしまっているが、露骨な憲法無視の例が、憲法53条による臨時国会召集義務の黙殺である。かつての自民党はそこにはない。国会はもはや安倍首相に過剰忖度する審議しか行わない。だから、繰り返し「私は立法府の長」と「失言」を続けるのである。この国の民主主義はすでに壊死の段階に入っているのではないか。国民がそれに気づかないで慣れてしまっていることが危機的である。

******(中略)

「安倍的なるもの」に取り込まれないのはどういう人か。講演などで市民に対して、「安倍的なるもの」にだまされない秘訣を伝授するとして話していることを下記に掲げておく。

(1) 紙の新聞をよく読んで、ネット情報もチェックして、物事を比較しながら、関連づけて考えることのできる人。
(2) 「この道しかない」「唯一の選択肢」「私だけ」といったわかりやすい言い方に対して、「ちょっと待って」と立ち止まって迷う人。
(3) 「日本だけがすばらしい」「中韓は嫌い」といった、「友と敵」があまりにもはっきりした主張に安易にのらない人。
少なくとも上記の3点を守っていれば、「安倍的なるもの」とは距離をとることが可能である。そして、何よりも、有権者としての「1票」が決定的に重要である。安倍政権6年間の栄養は、半ば恒常化した低投票率である。「二人に一人しか投票しない「民主主義国家」」が定着したのが安倍政権の6年だった。史上最低の投票率を更新しつつ、日本はどこへ行くのか。「二人に一人しか投票しない「民主主義国家」」からの離陸が求められている。

*****

「安倍政権を支持しているわけではない。他に代わりがいないから。」 こういう消極的支持者が安倍政権を支えている。そんなひとへ向けて、「ほんとに代わりはいないの?」、「もう、さすがに新しく変わる必要はないの?」、「誰かを支持していなくても、今を変えたいなら、投票に行かなくては?」と問うてみてはどうか。少なくない学生たちはいま、「憲法なんてどうでもいい(必修単位取得を除けば)」、「憲法より内定だ」という考えなのか。就職率の改善は現政権ではなく団塊世代退職によるところが大きいし、それでも就職活動が時期変更も含めて厳しいのは政治の影響ではないのか。内定までは分からない就職後の過労死など、ブラック労働は政治の影響ではないのか。憲法上の権利とかかわることではないのか。「自由と立憲主義からの逃走」がもたらすものは何かを真剣に考える必要があるだろう。

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2018年12月30日 (日)

ファクトチェック

今年度の平和・協同ジャーナリスト基金賞の大賞を受賞したのは、琉球新報の「県知事選におけるファクトチェック報道」でした。デニー候補に関するデマ、それはすさまじかったそうです、それを検証した報道を、きちんと評価してくださったPCJFさん、ありがとう。

私が那覇に行っていた日の琉球新報にもそれが載っていました。2月におこなわれる県民投票に関するフェイクニュースを検証した記事です。県民投票は民間の団体がする、だの、賛成反対を問わず、個人情報がもれるおそれがあるかも、だの。それを信じて投票にいかないひとがふえたら大変だよ、結果的には自分で自分の首をしめるようなもの。

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今日とどいたPCJFニュースに、贈呈式の日の、琉球新報の滝本匠さんのスピーチ要旨が載っていました。
「沖縄県知事選では、フェイクニュースがばっこした。そこで、有権者が誤った情報で投票することのないようにとの思いで、ファクトチェック報道に取り組んだ。そこには、民主主義が揺るがされる、との危機感があった。全国の新聞や放送でもファクトチェックが広がってほしい」と。

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辺野古に

12月3日。辺野古へ。
海と向き合うテントにいるゆりちゃんと、8ヶ月ぶりに再会した。でもとってもしんどい顔してる。だってこの日の朝、14日から辺野古の海に土砂を投入する、って発表されたのだもの。
この日は朝から、ダンプが100台くらいもきてキャンプシュワブに入っていったという。テントにいるゆりちゃんは目も肌も砕石のほこりでじゃりじゃりになっている。

沖縄の人はもうもう十分に怒っているよ。それを表現もしているよ。毎日毎日。選挙でも意思表示しているよ。怒った先はいったい、どうしたらいいのだ。

ゲート前に並べられたおりたたみのイスにこしかける。
「ここにすわるのは憲法で保障されてる表現の自由だ、国家の暴走に対して、表現の自由を行使している。道交法違反だと相手はいうが、憲法の方が上だ。ひるむ必要はありません」とマイクで言う人。

でも、パトカーに先導されて、午後の部のダンプが隊列になってやってきたら、沖縄県警の人たちが目の前にずらりと並んで立って、屈強な若い人たちに両脇つかまれて、情けなくもあっけなくひっこぬかれる私。

砕石積んだトラックはこの1日だけで232台、キャンプにはいっていったという。

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その5日後、私は東京にいた。PCJF贈呈式の会場で、「沖縄スパイ戦史」でこの基金の奨励賞を受賞した三上智恵監督のスピーチを聴いていた。三上さんの言葉の一部をまたここに。

「沖縄が大変だから、それを全国の人にわかってもらいたい、そう思って映画をつくったことは、一度もない。沖縄大変だから、じゃなくて、沖縄にいると、あからさまにわかる。日本が壊れるけど、知ってますか? 三権分立おわってるけど、国民主権手放しつつあるけど、いいですか?対岸の火事じゃなくて、皆さんの服にもう火ついてますよ。大丈夫ですか。そのことを自分はいってるんだけど、この壁は何なんだ。

宮古は着工、石垣はこれから。となれば、沖縄戦から直接、処方箋もらってくるしかない。だから「沖縄スパイ戦史」をつくった。9条あっても、強いものに守られたい、とみんな大合唱。それに反対してる沖縄の人たちはわがままだ、アメリカに守ってもらってるのに、自衛隊にまで反対するなんてわがままだ、といわれる。自分だけ守られればいいの、誰に守られるの?

あったことがなかったことにされて、歴史の漂白がおきてる。「沖縄スパイ戦史」で描いたことは、日本軍によって、意図的な策で、何千人単位で殺されたということ。それは沖縄だったから、じゃない。軍隊の本質。旧日本軍と今持とうとしてる武力組織とが、今も繋がってるのか、繋がっていないのか、明らかにしたいとつくった映画です」

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その6日後の14日、辺野古の海に土砂が投入された。以後、ずっと、されている。

ホワイトハウスに署名を送ろう、2月の県民投票までは辺野古の海に土砂投入しないで、とハワイの沖縄県系4世のカジワラさんがよびかけをはじめた。その署名、もう17万人?(その中の一人に私もなった)ふだんは声をあげないでいたひとも、テレビでよく顔をみるあのひともこのひとも、この署名のよびかけをしてる。

沖縄タイムスで、署名のやりかたをわかりやすく説明しています。
まだの方、おきもちあったらどうか。










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2018年12月29日 (土)

貝と言葉のミュージアム

12月3日。辺野古の海に行く前に、どうしても連れて行きたいとこがあるの、とゆかるひの道子さん。

大浦湾の、辺野古の対岸、瀬嵩浜の「貝と言葉のミュージアム」という私設資料室。ミュージアムが開くのは限られた曜日だけときいていたので、中にはきっとはいれないけど、瀬嵩浜には行ってみようね、と真砂の砂浜に案内してくれた。浜に入る前には、神様にごあいさつしてから。

その瀬嵩の浜からは大浦湾を仕切る、埋め立て予定地のオレンジ色のフロートもみえる。

海岸には、ゆりあげ貝(波でうちあげられた貝のこと)が、それはそれはいっぱい。貝の帯とよばれる、ほんとに帯のような模様が砂浜にできていた。遠くにひとかげが見えた。道子さんが見つけて走って行く。なんとその人がミュージアムをされてる方でした。

私の指先に乗る、どんな小さな貝にも個別の名前があって、それぞれが一人前に成長した大きさで、それぞれに豊かな物語があることを教えてもらう。

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特別のご厚意で、貝と言葉のミュージアムを見せていただくことができた。
貝は、人間よりもずっとずっと先輩で、地球に誕生したのは5億年ほど前。古い世代からあたらしいものへと、瀬嵩浜のゆりあげ貝たちがそこに順にならべられていた。5億年から今まで、って気が遠くなりそうな時間。

1812_6 瀬嵩浜はなんとも豊かなバイオダイバーシティの海だそうだ。ああ、この言葉、デニーさんも辺野古の海のことをそう言っていたな。
貝と言葉のミュージアムの方は、貝のおはなししかなさらなかったけど、この豊かな海をどんなにか愛してらっしゃることが、痛いほど伝わったよ。

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帰りにいただいたゆりあげ貝通信1号には、
「貝と言葉のミュージアムは、渚と人をつなげる芸術空間として、貝の灯りをひそかに灯し続けていきます。その灯りがいっそう確かな光となって、瀬嵩浜の漣のようにキラキラと人びとの心に広がって行きますよう、渚人のみなさまと共に歩んで行きたいと思います」
と書かれていました。

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かざぐるまキルトからシーサーまで

12月2日夜。やんばるにおま住いの水野さんご夫婦が、やんばるほっとかふぇにいる私に会いにきてくださった。ミスター水野さんは、前日のゆかるひさんに話をききにこられて、その時に、お連れ合いが私を知っているという謎の言葉を残した方。そのわけがどうしてもしりたくて、お二人にきていただいたのだ。

謎がとけました!
ことの発端は、1988年のいのみら通信の付録につけたかざぐるまフレンドシップキルトの型紙→当時、札幌にいて通信の読者だった樋口みな子さんが、その型紙を稚内にいる友人の児童文学者さんに送った→その方のお連れ合いさんはキルトが得意→彼女は、やはり針仕事の得意な友だちである水野備子さんを誘い→稚内でもかざぐるまのフレンドシップキルトが縫われた由。そのキルトは、脱原発デモの時にも、地域の高校の文化祭などでも、大活躍したのだという。

7年前に亡くなった安宅路子さんが、脱原発の願いをこめて30年前に考案した一枚の型紙が、こうして北海道に渡り、実際にその型紙をつかって、稚内でかざぐるまキルトを縫った人が、今、沖縄のやんばるに暮らしていて、私と出逢うって!なんてすごい物語だろう。

水野備子さんの手は、今、陶芸でシーサーもいっぱいつくっているという。翌日、今帰仁城址のグスクショップにおよりして、安宅さんへのおみやげのシーサーを選びました。備子さんの手づくりシーサーは大きさも、表情も、背中の模様も、一つ一つ違う。背中が星のもようのこれに、きめました。

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安宅さんちには今も月一回かよっている。私のからだのメンテナンスを安宅治療院さんにお願いしているのです。つい先日、予約した治療の日にやっとこの物語を語れて、水野さんのシーサーを直接お渡しすることができました。

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やんばるほっとカフェさんにおとどけ。

あと2日ちょっとで終わる2018年。12月はじめに行った沖縄のこと、少ししか書けてないので、なんとか年内に。

おはなし会2日目は今帰仁村のやんばるほっとカフェさんにて。この日も、前日の那覇のゆかるひさんの時くらいの人数、20人弱のかたがカフェにあつまってくださった。親子での参加、若い人たちも、島ぐるみ会議のひとたちも、10月末に紅茶の時間にお話にきてくださった具志堅勝也さんも!そして、金沢の知り合いのお医者さま、清水先生の息子さんも!

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この日も、お時間許す方は、とお願いしたら多くの方が残ってくださって語り合い。こんなふうにゆったりして話し合う場って、必要だね。9条しか知らなかったから、話きいてガーンときた、と島ぐるみ会議の方。若い男の子が、勉強会のイメージで来てみたら、違ってた、考えかわった、そもそも憲法って何か知らなかったから、ってとても率直にいってくれた。

30人もの、母方のご親戚の名前が平和の礎に刻まれているという方。この方にとって、平和といのちは同義語。いのちなければ経済もないんだからね、と。石垣島は73年前は空爆なかったのに、マラリアにやられたんだからね、と。軍は民を守らない、そのことを知ってる方でした。

ゆかるひの道子さん、那覇とやんばるで二日間聞いて、伝え方が大事だよね〜〜、ってしみじみと。うん、私もそう思ってる。どうしたら伝わるんだろ、どの言葉で手渡したらふさわしいか、っていつもクンズネンズ(金沢弁で四苦八苦)してる私です。

大事な憲法守りましょう、としか聞いてこなかった、なぜ大事か、そこんとこを教わらないできてしまった、っていう人がいた。うん、そういうとここそ、伝える工夫すればいいんだよね。

このおはなし会がきっかけで、ゆかるひの道子さんはやんばるのほっとカフェさんと出逢ったんだって。那覇とやんばる、出逢ってつながっていける場がこことあそこにある、そのことの意味はきっとあると思う。

天井が高くて、風通しのいい、すてきなほっとカフェさん。お話の最中、壁をつたうヤモリをみつけた。デカ!我が家でもよく見かけるけど、サイズがちがうね。夜は道子さんとおふとん並べてお泊まりさせてもらった。静かな夜に、キュキュキュって、何度もヤモリのなく声がしてた。

1812_2 ほっとカフェさんの本棚にならんでた本たち。「戦争のつくりかた」と「茶色の朝」と、まついのりこさんの「あの日の空の青を」。うれしい本のチョイス。

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ちなみに12月初めにかいた、ゆかるひさんでのお話会の様子は。

  ↓

ゆかるひホールでのおはなし会。20人弱の方があつまってくださった。巨大な国家権力と対峙してる方もいるだろう、那覇のブックカフェで、憲法の話って。いったいどこまで伝わるだろう、響くだろう、という怖れももちながら、語ったよ。

13条と12条をかたりながら、13条がもっとも踏みにじられてる地で、ふだんの努力の12条をずっとずっとしてきてる沖縄のひとたち。
私の12条する、の一例として、県知事選の翌朝のテレビウォッチのことを。朝8時台の全国ネットのワイドショーで、どの局も沖縄県知事選について一切とりあげなかった。それをFBで報告して、夜のニュースもみて(さすがにとりあげてた)、それをあわせてメディアにメールしたこと。

10月1日の朝、もちろん沖縄ではローカルニュースのトップでデニーさん当選のこと、いっぱい報道したでしょう。でもその後の全国ワイドでまったくとりあげてなかったとはじめて知って、みなさん、相当ショックだったみたい。この温度差、ひどい無視。知らせなければなかったことにされてしまう。個人個人も、自覚的に自分がメディアになってくことが必要だね、って後でみちこさんが言ってた。

この日の時間枠は1時間半なので、いつもみたいなふりかえりの時間がとれない。いったんしめて、お時間許す方はのこって、話のふりかえりをしながらみなさんと対話したいんですけど、っていったら、お急ぎでない方はほとんど残ってくださった。

みなさん、話したいきもちがいっぱい!1812_2

2月の県民投票にすごくがんばってるひと。
姉にさそわれてしぶしぶ来たけど、こんな話と思ってもいなかった、来てよかった、というひと。
憲法っていうとハードル高くてすっと足を運べない、すっと話せる場がすごく必要だね。
あ!憲法って、私に関することだったんか!
印象的な言葉ーー人権、身の丈、doとbeのバランス、平らに話す。
「個人」から「個」がとれるって、雲泥の差。憲法番外地の沖縄だけど、憲法あるから抵抗できる(とはいえ、国はそれをこわしてばかりだ、、)。

やんばるから来た方は明日のやんばるのに行けないので今日の那覇に。30年前は稚内にいたというこの方、そのころお連れ合いさんが私と出会っているという。え?稚内には行ったことないなあ、知り合いもいないよなあ?とハテナだらけ。この謎は翌日の夜、やんばるでとけました。

よく辺野古にいかれてる方なのでしょう、この場の空気と辺野古との、あまりの乖離、あまりのギャップを言われてた。そうだよね、その通りだ。踏みにじられっぱなしの沖縄の民意、意思、尊厳。

この日、金沢大学の法学部を卒業したあと、琉球大学医学部に行き、今はお医者さんしてるAくんが来てくれた! 紅茶の時間に来てた彼、沖縄に暮らしてもう25年目だという。法学部の憲法ゼミで、条文解釈はいっぱいきいたけど、今日みたいな話ははじめて、と。一人一人身の丈に認められるってことが、こんなにも大事なことだったんだなあ、と。

みちこさんのふりかえりの言葉。
マイさんのbe、スウさんのbeの話がよかった。doは辺野古に行くこと。beは自分の人権。一票投じることは、私だって生きてるんだよ、という人権の意思表示、と。

ふりかえりの時間は1時間半にもおよび、最後の最後、このゆかるひさんが、みなで語りあうための大事な場になってくことがすばらしいね、と参加したみなさんと一緒に大きな拍手!


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29日の報道特集 イラク戦争の嘘

今年最後の報道特集。イラク戦争が完全に嘘ではじまったことのあらたな証拠を追いかけた特集でした。

核兵器をつくるための遠心分離用につかったアルミチューブが証拠だ、といってCIAから示されたものが、まったく遠心分離器としては使えないものだったこと。イラク人の情報で、生物兵器工場といわれたところが、単なる種子工場だったこと。パウエルさんもだまされていたこと。

諜報活動を専門にするところからだされたものがフェイクだったとして、それを一般の人はどうたしかめるというのだ。
戦争をする、と上が決定したら、どんな手をつかっても、証拠を捏造しても、そこにつじつまをあわせて、戦争をはじめさせるのだ、そのことがとてもリアルにみえた特集だった。

ベテランズフォーピースのマイクさんが、嘘ではじまり嘘で塗り固められたベトナム戦争だった、けれどいくら自分がそういっても、誰も信じてくれなかった、と言っていたよね。

攻められる、やられてしまう、という恐怖が人々のなかに満ち満ちた時、嘘を信じるのはいとも簡単。今の日本、その嘘を信じやすい空気が充満してる、この自覚を持っていないとね。

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2018年12月27日 (木)

タラちゃんの裁判をもう一度してください。

私の古い友だち、タラちゃんこと、塩谷マックスーダさん。日本での34年間の人生をとりもどすための、裁判の再審をもとめるこのアクションに、私も賛同します。

インドでの、彼女と彼の婚姻契約をもし認めないとしたら、タラちゃんの日本国籍も、子どもたちの国籍のことも、離婚裁判のことも、ありえないことになってしまう、なんとも矛盾だらけの判決です。
母国での結婚契約が認められないことの理不尽さは、決してタラちゃん一個人の場合に限っての問題ではないと思います。
自分はこの夫と結婚した、と思っていた相手から、その結婚は本物じゃなかった、といって、離婚を言い出されたら???どんなきもちがしますか。

ここにある文章を最後まで読んで、もしあなたが納得されたなら、どうか賛同の署名をお願いいたします。

タラちゃんと出逢ったのは、タラちゃんが金沢の幸町でインド料理ルビーナをひらいていた、30年ほど前のこと。友だちになり、とくべつ紅茶の時間で、タラちゃんからインドと日本のこと、お話しししてもらったのはもう20年も前だったでしょうか。娘が小学校4年生の時、夏休みの自由研究で、朝早くからルビーナさんに取材に行ったこと、「カレーの研究」という手つくり本をつくったことは、すばらしい経験でした。(その本見たい方、紅茶で読めますよ、世界で一冊きりの本)
去年は、野々市にあるルビーナさんで、私もおはなしの出前をさせてもらいました。

タラちゃんは日本とインドをつなぐ大事なしごとをずっとしています。石川の大学でも教えています。いつもまっすぐに自分のきもちを伝える人です。彼女の生き方を応援したいと思っています。

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2018年12月25日 (火)

明日はしまい紅茶

明日26日は2018年のしまい紅茶。いつもどおり1時から6時まであいてます。とはいえ、あわただしい年末ですから、いつも以上にはやらない紅茶と思いますが。

3時からの草かふぇでは、「地方の時代映像祭」グランプリを受賞した「菜の花の沖縄日記」のDVDをみます。沖縄の放送局がつくった1時間弱の番組。お時間許せばどうぞ感想シェアタイムもごいっしょに。あわせて、今年の草かふぇふりかえりもできたらいいな。はじめての方でもどうぞ。

新年1月2日の紅茶はおやすみ。
1月9日の紅茶は、毎年新年恒例の、お薄の時間です。山崎さんが点ててくれる、おまっちゃのおかわり何杯でも(草かふぇはおやすみです)。

その翌週1月16日は、新年初のとくべつ紅茶。「菜の花の沖縄日記」に登場して、10代の心と目で沖縄を言葉にしてくれた坂本菜の花ちゃんに珠洲からきてもらって、語ってもらいます。こんどはテレビじゃない菜の花の沖縄日記を、菜のちゃんの生の言葉で。2時から4時半。参加費800円。みなさんのご参加おまちしています。

ちいおばさんのつぶやきカレンダー、12月のページでちいさんが読んでいる本は、、、?(うえ〜〜ん、私のガラケー写メではよみとれないねえ。「わたしとあなたのけんぽうBook」を、ちいさん、読んでるんです。)
ちいさんカレンダーは3月始まりなので、まだあと2枚めくれます。
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2018年12月24日 (月)

毎日新聞石川版に

石川版に、毎日の石川記者さんが書いてくれました。

★平和・協同ジャーナリスト基金賞:憲法考える2冊受賞~津幡の主婦・水野スウさん、荒井なみ子賞(毎日新聞 2018年12月21日 石川県版)

 エッセイストとして活躍する津幡町の主婦、水野スウさん(71)が憲法についての考え方をまとめた2冊の著書が、平和報道などに貢献した個人や団体を表彰する「第24回平和・協同ジャーナリスト基金賞」の荒井なみ子賞に選ばれた。水野さんは自宅で市民と憲法を語る「草かふぇ」などの取り組みを続けており、受賞に「地味な活動に光を当ててもらい、勇気と誇りをいただいた」と笑顔を見せた。【石川将来】 

 基金は市民の寄付で運営され、歴史家の色川大吉さんらが代表委員を務める。今年は、同賞に活字と映像の92作品の応募があったという。大賞には、琉球新報の「沖縄県知事選に関する報道のファクトチェック報道」が選ばれた。 
 主に女性ライターに贈られる特別賞・荒井なみ子賞を受賞した水野さんの作品は、「わたしとあなたのけんぽうBOOK」(2015年8月刊)と続編「たいわけんぽうBOOK+」(18年9月刊)。一人娘の万依さん(36)=東京都=の協力を得て自費出版した。1983年から自宅で続ける市民との集いの場「紅茶の時間」や、全国で200回以上行ってきた講演活動も評価された。 
 県外の読者が内緒で同賞への推薦文を書いていたといい、水野さんは「ジャーナリストでもない私がどうして、とほっぺたをつねりました」と笑う。10日に金沢市で開かれた祝賀会では仲間から「自分が受賞したようにうれしい」と声が上がったという。 
 水野さんは、紅茶の時間の参加者らと対話を重ねる中で生まれた作品を手に「みんなで受賞した賞です」と語った。 

写真:賞状を手に笑顔を見せる水野スウさん=石川県津幡町津幡で、石川将来撮影

https://mainichi.jp/articles/20181221/ddl/k17/040/291000c?fbclid=IwAR1jssm0ncyAaHSo73iYXiuK7nVxWAyXBxCVXpbX1wpPOmh2eF6Kp6kFGyo

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2018年12月22日 (土)

21日の毎日新聞石川版

昨日21日の毎日新聞石川版。石川記者さんが、書いてくださいました。
平和・協同ジャーナリスト基金 荒井なみ子賞をいただいたことを。


私、有料会員じゃないので、終わりまではよめないのだけど、最初のほうは、こんな感じね。

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相澤冬樹さんのおはなし

元NHK記者で、森友事件を早くから追っていた、相澤冬樹さんの講演をお聞きしてきました。
森友事件は森友学園の事件じゃない、国と大阪府の事件、とはっきり合点のいくお話。

あたかも、あたかも、首相が籠池さんに利用されたかのような印象操作。でも実は、まさに、まさに、首相が森友学園を利用していたのだ。
なんのために? あの幼稚園の教育方針を引き継ぐ小学校をつくらせるために。
利用してることがばれそうになったとたん、利用されてることにして、逆の矢印に向かって、すべての符号をむりやりあわせていったのだった。

国の方針と同じ方向の小学校を、そうまでしてつくりたかったのだ、とリアルにみえて、そこがすごく怖いところ。

会場は超満員。講師の相澤さんが、じゃ僕の椅子を、と後ろに運ぶ一場面も。石川で、この問題に注目してる人がいっぱいいるな!と実感したよ。

詳しくは相澤さんが書かれた新刊、12月13日発売の「安倍官邸VS NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由(わけ)」(文芸春秋社 1620円)をお読みくださいね。

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相澤氏はNHKの大阪報道部記者として、森友学園への国有地売却に近畿財務局の背任の疑いがあること、財務省が森友学園側に「口裏合
わせ」を求めていたことなどをいち早く報じてきましたが、今年5月
中旬、記者から考査部への異動を告げられ、報道記者ができないのなら、と8月末にNHKを退職。9月から大阪日日新聞論説委員・記者に。

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2018年12月20日 (木)

ぷかぷかさんへ

パパラギソングコンサートの翌日、娘がさそってくれて、二人ではじめて横浜緑区霧ケ丘のぷかぷかさんに行くことができました。

バス停の名前は「郵便局前」。バスを降りると目の前の集合住宅の一階に郵便局があって、そこは通路にもなっているので、あ、ここは映画にでてきたセノーさんがぷかぷかパン屋の売り上げを入金しに行く郵便局かなと思いつつ、導かれるようにその通路をくぐり抜けるとまた、別の集合住宅が目の前に現れ、その一階部分に、3つ並んで、ベーカリーぷかぷかさんと、テイクアウトのお惣菜が買える「おひさまの台所」と、アートが生み出される工房のアート屋わんどがならんでありました。二階から上はいろんな人が暮らす住宅。いいお天気の日だったので、各階それぞれのベランダには洗濯物が揺れて、それもあわせてとってもいい風景。

ぷかぷか村長さんの高崎さんがぷかぷかパン屋のお外に出ているテーブルのところで手をあげてあいさつ、私たちがつくのを待っていてくれました。

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ぷかぷかパン屋さんはヘンデルとグレーテルのおはなしに出て来そうなつくり。いい匂いがしていて、中にはいるとパンの種類の豊富なこと!翌日の紅茶ミニシネマのランチ用のパンと、むすめんちのパンと、いっぱい買い込む。レジ係さんがお金を打ち込み始めた時、高崎さんが、辻くん計算してよ、っていったら背の高い辻くん(映画にでてくるからもう知ってる人みたいな気分)が振り向きざまにサッとパンの乗ったトレイをみて、3090円、と言った0.001秒後に、レジが3090の数字を打ち出しました。今日の辻くんは、「イオンスタイル」という言葉が気にいってるらしくて、何度も何度も、イオンスタイル、って言ってました。

1812_3 隣のおひさまの台所ではお惣菜がずらりとならんでいます。いもサラダや人参サラダ、にんじんしりしり、などなど。うれしいことにこのお店で、2冊のけんぽうぶっくやほめ言葉のシャワーもならべて、売ってくださってました。

そのとなりが、アート屋わんど。かなりひろいワンルームの真ん中の大きなテーブルで、思い思いに絵を描く、色を塗る、ぷかぷかさんたち。天井からはおおきなくじらがさがり、壁には絵がかざられ、絵が得意なぷかぷかさんと刺繍が得意なぷかぷかさんとのコラボワイシャツや、ほかのぷかぷかさんが描いた絵をプリントしたバンダナなどが売られています。村長さんは、ぷかぷかさんたちの生み出すアートをここだけに閉じ込めないで、どんどん世の中にだしていくことが大事なんだと思う、って言ってました。

三つ並んだお店からほんの1分くらい歩くと、ぷかぷかさんのおひるごはん、というカフェがあります。ぷかぷかで働くひとたちといっしょにお昼ご飯しよう、というカフェ。まかないの意味もあるので、ボリュームたっぷり750円のランチと250円のチャイ(この日は村長さんにごちそうしていただきました!)、とお財布にもうれしい。近くに住むママがお子さんと一緒にママとも親子とランチをしてました。

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はたらいてるぷかぷかさんたちがみな自然体で、とても楽しそう。町の人たちにも人気のパン屋さん。支えられてるのは僕らの方だ、と、今では町の人たちもいってくれるようになったそうです。
おひるごはんのかふぇの壁に、「むかし 広場に1本の柱」と書いてあって、たしか、こんなふうな言葉が綴られてました。
「おとなもこどもも犬も鳥たちも虫たちも集まる そこにものがたりが次々生まれた」

三度目の正直(東京にいく機会があるたびにいけないかなあ、と算段したけど、時間的にやっぱりむりで、それにあせあせした気持ちで生きたくなかったし、それで今回やっと)でぷかぷかさんに行けました。村長さん、ご案内、そしておいしいランチをごちそうさまでした!

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ぷかぷかさん演劇ワークショップ上映会

ぷかぷかさんの演劇ワークショップ「森は生きている」と、その本番をおさめた「表現の市場」のDVDを、昨日19日は朝から夕方まで紅茶でみました。朝、昼、夕、と3回見た人もいれば、10月には上映しなかった本番DVDの昼だけを見に来た人、自身も演劇ワークショップしてて、みたいなあ、って言って来てくれた人、など、さまざまな人が出入り自由の紅茶ミニシネマに。

ランチには、ぷかぷかさんのパンがいっぱい並びました〜〜!
ほんとにどれもこれもおいしい、生地がそもそもおいしい。居合わせた人にも一切れふた切れ、おすそわけが当たりましたよ。(え、どうして、横浜のぷかぷかさんのパンがあるん?って思うよね、そのわけはまた後ほど)

午後1時からの本番DVDは短かいので、見る前にワークショップ。
ぷかぷかさんのワークショップでおそらく毎回するのだろう、みんなでタッチ、くっつけっこのあいさつ。
自分の好きなとこでいいんだよ。人差し指と人差し指でこんにちは。膝と膝でコンコン、こんにちは。手のひらあわせてハイタッチ、こんにちは、というのもあれば、なんとまあさんの提案は、お尻とお尻ごっつんで、こんにちは。(お尻の位置高低差あるひとの場合はちょっととびあがって、ごっつん!)←こういうのしても、セクハラにならないのが、紅茶のいいとこ。

次は自分の名前を動作で表現する自己紹介。そのかたちをみんなにもしてもらう。もれなくするので、名前もおぼえやすい。印象的なアクションした人は、そのアクションでおぼえてる。たったこれだけのことなのに、笑いがいっぱいです。

それから、「森は生きている」の中の、「ころがれころがれ指輪よ」ではじまる「指輪の呪文」と、私の大大好きな「一瞬の今を」をみんなで歌って、それから上映会はじめました。こんなちょっとの時間をシェアしてから見ると、余計に楽しい。

3回目の上映がおわると5時、それからふりかえり、みんなの感じたことひとことずつ。ひとことどころか、みんないっぱい話したなあ、演劇のちから、表現することの意味。自分を解放する、ってこと。4回見た人も、何度見てもいいなあ、あたらしい発見がある、と。急かさないとこがいいねえ、待つとこがいいねえ。石川にもこういうことしてるとこがあるって知ったなあ、などなど。

先月、ぷかぷかさんのワークショップに参加した菊地くんもきて、その様子を話してくれた。誘導や無理強いがなくて、待つという姿勢。今してる演劇のワークショップは、1月に発表会のある「洞熊学校を卒業した三人」(宮沢賢治作)、原作はあれども、ワークショップの参加者さんたちと話し合いながら、あらたな物語がうみだされてくる過程も、おかげでかいまみることができました。

1812 写真は、横浜のベーカリーぷかぷかさんのすてきな看板です。アートです、店内はもちろん、ぷかぷかさんのおひるごはんのトイレも、アートがいっぱいでした。

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2018年12月18日 (火)

明日はぷかぷか上映会

明日19日の紅茶の時間は、横浜のパン屋さんぷかぷかさんのDVD上映を3回にわけて。ご予約いらないので来れる時間にどうぞどなたでも。
各回とも参加費は300円(高崎村長さんにお渡しします)。
この日は東京から若い人もくるよ!

①10:00〜12:00すぎ、10月に見たのと同じ、音楽劇「森は生きている」をみんなでつくりあげるまでの6回の演劇ワークショップのDVD上映
お昼残れる人はおべんと持って来てね。
②1:00〜 ちょびっとワークショップしてから舞台本番を上映します。「森は生きている」の前に太鼓やお芝居もありのDVD。上映時間1時間弱
③3:00〜 午前に見たのと同じ演劇ワークショップのDVD上映。2時間あまりの上映会です。

3回するので、ご覧になりたい方はどれでもご都合のつく時間においでください。ちょびっとでも、長くでもごじゆうに、出入り自由です。ぷかぷかさんってどんなとこ?というかたには、ぷかぷかパン屋さんのブログをどうぞ。
http://pukapuka-pan.hatenablog.com/…

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パパラギソングコンサート

17日、パパラギソングコンサート@府中、ホールを満席にしての2時間半ライブ。
安達元彦さんのみずみずしいピアノ演奏で、最初の歌は、笠木さんがいつもオープニングに歌っていた「私に人生といえるものがあるなら」。もうこれだけで胸にぐっときてしまう。安達さんのやわらかい自然体のトークにさそわれて、一曲目から、会場中があったかい合唱になる。

1811

「これがすべての終わりとしても」「私の子どもたちへ」、、、笠木さんのおなじみの歌のあと、パパラギソング全11曲を。これだけフルで歌われるのは35年ぶりという。パパラギとよばれる白人と、サモアの酋長との掛け合いの歌もあれば、クッキングハウスメンバーの合唱がはいっての「一本のやしの木」、「人間の仕事」など。

笠木さんの作詞した歌は1000を超えるという。そのうち、曲のつているのは560曲くらい。
22日が笠木さんの4年目のいのちの日。パパラギソングをCDにしてほしい、という遺言を実現した仲間たちもすごいなあ。何十年来のフォークソング仲間の安達さん、岡田京子さん、増田康記さん、熊倉正博さん。舞台には、「パパラギ」の本の編集をした松田はったんも登場。

パパラギソングの最後が、「サモアにあるのは人間の仕事」、コンサートのフィナーレでは「ペンペン草」、こやのちゃんも実行委員の一人になって歌っていたね。アンコールで安達さんの歌う「カタクリの花」がよくてよくて、涙こぼれた。

会場には、川越紅茶のジュンコさんなみちゃんきやさん、キャンディさんあらため冷えとりのまゆさん、北海道江別のみなこさん、川口のるうさん、藤沢のさとみさん、娘とパートナーのせいちゃんもこれて、うれしい再会。平和・協同ジャーナリスト基金 荒井なみ子賞受賞のお祝いの言葉もいっぱいいっぱいいただいたよ。

うちあげのラストは、クッキングハウスの松浦さんの提案で、みんなで手をつなぎ、静かなアカペラで「人間の仕事」を口ずさみました。
♪人間の仕事 それは喜び
 人間の仕事 それは楽しみ
 人間の仕事 汗を流して
 人間の仕事 心あつめて
 人間の仕事 歌がながれて
 人間の仕事 しなやかな手足

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2018年12月16日 (日)

映画「ほたるの川のまもりびと」

「ほたるの川のまもりびと」。
金沢での上映最終日にやっとみて来ました。

長崎県川原(こうばる)地区の13世帯の人々が、1962年にダム建設の話でてからもう50年余りも、石木ダムの建設に対して、ノー、の意思を示し続けてる。「水の底より 今の故郷」「ダム建設絶対反対」などの看板が目にはいる。建設の必要のないダムだという。

一家族一家族、家族写真のように全員そろって、一人一人が名前をだして、顔をみせて。

「なんでこんなことばせんなんて。ごくふつうの生活続けたいだけなのに」と言いつつ、ゲート前ですわりこみをする。バリケードを張る。座り込みしながら、干し柿作りもする。重機の下にからだもぐりこませて阻止したこともある。

ほーちゃんは、「こうばる通信」を出し続ける。バリケードなんかはってるとこだけ見たら、反対してる人たちは怖い人たちだと思われちゃう。それは向こうの思うつぼ、だからこんな手書きの通信だしてる。自分の目標は、みんなの目標、ダムをとめる、ってこと。
ほーちゃんは地区のひとびと60人の似顔絵を、一人一人のお許しをえて、通信に載せる。

なんてきれいな川、ゆたかな自然、ひとびとのむすびつき、連帯と協同、信頼。ともに生きるということ、たすけあって暮らすということ。

最後のシーンでは、全員でこの歌を合唱。

♪ここはこうばる
 ほたるの里
 自然を守るひとが住む
 ここはこうばる
 ほたるの里
 ふるさと愛するひとが住む

歌声にあったかい涙がながれたよ。
こうばるのひとたちは50年もあきらめてないでノーを言い続けてきたんだ。この信念、ほかのところで頑張っている人たちをも勇気づけてる、って思った。静かでちから強い、いい映画でした。
鎌ちゃんの、ぶんぶんフィルムの配給です。
予告編をどうぞ。

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12月と1がつのおしらせ

明日17日はパパラギソングコンサートを聴きに、東京の府中へ。
2時より府中駅のル・シーニュ5Fのバルトホールにて。2000円。パパラギの歌の作詞は、亡き笠木透さん。作曲の安達元彦さんが歌います。会場では、1980年代のベストセラー「パパラギ」の編集を担当したはったんさんとも、北海道のみなこさんとも、川口のるうさんともあえます。娘も行きます。
日帰りするつもりでしたが、翌日もどってきます。

19日の紅茶は、横浜のパン屋さん、ぷかぷかさんのDVDを見ます。10月の上映会では突然、僕行きます!ってぷかぷか村長の高崎(理事長)さんが見えたけど、今回はDVD上映のみ@紅茶の時間。3回上映します。各回とも参加費は300円(村長さんにお渡し)。
この日は東京から若い人もくるよ!

①10:00〜12:00すぎ、10月に見たのと同じ、音楽劇「森は生きている」をみんなでつくりあげるまでの6回の演劇ワークショップのDVD上映
お昼残れる人はおべんと持って来てね
②1:00〜 ちょびっとワークショップしてから舞台本番を上映します。「森は生きている」の前に太鼓やお芝居もありのDVD。上映時間1時間弱
③3:00〜 午前に見たのと同じ演劇ワークショップのDVD上映。2時間あまりの上映会です。
3回するので、ご覧になりたい方はどれでもご都合のつく時間においでください。ちょびっとでも、長くでもごじゆうに、出入り自由です。ぷかぷかさんってどんなとこ?というかたには、ぷかぷかパン屋さんのブログをどうぞ。

12月26日は地方の時代映像祭のグランプリを受賞した「菜の花の沖縄日記」DVDを草かふぇで3時からみます。今年の草かふぇふりかえりもあわせできたらいいな。

1月16日、その坂本菜の花ちゃんにとくべつ紅茶で語ってもらいます。菜の花の沖縄日記を、菜のちゃんの生の言葉で。2時から4時半。参加費800円。

ちなみに、1月2日の紅茶はおやすみします。
1月9日の紅茶は、22回目となる新年恒例のお薄の時間、おまっちゃお代わり何杯でも。

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菜の花の沖縄日記 今年最後の紅茶でみましょう

録画してあった沖縄テレビ制作の「菜の花の沖縄日記」(今年度のFNSドキュメンタリー大賞ノミネートに。「地方の時代映像祭」ではグランプリを受賞)、やっと見られた。う〜〜ん、すごい!菜の花ちゃんのみずみずしい感性、そして豊かな言葉の表現力。語りも菜のちゃん自身なとこがほんとにいい。15歳からの少女の目が、こころが、見た、感じた沖縄。お年寄りと一緒に学びながら、時には辺野古に行き、オスプレイの落ちた現場に行き。

坂本菜の花ちゃんのお父さんは珠洲で、ちいさな、すばらしいお宿をしておられる。30年くらい前からのおともだち。娘さんの菜のちゃんは、おととしの秋、その湯宿さか本さんを会場に、クッキングハウスの松浦さんをおよびしてSSTワークショップをした時、まめまめとご両親を手伝ってはたらいていた。

菜のちゃんが北陸中日に連載してた「菜の花の沖縄日記」も毎回、楽しみに読んでた。菜のちゃんの言葉のすばらしさに注目して、連載を、って頼んだのは、東京新聞の中山洋子記者。一時、北陸中日にもおられた洋子さん、目のつけどころがさすがです。

菜のちゃんのこの番組、紅茶でみましょう、よければ今年最後の26日の紅茶ない草かふぇで3時から。1時間弱の番組なので、ふりかえりもいれると4時にはおわらないけど。残れるひとどうぞ。今年一年のふりかえりもあわせてできたらいいね。

菜の花ちゃんには1月16日のとくべつ紅茶で語ってもらいます。
菜の花の沖縄日記を、菜のちゃんの生の言葉で。2時から4時半。参加費800円。

ちなみに、1月2日の紅茶はおやすみします。
1月9日の紅茶は、22回目となる新年恒例のお薄の時間、おまっちゃお代わり何杯でも。
16日が菜のちゃんのおはなしの日。どうぞカレンダーにしるしを。

https://www.otv.co.jp/houdou/sp/
日本民間放送連盟賞 テレビ報道番組部門の優秀賞 沖縄県内初の快挙!第38回『地方の時代』映像祭2018グランプリ受賞!
石川県から那覇市のフリースクールにやってきた坂本菜の花さん(15歳)は、併設された夜間中学のお年寄りとの交流を通して、沖縄では70年余り前の戦争が続いていることを肌で感じ、基地の島で起こる事件・事故と、対照的に穏やかな学校での時間を故郷の新聞にコラム「菜の花の沖縄日記」として連載し続けた。

平良いずみディレクター
「県民にとって基地問題は、生活が脅かされ暮らしに直結する問題です。主人公の菜の花さんに出会えたことが幸運だったと思います」

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ホワイトハウスへ署名をおくる。

友人から、以下のメール。
私もすでに署名しました。
辺野古のことでなにかできることないか、ってお思いの方へ。
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「ホワイトハウスに辺野古建設反対のメッセージを送る」方法を紹介します。

https://blogs.yahoo.co.jp/greenke24/66726636.html

1. 上記ホームページを開き、First name、Second Name、Mail adresを記載し
て送信します
2. ホワイトハウスから「内容確認」のための返信メールが届きます。

そのメールの青字のところ(Confirm your signature by clicking here.)をクリックしてください
確認メールのそれをクリックしないと署名とみなされないのでクリックを。

“日本国内の問題をアメリカ政府に持ち込んでどうなるの?”というのはその通りですが、では“今の私にできることは何か?”を考えた時にこの方法がありました。

沖縄の現場に行くことはできない、国会デモに参加もできない・・・中で『ホワイトハウスは10万人の署名が集まった案件には回答を出す』というやり方があるということを昨日紹介され、早速やってみることにしました。

日本の国民として解決できない問題を、世界の人たちに知って貰えればという気持ちです。

現時点で署名数はまだ千数百ですが、10万票を目指して呼び掛けたいと思って

います。よろしくお願いします。

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対人援助学マガジン35号、更新されました。編集長の言葉。

団士郎さんが編集長してらっしゃる対人援助学会のwebマガジン、「対人援助学マガジン」35号がきのう更新されました。

季刊のweb上のマガジン、創刊されて9年。団さんから、スウさんも書いてみない?とお声かけてもらって、2号から「きもちは、言葉をさがしている〜紅茶の時間とその周辺」と題してずっとかかせていただいています。

考えれば考えるほど、こうした自由な表現の場が今の社会で、ここに保障されているって、すごいこと!だと思う。9月にだした「たいわけんぽうぶっく+」の中の、草かふぇのことも、コッカイオンドク!も、コスタリカの大胆な平和も、クッキングハウスのことも、もとはこのマガジンに書いて、それを加筆したもの。この場の存在に、だから本当にありがとうございます!です。

マガジンの連載は、ほかのどの執筆者の文章も、バックナンバーふくめてすべて、世界のどこにいても無料で読むことができます。ほかの方のテーマは、病児保育であったり、妊活であったり、性的マイノリティ、カウンセリングルームからであったり、ひきこもりのことであったり、介護、看護、ケアマネの現場からであったり、生きづらさの自己表現であったり、と、読む側は自分の関心のある文章をずっと追いかけて読むことができます。そういうシステムが、どこかのだれかへのhuman serviceになるのでは、というのが、このマガジン発刊の理由だったように記憶しています。おおむねどの方の文章も長いけど、じっくり読むとそこからいろんなひとの人生がたちあがってくる。

35号の団編集長さんの言葉。「平和・協同ジャーナリスト賞」のことも書いてくださっていました。

*****

【編集長から】
 マガジンのことをご存知ない方にお教えすると、しばらくして、「見ました。驚きました!」という声が届く。執筆者の皆さんはご承知のことと思うが、本誌の世間周知度はけっして高いとは言えない。(だから、貴方のお知り合いに告知を)
原稿の長短は様々とはいえ、基本的に長い文章が多いこのマガジンは、SNSのように短く分かりやすい言葉ばかり求める時代の風潮とは、存在を異にしている。
だから何かの機会に読者自らが見つけて下さるのが、最良の遭遇だと考えている。慎ましくご案内はするが、大々的告知活動と読者の拡大は、本誌の姿勢とそぐわない。出会いにも、それぞれ、時があるのだ。
自分の知らないところで、こんな着実な営みが10年に達しようとしていて、訪れてみたら、バックナンバーに欲しい記述が分厚く存在している。訪問者にとっては、近接領域に働く者同士が作り上げた智の花園である。そこに入るのに、資格も支払いも不要という、公共財としての対人援助学的知見群。
こういうものの編集長として、ここまで継続してこられたの幸運で、人生の大きな喜びである。


今年度、第24回「平和・協同ジャーナリスト基金賞」の「荒井なみ子賞」を執筆者の水野スウさんが、受賞されました。
「わたしとあなたのけんぽうBook」と「たいわけんぽうBook+」、他様々な活動に対するものです。本誌に連載されている文章も含まれています。スウさん、おめでとうございます。詳しくはご本人の執筆者短信をどうぞ。
(後略)

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2018年12月15日 (土)

今日の東京新聞 パパラギソングのこと

今日の東京新聞に、12月17日に府中でひらかれる、パパラギソングコンサートのことが記事になりました。

笠木透さん作詞のパパラギソング。
100年前にヨーロッパにいったサモアの島の酋長さんが、白人(パパラギ)たちの暮らしをみて思ったこと。それが「パパラギ」という本になり、それをよんだ笠木さんが、歌をいくつもつくった。

今月22日は、その笠木さんが亡くなられて4年目のいのちの日。

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2018年12月14日 (金)

辺野古と三上さんのスピーチ

今、三上さんは土砂が投入されてる辺野古の現場におられるのだろうか。(辺野古で、もうヘロヘロ、って今が今、三上さんからメッセージ。以下の言葉、アップしてもいいかどうか、お尋ねしてたの。承諾いただいたので、いま、アップします。できたら周りの方にもおしらせください。)

8日、東京での「平和・協同ジャーナリスト基金賞」贈呈式でご一緒した三上智恵さん(「沖縄スパイ戦史」で受賞)のスピーチ。胸にずきんと刺さった。じかにそのスピーチをきいたものとして、三上さんの言葉を伝えたい。
********

三上さんは6年前にもこの賞をうけとってる。高江の30分のドキュメンタリー。まだ那覇の人も、高江を知らなかった時。その受賞でとても勇気づけられた。27年間テレビで仕事したけど、沖縄のこといくら伝えても全国に伝わっていかない、そこで映画の世界に冒険で飛び込んでいった。
そこから「標的の島」「戦場ぬ止み」をつくった。でも宮古、石垣の島々に自衛隊が。島々が軍事要塞化すれば73年前以上の目にあうこと数年前からわかってた、だから「標的の島」をつくった。

見た方々の反応。沖縄にもっと寄り添わないとだめね、素晴らしい映画つくってくれてありがとう、時間あったら辺野古にいくわ。そう言われるたびすごく違和感あって、いらいらした。

沖縄が大変だから、それを全国の人にわかってもらいたい、そう思って映画をつくったことは、一度もない。沖縄大変だから、じゃなくて、沖縄にいると、あからさまにわかる。日本が壊れるけど、知ってますか? 三権分立おわってるけど、国民主権手放しつつあるけど、いいですか?対岸の火事じゃなくて、皆さんの服にもう火ついてますよ。大丈夫ですか。そのことを自分はいってるんだけど、この壁は何なんだ。

宮古は着工、石垣はこれから。となれば、沖縄戦から直接、処方箋もらってくるしかない。だから「沖縄スパイ戦史」をつくった。9条あっても、強いものに守られたい、とみんな大合唱。それに反対してる沖縄の人たちはわがままだ、アメリカに守ってもらってるのに、自衛隊にまで反対するなんてわがままだ、といわれる。自分だけ守られればいいの、誰に守られるの?

あったことがなかったことにされて、歴史の漂白がおきてる。「沖縄スパイ戦史」で描いたことは、日本軍によって、意図的な策で、何千人単位で殺されたということ。それは沖縄だったから、じゃない。軍隊の本質。旧日本軍と今持とうとしてる武力組織とが、今も繋がってるのか、繋がっていないのか、明らかにしたいとつくった映画。
そこから学ばないのなら、スパイじゃないのに殺された人たちは、二度殺される。住民を戦争につかい、食料を、子どもを、軍に出させた。その人たちは、軍の全容を知ってるから、捕まったらみなしゃべってしまう。だから殺さなきゃいけなかった。自決していただくか、スパイといって殺すか、マラリアとわかっていながらその島に追い込んでいくか。これは、地上戦ならどこでもおきうること。

「標的の島」の主人公の山城ヒロジさんが「スパイ戦史」みて、「三上さん、たいへんなことしたね、こんなのつくったら消されるよ」と。大ヒットにしないと消されちゃうなら、大ヒットするようがんばるしかないんです。

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三上さんの渾身のスピーチ、必死にかきとめた。スパイ戦史、うん、ヒットさせなくちゃならない、沖縄が自分ごとって意識してうごかなくちゃ、ってあらためて思う。これ読んだあなたも、どうぞ応援してください。

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2018年12月13日 (木)

19日の紅茶は、ぷかぷかさんDVD上映会

昨日の草かふぇは「パパラギ」オンドク会の2回目。来週は、ぷかぷかさんDVD上映会紅茶です。

「パパラギ」オンドク後の感想はいろいろ出たよ、共感できるとこ、共感できないとこ。そうだね、いろんなきもちの言葉のでるのがこの場のいいとこ。これが正しいあっちはまちがってると決めつけない方がいい。二項対立じゃないほうがいい。何にでもいえるね。

来週19日はずっと前に予告してたけどきっともう忘れてるよね。
横浜のパン屋さん、ぷかぷかさんのDVDを見ます。10月の上映会では突然、僕行きます!ってぷかぷか村長の高崎(理事長)さんが見えたけど、今回はDVD上映のみ@紅茶の時間。3回上映します。各回とも参加費は300円(村長さんにお渡しします)

①10:00〜12:00すぎ、10月に見たのと同じ、音楽劇「森は生きている」をみんなでつくりあげるまでの6回の演劇ワークショップのDVD上映
お昼残れる人はおべんと持って来てね
②1:00〜 ちょびっとワークショップしてから舞台本番を上映します。「森は生きている」の前に太鼓やお芝居もありのDVD。上映時間1時間弱
③3:00〜 午前に見たのと同じ演劇ワークショップのDVD上映。2時間あまりの上映会です。

3回するので、ご覧になりたい方はどれでもご都合のつく時間においでください。ちょびっとでも、長くでもごじゆうに、出入り自由です。ぷかぷかさんってどんなとこ?というかたには、ぷかぷかパン屋さんのブログをどうぞ。

http://pukapuka-pan.hatenablog.com/?fbclid=IwAR2W5peQ5NT6q1iga3atIUsfT8hvalEchi8Y_9v4UKBZOubzr16qzjFaBds

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ホワイトハウスへ

日本政府は、明日、辺野古に土砂投入する、という。

ホワイトハウスあてに、私も署名をおくりました。辺野古の埋め立てを中止してください、と。

署名すると、おりかえしWe the peopleからメールがとどきます。英文だけど、その中に、
Confirm your signature by clicking here
(ここをクリックしてあなたの署名を確認してください)
とあるので、そこをクリックしたら、署名がこれで届きました、となります。

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2018年12月12日 (水)

岐阜におとどけ

120307_ 今日は岐阜の子ども・若者相談支援担当者研修会でお話してきました。今年2月に大雪とバッティングしていけなかったので、2度目の正直。しかも、前はひと枠の90分だったのに、今回はなぜかそれが倍の2枠。でもそのぶん、ゆったりとおはなしとワークショップができました。

テーマは「SST」です。去年依頼を受けた時は人違いかと思った。だって私、 SSTの専門家じゃないもの。クッキングハウスで学んだSSTはこの17年あまり実践してるけど、人におしえることはできない。一緒にしてみて、クッキングハウスのSSTってこんなに楽しいんだよ、誰にでも役にたつ、コミュニケーションの具体的なスキルなんだよ、って一緒に感じてもらうことなら。そう確認させてもらった上で、お引き受けし、今日の会場でもまっさきにそのこと、いいました。行政の方と、民間の方と、いろんな方が参加されてた。わかい職員さんもいっぱい。

紅茶してる中で、私が学ぶ必要性にせまられたこと。いろいろなとこに勉強にいって、クッキングハウスが私の”学校”だとおもったわけ。きもちのいいコミュニケーションは練習すれば誰でも身につくもの。紅茶と別枠で、コミュニケーションの練習をする時間をはじめたこと(もう13年余りになる)。

クッキングハウスでならったほめ言葉のシャワーのワークショップを、わたしなりにアレンジしてお話の出前先ではじめたこと。そのワークからあずかった言葉たちが、「ほめ言葉のシャワー」の冊子になったこと。娘が書いた「あなたはほかの誰ともとりかえがきかない」から、13条の発見のことまで。

SSTで大事な、「わたしメッセージ」。上から目線で相手を非難したり責めたりする「あなたメッセージ」は、練習の必要ないくらいほとんどのひとが得意(笑)だけど、自分を主語にして相手も自分も大事にしながらきもちを伝えるには、やっぱり練習が必要。
そんな「わたしメッセージ」は、私からすると「平らに話す」ってこと。憲法のお話に行くときも、日常も、紅茶でも、たいらにはなすことが、私にとっての「わたしメッセージ」の応用。それは相手を尊重することでもあるんです。

休憩後の90分は、きもちボールやしあわせまわしやほめシャワのワーク、贈りものの言葉のリレー、そしてふりかえりのシェアリングタイム。2枠の3時間をいただけたことで、あせることなくのびのび語れて、具体例もたくさんお伝えできて、みなさんもいっぱいわらって、時に涙して。

私自身とっても楽しんで解放された。そうだねえ、ここんとこ、緊張と興奮?の日々がつづいてたから、今日はごほうびのリラックスタイムのようでした。帰りの特急しらさぎでは完璧に爆睡。それであたますっきり、これ書いて、寝ます。

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おめでとう ありがとうの会

8日に東京での、「平和・協同J基金」贈呈式。翌日、親子ではじめて新幹線の3人並びの席で金沢にもどってきて、10日は、ピース仲間のみゆきちゃんたちが企画してくれた、おめでとうありがとう会@もっきりや。古くからの紅茶仲間たちもそこに合流してくれたので、もっきりやさんが満員になりました。

私の人生で出会った大切な人たちが、ごちゃまぜでそこに一緒にいる。もうそれだけで胸いっぱいになるしあわせ。2冊のけんぽうBookには、そんなみんなの行動、言葉、想い(紅茶や草かふぇやピースウォークやコッカイオンドクetc...)もつまっているから、私たち親子がかたちにしたけど、その意味ではみんなの本でもあるのです。だからいっしょにおいわいしてもらって、ありがとうがいいあえて、そんな時間と空間をつくってもらえたこと、参加してくれたこと、本当にほんとにありがとうございます!!

贈呈式で受賞理由が説明されたのだけど、選考委員の方たちにとっては、自宅オープンして紅茶の時間という場を35年もしてる!自費出版で憲法の本、ともいえない冊子をつくっちゃう!憲法の専門家じゃないのに出前けんぽうかふぇしにどこへでもいっちゃう!などなど、いくつものびっくりがあったみたい。手描きのいのみら通信をみて、こういうのいいねえ、とか、けんぽうBookのティーとコトリのイラスト、これすごくいいねえ、とか、たぶん、これまでの受賞作品にはない類の作品。そうか、こんな伝え方もあるんだねえ、と思っていただけての、受賞だったのではないかと思います。

もちろんその手前に、30年近くいのみら通信の読者さんでいてくれて、農作業がまだ忙しい時期に、必死にけんぽうBookを読破し、私に内緒で推薦文を書いてくださった、織座農園・窪川典子さんの熱いきもちや、私をけんぽうかふぇに呼んでくれて、典子さんとは違うアングルから推薦してくださった写真家の山本宗補さんの存在があるのですが。

親子本作りの裏話。2月末、Book+をつくろうと思った時は、改憲からくりと国民投票のことだけ、サクラ色けんぽうBookの裏に付録みたいにA3の紙一枚貼り付けるつもりだったこと。でもそれじゃぜんぜん伝えたりない、伝えたいのはひとことで言い切れる情報じゃないとはっきりしたこと。

そこで母はどんどん書き続けていったけど、母と娘の温度差は歴然。けんぽうの専門家でないものが、9条にとっくむなんて無茶すぎるって思ってた娘。8月にはいってやっと娘に火がついた。専門家じゃない私たちだからこそ、わからないことはわからないと言おう、考えつづけた過程を綴って、読む人にも一緒に考えてもらおう、って二人で開き直って、そこからがドトーの、新しい原稿かきながらの編集作業の日々でした。
9月はじめの入稿の日の前日、あとがきを書いて、その中に「たいわ」という言葉がなんどもでてきて、そのギリギリのタイミングで「たいわけんぽうBOOK+」っていうタイトルがきまったんでしたよ。

花束とナッツいっぱいのケーキとサクラとメロン色のイヤリングとバラの花のコサージュのプレゼントあり、くすだまのサプライズあり!シクラメンの鉢植えあり。そしてピース仲間ならではの、最新版コッカイオンドクあり!(入管法と水道法のこと)
そして締めの言葉はまあさん。締め切り前の10日間は毎晩3〜4時間、スカイプで、あーだこーだの遠距離親子編集会議、その会話をずっと後ろで黙って聞いてくれてたまあさん。その応援なしに本はつくれなかったと思います。

今年一年をしめくくるようなハッピーアワー。忙しい中、企画、準備してくれたみゆきちゃん、まりこさん、菊地くん。参加してくださったみなさん。そこにこれなくても想いを寄せてくださった方々、あったかい会場を提供してくださったもっきりやさん、ほんとうにありがとう!!

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もっきりやさんでのこと by みゆきちゃん

平和・協同ジャーナリスト賞受賞の、おめでとうとありがとうの会を企画してくれたみゆきちゃんが、その日の様子をくわしくFBに書いてくれました。

FBだと写真もいっぱいあって、その様子が見られます。でもみゆきちゃんの言葉だけでも、ブログで私と繋がってる方に読んでいただきたくて、ここのコピーしますね。

https://www.facebook.com/profile.php?id=100007929548162

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ま さ に、 おめでとうと、ありがとうの会 ✨️

唯一無二のやわらかな存在感で、細いお身体からわき出るバイタリティーと尽きせぬ平和への情熱。フットワーク軽く、とことん手づくりにこだわり、発見と名付けの天才のスウさん。

一人娘の万依ちゃんは、スウさんとはまったく違う頭の持ち主、だからこそそんなふたりが重ね重ねた対話=たいわのうえにつくりあげられた表現は、多くの人々の心に届く言葉のちいさな本となりました。本当に受賞おめでとう! 母娘のトークは、いろんなところでじーんときて、しかも笑いもあり。そして、相手への思いやりに満ちたことばで。

そのふたりを支えながら見守るまあさん。締めの言葉をお願いしてごめんね。だけどまあさんの言葉がやっぱり最高でした。

もっきりやに一歩足を踏み入れた瞬間から、もう泣きそうだったという万依ちゃん。吉村さんもそう言ってくれたね。そんなほんとうに特別な空間でしたね。スウさんのお人柄と、ここに積み上げられた歳月そのものを感じられたからでもあるのかな。
「この場にいられてよかった!」「企画してくれてありがとう!」、といったい何人の方に言っていただいたか。

この一週間「ほたるの川のまもりびと」がなかなか広がらず、苦しんでいて、細川さんの宮沢賢治の会もあって、ほかのプロジェクトのミーティングもあり、仕事もあって、家族のこともあって、この上にまたこんなたいせつなお祝いの会を引き受けるっちゅーか、自らすすんで計画するなんて、もう、私ってばかなんかと思いましたが(苦笑) 集まってしまえば、始まってしまえば、間違いなくよい時間になると確信していました。
が・・。

そんな想像以上の会になりました! 来てくれたみなさんも、(残念ながら来られなかったみなさんも!)スウさん親子が大好きで、何らかのかたちでスウさんが綴った、この本に出てくる登場人物になっているみなさん。

今も会場いっぱいの笑顔を想いだし、涙を想いだし、うっとりと余韻に浸ってしまうほどです。

一期一会の素敵な会を主催できて、私からもたくさんありがとうを言わせてください。

去年もコッカイオンドク!が日隅一雄さんの賞を受賞していて、スウさんが東京で、「なんで金沢って、こんななの?!!」って言われたって。なんでだろうねぇ。

でも、中央のようすを伺うんじゃなくて、どんどん地方からオリジナルの発信していくことって、クリエイティブですごく楽しい。どこの地域でも、できるんじゃないかな!

さぁ、来年も、この時期もっきりやでお祝いしよう✨️

次は、誰の番かな! あなたかもしれないですよ!!

♬~~~~~♬

それから、最新コッカイオンドク!の白熱したことといったら・・!会場からも台本にない声が飛ぶ飛ぶ!笑 

傍観者よりも、そして観客よりも、演じ手になる方が楽しいよ。新しいスターも続々登場!楽しい!

市民が主役になる最強のエンターテイメントだ!(しかも、アーカイブにもなる)って再発見しました。もっともっと、進化させたいなぁーーーー。


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2018年12月10日 (月)

平和・協同ジャーナリスト基金賞贈呈式

ただいま!平和・協同ジャーナリスト基金賞の東京での贈呈式をおえて、今日、金沢にもどってきました。1812

大賞を受賞したのは琉球新報の「県知事選におけるファクトチェック報道」。日本ではフェイクニュースを新聞社として検証するという、こういった報道はこれまでなかったそうで、これは画期的なことだ、と。

奨励賞を受賞された「沖縄スパイ戦史」の三上智恵さんとも再会できました。この映画は70数年前の事実を言ってるだけではない、非常に今日(こんにち)的なメッセージが含まれている、と。うん、三上さんもスピーチのなかでそういわれてた。これ、沖縄のことじゃない、日本のことなんですよ!と。

奨励賞の「地図から消される街」は、3.11後の福島を、朝日新聞記者の青木美希さんが丁寧に誠実においかけつづけたルポ。帰還率「4、3%」の衝撃、避難された方達の現実、手抜き除染のこと。もう忘れられたことにされているけど、決してそうじゃないよ、と突きつけてくる。避難されてる方達が、この受賞をとてもよろこんでくださったそうです。

やはり奨励賞の、「ゲンバクとよばれた少年」は、そうよばれた中村由一さんの人生の聞き書き。長崎の浦上で被曝して二重に差別されたきた中村さんが、この受賞をもうもう身体中でよろこんでらっしゃること、痛いほど伝わってきました。

私のちょうだいした荒井なみ子賞は、日本の生活協同組合の活動を、それは熱い想いで実践し、平和と協同をご自分の生き方にしてこられた方のお名前を冠した、ユニークな賞。2冊のけんぽうBookとともに、紅茶のこと、草かふぇのこと、出前けんぽうかふぇのこと、いのみら通信のこと、ピース仲間とのいろんなアクションのこと、みいんなふくめて、この賞をいただけたのだとわかりました。選考委員のかたたちが、紅茶の時間や出前のこと、とてもユニークだ、ってびっくりされた?みたいです。
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贈呈式には、推薦文を私に内緒で書いてくださった織座農園の窪川のりこさん(この賞のはじめのころから参加しているそうです)、私の若い頃の本を5冊も編集してくれて、いまは川越紅茶の大事な仲間の松田はったんさん、クッキングハウスの松浦さん、たかはしべんさん、因島からいんのしまいさん(はるばる)!永さんの「誰かとどこかで」のディレクターだった橋本隆さん、毎日出版のいがちゃん、完全護憲の会の福田さん、それに私の大事な家族の、まあさん、マイ、そしてパートナーのせいちゃんも。一緒にこの時間を共有できて、ほんとにしあわせでした。

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明日はピース仲間と紅茶仲間合流の、おめでとう&ありがとうの会だそうで、贈呈式の報告、させてもらいますね。マイも参加するので、親子で本づくりのうらばなしもしますね。

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2018年12月 7日 (金)

明日、贈呈式

明朝早い新幹線で東京へ。平和・協同ジャーナリスト基金荒井なみ子賞の贈呈式が1時から日本記者クラブの大会議室であります。

推薦文をかいてくれた織座農園の典子さんも、はったん(私の若い頃の単行本のほとんどは、彼が編集者さんでした。ほめ言葉のシャワーをつくることになったきっかけも、はったんの一言から)も、一緒にその瞬間、その場にいてくださいます。こんなこともう二度とないから!って言って、まあさんにも重い腰をあげてもらい、そして、二人三脚で2冊のけんぽうぶっくをつくった娘も東京から参加します。

贈呈式ではそれぞれの受賞者さんがみじかいスピーチをすることになってるの。わお!どきどき緊張するね。あたま真っ白になりませんように!

9日に石川にもどって、
10日、ピース仲間と紅茶仲間合流の、おめでと&ありがと会。
11日、岐阜でおはなし。
12日、紅茶ない草かふぇでは、3時から「パパラギ」のオンドクのつづき。パパラギって何?って方もどうぞどうぞ。

という感じで、時が翼ひろげてびゅんびゅんとんでいきそうなので、沖縄のおすそわけの続きはまたすこしおちついてから書きますね。to be continued.

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那覇のゆかるひさんで

1812 ゆかるひホールでのおはなし会。20人弱の方があつまってくださった。巨大な国家権力と対峙してる方もいるだろう、那覇のブックカフェで、憲法の話って。いったいどこまで伝わるだろう、響くだろう、という怖れももちながら、語ったよ。

13条と12条をかたりながら、13条がもっとも踏みにじられてる地で、ふだんの努力の12条をずっとずっとしてきてる沖縄のひとたち。
私の12条する、の一例として、県知事選の翌朝のテレビウォッチのことを。朝8時台の全国ネットのワイドショーで、どの局も沖縄県知事選について一切とりあげなかった。それをFBで報告して、夜のニュースもみて(さすがにとりあげてた)、それをあわせてメディアにメールしたこと。

10月1日の朝、もちろん沖縄ではローカルニュースのトップでデニーさん当選のこと、いっぱい報道したでしょう。でもその後の全国ワイドでまったくとりあげてなかったとはじめて知って、みなさん、相当ショックだったみたい。この温度差、ひどい無視。知らせなければなかったことにされてしまう。個人個人も、自覚的に自分がメディアになってくことが必要だね、って後でみちこさんが言ってた。

この日の時間枠は1時間半なので、いつもみたいなふりかえりの時間がとれない。いったんしめて、お時間許す方はのこって、話のふりかえりをしながらみなさんと対話したいんですけど、っていったら、お急ぎでない方はほとんど残ってくださった。

みなさん、話したいきもちがいっぱい!1812_2

2月の県民投票にすごくがんばってるひと。
姉にさそわれてしぶしぶ来たけど、こんな話と思ってもいなかった、来てよかった、というひと。
憲法っていうとハードル高くてすっと足を運べない、すっと話せる場がすごく必要だね。
あ!憲法って、私に関することだったんか!
印象的な言葉ーー人権、身の丈、doとbeのバランス、平らに話す。
「個人」から「個」がとれるって、雲泥の差。憲法番外地の沖縄だけど、憲法あるから抵抗できる(とはいえ、国はそれをこわしてばかりだ、、)。

やんばるから来た方は明日のやんばるのに行けないので今日の那覇に。30年前は稚内にいたというこの方、そのころお連れ合いさんが私と出会っているという。え?稚内には行ったことないなあ、知り合いもいないよなあ?とハテナだらけ。この謎は翌日の夜、やんばるでとけました。

よく辺野古にいかれてる方なのでしょう、この場の空気と辺野古との、あまりの乖離、あまりのギャップを言われてた。そうだよね、その通りだ。踏みにじられっぱなしの沖縄の民意、意思、尊厳。

この日、金沢大学の法学部を卒業したあと、琉球大学医学部に行き、今はお医者さんしてるAくんが来てくれた! 紅茶の時間に来てた彼、沖縄に暮らしてもう25年目だという。法学部の憲法ゼミで、条文解釈はいっぱいきいたけど、今日みたいな話ははじめて、と。一人一人身の丈に認められるってことが、こんなにも大事なことだったんだなあ、と。

みちこさんのふりかえりの言葉。
マイさんのbe、スウさんのbeの話がよかった。doは辺野古に行くこと。beは自分の人権。一票投じることは、私だって生きてるんだよ、という人権の意思表示、と。

ふりかえりの時間は1時間半にもおよび、最後の最後、このゆかるひさんが、みなで語りあうための大事な場になってくことがすばらしいね、と参加したみなさんと一緒に大きな拍手!

ゆかるひのみちこさんと、受付を手伝ってくれた、すてきな絵本をつくり、紅型のハガキもつくるわかちゃんと。

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2018年12月 6日 (木)

みちこさんとゆかるひ

昨日の草かふぇで、見聞き感じてきた沖縄の話を、きっちり1時間。14人もの方がききにきてくれたよ。沖縄のおすそ分け話は、これからゆっくりすこしずつ書いていきますね。

あさって8日は平和・協同ジャーナリスト基金賞の贈呈式で東京にいって、日曜に石川にかえってきます。月曜日はおめでと・ありがと会を金沢でしてくださるとのことで、東京での式のことも速報できそう。

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そもそも、今回沖縄にいくことになったわけ。おはなし会の会場、bookcafe&hallゆかるひさんをしているみちこさんとの出逢いは、6〜7年ほど前の夏、細川律子さんちでのぶどう狩りおはなし会だった。

そのころ長野に住んでたみちこさんは長野のおはなしグループの人たちと参加してて、その日、「てぃんさぐの花」を歌ったんです。私も何か歌ったので、たがいに、おはなし会なのに歌った人、として記憶しあってた。

その後、紅茶の時間にみちこさんが2回きてくれて、そのうちの一回はわがやでのけんぽうかふぇだった。2015年6月のこと。8月末にけんぽうBookができて、その年の11月と12月、みちこさんは私を長野のけんぽうかふぇに呼んでくれた。

実はそのころすでに、みちこさんは那覇に住民票をうつしてたんだって。那覇生まれのみちこさん、結婚して長野で四半世紀暮らし、でもふるさとのことずっと、心の深いところで想いつづけてた。三上監督の「標的の村」をみて、がーんとほっぺ殴られた気がして(高江でひどいことがおきてたんだ、オスプレイのヘリパッド建設の反対をめぐって)、家族の同意も得て、沖縄に帰ることにした。沖縄で自分のできることをしよう、誰もが自由に意見をのべ、好きなことをし、想いを共有するスペースをつくろうって心に決めて。

それをかたちにしたのが、「良き日」という意味の、今のゆかるひ。みちこさんは若いころ同じ場所の一階で12年間、絵本やさんをひらいていた。子どもたちのたまり場、野菜の共同購入の場、講演会もひらき、また、石垣島白保の海を守る人たちの拠点にもなっていたという。ふたたびその地にもどり、いろんなイベントのできるホールのある絵本カフェをあらたにひらいて、いま2年たったとこ。
きもちをまっすぐ行動にうつすみちこさんから聴く沖縄のこと。わたしの方こそ、学ぶこといっぱい。
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2018年12月 4日 (火)

ただいま!そして明日の草かふぇ

ただいま!5日間の沖縄からもどりました。留守の間、たくさんのあたたかいメッセージをありがとうございます。まだぜんぶよみきれていませんが、まずはただいま、とお伝えしたく。

沖縄でふたつのおはなし会。昨日は辺野古へ。海とむきあうテントにいる相馬ゆりちゃんにもあえました。でも昨日、防衛大臣は、12月14日にも土砂を海に投入する方針だと発表した。1日だけで232台もの砕石をつみこんだダンプ、工事車両がキャンプ内に運び込まれたよし。

ゲート前にいたほんのすこしの間にも、私の目の横を、何十台ものダンプが、どどどっどどどど。。
入り口で座りこみしてる人たちが警察に排除され、私もいともたやすくひっこぬかれ、、、。ああ、そんな厳しい日になってしまったのだった。

*****

明日5日の紅茶ない草かふぇは3時から、沖縄にいって見聞きし、感じてきたことをお話します。
那覇とやんばるでのおはなし会のこと、そのあわいに思ったこと。
辺野古のこと。その対岸にひっそりとある、すてきな「貝と言葉のミュージアム」のこと。
選挙での若い人たちのはたらき、その力の大きさ。

ちょっといっただけで何が語れるか、とも思うけど、また少しづつ語り、発信していきたいです。
明日のわずかな時間が、「みみくわっちー」(耳のごちそう)になればいいな。

たぶん1時間はしゃべっちゃいそうだけど、お時間許す方はその後もどうぞ残ってくださいね。
沖縄県庁前は、辺野古行きバスの発着場所です。1812

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