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2019年5月 2日 (木)

5月1日のふつうだけどとくべつだった紅茶

昨日5月1日は、年に一度あるかないかぐらいの、ふつう紅茶なんだけど一期一会のスペシャル紅茶になりました。
予想したようには、男性比率高くなかった。16人中、10人が女性。遠くは東京、寝屋川、藤沢から、近くは富山、能登、内灘、金沢から。年代は10代から70代までのすべての年代に渡りました。途中の出入りがあるので、すべての時間帯にいられたのはまあさんと私だけだけど、どの時間帯もめっちゃ濃くておもしろかった!
 
卒論で、存在の肯定について論じたはるなちゃんがお友だちと一緒にきてくれた。借りてた卒論を返す時に、感想を言うつもりだったけど、ふだん滅多にこれない人がこれだけいる中で、私が個人的な感想を彼女に伝えるよりも、はるなちゃん自身の言葉で卒論エッセンスを語ってもらった方がいいな、と、突然、ふりました。
はるなちゃん、きっとドキドキしたろうけど、そこにいあわせた10人余りの大人たちに、卒論で一番伝えたかったことーどんな人も生きている意味がある、誰もが必要とされている、と信じることのはるなちゃんなりの根拠を、とっても誠実に語ってくれた。べてるの家のこと、山元かっこちゃんと教え子でともだちの雪絵ちゃんのこと、そして紅茶の時間のこと。
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雪絵ちゃんが友だちのために発した言葉が、めぐりめぐってまた雪絵ちゃんに還ってきて、雪絵ちゃんの生きる意味を支える。その反転宙返りの発見をはるなちゃんが一所懸命考えて、人が生きること、在ること、の意味につなげていった過程、語ってもらえてほんとによかった。聴きながら私は、13条のこと、ずっと思ってた。
 
はるなちゃんの話の後にもやってくる人たちもいて、その顔ぶれを見回した時、3時になったからって予定通りの草かふぇしなくていいな。その日に見ようと思ってたDVDは47分、それだけの時間を、見ることで沈黙するのは惜しい、と即、予定変更、いちごいちえのライブの時間を大切にすることにしました。
 
話題は、13条から、doとbeの意味、自分の気づかないところで誰かがちゃんと見てくれていたこと、象徴としての天皇の意味、憲法1条と9条の関係性、改憲のねらい、投票しただけで義務果たしたことにならない、議員にした後、どう関わる、などなど、シナリオのない濃いトークが展開していく。
 
夕方になって、一時帰国?の菊地くんが能登のともだちを連れてやってきてはるなちゃんと再会。その友だちとも間接的にどこかでつながってたことが判明。
さらに遅い時間になって、富山の10代、原田くんがやってきた。原田くんと菊地くんは、2月のとくべつ紅茶「菜の花の沖縄日記」以来の再会でした。いや〜〜、連休なかびの紅茶は、シナリオなしの即興人生劇場だぜ。195_1
 
夜行バスで神奈川に帰る菊地くん、紅茶のしまいがけにきた原田くん。いっしょにわが家で夕ご飯。生きる道を真剣に模索する若者たちの話を聴けるしあわせを、夫婦してしみじみ思ったことでした。195_2

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