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2019年10月16日 (水)

リッキーさんのお話と、みしなさんのお話と。

金沢の柿の木畠、竪町通りに近い油車のあたり、鞍月用水の流れの上に枝をのばして、たわわに(って言い方は実のことをいうのかな)咲いてる金木犀。この界隈、どの小径を曲がっても、金木犀のかおりがする。とあるお家の植木鉢に咲いてたのは銀木犀?香りが金よりすこし地味目だけど、同じ香り。Img_1170 Img_1169

きのうの午後はもっきりやさんで、リッキーさんこと、コスタリカ研究家の足立力也さんの、コスタリカに学ぶ地球環境のお話をきき、夜は、中日新聞文化部の三品信(みしなまこと)さんの「表現の不自由展その後」について考えるお話をきき、私のあたまはまだパンク状態。

軍隊をなくした国コスタリカの人々の心に、インストールされている、という人権感覚。70年余りもの間、粘りつよく、しつこく、この国は軍隊を持たない、戦争をしない、そういう国だと信じ、言い続けてきたコスタリカの人々。その揺らがない信念を、この「わたし」が、持ち続けるということ。それを求められてるのは、他の誰でもない、このわたしだ。

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気候変動問題、じゃもう手ぬるい。今や、「気候危機」っていわないとこの切迫感を伝えられない。早くからそれに気づいて、持続可能エネルギー100%を実現させて、この問題の先頭を行くコスタリカ。

戦争をしない、ということと、個人が大切にされる、表現の自由がある、とはリンクしている。
個人ー人権ー自由。

さて、夜の部。
公金もらってひらく展覧会で、国を批判することは許されないのか?(愛知のトリエンナーレにかかった費用は約12億。展覧会の中の展覧会である「表現の不自由展その後」にかかった費用は490万円だが、それは寄付でまかなわれたので、実際には、国の予算は使われていない。そう思わせる報道もあるが)
でも問題の本質は、国からお金をもらってる/もらってないってことでは、ないんだ。国からお金もらったら国を批判できない、国に反すること言えない、ってことが本当にまかりとおるようになったら、教育も演劇も出版も言論も、文化は、表現の自由は、死んじゃう。ってことを、夜、三品さんのお話聞きながら何度も反芻してた。

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今日の紅茶内の草かふぇでは、集まった方のお顔ぶれで何をテーマに語り合うかきめましょう。遠くから、びっくりする人が訪ねてきそうでもありますし。

毎週あいてるけどはやっていない紅茶は、ほんとに伸縮自在の場。一期一会の出逢いで成り立つ、社会とつながる窓。

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