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2020年5月31日 (日)

染めのおっちゃんのこと、再び。

京都の染めのおっちゃんこと齋藤洋さんと、タペストリイの本を介してのFB上、往復書簡のようなやりとりがつづいています。これも、コメントでうもれさせてしまうのがもったいなくこちらでシェア。
齋藤さんが書いた、2013年のメモリアルキルト展のこと。日本でつくられた愛のキルト、そしてそのひとそのひとを縫い表したメモリアルキルトのことです。一枚一枚の写真とその物語もどうぞごらんください。
(しかも今日は、離れているけどつながってる ぷろじぇくとの本プレゼントの申し込み、最終日でもありますしね)

齋藤さんとのおつきあいのはじまりは、すず原発だった、というのもまた、感慨深いです。
30年前、珠洲の原発計画に反対するさまざまなアーティストたちが、自分の作品を教育会館の2階に展示していた日があったのです。その教育会館の向かいの中央公園(いまの四高記念公園)に展示していた私たちの、金沢のかざぐるまフレンドシップキルト。そのキルトを見た齋藤さんとはじめて言葉をかわしたのが、私と齋藤さんと、メモリアルキルトと、今も続くご縁の糸口でした。


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齋藤洋さんより。

「出逢いのタペストリイ」のこんな手渡し方、まさにスウさん。30年前に珠洲原発反対の集いで金沢の公園で「かざぐるまキルト」を掲げて参加していたスウさんと初めて出会えた時から、その立脚地が基本変わらずに歩いてこられたことに敬意を表します。二人を繋げてくれた「キルトたち」今も生きそして闘っているんだよね。

COVID -19が人の弱さやいとおしさを露にしながら、人が線引きした国境などを軽々と越えひろがってゆく今、あのHIV /AIDS に圧倒され、少年でも老人のように痩せ細り朽ちてゆくような苦しみの極みのなかで、さらにものすごい偏見と差別のただ中で、針と糸をもち必死に命を見つめた人たちが作って行った美しい布たちが、大きな希望のように在ることを今感じています。

人の命を死亡者数なんかで絶対表してなるものかと、掲げ続ける布があることを伝えていきたいと願います。キルトのことお伝えしているもう1ページ、覗いていただけたらありがたいです。

https://blog.canpan.info/shamurie/archive/331?fbclid=IwAR2DwfbjtpfFu8Eyk-TOux4Dq1LrVkH4E3xwcnsSgJ9Qr3YDS0RsYNor_Yk

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