2019年6月20日 (木)

「主戦場」の自主プレ企画草かふぇ

映画「主戦場」を見る前に、のプレ自主企画@紅茶ない草かふぇ。
 
そもそもこのタイトル、いったいどういう意味?
原題は「The main battleground of the comfort women issue」。韓国の少女像がカリフォルニア州に建つなど、慰安婦問題の対立、論争の主なバトルグラウンド(戦場)が当事国の日本と韓国ではなくて、アメリカで起きている、というところからきた題名。
 
監督のミキ・デザキさんは日系アメリカ人。医学大学院予科生として学位を取った後、2007年から5年間、山梨と沖縄の学校で英語指導助手。その時の経験を基に「日本では人種差別がありますか?」という映像を制作して、2013年にYouTubeにアップ。その映像がこれ。(約6分)
https://www.youtube.com/watch?v=MxnmMrWOj3c
 
するとネット右翼からの批判がいっぱい!デザキさんはやがて、元朝日新聞記者の植村隆さんが激しいバッシングをうけていることを知り、慰安婦問題に関心を持つようになっていく。
 
2015年、上智大学大学院生になり、慰安婦問題についてのリサーチをはじめたデザキさん。この問題について発言する約30人を取材。
映画が公開されることになった時、インタビューをうけた保守系の人たちが、卒業制作のためというから取材を受けたのに映画にするなんて聞いてない、騙された、と言い出した。それに対してデザキさんからの反論映像がこれ(約3分)。「彼らの発言は、彼らの自由意思。一般公開も考えている、との合意書を交わしている」と。
https://blogos.com/article/381210/?fbclid=IwAR217m5qFjLOcOqOWmytnqx994uNi3X9WTwwt-yIhxIIzTpQFWToFO2YMas
 
二つの短い映像を集まった人たちと見た後、フリートーク。
 
・どっち側の立場の人であれ、一人ひとりどういうこと言ってるのか知りたい、話してる時の表情を見たい、観察したい。
・違う意見をそのまま映像で出すって他にないから。自分で聞いて、あれ?と思うかどうか。
・自分はどう思うか、どう行動するかってこと。聴く耳を持つ、やだ、と耳を塞ぐのでなく。
・ある人はこっち側からしか見ない、また別の人はあっち側しか見てない。見たい聞きたいものしか見ない聞かない。そこをこらえて、ちゃんと両方知りたい。
・最初にみた「日本では人種差別がありますか」の映像で、初めて知ったこともあった。
・その映像にでてきた、「エリオット先生の特別レッスン」の生徒の言葉。差別の感情。人を見下す気持ち、自分の方が上だと思うときもちいい、という感情。
・自分が国に対して抱いている誇りを、傷つけられたくないというきもち。そんな恥ずかしいことするはずないよ、この国が、と。
・プレトーク草かふぇしたから、今度は映画見た後のポストトークしよう。一人でみた後、自分の頭のなかがバトルグラウンドになってるだろうから。
 
「主戦場」、金沢ではシネモンドで6月22日から2週間。
 
*******
 
あーだこーだ言い合ってたら、余計に見るの楽しみになってきた。
歴史を知らないことで差別してることいっぱいあるだろうし、自分も気づかないうちに誰かを差別してるってこともあると思う。だから、ひらたい場で語り合って、いまのそれって差別なんじゃないかな、と気づき会える、そういう関係を育てたい。差別の種をまくのはとっても簡単なことだからね。
 
そうじゃない方の種のこと、なんて呼ぼう。人権の種って呼んだら固すぎるよね、13条の種って呼びたいけどそれでわかってもらえるかな。一人ひとり違っててとりかえのきかない存在なんだよ、って思う人のいっぱいいる社会の方が、そう思わない人の充満してる社会よりは、きっと息がしやすいだろう、やさしいだろう、互いにおもいあえるだろう、って思ってるから、私は13条の種を蒔いていきたいな。

|

2019年6月13日 (木)

オリーブさんのお話会に参加した優子さん

オリーブさんのとくべつ紅茶に参加するため、浦和から飛んできた川越紅茶仲間の芳賀優子さん。
私とは、けんぽうBOOKの感想をメールでいただいたのがおつきあいのはじまり。オリーブさんの聞き書き冊子をお送りしたところ、オリーブさんともメールでやり取り。そして、私、聞きに行きます!と。
 
優子さんは生まれた時から弱視。大学のスペイン語学科を卒業後、1985年から2007年までヤマト運輸で働く。今はバリアフリー社会の実現のために、行政にアドバイスする役も担っています。
 
優子さんは、オリーブさんと出逢ったことで、石川の視覚障がいの人たちの就労の困難さを知って、ああ、まだまだ届いていないんだなあ、と。日本語のパソコン画面読み上げソフト(スクリーンリーダー)を1980年代に開発されたすばらしい方が小松におられることを前から知っていただけに、その石川の現状がこういうことか、、、とショックだったそうです。
 
生まれつきの全盲の人だけが視覚障がい者ではないんですね。2015年のWHOの統計によると、世界には2億5300万人の重度視覚障がい者(ここでの「障がい」は、英語ではハンディキャップ=社会的不利、と表される)がいて、そのうち全盲の人は3600万人、弱視の人は2億1700万人。low visionとよばれる弱視、見えにくい人の方がずっと多いこと、優子さんが教えてくれました。
 
今日届いた優子さんからのメール。お許しを得て、ここに。
 
ーー 一緒に、憲法12条できる仲間が増えて、私はすごくうれしいです。私自身は人間としては弱いし、足りないところだらけだし、できないこともたくさんあるのですが、だからと言って自分から13条をあきらめてしまっては、人間やめるの? 国民もやめるの? ということになってしまうと思うんですね。
「不断の努力」をしようとしている人って、だんだん少なくなっているように、私には見えます。だからこそ、今回のような出会いやつながりは、とても貴重です。
「私たちも、視覚障害者だからって、施しを受けるんじゃなくって、社会に出て仕事をして役に立ちたいじゃないですか。できる仕事はあると思うんです。私はただ、凸凹を、お互いに補い合える感じになったらいいと思ってるんです」
オリーブさんが仰ったこの言葉、これを言える視覚障害者は本当に少ないのが現状なんです。
「施しをもっと下さい」という視覚障害者は多いのです。13条を自分から捨てているようで、私にはとても言えない言葉の一つなのですが…。
 
優子さん、ほんっとに来てくださって、そして優子さんならではの言葉で教えてくだって、ありがとう!石川にまた来てくださいね!
写真は、オリーブさんの話を聞いている優子さん。二人ともとってもいいお顔されてるね。
196_13

|

オリーブさんの一期一会のおはなし

12日のとくべつ紅茶、オリーブさんの「見えなくなって見えてきたこと」。紅茶のおへやがいっぱいになるくらい、たくさんのかたが聴きにきてくださいました。196_10
 
オリーブさんの片手首に白いバンド。実は彼女、肩に近い腕と大腿骨を骨折して、入院中の身。しかも入院中に、オリーブさんが利用してた福祉サービス事業所がとつぜん閉鎖。どうにか杖ついて歩けるまで回復したけど、家事や買い物、ましてや鍼灸院の仕事は今んとこできず、というダブルorトリプルピンチの真っ最中だったんです。
 
視覚障がいは、移動と情報の障がい。居宅や移動の支援があってやっと生活がなりたつ。でも視覚障がいにくわしいワーカーさんはほとんどおらず、事業所もほんっとに少ないので、かわりを探すこともむずかしい、と、しょっぱなから危機を明らかにして話し始めたオリーブさん。
 
もともと右目は弱視でほとんど見えなかったけど、ITの仕事も車の運転もできていたんだよ。でも今から10数年前、どんどん見えづらくなってきて会社やめなきゃいけないかな、って。シングルマザーで、娘はまだ中学生。毎日、どうしようどうしよう、、娘と首吊らんなんかなあ、って不安だった。
 
盲学校に入ったのと、娘が高一になったのと、同時。それから3年間、母娘で女子高生しました。サーロイン、と言われる361個のツボをおぼえるだけでも大変!拡大読書器で勉強。中途障がいの自分に点字は読めないので。
 
3年後、娘は大学受験、自分は国家試験をめざすことに。でも、猛勉強してる娘に親として何もしてあげれん。すまなくて、娘に、受験一年遅らせようか、といったら「そんなこと言われてもうれしくない!一緒に合格しようよ、ばあちゃんに手伝ってもらお!」と。そこで自分は盲学校の寄宿舎に入って、土日以外は寮で受験勉強、実家の母が娘の世話をしてくれた。
 
晴れて母娘とも合格したけど、盲学校の卒業式という人生再出発の日が、2011年の3月11日だった。4月末、東北の大学にいく娘を送って行った後、宮城の鍼灸の先生たちがボランティアで避難所に行くことを知って参加させてもらった。見えなくなってからの初仕事が、保養プログラムのお母さんたちへの施術でした。
 
いざ働こうとした時、鍼灸の技術を活かせる職場が県内にほとんどないことがわかり、自宅で鍼灸院を開業。ありがたいことにそれで生活できるようになった。この9月で7年目。だけど自分の暮らしが安定してくると同時に、なんで?おかしくない? が頭ん中ぐるぐる。
国家資格とってもそれを使えない現実。どうして視覚障がい者の就労はこんなにむずかしいの? 何していいかわからない時、ソーシャルビジネスの学校に行き出して、そうだ、鍼灸院だけでなく、公益性のあるものを仕事にしていこう。そう思ったことが、視覚障がい者の働くを考える会「あうわ」を、仲間たちとたちあげることにつながっていった。2017年のこと。
 
障がいあっても役に立ちたい、支えてもらうだけでなくて、できること見つけたい、と思った。見えない人のはたらくって、こんな状況だよ、って知らせたい、行政にも知ってもらいたい。自分はファイターなんで(笑)、どうしてしてくれん!って怒りたくなるけど、通ううちに、何度も話していくうちに、聞くうちに、少しずつ分かりあえてきてる気がする。
 
見えづらいことは欠陥でもあるけど、特長でもある。それぞれちがうけど大切な存在で、そこにいていいんだよ、といいたい。
スウさんが「オリーブはあうわの活動通して、ふだんの努力の12条してるね、人それぞれが尊重される13条の社会、それをつくるのは自分たちなんだよね」っていって、あ、そうなんかあ、って。
 
*****
 
オリーブさんは石川県のパイオニアだと思う。彼女の、これヘンだ、おかしいよ、なんで?って直感するアンテナ、とっても大事とあらためて強く思った。それは、オリーブさんの中にある、人権の感覚。自分だけのことじゃない。ほかの人のそれも大事にしたいからこそ、働くを考える会の「あうわ」をつくったんだよね。仕事というのは、生活の糧でもあるけど、生きる希望やしあわせにつながることだから、ってオリーブさんも言ってた。
 
お話のあとのきもちキャッチボールタイムでは、参加してる人それぞれの人生が語られたなあ。助けたり助けられたり、オリーブさんが特に何も「してあげてなくても」、オリーブさんから勇気や笑顔をもらってる人がいたり、あうわに関わることで自分の存在意義を感じている人がいたり。弱視の先輩、川越紅茶の優子さんのお話もよかった!(それは別に投稿するね)。
 
196_11 オリーブさんが紹介してくれた絵本「みえるとかみえないとか」は、ちがうってどういうことか、具体的にすごくよくわかるいい絵本!しばらくお借りしてます。オリーブさんの聞き書きをまとめた『「どうしよう」から十年。おりーぶさんの見つめる未来!!』の冊子(500円)も紅茶本屋にあります。
 
196_12 オリーブさん、文字通り、一期一会のおはなしをほんとにありがとう。ご自分のお話してくださった方たちも、ありがとう!

|

2019年5月16日 (木)

おはなし会後の、おとな紅茶の時間

きのうの律子さんおはなし会にはまにあわなかった山口さんだけど、先週のユンファさんコンサート@紅茶を企画して、それがほんとになるまでのこと、おはなし会後のおとな紅茶の時間できかせてくれました。

紅茶でコンサートするまでのユンファさんのきもちが不安でいっぱいだったこと。ゴスペルシンガーのユンファさんにとって、教会でのコンサートとは違い、全く知らない日本人の個人宅でコンサートする、って、考えたら当たり前だけど、そりゃ不安だったろうね。まして言葉の壁もあるし。
だけどもその不安が、紅茶に入ってくるなりのみんなのあったかい「ようこそ」や、ユンファさんの歌声に感動したみんなの表情、歌のあとのきもちキャッチボールタイムでそれぞれのきもちをユンファさんに伝えたこと、などで反転して、よろこびやしあわせにかわっていったんだって。

195_31

そんなきもちの変化をおしえてもらうって、紅茶への贈りものだと思う。

紅茶にきてた若い子が、これからは研修の日が水曜と重なって半年ぐらい紅茶にこれなくなる、と。その前に、って、きっと昨日思いきって言ってくれたんだろな。
紅茶にはじめて来た時の自分は、自分のこと好きじゃなかった、って。だけども、紅茶にきていろんな人と逢って、自分がどう思ってるか言葉にしていって、自分の感じたこと聞いてもらって、それは紅茶のことだけではなかったかもしれないけども、でもそれが自分を好きになってく、ってことだったみたいに思う。
だから、紅茶でもらった言葉や空気感に、感謝でいっぱいです、と。

ああ、こんな言葉も、贈りものだね。紅茶の空気は、一人じゃ決してつくれない。居る人来る人みんなの協働作業でつくる空気に、私こそ、ありがとう、だ。

 

|

律子さんのおはなし会

律子さんのちいさいひとのためのおはなし会。ここに引っ越して以来なので、今年で28回目(って律子さんに数えてもらって、あらためてびっくり)。
1年生中心だけども、2年、3年のおにいちゃんおねえちゃんたちもやってきて。1年生さんは、ここがおうちだとは信じがくて、喫茶店みたいだ、図書館みたいだ、とひとしきりにぎやか笑。

いつも手遊びではじまる律子さんおはなし会。みんなで木になって、風にゆれてみたり。195_27

いつも手遊びではじまる律子さんおはなし会。
♪ いもにめがでて
  ♪ きがゆれる
  ♪ いちじく、にんじん・・・ほい!
みんなで木になって、風にゆれてみたよ、たのしい。
絵本は、
  『ダンゴムシ見つけたよ』 皆越ようせい 写真・文
  『ルラルさんのにわ』 いとうひろし
  『ラチとらいおん』 マレーク
詩は、
  「みんながうたう てんてんのうた」 くどうなおこ
点点だけの絵が、一体なんなのか、こどもたちと一緒にあってこしながら読んでいくのがたのしい〜!タンポポ、ほたる、つばめ、りんご?ごきぶり?笑。

195_28

195_29
最後のおはなしは、おなじみおばけのはなし「おぼさりてえ〜」。こどもたち、ほんとに集中して聞いていたよ。195_30

おはなし会にまにあわなかったひともふくめて、子どもたちの帰った後は、おとなの時間。
お茶しながら、律子さんのおはなし会と先週のユンファさんのふりかえりを一人ひとことずつ。先週来れた人も来れなかった人も、ここでまたあたらしい出会い。
律子さんは11月6日に、賢治さんの時間でまた紅茶に。ユンファさんもきっとまた、紅茶で歌ってくれると思います。

|

2019年5月 9日 (木)

ユンファさんコンサートが北陸中日に。

今日5月9日の北陸中日新聞金沢版。ユンファさんコンサート@紅茶を島崎記者さんがかいてくれました。ありがとうございます。

背景の木々の緑がうつくしいねえ〜〜。
あれ?彼のカーディガンも緑色なんだけど!195_15

|

ユンファさんのコンサート@紅茶

ゴスペルシンガーの、イ・ユンファさん、今日の朝、韓国を発ってそのまま紅茶の時間にきてくれました。
はじめて逢うんだけど、そんな気がしなかったよ。言葉は通じないけど、きもちで話すと通じたよ。ユナさん、って呼ばせてもらったら、もっと近いきもちになったよ。

195_12

1曲目の「いのちのうた」でハートを掴まれたと思ったら、なんと2曲目が「平和のひとかけら」。山口さんが、最初わたしに内緒でユナさんに、歌ってね、とお願いしてたみたいです。で、もしかしたら歌ってくれるかも、とは聞いていたけど、実際にユナさんの歌うの聞いたら、もう〜〜。

どの歌でも感じたけど、ユナさんは日本語の言葉のもつ感情を、ほんとうに深くくみとって、からだにいれて歌うから、こころにすーっとはいってくる。「平和のひとかけら」(メロディは、ふるさと)も、あそこまで自分のものにして歌ってくださるなんて。韓国で練習してきてくれたんだと思うけど、みんなで一緒に歌いながら泣きそうになった。

ユナさん自身が神さまと出逢っていくおはなしもとってもよかった。幼い頃に両親が離婚、ハルモニに愛情持って育てられたユナさん。だけどそのハルモニは病気になって、ユナさんは一人で生きていかなきゃならなくなった。

学校帰りに教会へ。ピアノとギターと楽譜がともだち。
誰でもこころに傷がある。苦しみに理由があるなら、神さまの計画とはいったいなんだろう。ユナさんは、歌いながらそれを考え続ける。
9年前から日本でも歌い始めて、熊本ではコンサートのポスターをみて、もしや息子ではないかと聴きに来てくれたお母さんと再会。

キム牧師が通訳してくださるんだけど、そのかけあいが見事。ユナさんの言葉が詩みたいで、簡潔で、ほんとうのことだけ正直に話してるからこころに届き、そこでおもわず笑顔と笑い声と涙になる。悲しい涙でなくてね。

ほんとにすてきな、いのりのような時間でした。ユナさんが最初に、ここに集まってるみなさんの顔がしあわせにみえるので僕もしあわせ、といってくれて、やさしい空気が循環しました。

195_13

ユナさん、歌のあとのきもちキャッチボールタイムの最後に、もう一度、マイクなしで「いのちの歌」を。来週紅茶にとどくだろうあたらしいアルバムには、この歌もはいっているそうです。

ユナさん、紅茶で歌ってくださってありがとう。内灘聖書教会のキム先生、通訳から音響から一人何役もありがとうございました。そして、この贈りものみたいなコンサートを企画、お世話してくれた山口さん、ありがとう!来てくださったみなさんも。

195_14

ユナさんの歌は、まだここでも聞けますよ。
11日(土)14時~ 金沢キリスト福音教会(金沢市畝田中)
12日(日)11:00~ 金沢聖書協会(金沢市玉鉾町)
12日(日)14:00~ インマヌエル金沢キリスト教会(金沢市弥生)

できたらまた来年も、ユナさんに歌っていただきましょうね。

|

2019年5月 2日 (木)

5月1日のふつうだけどとくべつだった紅茶

昨日5月1日は、年に一度あるかないかぐらいの、ふつう紅茶なんだけど一期一会のスペシャル紅茶になりました。
予想したようには、男性比率高くなかった。16人中、10人が女性。遠くは東京、寝屋川、藤沢から、近くは富山、能登、内灘、金沢から。年代は10代から70代までのすべての年代に渡りました。途中の出入りがあるので、すべての時間帯にいられたのはまあさんと私だけだけど、どの時間帯もめっちゃ濃くておもしろかった!
 
卒論で、存在の肯定について論じたはるなちゃんがお友だちと一緒にきてくれた。借りてた卒論を返す時に、感想を言うつもりだったけど、ふだん滅多にこれない人がこれだけいる中で、私が個人的な感想を彼女に伝えるよりも、はるなちゃん自身の言葉で卒論エッセンスを語ってもらった方がいいな、と、突然、ふりました。
はるなちゃん、きっとドキドキしたろうけど、そこにいあわせた10人余りの大人たちに、卒論で一番伝えたかったことーどんな人も生きている意味がある、誰もが必要とされている、と信じることのはるなちゃんなりの根拠を、とっても誠実に語ってくれた。べてるの家のこと、山元かっこちゃんと教え子でともだちの雪絵ちゃんのこと、そして紅茶の時間のこと。
195
 
雪絵ちゃんが友だちのために発した言葉が、めぐりめぐってまた雪絵ちゃんに還ってきて、雪絵ちゃんの生きる意味を支える。その反転宙返りの発見をはるなちゃんが一所懸命考えて、人が生きること、在ること、の意味につなげていった過程、語ってもらえてほんとによかった。聴きながら私は、13条のこと、ずっと思ってた。
 
はるなちゃんの話の後にもやってくる人たちもいて、その顔ぶれを見回した時、3時になったからって予定通りの草かふぇしなくていいな。その日に見ようと思ってたDVDは47分、それだけの時間を、見ることで沈黙するのは惜しい、と即、予定変更、いちごいちえのライブの時間を大切にすることにしました。
 
話題は、13条から、doとbeの意味、自分の気づかないところで誰かがちゃんと見てくれていたこと、象徴としての天皇の意味、憲法1条と9条の関係性、改憲のねらい、投票しただけで義務果たしたことにならない、議員にした後、どう関わる、などなど、シナリオのない濃いトークが展開していく。
 
夕方になって、一時帰国?の菊地くんが能登のともだちを連れてやってきてはるなちゃんと再会。その友だちとも間接的にどこかでつながってたことが判明。
さらに遅い時間になって、富山の10代、原田くんがやってきた。原田くんと菊地くんは、2月のとくべつ紅茶「菜の花の沖縄日記」以来の再会でした。いや〜〜、連休なかびの紅茶は、シナリオなしの即興人生劇場だぜ。195_1
 
夜行バスで神奈川に帰る菊地くん、紅茶のしまいがけにきた原田くん。いっしょにわが家で夕ご飯。生きる道を真剣に模索する若者たちの話を聴けるしあわせを、夫婦してしみじみ思ったことでした。195_2

|

2019年4月 4日 (木)

生徒憲章 もういちど

士幌中学校の生徒憲章、もういちど。

3月21日のピースウォーク はじめの挨拶の時にも、そしてきのうの送る会@紅茶でも菊地くんが語ってくれた、憲章の言葉をあらためてここに。
彼の話をきいていて、中学時代の生徒憲章が、彼のバックボーンになってるって感じたよ。

*********

21日、19年目のピースウォーク金沢2019。
記念公園入り口での集いでは、はじめて実行委員になってくれた菊地くんが開会のあいさつを。
「みなさん、平和すきですか?ぼくも好きです。家族で来てる人もいれば、ワンコもいます。いろんな人たちとの関係のなかに平和ってある。遠いところにあるものかと思ってたら、実は手の届くとこにたくさん平和がありました」
そう言ってから彼は、母校の士幌中学校の先輩たちが1996年に制定した、生徒憲章をのべました。前夜、メロポチさんでのウエルカムイブの最後に読んでくれた憲章に、この日あらたに彼オリジナルの「平和の章」をつけたして。


《 生徒憲章 》
         
【人権の章】
人間だから
わたしの生命(いのち)も心もたった一つ
かけがえのないひとりとして
大切にされる
あなたも人間だから
わたしはあなたを大切にする 
【自主の章】
人問だから
わたしはわたしの意志をもつ
自ら創りあげる喜び
やりとげる責任とともに
ひとりの人間だから
わたしもあなたも自分で立てる
【民主の章】
人間だから
わたしはあなたと違う
たがいを認め、そして話しあう
違う人間だけれど平等であるために
だれもが人間だから
わたしとあなたは支えあえる
【希望の章】
人間だから
わたしはわたしを高めていける
真実を求め
豊かな心を育てる
わたしたちは人間だから
夢に向かってともに歩く


そしてあらたな、菊地くんオリジナル、Img_0175-2 【平和の章 】
人間だから
わたしとあなたは行動をする
なにともとりかえのきかない命と世界を
未来へ手渡す
わたしたちは人間だから
平和をねがい共にあるく

******

昨日の紅茶では、この生徒憲章への返歌として、「平和のひとかけら」の詩を。

「きもちできるだけ言葉にして あなたといつも語りあってきたよ
 涙も笑顔もわけあってきたよ 平和のタネ一粒一粒蒔きながら

 知らないこといっぱいだから 一緒に学んで平和のひとかけらになる
 決して奪われちゃならない心の自由を求めて 一歩前に踏み出す あなたと

 あなたとつないだ手のぬくもり 今もわたしをはげましている
 平和の糸をつむいで もやって つながった平和は 明日に渡すギフトになる」

それからみんなで「平和のひとかけら」を合唱しました。「ふるさと」のメロディで。

♬きもちいつも言葉に あなたと語りあう
 涙も笑顔もわけあってきた 平和のたね蒔きつつ

 知らないこと学んで 平和のひとかけらに
 心の自由もとめて 一歩前へ あなたと

 つないだ手のぬくもり 今もわたし はげます
 平和の糸をつむいで 明日へ渡すギフトに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

|

菊地くんを送る会@紅茶

3日、菊地くんを送る会@紅茶。
菊地くんの語る、これまでと今とこれから。北海道十勝生まれの彼が、山形→沖縄→石川の津幡を経て、これから藤沢にいこうとしてるものがたり。
中学であのすばらしい「生徒憲章」と出逢ったこと。山形で大学生してた時、こころにいっぱい痛いことがあったこと、ダンスしてたこと、障がいのある人たちに受け入れてもらったこと、ダンスで彼らともつながったこと。沖縄で働いていた時、山形の友人から「ほめ言葉のシャワー」が送られてきたこと。石川にきて津幡で働いてた時、その職場で、その本つくった人と逢ったこと!
 
菊地くんが急に仕事場をなくしてからの、この半年間はめっちゃ濃い私たちとの出逢い期!紅茶で、10月のヴェテランズ・フォー・ピースの講演会で、12月の「けんぽうBOOK」おめでとう・ありがとうの会、2月のビヨンド・ザ・ウエイブス上映会で、3月のピースウォーク 金沢で。
でもそれぞれ、断片的な出逢いだったから、この日の彼の話をきいて、ベテランズ講演会の日に、アメリカからきた二人の元軍人さんにまっすぐに謝罪したのがこの若者だったんだ!とはじめて認識した浅田さん夫妻みたいなひとたちもいて笑。
みんなの前でかっこいいダンスも、バック転もしてくれてありがとう!いつもながらの、紅茶の無茶リクエストぶりにこたえてくれて。
194
 
彼の話でこの日初めて知ったこと、私にもいっぱい。紅茶にきてここなら生徒憲章のことも話せる場だ、って思ったと。どれだけ引越しを重ねてもかならず持ってた士幌中学生徒憲章。これまでそんな話だせなかったけど、ここでなら、って感じてくれたんだね。うれしいなあ。
一度話したらそんな話のできる場が、彼のまわりでどんどん広がっていった。ピースウォーク 金沢の開会の言葉もそうだったね。平和ってどこか遠いとこにあるんでなくて、手の届くすぐそこにあった、って。そして、みんなの前で生徒憲章を読んでくれたんだった。彼オリジナルの、「平和の章」をあらたに付け加えて。
 
この日参加した人に、菊地くんの、こんなとこいいな、すきだな、って思うとこを、おりがみに何枚でも書いてもらって、それを集めてシャッフルして、その言葉をリレーのようによみあっていく、贈りものの言葉のシャワーをしました。いっぱいいっぱいあったね。その言葉たちを小箱におさめて、彼への紅茶からの贈りものにしたよ。
 
彼の生徒憲章への返歌として、「平和のひとかけら」という詩を、私から。そして平和のひとかけらの歌を全員で歌いました。
 
私の思いつく、彼のいいとこ、すてきなとこ。
彼のとびきりのいい笑顔、自分のきもちを誠実に探しながら言葉にしていくところ、かっこいいダンス、一人ひとりを想うこころ、まだまだたくさん。
一人一人がほかの誰ともとりかえがきかない存在だってこと、彼は前から知ってたけど、そこに13条や12条がはいってきたことで、より、13条する人に彼がなっていったことがすごくうれしい。菊地くんはbeの大使だ。彼は「beするコミュニュケーション」の代表として、これからもダンスというチャンネルをとおして、いろんな人と出逢っていくんだな、平和のタネをまいていくんだな、って実感したよ。
 
菊地くん、ここで働けば、ここに来てほしい、といった声もすくなからずあった中で、うんと悩んで、考えて、石川に残らない選択をした彼。それは彼の生き方。藤沢では農にも暮らしにもまるごとにかかわる職場で、障がいのある人たちとともに生きてく仕事をする。これまでのように、山形の、障がいを持つダンス仲間ともつながりながら。
この若者に出逢えたしあわせに、感謝。また、会おうね、菊地くん!
 
夜は夜で、はちゃめちゃ楽しい送る会を野々市でしたよ。

|

より以前の記事一覧