2020年7月17日 (金)

声の便り

久しぶりに懐かしい友だちから声の便り。電話口から聞こえてくる声が、ちっとも変わらない。
以前に送った「出逢いのタペストリイ」の送料分の切手を、まだ送ってなくて、と気にしての電話。
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「いつでもいいよ〜〜、切手郵送するより、来れる時に紅茶に来たら。流行ってないからいつでも気軽にどうぞ」。

紅茶の時間がはじまってわりと早い時期に出会ったTさん。息子さんが、うちの娘と同じ幼稚園の一つ先輩だったころからのつきあい。
夫同士はログハウスづくりの仲間で、どちらの家も、ここ30年余り、別所の山下さんちの無農薬米を食べている「お米の会」仲間。
数えたらいくつも共通点がありました。

今日の電話ではじめて彼女がこのブログを読んでること、知りました。
いのみら通信の長い読者さんでもいてくれる。
気にしていた通信費、だいじょぶだいじょぶ、お代は3年先までいただいてますよ。

今年はとりわけ紫陽花の花づきが多くて、紅茶のテーブルはいつも色とりどりの紫陽花。
小宇宙のようなこの一輪も。
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2020年7月16日 (木)

昨日の紅茶の時間も


「さぁ出かけよう、旅しようキャンペーン、って今じゃないでしょ!

熊本、大分、本州各地、大水で泣いてる時に、お金の使いみちも使いどきも完璧まちがってる。それを医療に、被災地に」

って書いたら、でもね、これだと中抜きができないんだ、と、ラサール石井さんが書いていた。うむ、納得(いやいや、納得しちゃいけないんだけど、意味が分かったって意味、ね)。

 

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きのうの紅茶の時間では早速、「中抜き、ってどう言うこと?」の質問ボールがとんできて、国の委託事業の話になり、電通の話になり、下請け孫うけ、ひまごうけ、の話になり、そうやって委託先の中間がはいればはいるほど、それが儲かる仕組みになってる「中抜き」の話になり。

 

さらに戦前、人々を操作誘導するのに宣伝や広告が絶大な力を発揮したこと。「贅沢は敵だ」「1億火の玉」「壁に耳あり障子に目あり」といったキャッチコピーや、人々の生活の仕方に国の宣伝や広報が、一見、軍事色なく深く入りこんだこと、人々の戦時下マインドに大きな影響を与えたこと。

戦前のそういう広報に関わった人たちが、戦後の電通につながっていて、日本最大のその宣伝会社はしっかり今の政権と結託してること。

憲法改正国民投票の際は、発議から投票2週間前までの期間、その会社が人々の印象操作に効果的なTVコマーシャルをばんばん流すだろう、ってことにも話が及んだ。

 

あ、とはいえ、これは昨日の紅茶の時間のほんの一部。それ以上に、そこに居合わせた人たちの、子ども時代の生活や家族の話。心にしみる兄弟の話をいっぱい。話す本人も話すまで忘れていたかのような、親の話、などなど。

 

その時、その瞬間、話したいことを、あっち飛びこっち飛び、記憶の糸を手繰り寄せては語っていく。

話す側、聴く側、その年代が30以上も離れていたって、そこに共通する普遍を見つけて、共感するよろこびやかなしみ。


 

昨日の紅茶にも、そんなきもちと言葉が満ちていました。

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2020年7月14日 (火)

器が言葉ときもちで満ちる時

もうとうから流行ってない場所となってる、水曜午後の紅茶の時間。
コロナ下の4月中は3週続けて、誰も来ない週が続いたけど、そのあとはまたぽつりぽつり、誰かしらみえて、お寺のように静かに、1時から6時まで、紅茶の時間があいています。
コロナ前は、3時からの1時間を草かふぇと称して、社会の話をする時間にあてていたけど、今んとこそれはお休み。来た人が話したいきもちを話す=放す場、きもちが言葉を探せる場、の方を優先しようと思っています。


先週、先に来てた人たちが帰ってから夕方にやってきた若いお母さん。毎週の草かふぇをとりわけ楽しんでくれてた人だったけど、コロナが騒がしくなってからはなかなか来れず。家にゆっくりあがって、何杯もお茶をおかわりしながら過ごした彼女との時間は、ほんとに数ヶ月ぶりのことでした。

今ね、沖縄のことが、青い海と空、だけじゃない沖縄のことが知りたいの、と彼女が言って、そこから話は、沖縄戦のことへ。
国内唯一の戦場にさせられた沖縄、アメリカの爆撃だけじゃなく、日本軍に殺された沖縄の人たちもいた。スパイと疑われた人もいた。沖縄が戦場になる前は、アジアのいろんな国々が戦場になっていった。
どうして?なんで?それって何? 質問ボールが次々飛んできて、話はあっち飛びこっち飛び。そのたびにジャンプしてそのボールを受け取る楽しさ。みるみる沖縄を飛び越えて、中国にfly、台湾にfly、アメリカにfly。ドイツ、イギリス、スペインにひとっ飛びして植民地の話。

取れないボールももちろんいっぱいあるある。それもふくめて、こんな時間がめっちゃ楽しい。知りたいってなんてすてきなきもち!って思ってると、そのお母さんが、ああ、やっぱり生でこうして話せるって、生でいろんなこと訊けるってうれしい!と目をキラキラさせて言うから、こっちはもっとうれしくなる。

知らないことははずかしいことじゃない。わからないことはすぐ訊く。否定されない。どれもみな、草かふぇのお約束だけど、同時に、ああ、これって13条でもあるな、と思う。来てくれて、豊かな時間を一緒につくってくれて、こっちこそ、ありがとう、です。

彼女に、イチオシの本を2冊、紅茶本棚から貸し出しました。坂本菜の花ちゃんの「菜の花の沖縄日記」と、アーサー・ビナードさんの「知らなかった、ぼくらの戦争」です。

以前に、紅茶という器があっても、そこに人がいないとそれって紅茶の時間にならないんだ、と書いた記憶があるけど、この日はまさに紅茶の器が言葉ときもちで満ちた時間でした。
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写真は、今咲いているネジバナ。別名、しのぶもじずり。
「忍ぶもじずり誰ゆえに 乱れそめにし我ならなくに」

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2020年6月30日 (火)

ランニングバッグのこと

明日から、スーパーやコンビニやお店のレジ袋が部分的に有料になる由。今はいわゆるエコバッグを持ってお買い物するひと、ずいぶん多くなりましたね。
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写真のこれは、キルトのみちこさんが30年前に発案したお買い物袋です。スーパーのLサイズのふくろを開いて型紙を作ってくれて、1990年9月発行のいのみら通信の特別付録にしたもの。

なんかオリジナルのいい名前をつけたいね、とみちこさんと相談しあって、「ランニングバッグ」って名付けました。かたちがランニングシャツに似てることと、「run」には、持続する、続ける、という意味があるから、スーパーで袋もらう代わりにランニングバッグを使い続けて、まわりにもこういうことはやらせよう、というメッセージをネーミングにこめたんでした。

当時は、これもってスーパー行くのは勇気がいる、って何人もの人からいわれたものです。とても少数派でした。

紅茶では、ミシンの得意なお母さんがこの型紙で何枚もつくってカンパしてくれて、それを一個500円で売って、売り上げを活動費に充てさせてもらったこともありました。

ここにある3つともみちこさん作だけど、手前の青っぽい生地のはみちこさんが私につくってくれた第一作目です。持ち手のとこが使い込みすぎてもうぼろぼろだけど捨てられなくて、つぎはぎしていまも使ってる。

原発はいやです、って、針と糸でも言えるんだよ、と1988年に「かざぐるまフレンドシップキルト」の型紙を発明してくれたのも、みちこさんでした。キルトといい、ランニングバッグといい、みちこさんは紅茶の時間のアイディアウーマンだったねえ。

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2020年6月27日 (土)

水出しコーヒーの紅茶の時間

近頃の紅茶の時間でよくお出ししてるのは、シサムさんコーヒー深入りでつくる水出しコーヒー。
(出てくるのが紅茶でなくても、看板はやっぱり紅茶の時間。ま、これまでも水出し緑茶をだしてたしね。うちはエアコンがないので、夏季はなかなか熱い紅茶飲もうってムードじゃないんです)

そのコーヒーがきれたので、今日、アルさんに多めに買いにいってきました。手土産は、うちのピンク色のあじさい(柿木畠のカフェギャラリー、ミュゼさんから20年ぐらい前に植木鉢でいただいた紫陽花の子孫)と、七尾の草野さんから去年いただいた八重のドクダミ。
アルのむつみさんは髪の毛がみじかくなってて、めっちゃかわいかったよ。紫陽花の花の手前は、ドクダミの花をホワイトリカーにつけた虫刺されのクスリ。Img_2444

 

みゆきちゃんともひさしぶりに会えた。見せてくれたこれは、6月中、アルさんに持ち込まれたマスクです。700枚くらい、たっくさんのお客様が持ってきてくださったんですって(私もちょこっと)。ちょうど今日、北九州のホームレス支援をしてる奥田さんとこにお送りするとこだそうです。みなさま、ありがと〜〜!と私からも。Img_2445

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2020年6月16日 (火)

自主的 詩の時間

津幡町の旧図書館の館長さんだったさっちゃんが綴る、「小さな図書館のものがたり」ブログ。6月はじめのプログの最後にアマビエがでてくるので、その写真をここに。しおりアーティストのきりりんさん作。きりりんさんらしいユーモアに、くすくすっ!
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https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2020/06/01/111238
 
長いこと休館だった津幡図書館はreopenしたけど、6月中はまだ本の貸し出しと返却のみ。なので6月の詩の読書会「詩を楽しむ時間」は、5月に引き続き、お休みです。
 
それなら、自主的詩の時間をしましょう、とよびかけて先週、紅茶で「詩を楽しむ時間」をしました。
さっちゃん、きりりんさん、そして紅茶のNさん、たまたま紅茶にやってきた人たちと、シサムさんの水出しコーヒーを飲みながら、茨木のり子さんや石垣りんさんの詩を声にだして次々読んでいきました。
 
図書館がお休みの5月、きりりんさんはおうちでひとり詩の時間をしていたそうです。そんなきりりんさんが読んでいたのは、まど・みちおさんの詩集から、「ガーゼ」と「くちびるたいそう」。
もちろん二つとも、6月の自主的詩の時間で読みましたよ。小さな図書館のものがたりのブログでもその詩を紹介してるので、どうか読んでみてくださいね。
 
「ワタの糸と空気の糸とが 格子に織り上げだけのように見えるけれど、、」ではじまる「ガーゼ」の詩、ガーゼの布をこんなふうに見つめるまどさんの感性。そして「くちびるたいそう」は、この2、3ヶ月、人に会わず、口をあまり動かしてこなかった人には、必須のおすすめ体操です!
 
Nさんがこの日持ってきたのは、彼女が少女のころから働いていた大阪のお店のママが出した詩集。お店のママが、少女だったNさんには決して見せることのなかった等身大で、その詩の中に生きていました。

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静かにお寺のように

週一の「紅茶の時間」は、静かにお寺のように、毎週あいています。緊急事態宣言の出ていた間はさすがに誰も来ない日が何週も続き、これは37年間の紅茶の歴史始まって以来のこと。紅茶の時間って、そこに器だけあっても、紅茶の時間にならない。ひとの出入りがあって、自由に集まって、顔あわせて、きもちを語りあう、という中味があってはじめて、紅茶の時間になるのだなあ、としみじみ感じた日々でもありました。
 
今また少しずつその器の中に人がいるようになりましたが、紅茶はそれ以前からちっともはやらない場所だったので(そこがとりえでもあり)、緊張の緊急期間がすぎたとはいえ、やはりさらにはやらない場所であることはかわりません。その分なお、初心にもどって、一人ひとりをていねいに聴いていく場所でありたいと思っています。
 
それまでも、ぽつぽつと人がかさならず個別に来ていた週はあったのだけど、2週間前の紅茶では、ひさしぶりになじみの顔ぶれがたまたま何人か集い、生身のからだをそこに置いて、じかに顔をあわせて語りあう、という紅茶本来の時間がながれました。
 
リモートで話すのと生で話すのとは、いったい何がどう違うのだろうなあ。今は、自分の身をそこに運ばなくても、距離をこえて、パソコンやスマホの画面で、互いの顔見て、話す、聞く、笑いあうってことが容易にできるようになった。してることは同じなんだけど、生とリモート、どこが違うのかな。
 
同じ場所にいる時って、画面に映るその人だけに集中してない。全体で感じてる。話してる人以外のひとも、そのまわりも、視野にはいってる。聞こえてくる風のうたや鳥のさえずりもなにげに共有しながら、共振、共鳴しながら、誰かの話に耳澄ましてる。場の中で反応してる。しぐさや表情や声のトーンや態度や雰囲気も感じてる、からだの中にはいってくる。ちいさなうなずきも、首かしげの動作も、ことさら見てなくてもなんとなく見える、感じる。
 
話したくない時はただ聴いてていい。いや、何もしないでただそこに居て、いい。そこに居る、ってことで、その場全体をつくってる一人になっているんだ。私たちは言葉だけでコミュニケーションしてるんじゃないんだなあ、ってことを、とても感じられる数時間でした。
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「言葉だけ」で伝えられることなんてごくわずかだ、って前から思ってる。京大総長でゴリラの研究をずっとされてきた山極寿一さんがEテレ「コロナ新時代への提言」の中でこんなこと言ってらした。
 
ーー我々は進化の過程で信頼をつくるのに言葉だけに依存しないできた。むしろ身体と身体が共鳴し合う中で信頼をかたちづくってきた。しかし今、からだの共鳴が失われて言葉だけでつながる社会に放り出された時、人間はいったいどうなるのか。
  言葉以前のコミュニケーションの手段である音楽は、人と人の間を共鳴させる一番いい装置。そういうものを多用して、情報社会であっても人と人が共鳴し合うようなことを。音の組み合わせである言葉で、意味を伝えるのでなく、きもちを伝える、そんなコミュニケーションを。
 
私にはものすごくうなづける視点だった。人はいつのまについ、言葉に過剰に依存しすぎてたかもしれない。音の組み合わせだけの言葉なんてちっとも心に響かないよ。からだにまるで共鳴してない言葉は、ただ通り過ぎていくだけ。アベさん語はその最たるものだ。しかもその組み合わせに意味もないときてるから、ますます何も伝わらない、信頼もできない。
 
これからはリモートのオンラインがますます多くなるんだろう。それの必要性も、いいとこも、もちろんある。だとしても、音の組み合わせだけの言葉には、いっそう頼るまい。リモートの中でも、身体的な言葉を、それぞれがどう発明していくか、工夫していくか、それは信頼をつちかっていくのにきっとかかせない努力なんだと思う。

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2020年3月25日 (水)

きりりんさんと。

今日のとくべつ紅茶はしおりアーティストのきりりんさんにきていただいて、こじんまりと、超あったかくて幸せな時間をすごしました。

きりりんさんと出会えたわけ。そのもとをたどったら、1975年に創刊された「いつかどこかで」という雑誌だったことがこの日はじめて判明。そこに1ページの連載をかいていた私の名前を、きりりんさんはうっすら記憶にとどめてくれていたのですね。彼女が石川県能美にひっこして、能美の図書館の「み」の棚で「てのひらごよみ」という私の本を見つけた時(それまでに30年近い年月が流れてたのだけど)、あ、あの雑誌のあの人だ、と思い出してくれたそうです。

能美図書館の蔵書以外の私の本も読みたくて、きりりんさんが津幡の小さな図書館にたどりついたのは、2005年3月。あたらしい大きな図書館が津幡の文化会館の中にできるため、旧図書館での詩の読書会はその日が最後、という日でした。
その時の図書館長の前田さんが、毎日毎日、図書館での出会いをブログに書き綴るのを読んでいたきりりんさん、なんてふしぎな図書館だろう、詩の読書会の日にかならず館長さんと私に会いに行こう、って思って電車を乗り継いで、はるばる来てくれたのでした。

以来、きりりんさんとは図書館の詩を楽しむ時間で毎月、会えています。紅茶にも時々。紅茶shoppeにも来てくれて、これはお客さんでいるよりお店やさんした方がずっと楽しそう、何屋さんならできるだろう、と考えて、しおりを作りはじめたのだと、今日初めて知りましたよ!!その後、21世紀美術館のぐるりで展開された、アート・ザ・マーケットにも5年間、しおりやさんとして出店したきりりんさんです。

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今日はいろんなパターンの紙をたくさん持ってきてくれて、参加者それぞれに好きなのを選んで3枚のしおりをつくりました。その時間の楽しかったこと、こころとからだの免疫、アップしたことまちがいなし!!きりりんさん、ありがとうね!!Img_1967 Img_1966

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2020年3月 4日 (水)

ざわざわ。。。

なんだろ、このざわざわモヤモヤ胸のうちぐるぐるぐる。
なんだろ、このデジャブ感。ああ、3.11後に感じてたあの気持ちと似ているなあ。

誰にもあわず、家になかにずっととじこもってだけいたら、不安ウイルスに心のっとられます。ちいさな語り合いの場、考える場は、これまでどおり、あったほうがいいと思う。
昨日は県外で定例のちいさな集まりがあり、最初のウォーミングアップで、最近、「ちょっとくすっとしたこと」をわけあいました。思い出すと、あるある。ちいさな失敗や勘違いや。くすくす、うふふ、あはは。大事な心のビタミン。


紅茶は今日もあいています。先週は「i新聞記者」の感想シェア会を、今週はとくにテーマをきめていませんが、気になってることを話すだけでも。話す=放すだと思うので。ただし、どこどこもトレペがない!といった、要らぬ不安拡散の場にはしないこと。

もちろん、たがいに気をつけあって。体調悪い人はこないこと、私たちも少しでも体調わるければ、どなたもお入れしません。

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写真は、きのうわけてもらった超美味しいいちご。犬猫家族の絵入りのお皿にのせて。下の写真は2015年夏の国会前、スピーチする子が脚立にのってる足元を、みんなでおさえて、支えているところ。撮影したのは、もとSEALDsの千晶ちゃん。

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緊急事態宣言が立法化されたら、これをも禁じられるのか?

 

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2020年2月21日 (金)

草カフェで、改憲ポスター

昨日の草かふぇは「改憲ポスター」をしたよ、8人くらいで。4つある改憲案を意味する一つ一つの吹き出しが、具体的にどの改憲案のことを指すのか、またそうかえたい自民の意図は何か、そのあたりがざっくりわかっていたらいいのかな、という感じで。

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九条に自衛隊かきこむ案、をほんとはくわしくしたかったんだけど、「人口減少、、合区って?」の吹き出しに、意味わからない〜〜!との声。で、一票の格差、不平等、合区、選挙区、特定比例枠、といった言葉がとびかう草かふぇに終始しちゃったよ〜〜。

でもこうやって持ってる知恵を出し合って、わかってくることもある。憲法に違反してる今の状態をよくしよう、一票の格差の不平等をなくそう、という方向よりも、かえたい意図は、合区をなくしたい、ってことなんだろうね。地方に強い自民党としては、各県から確実に自分の党の代表をだしたいんだろうね。


改憲ポスター草かふぇはまた、続く。
あ、でも来週26日の草かふぇは、ドキュメント映画「i新聞記者」の感想シェア会をしま〜す。
さっき3月、って書いちゃったけど、ちゃうちゃう!まだ2月でした!
映画上映は明日まで。シネモンドで18:30からの一回のみ。





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