2017年2月23日 (木)

草かふぇで、この世界の片隅に

きのうは拡大草かふぇで、「この世界の片隅に」を語る会しました。
途中の出入りありながら、8人で次の3つの問いをたてて。

1、この映画で心にのこった場面やせりふは?
2、どの場面が、自分と関係あると思いましたか。
3、この場にいる人たちと話しあってみたいこと、訊いてみたいこと。
3番目の問いでは、なんでこの映画がそんなに多くの人に見られてるんだろう、っていうのと、
もし自分が声優だとしたら、どの役の声をやりたいですか、っていうのと。

私自身、この映画好きで3回ほど見たんだけど、毎回見たあと少しもやもやがのこっていて。
すずさんの生き方にも少しもやもや、それ以上に、見た人たちの反応にもっともやもや、かな。
すずさんの、けなげでひたむきなとこ、毎日こまやかに工夫して、家族になった人たちと必死に生きようとしてるとこ、暮らしをていねいにていねいに、そこ、いいなあ、大事だなあ、と思うと同時に、すずさん、いとしい〜〜、めっちゃせつない〜〜〜!泣いた〜〜!で終わらせてるみたいな感想も見聞きする、そのあたりかな。

きのうのひとたちはそこではとどまってなかったです。
戦争がおわって70年経って、いままたそこに近づいてくような気がして、それで見られてるのかな、とか。
すずさんの義理のお姉さんのなかにいろんな葛藤もあったろうな、そのあたりを声で表現できたらいい、とか。

わたしがこの映画で心にのこってるせりふはいくつもあるけど、最終的にのこってるのは、哲さんがいった「おまえだけはふつうで、まともでおってくれ」(もう哲さんは、まともじゃない世界を体験してきてしまってるから)というのと、8月15日の玉音放送の後、すずさんが畑で泣きながら、「ぼーっとした何も知らんうちのまんま死にたかったなあ」です。

あの時代、すずさんはあのように生きるしかなかった、大きな力に対してあらがうことはできなかった。その通りだったとしても、今の私たちがこのせりふですますわけにはいかない、ってこと。

あの時代、表立ってあらがうことは死を意味することだった。
今、いやだ、と声をあげることでいのちまでとられはしない。いや、時代がすすんでいけば、そうなるかもしれないけど。

社会とか政治とか世界とか、そんなめんどくさいこと、何も知りたくないし、関係なく生きていきたいとおもっても、それはできないことなんだ、ってすずさんが教えてくれてて、それを映画でみてる私たち、ってこと。

まともでない世界にいま、どんどんつっこんでいこうとしてるからよけいにそのこと思って、それを感じさせ考えさせてくれてる意味で、あらためて、いい作品なんだなあ、と私は思ったよ。

この日は、最後に、1945年8月15日の玉音放送をみんなで聞きました!!
映画の中で、何いってるのかわからない、といってたので、じゃ今、みんなできいてみよう、となったのでした!
玉音放送、で検索したらすぐに聞けたよ。




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2017年2月11日 (土)

8日の草かふぇ

8日の紅茶&草かふぇはひさびさににぎわいました。

まあさんの幼なじみのOくんが東京から来てる間に「不思議なクニの憲法」をみたい、っていうのを機に、もうひとりのかたも。
って思ってたら、紅茶で上映会してること知らずに紅茶に来たひとたちにも、成り行き上?映画をみてもらうこととなり。

そんな日と知ってか知らずか、紅茶なかまも草かふぇの3時ごろにはさんさんごごやってきて、映画をみた感想会みたいな草かふぇとなりました。

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24条の草案に関して。
家族であるがゆえに苦しい想いしてる人たちがいるんだ。
個人じゃなくて、家族という集団が最小単位になるって、家族助け合え、っておしつけるのは、やっぱりいやだなあ。

民主主義のルールで選ばれた大統領だからって、多数決とれば何をしてもいいのか、憎しみと分断を増幅させるような民主主義は違うんじゃないか。
「民主主義って何だ!」をもう一度確認しなくちゃいけない。

経営者としてはいいかもしれないけど、このやり方で国を経営するとしたら、おかしい。

意見違う人との対話ができるような民主主義を、どうつくっていけばいいのか。
(紅茶その他の場所で、たいらに対話することの練習をいつもしてるなあ、って、私は思うことがあるな)

アメリカでは、司法が独立してるんだな。
7カ国からの人の入国禁止という大統領令は、憲法に違反してるといえる。
憲法にはちからがあるんだ。日本と、そこはすごく違うなあ。

戦争さえしなければいい、経済的なけんかはいい、とずるずるいってしまってる。本当の平和は、もっと奥深いものだと思う。

女性弁護士さんがいってたけど、権力者の思い通りになるのはいや!
基本的人権や、個人の尊重をもって知ってもらいたい。
13条を大切にするところからはじめないと。
(これ、私が言ったんじゃないよ、参加したひとがそう言ったのがうれしいなあ)

人権保障と安全保障って、分けて考えるべきなのかもって思い始めてる。

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私自身は、この日の映画で一番、うん!!って思ったとこは(見るたびに違う部分に反応するんだけど)、エンドロールにながれた前文朗読の中の、ここ。

「ーーいづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであってーー」

まさにまさに!

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2017年1月26日 (木)

奥田ともしさん

昨日25日の紅茶は、ほんとに文字どおりのささやき紅茶でした。
私がささやくと、相手もふしぎに、ささやいちゃう、ちいさな声になっちゃう(笑)

ささやき声の草かふぇはちょっとしんどいよね、ということで草かふぇはおやすみにして、かわりに、先日Yさんがくださった、奥田ともし牧師へのインタビュー「この軒下で」(こころの時代 2015年3月放送)の録画を、まあさんと草カフェ常連のMさんと私とで見ました。

(こういう手があったか!いい番組を一緒にみる、という過ごし方。そして見終わった後、しゃべりたくなるから、それを聞く、ときどきこっちもささやく)

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奥田さんのお話。
軒下、というのは、あたらしく作られた教会にある、長〜く伸びた軒のこと。
この教会は、そのせいで、軒の教会、ともよばれていること。

この軒の下で、ひとは、出会う。
この軒下はシェルターでもある。

不完全なものと不完全なものが、出会うのだ。
弱さの承認。

何が必要なのか、だけではなしに、この人には誰が必要なのか?もまた、問われなければならない。

誰かと出会うということは、他者に自分の中の場所を譲るということ。
自分だけで、というわけにはいかなくなる。

ホームレスの人を襲った子どもたちのことを、ホームレスの人が、あの子たちに家はあっても帰る場所はない、あの子たちもまた、ホームレスなんだ、というのを聞いた奥田さん。

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とてもとても奥の深い、こころの時代、でした。
また何度も見ようと思います。
Yさん、いいもの見せてくださってありがとう!

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2017年1月13日 (金)

お薄の時間2017

1月11日 
ことしのお薄の時間は、新年顔合わせと原始林窯お茶碗の受け取りとが重なったせいもあり、日頃はなかなか会えない人たちの出入りがひきもきらず。
あら〜〜、元気にしとった?なっがいこと来れんで〜〜、ひさしぶりやねえ!どうしとった?の明るい声がとびかう。

山崎さんが点ててくれるお薄の時間は、これでもう20回目になるそうです!一年で私がいちばん楽する紅茶の日です。
その日は姉のお抹茶碗も、年に一度の出番です。山崎さんはその出番もつくりたくて続けてくださってるのだ、ありがたいことだなあ。

9日に不思議なクニの上映会をした高岡のひとのまの宮田さんが、はじめての紅茶に。
あの夜は、こどもたちも一緒に映画をみたのだけど、映画会のあとも、その次の日も、次の日も、映画の話を子どもたちからどんどんしてくるんだって。
北海道のフリーターのお姉さんの言葉、「ギャルって言われる人は政治のことを考えちゃいけないんですか、私だっていっぱい考えてます」が、まるで自分たちのきもちを代弁してくれてるみたいだったらしい。
そう、ぼく/わたしたちだっていっぱい考えてんだ、ってこと。小学生も中学生も、宮田さんつかまえて、映画の感想いいたくていいたくて、っていうのが一番うれしいなあ。
そういえば、主催してくれたお母さんの小学5年生お子さんが、映画の日の夜、おかあさんに映画のこと話したくて話したくてとまらなくて真夜中まで親子ではなしてたって。

押入れの上の段でみながら、出たりはいったりしながら、おとなたちにまじって、U-10(10歳より下)の子どもたち、10代の子たちも、一緒に観る、まぜこぜで。
こういう見方が最高ですね、松井さんもすっごくよろこんでらした。

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ところでひとのまって?と宮田さんに訊きました。
はじめは不登校の子たちの居場所、というかんじで、5年前に一軒家をかりてはじまった場。そこにこもり気味の青年がきたり、子育て中のママがきたり、一人暮らしの近所のお年寄りがみえたり、ってなってきたそう。
社会にはいろ〜〜んな人が一緒に生きてる、存在してる。そのことを、教えなくても子どもたちがからだで感じれる場なんだなあ〜。
こういう場とつながれて、これも映画のうれしいおつり。
宮田さんが、ひとのまの子どもつれて、紅茶にまたくるかも。
うん、そういうつながりがいいな、いいな。新年早々のうれしいおつり。

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写真は、姉のお抹茶碗と、原始林さんのあたらしい器(雨のしずくのボウル)と、こりんちゃんお手製のピーナッツ。
無農薬で育ててあるので、皮もおいしくたべれます、って、ほんとでした。皮にはポリフェノールいっぱいだって。

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2017年1月 8日 (日)

2017年初紅茶&初草かふぇ

1月4日が初紅茶&初草かふぇでした。

11日がお薄の時間で、しかも、原始林窯のおちゃわんが届く日とかさなるので(ご注文されたみなさま、お待たせしました!)、みんなはそっちに行くだろうから、4日はいつも以上ににはやんないだろな、って思ってたら、いつもぐらいのはやらなさで(笑)草かふぇもいつもどおりにできました。
こいつぁ春から縁起がいいぞ。

しかも、この日は草かふぇ初参加の母娘さんもいてね。草かふぇタイムには帰っちゃうかな、って思ってたらそのまま残っててくれてね。
テーマは特にきめずに、昨年からのふりかえりも兼ねての、草かふぇ総論と、紅茶の時間が、憲法13条の場だったんだ!と確信できるようになったあたりの話を。

10代の女の子がお母さんと一緒にいる場で、あなたの存在はほかの誰ともとりかえがきかない、それが13条なんだよね、ってことを草かふぇの話の流れの中で語れて、よかったなあ。

感じたことを言葉にしていい、わからないことはすぐその場で質問する、知らないことははずかしいことじゃない。
何度も行きつ戻りつ、繰り返し学んでいくことで、大切なことが体の中にしみこんでく、それが熟成してく。

草かふぇを始めた時に参加したひとたちときめたお約束に、いつでも立ち還れる、そういう場でありつづけたいなあ。
ごくごく少人数で、普段の紅茶のなかの、毎週1時間だけ、これこそ、日々普段の範囲でつづけられる。
不断の努力、ってきくとちょっとしんどそうにもおもうけど、普段だもんね、ふだんのつみかさねだもんね。
あらためて、草カフェの原点にもどれた、と感じる時間でした。

161019_ 11日は、紅茶の時間内、おうすの時間。1:00〜6:00 山崎さんがボランティアお茶点ててくださるので、いつもどおり、お代はいりません。
原始林がまのお茶碗は、11日、またはそれ以降いつでもご都合のよい日の紅茶に、とりにいらしてくださいませ。

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2016年12月31日 (土)

年の瀬の紅茶

120328_ 今年のラスト紅茶は、夏からはじまった週一草かふぇのふりかえりを、3人でしました。

草案の勉強をする時間とばかり思ってたけど、それだけじゃなくて、そのまわり、憲法をとりまく物語や、折々にすてきなゲストもみえて、
時には、ハートネットTVやクロ現プラスの録画見たり、「不思議なクニの憲法」の映画のDVD見たり、と臨機応変。
毎回、気づき、学び、考えたことを、安心して言葉にだしてく時間。
自分の想定外の意見が飛び出してくるのが、めっちゃおもしろい。

私にしたら、一人で読むだけじゃ見えてこない、憲法の深いとこが、参加してる人たちの言葉のおかげで見えてきて、より、憲法が自分ごとになってく時間。
そして、紅茶ってとこが、なんと13条的な場であることかと、回を重ねるごとにきづかせてくれる時間。

そうなんです。はやらない紅茶のなかで、一人一人を大切にしたい、丁寧に聴きたい、そのひとのいいとこ見つけたら言葉にして伝えよう、
ってなんの意図ももたずに、ただただ、してきたことは、その人その人の、きほんてきじんけん、ってものをさ、大事にしてきた、尊重してきた、ってことだったんだ、って、やっとやっと気づいたんだよ。

紅茶はこれからもこういう場であり続けたいって思う。
初紅茶は1月4日。
1月11日は紅茶恒例の、お薄の時間です、この日は、草かふぇは多分お休みにします。

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紅茶の日ではなかったけど、富山のお母さんが、新年に上映会したいという思いを持って我が家にきてくれて、
こたつで観る一人だけの上映会を年の瀬にできたのも、うれしいことでした。

新年7日に富山で、14日に小松で、21日に穴水で、リニューアル版「不思議なクニの憲法」ミニ上映会が決まっています。
映画会してくださるかたたち、ありがとね。

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2016年12月25日 (日)

1990年の、かざぐるまの本

2012120 「まわれ、かざぐるま」
1990年の本。それをちかごろ娘が何度目かに読み返してるらしい。

紅茶の時間がはじまって3年後くらいのクリスマス紅茶のあと、ちいさな我が家のマンションに集まった子育て中のお母さんたちに、私が、ねえ、紅茶のみんなで、国家秘密法のこと、考えてみない?ってよびかけてるページがある。(183ページ、「いま生きているということ」の文章の中で)

この法案、その後もなんども手を変え名を変え、だされては廃案になった。でもとうとう2013年に、特定秘密保護法、っていう名前で国会を通ってしまった、その前身みたいな法案。

26年前の本のなかでも、この法のこと、「肝心の、何が秘密かはヒミツ、というところがくせものなんです」って、私、書いてたんだ。その時、そこにいたお母さんたちが私のよびかけにこたえてくれたおかげで、その後、日をあらためて勉強会したり、集いをひらいたりできたんだ。

社会のこと、ふつうに話そう、暮らしのことだもの、のきっかけを作ってくれたのは、チェルノブイリの原発事故とばかり思ってたけど、その前にこれもあったんだったね、と再発見しました。

書いといてくれてありがとう!って、あらためて娘に言われたけど、いやいや、読み返してくれてありがとう、ですだ。

書いてしまうと自分じゃ忘れちゃうこともあるから(おおいにあるのだ、わたし)、たまに読み返すのもいいね。子育てと紅茶の始まりの本なんだけど、ただそれだけの本ではなく。

もっとも、この本はもう在庫がなくなってひさしい。読みたいひと、紅茶の本棚から借りてくださいね。本の表紙を飾っているのは、ミチコさんが発案したかざぐるまフレンドシップキルトの写真です。110809_

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2016年12月24日 (土)

3回の上映会おわりました。

ちいさな紅茶映画館「不思議なクニの憲法」上映会、3回とも120111_ おわりました。
少人数な分、どの回もいっぱい語りあいました。とりわけ、後半を見た後のトークが、どの日もなんと、1時間半も続いたよ。

後半部分には3人ものまったくあたらしい登場人物がふえて、この方達の発言がとくに、観るものに考えることを要求して来ます。答えは出なくても、考えろ、考え続けろって、強いてくる。

そう感じるのは、ひごろあんまり考えてない日常を生活してることの、裏返しなんかなあ。
あんまり考えないのは、どうしてかなあ。

とりあえず、困ってないから?
よく考えるとほんとは困ることでも、気づかない、それにむきあわないようにしてるから?
忙しくて、目の前のことこなすのにいっぱいいっぱいだから?
相反してるみたいけども、忙しくしてないといけないような、うしろめたいみたいな感覚?
いったん考え始めると、フツーの生活ができなくなりそうでこわいから?
ものいいにくい雰囲気だから?
誰かに何かいわれそうなのがやだから?

いろ〜〜んな複合的な理由で、なんでだか、不思議な全体主議(これはきのうのトークのなかで出た言葉だけど、言いえて妙なり!)におちいってるんじゃないだろうか。
うん、うん、その不思議な全体主義に、私も、おおいに違和感あり、だなあ。

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紅茶でのちいさな上映会を機に、石川でこの映画がもっと見られることを願っています。
1月21日は、穴水のてらかふぇさん(慶得寺さん)で、1:15から上映会。参加費は、通して観る方1000円、前/後編、どちらかの方は500円、と、紅茶シネマと同じです。

写真はまったく映画会と関係ないけど、あるレストランのイルミネーション。せめて気分はクリスマスっぽく。

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2016年12月19日 (月)

紅茶ミニシネマ初日

161213_ ちいさなちいさな紅茶映画館。
前編と後編にわけて、その間にお茶とトークタイムをそれぞれいれて、リニューアル版の「不思議なクニの憲法」をごくこじんまりと見ました。

前編も、最初のはいりかたがずいぶん前とはちがって、むしろ入りやすくなった感じ。
後編には、あたらしい方が3人も登場して、とくに9条にふみこんでいる発言も多く、私も見ながら、自分はどう考えるか、自分ならどうだろう、と頭んなかぐるぐるぐる。

だからこそ、後編のあとのトークタイム、見た人と一緒に話す、聞く、がなお重要って思う。
一方の意見だけ、じゃない。それが、悩ましいけど大事なこと。
憲法も政治も、矛盾だらけ。これだ、っていう正解はないけど、考え続けること、やめないでいたい。

オリジナル版もふくめ、何度も見てるのに、はじめて知る、気づく、教わる、ことの、毎回なんて多い映画だろう。

紅茶ミニシネマは、21日水曜日と23日祝日にも、おなじ時間スケジュールで上映します。
1:00open
1:15〜前編上映(1時間10分) お茶&トークタイム
3:00〜後編上映(1時間20分) お茶&トークタイム 
最大6:00まで。

通してみる方は1000円、どちらか片方だけみる方は500円です。

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あさっての映画情報、1月20日とおもってたら、なんと12月20日の上映会でした!お近くのかた、ぜひ。

『不思議なクニの憲法』リニューアル版英語字幕つき上映会
 フェリス女子大緑園都市キャンパス2号館2404教室
 12月20日(火)16:30~19:40 (上映開始17時)
入場無料
 松井久子監督がご来場になります。
 海外からのお知り合いもお誘いくださいませ。

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2016年12月17日 (土)

藤平育子さんをお迎えしての草かふぇすぺしゃる

110227_ 14日のちょぴっとスペシャル草カフェ。
ちょぴっとどころか、とても濃く中身の充実した、まるで大学のゼミみたいな時間をゲストの藤平育子さんと集まった人たちとで過ごしました。

藤平さんがはじめて松井監督にあったのは今年7月、東京のある町での上映会。
初対面で何か互いに惹かれるものを感じたらしい二人。

この日の草かふぇのお話で、字幕つけて、って言い出したのは松井さんとばかり、私は思ってたんだけど、実は実は7月中旬に、差し出がましい、厚かましいかな、と思いつつも、「私でよろしければ」って自ら志願したのは、藤平さんの方だったんですって。

藤平さんがあらためてそこの経緯、くわしく教えてくださいました。

「イチかバチか、私を信用してみようと思われた、松井さんのほうに勇気がありました」ですって!
でもね、その藤平さんもまさか突然こう言われるとは思ってなかったよ。
「実は8月の終わりにデュッセルドルフで上映会があるのだけれど、間に合うかな?今のところ、観客は日本人だけなんだけど・・・」

ひえ〜〜〜、松井さんも無茶言うなあ!

「とてもダメ」というのがその時の藤平さんの本音だったけど、この映画を海外でみてもらいたい、って情熱をもともともってらした方だけに、この夏、すんごく集中して英訳!
8月半ばに英訳原稿ができあがり、画面に入力、修正、などなどのハードな作業をへて、DVD完成8月27日、松井さん藤平さん、28日デュッセルドルフへ出発、というなんとも奇跡的な綱渡り。

でもでも、そのおかげで映画上映会は145席がほぼ満席で、ドイツ人の方が半分近くいらしたという。
上映会当日は、その会場で松井さんと松井さんの息子さんと藤平さんの3人で受付をしてた、というから、人生ほんとに何が起こるかわからない。

藤平さんは、字幕をつけさせてくださった松井さんに感謝、っていってらっしゃるけど、これで英語圏の人になら誰でも見てもらえる作品になったのですから、私こそ、藤平さんに、ありがとう!です。

外国での上映会もこれからあるといいなあ。
早速、あさって!!20日には横浜のフェリスで、松井監督も参加してのリニューアル版「不思議なクニの憲法」字幕付きデビューの上映会があるそうです。

『不思議なクニの憲法』英語字幕つき上映会
 フェリス女子大緑園都市キャンパス2号館2404教室
 12月20日(火)16:30~19:40 (上映開始17時)
入場無料
 松井久子監督がご来場になります。
 海外からのお知り合いもお誘いくださいませ。

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藤平さんと憲法のかかわりはどこから?

教員免許をとるには日本国憲法が必須科目。とはいえ、その時はまださほど。けれども実際に大学で教えることになって辞令を受け取った時、この憲法を遵守し、って書かれた書面に、サインして判こを押す場面が何度もあって、その度に、自分が憲法を守らなければならない側なんだ、ってとても厳粛に、憲法の重みを感じたそうです。

(99条に、天皇も国務大臣も国会議員も裁判官も公務員も、この憲法を尊重して擁護する義務を負う、って書いてあるものね。国公立の学校で教える人はこの中にはいるし、もちろん、総理大臣はもっとも守んなきゃいけない人なんだけどね)

英訳にかかわって、言葉は歴史と文化とつながってる、とあらためて感じた藤平さん。日本語でいう「護憲派」にあたる英語は、存在しない。っていうか、そもそもその発想が、ロジックが、ない、ということにも気づかされたと。

世界の憲法を見ると、何回も修正したり、変えたりしている。それは人々の側から、もっと私たちに自由をください、女性にも権利をください、というふうに、ここが良くないから、足りないから、変えてほしい、と民衆から発案して変えてきた、そういう歴史があってのこと。

70年もずっと憲法をかえないできてるのは、たしかに日本くらいなものだけど、だからって変えようっていうのは本質と違う。
日本の場合の改憲論議は、人々の側からじゃない。国の側から変えようと言い出し、しかも人々の自由を小さくする方向で、今あるものから良くない方向に、変えようとしているのです。

そうさせまいとする人たちのことを日本語で、護憲、と表現するのだけど、それじゃ英語圏の人には伝わらない。そこで、defenders=せき止めようとする人々、という訳にしたのだそうです。

藤平さんのご専門は、アメリカの南部の文学。それは奴隷制とも、人権がまったくなかった黒人への差別といった、負の歴史とも重なっている。
深く研究してこられたフォークナー(1949年にノーベル文学賞)の作品のお話もしてくださって、ほんとに私たち、中央大学文学部藤平ゼミの学生になった気分でしたよ!

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