2017年2月 3日 (金)

あいうべ〜〜〜。

風邪ひいてのささやき声から、なんとかふつうの声にもどったのは、声が出なくなってから6日目、という驚異の回復力。

これまではほぼひと月、あきらかに、スウさん、声どうしたの?といわれるかすれ声が続くのがふつうだったので、ちと驚いています。
といって、調子にのるといけないので、声の省エネにはつとめていましたが。

とにかく肺炎になったりしたらまずいので、今回はめずらしく、即、お医者さんにいきました。
娘が見てもらってた、大好きな小児科の先生で、内科も診てくださる、一家でお世話になってるホームドクター。でもここんとこ数年間、ごぶさたしてた。

一時は鼻水製造工場人間と化した私、鼻から出ず、痰としても出ず、ぜろぜろどろどろ、気持ち悪いの飲み込んじゃって、余計に気持ち悪い。
そんなどろどろが食道から胸のあたり満杯になってると想像するだに気持ち悪い。

「そうですねえ、風邪と戦った死骸が、いっぱいたまってますねえ。でも胃に入れば大丈夫です、胃酸は強いので悪いものはみんな胃で死んでしまいます。肺に入ると悪さをすることがありますが、ほぼ大丈夫です。肺炎になったら、熱がなかなかさがらないし、体がとってもしんどいのが続きます」と、ドクターがのたまう。

そうか、そのためにも、喉の筋肉を鍛えるための、「あーいーうーべー」体操(ベーの時は、おもいっきり舌を出すこと)を、サボらないで続けよう!って思ったぞよ。

|

2017年1月14日 (土)

ひとのまの宮田さんのFBから

ひとのまの宮田さんが、映画をみた子どもたちの言葉と、そしてかつての少年のきもちを、こんなふうに書いてらした。
シェアさせてね、ってお願いしたら、どうぞどうぞ、と。そして紅茶にまた遊びに行きます、と。

*******

「わたしたちだって考えてる。」
映画不思議なクニの憲法を見終わったあとにこどもたちから出た言葉。

そう言えば僕もこどもの時にずっと心の中で思ってたなあと振り返る。
周りから立ち位置を勝手に決められている気がして、それが嫌なんだけど、
そうじゃないんだよ!と声を出しても通じない気がして。

きっと周りからは、どうせ何もできない子なんだから私たちが助けてあげなきゃ。なんて思われてたんだろうなあ。

ただ普通に話したくなった時に話せる関係があればそれだけでよかったんだろうと思う。
大げさにじゃなくね。

何なら話をしたいと思った時に相手から、
今忙しいから後にして!
って言われたとしてもよかったと思う。
いつか話せるから今じゃなくてもいいかーっていう安心感があれば。

話したくなった時に相手がその言葉を絶対聞き洩らさないぞ!ってな感じで前のめりに来られても嫌だったろうな。
やっぱいいやって。

あんまり僕もあなたも大差ないって思ってたんだよね。
僕だってあなたと同じように自分のこといっぱい考えてるし、他のことだっていっぱい考えてる。
別に特別に配慮もしてくれなくても大丈夫だから、普通にでいいよ。普通にで。
って写真のこいつは思ってたと思うんだよね。

そうだね。
じゃあおじさんはそれを忘れずにこれからやっていくよ。
少年の思い確かに受け取ったぞ。


|

2017年1月 8日 (日)

ねばとろさん

ほぼほぼ草食動物の私。
それを実感したのは今から22年前。ふだんめったに食べないお肉をほんのすこし多めにたべたら(サッポロビール園のジンギスカン)、腸が消化できずに、お腹にガスがたまって、出るもの出なくて、気持ち悪いのなんの、痛みと違う意味での七転八倒。
以来、お肉を口にする時は慎重にしてます(なので、ステーキ、とんかつ、焼肉は苦手)。

それでも、お正月はお腹が重たくなる感じが毎年してた。お腹が張る、おもたくるしい、やな感じ。
うちの味付けは薄いのがふつうだけども、おせちの時は日もちさせるためもあって、いつもより少し濃いめになる、お砂糖もつかう、お肉も多少は使う。
それで松の内がおわるころには、お腹がなんとなくやな感じになるんだろうな。

で、今年は実験的に、おせちを食べる時、毎回さいしょにねばとろから食べるようにしてみた。たとえば松前漬の細切り昆布だったり、めかぶだったり、納豆だったり、とろろだったり、オクラだったり。
そのせいでか、今年のお腹は今日現在も軽いよ。

あ、それと足元冷やさないように、前以上に気をつけてる。冷えるのもお腹が張る原因の一つって思うから。
(前に、寒い日に、外で立ち話30分くらいしてたら、妙にお腹が張ってきたのだ、食べ物とまったく関係なしに)

141228_ 冷えるとやっぱり血管もキュッって縮むんだろう、それは多分、いいことじゃない。
なので、家ではパソコンするときの足元に、足湯たんぽが今年も欠かせません。
夜もお布団の中にいれとくと朝までぽかぽかです。
2年前に坐骨神経痛になったとき、私のからだメンテナンスの先生に教えてもらったすぐれものです。

便秘って、やだよねえ、からだのもだし、心の便秘もしんどい。
日頃からあっためて、ためないようにしませう、お互いに、ね。
きもちがしんどく重たくなった時、まっすぐの耳で聴いてくれるひとがいたら、それはあなたのこころを便秘させない、ねばとろさんです。

|

2017年1月 3日 (火)

おだやかなお正月おだやかなきもち

Photo 石川のお正月、今年の空はとてもおだやか。一月はじめとは思えないくらいのあたたかさ。
まあさんと二人でこころおだやかな三ケ日をすごしました。
静かな分、普段はなかなかふりかえらない昔の日々を、想い出したりもして。

思えば金沢に来たてのころは、この年越しの時期がなんとも苦痛だったなあ。
大晦日のお寺で除夜の鐘をつきながら、ぼたぼた涙をこぼした年もあったなあ。
義父母との距離感がどうにもつかめず、彼の里にいっても、こころそこにあらずで。

今はよくわかる、それは相手にしても同じことだったろうと。
おそらく両親からすれば、私はとうてい理解不能な、いや、宇宙人にも匹敵するような、異端のお嫁さんだったろうから。

時の積み重ねはすごい。
どっちがどう、というよりも、互いが違うのは当たり前のことなんだ、
なんで!どうして!と苛立つよりも、そうか、そういうものなのか、と受け入れた時点から
とげとげするきもちが少しずつ薄らいでいったように思う。
そんなきもちを思い出すだけでも懐かしいくらいに、たくさんの時がたった、っていうことなのだね。

今回のお正月のようにこんな静かな暮らしがあって、きっとドトーみたいな日々もあって、
今年もまた、まあさんと二人三脚で歩いていこう。
ささやかな1pieceを今年も蒔いて歩きこう。
暮らしこそ守るに足るもの、と思うからこそ、それを奪おうとする大きな理不尽なちからに対しては今年も抗い続けます、私の場合はたぶん言葉で、もちろん非暴力で。

これまで出逢いをつないできてくれたひとたち、これから出逢うひとたち、
今年もどうかどうかよろしくおねがいいたしますね。

|

2016年12月31日 (土)

ことしも、ありがとうございました。

Photo 今年一年、ほんとにいろんなとこに出前に行かせてもらいました。
きもちは、言葉をさがしている、だったり、ほめ言葉のシャワーだったり、そして一番多かったのが、けんぽうかふぇ。

そのけんぽうかふぇだけとっても、それは一つ一つの場に、呼ぼう、しよう、って声あげてくださった方がいたから、可能になったこと。
私、いっつも思うんです、行くほうがどんなに楽か、って。呼ぶほうが、ずっとたいへんに決まってる。
専門の学者でもなく弁護士でもなくテレビに出てる人でもない、そんな私を呼ぶために、特に個人でする主催者さんは、呼びかけやちらしづくりや声かけや、その日にたどり着くまでのいろんな段取りや準備や、
しなくちゃなんないことがいっぱいあるはずです。

憲法の講演会にきてください、ってだけじゃ、人は来てくれない。(あ、そもそも、私のは出前であって、講演じゃないけども)
なんか、工夫がいる。想いとか、熱意とか、がいる。
そういうものぜんぶひっくるめて、呼んでくれるひと、えらい!

私、どのけんぽうかふぇも一瞬一会のライブって思ってる。
12条のささやかな1pieceを、そこで蒔かせてもらう。

なんとうれしいことに、その種をちゃんと拾って、自分の畑に蒔いてくれる人たちが、少なからず、いるんですねえ。
その人がその地に蒔いた種が、まわりまわって、育って私んちに還ってくることもままあって、そんなブーメランが最高にうれしい、私の希望です。

希望を見出すのに、ますます努力のいる時代になってきたけど、諦めるのは、簡単だよ。
せばだばまいねびょん(それって、だめでしょ、の津軽弁)って思うから、すこし困難な道を、理想に向かってね、進んでゆきましょ。
来る年も、どうぞよろしくお願いいたします。



|

ちいさな言葉の行ったり来たり

人の隙間を縫って通ろうとする時。自動振込の列で、後ろの人にだいぶ待たせちゃった時。急いで走ってすれ違いざまに肩がぶつかっちゃった時。
落としたものを拾ってくれた時、などなどの時に、ちいさな言葉が行ったり来たりする。

161116_1 あのぉ、すみません。お待たせしました〜お先に。あ、ごめんなさい!ありがとうございます!助かりました、などなど。
行ったり来たり、ってことは、こっちからの小さな言葉に、あっちから、またもっと小さな言葉や表情が還ってくる、ってこと。
それって当たり前と思ってたけど、ちかごろは、何の言葉も表情も還ってこない場合が、ますます多くなってきてる気がする。

マンション内での挨拶を禁止することがマンションの住民総会で決まり、その旨、告知することになった人が腑に落ちないきもちを神戸新聞に投書、と、中日新聞に載っていた。
小学生の子を持つ親から、知らない人に挨拶されたら逃げるように教えているので、マンション内ではあいさつをしないように決めてください、という意見が出て、年配の人からも「あいさつしてもあいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう」という声があがって、挨拶禁止、となったとのこと。

こっちから発して、あっちから還ってこないと、確かにちょっと、あれ?ってきもちに私もなるけど、
でも私、やっぱり言っちゃうな、コンビニで、郵便局で、電車のなかで、きっとこのマンションに住んでても。
それに、子どものいる場所はマンションだけじゃないもんな。
私が言わない一人になることは、還さない人をもっとふやすことだもんな。

夫が東京に行った時、電車に乗ってて、次降りま〜〜す、っていっても
入り口近くの高校生たちが一人も微動だにしなくて、声をかけかけ、そこをかき分けて進んでやっと降りた、って言ってた。
う〜〜ん、なんなんだ、これは。

小さな言葉の行ったり来たりは、call&response ってことだと思う。
私は、来る年も、ちいさな言葉を発する人、でありたいな。

|

2016年12月25日 (日)

クリスマスのきもち

131221_ 昨日に続いて、さらに静かなクリスマスの日。
北陸の空は、重たい灰色だけども荒れてはいない空。

今年も、夫婦でおだやかにこの日をむかえられる幸せに感謝します。
何気ない日々の暮らしこそ、守るに足るもの。

娘たち、今夜は、彼のギターのお師匠さんのクリスマスコンサートにでかけるという。
働き方のスタイルを彼がかえたことで、前よりは時間をやりくりして、二人で一緒にでかける機会がふえたよう。
以前とくらべて、二人で語りあう時間もふえて、ささやかでも、より人間らしい暮らしを送れているみたい。

こんな日々の暮らしこそ、ちいさな幸せを感じられる時間こそ、守るに足るもの。

だからね、やっぱり社会のこと、気にかけていたい。
黙ってられない、って思う。
できることしよう、って思う。
peaceの pieceの種、まきつづけよう、って思う。

どうか、たくさんの人に、こころ穏やかなクリスマスの時間を、と祈ります。

|

2016年12月24日 (土)

逃げ恥、最終回

121202_ 雪のないクリスマスイブです。静かです。

一度見たけど、録ってある「逃げ恥」最終回をも一回みようかな。
最終回のせりふが、とくによかった。ハッとする言葉、そうだ!って言葉、きゅんとくる言葉、いっぱい。

ちいさくかしこい、って書く「小賢しい」って言葉は、おとこの形容詞にはめったにつかわれなくて、おんな専用みたいで、いつもやな言葉、って思ってた。

おんなが意見もつだけで生意気、口にするだけで、その言葉が上からふってくる。それってだめだ〜〜、かわいくない、っておんな自身が思う。思わされる。
(コザカシイ、については、きのうの映画のあとのトークにもでてきてた。考えたことをどういうか、の言い方にもよるね、って話もでた)

最後のひらまささんの言葉、よかったなあ。
僕は一度も、みくりさんをそんなふうに思ったことない、って。

あ、このドラマ、見てないひとにはわけわかんなくてごめんなさい。恋ダンスは何度見ても、私にはおいつかないリズムだけど、見てるだけで、おもろい楽しいダンスです。

|

2016年12月12日 (月)

一瞬一会

映画「ベストセラー」。トマス・ウルフと、彼の才能を見出した編集者パーキンス、その二人が激しくぶつかりあいながら、一つの作品を世に送り出していく、真剣勝負の物語。
自分の言葉で表現したい作家と、読み手のことを考えて大幅な削除を迫る編集者と。

娘にすすめられて観た映画。
そういえば私も、けんぽうぶっく書いてる時に、編集担当の娘に、かなりばっさばっさと文章、削除されたよなあ。

パーキンスは、フィッツジェラルドの「グレートギャッツビー」や、ヘミングウェイの「陽はまた昇る」にかかわった、名編集者として知られる人。
こういう黒子的な存在に焦点をあてた映画、とても興味深く見ました。

*******

観終わってすぐ、背のすらっとした若い女の子に、スウさんですか、って声をかけられた。
なんと、娘の未満児保育園の時の同級生のKちゃん!小学生の時にあったきりだったので、20数年ぶりの再会でした。
すっかり、すてきな女性になっててまぶしいくらい。

次の仕事をはじめるまでの間の、貴重なフリータイムに、先週から紅茶の時間にきてくれてます。
彼女のお母さんがずっといのみら通信を読んでくれてるので、間接的に、私のことも知ってくれてたみたい。

こんな若い人と、ずっと会ってなくても、すぐに本質的な話ができるっていいな。
映画見に行かなかったら、彼女との再会もなかったな。
生きてることは、毎日が一瞬一会だな。

11月の紅茶に来てくれたご夫婦から誘われて、柿の木畠にある教会でのクリスマスコンサートにまあさんとでかけたら、紅茶でちらしを見たKちゃんもお母さんと一緒にきてた。
おかげでひさ〜〜しぶりに、お母さんとも会えた。
そして一緒に、教会のパイプオルガンの音色と、うつくしい歌声にひたれました。

|

2016年9月26日 (月)

祐幸さんを偲ぶ会

Cacrct8q 9月21日夜、下北沢で開かれたライオンさんこと藤田祐幸さんを偲ぶ会に、娘と二人で。

目指す会場には、開場前から長い人の列。
先日珠洲と金沢でご一緒したクッキングハウスの松浦さんも、愛知から来た酒井くんも。ちょうど席が空いてて、カマちゃんと並んで座れました。

広河さんや小出さん、後藤さん、武藤類子さん、海渡さん、広瀬隆さん。藤田さんが尽力し
9月21日夜、下北沢で開かれたライオンさんこと藤田祐幸さんを偲ぶ会に、娘と二人で。

目指す会場には、開場前から長い人の列。
先日珠洲と金沢でご一緒したクッキングハウスの松浦さんも、愛知から来た酒井くんも。ちょうど席が空いてて、カマちゃんと並んで座れました。

広河さんや小出さん、後藤さん、武藤類子さん、海渡さん、広瀬隆さん。藤田さんが尽力して、被曝労働の労災を認めさせた嶋橋さんのお母さんも会場に見えてました。

******

長崎の雪浦に移り住んでからの祐幸さんの暮らしぶりを、娘さんの千晶さんが、画像とともにいっぱいお話ししてくださいました。

娘さんのお家のそばに移り住み、自然の巡りの中で暮らすお家を建て、畑を耕し、ミツバチを育て、自動草刈機のヤギのめえちゃんと一緒にお散歩する祐幸さん。
祐幸さんが、お孫さん達と一緒にお花見してるところ、地域の小学生に凧の作り方を教えているところ、雪浦の集落に住む人々に、田舎大学みたいにして授業しているところ、映画会してるところ。
ご家族からはもとより、祐幸さんが、集落の人たちからもどんなに慕われ、尊敬され、愛されてるか、それがよ〜〜くわかる映像と想いの溢れる語りでした。

原発に向き合う人たちとともに生きる道を選んで、修羅のごとくに闘った祐幸さん。敬愛する宮澤賢治さんのように、地人として生きた祐幸さん、その両面を併せ持つ、人としての、豊かさ。まさに波乱万丈の人生。

*******

会が終わってから、おつれあいの弘子さんと千晶さんに、娘と一緒にご挨拶する時間を持てました。
お話ししたい人いる?と娘さんが訊いてくださって、祐幸さんが亡くなる二日前にお電話くださったこと。ライオ〜〜ン、ライオ〜〜ン、ありがとう〜〜!と電話口で呼びかけると、祐幸さんが大きな声で応えてくださったこと。あの時のお礼を、改めてお二人に伝えられました。

マイは、小学生の時の夏休みといえば、ライオンと過ごした珠洲の海が、いつまでたっても私の特別なたからものです、夜光虫も一緒に見れました、とボタボタ泣きながら、お二人にお礼を言ってました。その横で、私も涙ぼたぼた。。。。
偲ぶ会に参加できて、本当によかった。ライオンさんの強い意志はこれからも必ず受け継がれていく、と信じます。

|

より以前の記事一覧