2018年1月28日 (日)

オヤジさんの幸せ

181 いのみら通信をひさびさに出すと、しばらくの間は読んでくださった方からのメールやお手紙が次々舞い込んでうれしい日々がつづきます。
今号では、月光荘の本ができましたよ、ということを本の内容ご紹介かねて書きました。通信は月光荘さんにもいつもお届けしていますが、先日、こんなメールが。

「昨日やっと いのみら通信 拝見。
こんな立派な紹介文など見たこともない。 オヤジさんと 誰にも負けない 本当に一体感があったのだと痛感しました。
血のつながりなぞ関係ない強い力ってすっごいー。オヤジさん幸せだったねぇ。」

メールをくださった方は、月光荘おじちゃんの娘さん。おじちゃんは私の父と同い年ですが、娘同士も、奇しくも同学年。こんなふうにいのみらを読んでいただけるこっちこそ幸せ。このメールをFBとかに書いてもいいですか、と娘さんにお尋ねしたら、即こんなお返事。

「思いもよらず スーさんに少しでも喜んで頂けたなんて 望外の幸せ。オヤジさんのいない今 その心の中をお伝えしただけです。
一番 顔クシャクシャにして うれしがっているのは オヤジさん。」

半世紀前のおじちゃんとのやりとりが、今は娘同士で続いている。娘さんの言葉のセンス、おじちゃんとそっくり!外はまだまだ寒いけど、私の胸はぽかぽかしています。

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2018年1月 1日 (月)

新年の、いとしいシクラメン

1712_2 いとしいシクラメン。10年以上前、七尾一本杉通りで年末セールの始まる前日、スウさんひとつどうぞ、としら井昆布のおかみさんからもらった小さなシクラメン。今年もけなげに咲いてくれました。

一人一人の力はちいさいけど、こうやって肩寄せ合って、言葉かけあって、いとおしみあって、今年もせいいっぱい生きていこう、と思います。
みなさまにもどうか新しい年が良い未来につながる一年でありますよう、こころから祈ります。

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2017年12月31日 (日)

ありがと、2017年

111230_ 2017年もあと残り5時間。

今年は50回ほど、各地の出前によんでいただきました。けんぽうのお届けのこともあれば、ちがうテーマのこともあるけど、いつもいつも思うのは、身一つで行くほうが、よぶよりずっとずっと簡単ってこと。なので、よんでくださった方たち、ほんとにありがとうとう!

来る年、少しでもよりよい年に、未来を感じれる年になりますように。していけますように。また、ちからをお貸しくださいね。
どうぞ、良いお年をおむかえください。

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2017年12月 4日 (月)

ココロ充電

Photo 週末は、たっぷりこころの充電。沢知恵さんの歌と言葉、高岡ひとのまの宮田隼さんのお話、きのうは鳥越のワンネスで、森要作さんと、写真を撮っている森栄喜さんとの、いとこ対談!

この4人に共通してるのは、自分の言葉でほんとうに思っていることを話してる、ってこと。だから、響くんだ。しみるんだ。

自分への愛をたやさない、ってこと、できるだけ大事にしてるけど、こういうのが、私の心への愛です。
またおいおいに記録メモだしていこう。

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2017年10月23日 (月)

おわかれしたけど、いっしょだよ。

ともだちのお母様がなくなられて、今日はまあさんとお別れにいってきました。

斎場にも。90歳こえたおからだの骨は、以外にも太い。ここは足。ここは腕。ここは背骨。ここはお顔。ここはのどぼとけ。

去年体調くずされてから、あたらしい年がむかえられるか、寒い冬は、花の季節は、暑い夏は越せるか、って日をかぞえながら、お誕生日も迎えられた。

母一人、子一人。最晩年のお母様は、そのともだちのいとしごちゃんみたいになられてた。

     1710

日野原先生の「生きていくあたなへ」のご本の中で、先に亡くなられた奥様のこと、こんなふうに書いてらした。

「肉体がなくなってしまったということはやはりとてもさびしいものです。しかしその一方で、彼女の姿が、ますます、いやむしろ生きていたときよりも鮮やかになっているのを感じます。それが魂というものなのかもしれません。僕と妻は魂でつながって、実際に今の一緒に生きているように感じるのです」


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2017年10月22日 (日)

友を呼ぶホルン

金沢生まれで今は東京で暮らしているきやさんが、骨董品やさんでみつけた、といってホルンを一つ送ってくれました。

銀座月光荘画材店のシンボルマークのホルンと、同じかたち。
昔むかし、月光荘おじちゃんに、どうしてホルンが月光荘マークなの?ってきいたら、「友を呼ぶホルンじゃ」と。

1710 このホルンに紐を通したら、ネックレスになりました。

月光荘は今年、お店ができてから100年。
それを記念して、12月には、月光荘のご本ができるそうです。
その中に、40年以上前に私がおじちゃんのこと書いたエッセイや、あらたにかきなおしたエッセイもはいっています。
私の全然知らないおじちゃんの歴史も、きっと知ることになるのでしょう。楽しみたのしみ!!

12月9日、100歳記念のおはなし会のため、月光荘にいきます。まだ時間とかくわしくはきまってないけど、場所は画材のお店の近くの、月光荘画廊の一つにて。6年前の夏、キルトのミチコさんと私と娘の、つながる三人展をひらいたのと同じギャラリーでおはなし会します。

その時は、きっとこのネックレスをしていこう。1710_2

きやさん、いいもの見つけてくれてありがとう!

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2017年10月 3日 (火)

樹は根に拠って

「樹は根に拠って立つ されど根は人の目に触れず」

「やすらぎの郷」最終回で、倉本さんが主人公に書かせた言葉。
樹の根っこは見えない、枝ぶりや花とか実に気をとられてしまって、と。

この言葉、私にはbe とdoとの関係に思えたよ。
存在のbeは目に見えない。結果としてのdoだけにみな、気をとられて。 
見に見える結果だけで評価されて、数値化できない beはそまつにされて。

それは違うと思う、って、ずっと言い続けてる私です。

179 写真は、わがやのあけびと金木犀。

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2017年9月 7日 (木)

13条する、という新しい概念

上尾の紅茶の時間に参加してくれてたかおるちゃんは、川越紅茶仲間のひとり。川越では、だから何度もあってるし、私の話も何度も聞いてくれてる。
今回、上尾で紅茶の時間しよう!って言い出した近藤さんやお仲間たちと一緒に、9月3日の場のお手伝いもしてくれたかおるちゃん。
私が石川にもどってからの彼女とのやりとりがなかなかおもしろいことに発展していったので、ここにまとめて再録してみた。
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か:スウさんからのいつもの必ずのメッセージは、自分も人もかけがえのない存在ということ。スウさんが日々のコミュニケーションのなかでも、また憲法を守り伝える活動のなかでも、そこをどんな風に具体的に大切にしているかよくわかりました☺

す:かおるちゃん、うれしいなあ。そうなんだよ、紅茶でひとと向き合うときも、誰かを聴くときも、憲法のおはなしの出前でも、いつも大事にしてるのが、13条なんです、あなたはほかの誰ともとりかえがきなかい、そのことをそれぞれの場面で、私なりに13条してるんです。そういえば、13条する、って、これもまた、あらたな言い方だね!!そこわかってくれたのがさすがにかおるちゃんだ!!
か: 13条する か!それこそ、差別を無くしたい私の願いへのアプローチ

す:うん、これはあたらしい概念じゃ!ふだんの努力の12条は、12条する、だから当然、Doの概念。一方、13条はDoでなくて、存在のBeだと思っとったんに!笑

か:Beを尊重する、というDoですね

す: そっか〜〜また教えてもらったよ、相手の存在を認める、尊重する、のdo、なるほっっど〜〜〜。9月25日、大津にお話にいくことになってるけど、その時かならずこの話するね。
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こんなふうに、お話の出前で語ることで、聞いてくれてた人の感想やふりかえりの中から、毎回、あたらしい気づきやあたらしい言葉を発見する。
自分一人で考えてても思いつけないこと、教えてもらえる、そうやって後から気づく、そういうことだらけの私だよ。
私自身、紅茶って13条な場だな〜〜って、やっと去年あたり気づいた。
紅茶仲間たちのほうがずっと前からそう思っていて、え〜〜スウさん、いまごろ気づいたの?って笑われたけど。
人はだれでも身の丈に認めてもらいたいと願って生きてる、って紅茶しながらず〜っと思ってきたけど、それって一言でいえば、どんな人にも人権がある、ということだもんね。
でも、はじめに「人権」って単語があって、紅茶は人権を大切にする場所です、というのと、その単語は意図せず、ただ、紅茶しながら何気なくしてきたことが、実は、13条だった、ってあとからぼわ〜〜んってわかる、そのことの方が、意味深いんじゃないかなあ。
そうやって、あとから気づく、わかる、のが大事だなあ、って思ってる。
最初から何もかも知ってて、わかってて、行動したり、発言したりするんじゃない、わかったことから言ってけばいいと思う、動けるとこから踏み出してけばいいと思う。
亡き父の口ぐせ、「のち悟らん」。その、のち悟らんの中で生きてる、私です。

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2017年9月 4日 (月)

ただいま〜〜

ただいま〜〜〜。昨夜4日間の旅からもどりました。
ところが、あれれ??パソコン消していったはずなのに、なぜか黒い画面に白いラインが丸を描いてくるくるまわってて、電源スイッチいれても消えない、電源入らない。ぎょぎょぎょ、どうなっちゃったんだ〜〜い。

娘に、SOSコール。こういう時におちついて対処してくれて助かる。
自分もわからないから、へたにいじるのやめよう。明日になったらAppleCareに電話して、シリアル番号を伝えて、状態を説明して、どうしたらいいかきいてみて。

はい〜〜。ということで、今朝AppleCareに連絡とって、すべての電源を抜いて、もう一度電源いれなおして、というシンプルな対応で、パソコン復活。ほっ(安堵の汗)。

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今回も種まきの手応え、そしてしあわせなきもちを何度も感じられたいい旅でした。またおいおいに綴ります。

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2017年8月23日 (水)

繕うということ

今年の夏は小さな時間をみつけてはちくちくしました。

ゼロ(って言っても、材料はいつも姉の残した着物)から一着作る、という大物にはとりくまず、円形のテーブルセンターやスカートからエプロンをつくる、とか、スカートの裏地でペチコートを縫う、とか、厚手の巻きスカートを座布団カバーにする、そののこりぎれでバッグをつくる、とか、あまりぎれのあまりぎれでポシェットをつくる、深いVネックの服にあわせて、ちらっと見えるインナーブラウスをつくる、とか、ほころびの目立ってきたポシェットを繕い、サイズをひとまわり小さくして新品っぽくする、などなど。
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自分で繕うと、古いものにはよけいに愛着がわきます。
そしていつも感じるけど、ちくちくは、いらいらやざわざわした心を鎮めてくれるセラピーです、私にとって。

そういえば、高畑勲さんのインタビューのなかに、ぼろぼろの平和を繕う、という言葉があった。
うん、たしかにぼろぼろだ。理想だけども、現実は。
憲法もそうだよね。強く引っ張れば、劣化してるとこから今にも裂けそうだ。

それでも私はやっぱり、平和を繕うお針子の一人でありたい。その縫い目をあとの人たちにも見てもらえるように丁寧に繕い続けたい。
全国に、お針子さんたちはいますか。

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