2018年10月29日 (月)

宇吉堂さんへ

この日は、お話会のあと、参加してた大津の乾さんと一緒に宇吉堂さんに。琵琶湖が、ほんとにほんとに目の前にひろがってる!

ああ、やっと、うきちゃん、カメリアーノさんにあえました。うきちゃんにこの日やっと、メロン本こと、「けんぽうBOOK+」も、おとどけできました。

お部屋のパソコン画面に、ずっとずっとうきちゃんのいろんないい表情がめぐってた。知ってる人と写ってるうきちゃん、知らない人とうつってるうきちゃん、いろんなうきちゃん。

うきちゃんも、すんごく13条の人だ、自分を持ってて、自分の言葉で話し、自分をごまかさずに生きた人だ、ってあらためて感じたよ。

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カメリアーノさん、あんまりゆっくりできなくて、ごめんね。

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2018年10月21日 (日)

ワンネス一座の「私の名は 月の輪」

20日夕方、ワンネス一座による「私の名は月の輪」というお芝居を観に、市民芸術村へ。

出だしから、一人の少女がソロで歌い、そこにもうひとりの少女の声があわさり、その重なる歌声がなんとも美しい。フルートやギターやドラムや太鼓、ウクレレ、床を叩く音、歩く足音、とび跳ねる音、さまざまな楽器と人の声という楽器と舞台の音が呼応しあう、すごく不思議な世界にはいりこんだ感じ。

実はね、上演後に演出家さんとアフタートークをすることになっていたので、私は脚本を先に読んでいた。おもしろい脚本で、それがどんなお芝居になるんだろ、って思って行ってたもんだから、最初は、え?ん?いったいあのお話はどこにいっちゃったんだぁ? とまどいながら、舞台に集中する。目を凝らす、耳を立てる。

私は、かわいそうって言葉がきらいです。
あの子はかわってる。あのこは特別。あのこは、、、、。
ふつうってなんだ。ふつうとちがうことは罪なのか。
自閉症、アスペルガー、ニート、ひきこもり、、。
私は自分がわからない。
人の目が気になる。視線が気になる。
魂にふたしてるおとなたち。

一人一人の立ち姿に、すごく存在感がある。
一人一人の言葉が、胸に刺さってくる。
一人の人は、あ〜〜、しかいわない。それもいろんな類の、あ〜〜。最後には、ホール中になりひびく、ああ=======っ!

舞台がおわってから、南さん(23歳でしたっけ?なんと若き演出家!)と、音楽の上野さんと私、の3人でトーク。

7月からはじまった稽古、はじめのうちは脚本にあるようにお芝居してた。でもそれだと、セリフにしばられてしまう。いろんな経験をして、ワンネスというフリースクールに出逢った子たちとする芝居なのに、これを言わなくちゃ、こう言わなくちゃ、ってなったら何の意味もない。で、2ヶ月前からは脚本にとらわれず、その日、その瞬間、思い浮かんだ、これ!と思った言葉で自分を表現するようにした、と南さん。

つまり、舞台のはじまりからおわりまで、音楽もふくめて、全部即興、ってこと? ひえ〜〜!そんなおっかないこと、ようやる!
でもね、だからこそ、一人一人の発する言葉が、せりふじゃなくて、自分そのもので、だからあそこまで胸に刺さったのか。

それって、南さんとワンネス一座のひとたちが、よほど信頼しあってないとできないことだと思う。
人前で、たくさんの知らない人が自分を見ている前で、自分が今思ってること、感じてること、言葉にするって、表現するって、それはね、すごくこわいし、とっても勇気のいることだ、自分をつきやぶることだ。

「あ〜〜」しか言わなかったひとも、前日には言葉でしゃべってたって。だけどこの日はどういうわけか、「あ〜〜」の気分、「ああ=====っ!」の気分、だったんだなあ、きっと。

ひとがどう思うかばかり気にして、自分押し殺してるひとも、ほんとのほんと言ったら、彼みたいに、思いっきり、あああ====!!って叫びたい時だってあるはずだよ、って感じたよ。

新鮮な体験でした。こんなお芝居を観る、ということそのものが。
ワンネス一座のお芝居「私の名は月の輪」は、今日が最終日。
この時間にはもうすべての上演がおわってるころ。
今日の舞台は、いったんどんなんだったんだろうねえ。

一座のみなさま。本当におつかれさまでした。
すんごい挑戦だったんだと思います。
そのさまを、見せてくれてありがとう。

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2018年10月20日 (土)

ほめ言葉のシャワーを。

昨日、加賀の光せん坊さんで。駅に預けた荷物のなかから佐野さんへのプレゼントを持ってくるというネイサンさんを乗せて加賀温泉駅までひとっ走り。

二人きりになったところでネイサンさんに、あのね、この小さな本は私と娘がつくったのだけど、これををあなたにプレゼントさせてもらいたいの、といって、「ほめ言葉のシャワー」を手渡しました。

表紙には、こうかいてあります。

ほめ言葉のシャワー A shower of praise
ことば:「シャワー」に参加してくださったみなさん
These sayings were contributed by "A shower of praise" workshop attendees.

ここに英語でも書かれてる一つ一つの言葉は、ワークショップに参加したたくさんの一人一人が、実際に誰かから言われて、うれしかった言葉、胸があったかくなった言葉、ほっとした言葉ばかり。

cool!と真っ先にいってくれたネイサンさん、ページをめくりながら、車の中でうれしそうに声に出してよんでくれました。
「You take  such good care of grandma(よくおばあちゃんの面倒みてるよ)」だって!
「Thank you for being born(生まれてきてくれてありがとう)」だって!というふうに。

娘と同い年のネイサンさんにはそんなふうに受け取ってもらえたけど、年長のマイクさんに渡すのはちょっとなあ、この冊子は、彼には甘すぎるんじゃないかな、と思って、ネイサンさんに、Isn't it too sweet for Mike?ってきいたのです。そしたら、「そんなことないよ!He is as sweet as a cupcake!彼はカップケーキと同じくらい甘いよ!」って、すてきなユーモアで返してくれました。

で、ちょっとおそるおそる、あの〜〜〜といって差し出すと、マイクさん、パッと表情をかえて、Oh,shower of praise,と言ってから、この小ささがいいね、ポケットにもはいるね、といって、また、一ページずつめくっています。そして彼が、あるページを指さして言いました。これ、ネイサンだ、と。

書かれていたのは、この言葉。
「花を育てるのが上手なんだね you have a green thumb」。

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緑の親指をもっている、って、緑を育てるのが上手なひと、っていう意味。あ、そうか、アーティストでもあるネイサンさんは、農業もしていて、わさびを栽培しているんだった!(土とふれあい、作物を育てることも、PTSDに苦しむ人たちの心の安定にいいこと、と以前きいたことがありました。戦争とは、破壊そのもの、農業はそれと真逆のことなので)
ネイサンさんが緑の親指もってることを知っていて、これ、彼だね、っていったマイクさんの感性、すてき。

ハードな旅で、極力、荷物はふやしたくないベテランズさん。今回の日本の旅のどこかで出会った人に、マイクさん、ネイサンさん、レイチェルさんからまた誰かの手にこの冊子が渡っていくとしたら、それもまた、うれしいことです。

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2018年10月 8日 (月)

ぼくが ここに

生きるのがつらいなあ、苦しいなあ、と感じてるような時って、自分の存在が、かっこたるもののようにはとっても思えなくて、ふっと消えたいような、その存在を消してしまいたいような、そんな気持ちになることも、あるかもしれない。

私にその話をきかせてくれた若い人が、ここに描いたようなきもちそのままだったかはわからない。でも、少なくてもそれに似た気持ちだったころのその人が、障がいのある子たちのいる施設にはじめて行った時、一人の子が、たぶん彼を職員の誰かさんと勘違いしたかで、いきなり彼のことをぎゅうって抱きしめた。初対面の子の突然のハグのなかで、彼はその瞬間、いま確かにここに自分の存在がある、って感じたんだそうだ。

彼の話を聞いた時にとっさに思い出していたこの詩。
彼にその日見せるのを忘れたので、ここに書き写します。

「ぼくが ここに」

ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない

もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ
マメが いるならば
その一つぶの マメだけ
しか ここに いることは できない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも

その「いること」こそが
なににも まして 
すばらしいこと として

書いたひとは、まど・みちおさんです。

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2018年9月25日 (火)

ただいま

22日、帯広十勝母親大会でお話させてもらって、23日十勝帯広空港から羽田へ。到着ロビーをめざして走り、東京駅から青梅特快にとびのり、国分寺市民憲法教室に、奇跡の滑り込みセーフ。

この日の宇都宮健児さんのお話は、「地方自治から憲法を考える」。
憲法教室で娘と合流、夜は娘んちでお泊まり。24日に石川にもどってきました。
たくさんのメールや、帯広で聞いてくださった方たちからのメッセージがうれしいな。

昨夜は帯広のこと書いてから寝ようと思ったけど、書いてたら突然すいまさんに襲われてzzzzzzz. 無抵抗で寝ました!
というわけでただいま。

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2018年9月11日 (火)

ちんちゃん亭で

8日、刷り上がったばかりの、メロン本こと「たいわけんぽうBOOK+」を20冊といのみら通信を、でっかいキャリーバッグに入れて(お、重たっ)豊田へ。

この日はけいちんのお宿のちんちゃん亭でお泊まり。天然住宅のおうちも、おふとんも、まくらも気持ちがよくて、去年一月にお泊まりさせてもらった時にほんとに助かったので(その時、体調良くなかったからよけいにありがたかった)、ちんちゃんていちんちゃんてい、けいちんけーちゃん夫婦のことも、と娘にいっぱい話してた。

そしたら、協働作業のメロン本もしあがったばかり、豊田のおはなし会に参加したいよ、ちんちゃん亭へのお泊まりもしたいよ〜〜となって、娘もメロン10冊抱えて、豊田駅で合流。

夜はちんちゃん亭に、けいちんのお友達で私に会いたいとおもってくださる方達があつまって持ち寄り夕ご飯。カップルさんの恋バナ、けいちんとけーちゃんの恋バナききながら、夫婦って、ほんとにくみあわせだなあ、って痛感。

この日きてくれたお一人とは、なんと30年ぶりの再会。1988年の石川県庁での志賀原発反対の集会の時と、翌年、札幌での泊原発に反対のデモの時に会って以来の大江さん。いのみらの名簿にいつ頃までかはお名前があったので、私もおぼえてた!

1988年のいのみら通信も、私がだしたお手紙も、ちんちゃん亭にもってきて見せてくれて、もうもう、びっくり!そのお手紙の中に、今の私の伝え方の原点をつくってくれることになる、キーワードがあった。
あのころの私は、原発に対する怒りがいっぱいで、怒りで語ってた、”敵”を憎んで語ってた。これじゃだめだ、この伝え方では伝わらないよ、って、おおいに反省させてくれたのが、88年県庁でのできごとだったんだ。

アーカイブはすごいな。過去の私と再会した、過去の私と対話した@ちんちゃん亭。大江さん、あの時の私をみせてくれて、おもいださせてくれてありがとう。今の私はけんぽうのほうにずっとシフトしてしまってて、前と同じエネルギーでは原発にむきあえていないことをもうしわけないとも思いつつ、それでも今の私にできることを精一杯しようと思っています。

母娘、おふとんならべて、ぐっすりきもちいいちんちゃん亭のお部屋で眠りました。目覚めて、ハンモックのあるベランダから外をみたところ。

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2018年8月17日 (金)

こせいは、こせい。

毎週通ってる、公民館の整体教室ちゆゆ。
ホールに展示されていたこんなお習字。
「個性は 個生」
うんっ!個を生きているんだ。わたしたちは。

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2018年7月 1日 (日)

ミチコさんの日に

大切な紅茶仲間のミチコさんが旅立って7年。家のウズマキアジサイを持って、その日におうちを訪ねました。ミチコさんちにはこのアジサイは咲いてないのでね。

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ミチコさんのおつれあいさんと津幡の友と3人で、そういえばこんなことあったね、あんなことあったね、とかたりあう。
自分の知らないところで、誰かが誰かの背中をそっと押している、と感じることのできた、やさしい時間でした。

いのみら通信には時折ふろくがつくけど、その最大のヒットは、かざぐるまフレンドシップキルトの型紙を1988年に、スーパーの買い物袋の代わりのランニングバッグ(ちまたではエコバックといわれるもの)の型紙を1990年につけたこと。どちらも、ミチコさんの発案。

ちなみにランニングバッグの命名も彼女。型紙のかたちがランニングシャツに似ているのと、ランニング、という英語に、持続、とか、継続、という意味があることから。今ではスーパーに自前の袋をもっていくのあたりまえだけども、30年前は相当めずらしかったんだよ。

かざぐるまキルトの型紙は、3.11のあとにもいろんなところに飛んで行った。福島にも、東海村にも。そして今、福島にかえった石井いづみさんがはじめるぶつぶつ交換所(ぶつぶつとつぶやきをかわしあう場)にキルトを贈ろう、ということでまた型紙の出番です。ミチコさんの意志は継続している、ってたしかに思うな。

ミチコさんのおつれあいさんは、毎月、私のからだのメンテナンスをお願いしてるお二人のうちの一人なので、治療院はよくいくのですけど、この日は治療院のおとなりのミチコさんちに。今年はこの特別な日に行けてよかったな。

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2018年5月 8日 (火)

かこさん、ありがとうございました。

かこさとしさんの訃報。92歳で。

かこさんの絵本、だるまちゃんシリーズに、親子でどれだけお世話になったろう!!
去年の夏、越前武生にある、かこさんの絵本館に行って、原画も拝見していただけに、かこさんのこと、とっても身近に感じてた。
かこさんは少年時代を、越前ですごしたのでした。

平和も戦争もきっちりご自分のことばで意思表明してらした。
90歳で書かれた「未来のだるまちゃんへ」(文春文庫)
いのちあるすべてのものへの、限りない愛情があふれてる一冊。
敗戦時、19歳。これからを生きていく子どもたちが、僕のような愚かなことをしないようにしたい、一人ひとり、自分の考えをもつように、と書いてくださったご本です。


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2018年1月28日 (日)

オヤジさんの幸せ

181 いのみら通信をひさびさに出すと、しばらくの間は読んでくださった方からのメールやお手紙が次々舞い込んでうれしい日々がつづきます。
今号では、月光荘の本ができましたよ、ということを本の内容ご紹介かねて書きました。通信は月光荘さんにもいつもお届けしていますが、先日、こんなメールが。

「昨日やっと いのみら通信 拝見。
こんな立派な紹介文など見たこともない。 オヤジさんと 誰にも負けない 本当に一体感があったのだと痛感しました。
血のつながりなぞ関係ない強い力ってすっごいー。オヤジさん幸せだったねぇ。」

メールをくださった方は、月光荘おじちゃんの娘さん。おじちゃんは私の父と同い年ですが、娘同士も、奇しくも同学年。こんなふうにいのみらを読んでいただけるこっちこそ幸せ。このメールをFBとかに書いてもいいですか、と娘さんにお尋ねしたら、即こんなお返事。

「思いもよらず スーさんに少しでも喜んで頂けたなんて 望外の幸せ。オヤジさんのいない今 その心の中をお伝えしただけです。
一番 顔クシャクシャにして うれしがっているのは オヤジさん。」

半世紀前のおじちゃんとのやりとりが、今は娘同士で続いている。娘さんの言葉のセンス、おじちゃんとそっくり!外はまだまだ寒いけど、私の胸はぽかぽかしています。

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