2018年9月25日 (火)

ただいま

22日、帯広十勝母親大会でお話させてもらって、23日十勝帯広空港から羽田へ。到着ロビーをめざして走り、東京駅から青梅特快にとびのり、国分寺市民憲法教室に、奇跡の滑り込みセーフ。

この日の宇都宮健児さんのお話は、「地方自治から憲法を考える」。
憲法教室で娘と合流、夜は娘んちでお泊まり。24日に石川にもどってきました。
たくさんのメールや、帯広で聞いてくださった方たちからのメッセージがうれしいな。

昨夜は帯広のこと書いてから寝ようと思ったけど、書いてたら突然すいまさんに襲われてzzzzzzz. 無抵抗で寝ました!
というわけでただいま。

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2018年9月11日 (火)

ちんちゃん亭で

8日、刷り上がったばかりの、メロン本こと「たいわけんぽうBOOK+」を20冊といのみら通信を、でっかいキャリーバッグに入れて(お、重たっ)豊田へ。

この日はけいちんのお宿のちんちゃん亭でお泊まり。天然住宅のおうちも、おふとんも、まくらも気持ちがよくて、去年一月にお泊まりさせてもらった時にほんとに助かったので(その時、体調良くなかったからよけいにありがたかった)、ちんちゃんていちんちゃんてい、けいちんけーちゃん夫婦のことも、と娘にいっぱい話してた。

そしたら、協働作業のメロン本もしあがったばかり、豊田のおはなし会に参加したいよ、ちんちゃん亭へのお泊まりもしたいよ〜〜となって、娘もメロン10冊抱えて、豊田駅で合流。

夜はちんちゃん亭に、けいちんのお友達で私に会いたいとおもってくださる方達があつまって持ち寄り夕ご飯。カップルさんの恋バナ、けいちんとけーちゃんの恋バナききながら、夫婦って、ほんとにくみあわせだなあ、って痛感。

この日きてくれたお一人とは、なんと30年ぶりの再会。1988年の石川県庁での志賀原発反対の集会の時と、翌年、札幌での泊原発に反対のデモの時に会って以来の大江さん。いのみらの名簿にいつ頃までかはお名前があったので、私もおぼえてた!

1988年のいのみら通信も、私がだしたお手紙も、ちんちゃん亭にもってきて見せてくれて、もうもう、びっくり!そのお手紙の中に、今の私の伝え方の原点をつくってくれることになる、キーワードがあった。
あのころの私は、原発に対する怒りがいっぱいで、怒りで語ってた、”敵”を憎んで語ってた。これじゃだめだ、この伝え方では伝わらないよ、って、おおいに反省させてくれたのが、88年県庁でのできごとだったんだ。

アーカイブはすごいな。過去の私と再会した、過去の私と対話した@ちんちゃん亭。大江さん、あの時の私をみせてくれて、おもいださせてくれてありがとう。今の私はけんぽうのほうにずっとシフトしてしまってて、前と同じエネルギーでは原発にむきあえていないことをもうしわけないとも思いつつ、それでも今の私にできることを精一杯しようと思っています。

母娘、おふとんならべて、ぐっすりきもちいいちんちゃん亭のお部屋で眠りました。目覚めて、ハンモックのあるベランダから外をみたところ。

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2018年8月17日 (金)

こせいは、こせい。

毎週通ってる、公民館の整体教室ちゆゆ。
ホールに展示されていたこんなお習字。
「個性は 個生」
うんっ!個を生きているんだ。わたしたちは。

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2018年7月 1日 (日)

ミチコさんの日に

大切な紅茶仲間のミチコさんが旅立って7年。家のウズマキアジサイを持って、その日におうちを訪ねました。ミチコさんちにはこのアジサイは咲いてないのでね。

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ミチコさんのおつれあいさんと津幡の友と3人で、そういえばこんなことあったね、あんなことあったね、とかたりあう。
自分の知らないところで、誰かが誰かの背中をそっと押している、と感じることのできた、やさしい時間でした。

いのみら通信には時折ふろくがつくけど、その最大のヒットは、かざぐるまフレンドシップキルトの型紙を1988年に、スーパーの買い物袋の代わりのランニングバッグ(ちまたではエコバックといわれるもの)の型紙を1990年につけたこと。どちらも、ミチコさんの発案。

ちなみにランニングバッグの命名も彼女。型紙のかたちがランニングシャツに似ているのと、ランニング、という英語に、持続、とか、継続、という意味があることから。今ではスーパーに自前の袋をもっていくのあたりまえだけども、30年前は相当めずらしかったんだよ。

かざぐるまキルトの型紙は、3.11のあとにもいろんなところに飛んで行った。福島にも、東海村にも。そして今、福島にかえった石井いづみさんがはじめるぶつぶつ交換所(ぶつぶつとつぶやきをかわしあう場)にキルトを贈ろう、ということでまた型紙の出番です。ミチコさんの意志は継続している、ってたしかに思うな。

ミチコさんのおつれあいさんは、毎月、私のからだのメンテナンスをお願いしてるお二人のうちの一人なので、治療院はよくいくのですけど、この日は治療院のおとなりのミチコさんちに。今年はこの特別な日に行けてよかったな。

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2018年5月 8日 (火)

かこさん、ありがとうございました。

かこさとしさんの訃報。92歳で。

かこさんの絵本、だるまちゃんシリーズに、親子でどれだけお世話になったろう!!
去年の夏、越前武生にある、かこさんの絵本館に行って、原画も拝見していただけに、かこさんのこと、とっても身近に感じてた。
かこさんは少年時代を、越前ですごしたのでした。

平和も戦争もきっちりご自分のことばで意思表明してらした。
90歳で書かれた「未来のだるまちゃんへ」(文春文庫)
いのちあるすべてのものへの、限りない愛情があふれてる一冊。
敗戦時、19歳。これからを生きていく子どもたちが、僕のような愚かなことをしないようにしたい、一人ひとり、自分の考えをもつように、と書いてくださったご本です。


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2018年1月28日 (日)

オヤジさんの幸せ

181 いのみら通信をひさびさに出すと、しばらくの間は読んでくださった方からのメールやお手紙が次々舞い込んでうれしい日々がつづきます。
今号では、月光荘の本ができましたよ、ということを本の内容ご紹介かねて書きました。通信は月光荘さんにもいつもお届けしていますが、先日、こんなメールが。

「昨日やっと いのみら通信 拝見。
こんな立派な紹介文など見たこともない。 オヤジさんと 誰にも負けない 本当に一体感があったのだと痛感しました。
血のつながりなぞ関係ない強い力ってすっごいー。オヤジさん幸せだったねぇ。」

メールをくださった方は、月光荘おじちゃんの娘さん。おじちゃんは私の父と同い年ですが、娘同士も、奇しくも同学年。こんなふうにいのみらを読んでいただけるこっちこそ幸せ。このメールをFBとかに書いてもいいですか、と娘さんにお尋ねしたら、即こんなお返事。

「思いもよらず スーさんに少しでも喜んで頂けたなんて 望外の幸せ。オヤジさんのいない今 その心の中をお伝えしただけです。
一番 顔クシャクシャにして うれしがっているのは オヤジさん。」

半世紀前のおじちゃんとのやりとりが、今は娘同士で続いている。娘さんの言葉のセンス、おじちゃんとそっくり!外はまだまだ寒いけど、私の胸はぽかぽかしています。

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2018年1月 1日 (月)

新年の、いとしいシクラメン

1712_2 いとしいシクラメン。10年以上前、七尾一本杉通りで年末セールの始まる前日、スウさんひとつどうぞ、としら井昆布のおかみさんからもらった小さなシクラメン。今年もけなげに咲いてくれました。

一人一人の力はちいさいけど、こうやって肩寄せ合って、言葉かけあって、いとおしみあって、今年もせいいっぱい生きていこう、と思います。
みなさまにもどうか新しい年が良い未来につながる一年でありますよう、こころから祈ります。

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2017年12月31日 (日)

ありがと、2017年

111230_ 2017年もあと残り5時間。

今年は50回ほど、各地の出前によんでいただきました。けんぽうのお届けのこともあれば、ちがうテーマのこともあるけど、いつもいつも思うのは、身一つで行くほうが、よぶよりずっとずっと簡単ってこと。なので、よんでくださった方たち、ほんとにありがとうとう!

来る年、少しでもよりよい年に、未来を感じれる年になりますように。していけますように。また、ちからをお貸しくださいね。
どうぞ、良いお年をおむかえください。

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2017年12月 4日 (月)

ココロ充電

Photo 週末は、たっぷりこころの充電。沢知恵さんの歌と言葉、高岡ひとのまの宮田隼さんのお話、きのうは鳥越のワンネスで、森要作さんと、写真を撮っている森栄喜さんとの、いとこ対談!

この4人に共通してるのは、自分の言葉でほんとうに思っていることを話してる、ってこと。だから、響くんだ。しみるんだ。

自分への愛をたやさない、ってこと、できるだけ大事にしてるけど、こういうのが、私の心への愛です。
またおいおいに記録メモだしていこう。

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2017年10月23日 (月)

おわかれしたけど、いっしょだよ。

ともだちのお母様がなくなられて、今日はまあさんとお別れにいってきました。

斎場にも。90歳こえたおからだの骨は、以外にも太い。ここは足。ここは腕。ここは背骨。ここはお顔。ここはのどぼとけ。

去年体調くずされてから、あたらしい年がむかえられるか、寒い冬は、花の季節は、暑い夏は越せるか、って日をかぞえながら、お誕生日も迎えられた。

母一人、子一人。最晩年のお母様は、そのともだちのいとしごちゃんみたいになられてた。

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日野原先生の「生きていくあたなへ」のご本の中で、先に亡くなられた奥様のこと、こんなふうに書いてらした。

「肉体がなくなってしまったということはやはりとてもさびしいものです。しかしその一方で、彼女の姿が、ますます、いやむしろ生きていたときよりも鮮やかになっているのを感じます。それが魂というものなのかもしれません。僕と妻は魂でつながって、実際に今の一緒に生きているように感じるのです」


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