2017年6月25日 (日)

V字カット

Photo 私のそそっかしさは、天下一品。ちいさなやけど、ちいさな切り傷、しょっちゅう。

先週も、植木バサミで枝を切るかわりに手のひらV字カット。
すぐお医者さんに行けない日だったので、とにかく流水でじゃーじゃー傷口を洗い、運良く家にあったリバーガーゼで、応急処置。翌朝、近くの病院にいって縫ってもらいました。8針。

夫が薪作業で指をケガした時にも行ってる病院。はじめていったけど、評判のいいわけがわかった。受付の人もナースさんも、みなとても感じがいい。ドクターもちっともえらそうじゃなくて、手のひらの麻酔注射、痛いけど勘弁してくださいね、なんて言ってくださる。

抜糸まであと数日。ケガしたとこ、濡らさないように気をつけてます。皮膚がふやけるし、細菌感染しやすくなるからね。

きもちよく病院に通える、ってうれしいことです。

そうそう、傷口を流水で洗ったことを、ナースさんにほめられました。というのも、紅茶仲間から、お身内の方が畑のハサミでケガされて破傷風になった話を聞いてたので、慎重にしなくちゃ、って思ったのです、たとえ庭の植木バサミでもね。

これから肌がむき出しになることの多い季節、どなたも、ケガや切り傷には十分気をつけてくださいね。

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2017年6月18日 (日)

紅茶姉妹旅

年に一度の、紅茶姉妹の旅。川越紅茶と京都紅茶と津幡紅茶の4人が、時間やりくりして一年に一回、お泊まりつきの旅をする。今年はそれを石川で。

その日が6月15日。え〜〜〜よりにもよって、なんでこの日なのお!!って、4人とも思った。スウさん、気になって楽しめないんじゃないか、って気にしてくれた。そこがわかってくれてる人たちだから、逆にこの日の旅が、忘れられない一瞬一瞬になるよ、って思った。

姉妹旅のコースはもう3年前に決めてた。白山ミントレイノでオルゴールの響きに身を浸すこと。鶴来のもく遊りんでピザをたべること。

176 ミントレイノさんのランチは前にもましておいしいかった。野菜の一つ一つが個人として独立した味をもってて、あまくて、みずみずしい。
4人でテーブルを囲み、まわりの緑を眺め、野菜を愛で、再会をよろこび、おいしいね〜と目を細め、次の瞬間には、もり/かけ/「共」の話。それを交互に、まったく自然にまったく同レベルでしてる。ああ、こころ許しあい、よわいとこも見せあってきた仲間たちだからこそ、こんな時間が持てる。そのことのしあわせをしみじみ感じたよ。

ランチのあとのオルゴールもいっそうよかった。一曲ずつ鳴らすのでなくて、今回は途中から、カノンとカンパネルラとストリートオルガンの「小さな世界」の響きとが重なりあい、オルゴールたちがシンフォニー奏でてるのを、半覚醒状態で夢見心地で身体中にしみこませてる感じ。
目が覚めたら、紅茶姉妹は口々に、からだがあつくなってきた!え〜〜どうしてこんなに足がぽかぽかするの?!と、自分の体の変化を感じておどろきの声をあげている。そう、それがスイスオルゴールの響きのちからなんだと思う。私も今回は特に、呼吸がとても深くできるようになった感じがした。176_2

夜ご飯のピザを食べながらも、車ではしりながらも、おしゃべりは続く。たがいの一年を語りあってそれを共有する、とっても濃いカンファレンスみたいな時間。
お泊まり会では深夜に、コッカイオンドク!も4人でしたよ。

翌日は21美へ。「タレルの部屋」で空をみあげながら、「♪紅茶姉妹」の歌も小声で4人で歌った。声が響いてきもちいい。
柿木畠に車をとめたから、こじさんによってこじどらをお土産に買い、もっきりやさんにもちょこっと寄ってマスターにごあいさつ(ここでね、15日にコッカイオンドクしたんだよ、それが17日の報道特集に出るから見てね、と言い)、ランチは前から予約していた東木さんで、11品目のもおいしいおいしいお昼ご飯。マメアジのからあげの美味だったこと!

3人を見送って近江町市場で買い物をし、真向かいのエムザ前でのコッカイオンドク!に参加。街宣車の上で、さなえちゃんの山尾しおり議員、たかしんさんの金田法務大臣の、国会質疑を聞く。

15日と16日、からだとこころとくらしとせいじとしゃかいとが、ぜんぶつながってると感じた姉妹紅茶旅の時間でした。


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2017年5月27日 (土)

貯蓄月間

Photo 消費月間と貯蓄月間。
いえ、かけい(家計)の話じゃありません。(加計とかいてカケ、と読む学校問題でもありません)

4月いっぱい、あたまとからだをつかいすぎてしまったら、月末に電池切れしました。ほんで、5月はエネルギーの貯蓄月間にしようと自らに宣言、ひたすら、充電につとめました。
とにかく家でよく休み、一度にいくつものことをしないようにし、たくさんの人と会う場所にもできるだけ行かないように心し。

ひと月かけて溜まった疲れは、回復するにも同じ時間がかかるのは当たり前、と思っていたので焦りはなかったです。しんしん(心身)ウォッチをしていろんなからだの変化に気づいたのもよい経験でした。

からだが緊張して、交感神経でっぱなしだと、寒さを感じなかったり、あくびがなかなかでないものなんですね。
あくびするの大好きな私としては、そのこともとても不自然に思えました。今日あたりからあくびがいっぱいでてきて、きもちいいです。

あくびは古い空気を押し出してあたらしい酸素をからだに入れることかな、と思ってたら、あくびは脳の温度をさげてくれる効果もあるんだって。脳幹にもとてもいい作用をするそうですよ。脳幹っていったら、生命維持装置のある大事な場所だよね。ならなおさら、もっと積極的に、堂々とあくびをしようっと。

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2017年3月11日 (土)

今月のちくちくせらぴー

2月3月、なんとこころのざわざわする日々の多かったことか。

マレーシアでキムさんが暗殺されたこと。その息子さんの39秒のメッセージがネットに流れたこと。
北朝鮮のミサイル4発発射のこと。

森友学園の、わけわからない国有地値引き取得問題。
幼稚園の子どもたちが、教育勅語を暗唱したり、運動会で「あんぽほうせいとおってよかったです」と声をそろえて言ってる場面も、目にするたびぞわぞわとこころが騒いだ。

森友学園理事長の辞任会見の途中で突然、速報として、南スーダン派遣の自衛隊を撤収させる、と流れた時も。
よかった!と一瞬思ったものの、なんであえて会見の途中にそれ発表する?
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こんな日々の私の特効薬は、ちくちくセラピー。
小さな湯たんぽ、冬中愛用してカバーがもうよれよれになってたので、新調しました。
それと、地味目な色の服の背中に、ちょびっとだけ、オリジナリティ。173_2

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2017年2月 3日 (金)

あいうべ〜〜〜。

風邪ひいてのささやき声から、なんとかふつうの声にもどったのは、声が出なくなってから6日目、という驚異の回復力。

これまではほぼひと月、あきらかに、スウさん、声どうしたの?といわれるかすれ声が続くのがふつうだったので、ちと驚いています。
といって、調子にのるといけないので、声の省エネにはつとめていましたが。

とにかく肺炎になったりしたらまずいので、今回はめずらしく、即、お医者さんにいきました。
娘が見てもらってた、大好きな小児科の先生で、内科も診てくださる、一家でお世話になってるホームドクター。でもここんとこ数年間、ごぶさたしてた。

一時は鼻水製造工場人間と化した私、鼻から出ず、痰としても出ず、ぜろぜろどろどろ、気持ち悪いの飲み込んじゃって、余計に気持ち悪い。
そんなどろどろが食道から胸のあたり満杯になってると想像するだに気持ち悪い。

「そうですねえ、風邪と戦った死骸が、いっぱいたまってますねえ。でも胃に入れば大丈夫です、胃酸は強いので悪いものはみんな胃で死んでしまいます。肺に入ると悪さをすることがありますが、ほぼ大丈夫です。肺炎になったら、熱がなかなかさがらないし、体がとってもしんどいのが続きます」と、ドクターがのたまう。

そうか、そのためにも、喉の筋肉を鍛えるための、「あーいーうーべー」体操(ベーの時は、おもいっきり舌を出すこと)を、サボらないで続けよう!って思ったぞよ。

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2017年1月14日 (土)

ひとのまの宮田さんのFBから

ひとのまの宮田さんが、映画をみた子どもたちの言葉と、そしてかつての少年のきもちを、こんなふうに書いてらした。
シェアさせてね、ってお願いしたら、どうぞどうぞ、と。そして紅茶にまた遊びに行きます、と。

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「わたしたちだって考えてる。」
映画不思議なクニの憲法を見終わったあとにこどもたちから出た言葉。

そう言えば僕もこどもの時にずっと心の中で思ってたなあと振り返る。
周りから立ち位置を勝手に決められている気がして、それが嫌なんだけど、
そうじゃないんだよ!と声を出しても通じない気がして。

きっと周りからは、どうせ何もできない子なんだから私たちが助けてあげなきゃ。なんて思われてたんだろうなあ。

ただ普通に話したくなった時に話せる関係があればそれだけでよかったんだろうと思う。
大げさにじゃなくね。

何なら話をしたいと思った時に相手から、
今忙しいから後にして!
って言われたとしてもよかったと思う。
いつか話せるから今じゃなくてもいいかーっていう安心感があれば。

話したくなった時に相手がその言葉を絶対聞き洩らさないぞ!ってな感じで前のめりに来られても嫌だったろうな。
やっぱいいやって。

あんまり僕もあなたも大差ないって思ってたんだよね。
僕だってあなたと同じように自分のこといっぱい考えてるし、他のことだっていっぱい考えてる。
別に特別に配慮もしてくれなくても大丈夫だから、普通にでいいよ。普通にで。
って写真のこいつは思ってたと思うんだよね。

そうだね。
じゃあおじさんはそれを忘れずにこれからやっていくよ。
少年の思い確かに受け取ったぞ。


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2017年1月 8日 (日)

ねばとろさん

ほぼほぼ草食動物の私。
それを実感したのは今から22年前。ふだんめったに食べないお肉をほんのすこし多めにたべたら(サッポロビール園のジンギスカン)、腸が消化できずに、お腹にガスがたまって、出るもの出なくて、気持ち悪いのなんの、痛みと違う意味での七転八倒。
以来、お肉を口にする時は慎重にしてます(なので、ステーキ、とんかつ、焼肉は苦手)。

それでも、お正月はお腹が重たくなる感じが毎年してた。お腹が張る、おもたくるしい、やな感じ。
うちの味付けは薄いのがふつうだけども、おせちの時は日もちさせるためもあって、いつもより少し濃いめになる、お砂糖もつかう、お肉も多少は使う。
それで松の内がおわるころには、お腹がなんとなくやな感じになるんだろうな。

で、今年は実験的に、おせちを食べる時、毎回さいしょにねばとろから食べるようにしてみた。たとえば松前漬の細切り昆布だったり、めかぶだったり、納豆だったり、とろろだったり、オクラだったり。
そのせいでか、今年のお腹は今日現在も軽いよ。

あ、それと足元冷やさないように、前以上に気をつけてる。冷えるのもお腹が張る原因の一つって思うから。
(前に、寒い日に、外で立ち話30分くらいしてたら、妙にお腹が張ってきたのだ、食べ物とまったく関係なしに)

141228_ 冷えるとやっぱり血管もキュッって縮むんだろう、それは多分、いいことじゃない。
なので、家ではパソコンするときの足元に、足湯たんぽが今年も欠かせません。
夜もお布団の中にいれとくと朝までぽかぽかです。
2年前に坐骨神経痛になったとき、私のからだメンテナンスの先生に教えてもらったすぐれものです。

便秘って、やだよねえ、からだのもだし、心の便秘もしんどい。
日頃からあっためて、ためないようにしませう、お互いに、ね。
きもちがしんどく重たくなった時、まっすぐの耳で聴いてくれるひとがいたら、それはあなたのこころを便秘させない、ねばとろさんです。

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2017年1月 3日 (火)

おだやかなお正月おだやかなきもち

Photo 石川のお正月、今年の空はとてもおだやか。一月はじめとは思えないくらいのあたたかさ。
まあさんと二人でこころおだやかな三ケ日をすごしました。
静かな分、普段はなかなかふりかえらない昔の日々を、想い出したりもして。

思えば金沢に来たてのころは、この年越しの時期がなんとも苦痛だったなあ。
大晦日のお寺で除夜の鐘をつきながら、ぼたぼた涙をこぼした年もあったなあ。
義父母との距離感がどうにもつかめず、彼の里にいっても、こころそこにあらずで。

今はよくわかる、それは相手にしても同じことだったろうと。
おそらく両親からすれば、私はとうてい理解不能な、いや、宇宙人にも匹敵するような、異端のお嫁さんだったろうから。

時の積み重ねはすごい。
どっちがどう、というよりも、互いが違うのは当たり前のことなんだ、
なんで!どうして!と苛立つよりも、そうか、そういうものなのか、と受け入れた時点から
とげとげするきもちが少しずつ薄らいでいったように思う。
そんなきもちを思い出すだけでも懐かしいくらいに、たくさんの時がたった、っていうことなのだね。

今回のお正月のようにこんな静かな暮らしがあって、きっとドトーみたいな日々もあって、
今年もまた、まあさんと二人三脚で歩いていこう。
ささやかな1pieceを今年も蒔いて歩きこう。
暮らしこそ守るに足るもの、と思うからこそ、それを奪おうとする大きな理不尽なちからに対しては今年も抗い続けます、私の場合はたぶん言葉で、もちろん非暴力で。

これまで出逢いをつないできてくれたひとたち、これから出逢うひとたち、
今年もどうかどうかよろしくおねがいいたしますね。

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2016年12月31日 (土)

ことしも、ありがとうございました。

Photo 今年一年、ほんとにいろんなとこに出前に行かせてもらいました。
きもちは、言葉をさがしている、だったり、ほめ言葉のシャワーだったり、そして一番多かったのが、けんぽうかふぇ。

そのけんぽうかふぇだけとっても、それは一つ一つの場に、呼ぼう、しよう、って声あげてくださった方がいたから、可能になったこと。
私、いっつも思うんです、行くほうがどんなに楽か、って。呼ぶほうが、ずっとたいへんに決まってる。
専門の学者でもなく弁護士でもなくテレビに出てる人でもない、そんな私を呼ぶために、特に個人でする主催者さんは、呼びかけやちらしづくりや声かけや、その日にたどり着くまでのいろんな段取りや準備や、
しなくちゃなんないことがいっぱいあるはずです。

憲法の講演会にきてください、ってだけじゃ、人は来てくれない。(あ、そもそも、私のは出前であって、講演じゃないけども)
なんか、工夫がいる。想いとか、熱意とか、がいる。
そういうものぜんぶひっくるめて、呼んでくれるひと、えらい!

私、どのけんぽうかふぇも一瞬一会のライブって思ってる。
12条のささやかな1pieceを、そこで蒔かせてもらう。

なんとうれしいことに、その種をちゃんと拾って、自分の畑に蒔いてくれる人たちが、少なからず、いるんですねえ。
その人がその地に蒔いた種が、まわりまわって、育って私んちに還ってくることもままあって、そんなブーメランが最高にうれしい、私の希望です。

希望を見出すのに、ますます努力のいる時代になってきたけど、諦めるのは、簡単だよ。
せばだばまいねびょん(それって、だめでしょ、の津軽弁)って思うから、すこし困難な道を、理想に向かってね、進んでゆきましょ。
来る年も、どうぞよろしくお願いいたします。



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ちいさな言葉の行ったり来たり

人の隙間を縫って通ろうとする時。自動振込の列で、後ろの人にだいぶ待たせちゃった時。急いで走ってすれ違いざまに肩がぶつかっちゃった時。
落としたものを拾ってくれた時、などなどの時に、ちいさな言葉が行ったり来たりする。

161116_1 あのぉ、すみません。お待たせしました〜お先に。あ、ごめんなさい!ありがとうございます!助かりました、などなど。
行ったり来たり、ってことは、こっちからの小さな言葉に、あっちから、またもっと小さな言葉や表情が還ってくる、ってこと。
それって当たり前と思ってたけど、ちかごろは、何の言葉も表情も還ってこない場合が、ますます多くなってきてる気がする。

マンション内での挨拶を禁止することがマンションの住民総会で決まり、その旨、告知することになった人が腑に落ちないきもちを神戸新聞に投書、と、中日新聞に載っていた。
小学生の子を持つ親から、知らない人に挨拶されたら逃げるように教えているので、マンション内ではあいさつをしないように決めてください、という意見が出て、年配の人からも「あいさつしてもあいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう」という声があがって、挨拶禁止、となったとのこと。

こっちから発して、あっちから還ってこないと、確かにちょっと、あれ?ってきもちに私もなるけど、
でも私、やっぱり言っちゃうな、コンビニで、郵便局で、電車のなかで、きっとこのマンションに住んでても。
それに、子どものいる場所はマンションだけじゃないもんな。
私が言わない一人になることは、還さない人をもっとふやすことだもんな。

夫が東京に行った時、電車に乗ってて、次降りま〜〜す、っていっても
入り口近くの高校生たちが一人も微動だにしなくて、声をかけかけ、そこをかき分けて進んでやっと降りた、って言ってた。
う〜〜ん、なんなんだ、これは。

小さな言葉の行ったり来たりは、call&response ってことだと思う。
私は、来る年も、ちいさな言葉を発する人、でありたいな。

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