2017年9月19日 (火)

沖縄と核

NHKスペシャル「沖縄と核」

https://www.youtube.com/watch?v=L6lc470LDj0&feature=youtu.be

映画監督の三上智恵さんが書いてらっしゃいます。

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いま沖縄と核
という注目のNスペ
見終わりました

まさに震撼
沖縄には1300発
核兵器が貯蔵されていたこと
はっきり報道してくれました

核兵器の持ち込みには
事前通告を義務付けたのに
沖縄だけは除外すると
岸信介が密約をし
沖縄に集中させたこと
残酷な政府の決断も改めて
怒り心頭

間違って那覇軍港で
発進させてしまい
1人死んでたこと

キューバ危機で発射直前まで
行った時の
兵士のインタビュー

撃てば、即座にソビエトが
沖縄を狙うのは明白、
沖縄が消えると思ったと
元兵士が涙ぐむシーン

内容、ほぼわかってたけれども、
それでも
息もできない50分でした

独立するしかないの?
日本の一部でいる限り
ずっと戦争の島で
標的の島で
い続けろというの?
ありえない

今も沖縄に核兵器はあるのか?
という質問には
アメリカ国防総省は回答しない、と。

あるに決まってるね
私の家の近くの
あの嘉手納には必ず

そして辺野古にもね

NHKきっかけ、というのは悔しいけど
沖縄県として
真相究明を政府に求めるべきだ
沖縄選出議員も!

県内紙もこのチャンスに
書くべきだ
核兵器撤去を
徹底して求める県民大会も
開こう

ふざけるな!

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三上さんが、このドキュメンタリーを見て、震撼した、とかいているように、見ながらなんども戦慄して震えた。

核兵器を中国にむけて沖縄から飛ばす命令をうけた米軍兵士は、自分が発射すれば、沖縄は打ち返され島が完全に消えるだろうと覚悟した。日本人の妻や子にも、もう二度と会えないだろうと。

キューバ危機の時に、日本の、沖縄で、本当に起きて
いたこと。
戦前も戦後も、どこまで沖縄は日本に、アメリカに踏みつぶされなければならないのか、そして、今現在もその構図は変わっていない。

監督も書いておられるように、沖縄に核
は、今もあると思う。

それにしてもNHKスペシャル、よくこの番組をつくってくれました!そして、こういう番組作れるのは記録がちゃんとアメリカに残っていたからだ。再放送、強く願います。
北朝鮮をさらにあおる今の内閣に、ぜひ、このNスペをみてもらいたいです。


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ぬえの支持率あっぷ

今朝のモーニングショーに出演の、香田洋二・元自衛艦隊司令官。

内閣支持率の上昇は、北朝鮮がいろいろしかけてくるからであって、首相の手柄ではない。勘違いしないように、と。

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2017年9月15日 (金)

小出裕章さん

こいでさんの文章、よませていただきました。

ご自由につかって、とのことですので、ここにも。

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2017/9/5 小出裕章

朝鮮民主主義人民共和国の核の件、皆さん冷静にならなければいけません。
朝鮮には熱出力で25メガワットのごく小さな原子炉しかありません。
京大原子炉実験所の原子炉は熱出力で5メガワットでした。
日本でも世界でも標準的な原子力発電所は100万キロワットです。
これは電気出力で、熱出力は300万キロワット、メガワット単位で示せば3000メガワットです。

つまり、朝鮮が持っている原子炉は、日本の原発の原子炉の100分の1以下という小さなものです。その原子炉を動かしてどれだけのプルトニウムができるかについては、昔計算して書いたことがあります。もう20年以上前のものですが添付します(注「核兵器に反対する物理学会の会準備会通信」第2号、1994年6月26日)
仮に朝鮮が原爆を作れたとしても、その数は知れています。
朝鮮戦争は1953年の休戦協定が結ばれただけで、未だに終戦していません。
その一方の当事国である米国は気に入らない国があれば、地球の裏側までも攻め込んで政権を転覆させる国であり、米国を相手に戦争中である国はハリネズミのようになるしかありません。俺は強いんだぞ、攻撃してくるならやっつけてやるぞと言うしかありません。

朝鮮が原爆を作ったということすら、私はいまだに懐疑的です。でも、マグニチュード6.1の地震をもし爆弾で引き起こすとすれば、通常の爆弾では無理です。本当に、先日の地震が自然のものではなく、人工的なものだとすれば、原爆だろうと思います。水爆を作るためには重水素が必要ですし、起爆剤としての原爆も必要です。そうした材料や技術を朝鮮が持っているとは、私は思いません。
ただ、問題は、そんなことではなく、朝鮮半島の分断を終わらせ、平和を回復することです。お互いに敵を威嚇することなどやってはいけません。朝鮮の分断に誰よりも責任のある日本は、まずそのためにこそ力を払うべきです。それなのに、米国の尻馬に乗り、「あらゆる選択肢がある」などと安倍さんは言うのですから気が狂っています。[ママ]
また、本当に危機だというなら、日本国内の原発をまず停止すべきなのに、地下鉄をとめてみたり、迎撃ミサイルを配備してみたり、警戒警報を出して見たり、ひたすら危機を煽ることだけやっています。ひどい国ですし、ひどいマスコミだと思います。
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2017年9月12日 (火)

支持率というヌエ。

内閣支持率上昇。北朝鮮はそれにすごく貢献してると思う。

「首相の人柄が信頼できない」という不支持の理由も、下がってる。

世論はやっぱり鵺だ。
勇ましい言葉に依存しない、隠されてることを見抜く目をもたないとね。

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2017年9月11日 (月)

22世紀に残すもの 渡邊智恵子さんのお話

9日のイベントの後半は、渡邊智恵子さんのお話と菅沼さんとのミニ対談。

智恵子さんはオーガニックコットンの「アバンティ」社長さん。2010年にNHKプロフェッショナルにとりあげられたとき、プロデューサーが智恵子さんにつけたネーミングが「社会起業家」。社会問題をビジネスによって解決する人、という意味だそう。

せっかくそういう名前をもらったら、それに恥じない生き方をしようと決めた智恵子さん。3・11のあとの6月に石巻の大指という漁師さんの町にいった。(智恵子さんをそこに連れていったのが、今回のイベント主催者の一人で、智恵子さんを師と仰ぐ赤坂友紀さん。もう一人の主催者は、コッカイオンドクのみゆきちゃん)

大指の集会所にあつまったおばちゃん、おばあちゃんたちに仕事作りを提案した智恵子さん。「グランマのクリスマスオーナメントづくり」。アバンティのコットンで、手縫いで、クリスマス飾りをつくる手仕事。「男並みに働いてきたんだよ、こんなごつい手で縫いもんできるかねえ」と口々にいってた漁師のかあちゃんたちが、やがて、針と糸を手にかざりものをつくりはじめる。笑顔が生まれる、それが仕事になっていく。

パワーのある声、おおきな笑顔。するどい直感とこれまでの経験から、今、ここ、から始められることは何か、アバンティとして手伝えることは何か、をすかさず見抜いて実行していく智恵子さん。すご〜〜い人だけど、えらそうにしないとこがなお素敵なひとでした。

智恵子さんと親しい菅沼さんが金沢に転勤になったこと、智恵子さんが別の講演で金沢にみえること。この機会をすかさずキャッチしておふたりのトークの場をつくってくれた友紀ちゃん、みゆきちゃん、ありがとう!

「22世紀に残すもの」の映像、どうぞごらんください。
その時私はもういないけど、未来が想像できれば「今」が見えてくる、という言葉。インディアンのひとたちが、7世代先のことを思って暮らしたような生き方を、私も見習いたい、残したい。あとたった83年で22世紀だもんね。

智恵子さんの声には、ちからがあります。大きい、って意味だけじゃなくてね、ひとの心にとどく、ひとのこころを動かす、ひとを励ますちからのある声。それって、智恵子さんがほんとに思ってることを言葉にして声にだしてるからだって、思う。

多くの人から、そのパワーはどこから?と聞かれる智恵子さん(わかるわかる)。そうか、自分の元気ってあたりまえじゃなくて、奇跡なんだ。ならばこの元気を人のために、世の中のためにつかおう、って思ったんだって。使命は、いのちを使う、と書く。そんなふうにいのちをつかっている智恵子さんなんだね。出逢えて、うれしかったです。

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22世紀に残したい。菅沼さんのお話から。

Photo 9日、金沢のシナジースペースでひらかれた、「本物の新聞を22世紀に残したい!3.11後の使命」、オーガニックコットン「アバンティ」の渡邊智恵子さんと、この7月に北陸中日新聞の代表になられた菅沼堅吾さんの対談イベント。

私は日々、北陸中日を定期購読者として読んでるけど、そのトップの方から、菅沼さんご自身と新聞社の理念・信念をじかに聞くことのできた、とても貴重な時間でした。
(中日新聞の東京版が東京新聞、名古屋中日、北陸中日、日刊県民福井、が系列新聞。全国紙じゃないけど、一つの県だけの地方紙とも違う、ユニークな立ち位置の新聞、発行部数はあわせて300万)
今やネットで、情報が無料で手にはいる時代になったけど、あらためて新聞の役割ってなんだろう?ネットとどう違う?新聞の存在意義ってこと、いっぱい考えさせられたよ。
菅沼さんのお話からーー
新聞は、権力を監視して私たちに知らせる役目、権力ウオッチの代行が大切な仕事の一つ。
でも新聞の役割って単なる情報産業じゃない、市民の声の代弁業、市民の活動紹介業、市民の応援団、世直し業って面も持ってる。
菅沼さんは金沢の前は東京に。3・11の時は東京新聞の編集局次長さんだった(事実上の日々の新聞をつくる責任者)。
3・11は、東京新聞の大きな転機になった。
何を一番大事にするのかが問われたあの時。毎夕、28ページの紙面が真っ白なとこからスタートした。
ふだんなら、政治面、経済面、社会面、と記事が集まって新聞ができていくけど、あの時は、どこに何をおくか、ゼロから考えるという初めての経験をした。
誰のために書くのか、誰を守るのか。最も弱い人は誰だ。赤ちゃんだ。いのちだ。それを守るのが新聞の役目。だから、お母さんの声を聞こう、お母さんの知りたいことを書こう。
それまで、ともすれば政治を大きくとりあげていたけど、人びとを重視しよう、デモのものすごいエネルギーを伝えよう、民衆のちからを信じよう、それを記事にしよう、と。
もう一つの大きな転換点は、12・6。特定秘密保護法が通った日。
これって報道と弁護士だけにかかわることと思われてるけど、そうじゃない。
新聞は知る権利への奉仕者。政府が発表したいことをどこより早く、ではなく、隠そうとしてることをスクープすることが、新聞の唯一の存在理由だと思う。
「戦争の最初の犠牲者は真実」という言葉がある。民主主義の安程装置としての新聞を残したい。
東京新聞や中日新聞は、脱原発と9条の平和主義を守る、これはゆるがない。
今、何をいわなきゃいけないか、読者の反感かっても、いわなきゃならないことを伝えること。フェイクニュースの反対語として、誠実に仕事をしていきたい。
あなたの声をしっかり、踏み込んできかせていただいて、あなたがされている社会に意味のあることを、どう発信していったらいいかを考えたい。
市民がつぶやいたことを取り上げれば、その共鳴をひろげられる。そのためにも、記者ひとりひとりとどうぞよくつきあってくださいね。
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菅沼さんのお話、聞けてよかったです!
新聞って、まさにふだんの努力で、私たちの自由と権利を守る、つまり、12条するのが仕事。
その新聞が私たち市民の活動を応援する。私たちもそういう新聞を応援する。その行ったり来たりが必要なんだなってあらためて。
私、新聞社のまわしもんじゃないけど、こういう理念でつくられてる新聞を、とりわけ若い人たちにもっと読んでもらいたいなあ、って思ったよ。

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2017年9月 5日 (火)

シネマdeクッキングハウス

どんぐりさんのあとは、調布のクッキングハウスへ。着いた時は「不思議なクニの憲法」リニューアル版上映会の、前半がおわってちょうどティータイム中でした。後半を、メンバーさんたち、見にいらしたお客様たちと一緒に見ました。

松田はったんも娘も、この映画のドイツ上映会の報告会に参加してるので、その報告を簡単に娘から。

去年、デュッセルドルフでこの映画をみた、日本人のドイツの大学の先生が4つの大学でのリレー上映会をしてくださったこと。
上映会に来たドイツの学生さんたちは、映画をみて感じたことをたくさん言い、日本からドイツ留学してきてる学生さんはほとんどなにも言わない、と松井監督が言ってらしたこと。

映画がおわって、夕ご飯しながら交流会&感想シェアリング。
憲法のこと、知らなくてもそれを責められることなく、一緒に学んでいけるクッキングハウスという場、メンバーさんたちお客様たちの一言ずつを聞きながらここで上映会できてよかったな、って思いました。

松浦さん、「私たちは憲法25条をもっているのだから、メンバーさんたちに、ちゃんと生活保護とりましょう、憲法を日々、使いましょうって言ってるんです、憲法なしに私たちの暮らしは考えられないんです」と。

私は、安部さんが9条に3項をかきこもうとしてるけど、それは単に書き加えるということじゃないよ、9条の持つこれまでの意味、武力行使しません、戦争しません、をなきものにしてしまう意味があることを伝えました。この映画ができたのは去年11月なのでね。
そしてダニーさんの、「しかたがない、という言葉をつかわないでほしい」という言葉と、高畑勲さんの「ぼろぼろの平和を繕え」という言葉を、あわせて紹介しました。
けんぽうぶっくの中の「みるく世がやゆら」の朗読も。

娘はこの日の最後に、こんなふうに。
「小さい時から自分の意見を持つように育てられるドイツでは、意見がちがってあたりまえ。そこから議論がスタートする。
かたや、はみでないように、めだたないように、意見がちがわないように、という日本。
でもそれを優先させると、意見は育たない。違う意見の中から、共通するもの、同じものを、ほんとは見出していきたいのに。
みんな同じ意見じゃない方が健全な社会じゃないかなって思います」

そして最後の最後に、メンバーのKさんが「スウさんとまいさん、9条マニアっていうの?なんかすご〜く楽しそうで、天の岩屋をおもわず開けてみたくなっちゃうような、そんなきもちにさせてくれるのがいいな、って思いました」と言ってくれて、全員爆笑!!9条マニアかどうかはわからないけど(笑)、天の岩屋発言はとってもとてもうれしかったよ!

映画会が終わってから、松浦さんが「今日来てくれて本当にありがとう。おとといのミサイル発射でメンバーたちの不安がもう限界になってたから、こうしてみんなで映画見て、語りあえて、みんなどんなに安心したか」と言ってくださいました。

おしまいは、クッキングハウスらしく、歌で。クッキングハウスの数え歌を、楽しくみんなで歌い、踊りました!12月22日のクッキングハウスの30周年でも、もちろん歌われる歌です。

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どんぐりの木さんで、よりみちかふぇ

8月最後の日、東京駅から千葉の稲毛に直行して、かふぇどんぐりの木さんのよりみちカフェに、娘と一緒に寄り道させてもらいました。

8月のテーマは、戦争、そして私たちの暮らし。集まった15、6人は、30代から80代まで、年代いろとりどり。

87歳の男の方は、小学5年生の12月8日に戦争がはじまって、先生がその日、世界地図をだして、ここはイギリス、ここはフランス、ここはオランダの植民地と説明してくれたことを。相手がとりにこようとしてきたのだから、日本は生きるために、自衛のために戦争をした。その戦争を今も否定しない、と。

40代の男の方は、戦争はとても身近、日本の進んだ技術が軍事に利用されて、その利益が税金になってる。我々の暮らしはどこかの国の戦争によって成り立ってるんだ。そうでしょ?と。

戦争中にお母さんのお腹の中にいた人は、幼い頃からなぜか飛行機の音が怖くてたまらないという話を。

この夏のNHKの特集番組を見た人が何人もいて、インパール作戦や731部隊のこと、満蒙開拓団のこと、軍は民をまもらないこと、戦闘より餓死した兵士が多かったこと、上のものは責任をとらないこと、いろんな言葉が自由にでました。

私は、前の日にNHKあさイチできいたばかりの、イスラエルのダニーさんの言葉を。

そして、自分とは違う意見を聞きながら、いろいろと考えたよ。日本の技術が武器になり、その利益が暮らしに還元される、そういうシステムがあり、それを利用したい人たちがいるとしても、そのシステムをたくさんの無数の人が支えるということがあってはじめて、それは成り立ってくもの。既成事実をそのまましかたないとのみこんで、黙認して、しらずしらず支えてる側になるのはいやだな、って思った。

と同時に、それぞれの正当性をぶつけあうだけだと、それこそ争いになっちゃうね、とも。

よりみちかふぇはよい学びを重ねてる場だなあ、と思う。いつもベテラン弁護士の高子先生が参加してくださってて、この日も、1931年段階で、満蒙は日本の生命線と位置づけ、侵略の道を進んでいったこと、説明してくださいました。
10月はよりみちかふぇのフィールドワークとして、靖国神社をガイドしてもらうそうです。

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2017年8月30日 (水)

今朝のあさイチ

NHKあさイチで「戦争はイヤ!子どもと考える」と番組欄に。もとからこの日にこれを放送するつもりだったというから、すごいしんくろ。

でも大事な機会。今の小・中学生たち、昔の戦争のことはよく知らないけど、今の、戦争になりそうな世界の緊張のことは自分ごとと感じてる。
子どもたちにお話してくれた二人の外国のひと。
イスラエル人のダニーさん。高校でたら全員が兵役につく。教室にはられていた「国のために死ぬのはすばらしい」という言葉。
訓練の時にいつもこう言われた。君がこの戦闘機をつかいこなせばイスラエルの子どもたちが毎晩安心して眠れる。
当然のように戦いに加わってた。
でものちに、パレスチナの空爆で、たくさんの子どもたちが一度に死んだことを知った。
軍隊の友人にきいたら、しょうがなかった、と。そこから考え始めたダニーさん。
しかたなかった、しょうがない、この言葉だけはつかわないでほしい。そこで考えがストップしてしまうから。
過去をみれば、しかたがない、は戦争の引き金。
一人で考えない、誰かと話しあってみて、仕方がない、と言わずに。
シリア出身のマンスールさん。6年前までアレッポの大学で教えていた。
2011年、政府と反政府で内戦がおこり、同じ国のもの同士、家族でも兄弟の間でも、それぞれ違う軍隊に入り、敵となって戦った。
他国もISも加わって数十万人が亡くなった。
「家族が被害にあったら、悲しいけどがまんするしかない。やられたらやりかえす、だったら、私が誰かの家族を殺すことになる。
連鎖はきりがなく、戦争になる。殺すか殺されるかだったら、自分は殺されることを選ぶ、加害者になるよりは被害者になる」
戦争解決請負人の伊勢崎けんじさん。
戦争は何も解決してくれない。ものごとを解決する手立てにはならない。(伊勢崎さんの経験から、それははっきりしてることなんだ)
最初の目的、大義は、戦争が長引くうち、もうどうでもよくなる、どちらも勝てるとおもってはじめるのでずるずる。
やめたくてもやめられない、みんな疲れてやめたいのに銃を下ろそうと言えなくなる。
どうやって戦いをやめさせることができたのですか、の問いには、「罪に問われない」「社会復帰できる」ことを約束する。
それがこわくて、やめようといえないのだ、と。
とにかくまず、戦争しない、が大前提、そこから始めなければ、と。
番組をみてた子どもからのメール。「憎むことをやめてほしい。武器をおいてほしい」
今の戦争を自分ごとにこどもたちが感じてる今こそ、おうちで話しあってほしいなあって思った。
しかたないよ、どうにもならないよ、という言葉をつかわずに。
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今日の午後1:00から、BS3で映画「博士の異常な愛情」が。これも前からきまってた放映。
核兵器を愛してやまない博士がそのボタンを押す、というスタンリーキューブリックの古い映画ですが、今見るとめっちゃおそろしそうだ。

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スタンディングの場面で

遠くに住む大好きな友だちが、いのみら通信を読んでメールくれました。

彼女は駅前スタンディングをお仲間たちとずっと続けてる人です。
 ーーー先月、駅前スタンディングで、「子どもたちに、戦争しないと決めた憲法を、変えず、加えず、壊さず、伝えたい」プラカードを掲げていたら、突然、男性が手にしたステッキを振り回し、「私が攻撃したらどうするのか」と。
激しい目でした。
私は「話しあい、逃げます。」と答えました。攻撃的な発言が続きましたが、私は笑顔で応じました。「軍隊は国を守る。国民は守らない」ことには、かなりの抵抗がありました。
 いつの間にか二人の男性が私の傍らに。通り過ぎる知人も、怪訝な顔。私はさりげなく、身辺安全確認。
ステッキ男性が通り過ぎると、傍らの男性二人は、創価学会を批判する流れの新聞を配布中と説明。私の身を案じて、盾になってくださった由。
 
スタンディングの場所でそんなことがあったんだ!
これは武勇伝じゃない、ほんとのほんとのこと。彼女はステッキおじさんと、真正面から、平和に対峙した。
盾になってくれたおじさんたちは創価学会に異をとなえる人たちだったんだね、、、
私だったら、、ととっても考えた。
でもやっぱり話しあいます。怖いけど、勇気だして、私も。

ーーー「物騒」をかもす空気が加熱することなく、平温で、平和を侵食することを恐れます。
物騒を醸す空気がヒートアップしていくと、平和を侵食する。この表現、すごくわかる!
あんなのやっつけてまえ!という空気が、全体をつつむことを、それが全体のきもちになることを、私もおそれます。
餓死させないと、と知事が発言した時は、それが全体にならなかった。そう思わないたくさんの人たちが声をあげたことで。
メディアもそれをとりあげたことで。
この国のトップのひとには、危機感が、自分への支持率の栄養かも。
危機感は、国民のきもちをひとつにまとめるのにすごい役割をはたす。
ことさら煽るのはそのためか。
煽られることなく、乗せられることなく。全体主義にのみこまれない私でありたいと思う。

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