2018年3月20日 (火)

滋賀にお届け

滋賀県生協連のピースイベントにお話にいってきました。コープしがをはじめ、大学生協とお仕事場での生協などを一つに束ねた組織です。

ほめ言葉のシャワーから平和へ、というタイトルで、もろ憲法のおとどけ、というのではないのだけど、かわいいちらしの案内文に、「一人一人が大切にされる社会のこと、くらしに身近なけんぽうのこと お話ししませんか」という言葉があったので、おくばりした折り紙をつかって早速アンケート調査を。

身近な、って書いてあるけどほんとのとこ、どうだろう。あなたと憲法との距離感を、この折り紙で表現してくださいませんか、遠いとかんじていたら自分の胸から離して。結構近いとかんじていたら、胸のそばにつけて。
多くの方が、かなり離した位置で折り紙をみせてくれました。

うんうん、それが普通と思うんです。憲法がちゃんと機能してるなら、遠くったってちっともかまわない。意識しなくっていい。でもね、今の状況見る限り、ほんとは近いものなんだって感じといてもらわないとね、国民投票もとおくなっちゃうからね、それは困る!

最後の最後に、もう一度、距離感チェックの折り紙アンケート。たぶんほとんどの方が、はじめよりずっと、ご自分と憲法との距離がちかづいてました。うんうん、行った甲斐あり。うれしいです。

この日は、10代の時に紅茶にきてた翼くんが今は京都在住で、娘さんと一緒にきてくれてました。出前を終えてから、少人数でお茶の時間。去年秋にコープしがの組合員活動で私を呼んでくれた乾さんたちもまじえて、翼親子とも一緒に放課後しました。

乾さんは翼くんをおぼえていました!20年前に金沢で、学校に行ってる子と行ってない子7人(全員10代)がパネラーになって、「学校って何?」というシンポジウムをしたのですが、その実行委員長が翼くん、当然彼もパネラーでした。そういえば乾さん、そのシンポジウムに参加してくれてたんだったねえ。20年ぶりの再会@滋賀県を、おおいによろこんだ私たちでした。

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写真はリュウキンカ。庭にあちこち、この金色の花が次から次へとさきはじめています。

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2018年3月11日 (日)

滋賀におとどけ

1727 3月17日 滋賀県生協のピースイベントで南草津に行きま〜〜す。

「ほめ言葉のシャワーから平和へ」と題して、一人一人が大切にされる社会のこと、くらしにみぢかなけんぽうのこと、お話させてもらいます。わたしたちの憲法が、この先どのようにかえられようとしてるかについてもね。

2:00〜4:00 @草津市立市民交流プラザ5階 (JR南草津駅東口すぐのフェリエ南草津)
最初に人形劇「せんそうの記憶」があって、私の話は2:20から。

無料ですが、要お申し込み。滋賀県生協平和活動委員会tel:077−518−0072
(月〜金 10時から5時までの間にお電話を)

南草津のフェリエには、一昨年の6月、図書館つながりの方たちがよんでくださいました。
駅からすぐ、車でなくてもいきやすい場所。滋賀県にはこれで三年連続うかがってますが、主催者さんが、すこしずつ重なりながら毎回違うのがおもしろいところ。
関西にお住いのかた、お時間ゆるせばどうぞいらしてくださいませ。

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2018年3月10日 (土)

ミニけんぽうとーく。明日は投票日

エミスペースにて、月曜から金曜までの日替わりメニューのミニお話会。最終回のきのうは私の番で、「私たちと憲法」というテーマで小一時間お話させてもらってきました。

みなさんと憲法の距離感、ってどのくらい?と最初にといかける。
今の憲法の主語は「わたしたち」なので、わたしたちはきっともっと堂々と憲法のことしゃべって、かたって、みじかに感じて、いいんだよね、っていつも思ってる。

あたらしい県知事を誕生させようと思う人たちがいれかわりたちよってくれて、かわいらしいスペースは満員になりました。
街宣のあいまにちょこっとこくらエミさんもよってくれて。

愛知の大学にいってるという学生さんが、期日前投票で石川にもどっていて、ツイッターでこの場所を知った、といってとびいり参加してくれました。

明日投票日。選挙に行きます!大事な12条する。

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2018年3月 5日 (月)

佐久へお届け

3月2日から今日4日まで、佐久でおはなしさせてもらってきました。

2日は御代田(みよた)。「スウさんから聞く憲法の話」の通しタイトルで、午前は、「ほめ言葉のシャワーから平和へ」と題して、ほめしゃわのワーク入り、憲法ちょびっとバージョン。子育て中のママたちにむけて(といってもシニアの方もかなり参加)。
午後は「いまこそみんなで考えたい 改憲問題と国民投票について」(通しで参加される方も)。
3日は望月で「憲法のこと、ふつうに話そう 暮らしのことだもの」

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4日は佐久穂で「私たちを生かす憲法 私たちが活かす憲法」ここでもおもいのほか、子育て世代が多くて、年齢層はばひろっ。

あわせて4つの場所でのおはなし会。

北陸新幹線が通って長野がちかくなり、けんぽうぶっくが出てから長野でお話した回数をかぞえたら、昨日の佐久穂のをいれて、ちょうど25回となりました。こんな県、ほかにないなあ。

4つの場所の、中心になる人はみなちがうけど、根っこでつながっているので、前の日の主催者さんが翌日の裏方さんや保育担当になったり、主催者ゆえに落ち着いて聞けなかったから別の日に話を聞きにきてくれたり。若い人たちがメインのおはなし会の場をつくり、それをシニアさんたちがあたたかくみまもっている、そんなぐるぐるがとてもここちよい出前旅でした。

初日は御代田の山本さんご夫妻のお宅に、2日目は佐久穂の織座農園さんで、お泊まりさせていただきました。


このすてきな看板は、今回のおはなし会のいいだしっぺのれいこちゃんと、ほづみさんと、のんちゃんのコラボ作品。けんぽうぶっくのティーちゃんもコトリもいます。初日と3日目の会場を飾ってくれてました。183_2

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2018年2月11日 (日)

うすき その4。

うすき その4。
2月3日の午後。うすき9条の会でお話。お茶会という気楽なスタイルで、元気力ネットワークからも近い市浜コミュ二ティセンターにて。

奥田さん、上村さん、ウエムラブレッドさんでのお話会からハシゴしてる若いママ。元気力の総会から続けて参加の方々も何人か。

うすき9条の会、といえば、間接的に出会ってた私。おととし、姫路?での出前けんぽうかふぇでどなたかが、「安保と今夜の晩ごはん」という冊子をプレゼントしてくださってた。
日々のごはんを考え、いそがしく生活していて、テレビのニュースも気になりながら時がすぎ、子どもだった自分はいつのまにか戦場に送られて、今夜のわがやの晩ごはんは何だろう、、と想像する、といった内容ではなかったかと。

安保法制により、解釈で集団的自衛権を使えるようにしてしまった憲法の危機を、自分ごとに感じるすぐれた冊子でした。それを作ったのがうすき9条の会、と記憶してました。
でもその冊子を見た時は、うすきを臼杵と書くことも知らず、よもや自分がその街にくる、なんて思いもせなんだ!

どこもそうかと思うけど、9条の会の方々はみなさん、よく勉強してらっしゃる。弁護士さんや憲法学者さんのお話をいっぱい聞いている。
なので、ただの個人である、専門家でない私が話すことはおそらく知識としてはご存知のことばかり。それでも、あ、こんな伝え方があるのか、とか、そういうとらえ方もあるか、って知っていただけたらうれしい。無関心な人を責めるよりも、そんな人たちに関心をもってもらえる工夫が、たくさん勉強して知ってる人にこそ、求められてると思う。

安倍さんの9条3の自衛隊明記のことも。ここは、コッカイオンドクよろしく、奥田さんに福島みずほさんになってもらって予算委員会の代表質問のせりふを読んでもらいました。安倍さんは9条の1項2項はそのままで3に自衛隊を明記するだけ、といってるけど実は、ってあたり。

福島みずほさん
「安倍総理は、予算委員会の私の質問に対する答弁で、「憲法9条1項2項の解釈を変えて、集団的自衛権の一部を行使できるようにしました。そのままです」と答弁をしました。

ね!多くの人が思ってる「そのまま」と、安倍さんの「そのまま」は全然意味が違ってるってことが、明白です。2015年9月からの憲法9条は安倍さんの中では完全に前の9条とは違ってる、ってこと!

ふりかえり一言タイムでは、
・13条と12条がセット、という考え方が新鮮。
・平でなければ伝わらない。
・これまで、9条9条ばっかりだった。
・9条のことしか知らなくて13条はじめて知った。
3場所ハシゴのママは
「スウさんと会って、自分の言葉発するってこわくないことなんだと思った。聞こえない、見えないふりをしないで五感を使って12条していきたい」と。

うすきではどの会場でも、個人の私が、参加されたみなさん一人ひとりと出逢えた、感があってそれもうれしいことでした。
そうそう、コッカイオンドクを路上で実践されたというご夫婦も参加してくださってました!

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うすき その2

うすき その2。

臼杵に移りすんで一年半の上村さん、パン屋さんでのおはなし会の呼びかけ文をどうしよう、ってすごく考えたそう。
私が何してる人かの説明よりも、4年前に名古屋のオーガニックカフェ空色曲玉さんで話を聞いた上村さん自身が、こんなきもちがした、あんなきもちがした。その人が、このパン屋さんに来ます。みたいな、呼びかけ文。

「その時は、どんな方でどんなお話しをされるのか全く知らずカフェへ行きました。それで席に着いてお茶を飲みながらふわ〜っと耳を傾けているうちにいつのまにか頷いている自分。そしてまた涙も流れていた自分。
それから約1年後、名古屋からスウさんの住む石川県津幡町へ家族と共に行きました。スウさんを囲む空気を感じてみたかったからです。そして、そこで34年続く「紅茶の時間」に参加しました。
そこでもやっぱりいつのまにかフムフム頷いていました。それから今日になるまでずっとそのフムフムは続いています。。。
そのフムフムは毎日の生活の至る所にヒントがあるみたいでたまにちらりと登場します。わたしがわたしを大事にする、無理をしないし、卑下しない。
わたしのことどんな風に伝えたらいいかな...わからない。どうしよう。でもね、「だいじょうぶよ」ってスウさんなら言ってくれそう!なんて淡い期待を永らく勝手に思いながら今回の再会です。
当日、どんな風になるのかは来てからのお楽しみです。もちろんウエムラも参加します」

わ〜〜、なんて「私メッセージ」な呼びかけ文!自分の気持ちを主語にして書いてる。それに加えて、日時、参加費、ランチ情報、文の最後に、私が「紅茶の時間」をしてること、書いた本の題名。
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2月2日。
これを読んできてくだったパンやのお客さんやお店に初めて来た方、15人。お店の壁をぶちぬいた畳のお部屋は満杯。
(壁をこわしたのもつい最近とのこと、このおはなし会が畳の間のおひろめでもあったそうです)

ランチしながらの3時間枠。ゆっくりと紅茶のこと、コミュニケーションはきもちのキャッチボールだよね、のワークショップやほめシャワワークや13条のうたや。
みなさんとのふりかえりシェアリングタイムもとれて、ぴったり3時に終了。

終わってからの放課後タイムで、あの呼びかけ文、実は賭けだったんです、と上村さん。

今は名前だけですぐ検索できる時代。スウさんのページひらいたら憲法とかすぐでてくるけど、それだけでとらえてほしくなかった。
その枠だけで判断されて敬遠されるのもやだし、日頃から活動してる人ばかりでこの空間が埋まるのも、望まない。
だからあの呼びかけ文になったのだと。

個人が、個人のきもちを表現し、それをみた個人が、足を運んでくださった。決して便利とはいえない場所にあるウエムラブレッドさんをさがして。
(ほんとだよね、憲法の〇〇さんも原発の△△さんも存在しないのに、検索して簡単に決めつけてほしくないよね。ひとって、活動だけでできてるんじゃないから)

15人の顔ぶれ、さまざま。奥田さんも参加。0歳の子のママも参加。大分市でカフェを開いてる方は、お店をおやすみにして来てくださったという。
こういう場で、個人と個人がたしかに出逢う、ってのがこれからますます大事な時代だと思う。
ウエムラブレッドさんのパンランチもめっちゃ美味しかった!薪ストーブもあったかかったよ。

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うすきにお届け その1

2月1日から4日まで大分県の臼杵(うすき)に行ってきました。3つの場所でお話をさせてもらったのだけど、この旅で私が感じ取ったキーワードは、「個人」でした。

個人からはじまる、一人ではじめる、自分で考える、「個」を持った自分/わたし/あなた、一人と一人とがつながっていく。

そういう個々があつまっての社会がある一方で、個が消された集合体としての社会もある。その図をふっと想像した時、私はどんな社会で生きていきたいかなあ、ってことを、帰りの道みち、考えました。

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去年の秋ごろ、うすきの奥田さんという方がお電話で私の予定をきいてくださった。まったく知らない方です。うすきにも9条の会があってそこで話してほしいこと、元気力ネットワークうすき、という集まりでも話してほしいこと。それをお約束して、臼杵行きがきまりました。
1月にはいってからだったか、うすきにいる間に、ウエムラブレッドというパン屋さんでもお話してね、となって、快諾。うすきのパン屋さんに知り合いはいないので、どんな人かなあ、と思っていたら、お電話がかかってきた。

スウさ〜〜ん、ウエムラタカコです。4年前に名古屋の空色曲玉さんでお話きいて、その翌年、紅茶の時間を家族で訪ねて、今は臼杵に住んでパン屋しています。

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臼杵にいる間の3日間のおやどは、ゲストハウス臼杵屋。古い一軒家をつかいやすく改装してあって、なんともおちつく。
近くの八町大路(はっちょうおうじ)という古い通りにある農民カフェをひらいている方が、このお宿もしている。お宿を仕切るのはそこの19歳になる娘さん。彼女も東京下北沢の農民カフェをてつだっていたけど、高校を卒業してから、両親のいるうすきに移住してきたという。奥田さんの友人がこのおもしろいお宿を紹介してくださった。

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八町大路は、コンビニのない古い商店街。
1600年の創業というカニ醤油さんは、当時の建物が今もつかわれている。ちなみに、カニ、は岐阜県にある可児、と同じ字。カニという名前は、美濃のお殿様といっしょにこの地に移り住んだご先祖さんの苗字。
味噌、醤油のうられている店内にはカフェスペースもあって、はちみつホットかぼジンジャーがおいしかった(大分はかぼすの産地)。

182 古いレジの横にあるカニ醤油さんのおことわりの文章が、なんとも楽しい。この写真の52年後のご本人もお店ではたらいておられました。


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2018年2月 5日 (月)

臼杵から、ただいま。

4日間の大分、3つの出前の旅からもどってきました。臼杵ってとこ、大好きになりました。はじめてお逢いする方たちがいっぱい、きもちが何度も共振しあって。アーサービナードさん、ダニーネフセタイさん、とつながってる人たちとも会えて。

今朝は大分でもちょっと雪。
雪がふりよる、とかわいいアクセントでいうんだと知りました。
みなさん寒がってたけど、私はさほど感じず。さすが北陸暮らしも長くなり、あったか地方で暮らす人とは体感温度がきっと違うんだね。

うすきのことは、また追って。

大分から羽田までは飛行機。新幹線に乗る前、娘と東京駅なかカフェで3時間、親子で紅茶の時間もできちゃった、というおまけ付き。

182 写真は、臼杵の八町大路(はっちょうおおじ)という通りにある、1600年に創業の可児(カニ)醤油屋さん。古いおうち、古いお店がよく生かされてる町でした。

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2017年12月14日 (木)

地元の中学校にお届け

Photo 地元の中学校一年生さんに、人権講座でお話に行きました。でも、
話のなかで「人権」という単語をつかったのは一度だけ。

どんなひとも、身の丈に認めてもらいたいと願って生きている、ってことを、漢字でかくと「人権」っていうのだけど、このたった2文字でいったとたん、「じんけん」が、急にどこか遠いとこ行っちゃう気がするから、私はいつも、長くなるけど、こういうことにしてるんだよ、と。

ひとは誰でも、身の丈に認めてもらいたいと願って生きているんだよ。私もそうだし、あなたもそうだよ、ほかの誰ともとりかえがきかない存在なんだよ。そのためには、私が私を大切に思うこと、あなたがあなたを大切に思うこと。
誰かから無視されたり、踏んづけられたり、ほかにいくらだって替えがいるんだよ、なんて言われたら悲しいのはあたりまえ。自分が大切にされたいのと同じように、ほかの人だって大切にされたいんだからね。その行ったり来たりが大事なの、必要なの。

秋に小学校にお話に行った時もだけど、今回ももちろん、月光荘おじちゃんの話をしました。15歳の時に出逢ったおじちゃんから、私が、わたしの存在まるごと、認めてもらえたこと。
スウさんは数学とか体育とかめちゃめちゃ苦手、だから数学と体育の点数だけで私って人間をはかられたら、私ちっともいいとこない、すごくダメな人になっちゃう。
地上から見える木の花や実だけじゃない、人間っていうのは、見えない根っこの部分があってこそまるごとの、その人なんだからね。

月光荘という場所で数日前に月光荘おじちゃんのこと話してきたばかりだっただけに、いつもより詳しく、富山県生まれのおじちゃんのこと話しました。月光荘というお店の名前をつけてくれたのが、与謝野晶子さんという有名な歌人さんだったこと。彼女が戦争にいく弟さんのことを「君 死に給うことなかれ」と詩に書いたことも。戦争の時代にそういう詩を書くってとても大変なことだった、ってことも。

国語の授業で与謝野晶子さんを習うのは2年だそうです。来年、彼女の名前が授業で出てきた時に、この日のこと、想い出してくれるといいなあ。

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2017年12月11日 (月)

月光荘おはなし会②

月光荘おはなし会では、15歳の私がはじめて月光荘という場所にいって、目が星になっちゃった時のきもちを、真っ先に語りました。

心揺れる少女の時代に、私をちゃんと見てくれている人がいる、と確信できたこと。おじちゃんが私を、何ができるできないで決して評価せず、まるごとのBeで認めてくれたこと。
おじちゃんが心底、感心したような口調で私にかけてくれた「おまいさんは、おもしろいなあ、、、!」という言葉は、あの日から50数年たって私自身が、はじめておじちゃんに会った時のおじちゃんの年齢になった今も、私の心のなかで生き続けていること。そして何より、紅茶の時間の原点は、おじちゃんが私にしてくれたことの中にあると発見した時のおどろき。

おじちゃんのつくる月光荘新聞(お店のカタログ、包装紙にもなる)のお手伝いをさせてもらって、おだちんを頂いた時のうれしさと誇らしさ(確か千円札何枚かをちり紙につつんで、「おだちん」と書いて手渡してくれた)。自分のすることが誰かの役にたっているという、それは大きなよろこびでした。

年がいくつ違っても一緒に仕事するものとして、おじちゃんが私をリスペクトしてくれていたこと。おじちゃんの仕事への情熱、老いても心の炎もやして働く職人の魂。そういったものを、若い日の私がまじかに見れたこと。そんな一つ一つが、話しながら限りない感謝になってあふれました。

おはなし会で語ったことはほぼ、月光荘の本「人生で大切なことは月光荘おじさんから学んだ」の中におさめさせていただいた文章だけども、文字で伝えるのと言葉でじかにみなさんのお顔見ながら伝えるのとでは、やっぱり違う。こんな機会をいただいたことって、なんてありがたい。

その本には、私も知らなかったことがいっぱい。戦争中に書かれた戦争絵画は、すべて月光荘の絵の具で描かれていたこと。絵の具のご縁でおじちゃんはマッカーサーにも直に会っていること。続きを読みたい方は、どうか「人生で大切なことは、、、」のご本をよんでくださいね!(紅茶本屋さんでもまとめて取り寄せます)。

おじちゃんと私の父が同い年生まれで、おじちゃんの娘さんと私は一つ違いで、おじちゃんも私の父も、GHQのケーディス大佐と会って居たことなどなど、本のおかげではじめて知ったことでした。

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師走のいそがしい中、いらしてくださった方達、ありがとう!膝がつきそうな近さで語らせてもらえたこと、うれしかった!

何十年ぶりに会えたメディアの方や、私が本をかくきっかけをくれた橋本さん、はったんさん、金沢からもどったばかりの落合さん、小松のキルトのさよこさん、きやさん、京都紅茶のかつこさん母娘、京都にいるはずのぽこちゃん、クマ園長さん、お名前あげきれない方々。月光荘の本を作りたい!と企画を出してくれた貴子さん、それを実際に本のかたちにしてくれた産業出版センターの、もうひとりの貴子さん。

そして私の大好きな家族、まあさん、娘、娘のパートナーのせいちゃんとも一緒にこのおはなし会の時間を共有できたことが、とてもとてもしあわせでした。
本を読んだ娘が言ったこと、おじちゃんのしてきたすばらしい仕事の数々はおじちゃんの Doの部分、ママはおじちゃんのBeの部分を文章にしたんだね、と。

さよこさんが撮ってくれた写真、みんなの笑顔がいいなあ、奥にはかつこさん母娘もいて、こいのぼりはドドさんの作で。

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