2018年2月11日 (日)

うすき その4。

うすき その4。
2月3日の午後。うすき9条の会でお話。お茶会という気楽なスタイルで、元気力ネットワークからも近い市浜コミュ二ティセンターにて。

奥田さん、上村さん、ウエムラブレッドさんでのお話会からハシゴしてる若いママ。元気力の総会から続けて参加の方々も何人か。

うすき9条の会、といえば、間接的に出会ってた私。おととし、姫路?での出前けんぽうかふぇでどなたかが、「安保と今夜の晩ごはん」という冊子をプレゼントしてくださってた。
日々のごはんを考え、いそがしく生活していて、テレビのニュースも気になりながら時がすぎ、子どもだった自分はいつのまにか戦場に送られて、今夜のわがやの晩ごはんは何だろう、、と想像する、といった内容ではなかったかと。

安保法制により、解釈で集団的自衛権を使えるようにしてしまった憲法の危機を、自分ごとに感じるすぐれた冊子でした。それを作ったのがうすき9条の会、と記憶してました。
でもその冊子を見た時は、うすきを臼杵と書くことも知らず、よもや自分がその街にくる、なんて思いもせなんだ!

どこもそうかと思うけど、9条の会の方々はみなさん、よく勉強してらっしゃる。弁護士さんや憲法学者さんのお話をいっぱい聞いている。
なので、ただの個人である、専門家でない私が話すことはおそらく知識としてはご存知のことばかり。それでも、あ、こんな伝え方があるのか、とか、そういうとらえ方もあるか、って知っていただけたらうれしい。無関心な人を責めるよりも、そんな人たちに関心をもってもらえる工夫が、たくさん勉強して知ってる人にこそ、求められてると思う。

安倍さんの9条3の自衛隊明記のことも。ここは、コッカイオンドクよろしく、奥田さんに福島みずほさんになってもらって予算委員会の代表質問のせりふを読んでもらいました。安倍さんは9条の1項2項はそのままで3に自衛隊を明記するだけ、といってるけど実は、ってあたり。

福島みずほさん
「安倍総理は、予算委員会の私の質問に対する答弁で、「憲法9条1項2項の解釈を変えて、集団的自衛権の一部を行使できるようにしました。そのままです」と答弁をしました。

ね!多くの人が思ってる「そのまま」と、安倍さんの「そのまま」は全然意味が違ってるってことが、明白です。2015年9月からの憲法9条は安倍さんの中では完全に前の9条とは違ってる、ってこと!

ふりかえり一言タイムでは、
・13条と12条がセット、という考え方が新鮮。
・平でなければ伝わらない。
・これまで、9条9条ばっかりだった。
・9条のことしか知らなくて13条はじめて知った。
3場所ハシゴのママは
「スウさんと会って、自分の言葉発するってこわくないことなんだと思った。聞こえない、見えないふりをしないで五感を使って12条していきたい」と。

うすきではどの会場でも、個人の私が、参加されたみなさん一人ひとりと出逢えた、感があってそれもうれしいことでした。
そうそう、コッカイオンドクを路上で実践されたというご夫婦も参加してくださってました!

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あ、そもそもなんで私がうすきに行けることになったのだったか。謎だったんです。

奥田さんが、元気力ネットワークの総会に誰をよぼうかしら、ってネットワークの会員でもあるウエムラブレッドさんに相談したら、即、スウさんがいい!って強力なご推薦があったのだとか。移住して来て一年半のウエムラさんだけど、奥田さんとのおつきあいのなかで、ウエムラさんがそんなふうに思う人なら、って躊躇なく、私を呼ぶ決心をしてくださったのだそう。なんと大胆な、ねえ。

でもね、そこがうれしいんです、肩書きや知名度でよんでくれたんじゃないとこが。一個人として、私をよんでくれたことが。そのおかげで、ウエムラブレッドさんでもお話できたことが。

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うすき その2

うすき その2。

臼杵に移りすんで一年半の上村さん、パン屋さんでのおはなし会の呼びかけ文をどうしよう、ってすごく考えたそう。
私が何してる人かの説明よりも、4年前に名古屋のオーガニックカフェ空色曲玉さんで話を聞いた上村さん自身が、こんなきもちがした、あんなきもちがした。その人が、このパン屋さんに来ます。みたいな、呼びかけ文。

「その時は、どんな方でどんなお話しをされるのか全く知らずカフェへ行きました。それで席に着いてお茶を飲みながらふわ〜っと耳を傾けているうちにいつのまにか頷いている自分。そしてまた涙も流れていた自分。
それから約1年後、名古屋からスウさんの住む石川県津幡町へ家族と共に行きました。スウさんを囲む空気を感じてみたかったからです。そして、そこで34年続く「紅茶の時間」に参加しました。
そこでもやっぱりいつのまにかフムフム頷いていました。それから今日になるまでずっとそのフムフムは続いています。。。
そのフムフムは毎日の生活の至る所にヒントがあるみたいでたまにちらりと登場します。わたしがわたしを大事にする、無理をしないし、卑下しない。
わたしのことどんな風に伝えたらいいかな...わからない。どうしよう。でもね、「だいじょうぶよ」ってスウさんなら言ってくれそう!なんて淡い期待を永らく勝手に思いながら今回の再会です。
当日、どんな風になるのかは来てからのお楽しみです。もちろんウエムラも参加します」

わ〜〜、なんて「私メッセージ」な呼びかけ文!自分の気持ちを主語にして書いてる。それに加えて、日時、参加費、ランチ情報、文の最後に、私が「紅茶の時間」をしてること、書いた本の題名。
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2月2日。
これを読んできてくだったパンやのお客さんやお店に初めて来た方、15人。お店の壁をぶちぬいた畳のお部屋は満杯。
(壁をこわしたのもつい最近とのこと、このおはなし会が畳の間のおひろめでもあったそうです)

ランチしながらの3時間枠。ゆっくりと紅茶のこと、コミュニケーションはきもちのキャッチボールだよね、のワークショップやほめシャワワークや13条のうたや。
みなさんとのふりかえりシェアリングタイムもとれて、ぴったり3時に終了。

終わってからの放課後タイムで、あの呼びかけ文、実は賭けだったんです、と上村さん。

今は名前だけですぐ検索できる時代。スウさんのページひらいたら憲法とかすぐでてくるけど、それだけでとらえてほしくなかった。
その枠だけで判断されて敬遠されるのもやだし、日頃から活動してる人ばかりでこの空間が埋まるのも、望まない。
だからあの呼びかけ文になったのだと。

個人が、個人のきもちを表現し、それをみた個人が、足を運んでくださった。決して便利とはいえない場所にあるウエムラブレッドさんをさがして。
(ほんとだよね、憲法の〇〇さんも原発の△△さんも存在しないのに、検索して簡単に決めつけてほしくないよね。ひとって、活動だけでできてるんじゃないから)

15人の顔ぶれ、さまざま。奥田さんも参加。0歳の子のママも参加。大分市でカフェを開いてる方は、お店をおやすみにして来てくださったという。
こういう場で、個人と個人がたしかに出逢う、ってのがこれからますます大事な時代だと思う。
ウエムラブレッドさんのパンランチもめっちゃ美味しかった!薪ストーブもあったかかったよ。

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うすきにお届け その1

2月1日から4日まで大分県の臼杵(うすき)に行ってきました。3つの場所でお話をさせてもらったのだけど、この旅で私が感じ取ったキーワードは、「個人」でした。

個人からはじまる、一人ではじめる、自分で考える、「個」を持った自分/わたし/あなた、一人と一人とがつながっていく。

そういう個々があつまっての社会がある一方で、個が消された集合体としての社会もある。その図をふっと想像した時、私はどんな社会で生きていきたいかなあ、ってことを、帰りの道みち、考えました。

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去年の秋ごろ、うすきの奥田さんという方がお電話で私の予定をきいてくださった。まったく知らない方です。うすきにも9条の会があってそこで話してほしいこと、元気力ネットワークうすき、という集まりでも話してほしいこと。それをお約束して、臼杵行きがきまりました。
1月にはいってからだったか、うすきにいる間に、ウエムラブレッドというパン屋さんでもお話してね、となって、快諾。うすきのパン屋さんに知り合いはいないので、どんな人かなあ、と思っていたら、お電話がかかってきた。

スウさ〜〜ん、ウエムラタカコです。4年前に名古屋の空色曲玉さんでお話きいて、その翌年、紅茶の時間を家族で訪ねて、今は臼杵に住んでパン屋しています。

あ、あの上村さん!それにしてもなんで臼杵なの?
聞けば、移住するときの決定ポイントは、奥田さん。そのあたりに越したいなあと思っていた時、上村さんが親しくしているアーサービナードさんに移住のきもちを伝えたら、それならうすきに奥田さんっていう人がいるよ、と紹介してくれたのだという。

上村さん、アーサーさん、奥田さん、と固有名詞がつながっていくおもしろさ。

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臼杵にいる間の3日間のおやどは、ゲストハウス臼杵屋。古い一軒家をつかいやすく改装してあって、なんともおちつく。
近くの八町大路(はっちょうおうじ)という古い通りにある農民カフェをひらいている方が、このお宿もしている。お宿を仕切るのはそこの19歳になる娘さん。彼女も東京下北沢の農民カフェをてつだっていたけど、高校を卒業してから、両親のいるうすきに移住してきたという。奥田さんの友人がこのおもしろいお宿を紹介してくださった。

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八町大路は、コンビニのない古い商店街。
1600年の創業というカニ醤油さんは、当時の建物が今もつかわれている。ちなみに、カニ、は岐阜県にある可児、と同じ字。カニという名前は、美濃のお殿様といっしょにこの地に移り住んだご先祖さんの苗字。
味噌、醤油のうられている店内にはカフェスペースもあって、はちみつホットかぼジンジャーがおいしかった(大分はかぼすの産地)。

182 古いレジの横にあるカニ醤油さんのおことわりの文章が、なんとも楽しい。この写真の52年後のご本人もお店ではたらいておられました。


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2018年2月 5日 (月)

臼杵から、ただいま。

4日間の大分、3つの出前の旅からもどってきました。臼杵ってとこ、大好きになりました。はじめてお逢いする方たちがいっぱい、きもちが何度も共振しあって。アーサービナードさん、ダニーネフセタイさん、とつながってる人たちとも会えて。

今朝は大分でもちょっと雪。
雪がふりよる、とかわいいアクセントでいうんだと知りました。
みなさん寒がってたけど、私はさほど感じず。さすが北陸暮らしも長くなり、あったか地方で暮らす人とは体感温度がきっと違うんだね。

うすきのことは、また追って。

大分から羽田までは飛行機。新幹線に乗る前、娘と東京駅なかカフェで3時間、親子で紅茶の時間もできちゃった、というおまけ付き。

182 写真は、臼杵の八町大路(はっちょうおおじ)という通りにある、1600年に創業の可児(カニ)醤油屋さん。古いおうち、古いお店がよく生かされてる町でした。

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2017年12月14日 (木)

地元の中学校にお届け

Photo 地元の中学校一年生さんに、人権講座でお話に行きました。でも、
話のなかで「人権」という単語をつかったのは一度だけ。

どんなひとも、身の丈に認めてもらいたいと願って生きている、ってことを、漢字でかくと「人権」っていうのだけど、このたった2文字でいったとたん、「じんけん」が、急にどこか遠いとこ行っちゃう気がするから、私はいつも、長くなるけど、こういうことにしてるんだよ、と。

ひとは誰でも、身の丈に認めてもらいたいと願って生きているんだよ。私もそうだし、あなたもそうだよ、ほかの誰ともとりかえがきかない存在なんだよ。そのためには、私が私を大切に思うこと、あなたがあなたを大切に思うこと。
誰かから無視されたり、踏んづけられたり、ほかにいくらだって替えがいるんだよ、なんて言われたら悲しいのはあたりまえ。自分が大切にされたいのと同じように、ほかの人だって大切にされたいんだからね。その行ったり来たりが大事なの、必要なの。

秋に小学校にお話に行った時もだけど、今回ももちろん、月光荘おじちゃんの話をしました。15歳の時に出逢ったおじちゃんから、私が、わたしの存在まるごと、認めてもらえたこと。
スウさんは数学とか体育とかめちゃめちゃ苦手、だから数学と体育の点数だけで私って人間をはかられたら、私ちっともいいとこない、すごくダメな人になっちゃう。
地上から見える木の花や実だけじゃない、人間っていうのは、見えない根っこの部分があってこそまるごとの、その人なんだからね。

月光荘という場所で数日前に月光荘おじちゃんのこと話してきたばかりだっただけに、いつもより詳しく、富山県生まれのおじちゃんのこと話しました。月光荘というお店の名前をつけてくれたのが、与謝野晶子さんという有名な歌人さんだったこと。彼女が戦争にいく弟さんのことを「君 死に給うことなかれ」と詩に書いたことも。戦争の時代にそういう詩を書くってとても大変なことだった、ってことも。

国語の授業で与謝野晶子さんを習うのは2年だそうです。来年、彼女の名前が授業で出てきた時に、この日のこと、想い出してくれるといいなあ。

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2017年12月11日 (月)

月光荘おはなし会②

月光荘おはなし会では、15歳の私がはじめて月光荘という場所にいって、目が星になっちゃった時のきもちを、真っ先に語りました。

心揺れる少女の時代に、私をちゃんと見てくれている人がいる、と確信できたこと。おじちゃんが私を、何ができるできないで決して評価せず、まるごとのBeで認めてくれたこと。
おじちゃんが心底、感心したような口調で私にかけてくれた「おまいさんは、おもしろいなあ、、、!」という言葉は、あの日から50数年たって私自身が、はじめておじちゃんに会った時のおじちゃんの年齢になった今も、私の心のなかで生き続けていること。そして何より、紅茶の時間の原点は、おじちゃんが私にしてくれたことの中にあると発見した時のおどろき。

おじちゃんのつくる月光荘新聞(お店のカタログ、包装紙にもなる)のお手伝いをさせてもらって、おだちんを頂いた時のうれしさと誇らしさ(確か千円札何枚かをちり紙につつんで、「おだちん」と書いて手渡してくれた)。自分のすることが誰かの役にたっているという、それは大きなよろこびでした。

年がいくつ違っても一緒に仕事するものとして、おじちゃんが私をリスペクトしてくれていたこと。おじちゃんの仕事への情熱、老いても心の炎もやして働く職人の魂。そういったものを、若い日の私がまじかに見れたこと。そんな一つ一つが、話しながら限りない感謝になってあふれました。

おはなし会で語ったことはほぼ、月光荘の本「人生で大切なことは月光荘おじさんから学んだ」の中におさめさせていただいた文章だけども、文字で伝えるのと言葉でじかにみなさんのお顔見ながら伝えるのとでは、やっぱり違う。こんな機会をいただいたことって、なんてありがたい。

その本には、私も知らなかったことがいっぱい。戦争中に書かれた戦争絵画は、すべて月光荘の絵の具で描かれていたこと。絵の具のご縁でおじちゃんはマッカーサーにも直に会っていること。続きを読みたい方は、どうか「人生で大切なことは、、、」のご本をよんでくださいね!(紅茶本屋さんでもまとめて取り寄せます)。

おじちゃんと私の父が同い年生まれで、おじちゃんの娘さんと私は一つ違いで、おじちゃんも私の父も、GHQのケーディス大佐と会って居たことなどなど、本のおかげではじめて知ったことでした。

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師走のいそがしい中、いらしてくださった方達、ありがとう!膝がつきそうな近さで語らせてもらえたこと、うれしかった!

何十年ぶりに会えたメディアの方や、私が本をかくきっかけをくれた橋本さん、はったんさん、金沢からもどったばかりの落合さん、小松のキルトのさよこさん、きやさん、京都紅茶のかつこさん母娘、京都にいるはずのぽこちゃん、クマ園長さん、お名前あげきれない方々。月光荘の本を作りたい!と企画を出してくれた貴子さん、それを実際に本のかたちにしてくれた産業出版センターの、もうひとりの貴子さん。

そして私の大好きな家族、まあさん、娘、娘のパートナーのせいちゃんとも一緒にこのおはなし会の時間を共有できたことが、とてもとてもしあわせでした。
本を読んだ娘が言ったこと、おじちゃんのしてきたすばらしい仕事の数々はおじちゃんの Doの部分、ママはおじちゃんのBeの部分を文章にしたんだね、と。

さよこさんが撮ってくれた写真、みんなの笑顔がいいなあ、奥にはかつこさん母娘もいて、こいのぼりはドドさんの作で。

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月光荘おはなし会①

月光荘画廊の画室2でのおはなし会は、午後と夕方との2回。そのどちらにも、ちょうど20人くらいのお客様がおみえで、ちっちゃな椅子にすわって、ちょうど1時間の話を聴いていただきました。

おはなし会以外の時間は、画室をくぎる扉があいていて、まるで部屋中が月光荘博物館のよう。
おじちゃんの写真や最初のお店の写真、高峰秀子さんがドアを押す写真や、ふるいふるい月光荘新聞や、ドドこと小園江圭子さん(「この広い野原いっぱい」の詩を書かれた方)作のぬいぐるみや、月光荘おじちゃんがはじめてコバルトブルーの油絵の具を作った時の、画家たちからのお祝いメッセージの原画、、、などなど。

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私の月光荘バッグ3つも飾らせてもらいました。
左から、50年前のショルダーバッグ。一緒にアメリカ大陸横断した時の旅の相棒。
真ん中はA3の紙がすっぽり入るお稽古バッグ、私のお話出前の時の相棒。
右は10数年前に買ったリュックにもショルダーにもなるバッグ。能登半島のアップリケつけて、脱原発のデモの時、よくこれで街を歩きました。

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2017年11月27日 (月)

小浜にお届け

26 日は小浜へ。敦賀まで特急、そこから小浜線にのりかえて。
ガッタンゴーがったんゴー、キュルキュルキュル、と音をたて、時々ボボ〜〜〜っと叫ぶ、なつかしい電車の旅。

おはなし会の前に、主催者さんにお願いして、中嶌哲演さんがご住職をしておられる明通寺さんに連れて行ってもらいました。
1200年前からのお寺。お寺の境内のなかを小川がとおり、せせらぎの音がやさしい。やわらかい色合いの紅葉、ゆずりはの木、500歳のカヤの木。
国宝にも指定されている美しい三重の塔。本堂の建物もすばらしかった。

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こんなに古い、有名なお寺のご住職が、30年以上も前から、原発に対してきちんと意思表示を続けてこられたって、すごいなあ、、、。哲演さんはこの日、富山の方に講演に行かれてお会いできなかったけど(その代わり、前の日にうたごえの会場でごあいさつできた)、前々から一度うかがいたいと思ってたお寺なので、うれしかったな!

午後のおはなし会。育つ会のおかあさんたちが中心になってよんでくださいました。若い人も、子育て中らしいママたちも、参加してくれてたのがよかったなあ。

兄の話や月光荘おじちゃんの話、はやらない紅茶のこと、3つのきくー聞くと聴くと訊くーのこと、doとその土台としてのbeの話。beのいいとこ見つけのこと。

このままのわたしで生きてていい、ってなかなか思えない社会のこと。そういう社会をつくっているひとかけらである、わたしが、目の前のひとをどう大切にできるか。
その人に見えてないその人のいいところ、やっぱり言葉にして伝えていきたい。自分で自分のことって、なかなか見えないものだから。

わたしはわたしを、大切とおもっていい。あなたもあなたを、大切と思っていい。その大切さは行ったり来たり。これが憲法13条の謳っていること。

「13条のうた・ほかの誰とも」はプレイヤーがなぜか動かなくて、アカペラで。その分、音楽に気をとられないで、言葉がすっとはいってきましたよ、ですって。

みなさんが出してくださった、たくさんの「いわれてうれしかった言葉」を聞きながら、自分からもそれを発信していこう、って感じてもらえたら、小浜によんでいただいた意味があるって思えます。

私にとっても、とてもいい時間をすごせた1日でした。小浜名物?のカレー焼き(大判焼きみたいなのの中にカレーが入ってる、初の味!)、帰りの電車のなかでぱくつきました。おいしかった!


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2017年10月12日 (木)

辰口の小学校へ

辰口中央小学校でお話させてもらいました。

我が家でしている紅茶の時間のこと。
自分のきもちを話して、聴いてもらい、受けとめてもらうことは、きもちを(とき)放すこと。とき放たれないと、こころは便秘しちゃう。

その人にみえてない、その人のいいとこを見つけたら、言葉にして伝える、それが紅茶の時間をしてる私の大事な役割。小さなことでも、あ、いいな、好きだな、って思ったら伝える。お世辞でもおだてともちがう、ほめ言葉のシャワーをかける。

だれもが身の丈で、そのまんまで、認めてもらいたいと願って生きてる。そう感じる言葉をだれもがかけてほしいと願ってる。

何ができる、これができる、だけで、点数だけで、人間をはかってほしくありません。
たとえば私、算数と体育だけで点数つけられたらすっごく困っちゃう!(どっちも苦手だもん)。

何かができる、がんばる、100点取る、という目に見えるDoの土台には、目にはみえないけど、そこにただ、その人がいる、っていう Beが、確かにあるんだよ。その人の笑顔や、きどらなさや、まっすぐさや、安心感や、おもしろさなどなど、どれも、Beのいいとこ。

白板に、木の絵を描きました。花が咲いて、実も成ってる木は、外からもよく見えるけど、土の中に張って伸びてる根は、見えない。だけど根もあってこその、木。私たちもおんなじだよ。

「ほめ言葉のシャワー」の最後の言葉、「あなたは他の誰ともとりかえがきかない」は、実は、日本国憲法の13条で言ってることと同じだった。「個人として尊重される」の「個人」とは、一人一人がみんな、名前も顔もきもちも違うってこと。一人ひとり、違うことが不思議ですてきだってこと。

1710_3 「ほかの誰とも 13条のうた」を歌うまえに、「みんなおなじ でもみんなちがう」の絵本を、子どもたちに見てもらいました。あさりもお豆もしょうがも梅ぼしも、みんな同じだけど、ひとつひとつみんな違うんだよね。

校長先生の終わりのごあいさつがすてき。
「辰口中央小学校の紅茶の時間みたいな時間でした。話を聞く前と聞いた後で、自分の中でかわったところがあります。これからは根っこもよく見ていきたいと思いました」と。

4、5、6年生のみなさん、1時間体育館にお山座りで、お尻痛くなかった?寒くなかった?お話きいてくれてありがとね。
耳の不自由なお母さんがわかるよう、手話通訳の方たちに感謝。たくさんの保護者さんたちも、授業参観のあとお残りくださってありがとうございました。

話してる私もなんだかぽかぽかの気持ちになりました。学校に呼んでくださってありがとうございました。

そうそう!「みんなおなじ でもみんなちがう」の絵本、学校で買ってくださることになったみたいですよ!


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2017年10月10日 (火)

塩尻にお届け

8日、コッカイオンドク@110SHOW(この様子は、参加してた美由紀ちゃん、ちずるさん、さなえちゃん、がそれぞれ素早くアップしてくれてました)のあと、松井匡さんによる、経済学の視点からアベノミクスを問うお話、それから新幹線にのって塩尻へ。

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9日は、35年になる塩尻子ども劇場さん主催、午前が話、ランチ交流して午後がワークショップ、というプログラム。

「ほめ言葉のシャワーから平和へ」と題して話すのは、今年4月の穂高以来でした。
もろ憲法ではなくて、紅茶の時間やほめしゃわから最後に13条、12条。13条の幸福追求権の意味をみなさんに感じてもらいたいと思いつつ平らに語ったことが、みなさんの心にすとんと落ちたみたい。

ひとことシェアリングででた言葉たち。

*語り口調がよかった、講演きいてるっていうより、なんかカウンセリングしてもらってるみたいだった。
*こんなふうにはっきりと、あなたは大切な存在、って言われたことないからもう、、、血が巡ってしまった。
*声からマイナスイオンがでてる(ん?)、森林浴してるみたいなきもち。
*長く生きてきたけど、こんなにやさしいきもちにしてもらえるなんて。
*憲法の話もあるってきいてたから構えていたのに、すーってはいってきた。
*憲法ってこれまで漠然としてたけど、日常生活とつながってた。子育てしている中で、12条を織り込むべきって思った。
*地域でお年寄りサロンをひらいてる。みなさんがいっぱいいっぱいおしゃべりする、それは自分を解き放す場所だったんですね。
*お話のなかできいた13条が、歌で聞いた時にもっとすとんって、はいってきた。
*13条がいらないっていう人が議員になるのはこわいな!!

贈りものの言葉のリレー場面では、あ、それ書いたの私です、っていって、自分の人生のうれしかった瞬間をおすそわけしてくれる場面もあり。

こども劇場さん主催だけど一般の方も参加。若いママもお子さんと一緒に参加してくれてて、年齢幅、広かった。

子劇の子どもたち、レジメを折ったり、もぎりをしたり、午後のワークの間は同じお部屋の中の子どもたちテーブルで静かにお絵かき。おとなの時間を大切にしてくれて、とても助かりました。

松本からゆかりさん(本屋さん係してくれた)、伊那から戸枝さん母娘も参加。思えば10数年前、戸枝さんが生協の子育て講座で呼んでくれたのが、長野県とのはじめてのご縁でした。ほんとに、「確かな出逢いには、ありがとうがいっぱい」です。塩尻子劇のみなさま、ありがとうございました。

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写真は、午後の部でお見せした「みんなおなじ でもみんなちがう」の絵本。個人として尊重される、の13条が、草案では「個」が消えて「人として」に変わっているけど、それって、ひとりひとりの違いを認めず、10ぱひとからげの人、で括られる、ということ。大津の乾さんがプレゼントしてくれた絵本です。


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