2018年12月12日 (水)

岐阜におとどけ

120307_ 今日は岐阜の子ども・若者相談支援担当者研修会でお話してきました。今年2月に大雪とバッティングしていけなかったので、2度目の正直。しかも、前はひと枠の90分だったのに、今回はなぜかそれが倍の2枠。でもそのぶん、ゆったりとおはなしとワークショップができました。

テーマは「SST」です。去年依頼を受けた時は人違いかと思った。だって私、 SSTの専門家じゃないもの。クッキングハウスで学んだSSTはこの17年あまり実践してるけど、人におしえることはできない。一緒にしてみて、クッキングハウスのSSTってこんなに楽しいんだよ、誰にでも役にたつ、コミュニケーションの具体的なスキルなんだよ、って一緒に感じてもらうことなら。そう確認させてもらった上で、お引き受けし、今日の会場でもまっさきにそのこと、いいました。行政の方と、民間の方と、いろんな方が参加されてた。わかい職員さんもいっぱい。

紅茶してる中で、私が学ぶ必要性にせまられたこと。いろいろなとこに勉強にいって、クッキングハウスが私の”学校”だとおもったわけ。きもちのいいコミュニケーションは練習すれば誰でも身につくもの。紅茶と別枠で、コミュニケーションの練習をする時間をはじめたこと(もう13年余りになる)。

クッキングハウスでならったほめ言葉のシャワーのワークショップを、わたしなりにアレンジしてお話の出前先ではじめたこと。そのワークからあずかった言葉たちが、「ほめ言葉のシャワー」の冊子になったこと。娘が書いた「あなたはほかの誰ともとりかえがきかない」から、13条の発見のことまで。

SSTで大事な、「わたしメッセージ」。上から目線で相手を非難したり責めたりする「あなたメッセージ」は、練習の必要ないくらいほとんどのひとが得意(笑)だけど、自分を主語にして相手も自分も大事にしながらきもちを伝えるには、やっぱり練習が必要。
そんな「わたしメッセージ」は、私からすると「平らに話す」ってこと。憲法のお話に行くときも、日常も、紅茶でも、たいらにはなすことが、私にとっての「わたしメッセージ」の応用。それは相手を尊重することでもあるんです。

休憩後の90分は、きもちボールやしあわせまわしやほめシャワのワーク、贈りものの言葉のリレー、そしてふりかえりのシェアリングタイム。2枠の3時間をいただけたことで、あせることなくのびのび語れて、具体例もたくさんお伝えできて、みなさんもいっぱいわらって、時に涙して。

私自身とっても楽しんで解放された。そうだねえ、ここんとこ、緊張と興奮?の日々がつづいてたから、今日はごほうびのリラックスタイムのようでした。帰りの特急しらさぎでは完璧に爆睡。それであたますっきり、これ書いて、寝ます。

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2018年12月 7日 (金)

那覇のゆかるひさんで

1812 ゆかるひホールでのおはなし会。20人弱の方があつまってくださった。巨大な国家権力と対峙してる方もいるだろう、那覇のブックカフェで、憲法の話って。いったいどこまで伝わるだろう、響くだろう、という怖れももちながら、語ったよ。

13条と12条をかたりながら、13条がもっとも踏みにじられてる地で、ふだんの努力の12条をずっとずっとしてきてる沖縄のひとたち。
私の12条する、の一例として、県知事選の翌朝のテレビウォッチのことを。朝8時台の全国ネットのワイドショーで、どの局も沖縄県知事選について一切とりあげなかった。それをFBで報告して、夜のニュースもみて(さすがにとりあげてた)、それをあわせてメディアにメールしたこと。

10月1日の朝、もちろん沖縄ではローカルニュースのトップでデニーさん当選のこと、いっぱい報道したでしょう。でもその後の全国ワイドでまったくとりあげてなかったとはじめて知って、みなさん、相当ショックだったみたい。この温度差、ひどい無視。知らせなければなかったことにされてしまう。個人個人も、自覚的に自分がメディアになってくことが必要だね、って後でみちこさんが言ってた。

この日の時間枠は1時間半なので、いつもみたいなふりかえりの時間がとれない。いったんしめて、お時間許す方はのこって、話のふりかえりをしながらみなさんと対話したいんですけど、っていったら、お急ぎでない方はほとんど残ってくださった。

みなさん、話したいきもちがいっぱい!1812_2

2月の県民投票にすごくがんばってるひと。
姉にさそわれてしぶしぶ来たけど、こんな話と思ってもいなかった、来てよかった、というひと。
憲法っていうとハードル高くてすっと足を運べない、すっと話せる場がすごく必要だね。
あ!憲法って、私に関することだったんか!
印象的な言葉ーー人権、身の丈、doとbeのバランス、平らに話す。
「個人」から「個」がとれるって、雲泥の差。憲法番外地の沖縄だけど、憲法あるから抵抗できる(とはいえ、国はそれをこわしてばかりだ、、)。

やんばるから来た方は明日のやんばるのに行けないので今日の那覇に。30年前は稚内にいたというこの方、そのころお連れ合いさんが私と出会っているという。え?稚内には行ったことないなあ、知り合いもいないよなあ?とハテナだらけ。この謎は翌日の夜、やんばるでとけました。

よく辺野古にいかれてる方なのでしょう、この場の空気と辺野古との、あまりの乖離、あまりのギャップを言われてた。そうだよね、その通りだ。踏みにじられっぱなしの沖縄の民意、意思、尊厳。

この日、金沢大学の法学部を卒業したあと、琉球大学医学部に行き、今はお医者さんしてるAくんが来てくれた! 紅茶の時間に来てた彼、沖縄に暮らしてもう25年目だという。法学部の憲法ゼミで、条文解釈はいっぱいきいたけど、今日みたいな話ははじめて、と。一人一人身の丈に認められるってことが、こんなにも大事なことだったんだなあ、と。

みちこさんのふりかえりの言葉。
マイさんのbe、スウさんのbeの話がよかった。doは辺野古に行くこと。beは自分の人権。一票投じることは、私だって生きてるんだよ、という人権の意思表示、と。

ふりかえりの時間は1時間半にもおよび、最後の最後、このゆかるひさんが、みなで語りあうための大事な場になってくことがすばらしいね、と参加したみなさんと一緒に大きな拍手!

ゆかるひのみちこさんと、受付を手伝ってくれた、すてきな絵本をつくり、紅型のハガキもつくるわかちゃんと。

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2018年12月 6日 (木)

みちこさんとゆかるひ

昨日の草かふぇで、見聞き感じてきた沖縄の話を、きっちり1時間。14人もの方がききにきてくれたよ。沖縄のおすそ分け話は、これからゆっくりすこしずつ書いていきますね。

あさって8日は平和・協同ジャーナリスト基金賞の贈呈式で東京にいって、日曜に石川にかえってきます。月曜日はおめでと・ありがと会を金沢でしてくださるとのことで、東京での式のことも速報できそう。

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そもそも、今回沖縄にいくことになったわけ。おはなし会の会場、bookcafe&hallゆかるひさんをしているみちこさんとの出逢いは、6〜7年ほど前の夏、細川律子さんちでのぶどう狩りおはなし会だった。

そのころ長野に住んでたみちこさんは長野のおはなしグループの人たちと参加してて、その日、「てぃんさぐの花」を歌ったんです。私も何か歌ったので、たがいに、おはなし会なのに歌った人、として記憶しあってた。

その後、紅茶の時間にみちこさんが2回きてくれて、そのうちの一回はわがやでのけんぽうかふぇだった。2015年6月のこと。8月末にけんぽうBookができて、その年の11月と12月、みちこさんは私を長野のけんぽうかふぇに呼んでくれた。

実はそのころすでに、みちこさんは那覇に住民票をうつしてたんだって。那覇生まれのみちこさん、結婚して長野で四半世紀暮らし、でもふるさとのことずっと、心の深いところで想いつづけてた。三上監督の「標的の村」をみて、がーんとほっぺ殴られた気がして(高江でひどいことがおきてたんだ、オスプレイのヘリパッド建設の反対をめぐって)、家族の同意も得て、沖縄に帰ることにした。沖縄で自分のできることをしよう、誰もが自由に意見をのべ、好きなことをし、想いを共有するスペースをつくろうって心に決めて。

それをかたちにしたのが、「良き日」という意味の、今のゆかるひ。みちこさんは若いころ同じ場所の一階で12年間、絵本やさんをひらいていた。子どもたちのたまり場、野菜の共同購入の場、講演会もひらき、また、石垣島白保の海を守る人たちの拠点にもなっていたという。ふたたびその地にもどり、いろんなイベントのできるホールのある絵本カフェをあらたにひらいて、いま2年たったとこ。
きもちをまっすぐ行動にうつすみちこさんから聴く沖縄のこと。わたしの方こそ、学ぶこといっぱい。
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2018年11月26日 (月)

羽咋におとどけ

今日は中能登の羽咋に、ほめシャワから平和、そして憲法へとつながるお話の出前にいってきました。

ふだんはレストランをしてる場所で、机をくっつけて一つの大きなテーブルに。それを囲んだ17人の方が話を聞いてくれました。
3ヶ月の赤ちゃんから、生まれてからずっと少女の時まで、戦争の時代を生きてこられた80代半ばの方まで。

この年齢多様性がいいね!赤ちゃんも赤ちゃんの身の丈で、少女も、50代でも60代でも、みんな、身の丈に認めてもらいたいと願って生きているよ。誰にも、じんけん、ってものがあるのだからね。
13条を自分のものにするってことは、自分だけが大切にされればいい、しあわせになればいい、ってことじゃない。他者のそれも、ってこと。13条の本質は、行ったり来たりでないとね。

暮らしのこと、からだ、健康のこと、食のこと、社会のことを一緒に考えたくて、と二人のママがはじめた「サンテ」の会。
大事な場。おかげで、原発のことからつながったのと女(能登のすてきな女の人たちだよ)の仲間、穴水の寺カフェシャンティにいってる人、レストランや、サンテのおなじみさん、レストランに有機野菜をおろしている農家さん、などなど、つながっていきます。

この日は、こんなすてきなキルトのお披露目も。
3.11の年に福島から七尾に移住したいづみさん。この5月に福島にかえられたけど、そこではじめる「ブツブツ交換所」(きもちのぶつぶつも交換するところ)という場に贈るキルトです。

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187 私も一枚参加してるよ。能登で友禅してるヒロさんのもあるよ。
もともとの型紙は、1988年に、紅茶のミチコさんがかざぐるまブレンドシップキルトをつくろう、といってこのパターンを考え出してくれたことから。想いはこうして今もつながる。


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今日のおかしかったこと。午前に2時間おはなしして、お弁当をいただいてからみなさんの自己紹介。肝心の主催者さんの自己紹介の時、とつぜん私をすいまさんがおそって、あっちの世界へ。ノートの文字がやおら乱れて、すいまさんの急な襲撃を物語る。

午前に集中しすぎて、午後は気がぬけたのだ。なんてわかりやすい。
先週の濃かった時間(ナルニア国、川口のワーク)のゆりもどしでしょう。家にもどって夕食まで爆睡しました。これが私の元気のもと。

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13条を体現するワークショップ

翌23日は川口で、「みんなちがってみんないい 13条を体現するためのコミュニケーションワークショップ」。

輪になってするcomワークショップ、私の場合は、人数が多すぎるとなかなか一人一人を大切にすることがむずかしいので、20人から25人くらいまで、と主催のるうさんにお願いしました。ご案内を出す前にいっぱいになったため、私からはお知らせはださず。

はてさて、13条の体現、ってどうしたらいいの?どんなことしたら感じていただけるのだろう、と、ご注文のお題に悩みつつ、楽しみつつ、3時間枠のワークを構成したよ。そのふりかえりをここに。

何より、呼びかけ文がすてきでした。
「人と人がつながって、一緒にやっていく場面がふえました。でもその中で息苦しさを感じたり、違和感を感じたりする場面もあります。自分と人との違いを受け入れられなくて、言い争いになったり、仲たがいをしてしまったりすることも。
そんな中で感じてきたこと。実は、人と向き合うことは、自分と向き合うということ。
お互いを認めあうことができる13条が自分のものになったら、12条の不断の努力ももっと身近になるんじゃないかなって」

ああ、これ、わかるなあ。願いや、向いてる方向が同じな分、きもちの行き違いや、自分とちがうやり方にイラっとしたり、この人苦手だなあ、と思ってしまったり。
たしかに、ひととひとは合わせ鏡。自分の目の前のひととどう向き合うか、ということは、その時その時の、私の心の反映でもあるのだなあ。

「ことりとすずとわたし、みんなちがってみんないい」はずが、たとえば平和を願うもの同士の場合、どうしてなかなかそうとすんなり思えないんだろね。

でもさ、ことりとすずとわたし、って、はじめから違いがはっきりしてる。違ってていい、ってすなおに思えるのはそのせいかい?それに、この3者が一緒になってなにか活動するわけでもないしね。
なまじ、似た方向見てるもの同士だから余計に、ちがいが認められなかったりするのかも。
同じ、から出発するより、違う、からスタートした方がいい、ってこともあるんだ。

「みんなちがってみんないい」と同時に、絵本「みんなおなじ でもみんなちがう」の感覚を、常に意識したいな、と思う。

平和を願うもの同士だからって、我慢して、のみこんで、相手のことなんでもそっくり受け入れるってことが、相手をほんとの意味で、認める、大切にする、ってことじゃないと思う。
一緒にやってくためにも、いわなきゃならないとこでは、言うのだ。でもその時こそ、言葉をえらびつつ、平らに、上から目線でなく、相手へのリスペクトを忘れずに、対話をこころがける。私を 主語にして自分のきもちを伝える「わたしメッセージ」でね。
自分が正しい!から出発すると、まちがうこといっぱいある、ってことも自覚しながら。

娘はこの日、アシスタント役で参加。ふりかえりの時にこんなふうに言ってました。
「13条の体現、っていうボールをなげてもらったから、そのおかげでこのこと考えられた。これもまた対話のキャッチボールみたいなもの。
どうすれば、ほんとに違いを認めて互いに尊重することができるのか、明確な答えは見つからない。でも、9条を持っているってことがある種の重しになってるように、13条も自分の重しになっている気がする。13条が大好きで、大切だよっていつも言ってる自分が、相手の13条を粗末にする行動しちゃってたら、それ、違うよね、みたいに」

うんうん、それこそ、大切さは行ったり来たり、ってことだね。
一方通行ではない、ってこと。
私にもいっぱいいっぱい発見のあった13条体現ワークでした。

るうさん、いい企画をありがとう!ご参加のみなさんもありがとう。

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るうさんが書いてくれたワークショップ報告から一部抜粋するとーーー

   ↓

英語を使った自己紹介からはじまり、気持ちボールでみんながひとつになって

13条のお話をスウさんとまいさんから。

しあわせまわし、そして
相手を思うってどんなことか気づきの時間。

みんな違ってみんないい、はどんなことか。頭で理解することと、体が覚えることの違いも感じたりして。

途中の休憩では、みんなで一緒にスウさんに肩甲骨の伸ばし方を教えていただきすっきり。
差し入れのゼリーとチョコレートをほおばって、頭もほぐれて…。

3時間という長丁場でしたが、みんなの感想のシェアまで、本当にあっという間の3時間でした。

とっても心地よい時間でした。やさしい気持ちになれました。ああ、このワークショップ開くことができてよかった…これからも、未来のために、自分自身と向き合って対話(平話、平和)していこう、と心から思いました。

******ですって。うれしいね。

1811_4 終わってからの、おうちでのお茶タイム。
おうちの猫ちゃんが、もう、きゃ〜〜!!って言いたいくらい可愛くて、あわてて写メとったけど、ピンボケしてて、悲しい、、、。でも、記念に登場してもらいました。

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2018年11月25日 (日)

ナルニア国で。ミニサプライズ

ナルニア国のおはなし会には、しるしる憲法のお仲間をはじめ、千葉のかふぇどんぐりの木や川崎のゆるりの会の方、月光荘の本の企画を出してくれた方、この日のおみやげにした生活クラブ「生活と自治」の2ページ(紅茶の時間やけんぽうかふぇのこと、紹介してくれてる)を書いてくれた方や、母校の「平和を求める日本女子大有志の会」の方や、浦和のたねの家の園長先生や、おはなし会実況中継?してくれた長谷川さん、金沢のピースウォークやコッカイオンドクにきてくれた方、FBつながりの方、この会があること知って40年前の私の古い本を抱えて、この日青森から参加してくださった方(初のご対!)、そしてまったくはじめてお目にかかる方たちたくさん(きっとナルニア国の絵本のお客様)が、きてくださいました。

10月に金沢でひらいたベテランズ・フォー・ピースの講演会でお話しされた弁護士の武井さん、井筒さん、お手伝いにきてくれたひでみさん、そして東京のVFPの目良さんもご参加。

ちかごろのけんぽうカフェでは、井筒さんが金沢で話されたこと、ほんの少しでもお伝えするようにしています。集団的自衛権の行使を可能とした、もちろん9条違反の安保法制により、日本が攻められていなくても、アメリカのひきおこす戦争の中では米軍指揮下で動かされるようになった自衛隊。
そのことを元自衛官の井筒さんは、
「アメリカのする戦争を、日本はとめられない。アメリカの国益にかなうよう、自衛隊を献上するのだ」と。
その自衛隊を憲法に書き込もうとしている改憲の意図を、私たちはきちんと知っておかなくちゃね。

ナルニア国でお話会をすることを知らせたら、井筒さんは即、申し込みされて、その日は僕の誕生日でもあるんです、と教えてくれました。

当日。私は時計を見ながら話し終わって、その最後の最後、井筒さんにみんなの前に出てきてもらいました。バースデープレゼントのけんぽうBook+を贈呈するためと、バースデーカードをよみあげるため。

 いつも日本の状況を
 づっと俯瞰で見つめて ほんとのことを
 つたえるお仕事。
 たいいん(隊員)だった経験を通して
 かけがえのないいのちが大事にされるよう、
 おしえてくださいね、私たちにこれからも。

ね、上から読むと、いづつたかおさん、でしょ。

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こんな親子の話を井筒さんにきいていただけてとてもうれしかったです。畑違いの話だろうけど、根っこの平和の部分ではつながっているとおもうので。
井筒さんには井筒さんにしか語れないことがあるし、それをきかせていただくことで私たちも、え?そうなの?きゃ、そりゃ大変だ、と知っていくことができます。

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ナルニア国で。

22日夜、銀座教文館ナルニア国の絵本にかこまれた空間で、いっぱいのお客様を前に、私たち母娘が語った「たいらなけんぽうお話会」。

「たいわけんぽうBook+」の出版記念としてこの場をつくってくれた、しるしる憲法さんとナルニア国さんに感謝しながらのおやこらぼトーク。
時にじいんとしたり、ドキッとしたり、え?!とびっくりしたり、そして時にかけあい漫才みたいで大きな笑い声もありの、ノンストップ1時間半。

語りは3部構成、①3年前に書いたけんぽうBookの中心をなす、13条のこと②今回の本づくりの裏話③前の本で深くつっこんでない9条の話と、改憲のからくりほどき。
参加されてた専修大学の長谷川さんがまるで実況生中継みたいにFBにアップしてくださってた言葉を参考にしながら、私もまとめてみました。

「ほめ言葉のシャワー」の冊子に娘が書き込んだ言葉「あなたは、ほかの誰ともとりかえがきかない」。これって憲法13条と重なってる!と発見した娘。
戦前の私たちは、国民じゃなくて「臣民」だった。個人として「生きたい」とも「生きてほしい」とも言えなかった。国にとって取り替えのきくパーツにされていた。
13条は、その人か役に立っていようといまいと、自分がとりかえのきかない大切な存在だといってくれてる。それだけじゃなくて、私たち一人一人がそう思うよう求めているよ。
13条は自分のためだけにあるんじゃなくて、他の人の13条も大切にされるってことが肝心。その行ったり来たりを13条は求めてる。

13条を知った上で12条を読むと、「不断の努力」という言葉の意味がもっと深く見えてくるよ。
愛知県の幼稚園の園長先生。子どもたちが自分だいすきになるように、と育ててきたけど、それは僕の42年間の、12条する、だったんですね、ときづいてくださったように。

9条の中身も自衛隊の中身も、2014年7月1日の閣議決定後、変わってしまった。
安倍首相が言う、9条は「そのまま」、というのは、このすでに変わってしまったものを憲法に書き込むこと。これ、「そのままマジック」だよ。
今の改憲案にある、緊急事態条項の恐ろしさ。いったん廃案になった治安維持法が、明治憲法にあった「緊急勅令」で息をふきかえしたことを例に、その危険性はかわってないよ、と。

今回の本で、9条にとりくもうとする母を、はじめのうち、遠巻きにみてた娘。だってそれ、しろうとにはとても歯の立たない、難しすぎるテーマだものね。
その温度差が、8月にはいって平らになった。
9条に関して、何が正解かはわからないけど、親子でもがきながら考えに考えたその過程を、そのまま書くことにしよう、と。
法の専門家じゃない私たちだからこそ、わからないことはわからないといおう、と開き直った。
読む人に、一緒に考えようよ、考えることをやめないでいようよ、と語りかけることにした。

「戦争」の反対は「対話」、と社会学者の暉峻淑子さん。
対話するためには、平らに話さなくちゃね。だからこの本を書く時も、平らに語りかける、このことをずっと心がけた。
対話と平話と平和は、ひとつながり。

本のタイトルが決まったのは、印刷に出す前の日。
けんぽうかふぇの先々で話をきいてくださった方たちと対話した。
過去の人たちや歴史と対話した。
岸内閣の憲法調査会で、9条を変えてはならない、と意見を述べた亡き父とも、この本づくりの中でいっぱい対話した。
何よりも、編集を担当した娘と書き手の母は、めっちゃめちゃ対話した、意見を交わしあった。
対話に対話をかさねたおかげで、一人では決してたどりつけない地点に、二人で一緒にたどり着けた!と感じた。
そこから、この本の名前が「たいわけんぽうBook+」に決まりました。

写真は、ナルニア国にいくエレベーターと、銀座の夜の歩道にうつしだされる光のアート。
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2018年11月14日 (水)

たてしなで

東信の最後の会場は、たてしな人権センター。

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3つのおはなしの場の主催者になる、って、ほかのスタッフさんたちのご協力もあるとはいえ、大変な手間暇のかかること。名誉や利益や出世のためでなく、その手間暇をおしまず、動く人がいる。平和な社会をつくりたくて、協働する人たちがいる。そのことがどの会場でも感じられて、ほんとにうれしかった。

ましてやこの日は、ランチ付きおはなし会。スタッフたちのもちより料理をお弁当箱につめるだけ、っていってたけど、予想した倍の方が参加されたので、たりなくなった分のお料理は、二川さんやスタッフさんがセンターのお台所で作ってくれたんだと思う。

ガンジーさんの言葉を皆さんが実践してるみたいにも思えた。
そうだよ、世界をかえるためでなく、世界によって変えられない私でいるために、たとえなんの意味もないように思えたとしても、自分で動くんだ。

たてしなの会場にはろうの方もきてくださって、二人の手話通訳の方がかわりばんこに私の話を訳してくださってありがたかったです。

ランチのあとに残った方達とゆっくりふりかえりタイム。信州から満蒙開拓団に行き、敗戦後も中国で生き延びたという方の娘さんが参加してくださっていて、彼女のお話も聴かせていただいた。同じ町に住んでいて、この日がはじめての出逢いだったという。

一つひとつのお話会から、今後また、何が生まれていくのか。今はまだみえない、いろんなおつりが出てくるといいなあ。人と人のあらたなつながり、信頼できる関係性、伝える工夫を、それぞれの地で。

二川さん、各会場でお手伝いくださった方々、参加されたみなさん、ほんとうにありがとうございました。

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2018年11月13日 (火)

とおみの芸術むらのまる屋さんで

10日の午後は、東御の芸術むらの中にある、まる屋さんが会場。

土日だけひらいているこのお店では、ワンデイシェフさんがランチをつくってくれます。おはなし会の前に、この日のシェフのちあきさんがつくる、フォーとベトナム料理の野菜ランチをいただく。
(ちなみに、11月17日と24日、まる屋さんのワンデイシェフは、二川さん。名付けて、「はじまるカフェ ガツン系ビーガンめし」)

池のまわりの紅葉を目にしながら、みはらしのよいすてきなカフェ、まる屋さんでおはなし会。

この日は、3月の望月でのおはなし会を主催したみほさんが、3人のお子たち連れて参加。二川さんはそれに参加したことで、今回のれんぞくけんぽうおはなし会をしようと思ったのだそう。みほちゃんはそのこと、ここにきて初めて知った。そういうのっていいな。誰かが撒いたタネをひろうひとがいて、それを育てるひとがいて。

今回のれんぞくおはなし会では、振り返りの時のみなさんの言葉がとても光ってた。
コーチングでならった自尊感情って、13条のことなんだ。
セルフエスティームって言葉も。
勝ち、負けでなくて、一人一人の人が大事にされるってこと。
個のひと、として尊重されるというなら、自衛隊員さんだって、個のひと、だよねえ、、。
二度と国のために命を投げ出さないようにするために、時代の正義や責任感でかき消されないように、、。

この日のティータイムには、二川さんの搾ったヤギチチが参加した人たちにふるまわれました。ミルクティならぬ、ヤギチチティー、おかわりするくらいおいしかった。

夜はすぐそばの温泉で、おりざの典子さんと若い二人と一緒にあったまりました。

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朝の散歩

1811_3 10日朝、濡れた落ち葉をふみしめて散歩。こんなの拾った。何かの実だろうか、中身がはじけて飛んだのかな、それにしては皮がやわらかいし、、、。

夜、オリザ農園&もりのようちえんのちいろばのみわちゃんに訊いてみると、即答で「ホコリ茸」と。きのこの一種でした。胞子を飛ばすんだね。

東信では、この山荘に一人でふた晩お泊まりさせてもらいました。余計な音のしない朝に、時折、鳥の声、風の音。
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