2017年3月11日 (土)

小松とほもんけんさんにおとどけ

171 今週は、コープいしかわさんの小松センターや保育士さんたちの集まりに憲法のお届けに行きました。

コープさんでは20代から80代の方まで年齢層はばひろく、聴いていただきました。

単語な感想で、とても心に残った一言。
80代の男の方が、とっても低い、おやさしい声でゆっくりと「スウさん、、ありがとう、、、」と言ってくださり(初めてお会いしたその方の声があまりにやさしくて、なみだ出そうだった)、続けて、「聴きながらずっと、罪と罰、ということを考えていました。憲法を守らない人たちの罪は、どんな罪か、いったいどうやって罰すればいいのか、、」と。

ああ、ほんとうにそうです。憲法をふみにじって、憲法違反の法律を数の力で次々通し、好き勝手な政治をしている政治家たちを、この重い罪を、誰がどうやって罰するのか、この方の深い怒りをとても共感しながらお聞きしました。

罪と罰。意識したいな。
おおきな人のちから(権力)をうしろだてに、たくさんの嘘をついてなお、自分は教育者だ、というような人の罪はどんな罪だろう。

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保育士さんたちの集まりは、保育問題研究会総会。
去年、金沢大学で憲法のミニ授業によんでくださった先生が、この保問研の会長さんで、私にお声かけくださったのです。

総会の中では、金沢大学にある里山ゾーンで、保育士さんたちが子どもたちと「わくわく里山自然体験 もりへぞろぞろ」という活動してる、っていう報告がありました。
話ききながら、あ、5、6年前からまあさんたちの薪の会の男衆が、角間の林の整備をかねて伐採してたけど、それがこの里山ゾーンになったんだ、ってわかってうれしかったです。

保育士さんたちは朝早くから小さいひとたちとむきあってきて、ハードな1日のあとの総会。おおきなおにぎりが2個ずつ誰にもあたる。そりゃそうだ。夜ご飯食べる間なく、直行で総会にでてるんだものね。
この夜は、若い男の子の保育士さんが何人も。娘が30数年前に通った保育園の、なつかしいお顔にも会えました。

というわけでこの日の話は正味1時間。さっくりと憲法きほんのき。それから13条と12条を中心に。

保育士さんのおしごとは、赤ちゃんや幼い子たちを身の丈に認めて、自分大好きな子にそだってもらうこと。
ともだちをいじめない、仲間はずれにしない、だって自分がそうされたら悲しいもんね。
絵本いっぱいよんであげて想像力の翼もひろげさせてあげてね。
人権感覚、っていう目にみえないたいせつなものを子どもたちの心に育むことは、保育士さんのだいじなしごと。
自分も相手も大切にする、そんな子に育ってもらうこと。
それは長い目でみて、12条することだって、私は思ってるので、と。

いつもは、子育て中のママたちにこの話をするのです。
我が子が、自分の頭で考え、自分の言葉を持ち、バランスのいい人権感覚持った子に育つように努力することって、長〜〜いスパンの、ママやパパたちのする12条ですよ、っていうふうに。

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2017年3月 6日 (月)

北信州におとどけ

日曜日、まだ道の脇にはたくさんの雪が残る北信州におとどけにいってきました。4ヶ月前にいった同じ場所同じお部屋。今回は、2倍半以上の方々がいらしてくださいました。

9条の会や戦争をさせない委員会や年金者組合の方達、といろんな会の方がたがこの場を用意してくださったのだけど、その属性で、その人がわかったり、語られたりする、わけじゃない。

私も県内のいろんな会にまぜてもらっていますが、私の立ち位置は、みずのすう個人。なので今日も私個人としてかたります。そして、どうして私が憲法を今、こんなにも親しく、みぢかに感じるようになったか、その個人的なものがたりをお話ししますね、と前置きをしてから。

13条と9条がセットであること。
13条と12条ももちろんセットであること。
ふだんのどりょくの12条することを、私は私の責任とうけとめて、いつもちいさな12条を工夫しつつ重ねて生きていきたいと思ってるけど、共謀罪みたいな法律ができてしまったら、その12条すること、自由にものいうこと、私の表現の自由が、すごく制限されてしまいかねない、といった話も。

この日、参加された方の平均年齢は70おいくつか、80代、90代の方もたくさんお見えでした。
最後に、単語な感想を全員にお聞きした時、80代くらいの男の方がこう言われたんです。
「母親がかんでふくめるように、やさしく語ってくれたので、憲法がからだにしみこみました」
母親って!!ひょええ、私のことかいな??確かめたらそうだったので、うれしくってびっくりきゅんとしました。

「9条死守!って思ってこれまできたけど、それだけじゃなかったんですね」とか、この日はじめて憲法の話を聞いた方が、「どんな話かと思ってきたんですが、きもちがほっこりしました」とか。

この日お会いした方の中には、ご自身で戦地にいらした93歳の方も。お父さんが戦地にいる間に生まれて、お父さんは自分が生まれたことも知らない、家族も、機密なのでどの戦地にいるかも知らなかったから知らせようもなかった、という方も。

参加者の中には、坊やをつれた若いパパも。牧師さんだそうです。神主さんも参加されてたそうです。そして去年の3月、須坂によんでくれたTさんも、きてくれて久々の再会。

長野県は、日本で一番多く、満蒙開拓団に行った方たちのいる県です。行った、というよりむしろ、行かされたというべきか。
信州に何度もよんでいただくようになって、その重い歴史を前より身近に感じるようになっています。

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2017年3月 2日 (木)

まちの縁側と愛真高校

島根県にいったら、ぜひ会いたい人がいました。浜田で「まちの縁側」という場をひらいているマリさん。いのみら通信を長年読んでくださり、去年の春には、私の話を広島まで聞きにきてくださった方です。

島根に行きます、の話がその後発展し、マリさんを訪ねるだけでなく、マリさんが理事をしている学校でお話ができるよう準備してくださいました。
広島からバスで2時間半で浜田駅、そこから車で40分ほどいった山の上に、その学校はありました。

キリスト教愛真高校、という全寮制の学校です。
その日がちょうど理事会で、理事会終了後から夕ご飯までの時間に、「ほめ言葉のシャワー、そしてピースへ」というタイトルでお話することに。

話を聴いてくれるのは、マリさんの縁側のお仲間や、高校の先生たち、理事会に参加する理事さんや評議員さん、保護者さん、そして生徒さんたちも自由参加で、の運びに。
ところが一週間前にインフルエンザ大流行、生徒さんたちは全員自宅に帰ることとなり!
ありゃりゃ、それでは生徒さんには会えないかな、と思ってたら、この日の夕方、寮に帰ってきた生徒さんたちもいて、一つの教室に机がまぁるくならんで、生徒さん、学校の先生、校長先生、理事さんたち、卒業生さん、、と、10代から80歳のかたまで、年齢も職業も住んでるところもさまざま、バラエティ豊かな人たちが、一緒に話を聴いてくださいました。

単語な感想もいろいろ。
「同士と会えた!50年前に13条を見つけて、今、80歳!」というすてきな女性、「子育てすることが12条と繋がってるって知ってうれしい」という先生、「13条と9条はセットなんだ」「平和って何?私が私らしく生きれること、あなたがあなたらしく生きれること」「かけがえのないone piece、欠けがあると、peaceじゃない」「12条することで憲法を生きる」「13条のBeにほっとし、12条のDoにはっとし、ちょっと焦ってる」などなど。
どの生徒さんも真剣な顔で聴いてくれてたのが、ほんと、うれしかったなあ。

夕ご飯は、「50年前に13条を見つけた」の感想を言われた方の、長男さん夫婦がひらいてるレストラン「風の縁側」で、マリさんや縁側さんたちや、理事会のため遠くから駆けつけた理事さんや卒業生さんたちと。

「風の縁側」のオーナーのおじいちゃまは、キリスト教愛真高校創立者の志に共鳴して、学校のできるずっと前、山を伐り開き、道をつくり、高校づくりにご尽力された方だとか。

オーナーのお父さまは、この夕食会に、ご自分でつくったいのししのそぼろを持ち込んで、ごはんにはこれが合うんだよねえ、どうぞどうぞ、と私にも。お肉苦手の私だけど、やわらかくて、臭みもなくて、めっちゃおいしかったよ!

「風の縁側」の若いオーナーのお連れあいさん、なんと、学生時代に川越紅茶に行っていたことがあって、結婚して島根にいく、っていったら、川越紅茶のジュンコさんから、浜田には「まちの縁側」してるマリさんってひとがいるよ、って教えてもらってたそうです!!若くて可愛い、子育て中のママでした。

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173_3 翌日、松江でのいのちの電話さんにうかがう前に、マリさんの「まちの縁側」に寄せてもらいました。はじめは紅茶のような場を想定してらしたそうだけど、今では地域の子どもたちが自由に集まれる場となり、公民館や学校にも、縁側の出前にいって、まちづくりに大いに貢献してる、子どもの数がすくなくなってる今、大事なしごとしてるなあ!って、感動しました。

浜田駅からすぐのまちの縁側の看板と、縁側のおへや。いかにも子どもたちが大好きそうな、おもしろ空間でした。

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松江におとどけ

日曜日、島根のいのちの電話さんでお話してきました。
この日のように、「きもちは、言葉をさがしている」というテーマで話すときはいつも、紅茶の時間をしていることの意味を、私自身が再発見するような不思議なきもちがしながら、語ってるんです。

きてくれる人たちの話を聴く中で、私がこれまでにどんな貴重な贈りものをうけとったかということ、兄の死について長いこと変わらなかった私の考えを、かえることができたこと、誰もが身の丈に認めてもらいたい、って願いながら生きていること、その願いに気づかせてくれたのも、実は紅茶の時間だったこと。

いっつも思うんですけどね、人は自分で自分のことが見えない、自分がしていることの意味もよくわからない。
いろんな人から、気づかせられるの、見つけてもらって教えてもらうの。その意味でもね、他者の存在は大事!!

私を島根によんでくださった方は、ちょうど10年前に、おなじ題で私を島根チャイルドラインでよんでくれた方でした。どちらも「電話」つながりで、同じ題で。10年前にはまだ気づかず、だから言葉にもできなかったことを、今回はまたすこし、語れたかなって思っています。

写真は、夕日の宍道湖です。
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翌日は、ある方が、お茶の間憲法というちいさな場を用意してくださって、憲法のお話をさせてもらいました。
場を用意すること、その場に足を運ぶこと、どっちも、その人の「12条する」です。

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2017年2月 4日 (土)

豊田のおはなし会のご報告

豊田のちんちゃん亭のけいちんが、豊田でのお話会の様子を、ものすご〜〜くくわしく、リポートしてブログにアップしてくれました。
ささやき聲のお話会の言葉をここまで丁寧にひろってくれたことに、とってもとても感謝しました。

とても長いですが、興味おありのかた、どうぞ読んで見てね。

http://blog.goo.ne.jp/banbiblog/e/a8731cbec850e31ea070a066cda66f91

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2017年1月23日 (月)

豊田にお届け

22日の朝、おふとんの中でおそるおそる声をだしてみる。まったく、うんともすんとも、出ない、あっちゃ〜〜〜。よりによって、今日かいっ!

実は私は声帯がとても弱いらしくて、風邪?って思ったら真っ先に喉がやられる。それでも、しょうがはちみつを飲みだして4年近く、風邪も前ほどひかなくなったし、この5年は声がここまでやられちゃうことはなかったのに〜〜〜(涙)。

だけど、こうなったら、じたばたしないのだ。なるようにしかならないのだ。覚悟して豊田に向かう。

主催のけいちんにはそのことしらせなくちゃと、夜の部は少人数でもマイクを用意してね、とお願いCメール。
会場につくと、当日スタッフのお仲間たち全員、私の声がでないこと知ってて、おひとりはびわの葉エキスとお湯とお湯のみまで用意してくださり!

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で、おはなし会、はじまりました。この日もいっぱいのひと!みんながどんなに楽しみに待っててくださったか、顔みてたらわかりました。

声がでなくて、いったいどうやって出前したのか、ふしぎでしょ?
あのね、ノンストップ1時間半、マイクを通してささやきだけでお話したのです。
声の表情(抑揚や声の高低、大小など、感情をつたえるのに大事な手だて)のない、かすかなささやきだけを、みなさんがよくよく集中力を持続させて最後まで聴いてくださったこと!私のほうが感動しました。
のこり30分は、CDで13条のうたを聴いてもらってから(だって歌をきいてもらわないと私の声を誰も聞かなかったことになっちゃうもんね)、みなさんとの「単語な感想」のシェアリング。

この日は、憲法の中でもとくに人権を中心に。なので13条12条をくわしく。

13条の深い意味を知って8年。そうか!紅茶の時間って13条の場だったんだね、とやっとこの半年前に実感したという話も。

子育ては、長〜〜いスパンでの、12条すること。ひとを差別しない、バランスとれた人権感覚をもった子に。自分のあたまで考えて、自分の言葉を持てる子に。絵本をいっぱい読んであげてね、戦争や平和やヒロシマのことを知る、想像力豊かな子に。ほんとの意味での平和(安倍さんのいう積極的平和主義、とは違う意味の、平和)を愛する子に育てることも、実は12条することだよね、と。

この日のシェアリングで、幼稚園の園長さんの「単語な感想」がとりわけすてきでした。
じぶんだいすき、っていう子を育てたいと42年間、幼稚園をしてきたけど、今日の話をきいて、あ、自分はずっと12条してきてるって思った、と。

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夜は、けいちんがおつれあいさんとしているお宿、ちんちゃん亭で、おいしいネパールカレーの夕食を10数人の方々と一緒しながら、夜のお話会。

ほめ言葉のシャワーと人権の話、そしてほめシャワワーク。

子育て中のママたちが、CHANTOの呪縛にしばられすぎてない?ってことと(「きもちは、言葉をさがしている」にくわしく)、ことばのふるさと、子どもが日々書き足してる言葉の単語帳のこと、子どもの人権宣言(「出逢いのタペストリイ」に少し書いてる)のエピソードいくつか、など。
その基本にあるのは、どんなひとも自分の身の丈に認めてもらいたいと願って生きている、という人権の根っこの話です。

ささやきお話会、無事に二つ終えれてほっ。

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ちんちゃん亭さん、ぬくもりのある木のおうち、やわらかな木の床。シンプルな品揃え、石鹸類は、「松の力」(うちでもつかってるよ)、きもちいいおふとん(ほこりの出ない、とってもいいおふとん、うすいのにふしぎなくらいあったかかった)、お風呂、ほんとに居心地の良い、すてきなお宿でした。

楽しそうによく笑う宿のおかみのけいちんと、相棒のけいちゃん。お宿の名前は、けいちんの「ちん」と、けいちゃんの「ちゃん」で、ちんちゃん亭だと、謎がとけたぞ。

きっとまた来てね!けいちんの大きな目でいわれました。そうだね、私も、ささやきじゃない声で聞いてもらいたいもん!きっとまた来ます。げんまん。

けいちんは、金沢のみゆきちゃんとも、ももちゃんともつながってる、豊かなひとねっとわーくを紡いでいるひと、生き方もすてきなひとでした。

お宿から豊田まで車で1時間弱。けいちんの電気自動車で、きのうおとまりした風の自然学校のよっしーさんと一緒に駅まで送ってもらいました。

写真はちんちゃん亭の入口にかかってたチャイム、ガラスに映っているのは、向かいの雑木林。(携帯をあたらしくしたら、なんでか、写真が横になっちゃうのだ涙)

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日進におとどけ

110331_ 21日、22日、と日進と豊田に憲法や人権のお話のおとどけに行ってきました。

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日進で、けんぽうBOOKのタネを最初に蒔いてくださったのは、後藤尚子さんという方。名古屋のバンドエイドがブログで、スウさんがこんな本を書いたよ〜〜と書き、それを読んだ尚子さんがいきなり50冊、ご注文くださったのです。

その50冊は尚子さんの手から、あるいは郵送で、日進市や、愛知県内のいろいろな人のところへ渡って行きました。

尚子さんは長いこと、日進の市議さんをしてらして、ふつーの市民のしあわせのためにすばらしいお仕事をされた方(なのだと思う、日進の会場でみなさんの言葉から、そのことがわかりました。昨年、ご病気でおなくなりになられたのを、仲間たちがどれほど悼んだか、ということも)。

司会の方が、スウさんとのつながりは、尚子さんがこの本を私にくださったからです、と初版のけんぽうBOOKを手に、私の紹介をしてくれました。

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会場いっぱいのひと、ひと、ひと!

テーブルにはかわいいクロスがかけられ、紙ナプキンの上にはお菓子、そして紅茶のお代わりもいれてもらえる。そんなふうに紅茶の時間をイメージして、この場をひらいてくださったのがうれしかったなあ。

ママたちが出入りしやすいよう、出口の近くに並んで座っていたことや、あかちゃんを抱っこしたお母さんが、お部屋のそとで聴いてくれていたこと、若い人から70代、80代の方まで、はばひろい年齢層のかたが同じ場で、憲法の話を聞く、っていいな。

最後の13条の歌の途中で、あれれ?声がちょとおかしくなりました。
実は行く前から多少風邪気味だったのですねえ。日進では何度もマイクをおいて、失礼します、ち〜〜ん!と鼻ばっかりかんでたんだけど、歌になったら、高い声がでない、しまった!
それでもなんとか最後までかすれかすれで歌い、それを聴いてくださったみなさま方でした。

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会場に聞きにきてくれてたバンドエイドと一緒に、この日はバンドエイドんち泊。
声、温存しなくちゃね、ということで夜ご飯の時も、ずっとささやき声で話す私。夜は、あったか〜〜いおふとんで、寝る。明日はどうか声がでますように、と念じつつ。

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2016年12月17日 (土)

この冬はじめての雪

Photo 昨日17日はこの冬初めての本格的な雪が降った日。

夕方、雪まじりの里山海道を走って、能登の病院の接遇研修会、というのにいってきました。
この名称がいつもふしぎなのですが、たぶん、接遇の専門家さんが話さないような内容で、お話させてもらってます。

人を、大切にする、大切にされる、ってどんなことだろ。
自分を大切にする、ってどんな感覚だろ。

わたし、ここにいてもいいんだな、って、思えることかも。
私が私を受け入れて、赦すことかも。

正解はもちろんなくて、
でも、いつもとちょっと違う、自分の見つめ方があるよ、
って、そんなことをおはなししたつもり。

最後は、看護副師長さんとのデュエットで、♪ほかの誰ともを。

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2016年12月 4日 (日)

松山にお届け

28日は松山にお届け。
松山での「不思議なクニの憲法」の上映会で「けんぽうBOOK」を見つけたユカリさんが、FBで私とつながり、8月に福山にお話にいくことをしって、福山に聞きにきてくれて、その場で、松山にきてください!と。
行けるとしたら、高松の翌日かな、ということで話がきまったのでした。

若いユカリさんの、熱意と行動力。自分の憲法の気づきを一つ一つ言葉にして、「私はどのように生きたい?今の時代を生きる私たちに一人一人に、今問われてる気がします」と、なんどもお知らせを更新し、憲法カフェの前売り券を、松山市内のいろんなカフェにおいてもらい、やっとむかえた当日。

161128_ フェアトレードショップのお隣にある、カフェのさりさん。
福山にも一緒に話を聞きにきてくれた Oさんが、このすてきな会場を提供してくださり、美味しい紅茶/コーヒーとフエアトレードチョコひとかけら付きのけんぽうかふぇがはじまりました。

思いのほか大勢の方がみえ、開始時間がきても受付がおわらない。こんなことするの初めてのユカリさん、あせったろうな、心臓ばくばくしたろうな。主催者挨拶は緊張の極みだったけど、彼女のまっすぐな想いは、参加者さんたちにも十分伝わってたと思う。

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松山で上映会をお仲間たちとひらいたバンサンカンさん、因島からいんのしまいさん、20年近く前、石川に住み、紅茶にもきてて、今は松山で暮らしている直子さん、北極熊のピースのいる動物園の飼育員さん、1988年2月に四電前にいたというNさん、沖縄の高江に何度も行ってるもと県議のAさん。午後の部と夜の部と、年齢幅のひろい、いろんなお顔ぶれの方々が参加してくださいました。

13条の話も、みなさん、ていねいに聞いてくださり、単語な感想の時には、息子さんや、娘さんのBeを、もっと大事にしてやりたかった、大事にしてあげたい、という言葉が何回も。
憲法を語ることは、うん、生き方を語ることなんだ、ってとりわけ強く感じたこの日のけんぽうかふぇ。

ユカリさんファミリーのあったかいご協力も、うれしいことでした。ご一家で、自然歯科をされてるのですが、幸い、月曜日は休診日で。

二つのお話会をおえてから、ユカリさんといんのしまいさんと3人で夕ご飯。お酒ものまないのに、まるで酔ったみたいにふわふわのきもち。9つの出前を無事におえた安堵感と、この日の幸せ感とでへろふわの気持ちだったんでしょう、まぶたがくっつきそうで、あ、電池切れだ、、でも、いいきもち、出前紅茶high。(ランナーズハイ、みたいのね)

憲法を介しての出逢いとつながり、この日もまた、あらたなつながりがたくさん、生まれた確信。ありがとう。

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高松の夜

161127_ 湯浅さんとの高松の夕ご飯は、もちろん、さぬきうどん!いろんな種類あって、目移り。やっと選んだのは、季節野菜てんぷらぶっかけ。器は砥部焼。あ、おんなじのがうちにもあるよ。

終わってからのお茶に、と連れて行ってくれた場所が、高松港ちかくの、農協の倉庫群を活かした北浜Alleyのお店の一つ、 UMIE(海へ)というカフェ。

とっても雰囲気のあるお店。クリスマスツリーには、みかんやキウイの輪切り、りんごのかけらがぶらさがってたよ。
置いてある絵本で一番に目にとびこんできたのは、「すーちゃんと猫」だったよ。
夜だから余計に、幻想的な北浜アリーでした。161127__2

出前旅でこんななんでもない時間は、めったにないご褒美の時間。湯浅さんともゆっくり、憲法以外のおはなしをできて(あたりまえだよね、FBやブログにアップするのは、だんぜん憲法がらみが多いけど、何も私が憲法でできてるわけじゃないから)、いい時間でした。
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湯浅さんからいただいたドリアン助川さんのCD「クロコダイルの恋」も、石川にかえってからゆっくり聞いたら、心にとっても沁みました。

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