2019年6月 9日 (日)

こどもたちと、ほめ言葉のシャワーのワーク

7日午後。輪島市の門前東小学校では、72人の全校生徒さん、保護者さん、先生たちとの、全員参加ワークショップ「ほめ言葉のシャワー」。

紅茶の時間をしてる私が、一人ひとりを大切にするにはどうしたらいいんだろ、って考えて、していることの一つが、そのひとのいいとこを見つけたら言葉にして伝える、ということ。
ほんとにそう思って言ったら、その言葉を言われた人はきっとうれしいと思う。それに気づいてからお話の出前先で、あなたが言われてうれしかった言葉はなんですか、ってたくさんの人にきいて、数年間にたくさんたくさん集まった言葉の中から、「ほめ言葉のシャワー」というこんな小さい本をつくったよ。

そこで今日はみんなに聞くよ。あなたが、誰からでもいい、これ、いわれてうれしかったな、って言葉を思い出して、それを折り紙に書いてみてください。書いたらそれを集めて、読む人たちに一つひとつ読んでもらいます。名前は書かないの。誰がなにを書いたかわからないから、自分が言われてうれしかったな、って思った言葉を正直に書いてだいじょぶ。もしも今急に言われて何も思い浮かばなかったら、無理やり書かなくてもいいんだよ。
あ、それと「ありがとう」は誰が言われても嬉しい言葉だろうけど、もし、ありがとう、って書く時は、誰からどんな時に言われたのかも書いてね。子どもたちが書いた言葉は子どもたちに、大人が書いたのは大人の人に、読めてを決めて読んでもらうことにするね。
さあ、では、書いてみてくださいね(と、鈴を鳴らす)。

小さい人は自分が座ってる椅子を机がわりに書く。あのね、こういうこと書いてもいいの?と聞く子もいる。もちろん、あなたがうれしかった言葉ならなんでも。どんなちいさなことでも。書けた子たちから順に顔があがってくる。

集めた折り紙をシャッフルして6つの束に分けて、読みたい人〜〜!と言って、手をあげてくれた6人の子たちに一枚ずつリレーのように読んでもらいました。低学年の生徒さんにむずかしい漢字はすこし手伝います。中には、ふりがな付きの漢字もありました。

一緒にあそぼう/ともだちでいようね/だいすき/お父さんが、ありがとうといった/〇〇(自分のあだ名)ナイス!って言われた/生まれてきてくれてありがとう/おまえ天才やろ(笑)/happyくん/すごいね/速いね。。。
バスケとか絵とか水泳とか、らきゅうととかてっくとか剣道とか、自分ががんばってることを言われてうれしかった言葉もいっぱい。説明付きの「ありがとう」も、お母さんから、ともだちから〜〜といわれた、もいっぱい。

じゃ次はおとなの人たちが書いた言葉を、って言いかけたら、6人の子どもたちの間から「読みたい読たい」の連呼。え?おとなの人たちの言葉もあなたたちが読みたいの? うん、読みたい読みたい、の連呼。みなさ〜〜ん、この子たちがそういってますけど、どうしましょ、いいですかあ?(うん、うんとうなずくおとなたち)よしっ、じゃあ、読んでもらおうか。さっき手をあげたけど外れちゃった子たち、読みたかったら手をあげて。

すると、あがるあがる、いっぱいの手。うひゃ〜。ならその子たちもみんな出ておいで、ここに一列にならんで一枚ずつ読んでください。

20人の子どもたちが並んで、おとなたちの書いたうれしい言葉をリレーで読む図! 壮観でした。ちいさい子も読み手だったので、読めない字は上の子が手伝ったり、後ろに立ってもらった先生に教わったり。

たくさんの言葉の中に、一個も、けなす言葉はなかったね。うれしい言葉ばっかりいーっぱいあったね。自分のことよく見てて、言ってくれるひとの言葉はうれしいね。

私の知ってるある女の子は、とってもお勉強できたんだけど、中学生でとつぜんご飯を食べられなくなっちゃった。いつもいつも自分の背の丈よりもっと高いことを要求されてしんどかったこと、成績以外のことでお父さんやお母さんにふりむいてほしかったんだってこと、あとからわかって教えてくれました。
背の丈以上は無理するからしんどいし、背の丈以下はかなしい。私は15歳の時に、画材屋さんのおじちゃんから、おまえさんはおもしろいなあ〜〜〜!って本気で言ってもらって、その言葉は私をずっとずっと励ましてくれてるよ。みんなと違う私の感じ方、それをいいと言ってもらえて勇気をもらえたの。私が紅茶でしていることは、このおじちゃんが私にしてくれたのと同じことを、別の人に返してるってことだと思う。

そんな話をしてから「みんなおなじ でもみんなちがう」の絵本を紹介しました。みんなおんなじ人間だけども、ひとりひとりちがうとこ持ってるんだ。それが大事にしあえる学校だといいなあ、って思うよ、と。

196_5

子どもたちの書いた言葉、おとなたちの書いた言葉は、この学校の一期一会の財産。だから持ち帰らないけど、校長先生のおゆるしを得て、写真に撮らせてもらいましたよ。

|

輪島へ

7日は能登へ。
午前中は輪島の子育て支援センターで10人のママと先輩の見守りママにおはなし。午後は門前東小学校でワークショップ。どちらもタイトルは「ほめ言葉のシャワー」。伝えたい中身は同じでも、したことは違う、濃い1日でした。

午前中の、ママたちに向けてのおはなし会のキーワードは、「便秘」。きもちだって便秘するんだよ。あんまりひどくならないうちに、仲間や先輩ママに聴いてもらうこと。話すことは、放すこと、だからね。あなたが聴いてもらったら、今度はあなたが聴く人になってね。
ふりかえりで、一人のママが「お話を聴いているのに、自分の話を聴いてもらっているような気がした」って。不思議だけどうれしい感想。

こじんまりした安心な空気のなかで、ママたちもお子さんと一緒に聞けて、私もマイクつかわないで話せて、一人一人の存在そのものをまるごと受けとめる大事さ、どうか伝わってほしい、と願いながら話せました。私と娘の、プライベートな経験も、この人数だから、話せたよ。

終わってから、見守りママにランチをごちそうしていただいた「一互一笑(いちごいちえ)」も、すてきな場所でした。働いてる若い人たちもうれしそうで。

196_4

こんな機会を、去年に続いてふたたびつくってくれたゆきみさん、ありがとう。
見守りママが朝の市場で買ってきてくれた、ちっこいきうりもトマトも、きな粉のついた朴葉飯も、めっちゃおいしかったです!

|

2019年5月23日 (木)

先生たちに。

火曜日夜は、学校現場の先生たちにお話させてもらう機会をいただきました。2月に、野々市のアルさんでのけんぽうかふぇに参加してくださってた方が、今度は呼ぶ側になってくださったんです。

先生たちの中には、金沢大学の学生さんだった時に大手町の紅茶の時間にいったことがある(30年も前のことだね)、って方や、娘と同じ未満児保育園に行ってた子のお母さんも。

先生たちに、13条を知ってもらえるチャンスはとってもありがたい。13条を自分のものにすること、そして自分のだけでなく、相手の13条も大事にする、ってこと。その実現は、ある意味厳しいことなんだけど、それをいつも心がけていたいこと。
「個人」のなかった戦前の時代、「君たちは報國の民だ!」と国民学校のこどもたちに毎日言ってのたは、先生だったんだものね。

「みんなおなじ でもみんなちがう」の絵本も、こんな日にはかかせない。
この日のおみやげは、身の丈以上をいつも期待されて、苦しくて、ごはんが食べられなくなった女の子のお話の文章と、くぼさんの書いたけんぽうまんが。

最後に前文を暗唱したら、あわせてお口のもごもご動いてる方がいた。一緒に、エアー暗唱してくださってたんですね、っていったら、憲法前文の歌があるんですよ、ですって。

********

 

178

翌日の草かふぇには、先月、コープいしかわでお話した時の方がはじめてきてくださった。

先々週がユンファさんコンサート、先週が律子さんのおはなし会、と続いたので今日は静かな紅茶でしたけど、こじんまり草かふぇで、前文初披露もできました。自分で声にだしてみると、一語いちご、崇高な理想が、からだに染み込んで行くような気がするよ。

|

野洲にお届け

先週土曜日は、日帰りで滋賀の野洲へ。長い歴史を持つ、人権を守る大事な活動されてる会へ、憲法のおとどけ。2月に守山にお話に行った時に聞いてた方が、今回、おこえかけくださった。

出前先によって、毎回少しずつメニューが違う。ワードも新しくなる。

13条は、戦前の全体主義の、ダイナミックなちゃぶ台返し。13と9は互いにバランス取り合うやじろべえの関係。
報國、という言葉は平たく言えば、お国のため。今その価値観にまた引き戻されつつありはしない?
役に立つ立たない、生産性のあるなしの線引き。

だからこそ13条を自分のものする、という13条の自覚が、憲法から求められてるんだと思う。
憲法は遠い政治の話じゃなくて、あなたのこと、わたしのことだよ。ってこんな話をするのに、憲法記念日の朝日のひと欄がとっても助けになる。記事コピーを自己紹介がわりにくばらせてもらいました。

9改憲のからくり、緊急事態条項のからくり。伝えたいこといっぱい。
小林多喜二がとらえられたのは(そして拷問されて、殺された)、1928年に改悪された、治安維持法改正法によるもの。その改正法案は国会でいったん廃案になったものを、緊急勅令により、成立したのです。憲法に緊急事態条項をいれる、って国家が緊急権を持つってことです。それだけ権力におおきな力をあたえてしまうってこと。

参院選が、衆参同時になるかはわからないけど、今度こそ改憲を争点にしてくるのじゃないか、だとすれば60数年ぶりに、憲法が争点の選挙になる。それで数さえ取れば信を得たと言える。何としても言わせたくない私、だから伝えにいくんです。

一時間半枠で珍しく少し余裕があったので、岸内閣憲法調査会の話もできました。
そして前文の語りも!

|

2019年4月29日 (月)

まゆさんで。

練馬のまゆさんに話を聞きにきてくださったかたは、私のベリーショートよりもさらに短いヘヤースタイル、髪の毛だけでなくて、とても個性的な若い方。

その方の心に、13条がとってもとても響いたみたい。

「空」(くう)というブログにその日感じたことを書いてくださってます。

全文がとてもすてき、その一部がこれ。

憲法をここまで身近に感じたことはないぐらい
今日のスウさんの話は響きました。

途中でなんども涙が出そうになりました。
感情の伴わないような涙で、
それほど身体中が振動したのだと思います。

ちえさんの全文は、こちら。

https://1love.link/20190422-2/?fbclid=IwAR2zbn4p73h3MSBxlqfTQxVDf4fPwHl06zJw4QpkYGnYoFnFHP3Wd_Fp0DY

 

|

2019年4月28日 (日)

練馬にお届け

22日は練馬の冷えとりと雑貨のお店、繭結(まゆ)さんにお届け。
194_25
大きなテーブルを囲んで、ちょうど満杯。
林竹二さんの「学ぶことはかわること」の意味もこめて、この日のテーマは「知った、だけで終わらない、やさしい憲法の話」としました。
今回の出前旅の最終日。調布、千葉、藤沢の出前先で、ふりかえりタイムにみなさんの出してくれた言葉が、キーワードのように、早速ここでシェアされます。
13と9はやじろべえ。
13条はちゃぶ台返し。
君たちは報國の民だ!
この日はじめてあったすてきな若い人。私のベリーショートよりもさらに短い髪の毛。個性的なスタイルのちえさん。
彼女はボディワークのおしごとをしていて、いつもいつも、自分を大切に、と、自分にも他者にもいってきたひとらしいのです。
それが、13条だったなんて! もう、泣きそう、、、と言ってました。この発見に、よほど感じるものがあったみたいでした。
9条改憲のからくりの話をきいたえつ子さんは、おっきな詐欺だ!国民の私たちは、いい子で黙ってちゃいけないな、と。
かつての人たちは、国のために生きてきた。戦後に、これからはそうじゃないよ、と13条がちゃぶ台返しをした。それをいつも信じる自分でいないと。それがはじめの一歩だ、と、娘。
この日初めてお会いした川越紅茶の優子さんは、13条の名訳がマイさんの訳だったって、はじめて知ったよ、って。
194_24
まゆさんのお店も、冷えや、からだやこころの不具合などに悩む、一人一人のお客様を大切にしてきて、これまで続いてきてるお店なんだろうと思います。
その根本に、自分と相手の13条がある、って確信することは、きっとあたたかいちからになるだろうね。

|

藤沢におとどけ

21日は、藤沢でおはなしとワークショップ「きもちは、言葉をさがしている〜〜わたしとあなたの13条+12条〜」
藤沢駅から近い、橘市民の家がこの日の会場。もとは病院だった建物が、いま、市民の家としていろんな集まりに気軽につかえるようになっているんだって。
古い木のおうちの、病室だったところがそのまま市民がつかえる和室になってて、とってもいい感じ。
この日は、主催者のさとみさんがしてきたしるしる憲法ワークショップに参加したひとや、私つながりの人たちとでちょうど20名の参加。お部屋は満杯。
私つながりというのは、クッキングハウスの松浦さん、石川から藤沢にきたばかりの菊地くん、彼の職場の先輩、4年前からのFBともだちのりえさん、そして藤沢にお住いの坂本さん、そして娘。
いつものけんぽうかふぇとは違う、3時間枠のプログラム。
1部は、紅茶からはじまって、ほめ言葉のシャワーのワークショップ。
2部は、ほめ言葉のシャワーのリレーのあと、13条と12条の話。9条改憲と緊急事態条項のポイントと国民投票の話。
3部は、二人ひと組のしあわせまわしと、一センチの平和のワークショップ。そして全体ふりかえりのシェアリング。
私のけんぽう話をはじめてきいてくれた菊地くん、13条と9条はやじろべえみたいだ、自分のする12条で、そのバランスをとるんだ、12条しないとくずれちゃう、と。
職場の先輩の藤田さんは、13条を初めて知ってびっくりした、このお話会を持ち帰りたい、と。
娘は、以前の個人がなかった時代のちゃぶ台返しが、今の憲法13条。でも、13条は常に揺らいでる。生産性のない人、役に立たない人は、、、といった発言によってもすぐ揺らぐ。だからこそ、自分自身が、個人の尊厳の13条を信じることを、私たちは憲法から求められているんだ、と。
報國、という言葉を紹介した時、ただ一人、私、知ってるわ!と手をあげたのは、ことし83歳になられる坂本さんでした。
横浜の國民学校にいってた自分は、毎日、教育勅語を暗唱させられて、いつもいつも、「君たちは報國の民だ!」と言われていた、と。
この日、ふいに、あざやかに思い出したのですって。この重たい言葉をじかに知ってる歴史の証言者が、ここに参加してくださってる!とぞくりとしました。
松浦さんの言葉、うれしかったなあ。
ーースうさんは、むずかしいことを、やさしく、深く、伝えたい、と思って、すごく工夫している。
どうやってわかってもらおう、と努力して続けてきたことが、垣根を取っ払って、憲法を知らない人たちに、大丈夫、はいってらっしゃいといって、入りやすい場をつくってくれているね。
この日も、最後に士幌中学の生徒憲章を、菊地くんから。
中学卒業以来、18年間もこれを誰にも見せないできたのは、それほど、この憲章が大事だったから。
紅茶の人たちだったら、大丈夫だ、受け止めてくれる、理解してもらえるって、思ったから、って。
194_21 194_22
夜は、さとみさん、松浦さん、菊地くん、藤田さん、私たち母娘とで夕ご飯。おいしくて、深くて、やさしい時間でした。
194_23

|

どんぐりの木さんにお届け

20日は、千葉稲毛駅から近い、カフェどんぐりの木さんを会場に、より道カフェ・憲法はじめの一歩のとくべつ企画。
「ちいさないのちを守る やさしいけんぽうおはなし会」。
どんぐりさんには何度かお話しにきてるけど、この日はかふぇのひとすみにラグが敷かれて、ちいさなひとたちのすわる場所ができていました。
小学生、中学生、高校生も参加するお話し会、とのことで、いつもの憲法のお話よりもさらにわかりやすく、やさしい言葉でけんぽうのおはなしを、というご注文。
194_18
 
憲法とは。そもそも法律とは。そこから入るお話を組み立てるのに、頭いっぱいつかったけど、たぶん伝わったみたい。
前の戦争は政府がひきおこした、と今の憲法に書いてある。でも、政府ってごく一部の人たちのこと。みんなが進んで協力しなかったら、あの戦争は続けられなかった。
あの時代の憲法には個人なんてなかった。一人一人が自分というものをもつことができてたら、いやなことはいやだと言えていたなら、戦争はあそこまで続かなかったかもしれない。
もう二度とあれをくりかえしちゃいけない。
そのためにこそ、戦争のあとに生まれた憲法の13条で、あなたのいのちはほかの誰ともとりかえがきかない、ってはっきり言い切ってるんだよ。
 
自分のいのちが自分のものでなかった時代が、ほんとにあったこと。
それを証拠づけるのが、去年の秋、帯広・十勝母親大会に行った時、社会を教える山本先生から教わった、「報國」という言葉。
結婚報國も、育児報國って言葉も、その時はじめて聴いて、それ以来、どの出前でもかならずお話してる。
その話をした後で、まっすぐな目でずっと話をきいてくれてた小学5年生に、「キミのいのちはキミのもの?」って訊いたら、即、「はい!」って答えてくれて、ほっとした。
 
この日は、「けんぽうBOOK+」にでてくるお話、女学校にいってた少女が、空襲警報がなった時に、友達の家の防空壕にはいってたことを咎められた話もしました。
警報が鳴ったらすぐ、学校から自分の家にかえって防空壕にはいり、警報が鳴り止んだらすみやかに学校にもどる決まりを、その生徒が破った、ということで翌朝の朝礼で、校長から「非国民」と責められたんです。
今、90歳のこの方は、去年のどんぐりさんでのお話会で、この話を私に聞かせてくださったんでした。
 
この日、こんなにたくさんのちいさい参加者さんが真剣に聴いてくれたのは、どんぐりさんがふだんの努力してきてるからだ、ってわかった。
定期的な憲法勉強会のはじめの一歩だけでなく、絵本やおはなし会や、子育て講座もしていて、いのちの話、社会の話もできる場がここに育ってるってことだと思う。
どんぐりさんの、すばらしい12条する、です。194_20
 
子育て中のママがたくさん参加してる、って意味では、野々市のフェアトレードのお店のアルさんとも、通じてるって思った。
その場にいるおとなが、どれだけ、ママや子どもたちを大切にしてるか、ママたちの信頼を得てるか、ということでもあると思うから。
 
この日の参加者さんの中には、けんぽうかるた、というものを自分でつくって、はじめの一歩ミニとして、どんぐりさんで何回もお話してる人もいた。
194_19
「けんぽうBOOK+」に出てくる、北海道の憲法寺子屋で憲法を教えてくれてる先生って、山本まさとしさんのことですか?と訊いてくる人もいた。私のこの日の話のなかで、報國、という言葉を教えてくれた人と、自分が沖縄のバスで隣り合わせた北海道の人とが同一人物だと気づいたと!
なんとこの方は、この夏、山本さんのガイドで「なつぞら」の現地を訪ねる北海道の旅をするんですって。
憲法を介しての、平和を求めての、すごい出逢い。こんなことってほんとうにあるんですねえ。
194_17

|

クッキングハウスにお届け

4月19日、 15回目になるクッキングハウスでのお話会「スウさんのピースウォーク」。ことしのテーマは、「”私”からはじまる peopleの力」。
毎年メンバーさんがすてきに看板を描いてくれる。お客様、スタッフ、メンバーさんたち、40名近くの方が参加してくださって、会場のクッキングスターは満員。
194_16
雑貨塾の増田康記さんのなま歌からはじまった今年のピースウォークおはなし会は、昨年、2冊のけんぽうBOOKが「平和•協同ジャーナリスト基金(PCJF)荒井なみ子賞」をいただいた、お祝いも兼ねてのもの。
専門家でない私が憲法の本を2冊も書いたわけ。なんの肩書きもどこにも所属してない一市民の作品に、PCJFさんが光をあててくれて、それが大きな勇気と希望になったこと。
2冊目のけんぽうBOOKづくりの裏話。1冊目の本とちがって、9条としっかりむきあわないといけない本づくりは、ほんっとに難しかった。でも、途中で諦めようとは一度も思わなかった。
話をきいてくれた方達との対話、歴史との対話、編集やデザインを担当した娘との対話、それなしには決して生まれなかった「たいわけんぽうBOOK+」。
そういうことのもとをたどると、そこにはおそらく林竹二さんの遺した言葉の影響が、強く私の中にあったんだなあ、って思う。
若い時からわがままで、自分勝手に、好きに生きてきた私が、遅くに母親になった時、実をいうととってもこわかった。
こんな、人として未熟な私が、このちいさなヒトをどうしたら人間に育てていけるんだろうか、って不安がいっぱいだった。
紅茶がはじまって2、3年目に、わがやのふすまをスクリーンにして、紅茶仲間と何回もみた映画。
当時、宮城教育大学学長さんだった哲学者の林竹二さんが、全国の小中高校にでかけて、「人間について」という授業をしていらした。
映画は、林先生が沖縄の久茂地小学校に出かけて授業している、その記録映画でした。
その後「教育の根底にあるもの」という林先生の講演記録の映画もみた。
映画を観た後、私たちは膝にそれぞれの幼子をだきながら、感想をいっぱい語りあったっけ。
「学ぶということは、自分のなかの何かがかわるということ。学んだことのたった一つの証は、かわることである」という林さんの言葉は、その時から深く私の中に刻まれたんだと思う。
知ったことを、自分の中だけで終わらせない。知ったら、伝える、ということを、たぶんそれ以来、心がけてきた。
そういうことの積み重ねの途上に、クッキングハウスとの出逢いがあり、伝わるように伝えること、平らに話すことの大事さをより実感して、今の私がいるんだろうなあ。
話の最後に、菊池くんの卒業した士幌中央中学校の生徒憲章も朗読した。
十勝のくぼさんの描いたけんぽうマンガも、くぼさんの12条する、としてみなさんにご紹介した。
この日は、小学校、中学も一緒だった、大学までの同級生たちがいっぱい参加してくれてた。去年、「平和を求める日本女子大学有志の会」で私のお話会をするのに尽力してくれたクラスメートたちです。
PCJFの代表委員の岩垂さんも、はったんも、はったんの高校の同窓生で、林先生亡き後にNHKで林先生の授業巡礼のドキュメンタリーをつくった戸崎さんも、それから因島のいんのしまいさんも!
トークの後はお祝いのごちそうが各テーブルに並びました。いちごサンドのきれいな彩。紅茶のシフォンの上に、いちごのババロア。
人参ジュースとりんごジュースは、津軽のtodayさんがこの日のために送ってくれたもの。はっさくは、いんのしまいさんが島から担いできてくれたもの。194_15
ふりかえりのシェアリングタイム。クッキングハウスでサイコドラマをおしえてくださってるマッシーこと増野先生が、こう言われた。
「スウさんが、学ぶことはかわること、って。私、今日、かわりましたよ。一度も寝なかったです!」
マッシー先生のこういうとこ、大好き!会場は大爆笑。
娘が「大切な出来事はみんな、クッキングハウスからはじまってた。ほめ言葉のシャワーの発想も、クッキングハウスからだったし、本ができた翌年も、”ほめ言葉のシャワーから平和へ”っていう松浦さんの無茶なオーダーのおかげで(笑)、13条を発見できたこんです。
そうやって発見した13条を、自分は放置してたけど、母がずっと水をやり続け、各地に届けて、聴いたみなさんが、13条を育ててきてくれた。
自分たち親子が、9条という専門家の領域に踏み込んで、新しい本をつくるのはたしかに大変なことだった。
でも去年のクッキングハウスのお話会に参加した時、希望がみえたんです。
30年前に、まわりからどんなに無理といわれても諦めないで、こういう居場所があったらどんなにいいだろうと、松浦さんがメンバーさん達とつくりあげてきたクッキングハウスが、いま、こんなすてきな、大事な場所に育ってる。
そうだ、この大胆なクッキングハウスの物語を、本の最後にもっていこう、そうすれば本がつくれる!ってあの時、確信したんです。
だからメロンBOOKは、クッキングハウスがあってできた本なんです」と。
この日のお話会の最後は、増田さんのギターで、笠木さん作詞の「ペンペン草」を、全員で歌って、踊りましたよ!
マッシー先生、松浦さん、娘と私とで記念撮影。服の色が、まさにサクラとメロンBOOKにあわせたみたいなのが、なんともすてきなシンクロでした!
194jpg

|

2019年3月 2日 (土)

むぎわらぼうしで

むぎわらぼうしの例会で、「憲法のこと、改憲のこと、どう伝えよう」ってテーマでたいらなけんぽうおはなし会、してきました。

むぎわら会員さん以外にきてくださった方たちも何人か。むぎわらのこの自由さ、外にむけてのウエルカムさもまた、たいら、ってことでもあるね。

一時間半ノンストップ。最後の緊急事態条項は早口になったけど、今の素案が7年前のよりマイルドになった分、歯止めがなくなってより危険が増してる、ってあたりわかっていただけたかな。これに詳しい災害系弁護士、永井幸寿さんの金沢講演会では、真っ先に、「戦争のつくりかた」のアニメーションが流されたことも話しました。憲法に緊急権かきこむってこういうことなんですよ、と永井さんがおっしゃってたことも。

みなさんの一言振り返りの時間はなかったけど、お部屋でたあと、
むぎわら先輩の東こうじさんから、ひじょーによかった!(採点のきびしいこうじさんから、「ひじょーに!」って最高のほめ言葉)
東しげのさんから、今日はとっても得した気分、
西本さんから、伝え方すっごく工夫してるんだねえ、
新田さんから、そのままマジックのこと、すっと入ってわかった!
また別の方から、たいらな言葉で12条することの大切さと危機感、難しさを感じながら聴いていました、
などなど、たくさん言葉をいただいて、むぎわら一員の私としてもうれしいかぎり。
なつかしい五郎さんにもひさしぶりにあえたし、ピースウォーク仲間もきてくれたし。私を昔から知ってくださってる方たちにあらためて、憲法を今語れて、こっちこそほんとにありがとさん。

聞いたことを自分の中だけでとどめないで、またしらせあってくださいますように。北海道のママみたいに、まんがの得意な人はまんがで、FBしてるひとは、初めて知ったことや知ってよかったことをFBに、パソコンしない人は、いいな!と思ったページや記事をコピーして手渡しで、とか、一人一人にできる12条がきっとあるはず。
知識を貯めた分、上から目線や評論家にならないように、平らに平らに心して。むずかしいけど、それが私の願う平和のつくりかた。

|

より以前の記事一覧