2009年9月17日 (木)

一人ひとりの一票

Photo_2 一人ひとりの一票が、政治のかたちを変えるちからを持っている。そのことをしかと感じさせてくれた8月の衆院選だった。

新しい総理大臣誕生の場で、何度も「国民主権」という言葉を聞いた。お~~~、そうだ、憲法の主語は「わたしたち」なのだった、今の憲法ができてから62年間ずっと。でもあまりにそう思えないことが多すぎて、つい忘れてしまいそうになってた言葉でもあったんだ。

新政権での、まっさきに取り組むべき大きな宿題は、なんてったって税金の使われ方の見直し。

その一つ、あまくだりやわたり、などにくっついてくる退職金。この数ヶ月間に、天から駆け込みで下ってきた人たちを、取りしまる法律がまだまにあわないのなら、せめて、名前と顔くらい公表して、みんなが知るようにできないものか。

こういったことに代表される、おおきな力を持つ一部の人たちだけがいい想いをする、そんな仕組みを、新しい政治のなかで、ぜひ変えていってほしい。

だけどそのためには、私たち一人ひとりが無関心のままでは、きっと何もかわらないんだ。

国レベルと額の差こそあれ、私たちが町に支払ってる税金にも、もっと関心を持とう。津幡町の市民グループ「風」の有志が、町会議員の政務調査に関する裁判を起こしているのも、その一例です。

         

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2009年8月31日 (月)

能登で、はじめて。

Photo_2 きもちのよい朝。

応援してたこんどう和也さん、ほんとうにがんばりました!
最終的には、相手候補と2、200余票差で、能登にはじめて、自民党以外の、35歳の国会議員が誕生。
 
昨夜、津幡のこんどうさんの事務所に9時すぎにいくと、みんなも集まっていて、テレビでどんどん、他県の結果が出る中、石川3区はなかなか数字がでず、やきもき。

輪島や奥能登で強い、相手候補との差が、はじめは7000くらいもあって、一時は、ヒヤリ。
でも、津幡のとなりのかほく市、内灘町で勝ち、そして真夜中近く、私たちの津幡町で、11、000:10、000でこんどうさんが勝ったとわかったとき、第一段階の、やった~~~!の声。

何度も何度も、誰も見ていないところでも、たとえ一人でも立って、
街頭演説していたこんどうさんの誠実さ、あきらめない意志が、
津幡のひとたちにも届いたのだと思った。
実際、駅の近くで家のなかから何度も演説をきいていたという女性が
もういてもたってもいられなくて、と事務所をさがして、駆けつけてきていた。

それから、七尾でも、羽咋でも、こんどうさんの票が相手よりうわまわり、こんどうさんの間違いない勝利が確定して、第2段階の、やった~~~~!!よかった~~~!!
一緒に草の根の応援をし続けてきた仲間たちとも思わず抱きあう。
この歴史的な瞬間にたちあうことができて、ほんとうにうれしかった。

こんどうさんの、涙と笑顔でくしゃくしゃ、でも実にいい顔が、ほどなく地元のテレビにうつしだされた。
3日前に亡くなられたお母様の遺影を高くかかげて。
以前よりご病気だったお母様は、期日前投票の初日に投票されたとのこと。

世襲でなく、地盤もなく、テレビで顔が知られてもいない、元証券マン。
能登に生まれて、能登に帰ってきて、政治の道をめざしたこんどうさん。
無党派の70%のひとが、こんどうさんにいれたと今朝の新聞に出ていた。期待が大きい分、これからさらに大変な、厳しい日々がはじまるのだろう。
経済に強いこんどうさん、国会にいって、しっかり高級官僚たちともたたかってほしい。

そういう議員さんになれると信じています。
そのことをこれからもちゃんと見ていきたいと思っています。

応援してくださってたかたたち、ありがとう!

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2009年8月29日 (土)

私の一票

098 ← ハツユキカズラの根が、オリーブオイルの空き瓶の中で、根を伸ばし伸ばし。光をあびて、葉も伸びて伸びて。

             *****

おととい木曜の夕方には鳩山さんが、きのう夕方には麻生さんが、津幡町へ応援演説に。

それだけ、この石川3区が選挙の激戦区で、注目されている、ということなんだろう。なにしろ、日本でただ一つ、自民党以外の国会議員が当選したことのない選挙区、野党候補が勝つなんて、それこそ与党にあってはならないことなんだろう。

テレビで、与党のCMが流れてる。麻生さんの顔に続いて、「日本の成長」という文字。その言葉に強い違和感があったせいか、麻生さんの津幡での演説に集まった支持者のひとたちが、手に手に日の丸の小旗を振っている光景をテレビで見て、一瞬、時代が逆戻りしたような気がして、ぞっとした。

日本の成長、の前に、ひとりひとりの暮らしがまずあっての、生活を守れての、国、のはず。順序が逆です。

              ****

でも不思議なことに、4年前は、改革の名のもとに大勢の人が、自由主義経済にゴーサインをだしたのだったよね。グローバリゼイションというカタカナ語の、世界経済に競争して勝ち抜くことこそ、日本を守ることで、それが、一人ひとりの暮らしよりも大事なことのように思わせられて。

いや、そんなつもりはなかったって?郵政のことだけ聞かれての、yesかnoかだと思っていたって?そうだねえ、そう思うように、当時の首相は言ってたものねえ。

日本という国(というか、組織)が勝ち残るために、私たちの大切にしてるものがなくなっていく、という図式がそもそもおかしいと思う。これではいつまでたっても、税金の無駄使いはなくならないし、天下りもなくならない。

                  ****

紅茶に来続けてる若者が、ひと月前までは、投票に行く気なんて、まったくなさそうだった。選挙なんて自分とは無関係。誰がなったって同じ、の呪文に縛られてもいたんだろう。

でもこの前会ったときの彼は、投票にいく意思が少しでてきたみたいだ。もちろん選挙区も違うし、どこどこに入れてね、とも一言も言ってない。

だけど、一人ひとりの投票する、という行動でなにかを変えていけることを実感できたら、かかわることの意味を、多少は彼も感じられるかもしれないと思う。

                      **

誰がやったってどうせ同じ、という、植えつけられた意識をかえたい。

いよいよ明日は投票日。自分の権利を悔いなく実行にうつしたいです。私の大事な一票をいれたいひとが、自分の選挙区にいる、そのことの幸いに感謝しながら。

          ****もひとつ、つけたし****

投票日には、選挙と同時に、最高裁判所裁判官の国民審査もある。

イラクに自衛隊を派兵したのは憲法違反、という派兵差し止めの裁判をおこした弁護団の弁護士さんたち、原告のひとや支援する人たちからのお願い文を以下に。

             ***↓***

憲法擁護の運動として、「自衛隊イラク派兵差止訴訟」の原告から
のお願いです。

同訴訟の全国弁護団会議で、「竹内バッテン運動」を進めております。

今回の選挙の投票時に「最高裁裁判所の裁判官の国民審査」
が行われ、「竹内行夫」が含まれています。
この裁判官に×をつけてくださるようお願いします。

 竹内行夫氏は、小泉時代に、ブッシュのイラク戦争支持や自衛隊
のイラク派兵を決定し、実際に実行した外務行政の責任者、外務省
「事務次官」でした。
氏はまた、イラク戦争に反対した当時のレバノン大使・天木直人さ
んを「クビ」にし、高遠さん達3人がイラクで身柄拘束されたとき
に、「自己責任だ」と切って捨て、3人へのバッシングを引き起こ
しもしました。
今、「イラク戦争は間違っていた」とブッシュ元大統領でさえ反省
しています。
「日本のイラク派兵は違憲である」と、名古屋高裁も判断を出しま
した。 (九条一項違反、すなわち、「日本は戦争行為をしている
」との判断です。)
竹内氏は、間違っていたイラク戦争を支持し、違憲と批判されたイ
ラク派兵を進めた張本人です。

麻生首相は、裁判官出身ではなく外務行政のトップだった竹内行
夫氏を最高裁の裁判官に任命しました。
違憲判決が出た後に、イラク派兵の責任者を最高裁の裁判官に送り
込んだのは、「イラク派兵については全く反省もしない」「これか
らも今の憲法を守るつもりもない」という意思の表れです。(後略)

           *****転送ここまで。

知らない人の名前に×をつける、という行為に抵抗感のあるひとは当然いると思う。選挙公報と同時に、この国民審査の広報も配られて、そこには、判事の略歴や判例、判事としての心構えなどが載っているものの、いいことしか書いてないので、それ以上のことはわからず、判断しようがない、というのももっとも。

だけど、地裁や高裁でせっかくいい判決がでても、最高裁でひっくり返されることが多いのもまた、事実。広報以外の情報もチェックして、審査をうける判事がどういうひとなのか、より詳しくわかったらなおいいと思う。

この国民審査の「竹内バッテン」については、アクセス数全国一の「きっこのブログ」にも詳しく書かれてる。ご参考までにぜひ。http://kikko.cocolog-nifty.com/
 

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2009年3月10日 (火)

「風」を読んでみてくださいな

津幡町の市民グループ「風」のHPが、
以前より見やすいかたちになったことの、お知らせ。
      ↓
http://kaze.zashiki.com/index.html
          ***
ボートピアというギャンブル場誘致への反対からはじまった市民グループ「風」、桐生競艇を持っているみどり市と、津幡町との協定は、去年4月に結ばれたけど、国交省の認可もまだおりておらず、工事ももちろんまだ。
「風」はもちろん、今も、これからも、ボートピアにNO!をいい続けていきます。
             **
議会のたびに、「風」はボートピア関連やその他の請願を提出し、
「風」の二人の議員さんはそれに関する一般質問・討論をし、
議会が終わると「風」メンバーは何度も何度も編集会議をひらいて、
議会の様子や町のひとの声を伝える「風つうしん」を発行し、
それを津幡町内の12、000軒のおうちにお届けしています。
        ***
「風」はまた、財政部会というのをつくって、町の財政調べもはじめました。学習会で発表した「町の家計簿」は、その財政部会の苦労苦心のたまもの。
HPでは風つうしんも、「町の家計簿」も読むことができます。多くの方にごらんいただけたらうれしいなあ。
                **
町の教育委員会傍聴の厚い扉!も、去年やっと開きました。
(何回も何回も風メンバーが傍聴を希望し)
だけど、町の大切なことをきめる常任委員会の傍聴はいまだ、部屋が狭い、という理由で許可されず。
(おとなりのかほく市も内灘町も、もちろん傍聴可。津幡に住んでるものでも、傍聴できます)
          **
それでも、
年にほぼ4回の「風つうしん」を配りながら、
ほんのわずかながらだけど、これまで津幡町にはなかった風が、吹いてるのを感じます。

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2008年11月 1日 (土)

せんだんの夜

七尾一本杉通りのおかみさんたちの勉強会、せんだんに行く。今回は半年ぶりということもあって、全員が顔をそろえた。

おかみたちがそのきっかけをつくった、毎年5月の一本杉通り花嫁のれん展。それが発展して、この10月、東京文京区の旧安田邸で花嫁のれん展をしてきたばかり。おかみたちがかわるがわる花嫁のれんの語り部として、安田邸につめた6日間。

この半年間で心動いたできごとは?と投げかけると、ほとんどのひとが、東京展での感動を、生き生きと語ってくれた。北陸の、それも能登発信ののれん展が、多くの反響をよんだうれしさ。

旧安田邸を守る応援団ボランティアのひとたちの、みごとな仕事っぷり。失礼なお客には毅然と、ノーを言う凛とした態度に感心したこと。ていねいにのれんのものがたりを語ることで、たくさんのひとにとてもよろこんでもらえたこと。一本杉のおかみであることの誇りも、ぐんと増したみたいだ。

大きなできごとを経験したあとには、きっとあたらしい課題も生まれてくるはず。この日のテーマは、その課題を発見し、みなで考え、これからの一本杉にどう生かしていくか、についてだった。花嫁のれん展が多くのひとに知られるようになればなるほど、あらたな悩みも難しさもでてくるだろう。でもこのおかみたちのパワーと情熱があれば、きっと越えていけそうに思う。

今回の東京展では、七尾がどこにあるか知らない人がいっぱいいることもわかった。石川県能登半島中ほどの七尾を、「新潟の輪島」とか、「八尾」(これは富山県)と勘違いしてる人もいて。その意味では、まだまだ発展途上なり。

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2008年7月17日 (木)

システムとして

大分県の教員採用試験の不正が明るみに出て、
全国で震え上がってるひとがどれくらいいるだろう。

大分だけ、のはずがない。うけとる方は、これもシュウカツの世話の一環で、もう当たり前化してたかもしれないが。

いつも疑問に思うのは、親が、子には内緒で上に頼むのか、それとも子ども自らが、頼んでくれと親に頼むのか。

もし後者なら、自分の人生をひとに頼んで生きる、
そこに誇りはあるか。曲がりなりにも、子どもを教え、育てるという役目を担うひとが。

遠くの大学を出て、教員採用試験は地元で、そして一回目で合格する。あらぬ噂をたてられたくないひとは、あえてそうはしないかもしれない。

この件で、娘とメールのやりとり。

「そうでもしなければ教師になれない、っていう教採のシステム自体が、
なんだかおかしい。

前に読んだ本に、アフリカの社会システムでは、
コネがなければ何もできない、なれないのが現実、って書いてあったんだけど、それを書いた人は、
努力してもどうにもならない、っていう状況があること自体、
社会がシステムとして機能してない、崩壊してしまってるってことなのだと言ってた。

そう考えると、
親か親戚が教師でなければ、とか、議員を知らなければ、とか、何も無くて新卒で一発採用は難しい、っていうこの事実は、システムの崩壊に近いものがあるような」

そうか、一人ひとりの生き方が問われてるだけでなしに、もしほんとにどうにもならない状況があるとしたら、教採がシステムとして機能してない、ってことでもあるのか。

(こう書くと、教員採用試験すべてが灰色だったり悪者にみられてしまいそうだ。実際に、何年もかかって自分の実力でたしかに難関をくぐりぬけ、非常勤講師から本採用になったひとたちがいるのを個人的にも知っているから、十把一からげでは語れないのだが。)

   ***

システム、といえば、さらにもっと気がかりな、今の社会のありよう。

いくら働いても、どれだけ本人が努力しても、そのことがまっとうに評価されない、報われない。そんな働かされ方を強いられる社会そのものも、また、ものすごくおかしい。社会システムとしたら、もう崩れかけてるんじゃなかろうか。

「蟹工船」の本が書店で平積みにされ、たくさんの若い人たちがそれを読む、という今の時代。

   ***

ニュースによると、今週末におこなわれる大分県の今年度の教員採用試験では、成績を名前や受験番号から切り離して、成績だけで合否の判断をすることにしたという。
じゃ一体なんだったんだ、これまでは。今までのシステムはそもそも、不正を生むためのシステムだったのか?

いずれにしても、今回の件で、先生を信じない子どもが今よりもっと増えたとき、クラスにいったい何が起こるだろう。

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2008年5月29日 (木)

扉がひらく

教育委員会ってなにをするところだろう。そのことを一番意識したのは、去年の、河合谷小学校閉校問題でだった。        

村のひとたちが禁酒のお金をためてまで学校舎を建てかえたことで、世界にも知られる河合谷地区。特別認定校として、津幡町のどの校区からも通える小学校になってからは、自然がいっぱい、少人数で教育をうけられるのがいい、と、河合谷小を選んでくる子どもたちもいた。この学校に通うようになって元気をとりもどした子もいる。

おととし秋の教育委員会で、この小学校の閉校が決められ、上から突然降りてきたお達しに、親たち、地区のひとたちは驚き、できる限りの反対をした。住民たちの直接請求で、去年秋には臨時議会もひらかれた。

「風」もできる限りの応援をし、「風」議員も議会でもちろん反対した。でも不思議なんだ、この町ではだいじなことが、”はじめから決まっている”みたいなんだ。出発点の教育委員会会議に議件として出た時点でもう、閉校が決定されてたみたいなんだ。会議の記録をみても、きちんと話し合われたようには思えない。

ボートピアの視察に、教育委員会もおととしに行っている。何の問題もないと教委は視察報告をだして、こっちの話もどんどん進んだのだ。

教育委員会ってなにをするところだろう。委員会の傍聴を「風」は申し入れたけど許可されず。仲間が調べた。5年前から教育委員会議の公開がすべての自治体に義務づけられていることがわかった。(なら、そう言ってよ)

去年12月から、いったい何度、「風」から申し入れ、傍聴の要望書、申請書をだしたろう。そのつど、部屋が狭いことを理由に、ことわられ続けた。

射水市で子どもの権利支援にかかわっていたMくんに話すと、今どきそんなとこがあるんですか、傍聴できないなんて信じられない、と目をまるくして驚かれた。                       

ついに、扉がひらいた。5月の教育委員会議から、津幡町でもはじめて傍聴ができることになったのだ。ただし、狭いので、3人まで。申し込んだ8人は抽選でくじを引き、いつもくじ運の悪い私がその一人に。(はいってみたら、部屋にはまだ入れる余裕があった)            

会議は議件にそってたんたんと進む。河合谷小や、ボートピア視察に関しても、おかしい、という疑問の声なく、こうやって諒承されたのだろうか。

今回の議件のなかで、学校経営計画書及び学校評価計画書のことがとても気になった。現場で子どもたちの評価はもちろん、先生にも評価が導入され、そのことで先生たちの悲鳴が聞こえる。つぎは、学校評価?ここでも競争か。                

評価する評議員は誰がなるのか、もと校長、区長、地域とつながる人?など声がでて、第一、何を評価するのかもまだよくわかっていない様子。

評価をする主体は、国でしょう。上から降りてくるものにただ従う、そのことへの危機感をもっていないと、あぶないあぶない。 とくに憲法を変えたがっている政府のもとの教育で。    

扉がひらいた。 待ってるだけでは決して開かなかった扉。 風仲間のねばりつよい努力、尊敬&感謝。

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2008年4月29日 (火)

意思表示

4月30日に、群馬県みどり市と津幡町は、ボートピア津幡に関する協定を結ぶ。行政間協定の締結、とよぶのだそうだ。

30日の締結の話は、津幡町議会の議員全員協議会の、最後の最後にいきなり出されたという。

みどり市議会で話しあわれた協定書(案)を「風」は入手して、それをみんなで読み込む。みどり市側は、ボートピア進出に関して、決して損をしない、リスクを負わない仕組み。津幡町側の協定の中味について、細かいことはなにも決まっていない。その上、ボートピアに関する一切の責任は、委託する民間業者が負うことになっている。

「風」は、24日朝の津幡駅で風つうしんの号外をくばり、28日町長に、締結の前に風との話しあいの場をもってほしいと申し入れしたけど、それはかなわず。

明日30日、「風」は町役場に抗議の意思表示をしに行きます。今でも、多くの津幡町民はボートピアに反対です、と。

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2008年4月22日 (火)

若葉のころ

風つうしんの郵便やをする日は、いつも空に恵まれるsun。第6号の今回も。

いろんなお宅の玄関で、庭先で、垣根で、咲き乱れる花たち、木の花たちにあいさつしながら、夫とふたりで楽しく配り終える。頭のなかでずっと流れてたBGMは、4月だけど、ビージーズの♪1st of May 若葉のころ。

今回から、紅茶つながりの若者も郵便やにくわわってくれた。名乗り出てくれてありがとう。おお助かりです。

            

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2008年4月 5日 (土)

すっきり

Photo  ← よくよく目を凝らすと、水仙の茎がつらぬいている茶色の葉っぱがみえるだろうか。枯れ葉をおしあげ、土から出てきた若い葉のまっすぐなちから強さに、ちょっと感動。

ゆっくり書いたいのみら、でも出すのは今回は超特急で。なんと水曜のお昼前に刷り上ってきて、今日土曜の朝には、450通の発送を終えることができました。新記録なり。お手伝いくださったかたたち、本当にありがとう。

年に、2,3回発行するいのみら通信は、私からの slow love letter だ。書き上げてすっきり、出し終えてすっきり、と2度、私にごほうびをくれる。そして、昨日今日、遠くの方たちから、着きましたよ~、うれしくなって、声が聞きたくなって、とお電話をいただく。これも、ごほうび。

    ****

おとといの夜は、もうひとつの通信、風つうしんの編集会議だった。夜の会議中、たびたび私は居眠りするのだけど、おとといはとくべつにすごかった。数日間の寝不足が、わざわいか幸いかして、風仲間の話し声を子守唄のように遠くに聞きながら、たぶん、会議の5分の4は眠っておりました。座ったままでよく眠れるね、と感心されたくらい、よく寝ました。

こういう私を見せても大丈夫な風の仲間は、一人ひとりが異なるすばらしい能力を持っていて、わいわいがやがやいいながらも仕事が前に向かってすすんでゆく。つうしん印刷予定日のまじかになると、超能力を発揮してくれるひとたちがちゃんといて、まるで魔法のようにつうしんが完成する。

いのみらにも書いたけれど、そんな風つうしんのバックナンバーは、風のHP http://kaze.zashiki.com/index.html からもごらんになれます。この「きもち」ブログの右側をずっと下のほうにおりてゆくと、「マイリスト」の項目があって、その2番目に「津幡町・市民グループ風」があります。 

 

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2008年3月 1日 (土)

なんやこれ!

3月5日から始まる町議会の前に、「風」仲間が急きょ作った風つうしん号外。いつも不思議と、つうしんをくばって歩く日は、天気にめぐまれる。今回も、2月にはめずらしいポスティング日和。

群馬県みどり市が津幡町に、桐生競艇の場外舟券売り場のボートピアをつくろうとしていること。それを知って、「風」の15人でみどり市に行ってきたこと。みどり市は民間委託する業者に全部まかせるので、一切の責任を負わないと言っていること。

みどり市に行ったことで見えてきた疑問を、「風」は町長に直接ぶつけた。町長とボ賛成の議員たちがその後、あわててみどり市に出かけた。

競艇とボートピアをめぐる、めっちゃ複雑でややこしいお金の流れ、その仕組みとカラクリを見開きページに。

ボートピアをつくることで、みどり市に入るお金ははじめから保証されている。年間2億円+競艇をする沼や駐車場の貸し賃3億円+売り上げがよければもっと。

一方、津幡町には売り上げの1%が、環境整備費という名前(の迷惑料)ではいる予定。年に2400万円。けれどその額を町が手にするには、津幡町民が年間3億円の舟券を買うという計算(業者が出した試算による)。

なんやこれ!と思わず言ってしまう。だから今回の号外の大見出しは、「なんやこれ!!」

とらぬ狸のなんとやら。それ以上に、情けなくて、悲しくなる。一番笑うのは、誰だろう。

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2008年2月15日 (金)

風の一週間

発行部数12,000部の「風つうしん」は、私たちの大事なメディアだ。12,000軒ある町内のおうち一軒一軒に、風のメンバーと応援して下さる方たちの手でお届けしている。

そんな配達中に、何人かのひとから、「あ、風さん」と声かけられた。

風さん、かぁ。まるで誰かの苗字みたいだ。呼び捨てじゃない、さん、のなかに、いつもごくろうさん、いつも読んでますよ、というあたたかなエールが聞こえる。そうだね、風は、ひとりひとりの意思が集まったものの呼び名。市民団体、というよりは、ずっとひとっぽいから、さん、ってつくのも不思議じゃないかも。

    ***** 

ここのところ、桐生競艇をもっていて、その場外舟券を売るボートピアを、津幡に作りたがっている群馬県みどり市の動きが急にあわただしい。

1月28日、市の議員全員がいる席で、津幡にボートピア進出を、の話がはじめて出たのだという。津幡?一体どこだ?と、寝耳に水の、とまどう議員たちもいたとのこと。

で、急きょ、2月1日 みどり市長がはじめて津幡を訪問。
ボートピア、どうぞ来てください、の町長たちが出迎えたため、町民有権者の半数以上もがボに反対してることは、とうてい伝わらない。

2月8日、津幡の3人の女性議員(うち二人は「風」のメンバー)がみどり市に行って、市長に面談。「風」が、ボに関してこれまで40以上の請願をだしてきたことも。

     ******

前々から計画していた「風」の看板づくりにいよいよとりかかる。

2月9、10日。連休の2日間で、「風」仲間は、みんなペンキまみれになりながら、朝から晩までかかって、畳4枚分の大きな立て看板を完成させた。

「ボートピアはいりません、NO!」の大きな字の横には、「多くの津幡町民は、ボートピアに反対です」の文字。看板の中の、「場外舟券売り場」や「市民グループ」の字と同じように、プラスティックファイルをカッターで、一字一字切り抜いて、ステンシルPhotoにして、ペンキをポンポンたたいて塗りこんだ。

2月11日、町役場の斜め向かい、中央公園の真向かい、という、超目立つ場所に看板を立てて、マスコミさんにも来てもらって完成式。Photo_2

津幡の町を走りながら、どうぞ見つけてください。アルプラザから来たら、信号一つ目越えて、右手。明るい黄色がいやでも目に飛び込んでくる。

                  

*******

翌12日、「風」の15人で、バスでみどり市へ。市とみどり市議会に、ボートピア反対の要望書を手渡しにいったのだけど、市職員のオープンな対応に、住民へのサービス、を感じた。本来はそれが行政の当たり前なのだけど。

前回の風つうしんに、向三軒両隣市町と津幡町の情報公開度を比較した一覧表がのっている。本会議中の常任委員会(の話し合いの中で、出した請願の採択か否決かが、ほぼ決められてしまう)の傍聴も、教育委員会の傍聴も、許可されないのは津幡だけ。

みどり市でははたして傍聴が可能かどうか聞いてみた。  

「もちろん。慣例です、開かれた行政をめざしてますから。住民が主役ですから」 そもそもそんな当たり前のことをなんでいまさら聞くのか、と不思議そうな議会事務局のひと。みどり市では、市外のひとの傍聴も許可されてるそうだ。津幡のお隣のかほく市も同じく。

みどり市まで行かなければ見えてこなかったこと、ボートピアに関する不透明な部分、いっぱいある。また仲間たちとくんずねんずしながらつうしん作って、町のひとたちに知らせていかなくっちゃね、風さん。

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2007年12月23日 (日)

ある授業

かなもりとしろうさんの授業は、まず、「右という漢字はどう書く?」から始まりった。口でごはんを食べる手、から来た「右」という字。

では、「左」という字は?右、のロの字が食べる口なら、左という字のエの字は何だ。エというかたちは、何に似ているだろう。のこぎりを持つ手が右手なら、ノミを持つ手はどっちだ。「左」という字はノミを持っている手、という左手から来てるんだ。

右手と左手が組み合わさったのが、「友」。重いものを持ち上げている、という字が「力」。友だち同士の力を束ねるのが、協力の「協」。「老」は、力をいっぱい持っていること、持っているひとが「老」人。じゃあ、その力とは何だ。お年寄りがいっぱい持っているものって何だと思う?

老いたひとが持っているもの、知恵、経験、想い出、人生、年輪、歴史、ともだち、家族、ゆとりある心。そうだね、昔はじじばばが子育てを支えてくれてたんだ。昔話に、そういえば、父母は、でてこないなあ。

                 *****

先週の日曜日。河合谷小学校の小学生13人と、親たちと、ほかのおとなたち、参加した全員がこの時間だけは金森学級の生徒になった。

つぎつぎ投げかけられる問いかけの「?」ボールに、子どもも大人も考える、考えるのがだんだん楽しくなってくる、ボールを返すたび、体じゅうで応えてくれるかなもり先生の反応もうれしくて、想像力の翼もどんどんと広がってゆく。

この日、かなもりさんが読んでくれた絵本は、いぬいとみこさんの「ちいさなちいさな駅長さんの話」。

ーーーー日本海のほとりのちいさなちいさな駅に、ちいさなちいさなきかんしゃがとまりました。「ねえ、おべんとううってないの」と、男の子にいわれて、ちいさなちいさな駅長さんは大よわり。

何度も何度もくりかえされる「ちいさなちいさな」のリフレイン。この、ちいさなちいさな、から、みなさんは何をイメージしますか、の問いかけに、真っ先に「未来」とこたえたのは河合谷の小学生だった。

おとなたちや他の子たちも、首をかしげかしげ、続ける。

・とっても大切な・他にはない・かけがえのない・貴重・なくてはならない・一つしかない・願いがはいっている・ひとに知られていない・過疎・電車の本数が少ない・守りたい・守ってる・唯一・世界に一つだけの花・さびしい・たったひとつ・なかったら困る・そこにいるだけでいいんだよ

ちいさな絵本から、なんと豊かなイメージがふくらみ、未来へとつながっていったことだろう。言葉に出さずとも、想いは、河合谷小学校の存在の貴重さに重なった。

    ****

授業を終えたかなもりさんは、河合谷小の子どもたちのすばらしさを何度も口にしていた。そのわけの一つは、関係性にあるだろう、と。人と人。ひとと自然、声かけしあうちいさな共同体。

切磋琢磨、という言葉に、本来、「競争」という意味あいはない。この言葉の本当の意味は、励ましあい、支えあう、ということだそうだ。かなもりさんをうならせたのは、本当に切磋琢磨している、河合谷の子どもたちだった。

ちいさいから劣っている、という考えは、文化を抹殺すること。もし今、このちいさなちいさな小学校を残そうとする政治判断があったなら、それはのちのちまでも高く評価されることだろう。津幡町のすばらしさがもっとひとに伝わってゆくだろう。

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2007年11月 3日 (土)

たからものの小学校

10月最後の日曜日、河合谷小のさわらび祭を見に行く。全校生徒13人、こじんまりしてるけど、その分、一年生であろうと何年生であろうと、一人ひとりの存在感のでっかいこと、一人ひとりが輝いてることに感動してしまう。

河合谷小のもとの校舎は、村びとたち全員が何年間も禁酒して、その分のお金をためて建てたもの。今は他の地区からのこどもたちも受けいれてる小規模特認校。昔と同じように、地区をあげて子どもたちの育ちに、あったかく深くかかわっている。

この小学校に来て、その子その子の自分らしさを出せるようになって、きらきらしてる子たち。よろこんで通ってきてる子たち。河合谷小の教育のゆたかさは、津幡町のたからもの。

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その小学校を来年春で閉校にする、と教育委員会から突然言われた河合谷のひとたち、親たち。地元も親もまったく納得いってないのに、話し合いもないまま、議会が閉校をきめてしまった。とうとう直接請求という手段で、河合谷小のことを議論する臨時町議会が10月末に開かれた。

閉校の理由が、はじめは経費のことばかり。でも実際は言うほどかからないことが明らかになってきた。そしたら今度は、閉校に賛成する議員たちによる、少人数学級非難の言葉のオンパレード。

・自分の意見を伝える能力が、少人数では育たない…
・少人数教育は、質、内容ともに劣る…
・教員数が少なく指導面のバリエーションが…
・忍耐力が育たない ・切磋琢磨できない

・国際化に通用するような人材が育たない
・わがまま、競争力がない、・責任感がない 

・連帯心、自立心がさまたげられる、社会性が育たない

これらの言葉を次々と、傍聴にきてた保護者たちは聞かされたのだ。泣いている親ごさんたちもいた、議会のあまりのひどさに、怒りと悲しみでいっぱいになる。
河合谷のユニークな教育を冒涜(こんな言葉、初めて使う!)するばかりでなく、全国の小規模校の子どもたちにも、教育者たちにも、なんとなんと失礼な、ひどい言葉の数々。

なんとか河合谷小学校の存続を、と願う「風」仲間の二人も、同じ想いの他の議員たちも、懸命に意見を述べたけれども、圧倒的多数による、多数決で、願いは否決された。閉校の理由は、こどもたちのため、なのだそうだ。少人数ではよい子は育たない、と。

悲しいけど、これが今の津幡町議会の、現実。

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2007年9月14日 (金)

another 風のこと

私の住んでいる町にこの春、ひとつの風が生まれた。

ボートピア、というギャンブル場の建設をなんとかとめたい、っていうひとたちの想いが集まって、「風」になった。

ボの計画を知って、ちょうど一年になる。とてつもなく長い時間だったようでもあるし、逆にあまりにいろいろありすぎて、ふりかえる今となっては短かかったようにも思えてくる。

「風」のそもそもは、「津幡町の子どもたちの育つ環境を考える100人委員会」。それが「500人委員会」になり、やがて「700人委員会」になった去年の秋。

町の議会をボウチョウするのもはじめて、セイガンを出すのも、書くのも、はじめて。ショメイをもらいに歩きまわった暮れとお正月もはじめて、という冬。

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町の半分以上のおとなたちが、ボ計画に反対の署名をした。いっしょに動いたどのひとも、こんなカツドウはじめてのひとばかり。

はじめてづくしを通して、それまでとは違う町が見えてきた。不等式で書くと、比べるまでもなく、がっかり>うれしい。

だけども、うれしい、の中味はものすごく濃い。この町に、想いを同じくするひとたち、あきらめないで行動するひとたちが、こんなにいたんだ!と発見したこと。希望の芽。

「700人」は、春には「風」に脱皮して、ボはいらない、をかかげて、県議選と町議選というはじめての嵐みたいな経験をした。「風」仲間のふたりが、町の議会にはいることになった。

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多数決ですべてがきまる議会のミンシュシュギ。町のひとたちの願いはいっこうに届かない。

けれど少なくとも、声を議会に届けてくれるひとがいる、町の決めごとがどのように決まってゆくのか見せてくれるひとがいる、そのことの意味は大きい。

「風」ができること。

議会を傍聴する。議会のなかみを知らせる「風つうしん」を、町のすべてのおうちに届ける。町をもっと知る。町のひとたちの声を聴く。

ボ問題とあわせて、今は、この町のたからもののような河合谷小学校をなんとか残そうと、自分たちのできるお手伝いをする。

ちいさな市民グループ「風」。

追い風どころか、つねに向かい風だ。動くたび、壁にぶつかるだろう。議会に送った仲間を支えることは、だからとっても大事な「風」のしごと。

空気が動いて風になる。

一人ひとりのなかにある空気を、風にするのはだれだろう。気づいたひとから順じゅんに、あせらずに。

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2007年3月13日 (火)

議会最終日

注目の津幡町議会は、いよいよ明日、あ、もう今日の、13日が最終日です。
町長は、グッドワンと交わした同意書を撤回する意志のないことを議会初日の6日に表明。その日の議会で、グッドワンがボートピア推進のための正式な手続きをふんでいないこと、そのことについて町は関与する気のないことも、明らかになりました。←このあたりのこと、MROの土曜日のホウトクという番組で特集してました。

町議会はどのような判断をするのか、13:30からの議会をできるだけ多くの700人委員会メンバーたちとしっかり!傍聴に行きます。
おっと、その前に、2月22日以降に集まった分の町内外の署名を、議会事務局に届けます。〆切り直前、ということで、今日はぞくぞくfaxで町外署名がとどきました!いちご、マリ、池さん、宮川くん、ありがとう!!

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2007年3月 7日 (水)

3月議会

昨日とはがらりと変わって、雪の舞うさぶ~い一日。20人近くで朝から夕方まで、議会を傍聴しました。
初日の一般質問で、
町民の過半数がこれだけ、「ボ」いりませんと言っても、町長は、「ボ」の設置会社?運営会社?推進会社?の(株)グットワンとの同意は撤回しない、と答弁しました。
この会社、ボートピア推進本部に、本来ならすべきはずの手続きを何にもしていないではないか、という議員からの質問に、そういう手続きの必要なことすら町は知らないというのです。 「業界のことについて、良い悪いは町として申し上げられない、関与する立場でないので。適切に進めていただくよう伝えているところです」と、役場の責任者が答えていました。手続きの必要なことも知らないで、適切に、ってどうしていえる?
今日の議会では、河合谷小学校の存続問題についても質問が出ました。ごくごく一部の人にしか話をしないでいきなり、19年度で閉校する、とまるでもう決まったこととして発表する、そのやりかたは、まるで「ボ」の場合と相似形です。
河合谷小って、本当にすてきな学校なのです。山の奥にあって、この地域の大人たちが80年近く前に禁酒宣言をして、子どもたちのために学校をつくったという、ものすごい歴史と物語があります。10年以上前、ここの6年生と娘のクラスとで何度も合同授業をして、私にも特別な想いのある学校。数年前から、地域外からの子どもたちも受け入れて、この学校のおかげで救われた子たちが現実に何人もいます。
地域のひとやこの小学校PTAが残してくださいと願う、町の誇りともいえるものを無くそうとして、誇れないものを何が何でも持って来ようとして、これっていったいなんだろ。

23の請願の採決は、議会最終日の13日です。

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2007年3月 5日 (月)

はじめてのニュースレター

いよいよ明日、3月6日(火)から、津幡町の3月議会がはじまります。有権者の過半数の署名とともに、23もの請願(住民投票条例制定をもとめる請願を含む)を提出した今回の議会、しっかりとその動向を見すえたいと思っています。
6日の本会議、700人委員会のメンバーたちも傍聴に。

議会に先立って、700人委員会は、はじめてのニュースレター、「場外舟券売り場ニュース・わたしたちは ボートピアのない 津幡町が すきです」(A3・裏表)を発行しました。みんなで知恵をだしあって、幾晩も編集会議を重ね、原稿もアイディアももちよっての、共同作品のようなニュースレター。

町民のみなさんに、議会に注目してください、というお願いはもちろん、去年秋からの、ボをめぐるこれまでの経緯や、700人委員会の活動、町が同意書をかわしたグットワンという会社についてもふれている内容。「町の人の声・みんなの声」コーナーでは、署名活動中にお聞きした声もたくさん紹介しています。

13,000枚を印刷し、その日のうちに全部二つ折りにした3月2日の夕方から、4、5日の2日半で、津幡全戸12,000軒にニュースを届け終わりました!!

♪歩こう、歩こう、と、トトロの気分で、臨時郵便やさんの気分で、ほんとによく歩きました。参加人数、延べ92人!津幡町外のかたにもお見せしたいような、すてきなニュースレターです。(余分な部数があまりないので、紅茶にきた時に、みてくださいね)

月曜日の今日は、山のほうを郵便やしながら歩きました。白梅、紅梅、ふきのとう、リュウキンカ、春の陽気のなかを。ポスティングし終えて、車にのったとたん、ぽつぽつと降り出した雨。運悪くずぶ濡れになった仲間もいました。風邪ひかなかったかな。それにしても、みんなのちからは、ほんっとうにすごい!

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2007年2月22日 (木)

提出しました

14,340人分の町内のかたの署名と、5,003人分の町外、20歳未満のかたの署名をそえて、23の請願書を町に出しました。4ヶ月間、やれるだけのことをみんなでせいいっぱいやって、とてもすがすがしい気持ち。ぶあつい署名の束をみて、一軒一軒おたずねして、お話して、時には、賛成です、といわれた、時には、反対だけど署名できなくてごめんなさい、、ともいわれた、いろんな瞬間瞬間を思い出して、むねがきゅんとしました。

これだけの町の人の声をもしまったく無視するとしたら、いったい議会って誰のためにあるんでしょう。

署名は、議会最終日の3月13日の前日まで、集めます。3月議会にどうぞご注目!

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請願書だします

2月22日朝、700人委員会は、3月議会にむけての請願書を、14,300人を超える町内有権者の署名+町外と20歳未満のかたからの5,000人分の署名(送ってくださった町外、県外のかたがた、ご協力ほんとうにありがとう!)をそえて、町に提出します。

700人委員会をはじめ、地元舟橋や近くの地区有志、地域のサークル活動のグループなど、あわせて20団体(紅茶の時間も)から、24の願いをこめた請願書。私も、はじめて、請願書っていうものを書きました。他の仲間たちも生まれてはじめて書きました。4ヶ月前には予想もしなかったことを、ハートメンバーたちは毎日しています。まるでみんな、住民自治大学に入学した生徒の気分!

ボートピアはいらない、という町民大多数の[民意]を、議会はどう判断するでしょう、3月6日から13日まで開かれる津幡町議会のゆくえ、ぜひぜひご注目を。石川県内のかたは夕方のニュースを見てね。

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2007年2月18日 (日)

ついに、14000+

金森さんの講演会、@津幡町文化会館のシグナスには、100人を超えるかたたちが参加してくださいました。町の官報のおしらせを見て参加したかた、金沢からも何人も、いのみら読んでみえたかたも。はじめて出会う町のかたがたもいっぱい。

開場まえ、700人委員会のハートメンバーたちが手際よく、受付や金森さんの本コーナーや、shoppe 700というお店コーナーや、「パスボート」(わかります?例の、「わたしたちは、ボ、のない津幡町がすき」のプレートの新しいニックネームです、ボートをパスしちゃう、ってなんちゅうすてきなネーミング)コーナーや、、。

はじめに、私のほうからひとこと。この講演会の主催者の700人委員会というのは、津幡町にボートピアができるかもしれないということを知って、去年の秋に誕生した津幡町民のグループだということ、子どもたちにすこしでも安心な環境を手渡したいと願って行動してきたこと。そのなかで見えてきたことのひとつが、子どもは、家庭と学校だけで育つのではない、その子のいる地域のなかで育つ、ということ。金森さんの授業にはかならずそういう視点、視野がたっぷりはいっていて、だからぜひお話をお聞きしたいと思ったこと。

金森さんのお話にはいつも学級の子どもたちの生の声がたくさんでてくるので、とても説得力があって、子どもたちの感覚の鋭さ、あたたかさにはっとさせられる。こどもたちこそが、学級の”先生”であるところがすばらしい。

意図して教え込んだことより、無意識で、無目的に、子どもは自ら学びとり、そうやって学んだことが心のなかに深く入り込んでいつまでも忘れないのだ。親の背中からも、何気なくしてることからも、地域の大人からも、大人の声かけからも、町からも、自然からも、学びとる。大人たちのこと、見てないようで見ているし、聞いてないようでいて、しっかり聴いている。

無我夢中で去年10月から一歩、また一歩と踏み出してきた私たち、金森さんのお話に勇気をいっぱいいっぱいいただけました。お話きいて、きっと新しい一歩踏み出す津幡のひとがいるだろうな、って確信した。

最後の詩、「あなたに」はまさしくセンス・オブ・ワンダーの詩そのものでした。そのワンダーを町にも自然にも、もちろん、ひとのなかにも日々、感じながら生きたい、って思った。子どもたちは本来、そうやって学んでゆく存在なのだから。

  
ほんとになんてすばらしい時間だったか!講演会がおわったとき、こんなにもしあわせなきもちになったのって、いったいなんなんだろう、って仲間たちともいいあいました。きっと、金森さんの伝えたいこと、願っていることが、わたしたちの伝えたいこと、願ってることともやっぱり共通で、つながってるからなんだろうな。

会の終わりに、Mさんからうれしいご報告。「ボ」つくらないで、の署名数が14000、町内有権者の過半数に達しました、というと会場からおもわず拍手拍手。金森さんのお話で十分に胸が熱くなってたので、いっそう熱いものがこみあげました。誇らしきかな、700のハートメンバーたちよ!2月22日、3月議会にむけて、署名と請願書を提出します。

みなさんからカンパもたくさんいただきました。ご本もたくさん売れました(紅茶の本やにもおきます「いのちの教科書」と「希望の教室」)。ほんとうにうれしい一日、深く感謝。

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2007年2月17日 (土)

金森俊朗さん講演会

いよいよ明日、じゃなかった、もう今日でした。↓ もう一度、お知らせ載せますね。700人委員会主催の講演会のこと。

2月17日【土】14:00~16:00津幡町シグナス3Fにて、

        金森俊朗さんの教育講演会 「地域と教育を語る」

金沢市西南部小学校の金森さんは、今受け持っている4年2組が、長い教員生活の最後の金森学級。教室ではいつも丸ごとの人間として、子どもたちと真剣勝負でぶつかり、向き合い、ひとりひとりの声を聴き、問いを投げかけ、揺さぶり、子どもたちの本音を受けとめてきた先生です。その優れた教育実践は、NHKスペシャル「涙と笑いのハッピークラス」などでも紹介され、大きな反響をよんでいます。

金森学級の”先生”は、金森さんだけじゃない、時には、教室の子どもたち、親たち、地域のおとなたち、まわりの自然、いきもの、子どもたちが生きる地域全体。子どもたちを、ともに育てる、そのなかで私たちもともに育つ、金森さんの授業からはいつもそれを感じます。

子育て中の方も、子育ては卒業したとおもってる大人の方も、若い人も、学生さんも、金森さんの教育論、どうか聞きにいらしてください。シグナスは津幡駅からあるいても10分たらず、アルプラザの並びにあります。駐車場もひろいです。

講演会のおしらせが町の官報に載ったこともあり、お問い合わせのお電話ずいぶん頂きました。よい席はお早めに。1:30に開場します。入場は無料です、どなたでも。

金森学級の本や、「shoppe 700」というちいさなちいさなお店?もあり。

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2007年2月13日 (火)

応援を、ありがとう!!

このところ毎日毎日、封筒が届きます。封を切ると、中から「ボ」の町外署名。ビックリするようなお名前が並んでいます。尊敬する絵本作家さん・ソーシャルワーカーさん・壁画家さん・パントマイミストさん・作曲家さん・歌手さん・女性市議さん・ドクター・先生、、、。

今日も、東の京子さん、西の京子さん、のりこさん、ふじさん、みえこさん、ありがとう!

遠くからの署名もたくさんあります。津幡や石川県出身の、県外に住む方。森林公園に来たことのある方、三国山でキャンプしたことのある方、近くに場外馬券や舟券売り場がある方、そういうものが来たことで、町がワイザツになったことを憂える方、自分たちの町で止めたのにね、津幡でも止めてほしい、と言う方。どこの町にもできてほしくないから、と署名してくださった方、、、。みんな、津幡町のみどりいっぱいのおおいなる森のちかくに、そういうものを作ってほしくない、という共通の願いを持っています。「ボ」で町の財政をたてなおす、という発想がそもそも違うのではないかと思っています。

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星空署名、とあだ名のついた、夜のショメイカツドー。「昨日は金沢に行って【フードピアおいしい、ボートピアいらない】の署名をしたんですよ」と夫がいうと、「見た、見た!ニュースでやってましたね」と2名分。

夜、小学校の駐車場に車をとめていたら、何人かお母さんらしきひとが3人、車の前で話している。すかさずかけ寄って、「ボートピア反対の署名をお願いして歩いてるんですけど」というと、一人のお母さんは、「あ!私、しました、あなたに」って。前にうかがったお宅だったのです、顔を覚えててくださって。その話をきいてた横のひとが、「私も書きますよ」。

昼間、ちょうどお家に帰ってきた若いお父さんにお願いしたら、まだよくわからないなあ、というので、夜に再訪。「ちらし読みましたよ、2度もこさせてごめんなさいね」と2人分。

有権者の過半数、14,000人に達したところで、町にまたあらためてもの申します。大体、町がきめたことに対して津幡町のひとは、裏ではぶちぶち言いながらも、これまではあまり反対してこなかったと思う。でも今回は、ものがものです。ギャンブル場を誘致して町を有名にする?財政を立て直す?それっておかしくないですか、とごくしぜんに反応してるのだと思います。とくべつの”立場”や利害関係のある人以外は、ね。

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2007年2月12日 (月)

春のごほうび

今日はよくはれた祭日。それなら、ふだんは行けない遠くの地域に署名のお願いに、と夫婦でドライブもかねて出かけました。古いお家が多いから、きっと難しいだろうなあ、と覚悟していったのだけど、よく話を聞いてくださる方のところからは、一人、また一人、とお名前を書いていただけて、そして、こんな遠くまでごくろうさんなねえ、、、とあたたかいねぎらいの声まで。

山の奥の奥に住んでらっしゃる町会議員のIさんは、私たち700人委員会の願いを理解してくださって、12月議会ですばらしい意見をのべてくださったかた、その方のところにお寄りすると、なんとなんと署名はまだしてらっしゃらなかった!ご夫婦のお名前をいただけて超ラッキー、遠出したかいがあったというもの。おまけに、自家製のしいたけまでその場でいただいて、よるご飯はそのしいたけと、そのご近所で署名した下さった方からのふきのとうで、豪華な春の味!

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フードピアの香林坊にて

11日、フードピアでにぎわう、金沢香林坊中央公園前でのゲリラショメイカツドー、
「700人委員会」のハートメンバー16人で約2時間。
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「わたしたちは ボートピアのない 津幡町が すきです」
「フードピア おいしい!ボートピア いらない!」
と書いた黄色いむねのカードがとっても目立ってました。Photo_38
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2時間で、350人もの町外署名をいただきました。
大阪の場外馬券売り場のちかくに住んでる方が、
「交通渋滞もひどいし、ガラが悪くなって、とってもいや、
まともな商売あがったり、になってね」
と、となりのかたに説明しながら署名してくれました。
これ、名古屋にもあるんですよ、と署名してくれる観光客さん。
お年を召した方が、きっぱりと
「こういうものはいりません!長年子どもにかかわってきましたからね」
とおっしゃって署名。先生をずっとしてこられたかたでした。
子ども連れのある若いお母さんには、断わられました。「ボートピア?私もやってみたいくらいですから」って。Photo_39
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町内有権者の反対署名の数は、現在、13,200名を超えました。過半数は14,000人弱。夜、はじめてお訪ねしたおうちのお父さんは、新聞やテレビで700人委員会の動きをよくご覧になっていて、「町長リコールしないんですか」。町のやりかたに対して、やっぱりおかしい、と思ってらっしゃるかた、ほんとにたくさんおられるのが、こうして一軒一軒おたずねするとよくわかります。
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津幡では、ボートピア、といえばもう話がつうじるようになりました。金沢ではもちろん多くの人がなんだか知らない。その点でも、今日の行動は意味があったと思う。それ以上に、大阪にも名古屋にも、場外馬券や舟券売り場があっていやな思いをしているひとたちがいる、たった2時間なのに、そういうかたたちに複数で会えたこと、大きな意味がありました。
そして、津幡発信のこのブログで、はじめてボートピアのことを知ったひとは、自分の町に「ボ」の話が来た時に、すぐ、あ、あのことだ、とぴんと来てくれるんじゃないかな、とも思う
のです。私たちの出発はとても遅かった。他の町のみなさんには、こんな思い、させたくないです。早くきづいたら、それだけ早く手が打てますもの。
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全国24ケ所ある競艇場は、売り上げがおちてるところが多いです。だから支店ともいうべきボートピアを出したいのでしょう。甘い誘致の話はそこらじゅう。地方分権の名のもとに、国からの補助金が少なくなり、財政難の地方自治体は何もせずにお金がはいるなら、と名乗りをあげたいのかもしれません。それに対して、待った、というかいわないか。
今だけよければいいのか、将来どうなのか、人任せにはできない問題です。
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「ボ」にとっくんで、でもボだけじゃないこともいっぱい見えてきたね、町を知る”学校”です、毎日が。

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2007年2月10日 (土)

700人委員会のHP、リニューアル!

700人委員会のHP,http://www.geocities.jp/child700/index.htmごらんになりましたか。雰囲気も、また中味も、あたらしい情報がいっぱいです。町が推進会社と同意書を交わした内容もでています。去年の話では、年間300日、だったのが、360日以内に、そのうえ、ナイターにもいつのまにか賛成している内容、どこまでも町民の声を聞く気がない町!

700人委員会HPの掲示板は、これまでたくさんの、ボートピアに反対の方の意見、また数は少ないけれど賛成の方の意見、それが相互にかきこまれて、「ボ」について何も知らない方が読まれても、「ボ」を理解できるすぐれた掲示板に育ってきました。掲示板本来の果たす役割は、そろそろこれで十分かな、と700人委員会のハートメンバーたちで相談し、ここらで掲示板はひとやすみ、となりました。もちろん、掲示板にこれまで書き込まれたメールのバックナンバーは、一つ残らず読むことが今後もできますよ。

さて、今、金沢はフードピアという、風土とたべものをかけた、食のお祭のまっ最中です。毎年、2月のこの時期、石川県内のあちこちで、食とトークの企画があり、それをめがけて観光客さんもいっぱい。金沢香林坊の中央公園でも、おいしいお店がたくさんでます。

ということで、明日11日、11:00~13:00ころまでの間、中央公園にぜひ!時計台いりぐちのあたりで、胸に「わたしたちは ボートピアのない 津幡町が すきです」というカードをさげた私たちがいて、「ボ」の、町外街頭ショメイカツドーしてます。

「フードピアおいしい! ボートピアいらない!!」が合言葉。おいしいもの食べて、署名もして。私たちもおいしいもん、もちろん食べます、公園でね。会えるといいな。

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Photo_37 前にもお知らせしましたが、2月17日【土】14:00~16:00津幡町シグナス3Fにて、

        金森俊朗さんの教育講演会 「地域と教育を語る」

金沢市西南部小学校の金森さんは、今受け持っている4年2組が、長い教員生活の最後の金森学級。教室ではいつも丸ごとの人間として、子どもたちと真剣勝負でぶつかり、向き合い、ひとりひとりの声を聴き、問いを投げかけ、揺さぶり、子どもたちの本音を受けとめてきた先生です。その優れた教育実践は、NHKスペシャル「涙と笑いのハッピークラス」などでも紹介され、大きな反響をよんでいます。

金森学級の”先生”は、金森さんだけじゃない、時には、教室の子どもたち、親たち、地域のおとなたち、まわりの自然、いきもの、子どもたちが生きる地域全体。子どもたちを、ともに育てる、そのなかで私たちもともに育つ、金森さんの授業からはいつもそれを感じます。

北陸中日に連載中の「わくわく子育て」、昨日の2月9日の「ここはわが子のふるさと」という文章にも、深く共感しました。来週にせまった講演会が楽しみ!

子育て中の方も、子育ては卒業したとおもってる大人の方も、若い人も、学生さんも、金森さんの教育論、どうか聞きにいらしてください。シグナスは津幡駅からあるいても10分たらず、アルプラザの並びにあります。駐車場もひろいです。

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2007年2月 2日 (金)

三木町からようこそようこそ

1月31日夜、香川県三木町から、ボートピア計画を5年がかりでとめた山崎千津子さんがみえて、津幡でお話くださいました。参加者50人ほどで、会場は満員。

常に一歩先をみる目をもち、一つの行動にダブル効果をもたせながら、つぎつぎ知恵とユーモアでもって行動してゆく力、山崎さんの書かれた「ボートピア騒動顛末記」は読んでいても、ライブでお聞きするとやっぱりもっと勇気がわいてきます。何より5年もの間、ボートピアはいらない、の運動を持続させて、ひととひとをつなげてゆくちから。まだまだ私たちにもできることがあるぞ、と思いました。

いっぺんで町を変えることは、誰にだってできない。でも、自分たちの町にとって何が大切か、そうでないかはは自分たちで決める、という信念を持って、地道でねばりつよい草の根の運動をつづけてゆくうち、それがじわじわと浸透して行って、町のひとたちの意識がじょじょにかわっていく。町民の、町長や議会を見る目、議員を見る目がちがってくる。自分の選んだ議員が議会でなにをしてきたか、してこなかったかを知るようになる。そうすると議員も、町民の意識の変化を、意識するように、いや、意識せざるを得なくなってゆく。三木町の、ボートピアはいらない、という山崎さんたちの運動は、単にボートピアをとめた、ということだけでない、そういう間接民主主義を育ててゆく仕事でもあったんだ、と胸に落ちました。

ボートピアは、この町の教育や行政を見る、とおしめがね、って何度も思ったけど、ほんとにそうだ。津幡町だけが保守的なんじゃないよね、いかに自分の町が保守的か、くらべっこなんかすることに意味はないのだ。町民のひとりひとりが、そういう保守的な町に育て上げてきた面も、おおいにあるんだもの。ボートピアをとおして、この町のひとたちの意識が一ミリでも変わることがあるとしたら、それは決してちっちゃなことじゃない。10人の一ミリが変われば、10ミリ!

山崎さんは、なんとも自然体で、少しもおごらず、茶目っ気もあって、芯のところが毅然としていて、ほんとうにすばらしいかたでした。山崎さんの「ボートピア騒動顛末記」、まだよんでなかったらぜひおよみくださいね。http://www2.netwave.or.jp/~sequoia/をクリックして、トップページにある「ボートピア騒動顛末記」(13ページあります)からよむことができます。

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2007年1月21日 (日)

いのみら発送中

いのみら通信の発送作業3日目です。まず県内のかたへ、それから県外のかたへ。3分の2のかたへは発送しおわりました。つくまであと2,3日、お待ちくださいね。「オキナワニッキ」のご注文いただいた方へは、ちょうど増刷分が今日届いたので、いのみらと一緒に封筒の中に入れることができました。小さな小さな本なので、いのみらと一緒にいれても送料かわらず、ありがたし。

21日日曜日、お時間あったら津幡町文化会館シグナスへどうぞ。(談合モンダイで全国的に有名になっちゃったところね。)

午後1:30から、「ベアテの贈りもの」の上映会があります。日本国憲法に男女平等をかいてくれた人がベアテさん。憲法のおはなしの出前にいくときいつも、彼女のこと抜きには語れません。こんなすばらしい人が、魂こめてかきこんでくれた、憲法24条、14条。日本の女性とこどもたちに最高の贈りものをしたかった、というベアテさんの生き方、ぜひ知っていただきたいです。9条のこともお話されています。町の主催なので、入場は無料。

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ご報告。ボートピアの建設計画の中止を求める津幡町民有権者の署名数が、1月20日現在で、有権者の過半数に一歩また近づく、12、000筆を越えました。
町長が、企画推進会社のグットワンに計画同意書をだしたあともなお、町民の、ボートピアはいりません、という声はとまりません。
町の、こういった進め方がおかしい、という声もよく聞くようになりました。
私たちが署名をいただきに行くのを、待っていました、
と言って署名してくださる町民のかたがたもおられます。
今はほとんどのかたが、ボートピア、といっただけでご理解くださるようになったよ。マスコミと私たちの広報活動が役立ってるかな。


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700人委員会主催の、第5回「ボ-トピア学習会のお知らせ。
香川県三木町から山崎千津子さんをおよびして、学習会を開きます。
1月31日(水)19:30~ 井上コミュニティプラザ

*山崎さんの住む三木町に、ボートピア計画がもちあがったのは、1996年秋。
自分たちの住む町に必要なもの、そうでないものは自分たちで決めよう、をモットーに、
「まちと人を守る連絡会議」http://www2.netwave.or.jp/~sequoia/をつくり、
5年がかりでついにボートピア建設阻止をかちとった住民活動の、中心をになったかたです。ニュースレター「好きです三木町」を発行し続け、住民と議会とメディアをつなぎ、あらゆる手をつくして計画をストップさせた活動の記録は、「ボートピア騒動顛末記」として、03年のルポルタージュ大賞の優秀賞に選ばれました。
顛末記は、上記のHPで読むことができます。文章からも、きどらなくて、でも凛として強く、ものごとの本質と先を見通す目をもった、すてきなかただなあ、と感じます。お会いしてお話聞けるのが楽しみなかたです。いっぱいヒントをいただけそうです。

山崎さんは、小中学校の教員生活を15年。現在は少年鑑別所において、教育支援カウンセラー。公営ギャンブル場外券売り場建設反対連絡協議会事務局を担当されてます。

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また、2月17日には、同じく700人委員会主催で、
金沢西南部小学校教諭の金森俊朗さんをおよびしての、

教育講演会「地域と教育を語る」

も予定してます。こちらは、津幡町文化会館シグナス3F多目的室 14:00~16:00

ぜひぜひたくさんの方に聞きにいらしていただきたいです!

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2007年1月12日 (金)

怒っています

1月9日、村隆一町長はボートピアの計画同意書を、企画会社グットワンに提出しました。

12月議会で、8,448人の町民有権者がボートピア計画に反対の意思表示をし、その請願が議会で不採択になった後も、なお、反対の署名は増え続けています。

署名活動自体、スタートしたのは、町長が突然のボートピア容認表明をした10月25日以降です。それがたった2ヶ月で10,000筆に達し、1月11日現在、その数は、計11,150筆を越えました。

こんなにも広範囲にひろがった市民の反対運動は、津幡町でははじめてのこと。
大型のギャンブル施設、ボートピアが津幡にできることに、これだけ多くの町民がNOと言っているのです。その声がこんなにも軽んじられていいのでしょうか、
ひたすら推進ありきとしか思えない町の姿勢に、強い不信感と憤りを感じています。

しかも新聞報道によれば、グットワンが「反対住民が誤解している」といっているというのです。1万人以上の町民が反対していることを、誤解、って、それこそどういう意味でしょう。津幡のボートピアを実際に運営する主体はなんという企業なのか、それすらいまだに明らかにされていません。なのに、どうして、同意書を企画会社のグットワンにだすわけ?

1月12日金曜日「700人委員会」は、午前9:00 町長に対し、抗議文を届けに行きます。ボートピア問題のこと、11月ごろのようにはあまり報道されないけど、私たちはちっともあきらめていません、どうか関心を持って、津幡をみていてほしいです。

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2007年1月 5日 (金)

蟻の再開

新年にはいってそろそろ日常がもどってきて、私たちの蟻式「ボ」のショメイカツドーも再開しました。今日は、署名をしてくれた若い女の子が、なんと娘の同級生でした。まあ!○○ちゃん!と再会をよろこびましたよ。また、別のドアを開けたら、やはりなつかしい同級生のお母さん。

もっとうれしかったのは、昼間歩いてたら、中学生3人組が、あ、スウさんだ、とあっちから声かけてくれて。おおしろだいの小学生のとき、近くの学童に行ってた子たちで、毎年の紅茶おはなし会・細川さんのむかし話が大好きだったんですって。ボートピアのこともしっかり知ってて、子どもは署名できないの?って。もちろんできるよ、こっちの緑色のに書いてね、と。もちろん夜にはお母さんのところに、おとなの署名をいただきにいきました。

今年ばかりは、1月に雪がないのがなんとありがたい。恵みのお天気です。だから毎日歩けます。トトロの歌みたいに、♪歩こう歩こう、って、署名を集められます。空よ、われらに味方してね。

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2006年12月29日 (金)

祝!10,000人

何とか年内に、って願っていたボートピア反対署名、昨日28日の夜、

10000人!に達しました。【津幡町内有権者のかたのみの署名です】

みんなのがんばりがすごいです。10000人目のかたに、かもめ玉子、というお菓子を進呈しましたよ。そう、ちょうど私がドアをノックしたかたが、その10000人目のかただったのです。年内のうれしいご報告まで!

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2006年12月28日 (木)

蟻のように

蟻のように毎日少しずつ、歩いています。ボートピアに反対の署名をお願いしながら。ハートメンバーたちの、ほんとうに地道な活動にいっぱいいっぱい勇気をもらいながら。私たちが津幡の全部のおうち(11,000軒)にとどけたちらしで、はじめてボートピアのことを知ったというかたが、昨日も署名をしてくださいました。

私たちの年内目標まであと一歩。達したら、ここでまたお知らせしますね。

石川出身の、東京の人、栃木の人、関西の人、から、町外署名しますよ~、とメールやお電話。700人委員会のHPからダウンロードするから、署名用紙おくらなくてもいいよ、というかたも。

9月から、ボートピアにとっくみはじめて、はじめて知ったこと、数え切れない。この町に失望することもいっぱい。でも、町って、町だけで存在してるんじゃない、そこに暮らすひとたちがつくっているのです。「ボ」問題のおかげで、こんなすばらしいひとたちが住んでる町なんだ!と毎日発見しています。

昨日の夜、出会った方はよそから越してらした方ですが、ご近所に声をかけて、たくさんの署名を集めてくださった。去年、そのかたの住んでた町で、「ボ」じゃないけど、子どもたちにかかわる大問題がおきて、ほぼ決まりかけていたものを、仲間の人たちとしっかり声をあげてひっくり返した経験をおもちでした。動けば変わる、動くことは無意味じゃない、って知ってるから、津幡町の「ボ」のことにも即、動いてくださったのでした。

ショメイカツドーであるいていると、「うちは子どもも大きいし、関係ないわ~、ギャンブルもせんし」と言う声も聞こえます。それに比べたらむしろ、「うちは反対してません」とか「きもちはわかるんですけど、主人の仕事の関係で、、、ごめんなさい」といわれた方がうれしい。

無関心、そう!これが一番怖いことだ。そして、上のほうからすれば、みんなが無関心なことはとてもありがたいことだ。上のひとたちが好きにできる、そういう町をつくってゆけることだから。

国からみれば、ちいさなちいさな津幡町。でも国の縮図を、しっかりとこの町にも見ます。その意味で、「ボ」は、ものすごい通しめがねだ。

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2006年12月25日 (月)

もっともっと知ろう

23日24日、と700人委員会のハートメンバーたちと署名のお願いにあるいて、昨日までの合計は、9486人分になりました。津幡の有権者数の33%はこえました。過半数の14000人弱まで、カウントダウン。ひとりの力は弱いけど、あつまれば強いよ。

今日25日の夜は、700人委員会の4回目の勉強会「もっともっと知ろう、ボートピア」@条南コミュニティプラザ 7:30~

700人委員会で、署名にご協力もいただきながらまだあまりお顔あわせてないかたがたにお集まりいただいて、お礼も経過報告も、あわせて勉強会も。もちろん、はじめてのかたも大歓迎。とにかく、こどもたちのこと思って、ここまで本気に動くおとなたちがいるってこと、感じてほしい。だれよりも私が一番そのことにびっくりし、感動しているかもしれないな。

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2006年12月23日 (土)

あったかい格好で、きもちもあっためて

朝の天気を見て一安心。700人委員会のハートメンバーたち(世話役の10人ぐらいのひとたちをそう呼んでいるの)と、「ボ」の反対署名をあつめに出かける日なので、どうか雨、雪になりませんよう、って思ってたから。さあ、ホカロン、レッグウォーマー、指だし手袋、マフラー、完全装備でいざゆかん。

ボートピアってどういうものかよくわかる、ボートピア見学記が「700人委員会」のHPにあらたに加わりました。「行ってきました、ボートピア姫路」ぜひhttp://www.geocities.jp/child700/index.htmのトップページから開いて見て下さい。

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2006年12月16日 (土)

詩をひとつ

月に一度の「詩を楽しむ」は、ほんとうにほっ、、、とできる大切な時間です。いつも遠くから参加するきりりんさんの、詩の本選びのセンサー、とっても感度がよくて、鋭くて、そしてあたたかい。

昨日は6人の参加でした。図書館のなかで本探しをしていたひとが、なにしてるんだろ、って飛び入り参加してくれました。新しいひとの、新しい声の朗読。その人自身もなにげなく選んだ詩が、おもいがけない深い物語で、みんなでじぃんとしてしまいました。

まどみちおさんの、

「あいさつ」 = 相手をどうともいえないから、てんきをほめたりけなしたり。

わっかる~~!

まどさんの、

「そしきばいよう、ということばがある。どうしてもっと本気で大々的に研究しないか。」

→そうすれば、いろ~~んないのちをむやみに殺さなくてすむじゃないか、というふうにつづいてゆく詩にもどきりとする。そこでひとつ、浮かびました。

****

ボートピアというものがある

どうしてもっと本気でどんどんつくらないか

そしたらどの町にも なんにもしないでお金がはいる

こんなうまいはなしはないよ

すこしのお金で家族で遊べて こどもにはお菓子プレゼント

だけど みせいねんは行っちゃいけないところ

だけどほんとは 16歳もはいれちゃうところ

こんないいもの なんでもっとつくらない?

日本のどの町にも村にもボートピア

町もケイサツもボウハンキョウカイもみんなでがんばるから

わるいこともこわいことも きっとなにも起こらない

起こるはずない だいじょうぶ

たぶん だいじょうぶ

なのにどうして はんたいする?

日本のいろんな町で いろんな村で

ボートピアこないで ボートピアいらない

、、、しまった! もう知られてしまったのか?

ボートピアは ユートピアでも ウエルピアでも

ボートの遊園地でもないことが 

ギャンブル場だということが

*****

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2006年12月14日 (木)

新たな一歩

12月議会のボートピアに関する採決は、請願賛成議員5人(6月から二人ふえて)が起立、11人が反対で、不採択となりましたが、「700人委員会」の私たちは今後も、町に対し、ボートピア計画を中止してほしい という反対の声を集める署名活動を続けてゆきます。
署名用紙もあらたにつくりなおしました。これまでは津幡在住の有権者に限定しての署名だったけど、それとあわせて、署名用紙の色を変えて(きれいな薄緑色だよ)、町外のかた、町内外の未成年もふくめた署名も集めることとしました。
金沢や河北、内灘の方からも、なんらかの声をあげたい、応援したい、署名できないの?となんども言ってもらっていたのだけど、まずは地元の声を聴くことが最優先、と、これまで待っていただいていたのです。
ひと月あまりで、町内有権者の8500筆を越える反対署名があつまった現在、町外の方も、子どもも、津幡ボートピアに関しての意思表示をする時期がきた、って思っています。
津幡出身の遠い県外のかたも署名できます。そのときは津幡出身って書いたほうがいいかもね、名前の横に。

「700人委員会」は、12月5日の津幡・英田地区での勉強会「もっと知ろう、ボートピア」に続いて、
第2回目の勉強会を、12月18日(月)19:30~ 野山団地内の野山会館にて、
第3回目を、12月20日(水)19:30~ 緑が丘の近懇館(きんこんかん)にて、開きます。
どうぞ聞きにいらしてくださいな。

議会の否決から、またしきりなおし、700人委員会の新たな一歩です。

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2006年12月 9日 (土)

12月議会で

12月8日、議会の最後の日、私は鶴来の中学校にお話の出前にいっていて傍聴はできませんでした。終わって駆けつけると、議会も記者会見も終わっていたけど、700人委員会の仲間たちが役場のロビーに。

この前の、「もっと知ろう、ボートピア」の勉強会に来てくださった議員さんが、議会ですばらしい意見をのべられたこと、みんなが口々に教えてくれました。その様子が、今日の700人委員会の掲示板に載っていたので、きもちブログをお読みの方にも、とこちらに持ってきました。(その掲示板は、このブログのお気に入りのリストの「トップページ」とかかれたところから、「ボートピアはいらない」のHPに飛んでゆけます。)

私たちの出した8448人分の請願は、11対5で否決されたけれど、あきらめるつもりはありません。署名はこれからも集め続けてゆきます。この数が一万人を越えた時、それをさらに越えた時、議員さんたちはそれを無視できるのだろうか。

私の住んでいる団地では、今日までに90%を越える方が、ボートピアいらない、と署名してくださいました。一軒一軒、集めたひとのきもち、署名してくれたひとのきもち、とっても重たいです。

議員の品格 議会傍聴人 2006/12/10 02:25
8日の議会最終日。傍聴できなかった方たちのために、メモをもとに一部再現しましょう。誘致反対の納口、宮本、古坂議員、それぞれに熱のこもった質疑討論の後、6月議会での賛成意見を再読した高森議員に続き、「今日は、トラトラトラ、真珠湾攻撃の勃発の日であった。」余裕たっぷり見回しながら、最長老の中田議員の演説は始まった。「わが町の町長は前倒しして借金をして皆さん方にサービスしている。あんたら感謝しなあかんよ。日本財団は消防、福祉、学校、スポーツ施設等、国民に対し大きな貢献をしている。その財団が津幡に進出したいとあったので、諸手を挙げて賛成、自ら進んで紹介議員になった。10年、20年先を考えた。平成16年7月14日の北國新聞の社説にはボートピアに反対することだけが正論ではないとあった。日本財団の理事長は有名な作家の曽野綾子さんであった。人が集まってこそ売り上げアップがある。青森県の南部町では将来を担う中学生76人全員、海外旅行もした。婦人会、PTAも反対した人たちが今喜んでいると、南部町長が言っていた。」自己財源の乏しい町として、誘致のメリットが大きいことをさかんに主張した。
最後に手を挙げたのは、賛成、反対交互にしないのかと先ほど声を上げた石本議員であった。「今日は家内の誕生日です。」から始まった時、傍聴席のあちこちから温かい拍手。「、、、切々と中田さんは財政の切迫を訴えられたが、うまい話にはまゆつばを引いて聞けといわれている。12月5日「英田コミュニティー」での勉強会に出た。誰に勧められたのでもなく、誰に誘われたのでもない。自分で知りたいと思った。羽咋でも反対した人がボートについての知識を教えてくれた。羽咋でも押水でもかほくでも反対運動があって話は消えていった。それぞれの町は財源がないのか。滅びていくのか。滅びていないじゃないか。バクチをしない自分は、舟橋の住民が賛成するのならと6月の議会の時は採択に起立した。」石本議員は、力のこもった声で続けた。署名の数は「議会議員よ、しっかりしてくれの注意信号のサインを送ってくれている。慌ててゴーサインをださなくても、町民の中で理解していって賛成、反対を決めればいい。平成4年にもやっぱりこの演壇で宝達山にゴルフ場を作ろうというので、大海川が汚れると河合谷の住民96パーセントの反対署名が集まった。ことの真偽を確かめるために参考人招致まで行った。しかし、それをふみにじった。ふみにじられた思いは消えない。50年、60年たっても、隣の国の人たちはふみにじられた思いを忘れない。いかなる時も住民の安心と安全を最優先すべきである。」そして津幡町歌を引用して、バクチから生産の喜びは生まれずと、「ボートピア、ウェルピア、ユートピア、3つのピアのうち町民はどれを一番選択するか。品格を重んじて町の進路をもっと慎重に考えていくべきである。」と結んだ。心に深く響く、実に感動的な演説であった。思わず感激の拍手をして注意を受け、自ら退場した傍聴者もいた。さて、採決は請願賛成議員5人(古坂、納口、宮本、石本、道下)が起立、11人が反対であった。

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2006年12月 6日 (水)

「ボ」のこと、もっと知ろう、の勉強会

昨日5日の津幡町議会の総務常任委員会で、
私たち「津幡町の子どもたちの育つ環境を考える700人委員会」ほか7団体の
ボートピア誘致に反対する請願は3:2で否決されたけど、
私たちは今後も、津幡町にボートピアはいらない、と、署名活動をつづけてゆくよ。
署名数は8000筆をこえました。8日の本会議最終日の朝に、追加分を提出します。
    ****
同じ5日、ボートピア予定地の英田地区で、私たちがはじめて開いた勉強会「もっと知ろう、ボートピア」には、50名近くのかたが参加され、押水、羽咋と3度も計画のもちあがったボートピアに、そのつど、かかわったお母さんの話をお聞きしました。
   ****
H14年、押水に、H15年と17年に羽咋に誘致の話があり、
押水ではそれを知ったPTAがとなりの志雄町のPTAに知らせて次々他の学校にはたらきかけ、羽咋ではボランティア連絡協議会の20団体が、
二度目の羽咋の時は、11ある学校のうちの10の保護者会と24のボランティア団体が、ぞくぞく反対の声をあげてゆくなかで、業者のほうが撤退したり、話が立ち消えになったり、地元でアンケートとって反対がきまったり、というとてもリアルで実感のこもったお話。
   ****
「津幡の話を聞いたとき、びっくりした。石川では、もうない話だと思っていたので。
自分が通っていた高校のそばに競輪場があって、新聞もって赤鉛筆を耳にさしたひとたちがいっぱいいて、そこは空気が違っていた。こわかった。新宿でも、横浜でも、たまたま近くを通って、同じ思いをした。
そういうものが、自分たちの町にくるという恐怖をすぐに感じたんです。
交通渋滞になると裏道をとばしてゆく車もあるだろう。
ギャンブルにはまって親の年金まで使い込んだり、中高生がおどされてお金をとられたり、という心配もあることがわかった。
決してこの地区だけのことじゃないのです。羽咋のときも、そこに住んでいなくても、
羽咋の高校に通う子どもの親たちにしたら、他人事ではなかった。
だから、地区以外のかたも反対していい権利があるのです。
住民がいやなものを持ってきても、うまくいくわけはありません。
気持ちがあればどうか声をあげてほしいと思います。
子どもは、守られるべきもの。親が危険と感じたものは、何があっても止めてゆかなければね」
   ****
お話のあと、舟橋のかたが、地元の総会で賛成したのは、125軒中の36人、委任状が65通、つまり住民の28、8%の賛成で、このことが決められたのだ、と。
津幡町のおひとりひとりに、ボートピア問題はわが身のこととして考えてもらうこと、
そのためにいっそう、知らせてゆくことの必要性を思い知らされました。
これからは、ほかの地区でも勉強会をひらいてゆかなきゃね。
      ***
私たちの活動を知っていただく中で、6月議会ではボートピア誘致に賛成された議員さんのうち、お二人が考えをかえて反対の立場にたたれることになりましたが、昨日の勉強会には、そのお一人の議員さんもきてくださっていました。
   ****
今日6日、北陸朝日放送のニュースで、津幡町ボートピア問題の特集がありました。
700人委員会のこれまでの動きがとてもわかりやすくくまとめられてたよ。
津幡町議も視察に行っている青森のボートピアなんぶの、
リアルな映像や現実がうつしだされてました。
ここも、売り上げが予想したようにはのびてないと報じていました。
そんな不安定なものをあてにして、「投資のいらない企業誘致」という町長を見てて、はずかしい、、、。ボートピアを作る理由が財源ーーお金である、と町長が言い、700人委員会の私たちが、お金がすべてと子どもたちに教えているようなもの、というのが、見事に合致(裏返し的に)してました。

今日は紅茶の日だったので、ちょうどきていた、おとなや子どもたちと一緒にニュースを見ました、ビデオもとったのでみたいひとどうぞ。遅くにきた律子さんにも見てもらえたよ。
****
8日、津幡町本会議最終日 700人委員会はまた傍聴に行きます。
35人の定員以内ならどなたでも。12:30 受付 1:30より議会開催。
町の政治がどうなってるか、知るにはとってもいい機会ですよ。

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2006年12月 5日 (火)

12月議会はじまる

津幡町の12月議会が4日からはじまりました。「700人委員会」の仲間たちと10人あまりで朝から夕方まで、傍聴しました。

ボートピアをつくらないで、の反対請願署名を出したときの、3人の紹介議員さんたちはそれぞれ、ボートピアに関する力強い質問をしてくださいました。それに対する町長答弁は、今までに何度も聞いた言葉ばかりでしたが。

全体の感想ーー

町長は、ボートピアにいろんな悪影響や懸念(青少年の非行や防犯や交通渋滞や生活環境etcに関しての)がつきものだということを十分に知っている。だけど、財政きびしいわが町にはとっても貴重な財源。投資のいらない企業誘致だから、損はないし、お金も入ってくる。そりゃね、まあ、いろんな心配はあるだろうけど、そこは業者や警察や住民や各種団体と運営協議会つくってちゃんとするからいいでしょ、万全を期すと業者にも約束させて、その条件で許す、認める、っていってるんだからいいでしょ。
財源確保には、なんてったって、ボートピアは必要なの!

と言っている。

無駄使いと談合を正せば、ボートピアはいらないだろうし、
そもそもボートピアに頼る以前に、他のアイディア、
たとえば森林公園を存分に生かす政策などをどうしてもっと真剣に考えようとしないのか。
今の図書館をつくるまでに、10年かかったと聞く。
ボートピアは去年5月、舟橋で賛成、今年6月、町議会賛成、10月、町長容認、
来年にも着工?と、あまりに急ぎ過ぎている。
町がもう決めたことだから反対しにくい、というひとも、
署名がふえることで、ちょっと待って、立ちどまって考えようよ、津幡の未来の大事なことだから、という町の世論をつくることができるのだと知ってほしいな。
「狙われたのは津幡、救えるのはあなたの署名」ってキャッチフレーズは、
ほんとにほんとだ、って思います。

5日夜7:30からは、地元の舟橋区をふくむ英田区のあがたコミュニティプラザで、「もっと知ろう、ボートピア」の勉強会。関心持って集まってくれる人が多いといいなあ。無関心、ってことが、そもそも、ボートピアに限らず、今の教育にも、政治にも、見事に、逆説的な意味ですけど、反映されてるんだものね。


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2006年12月 3日 (日)

無関心ということは

冷たい雨風のなか、シグナスの前で、15人で並んで署名をお願いすること、一時間。何をしてるかわかるように、先日のウォークのときに持って歩いた「津幡町にボートピア(ギャンブル場)はいらない!」のバナーを持って。

(署名は)もう、しました、という人も多かったし、結構話をきいてくれて、その場で署名してくださるかたも。12月議会の最終日8日までに、24日にだした署名に加えて提出します。7日の夜までに届いた分は、もちろん、今回の第一次署名にまにあいますよ。

それから、仲間で手分けして、英田地区に、12月5日のボートピア勉強会のおしらせのちらしをまきました。とちゅうすごい雨風になったけど、みんな無事だったかな。

今回のことでつくづく思うのは、賛成であれ、反対であれ、自分の意見をもつことの大切さ。わからない、中立、っていうのは、賛成と同じこと。無関心、っていうのも、賛成の後押しをしてること。今、という時は、この国がおおきく方向を変えようとしてる、ものすごい転換期だ。国でおきてることが、子の小さな町でもおきてる、って考えるのは、飛躍しすぎかもしれないけど、私にはそう思えるよ。多数の暴力という「民主主義」のなかで、ほんとの民主主義が首を絞められてゆく、主権在民が消えかかっている、、、。

国会をとりかこむヒューマンチェーンに、賛同します。教育基本法をかえて、一人ひとりの存在を、国に都合のよい道具に変えてゆこうとする動きに、もっと敏感でいないと、この国はほんとにあぶないと思うから。

*****

3日午後のとくべつ紅茶、山下兄弟ライブ&トークには、ほどよい人数のお客さまが集まりそうです。さむそうなので、朝からまきストーブをたいて、お待ちしています。

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2006年12月 1日 (金)

ボートピアいらない!のHP

「津幡町の子どもたちの育つ環境を考える700人委員会」のHPができました!

http://www.geocities.jp/child700/index.htm ← なぜだか、おきにいりのマイリストに入れたら、名前が「トップページ」ってなっちゃいました。そこにカーソルをあてると、「津幡町にボートピアはいらない!」と「700人委員会」の名前がでるので、トップページの中味はわかってもらえると思うけど。

紅茶ブログのお気に入りにも入れておきますので、これからもどうぞ見にいらしてくださいね。それにしても、こういう技術をもっているってすごいなあ。700人委員会のなかには、ほんとにいろんな技やパワーや知恵やアイディアもったひとがいっぱいいるのです。

「700人委員会」が生まれる前から(まだ「100人委員会」すらなかったころね)かかわってた方は、このHPのことを、

「津幡町のあちらこちらに灯っていた誠実色のローソクの明かりが寄り添って、津幡町の闇を照らし出すナイター設備になったような気がします。ボートピアのナイターは許せませんが・・・。」ですって!

ほんと、ろうそくの明かりのように、まだまだちいさな光です。みなさんが光を持ち寄らないと、その火は簡単にきえてしまうよね。きもちだけでなく、できる行動で、応援してくださいね。お願いいたします。

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2006年11月24日 (金)

みんなの署名を町に出してきたよ!

今日、朝一番で、津幡町に、ボートピア誘致計画とりやめて、の請願署名を、「700人委員会」の名前で、この時間に来ることのできた7名で、提出してきました。

届けた署名の数は、7,289名分です!!持ったら、ずし~~~んと、重たかった。いろいろなしがらみを越えて、署名してくださった方がたのお気持ち、それを実感しました。

11月の町の広報にも推進の記事が大きく載って、町長が決めたことだから、とか、いまさら、という声も多い中で、わずかひと月たらずでの、これだけの署名。この重みをどうかどうか、賛成してる議員さんも町長も、ずしりとうけとめてもらいたいです。いったいだれのための町政なのか。町民のためになることするのが、議員の本来のお仕事でしょ!と問いたいです。

報道は、石川テレビ、テレビ金沢、北陸中日、北国新聞の各社さんがきてくれました。私たちは、ほんとうに、ボートピアいらない!というこの一点で名前を連ねた、草の根の市民グループだと言うこと、そのこと、きちんと報道してください、と再度お願いしました。

*****

ではでは、伊那にいってきます。もどる月曜日には、もう「ボートピアいらない!」の「700人委員会」HPができてるかな。楽しみ。留守の間も、まあさんや他の仲間たちは、まだチラシの届いていない、津幡の山間部をまわるそうです。新聞折りこみをことわられて、じゃ、自分たちでまくしかない、とall手弁当、ボランティア。でも自分たちの足で動くことで、いかにみんな、ボートピアのことまだ知らないかが肌で感じられて、なおよかったかもしれないね、と話しています。腰や足をいためたひともいるの、どうかどうかお大事に。

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2006年11月23日 (木)

ボートピアいらない!ウォーク

私たち、「津幡町の子どもたちの育つ環境を考える700人委員会」は、
今日11月23日、「津幡町にボートピア(ギャンブル場)はいらない!ウォーク」をしたよ。

Photo_31 今年一番の寒い風の中、おとなから子どもからお年寄りからあかちゃんまでの69名が、
この町にボートピアはいらない!という意思表示をしながら、町内を歩いたのです。ときには、♪歩こう歩こう、と、子どもたちのあいだから、トトロのテーマソングが聞こえたりもしたよ。こうした市民グループのウォークって、津幡町はじまって以来のこと。

今日現在までに、ボートピア誘致に反対する請願署名の数は、7、169名に!!!
これは、この町の有権者数の約4分の1です。

私たちが10月23日に、713名の連名で、「ボートピアつくらないで」の要望書を「700人委員会」としてだしたら、そのたった2日後に町長がとつぜん、ボートピアの容認を表明。それから、わずかひと月たらずで、これだけの数の、町民有権者の方々がお名前をよせてくださったって、ほんとにすごいことです!これは、津幡町全体にかかわる重大なこと、にもかかわらず、町民のほとんどがくわしく知らないうちに、まず推進ありきで計画が進められていることへの、町に対する強い不信感のあらわれでもあると思います。

私たちは、明日11月24日、午前8:30に津幡町役場を訪ねて、この大事な、貴重な、町民の声、集まった署名を議会事務局に提出します。

「700人委員会」からの請願のほかに、河北歯科医師会・医師有志(津幡のほとんどのお医者さま)・石川高専教職員有志・退職女教師有志の「あすなろ会」・おはなしグループ「金のがちょう」・河合谷子ども会・県教組河北支部、の7団体からも請願が提出されます。(でもいまだに、婦人会、学校PTAから反対の声があがらない不思議)

署名活動は今後もつづけるし、12月2日には街頭署名も予定しています。
また、時間と場所がわかり次第お知らせしますね。
どうぞこれからも、津幡町ボートピア問題と「700人委員会」のアクションを見ていてね、そしてあなたにもしできることがあったら、どうぞしてくださいね。
   
Photo_26 ウォークにきてくれたみんな、ありがとう!!雨降らなくてよかったね。だれも風邪ひかなかったかな。Photo_27

←これは今日もったバナーだよ。町長が決めたからって、まだまだ間に合うと、私は信じてるよ、まだ声をあげてない人、まだ知らない人たちが知ってゆけば。

700人委員会の世話人10人のこと、ハートメンバーってPhoto_30呼んでいます。このメンバーたちはどのひとも本当にみな、すごい!パソコンの技、手足をうごかすひと、アイディアをくれる人、粘りと勇気の人、紙のカンパ、印刷のカンパ、すべてボランティア、みんなのエネルギーはどこからくるんだろう、きっと元気のもらいあいっこしてるんだよね。そして、それをサポートするまわりのひとたち。津幡全町に、11000枚のチラシ、ほぼまきおわります。このチラシではじめてボートピアのこと知った、っていうひともまだまだ多いのです。

*****

さてさて、明日、請願書を出した後、私は信州伊那へ出前にいってきまーす。伊那に行くのは3度目、とっても楽しみ。伊那子どもサポートセンターがよんでくれました。土曜日、伊那市立図書館にて、紅茶のこと、コミュニケーションのワークショップもできたらすこし。日曜日は、ちいさな9teaのおはなし会をちいさなペンションで。

毎日たしかに「ボ」のことで忙しいけど、私は元気です。東京に行ったときもでしたが、出前に行ったら、そのことだけ考えられるから、逆に私はリラックスできるのです。明日は幸い長旅なので、あさっての出前の中味は、電車のなかでゆっくりゆったり考えることにしましょう。じゃまたね。

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2006年11月22日 (水)

明日は、「ボートピアいらない!!ウォーク」

11月8日に出した町長への公開質問状、やっとやっときのう21日に返事がきました。
10月23日、要望書提出、反対の声があることをその日はじめて知ったという町長、
でもそのわずか2日後に、ボートピア容認を発表。なんとすばやく!!
抗議の声を届けにいくと同時にだした質問状、その返事のほうは、どうしてこんなに遅いんでしょう。ぷんぷん!
きょう22日、町長に、「700人委員会」として数人で、質問状の件で話にゆきます。
それにしても、町役場に行く日がいつも水曜日なのだ、今日夕方からは、まあさんが開けててくれます。
津幡町におすまいのかたは、700人委員会作のちらし、
”津幡に「ボートピア津幡」はいらない!--狙われたのは津幡、救えるのはあなたの署名”
をもうごらんになってるよね。
私が立ち寄るどのお店でも、本やさんもパンやさんも、みんなみんな、
「あ、ちらしはいってましたよ、広報読んでるだけじゃわからないことがこれでわかった。
私たちのしらないうちにこうやって決められてゆくなんて、ほんとに変!」と口々にいいます。
先週木曜日の夜にすりあがって、それから一週間たらずで10000枚以上のちらしを
700人委員会のみなみなが手分けしてまきました。
まあさんと私コンビも、1000枚以上はまいたでしょう。
ほんとうに、ひとりひとりのちからは小さいけど、それを集めるとすごいちからになる!!
津幡町外のかたも、知り合い見つけて、金沢であつめて書名送ってくれたり、
新聞に投稿してくれたり、ほんとに感謝です。
静岡のTさん、きのうおいしいみかんとどきました。
毎日、いろんな人のところに会いに行って、話しをして、というふうで、
飛ぶように時間がすぎてゆくので、お礼はがき書く間がないかも、
いろんなかたに、10月入って以来すごく筆不義理してるけど、
「紅茶なきもち」ブログできもちと情報を共有することで、堪忍してちょ。
明日23日は「津幡町にボートピア(ギャンブル場)はいらない!ウォーク」です。
町外の方でもどなたでも。
11:00 町役場を出発して一時間ほど、町内を歩きます。
ウォークのタイトルどおりの横断幕や、
「ギャンブル場はいりません」「まだまにあいます」と書いた布をもってあるきます。
どうかどうかお天気がもちますように。
あ、でも嵐でも、今後の行く先を暗示?するみたいで、
逆にそれに立ち向ってゆけばいいか、って思おうっと。

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2006年11月16日 (木)

「ボ」は、いらない!ウォークをするよ

「700人委員会」のひとたちをはじめ、たくさんのひとが津幡の町を歩いて、対話を重ねて、お一人ひとりから、津幡町のギャンブル施設・ボートピアの誘致計画中止をもとめる署名のお名前をいただいています。こんなことするの、まったくはじめてのひとたちが、自分から団地を歩き、自分のかかわるサークルやスポーツの練習の場所で、「ボ」の話をして、署名して、っていうの、とっても勇気を要することだと思うのです。みんな、すごいっ!

まだまだボートピアがなんだか知らないひともたくさん、そして、ちらしで予定地を確かめて、えっ、そんなに近いの、緑が丘から一キロも離れてないの、気楽に森林公園に遊びにいけなくなるじゃない、なんてもったいないことするんだろ、こんなに豊かな自然のある町で、といいながらお名前かいてくださる方が多いです。

今日、夕方にはあたらしいちらしが刷り上ってきます。シグナスでの「子どもの未来を語る会」7:00~にも、おかげでまにあいます。「私の平和のつくりかた」というタイトルで話しますが、「ボ」の話も少しします。そのちらしにもお知らせが載っていますが、

11月23日(木曜日、でも祭日) 11:00 町役場集合

「津幡町に、ボートピア(ギャンブル場)は、いらない!ウォーク」をします。

一時間ぐらい、集まったみんなで商店街などを歩き、また役場にもどってきます。道行く人たちにも、何で歩いてるのかわかるよう、先頭を行く人が、バナー(横断幕)をもちながら。

こんなことするの、津幡町でおそらく前例のないことでしょう。しろうと集団ですが、「700人委員会」メンバーがアイディアや知恵をどんどんだして、それぞれの力が引き出されてくるような動き方をしてるのがすてきだなあ、ってうちあわせのたびに思います。

「ウォーク」には、子どもたちもきっと参加します。やさしい、楽しいウォークにしたいですね。昨日の紅茶で、カーテン見本生地をつかって、その場にいた人たちとおしゃべりしながら、当日持ち歩くバナーを作りました。まだ子どもなので、700人委員会にははいれないけど、気分はすっかり委員会メンバーのSちゃんもいっしょにクレヨンで字をぬるの、手伝ってくれました。

ウォークには、私たちを応援してる町外のひとも駆けつけてくれます。津幡町民じゃないから署名はできないけど、何かしたい、と自分の手つくりミニレター本のなかで「ボ」のこと取り上げてくれたりして、こういう外からの応援団、ほんっとにうれしいです。

新しいちらしは、地図もさらにはっきりし、イラストもはいってわかりやすいです。ちらしもみんなの知恵で進化するのだね。自分の団地でまくよ、というかたいらしたら、どうかご連絡くださいな。

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2006年11月13日 (月)

700人委員会へのメッセージ

松浦さんから、カンパに添えて、メッセージもいただきました。
「私の故郷は新潟県栃尾市(現・長岡市)です。
棚田と山々の美しい村でした。
長岡市からトンネルを抜けて、あっと驚きました。
競馬の場外馬券売り場が建ち、すごい車の混雑。
しかも近くに大きなパチンコ屋までできていました。
本当に悲しくなりました。
故郷はいくつになっても自分の誇りであり、
たくさんの思い出の地なのですから。
どうぞ津幡の町を子どもたちが自慢できる、心を育てる町に、
守りつづけてほしいと願います」
         2006・11・12 まつうらさちこ
場外舟券売り場、といって松浦さんがすぐぴんときたのは、実はこういうわけだったのでした。一緒の町にすんでいたら、間違いなく、いっしょに700人委員会の大事な仲間になってるね。
今日、署名をとどけてくれた人が、「ボ」の予定地が山間地、森の中だからなおぶっそうだわ、森林公園に気軽に遊びに行けなくなるわ、と。ほんとにそうです。本州一大きな、県の森林公園、そのすぐわきにギャンブル場、ほんのちょっとの想像力でイメージできると思うけどなあ。
*****
今日13日は、松浦さんを七尾へお連れしました。せんだんの集いのおかみさんたちのお店で、七尾のお土産をあれこれと。飛行機に乗る時間がせまっていて、あんまりゆっくりできなかったのが残念。でも、お互い名前だけは何度も聴いてる同士が、じかに逢えた、ってだけでも、すてきにうれしいことで。今回寄れなかったお店、ごめんね。
能登七尾から小松空港までのドライブ、晩秋の紅葉の道をぶっとばし?
空の一部が青空で、あつい灰色の雲も広がっていて、でもそこから光のすだれのように陽の光がすじになり、それを受けて、海は光る海となり、まるで荘厳なドラマをみるような能登海浜道でした。
「ボ」で忙しかった先週だったけど、この3日間はそれとちがった時間が流れ、また、動けるパワーがわいてきました。東京でいつもノンストップの日常を生きてる松浦さんにも、津幡の時間はいつもと違う時間です、おたがいに、そこから新しい元気をもらいあいました。
あんまりたくさん食べないわりに元気でいられる私に、スウさんはきっと燃費がいいのね、と松浦さん。なるほど~~、わかりやすい!確かに、燃費がいいんだ、わたしって。ビールもコップ半分で十分にたのしくよっぱらっちゃうしね!
****
8日、町長に「700人委員会」で抗議文を届けにいったときのご報告がまだでした。この日にくるように、と指定されたにもかかわらず、町長は会議のため東京に出張中。公開質問状を出して、今、そのお返事待ちです。

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2006年11月11日 (土)

心で感じたことが、、、

今日土曜日の11日は、とくべつ紅茶で、2:00~5:00

細川さんの、「賢治の時間」です。ひきつづき夜はナイト紅茶。6時ころから一緒に夕ご飯。

*******

木曜日は、図書館の「詩を楽しむ時間」でした。きりりんさんがね、またすてきな詩をもってきてくれたの。尾崎美紀さんの「きりんの悲しみ」。

心で感じたことが 言葉になるまでに 時間がかかるのは 

この長い首のせいかもしれない

それとも 体中に はりめぐらされた 迷路のせいか

すきだよ

ようやくいえたときには もう誰もいない

夕暮れのかげぼうしが 遠く伸びて 

きりんの悲しみ 少し遅れてやってくる 

****

ここのところ、フルタイムフル回転で、津幡にギャンブル場のボートピアはいりません、の署名を集めてまわっていると、こんな詩を声にだして読む、というちいさな行為そのものが、こちらのこころに砂漠のオアシスみたいに染みとおってゆくのがわかるよ。あ~~、こんな時間がとってもとても貴重、そして必要。きりりんさん、いつにもまして、この詩を持ってきてくれてありがとう、です。

この2ヶ月、ボートピアのことで町を歩けば、この町のいやなとこもいっぱーい見えるし、今まで知らなかったすてきなひととも出会えて行く。ひとつのものごとには、いつも、いいこととやなこととが同居している。それを探せるか、だ。自分の心においしい水をどう見つけるか、だ。濁り水のなかからも、きらり、きらり、を見つけられるひとになりたい。そうありたい。

「津幡町の子どもの育つ環境を考える700人委員会」のメンバーと一緒に、津幡町のすべての小中高校の校長先生に3日間かけて逢いに行きました。私たちがなぜボートピアに反対するのか、わかっていただくために。この「700人委員会」が、津幡町にギャンブル施設はいらない、という一点に賛同して名前を連ねた、党を超えた、個々人有志の集まりであることを知っていただくために。

校長先生訪問は、ある意味、すごい体験でした。ボートピアから教育が見える、町の姿勢が見える、ひとの生き方が見える、「ボ」はリトマス試験紙であり、鏡でもあり。

今が今、国会で審議中の、教育基本法改正(改悪)のこととからめて、このボートピアの問題を見てゆくと、今変えたら、こどもをはぐくむはずの教育はもっともっと遠のく、といっそうリアルに感じられてきます。11日、香林坊では、基本法に関するシール投票があります。私は紅茶でいけないけども。それにさきだつ勉強会が6日の夜に金沢で。すごく行きたかったけど、「ボ」でその日の分のエネルギー使い果たし、行くの、断念しました。

とってもいい勉強会だったようです。朝日の記事です。

教育基本法 改正に疑問・批判の声(11月9日朝日新聞石川版)
http://mytown.asahi.com/ishikawa/news.php?k_id=18000000611090004

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2006年11月 8日 (水)

怒るときはきちんと怒ること

おとといの暴風雨カミナリは、ものすごかったですね。夜明け前に、肩のあたりに翔の気配を感じてとびおきると、かみなりがとってもこわい翔が、階段登ってきて、となりにいておろおろしてました。14歳の翔には、一人で階段下りて、もし足でも踏み外すとは大変なので、階段をあがるところに、おふろのふたを立ててとおせんぼしてあるのです。でも、ピカゴロドッカーンがよほどこわかったのでしょう、そのふたを上手に倒して(賢い賢い)、階段とことこ登ってきたのでした。翔の必死さが伝わって、この日は朝まで布団の横で寝かしました。

*****

今日夕方、5:00~津幡町役場に「700人委員会」のメンバーたちと行きます。

10月23日、ボートピアをつくらないで、と要望書を提出して、そのわずか40時間後に町長がギャンブル施設ボートピアを容認、と発表したことに対して、抗議をしに行きます。あの日、はじめて反対の声があることを知ったという町長、これから反対署名を集めることもその日に知って、その数がどれほど集まるかもわからない中での、突然の「容認」。それでもなお、反対署名が集まってきている現実、あきらめない私たちがいる事実をきちんと抗議とともに伝えねば。

700人委員会のひとりひとり、できることや得意分野がみんな違います。そういう人たちが知恵をだしあって、よりよい方法を真剣に探る、話しあう、密度の濃い時間。みんな違って、みんないい、まさにそれを実感してます。

今日の報告、またしますね。町外からも応援ありがとう。津幡の友人紹介してくれてありがとう。町のHPに意見かいてくれてありがとう。

ボートピアをじっさいに身近で見てきたひとのお話を聞く機会がありました。必ず、ヤクザのひとや暴力団がはいりこんでくるよ、ノミ行為をする人がいるがそれもヤクザのひとが仕切るから、そういう人たちがしぜんとふえてゆくんだよ、と力をこめて話されました。不審者がふえるどころの話でないこと、他の先生からも耳にしていたことだけれど、もっとリアルにきいて、ますますもっていらない施設、と強く思います。経営不振でそのボートピアは破綻したのですが、それは事実、採算がとれなかったこともあるけど、本当の理由は暴力団とのトラブルがあってどうにもこうにも、ということだったそうです。

あるお母さんが署名を集める中で、身近なひとがギャンブル依存症で家庭がこわれてしまったのを知ってるから、絶対反対、と名前をかいてくれたかたが、2人もいたそうです。遠い世界の話じゃないと実感した、と言っていました。

***

そんなわけで夕方から役場にいくので、今日の紅茶、早仕舞いです。4:30に閉まります。

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2006年11月 4日 (土)

遠くからでもできること

津幡町の公報に、特集記事のようにボートピアのことがでっかく載りました。
計画に反対している「津幡町の子どもたちの育つ環境を考える700人委員会」のことも確かに書いてあるけど、町長が計画にGOサインを出したのが、700人委員会が要望書を出したわずか二日後とはかいてない。地元からの同意があり(でもその中味が、ボートのよい施設をつくるので、といわれてはんこを押したひともいることにはふれず)、町議会で活発に議論した、とだけくり返し書いてある。明らかに、もうすべて決まったことだと、反対のひとたちのきもちをそぐために、まだ何も知らない町のひとたちの理解を得るために、こういう異例なまでの大きなペースをさいたのでしょうね。

でも、考え方をちょっと変えてみてみよう。これで、①ボートピアが「ボートのよい施設」ではなくて、競艇場外舟券売り場であることが、町の人にはっきり認知されるわけだし、②舟券売り場には、防犯・青少年・交通対策などの懸念があると認めていて、③町の財政状況が厳しいのでボートピアというギャンブル施設からの収入に期待し、④そうやって得たお金を教育などにあてる、と予定してることがはっきりわかります。つまり、このことをおかしいとは思わない町です、と証明したようなものです。このことこそ、私たちは問うてゆけると思います。
今の中学生、高校生たちが行ってはいけないボートピア、でもおとなになったら逆にいってほしいところに、町はさせたいのだろうか?だって、せっかく作っても、将来にわたってボートピアがはやってないと、町の安定した財源にはならないものね。 
12月議会に向けて、津幡町の有権者に限っての、反対署名を集めてる真っ最中に、金沢の友達たちが、津幡に住むお知り合いにボートピアのことを知らせて、署名を町外からも集めてくれています。娘は住民票が津幡にないので、そのかわり、仲のいい中学の同級生たちにメールして、「協力するって言ってるよ、連絡してみて!」と遠くから、彼女のできることをしています。早速、若いひとから「署名用紙おくってください、友達にも声かけます!」とメールがかえってきて、うれしいうれしい。彼らにしても、自分たちの生まれ育った町がギャンブルで有名な町になっちゃうのは、とても悲しいことだものね。同級生へのメール作戦は、もうひとりの若い友だちも熱心にしてくれてます。
遠くにいてもできることあるんだ、って教えられる日々、勇気をもらう日々。津幡にお知り合いがいたら、ボートピアのこと、署名を集めてること、教えてあげてね。
津幡町のHPにもご意見コーナーがあるので、http://www.town.tsubata.ishikawa.jp/toiawase.html(ここから、担当の企画財政課にいけます)誰でも意見をかきこむことができます。
ところで、なんでこんなに一生懸命なの?と、もう一人の私が、私に聴く。それはね、自分の住んでる町が好きだから。そしてもっと好きになりたいから、です。

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2006年11月 3日 (金)

きっかけの大きな受け皿

無事に那須にもどったげん+こりんちゃんからメール。

こりんちゃんwrote:

3度目の紅茶ギャラリー
毎回 ちがった感動があります。
こんな風に紹介していただけて ほんと幸せ者だとつくづく思います。
こんな幸せな気持ちを器に込められたら、使って下さる方にも
そのおすそわけが出来るのにね。

って。いやいや、もうとっくにそのおすそわけをしてるよ、ふたりの器は。紅茶にくるひとたちの人生とも直接かかわるような器が、この6年間でずいぶん増えてると実感してますもん。

げんさんが、だいぶくんずねんずして、書き込みしてくれました。私も最初のころ、わからなかったのでまったくおあいこです。

*****

毎日、あたまがボートボート(ぼーっと?)していて、できること精いっぱいしてるので、いただいたお手紙やご本やお菓子などへのお礼状がかけずにいます。不義理をもう許してもらおうっと。しないときめることも、自分の決定でだいじなこと、とこのまえの「ともの時間」で教わったばかり。お手紙の書けるときが来たら、きっとかけるもんね。

いろんなひとが、津幡の町の動きを見ています。いままでこんなことしたことないお母さんたちが、町内あるいて署名をあつめています、場外舟券売り場というギャンブル場をつくらないでください、と。津幡町外の友だちは、津幡に住んでる同級生や、友人に電話して、間接署名集めをしてくれてます。町長がボートピア容認という態度を表明したので、もうきまったこと、とおもってるひともいるみたいけど、どっこい、700人委員会の意志は固いのだ。ここであきらめるなんて、第一とってもはずかしいことだよ、子どもたちに対して。

とってもとても厳しい対立だけども、でもこれをきっかけに、自分の住んでる津幡町っていったいどうなってるの?どんなふうにして、町のものごとは決まってゆくの?ってことに目を向ける、意識する、そのための大きな、歴史に残る受け皿を、700人委員会+more の、ひとりひとりが毎日つくっていってるんだと思う。自分の町の、いやなとこもよ~くみえてくる、でもそれを上回る、こんなすてきなひとが同じ町に住んでたんだ!と、日々、発見しています。感動しています。

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2006年10月26日 (木)

わが家の鳩

Photo_16この丸い青い布は、 川越紅茶でいただいたプレゼントの中のひとつ、ジュンコさんが縫ってくれたもの。水色のは、わが家で愛用している鳩の箸おき。4羽、あつまって、平和の創り方を相談しているところです。

この鳩、5羽、松浦さんちにも住んでいます。にじの祭のとき、獅子吼で見つけたもの。

*****

ありがたいことに、眠れない、という悩みが日ごろほとんどない私ですけど、昨日はさすがに口惜しくて、朝3時ころから目がさえてしまいました。自分の町の町長が、「700人委員会」の、ボートピア反対の要望書を手渡した翌々日に、ボートピア容認の立場を表明するなんて、信じられなかったです。町の人たちがこの計画に気づく前に、どんどん既成事実をつくっていって、反対の気持ちを早々にあきらめさせたいのでしょうね、きっと。

今日26日の北陸中日にでっか~~~い記事出ていましたね、「町長が容認、突然の表明」と。2日前にはじめて、ギャンブル場のボートピアに反対する人たちがいることを知った町長が、それを知ったから総合的に判断した、と言うのは、どうかんがえても意味がわかりません。反対する人がいるので、早く決断しました、としか思えないのですが。

賛成議員の言葉として、「ボートピアを通じて全国に津幡の名が発信できる」と紹介されていました。競艇場外舟権売り場を通じて、津幡が有名になるのです!!

津幡町に、ギャンブル場をつくることを許すおとなに、私はなりたくありません。そして、ジュンコさんの縫った青い布の上の、4羽の鳩のように、みんなで力を寄せ合います。この写真に、一番励まされてるのは、私かもしれないね。

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あきらめない

Photo_13
  ← 伊豆の野田さん、紅茶”ホテル”にお泊りして、目が覚めたらまわりじゅうが緑の木々で、まるで海の森のなかで目覚めたようだった、って。
人がみどりをみるとほっとするのは、昔々、私たち人間がまだ魚だったころ、海の森の中で生きていた時代がながいから、だそうです。
人間の私たちは、実は人魚の目を持っているのよ、って。
そんなふうに緑の森を眺めると、ちょっといつもと違う感じがするね。
********
津幡町町長に、23日にボートピア、NOの要望書を提出して、その報告を「700人委員会」のひとたちに渡そうとしてる矢先、こうなりました。すでに中日や北国の夕刊で知ったかたもいるでしょうが。こんな文をつけたして、みなさんにお知らせしています。ほんとに悲しいし、情けないし、恥ずかしいです。
でもあきらめませんからね、「700人委員会」の人たちは、本当にすてきなひとたち。人間として尊敬できる人たちです。
津幡にお知り合いいたら、こういうことも合わせて知らせてね。
            ↓
*****
要望書を出しに行って、そのわずか2日後の10月25日、

町長は、町議会全員協議会の席上、ボートピア計画を容認すると表明しました。計画に反対する町民がいることを23日に初めて知り、その上で総合的に判断する、と何度もくり返した町長の言葉は、いったい何だったのでしょう。「700人委員会」は、驚き、失望し、ひどく裏切られた気がしました。

それでも私たちはやっぱり、津幡町にギャンブル場はいらないと、声をあげてゆく意志をあらためて確認しあいました。今ここで黙っていれば、私たちの町に、県内初のボートピアは必ずできてしまうのですから。

本気でつながってゆきましょう。子どもたちのために、持っている力を出しあいましょう。署名活動、スタートします!

******

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2006年10月25日 (水)

三条の夕日

Photo_12 ← 新潟三条のSさんからとどいた、美しい夕日!

4月の松浦さんとの3人ジョイントとくべつ紅茶のときには、おいしい三条のお豆や、昆布巻きや、ひとあじちがう車麩をたくさんもってみえましたっけ。あの日、夜の一品持ちより夕ご飯のほうにだけ参加されたおつれあいさんは、紅茶のことを「この世のものとは思えないくらい不思議な場所だった」とおっしゃってるそうです。ひえ~~?!

そういえば、西東京紅茶に始めて参加されたかたも、一緒にいったお友達に、「不思議な空間だった、今でもいろいろ考えている」といってらしたそうだし。なんなんだろね、私自身も不思議でたまらない場所です。

*****

津幡のボートピアのことがこのブログにやっとかけて、すこしホッとしています。町長さんに要望書を提出したこと、読売・北陸中日・朝日・毎日新聞に載りましたので、これからはおおっぴらに町のみなさんの力をおかりできるぞ!と。

でもぐずぐずはしていられません。12月議会までにかたちあるものにしないとね。津幡町のひとの、それも有権者の、署名に限定してます。町外のかたは、お知り合いに津幡町の方がいらしたら、どうかこのこと、お知らせくださいね。まったく個人個人の思いをあつめた「700人委員会」です。ここからまた勇気が広がってゆきますように。

昨日行ったお医者様からも、署名しますからね、って言っていただきました。由美子さんが、「700人委員会」のことを100番目のサルのお話みたい、ってコメントしてくれたけど、ほんとにそう思うよ。サツマイモを海水で洗ってからたべるとおいしいことを発見した、一番目のサルがいて、それをみた2番目のサルも3番目のサルも、、、、。そして、ついに100番目のサルがそれをしたとき、そのサルたちとはつながってないサルたちもみな、サツマイモを海の水で洗うようになった、というお話。誰が100番目のサルになるか?楽しみです。

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2006年10月24日 (火)

津幡町にボートピア?

Photo_10

「津幡町の舟橋に、ボートピアができる、という話をきいたことがありますか。
いや、そのまえに、ボートピアって何なのだか、知っていますか。」
ではじまるメールを、津幡町の信頼できる友だちや紅茶仲間あてに出したのは9月半ばのことでした。その続きのメールです。
       ↓
津幡町はボートの町だから、河北潟の漕艇場が整備されて、ボートの乗れる遊園地のようなもの?と思っていた人もいました(私も、ボートのユートピア?ってなんだろう、と思ってた)が、とんでもない、まったく違うものです。
ボートピアは、場外舟券売り場のこと、大型スクリーンで全国の競艇のレースが映し出されて、年間300日くらい、そこがバーチャルな競艇場になります。

つまり、ギャンブルの場所が、森林公園近くの津幡町内にできるということ。
過去の例では、なにぶん大金がからむところなので、暴力事件や暴力団がらみで、警察沙汰の事件がおきたり、また大阪の場外馬券売り場では、年間何百人もの中高生がほとんどノーチェックで券を買い、売り場で補導されたということです。家庭崩壊の話も聞きます。
不審者から子どもを守ろうという親たちの願いと逆行するように、大負けしていらだち、むしゃくしゃする大人たちを町内にふやすことにもなるでしょう。

主に、こどもたちの育つ環境を少しでも安全なものに、という視点から、全国の市町村、とくにPTAが中心になっての反対があいつぎ、市長や町長も反対して、全国各地でのボートピア計画はつぎつぎととりやめになってきました。
石川では、金沢、松任、鶴来、宝達志水町、寺井、小松、鹿西、羽咋(では、3度も計画された)での計画が白紙になり、津幡でもこれまでに、富田、潟端で、地元のひとたちの反対により、中止となっています。
(ええ~~~、そんなに!恥ずかしいけど、知らんかったなぁ。健全な娯楽で、町にもほんとにいいものなら、どうしてよそでこんなにも反対が多いのだろう。)

ところが、津幡町では、舟橋地区の人たちがGOサインを出し、(くわしい説明を受けないまま、ボートのいい施設ができるから、という話で同意のはんこを押した人もいて。形の上での「地元同意」が出され)あれよあれよ、の間に、誘致の話が議会で進んでいます。ボートピアがくれば、環境整備費として、町にお金が入るからいい、と言う声もありますが、ギャンブルのお金を町に還元することで、周辺に住む人たちの不安が増すとしたら、子どもたちの育つ環境がおびやかされるとしたら、それは本末転倒な話です。

全国のボートピア経営状況をみても、開設当初は黒字でも、賭け事としてのおもしろみにかけるため、長い目で見たら町ももうからず、本当の意味の雇用にはつながらないこと、その施設をやめることになれば、大きな施設が無人のまま放置されること、またもし運営し続けるとなれば、そこに私たちの税金が使われることも考えられる、とのこと。

子どもたちの育つ環境を真剣に考えたい、そう思うひとを増やしたい、という想いでのメールです。慎重に動きたいから、いまはまだ、信頼できる人にだけ、出すメールです。いまさらもう遅い、何しても無駄さ、と、くわしく知る前から決めつけずに、まず、私が知ったことだけでも知ってていただきたくて、メールしました。よければ一緒に考えてみませんか、ボートピアのこと。微力だけど、無力じゃないはずだから、私たち一人ひとり。
*********その日のメールここまで。
はじめに、ボートピアって何なの?!って気づいた一人のかたが私や他のかたに知らせてくださり、それから、気持ちのある人たちとで集まり、ともかくまずは「津幡町の子どもたちの育つ環境を考える100人委員会」をつくって、町長に、子どもたちの育つ環境を悪くさせるようなボートピアをつくらないでください、という要望書を出しに行くことになりました。
   **
津幡町で、そんな声あげてくれるひとが50人も集まるだろうか、って不安の中からスタートしたのです。
9月28日から声をかけはじめて、一人ひとりとても誠実にお話をして、説明して、お名前を出して仲間になってくれるひとを増やしてくれるかたが何人もいてくださって、100人どころか、たちまち500人を超え、2週間で、なんと!!「700人委員会」に成長しました!!
そして今日、10月23日、700人の思いを持って、10人で町長さんのところに要望書を出しに行き、お話し合いもしてきました。要望書のうらにずらりとならんだ、年令も職業もお立場もさまざまの、津幡町の、「700人委員会」の713人のお名前、迫力ありました。
  **
きっと明日の新聞にも載ると思うのですが、今日の町長さんとの話し合いではよいお返事がいただけず(それはもちろん覚悟の上でしたが)、12月議会のはじまるまでのひと月間で、津幡の20歳以上の約28、000人の、その過半数の署名を集めようってことになり、「700人委員会」は動き出します。
今日までは慎重に動いてましたので、ブログでもいっさいふれませんでしたが、これからはたくさんのかたがたに知らせてゆけます。
どうか力を貸してくださいね。700人委員会は、私の住む津幡町にこんなすてきな、勇気ある人たちが住んでいたんだ!って発見の連続の場です。
  **
今まで、議会任せ、他人任せにしてきた町のすることに、一人ひとりが関心持って見つめてゆくこと、これが民主主義ね。憲法の主語は私たち、という主権在民を、実際にすることだよね。

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