2017年9月15日 (金)

いのちをつかう、ということ

Photo 親しいひとのお父様が亡くなられて、お別れにいってきました。

このお父様との出逢いは、今思い出してもとってもとても不思議な場所で。

私が結婚して金沢に来た43年前の夏、ある女子大生さんが「ミセス・スウを知りませんか」って新聞に投稿したのです。それをみた北陸放送の方が、じゃ、スタジオでごたいめ〜〜ん、っていうのをしよう、と思ったらしく、土曜の午後の番組に私はでかけていきました。その女子大生さんとともに、一人の男性がおられて、どちらとも初対面の私は、who????

その方が、滋さんでした。10歳をはじめ、何人も娘さんをおもちで、その子たちの読むかわいい雑誌の一ページに私が連載を書いていたのを読んでらしたらしく、テレビ局のご対面場面にご出演くださったのでした!それから43年の時が流れ。

筆まめな滋さんは、よくお手紙くださいました。好奇心がおありで、いろんなことに興味をお持ちの方。それで私にも逢いに、スタジオに来てくださったんだと思います。

滋さんの一番上の娘さんにはじめてあったのは、たしか彼女が小学5年生のころと記憶してるけど、その10年余り後、別の場所で再会。あ、あなたが滋さんの!と。

その娘さんは今、ひととひとをつなげるすばらしい働きをしているよ。ふだんの努力を日々普段からつづけて、よりよい社会つくるための、12条しているひと。ご両親からもらったいのちを世の中のためにせいいっぱい使って、自分のミッション(使命)をはたしているひと。peaceのおおきなひとかけら、です。
滋さんは、そういう彼女を、どんなに誇らしく思っておられるだろうな!

お父様のお別れの式には、今は大人の、お子さんたち、そのまたお子たちが、にぎやかにお集まりでした。その一人一人が、もらったいのちのそれぞれのミッションを、って思うと、これ、すごいことだなあ〜〜って。
そうだね、私も父母からもらったいのちを、自分のためだけじゃなくて、社会のために大切に使いたいな、ってあらためておもったよ。

この夜のお坊さまの言葉。
仏さまはみなさんに「平等」の本当の意味をきづいてほしいと願ってらっしゃる。平等とは、みんな同じ、みんな一緒という意味ではなくて、一人一人が違っていて、それを認め合うこと、わかりやすくいうと、バラバラで一緒。それが平等ということなんですよ、と。あ、ここにも、13条がでてきた、と思いながら聞いていました。この日、この言葉が聞けてよかったな。


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2017年9月12日 (火)

ダニーさんのご本「国のために死ぬことはすばらしい?」

8月30日のあさイチで、こどもたちにお話しされた、イスラエル人のダニーさん。先週土曜は、さいたま市の母親大会でお話されたのね、その1週間前に上尾の母親大会で私がお話させていただいた。うれしいシンクロです。

9月3日の上尾での紅茶の時間に、私のとなりに座ってらした深沼さんは、ダニーさんのおうちでお話をきき、ダニーさんのおつれあいのかほるさんの焼くピタパンもいただいた、という方。ピーチラボ、という場をしている方です。
私が上尾で、ダニーさんの言われた「しかたない、という言葉をつかわないでほしい」を紹介したことから、石川にもどってからも、深沼さんとFBでのやりとりがはじまり、ダニーさんのご本「国のために死ぬのはすばらしい?」を、私にプレゼントしてくださいました。

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そんなきっかけから、私もダニーさんとつながることができました。ご本をよんだ感想を、今、ダニーさんにもお送りしたとこです。

「ダニーさんのご本、読みました、一気に!
9000キロ離れたイスラエルのこと、ほんとに知りませんでした。

ダニーさんが具体的に数字をあげ、論理的にかたってくださり、おさないころからの教育のこと、とりかこむ社会の価値観のなかで当たり前に、国のために死ぬことはすばらしいとおもってしまうことなど、とてもよく理解できました。また、悲しく辛い過去をもつ国でいきていくことの、こころへの過酷な負担のことも。

無関心から無がとれるってことの意味(これはけんぽうぶっくの最後の文に私が書いた言葉ですけど、ダニーさんは「脱無関心」という言葉で表現しておられる)、帰還不能点に気づいたたらその場で声をあげること、日々のささやかな努力、日常会話の中でも社会のことを話していくこと、などなど、ダニーさんの12条する、に、とても共感しました。

 すばらしい本をかいてくださってありがとうございました。お礼と感想まで。」

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2017年9月 5日 (火)

たまにはtsukiでも眺めましょに、ひさ==しぶりに。

東京でのごほうびは、高坂勝さんがしてる池袋のオーガニックバー、「たまにはtsukiでも眺めましょ」でごはんをたべること。

娘とお店のドアをあけると、川口のるうさんが先についてた。ひさ〜〜しぶりに会う高坂さん、ちっともかわんないねえ。

素材そのものがおいしい、野菜やおとうふやおからをたべてるとこに、ドアあけてはいってきたのは、なんとなんと、因島のいんのしまいさん!!それからまた時間差で、今は大阪にすんでる和子さんが到着。

るうさん、いんのしまいさん、和子さん、娘と私、夢中で話しながらも、お店には次々お客さんが現れて満員御礼!
高坂さんはさりげなくお客さんと会話しながら料理をこさえて、その態度がなんとも自然体。

話してるうち、いんのしまいさんは高坂さんが広島県で講演したのを聞きにいってたとわかり。さらに、和子さんがかかわってる子ども情報研究センターで私がお話させてもらった時に、いんのしまいさんが参加してたことも判明!そしてるうさんは去年9月、ナルニア国でのけんぽうのおはなし会を主催してくれたお母さん。いんのしまいも和子さんもブログを読んでるので、あ〜〜、銀座のナルニア国の!とすべてのつながりが見えて、ぐるぐるっとひとまわりした感じ。

そういえば、るうさんと娘が出会ったのは、キャンディケイトさんで娘が憲法のお話した時、るうさんが聴きに来てくれて、その後、るうさんと娘とで「戦争のつくりかた」の著者さんたちのお話聞く会を主催して、ぐんと近しくなったんでしたっけ。

こんなつながりって、ほんとうに財産だと思う。

いっぱい話して夜も更けて、じゃそろそろ、と腰をあげたら、それまで黙ってた高坂さんが、あ、スウさんちょっといいですか、と、お客さんたちに私のことを紹介してくださる。

私が紅茶の時間をしてること、高坂さんが、紅茶みたいに誰でもこれて、きもちを話せる、そのまんまでいられる場を作りたいと思ってお店をはじめたこと(そんなふうに高坂さん、おもってくださってたのか!)。お客さんのなかには私の本を高坂さん経由で読んでくださってる方たちもいて。

たまtsukiさんを訪ねた夜の、最後のサプライズみたいないっときでした、こういう気配り、高坂さんのすてきさです。

高坂さんがお店に立つのは来年3月まで。ぜひぜひそれまでにこのすてきなお店をたずねてみてね。金土日は定休日ですよ。

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ダニーさんの言葉

8月30日のあさイチにでてらしたダニーさん。
9月3日の上尾のおはなし会では、あさイチの番組のことにもふれ、ダニーさんの言葉「しかたない、という言葉をつかわないでほしい」を、私からみなさんにもお伝えしました。
上尾の紅茶の時間で私のとなりにすわった方は、ダニーさんにもお会いしてお話聞いてる方でした。そうか、ダニーさんは埼玉県に住んでらっしゃるんだものね。
その方が私に、ダニーさんの書いたご本「国のために死ぬことはすばらしい?」をプレゼントしてくださるそうです。
わ〜〜い、お話の出前の、うれしいおつり、うれしいごほうび。
******ここから、ダニー・ネフセタイさんのFBより
嬉しくなる時

先日のNHKの「あさイチ」を見た友人から以下のメールが
届きました
*本人に許可をもらってアップします

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ダニーさん
 91歳の母と一緒に見ました。
母は、もう耳が遠く、テレビの声は聞こえないのですが、
幸いテロップが読めて、全部わかったようです。
母の父は軍人でした。母もずっと「戦争はしかたない。
お国のために」と教育された人でした。母の実姉93歳は、
夫が飛行機で戦死し、19歳で仏門に出家して、今も都内で
尼修行をしています。
しかし、母は知り合いであるダニーさんのテレビを見て、しばし
考えて、さらに6時間くらいたってから「ダニーさんは、心
を裸にできるすごい人」だとぼそっと言い、ダニーさんの
ご本を読み始めました。
 わたしは、母はずっと心を裸にできなかったのだと知りました。

ダニーさん、91歳の読者が増えましたよ。
それも、たった数分のテレビ放映で、これだけ人の心を動かせた
のは、すごい! わたしもそう思います。
たった数分間に凝縮された発言の力に励まされます。
N

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2017年8月26日 (土)

ひさしぶりにたまtsukiさんへ

9月1日金曜日の夜は、池袋にあるオーガニックバー「たまにはtsukiでも眺めましょ」に行くつもり、お客さんとして。

マスターの高坂勝さんって、とってもいいオトコ!そのうえ、すごくすてきなはたらきかたして生きてるひと。

高坂さんとは、彼が金沢に暮らした3年間のうちの後半に知り合いました。紅茶の時間やむぎわらぼうしやピースウォク金沢、、と、短い時間にとても濃く出逢った感あり、私とも、金沢のピース仲間たちとも。


高坂さん、「ダウンシフターズ」というご本を何年も前にだしてらして、半農半 Xを提唱し、お店のお休み日をすこしづつふやして、いまは土日月が定休日。お休みの日々に、農業はもちろん、講演もいっぱいされてる。
来年の春以降は、閉店ならぬ減店?の計画。お店の運営をほかのかたにゆずって、高坂さん自身はお店に立たなくなる由。

私もずいぶんごぶさたしてるけど、来春になったらもっと会えなくなりそうなので、今回の上京のおり、ひさしぶりにお顔見がてら、話にいきがてら、たまつきさんで夕ご飯をたべようと思っています。

たまつきさんのブログです。https://ameblo.jp/smile-moonset/

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永さんの記念館

永六輔さんと一緒に、長いことラジオのおしごとしてこられた橋本さんが、いのみら通信とどいたよ、っておはがきくださって、永さんのバーチャル記念館ができました、っておしえてくださった。
http://eirokusuke.nkac.or.jp

わ〜〜い、ラッキー。
今度東京に行く時、この記念館に行ってみよう!って思った。

あ、でも待てよ。
バーチャルってことは、と気づいた。
今年の7月7日に公開したそうです。
あなたの永六輔を見つけてください、って。

あなたも見つけてね。

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ダンサー

いのみら通信の発送がおわり、もう一つの原稿もかけたので、昨日は自分へのご褒美で、シネモンドに映画を見に行く。

世界一美しい野獣、とよばれたバレエ
ダンサー、セルゲイ・ポルーニンのドキュメンタリー。

才能ありすぎる人の、とてつもない孤独。
ずーっと息つめて見つめた彼のダンス。

これをラストダンスに、とハワイで撮った映像はyoutubeで見れる。でもやっぱり映画のスクリーンで見た方が断然、迫力あり、美しさと強さあり。

彼が踊り続けてくれて、よかった。

彼のダンス、ここでみれます。

https://www.buzzfeed.com/jp/sakimizoroki/sergei1?utm_term=.vp3n48PLm#.neJGZ0wdm

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2017年8月 6日 (日)

やすらぎの郷、見てます

お昼のシルバータイム?ドラマ「やすらぎの郷」、ずっとみてます。見れない日は録画して。

8月4日の放送。
八千草薫さん演じる”姫”のせりふに、はっとしました。

姫の初恋の映画監督が、おそらく軍に強要されて、戦意高揚の国策映画を撮らされる。戦争中の話を聞きたい、とやすらぎの郷を訪ねてきたジャーナリストが、姫にその映像を見せるシーン。

「わかってるつもりだった、ただ、あの方、戦後生まれの方でしょう?戦後の方が、あの当時の戦場のフイルム見るのと、私たちが見るのとじゃ、ちがいますよねえ。

戦争のことは、映画でも、実写のフイルムでも、見ていた。
だけど、あの場に実際に先生がいて、実際に起こっていることを見ながらカメラを回したと思うと、たまらなくなって気分が悪くなったの。

これまで、戦争っていうものは映画や活字で何度も見てて、いやだなあ、って漠然と思ってはいたのね。
でも私は銃後にいたでしょ。実際に起こったひどいことは見て見ぬ振りして逃げてたんだと思うのね。
実際にあの場にいらして、必死に、先生が我慢して撮ってらしたんだと思ったら、ふるえてきちゃった、、のね」

そうか、、、きっとそうだよね、違うんだよね。簡単にわかるものじゃないんだよね。
戦前生まれだって、あとから体験を聞いたって、わかるもんじゃない。おおきなすきまを、想像力で必死におぎなって、わかろうとする。

戦場でカメラを持つ、初恋の監督のきもちを想う姫のきもち。

戦場の場面から、突然、映像は京都の町に。急に呼び出されてあわてて通りに出ていった姫を、遠くから小さなカメラで撮らえる監督。監督はカメラをまわしたまま、姫との距離はだんだんに近づく。だけど言葉かわすことなく、二人はすれちがって去っていく。
男女一緒にいると非国民って怒られた時代でしたもの。
京都での秘密の撮影の日が監督に会えた最後で、その後、監督はアッツ島で玉砕する。

京都の無言のシーン、切なすぎる、、、。

そのあと、石坂浩二演じる脚本家の栄ちゃんが姫をおくっていく夜道で、あしもとのよろめいた姫に、手を差し出す栄ちゃん。
こんなふうに殿方と手をつないで歩くなんて生まれてはじめて、という、かつての大女優の姫。
またまた、切なすぎる、、、。

倉本さん、この俳優にはこのせりふを、このひとにはこれを、あのひとにはこれを、って、選び抜かれた言葉で、倉本さん自身が伝えたいこと、書いてる。老いのこと、死のこと、恋愛のこと、戦争のこと、ゆらぐこころ、ときめくこころ、悔やむこころ。まだまだある。
ときどき倉本さんも登場してる笑!それに中島みゆきさんもね。

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2017年8月 3日 (木)

カタログハウスさん

今日は、カタログハウスさんがはるばる取材にみえました。

春に注文した「仙骨サポート」という商品が私にはとてもあってるみたいで、気にいってます、とお便りかいたことから、取材をうけることに。

仙骨、ってお尻の骨の土台みたいなとこの骨のこと(だと思います)。毎週通っている整体の教室で、その言葉はよく耳にしてました。仙骨を立てると、せぼねがまっすぐにのびて、しゃんとした姿勢になる、って先生からきいていたので、通販生活で「仙骨サポート」っていう名前を聞いた時に、大事なとこを支えてくれるものなんだな、ってイメージできたのでした。

178 パソコン使うときの椅子の上にのっけると、ほんとに背筋がのびて、仙骨が立った感じがして、きもちいい姿勢のまんまパソコンにむかえるよ。時に、5、6時間もパソコンに張りついたりする私にはとても必要なもの、って使い始めてからあらためて思った。

でもまさかね、出した一枚のはがきをよんでわざわざ家まできてくださるなんて。
20代の、とても感じのいい編集部のかたと、ベテランらしいカメラマンさん。取材の間中、なんか楽しくってね、おかしくってね、笑ってばかりいました。冬号の通販生活に写真いりでちっちゃく載るそうです。

通販生活さん、といえば、会社独自の理念をこめた憲法をもち、社会に対して、おかしいことはおかしいと、きちんと誌面をとおして発言する会社。その姿勢に、これまでもひっそり拍手を送ってたのです。その会社の方にじかに、ありがとう、をいえて、うれしい日でした。オススメの商品ページもだけど、対談や読み物ページや猫マンガも、毎号楽しみなんです。

取材がおわって話してた時に、この若い方が、豊田のけいちんのとこに、ほこりのでないダウンのしきかけぶとんの取材にいってた方だと判明!こ〜〜んなふうにつながっていくんですね。うれしい、がまた一つ足し算されました。


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2017年8月 1日 (火)

かりんさんのお話

雨宮かりんさんの講演会「時代の生きづらさを問う」。高校の先生たちの組合の主催で。
ご本は何冊かこれまでにも読んでいたけど、おはなしをなまで聞くのははじめて。

10代は、死のとても近いとこにいた。いじめられ、否定され、自己責任の重圧に苦しめられ。
20代はじめのころの2年間、右翼にはまってた。そこではじめて、悪いのはお前じゃない、と言ってもらえた。悪いのはアメリカと民主主義だ、と。憲法のディベートがあって、それなら憲法読まなきゃとはじめて読んで、え〜〜こんないいこと書いてあるんだ、って、とくに前文に感動した話。
右翼から抜け出し、自身もそうだった貧困を見つめ、それを書く人になっていったかりんさん。

ブラック企業っていう言葉もまだなかった時代に、ひどい働かされして働けなくなり、家にひきこもった人たちをいっぱい取材した。はじめは、こころの問題だろうかとか、個人、親子関係の問題かと思ってたけど、違ってた。背景にとんでもない労働問題、社会構造があったんだ。

かりんさん自身も、雇用柔軟型という名の使い捨てにされてた一人。それを全部、自分の責任だって、思い込まされてた。
過労死するまで働く社会か自殺するしかない社会か、ってあきらかにおかしい。

学校でしてもらいたいことは、最低限、野たれに死しない方法がある、ってことおしえてあげてほしい。労働教育、労基法や生活保護のこと、そして奨学金かえしていくことのリアルも。

迷惑かけるな呪縛、自己責任呪縛がとっても強い今の若い人たち。それを解いてあげて。助けて、っていっていいんだよ。でも自己肯定感ないと、助けて、っていえないんだ。貧困はその自己肯定感をうばうものなんだ。

助けてって言える人リストを日頃からつくっておくこと。言える人間関係つくっておくこと。助けを求めることのできる支援団体も知っておくこと。たとえば、もやいとか、フリーター労組とか。

法律さえしってしまえば、立ち上がれる根拠になる。
たった一人でも組合にはいれること、キャバクラの罰金制度はおかしいってことも、知らない人いっぱいいる。

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この日買って帰った「女子と貧困」に、この日のお話のもっとくわしいのが載ってたよ。

娘がひとりで北海道に卒業旅行した時、立ち寄ったお店ではたらいてたのがかりんさんの弟さんで、なぜか、かりんさんの最初の本をその弟さんがプレゼントしてくれたそうな。
娘がトンネルに引きこもって自己責任呪縛で苦しんでた時、かりんさんの本をよんで、社会構造のいびつさに気づけて、希望を感じられたこと、母としてじかにかりんさんにお礼がいえてよかった。



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