2017年7月20日 (木)

スウのツアコン。

Photo金曜日は(って、どれくらい前、なんだ!なかなかリアルタイムで書けんくて。走っていた春ころと今とでは、ずっとスローになったなあ、そのスペースをたもちつつ、パソコンに向かいます)、松浦さんとクッキングハウスのスタッフ、メンバーさんたちと一緒に、近江町市場と21美へ。

金土の2日間、金沢でひらかれたSST普及協会北陸大会。松浦さんはその分科会でメンバーさんたちとSST(って、私にとっては、クッキングハウスでいつもしてる、きもちのいいコミュニケーションの練習のこと)の実演をするため、4人で金沢入り。

前の晩は、東木さんで美味しい魚料理のフルコースを味わった由。朝の市場で、あ、のどぐろ!水だこ!あ、これもきのう出てきたね、と、昨夜のごちそう素材の原形にあえて、うれしそうな松浦さんたち。

21美では川越ゆりえさんの、ユニークな「弱虫標本」をみてから、美術館散歩。大きな展覧会を見る時間なくても、21美は、ただ歩いて回るだけで楽しくてわくわくしてきちゃうミュージアム。

大好きなタレルの部屋で一休み。みあげると四角い空がぽっかり空いてる、ただそれだけの空間。ただそれだけ、が、いい。
立ったままみあげると、だれの口もぽっかりあいて(そこを写真に撮るのが好き、無防備で、自然な表情)。
腰掛けて、壁にもたれて、空をみあげると、瞑想したくなる。
実際、クッキングハウスでは今、マインドフルネスをとりいれてよく瞑想してるので、さっそく瞑想しはじめる松浦さん。

うさぎの耳の椅子の並んだとこでも、写真をとる。21美ではだれもがモデルみたいに、きれい〜に見える、なんせ、たてものそれ自身がアートなので。

ミュージアムショップ。ほめシャワとほめシャワハガキがたしかに売られているのを、みんなして確認。丸いショップの中で、自分への、東京への、おみやげなんにしよ、、、って目移りしながら迷うのも楽しい時間です。

それから、石川県庁19階の眺めのいいかふぇで簡単ランチ。カレーの出てくるまでのあいだ、19階をひとめぐりすれば、街も海もぐるりとみえる。

県庁ほとんどとなりの地場産センターが、この日の会場。スウのツアコンはここまで。
私はこの日の午後は家で、日曜日の松浦さんワークショップのランチつくり。そう、このSSTの大会が金沢であったおかげで、わがやでのワークショップが可能になった、というわけなんです。



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2017年7月18日 (火)

もう一度、花森さん展

今回のfamily gathering。娘が帰って来たのはちょうど一年ぶり。前のMacが突然動かなくなって新しいのに買い替えることになり、急遽、娘にヘルプ!をだして来てもらったのだった。

今回は夫婦3組の時間なので、家ではあまりゆっくりできないだろな、と思っていたら、せいちゃんの両親が気遣ってくれたのか、思いがけなく親子の時間もたっぷりとあり。

おかげで、行けるはずないと思っていた「花森安治の仕事展」@高岡美術館に、母娘で行けました。私は二度目だけど十分にみごたえあり。

177_2 デザインの面からも、編集とは編むことだ、と花森さんがいう、本をつくるという面でも、娘は見に行けたこと、とってもよろこんでた。

花森さんが戦前にかかわった大政翼賛会の仕事、デザインが人の心をうごかす、そのおそろしい力もあらためて感じる。
そして、戦争中の他の雑誌づくり、戦後の「スタイルブック」から「暮しの手帖」への変遷、商品テストへの情熱、一銭五厘の旗、、、。
読み進むのに、前回とおなじくやっぱり2時間半かかった。

花森さん展はあと10日あまり、30日まで。
行ける人、ぜひぜひ見にいってほしいなあ。今、という時代にみることが、一層意味あると思えて。ショップでは目が星になりそうな、すてきな花森さん文具もいっぱいだよ。


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2017年7月 3日 (月)

花森安治の仕事@高岡美術館

177 高岡美術館に行く!と前々から決めてて、やっと昨日行けました。
「花森安治の仕事 デザインする手、編集長の眼」

たっぷり2時間あまりかけて、たっくさんの展示を、一つ一つ、観た。眺めた。読んだ。

「暮しの手帖」の表紙の原画、花森さんが装丁した本たち、撮った写真、広告デザイン、商品テストされたものたち、原稿を依頼した作家たちの生原稿、家族への手紙、そして、戦時中に勤めていた大政翼賛会での仕事、同時期に編集にかかわっていた「婦人の生活」などなど。

そしてもちろん、「暮しの手帖」特別号の、「戦争中の暮しの記録」と「見よぼくら一銭五厘の旗」も、旗の実物も。

  民主主義の「民」は、庶民の「民」だ
  僕らの暮しをなによりも第一にするということだ

戦争に負けた翌年に発刊された「暮しの手帖」のタイトルは、最初、「美しい暮しの手帖」だった。当時、暮し、という言葉には、暗いイメージがあったのだそうだ。

もし一人一人が守るべきまっとうな暮しがあったら、あんな戦争に反対したのではないか、何よりも庶民の暮しが大事だ、そういう世の中にしなければならない、と、ペンを武器にしてたたかった、ジャーナリストとしての花森さん。

たった一銭五厘のはがきで、人々は召集されたのだ、兵隊のいのちは馬よりも軽かったのだ。
「見よぼくら〜」の中で、花森さんは、国の大臣たちに一枚一枚のはがきで、自分の想いをかいて直接出すことを提案している。
まさに、花森さんの、12条する、だ。

この展示会も、今が今と、まったく重なります。
展示は7月30日まで。ぜひぜひ、足を運んで、そしてゆっくりと観ていただきたいと願っています。
美術館のショップには、花森さんデザインの文具がいっぱい並んでましたよ。

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2017年6月 6日 (火)

クッキングハウスの通信

5日、お昼前にクッキングハウスへ。この日は2ヶ月に一度の、クッキングハウスの通信の発送日。その発送作業をお手伝いさせてもらいたいなと出かけました。

レストランの上のクッキングスターには、すでに20人余りのメンバーさん、スタッフさんが集まっていて、せっせせっせと三つ折り作業の真っ最中。
あ〜スウさん、いらっしゃ〜〜い、とみんなの声がでむかえてくれます。

印刷したての3枚組の通信を、組んで、二つ折りして、それを3つ折りにして、クッキングハウスカラーの黄色い封筒にいれて、シールで封をしていく。
わいわいいいながら手をうごかしてるうちにみるみる通信の山がちいさくなってく。この日のうちに発送する部数は1000通。いつもは黙ってても当たり前に通信がとどくのだけど、みんなのこうした共同👋作業のおかげで、毎回通信を手にできてるんだなあ、と実感。

作業をおえたら、通信の読み合わせの時間。一ページ目から、マイクをもって、一人一人順に通信の記事を読んでいきます。
声にだして読むと理解がふかまる、ってのは、おとといの国会答弁音読会でも実感ずみ。
今号のテーマは、「自由になるために」「自由を求めて」。
巻頭言の松浦さんの言葉がほんとに深いです。

労働のあとは、レストランで甘いおやつタイム!抹茶アイスもおいしかったな!

ふりかえりタイムでまた一人一人がきもちを口にする。
国会答弁とはまったくちがって、それぞれが、思っていること感じたことを、そのまま言葉にしていく。これも、ずっとそういう練習を積み重ねてきたメンバーさんたちだから、できるようになったこと。ひと前で声をだして通信をよむのも、長い積み重ねがあっての、今、なんだと思う。

ふりかえりタイムでわたしは、こんなことを。
テレビや新聞はマスコミというおおきなメディア。このクッキングハウスの通信は大きくはないけど、とっても貴重な自前のメディアです。
今、私たちはこう思っている、こういうことが大事と思う、こういうことを大切にしていきたい、ってことを、具体的に、全国にむけて自分発信している、すごいメディア。これがあるから、読んでる人が、クッキングハウスの今やこれから先の予定を知ることができ、12月には30周年コンサートがあるんだな、ってことや、書かれている大切なことを、読みながら一緒に確認できるんだよね、と。

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今回の東京daysは、あたまにもこころにもからだにも、いい栄養をいっぱいもらえた日々でした。

娘夫婦にあらためて感謝です。ほんとにきもちのいいカップルでねえ、いついってもきもちがほっこりする。娘も彼も、ますます自分らしい働き方、生き方してるな、って感じます。

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まついのりこさん

2日、金曜日、まついのりこさんを偲ぶ会@武蔵野公会堂。

のりこさんの、平和への強い強いおきもち、それをしっかりと受け継いで、それぞれの表現の仕方で生きてく、そのことの決意表明の場でもあったような、壁画家のエイコさん、パントマイミストの朝子さんの言葉。

のりこさん、たっくさんの絵本を世に出し、かぞえきれないほどの平和の種まきをしててくださったんだなあ、のりこさんの紙芝居の世界は、ベトナムにも世界にも、ひろまっていったんだなあ、とあらためて感動しながら、みなさんのお話をきいていました。
沖縄に、紙芝居をする、観る、楽しむための、すばらしい建物ができたことも、この夜初めて知りました。設計はエイコさんのおつれあいさん、壁画はもちろんエイコさん。

朝子さんのパントマイムもこの日、ひさしぶりに見せてもらうことができました。

豊橋からは渡辺のりぴーさんが参加。この2年間、何度もわたしを豊橋や愛知県の方と出会わせてくださり、けんぽうかふぇをひらいてくださったのりぴーさん。文庫活動もずっとずっとされてきてたから、のりこさんともとうに出会っていたんですね。

のりこさんの写真とツーショット。のりこさん、ありがとありがと、とあたまをなでている私です。
(携帯でとるとなぜ写真が横になっちゃうか謎です)
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2017年5月28日 (日)

モリにしますか、カケにしますか

お蕎麦やさんで、お店の人から「モリにしますか、カケにしますか」と言われてあわてふためくお客さん。

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北陸中日に載ってた、佐藤正明さんの3コマ漫画。

その続きが載ってました。
ピンボケですんません。読めるかな。

あまりに秀逸、目のつけどころがすごい!

佐藤さんの描き続けてこられた、政治漫画のあたらしい本がでたばかりのようです。
この10年の総理大臣を漫画にしたものらしいよ。


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キッズドアの渡辺さんが書いていること

「あったものをなかったものにできない」

キッズドアの渡辺さんから見えている前川さんのこと。
    ↓

前川前文部科学省事務次官が、加計学園をめぐる文書で記者会見をされた。

様々な憶測が流れていて、何が真実か見えづらい。

実は、前川氏は、文部科学省をお辞めになった後、私が運営するNPO法人キッズドアで、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた。

私は現場のスタッフから「この方はもしかしたら、前文部科学省事務次官ではないか」という報告は受けていたが、私が多忙で時間が合わず、また特になんのご連絡もなくご参加されるということは、特別扱いを好まない方なのだろう、という推測の元、私自身は実はまだ一度も直接現場でお目にかかったことがない。

 

担当スタッフに聞くと、説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ。

「登録しているボランティアの中で唯一、2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です。」

と、担当スタッフは今回の騒動を大変心配している。年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない。

*****:

渡辺さんの文章はまだ続くので、できたら最後までよんでくださいね。
憲法で高等教育無償化、にするまえに、もっとするべきこと、があると思う。
かけ学園のへの優遇がいかにおかしなことか、くっきりと見えてきます。

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2017年5月20日 (土)

たまtsukiの高坂さんのブログから

池袋でオーガニックバーをひらいている、今は週休3日のお店、「たまにはtsuki でも眺めましょ」店主の高坂勝さん。

前に3年近く金沢に暮らし、その時にであって、ピースウォークも一緒にしたね!紅茶にもきてくれたね。

その高坂さんも東京新聞よんでたんだ。
ブログにこんなふうにかいてくださいました。

その中に、高坂さんの出会った金沢の仲間たちの名前もいっぱいでてくるので、うれしくて、シェアさせてもらっていい?ってお訊きしたら、はずかしいみたいなきもちだけどもいいですよ、とゆるしてくださいました。

彼は、たまtsukiの店主さんしながら、いろんなお客さんのおはなしきいて、うなずいて、そっとそっと、たくさんの人のきもちを支えてるひと。彼の生き方、働き方が、いろんなひとに、大事なタネを蒔き続けてるとおもいます。

あ、ブログの中にでてくる、高坂さんに自給のヒントをくれたひとは、藤田祐幸さん、でした。自分もそう思っていたことを、祐幸さんが言ってくださって、それが高坂さんの確信、自信、になったのだそうです。
祐幸さんはもちろん私にたくさんの大事なタネをまいてくださった方だけど、そうか、高坂さんもそのタネをひろっていたんだね。

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2017年5月15日 (月)

べんさんコンサート

昨日14日は、たかはしべんさんのコンサート@市民芸術村の里山の家へ。

11月に紅茶に見えた時は(賢治さんの時間の日に合流してくださって)「星めぐりのうた」にちょっぴり「雨ニモ負ケズ」の言葉入りのをうたってくださいました。

東北最高(東北さ、行こう)は歌いやすくて覚えやすくて。
釜石小学校校歌は、何度聞いても本当にいいなあ。いのうえひさしさんの歌詞。

ごきぶりの歌は、何度聞いてもホロリと切なくなるし、ハエをのみこんだおばあさんはどうかんがえてもヘンテコすぎる歌で、そこが、おもしろい。

はじめてきく、ベロ出しチョンマの歌。

ぎゅってして、の歌。
ぎゅってして、ってきもちになること、あるあるある!

30歳で歌手になって、38年歌いつづけてるべんさん。
一時間半あまり、水ぜんぜんのまないでうたいつづけ、しゃべりつづけてって、すごすぎる。
お願いだから、べんさん、できたらのんでね。私はもう、水分なしだと語り続けられないよ。

175_2 このお人形、べんさんが50歳の時に、25年後のべんさんをつくってください、ってお願いしてつくってもらったんですって。だから、今のべんさんより年上の、75歳のべんさん人形です。

紅茶の賢治さんの日にきてべんさんとはじめてであえた、能登の二木さんと3人で。

なんでだか、ブログに写真つけると、こんなふうに横になっちゃうの。
顔を90度曲げて見てね。

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2017年5月12日 (金)

まついのりこさんのご本から

昨日5月11日は津幡図書館で月一回の、詩を楽しむ時間という小さな読書会の日。

川崎洋さんが選んで編んだ、「子どもの情景」という連詩がとってもよかった。いろんな子どもたちの、ほんの二行ほどの詩を、連ねて読むと、こんなにおもしろいのか、いきいきするのか、楽しくよみながら、そこに子どもたちの情景がまざまざとうかびあがってくる。

この日、わたしが持ち込んだのは、詩集でないけど、仲間たちと輪読したくて、この一冊。
絵本作家&紙芝居作家の、まついのりこさんが書かれたエッセイ集「あの日の空の青を」から二つの小さな読みものを。


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今年2月になくなられたのりこさん。このご本は、私自身、勇気が減ってきたな〜、と感じる時にこれまで何度も読み返してきた本です。

二つの読み物のうちの一つは、「心の成人式」。のりこさんが14歳の時のおはなしです。戦争がおわって3年目のころ。

大学で経済を教えてらして、また大学図書館の館長さんでもあったお父様が、のりこさんを夜の図書館につれていって、のりこさんの読みたい一冊を自由に選ばせてくださったというお話。
その時のほこらしいきもち、自分を一人の人間としてみとめてもらえたよろこび。そのことを、のりこさんは、あれは父がわたしにしてくれた心の成人式だった、と。
(のりこさんが20歳になった時、すでにお父様はなくなられていた。経済学者ゆえにこの戦争は負けるとわかっていて、授業でそのような話をしたことが治安維持法にふれて、牢獄に入れられ、戦後に解放された時にはずいぶんお身体が弱っておられたという)

のりこさんは、小さな「心の成人式」が毎日毎日図書館の中で行われているのだとわたしは思う、と書いている。

図書館は民主主義のかなめ、自由に読みたい本を選んで自分の知りたいことを学べる場所。ナチスが図書館の本を燃やしたのは、それだけ本に力があると恐れたからではなかったか。
民主主義と図書館は、わたしの中でつながっていたけど、成人式とはつながってなかったから、この文章をはじめて読んだ時にとっても心に残っていたんだ。

もう一つの読み物は「ほんとうの教育費」。これは、のりこさんの次女の朝子さんが、やはり14歳の時のおはなし。そのころからパントマイミストになることをきめていた朝子さんは、それまで通っていた中学が変質していくのをみて、自分なりに行動もし、先生とも話しあったけれども、その高校にすすんで二週間後に退学した。理想を求める姿がないその学校では、もう学んでいくことができないと。

井の頭公園近くに生まれたフリースクール「寺子屋学園」。親たちは一口2千円の縁の下費をはらって、その学園を支えたという。
子どもたちが本当に人間らしく伸びていこうとしている学びの場に出すお金こそ、ほんとうの教育費ではないか、とのりこさんは書いている。ああ、これって中学高校の子どもだけにかぎらない話だなあ、と思いながら読みかえしました。(その寺子屋は、自由の森学園のうまれるもとになった場でもあったと思います)

朝子さんはその後もずっとパントマイミストとして今を生きています。金沢で何度も舞台で演じてもらいました。一度は金沢能楽堂の舞台でも(1980年代、能楽堂でのマイムは日本初!)。

かつて寺子屋学園のあったその場所は今、朝子さんのマイムのスタジオにもなっている。5月の連休の二日間、朝子さんは自分のスタジオで、のりこさんを偲ぶパントマイムを演じて、娘夫婦がそれを見に行かせてもらいました。
マイムのあとに、のりこさんの長女で壁画家のエイコさんから、のりこさんの最期の日々のお話があり、つづいて朝子さんが、この本から、「ほんとうの教育費」を朗読したそうです。

そんな話を聞いていたのでね、今月の詩の時間には、ぜひともこのお話を仲間と輪読したかったのでした。

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