2017年2月12日 (日)

花子さんのコンサート@もっきりやさん

きのうの、大島花子さんのコンサート@もっきりやさん。

「夢であいましょう」からはじまり、オリジナルの「日時計」や、パウンドケーキのレシピを歌にした、とっても楽しい歌「カトルカール」。
のびやかでおだやかな花子さんの声が、七色へんげしたのは「ひよりげた」。リズミカルで、めっちゃ色っぽくて。

「はらぺこあおむし」がおっきな絵本になってることも、歌になってることも、この日までしりませんでした。

花子さんが歌いながらページをめくるためには、そのおっきい絵本を支える人が必要で。
一番前にすわっていたおかげで、私とみゆきちゃんが、その光栄な係をさせてもらいました(もちろん、そんなこと知らなかったからまったくのサプライズ)。

歌と歌の間の語りも、とても自然体です。
お父さんが亡くなった日のこと、夏の日で、キラキラしてて、これからかき氷をたべようか、なんて思っていて。
花子さんは、きもちを伝えるひと、物語をかたるひと、物語の伝え手だなあ、ってコンサートの間中、感じてた。

あるお母さんさんの歌です、といって歌い出したのは、「岩壁の母」。
あの歌が、ギターの笹子さんのアレンジで、まるで日本のファドみたいな曲に生まれ変わって、花子さんのやわらかな声で歌われる。これまで知ってた歌とはまったく違って、胸にしみてくる。

九ちゃんがお父さんのことを歌った「親父」を、娘さんである花子さんが歌う。
私たちがテレビで知ってるニコニコ九ちゃんとは別の人のような顔で歌ってた九ちゃんを、そのころまだ10歳前だった花子さんはすごく印象的に覚えているそうです。

「上を向いて歩こう」を手話と一緒に。
手話からうまれた歌「そして 思い出」も。

大切な人をうしなった悲しみは、どれだけ時がながれても、消えるものではなく、もう元気さ!っていえるようなものでもない。
だけども、「さようなら あの日」と言おう。
♪これ以上いらない もう もう つらいのは
 この傷を抱いて生きてゆく この傷と歩いてゆこう

「ヨイトマケ」の歌は、今に通じる、お母さんの、お父さんの、歌。花子さんの目が涙でうるんで、きもちがじわ〜〜んと伝わってきて、私もおもわず涙。

最後のアンコールの一曲は、「見上げてごらん 夜の星を」を、花子さんの生の声で。

こころがゆたかにほっこりと満たされた、ほんとにすてきなコンサートでした。いっぱいコンサートしてるはずのもっきりやさんも、この夜は、なんてなんて、うれしそう!

12日は昼間に敦賀でのコンサートってきいてたけど、雪、だいじょぶだったこと、祈ります。


|

2017年1月15日 (日)

小松のシェアハウス

201143 新年会のはしごを、みゆきちゃんと。
むぎわらのあと、ももちゃんけいちゃん一家がシェアハウスで暮らし始めた小松のおうちへ、はじめていく。

ひろびろとしたきもちのいいおうち!この場が、これからいろ〜〜んなふうに活かされていくこと想像するだけでわくわくする。

この日はおうちの一部屋で、大きなスクリーンでの不思議なクニの憲法上映会。隣の部屋でこどもたちの笑い声をききながら、映画をみる、って環境がいいな。こどもたちのいる場で、平和を、憲法を、考えるってことが。

夕方になってきて風が強くなり、私たちの後から来た人が、だいぶ吹雪いて来たよ、ともいうので、ほんとは新年会でゆっくりして映画の感想もききかったけど、あったかいお汁を一杯だけいただいて、後ろ髪引かれる思いでみゆきちゃんといっしょにシェアハウスをあとにする。

ワオ!!外はたしかにすんごい風だ、雪嵐みたいだ。雪はつもってないけど、横なぐりの風と雪。乾いて凍った道を、白い蛇たちがはげしくうごめいてるようでした!こわ!
うん、確かにこの日だけは、早めに帰る選択をしてあたり、でした。

******

今日15日は、「この世界の片隅に」を観て語る会が、2:00から四高記念館にて。

お申し込みされた方、無事にこれるかな。津幡は雪はつもってないけど、能登から見える方はだいじょぶかな。
とにかくみなさん、あったか〜〜くして、足元気をつけて、お越しくださいませませ。お待ちしております。
人数はまだ余裕がありますので、今から参加もだいじょうぶですよ。

19日にも、同じ場所でしますよ、ただしこちらは10:00はじまりです。

|

2016年11月 8日 (火)

アキくん@ハートネットTV

昨日7日のハートネットTV.
奥田アキくんの、ブレークスルー。

去年3月、金沢にはじめてきた時に、奥田アキくんが話してくれてた、中学生時代のこと、鳩間島のこと。
そして今年の8月、アキくん、再び金沢に。出したばかりの本をもってトーク、その本のタイトルは「変える」というのだけど、中味は、生きる、でした。

いじめ。傷つけられた側も、傷つけた側も、ずっとずっとずっと苦しむ。
そのことが痛いくらい伝わって来る映像とお話だった。

言葉を誠実に、探し探し、つまりながらも、沈黙をためながらも、必死に、きもちを言葉にしていこうとしてたアキくん。
個、としてのアキくんの体験だけども、言葉のはしばしから、普遍を感じた。

ほんとに、中学生の時、よくぞ、南の島に逃げようって思ったねえ。そして、実行したねえ。
生きぬいてくれて、声をあげてくれて、ありがとう!!って心から言いたい。

個として生きることが、こんなにもむずかしい、私たちの住んでるこの社会。
それは子どもにも、おとなにも。
だから、声をあげる。できるとこから。
それぞれが、勇気をだして、個として、声をあげる。

個人的なことは、まさしく、政治的なことでもある、って言葉をまた、思い出してた。

映像の最後の笑顔が、すんごくよかったなあ!

アキくんにはいま、全国からお話の依頼があるそうです。政治のことじゃなくて、生きる、ってお話の。

再放送もあります。11月14日の午後1:05から。
録画もしたので、紅茶でも見れます。
http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/2800/256313.html

|

2016年10月18日 (火)

ほっとらいんさん10年目のコンサート

Photo 日曜日、美川のルーツ交流館へ。ほっとらいんさん、ここでのコンサートが、今年でちょうど10回目になるそうです。
(なんでルーツか、っていうと、石川県の県庁所在地が、はじめはこの美川だったからなんですって)

高い天井、まるで教会のようなおちついたつくりのホールに、たくさんのギターとみきさんのよしぶえ、コカリナの音色が、ほんとにきもちよく響く。生演奏にうっとりとり。

たくさんがプロジェクターで歌詞をおおきく映し出してくれてるので、歌詞がでてくると、たくさんといっしょに(たくさんの声がまたいいのだ!)みんなも歌う。

ビリーブやふるさとや知床旅情やいのちの歌、それにちょうなつかしい歌たち、花は咲く、最後のアンコールは、サウンドオブサイレンスとスカボロフェアとコンドルは飛んでいくの演奏メドレー。ミキさんの笛がもう超絶技巧ですごかった!

映画「パーソナルソング」で、自分の思い出の曲を聞いた途端、認知症のお年寄りの瞳がかがやきだし、たましいが動き出し、生き生きとうたいだす、そんな表情がいくつも映し出されていたけど、どんな人も、自分の大切な思い出のある曲を聴くと、たましいが共振したりおどったり、涙したりして、その歌の時代の自分をとりもどすんだろうな。
ほっとらいんさんは、お年寄りたちのおられる場所でよくコンサートされてるけど、その意味でもすばらしいはたらきをされてるっていつも思う。

*******

日曜の午前中ならいける!聴きに行きま〜〜す、っていったら、スウさん、ならば歌って〜〜!とたくさんからリクエスト。
まじで!ってきいたら、「ほかの誰とも」の歌詞までプロジェクターに用意してくださってるとのこと。

たくさんは、13条のうたの意味もきちんとみなさんに説明して、条文もやさしい日本語訳もスクリーンにうつしてくださいました。
たくさんの、そんな12条する、のなかでうたうことのできた「13条のうた ほかの誰とも」。
小指をけがして、4本指のギタリストのたくさんだったけど、それでもとちゅうでギター伴奏や低い声でハモりをいれてくださってて、それに気づいてなお感激しました。

大切な10周年コンサートの貴重な場で、たくさん、ほんとにありがとう!かおるちゃん、毎年この場を用意してくれてありがとう。ちなみに来年のコンサートは10月15日、10:00〜11:30っだそうですよ!

*****

午後はべてるの家の向谷地さんとメンバーさんのお話聞きに白山市交流センターへ。かおるちゃんも、美川のあと、ここに駆けつけてました。

|

2016年7月27日 (水)

ガーレン司教の言葉

Hiroshi MatuuraさんのFBより。https://www.facebook.com/groups/kenpo9/permalink/750180965123966/

*「非生産的な市民を殺してもよいとするならば、我々が老いて弱ったとき、われわれも殺されるだろう」
…「T4作戦」と呼ばれた障害者の安楽死計画を、クレメンス・フォン・ガーレン司教は教会での説教で公然と非難した。
ガーレン司教は、ミサのために集まった信徒に対して、厳かにこう述べた。
「貧しい人、病人、非生産的な人がいてあたりまえだ。私たちは、他者から生産的であると認められたときだけ生きる権利があるというのか。非生産的な市民を 殺していいという原則ができ、実行されるならば、我々が老いて弱ったとき、我々も捨てられるだろう。非生産的な市民を殺してもよいとするならば、今、弱者として標的にされている精神病者だけでなく、非生産的な人、病人、傷病兵、身体が不自由になった人すべて、老いて弱ったときの私たち全てを殺すことが許されるだろう」
人間の命には、等しく尊厳があり、「他者から生産的であると認められたときだけ生きる権利がある」わけではない。たとえ、心身に障害があっても、その命の尊厳に何もかわりがなく、神が授けた命を人が奪うことは許されないとして、ヒトラーの安楽死計画が間違いであると、ガーレン司教は述べた。
ヨーロッパにおけるカトリック教会の大きな影響力を考え、ヒトラーはこの残酷な計画を撤回さぜるを得なかった。
古い伯爵家に生まれたガーレン司教は、その野太い声と勇気で知られており、ナチスから迫害されることなど恐れていなかった。
人々は、ガーレン司教を “ミュンスターの獅子 ” と呼び、その深い見識と比類のない勇気を称えた。

*********松浦さんのFBをよんで****

「ホロコーストのリハーサル」という題でだったか、ETVの番組でこのT4作戦のことを知ったとき、戦慄しました。

一部の精神科医たちの提案で、非生産的な人々は安楽死させてよい、それが国のためだ、といまこうして書くのもおぞましい法律ができて、実際に実行されたこと。
精神の病気の人、遺伝病の人、障がいのある人たち、それ以外の人たちも。この時に、病院内にガス室がつくられるようになったこと。

このT4作戦にに決然と反対して意見をのべた司教さんがおられたこと、彼のお説教が、人の手から手へと書き写され、ひろがっていったこと。それからひと月以内にこの法律が廃止されたこともこの番組で知りました。
ユダヤ人大量虐殺の前に、これがリハーサルになったのだということも。なんとなんとおそろしい発想なんだ、、、。

昨日の、言葉にできない非道な事件を知った時、真っ先にこのT4のことを思いだした、、、。
生産的ってなんだ、国の役にたつってなんだ。
この司教さんのひと言ひとことを、いま一度胸に刻みたい。

自民党の草案では、私たち国民は国のためにあるのであって、私に自由と権利が与えられるのも、それは私が国から課せられる義務を果たせる人間である限り、ってなってる。
その義務を果たせない人の人権はどうなるのだ。草案12条を読んだ時に感じた不快感が、今は恐怖のようにおしよせてくる。

|

2016年7月12日 (火)

永さんに、こころから、ありがとう。

Photo 永六輔さんが、逝ってしまわれた。

私の人生の大恩人。

大学生の時に、「誰かとどこかで」というラジオ番組あてに、初のお手紙と私のはじめての詩集を送り、それに興味をもってくださった永さんが、番組の終わりに流れる詩を書くしごとをくださったのでした。

40年後に、そのスタジオにふたたびよんで下さり、紅茶の時間のことなど、お話しました。
「贈りものの言葉」の歌を聴いていただいたら、永さんが「心細い声だねえ〜〜〜」って感心??された(呆れられた、ってほうがきっと正確)。

そうなんです、こんなにちっちゃい声だけど、伝えずにおれなくて、歌うんです、って言った私。
永さん、わらってたなあ。

永さんとの出逢いがなかったら、その後の私が本を書くこともなかったかと思う。
永さんからいただいた無形の贈りもの。これからも大事に抱きしめて生きます。
永さん、いっぱいいっぱい、ありがとうございました。

|

2016年1月18日 (月)

団さんの勉強会

151125_ 昨日、団士郎さんの勉強会に参加しました。石川の会はことしで12年目。

私はたいてい、駅から会場まで、団さんのおくりむかえ役をさせてもらってる。きのうは、北海道から参加のおふたりも一緒に乗せて会場へ。

団さんのこの会に魅かれるのは、本質をつく言葉にいっぱい出逢えること。

・ひとがどう生きていくかは、治療対象ではない。
・ものごとを、限られた範囲だけで見るとわかりやすいが、そのひとは、その範囲だけで生きているのではない。
・「家族理解」が、ここでの中心テーマ。治療や解決が中心ではない。
・そのひとの暮らしのシステム、様態を知ることで、見えて来る援助の仕方がある。べき論で援助をしないこと。
・次々あたらしいものに飛びつく、おっちょこちょいの業界人にならないこと。

・暮らしとは、正しさではなく、持続的なもの。
・ひとが変化するチャンスはいっぱいある。どこが変わっても、どこかが変わったら、それは全体に影響を及ぼす。
・学び続けることの意味。一度ハデなことをするよりも、やりはじめたことを長く続けることで意味が生まれる。その意味にきづけるかどうか。

この勉強会に参加するひとのほとんどは、対人援助にかかわるお仕事してるひとだけども、私みたいな非専門人も、いつでも歓迎される。新しいひとももちろんいつでも大歓迎。そこがいいな。

団さんの鉄砲玉のような言葉は、こと、援助にかぎらず、ひとがなにかちょっとしたきっかけで実際に変化しうるということ、そのきっかけとなるチャンスをみのがさないこと、その双方に気づかせてくれるヒントがいっぱいあるので、そこも私の学びたい理由なのです。

次の勉強会は、5月21日です。

***********

北海道からみえた木村さんという方とは3年くらい前の京都の勉強会であっていたのだけど、きのうこそがたしかに出逢った、という日でした。

参加者の、知らないもの同士がペアになって、面接の実習で、家族に関するインタビュー。木村さんと組んで、たがいに聴きあい、訊きあいました。とっても濃くて、ふかい時間。

ピンクのけんぽうぶっくと、ピンクの13条のうたのCD、おかいあげ。
北海道にまた、peaceのpieceの種が蒔かれたようでうれしいな。

|

2015年12月22日 (火)

八事朗読バンド、はじめて聴けたよ。

19日、名古屋駅でエコブランチの紀子さんとおちあって、ほんのすきま時間でランチをごちそうになりました。おとうふとおうどんのお店。                            そのお店のある通り、きんいろのイチョウの葉がなんともまぶしくてきれいでした。いっときの強い風に吹かれて、きらきらきらきらまいあがり、渦をまいてダンスをし。                                                  
 ランチご一緒した奈良ゆうじさんは、午後から、ご自分のコンサート(ガイアシンフォ二ー6番で、演奏されてる方だそうです)。私は、そのあと、バンドエイドの出演する朗読会とコンサートに。

*********

151219_ エコブランチさんたちとランチをして、文化のみちの百花百草、というところまで送っていただく。
その名のとおり、草花のそれはうつくしいお庭、そしてきもちいい空間でした。

前からずっと親しいバンドエイドこと、名古屋の坂東さんたちの朗読グループ「八事朗読バンド」の出演するコンサートがちょうどこの日、ここであったのです。
しかもそのコンサートの時間がどんぴしゃり、豊橋に行くまでのすきま時間に参加できるというのだもの、これは聴きにいかないわけがない!

主催の「グリーンコンシューマー名古屋」さんは、環境のことを考えて買いものや生活をする人という意味だそうです。
出たい人が出るコンサート、っぽいとこもあり、プロの語り手さんや歌い手さんの登場もあり。とにかくみんな楽しみながら表現してる、だからきらきらしてる、すてきな時間でした。

やごと朗読バンドさんたちの出し物は、バンドエイドのブログから引用するとーー
  ↓

アイウエオの歌、台湾バージョンと八紘一宇・アジア解放バージョン。アニメーションから音楽を録って伴奏にして、会場の皆さんにも声を出してもらいました。
「桃太郎 海の神兵」から芥川龍之介の「桃太郎」につなぎました。桃太郎が鬼が島の征伐を思いたったのは、お爺さんやお婆さんのように、山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいで、老夫婦もこの腕白者に愛想をつかしていたので・・・というお話です。
 次は藤村歌留多。これくらいのお客様の数なら、ちょうど良さそうな距離で見ていただけたかも。いつかは本当に歌留多とりをやってみたいんだけどね。
そして浜口国雄の「便所掃除」。長年温めてきた作品をついに初演。手作りで小道具も揃え、Fさんの独演でした。今なら「トイレの神様」の男版かな? 
そして「ぎなた読み」。お客さんがしっかり笑って反応してくれてホッとしました。一度ぜひ今も流されている和歌山放送のCMを聴いてみたいものです。今年度の日本民間放送連盟賞の最優秀賞をとったラジオCMです。
そして、毎度の「あなたの声」で締めくくりました。

私からの感想もしっかり書いててくれました。
 ↓

 で、なんて言ったって、もっとも古くて最も遠くから来てくれた金沢の水野スウさんも一番前で聞いてくれていて、「哲学のある作品メニューで、とっても面白かったよ!今まで八事朗読バンドのイメージが分からなかったけど、ただ上手に読もうとしている朗読ではない、ということが分かったよ」とのコメント。最高に嬉しかったわ。スウさんは気持ちを真っすぐに受け止めてくれる天才です。

ですって!でも、ほんとにそう思ったのです。
作品の選び方に芯がある。日本が台湾やアジアを占領した時、日本語を国語としてその人たちに習わせた、その時の「アイウエオの歌」なのです。
サトウハチロー作詞の「桃太郎 海の神兵」、つづいて芥川の「桃太郎」もすごかった。
教訓めいたこと何もいわずとも、これらの作品が歴史を物語ってる。
藤村のカルタの絵は、岡本太郎さんのお父さんの、漫画家岡本一平さんの作、でした。
「便所掃除」には、おもわずう〜〜んとうなっちゃった、作品もだけど、その表現の仕方も。
ぎなた読み、というのは、なぎなた、を、な、ぎなた、と読む読み方のこと。
「ゆで卵。ゆでた、孫。」「おかんむり。おかん、無理。」「浅い、眠り。朝、居眠り。」 と、文章の区切りやアクセントを変えるとまったく違う意味になっちゃう。
めっちゃおもしろいのが、書き留める間もないほど、次から次へ。すんごく楽しめた。
はじめてバンドエイドのお仲間たちの朗読きいて、いまどき朗読グループは数々あれど、こんな哲学もって、こんな視点でしてる、って、なんとマレ!とおおいに感心した次第です。

八事バンドさんの車で名古屋駅まで送ってもらって、私は豊橋へ。
19日、20日と、3つのけんぽうかふぇ。そのご報告はまた追って。

|

19日の朝日新聞のBe

151220_b 旅する時は、いつも金沢駅のコンビニで、朝日新聞を買う。電車で読むために。

19日が土曜日でよかった。
折り込み特集ページのBeのこの日は、一面に奥田アキくん!

おはなし出前の時にはいつもbe とdoの話もするので、よけいにこの紙面のタイトル、うれしかったな。

紅茶に来た時、見たい人、見てね。

|

2015年12月19日 (土)

ハスネテラスのおうどん

12月初め、長野に向かう新幹線の車中でのこと。私がうっかり座席をまちがえたのがわかり、あわててお詫びすると、その方が、水野さんじゃありませんか?と。
そうそう、昔、津幡のやまびこ学園におられて、その後、金沢イオンの近くに、障がいをもつ人たちがはたらく、和菓子の和吉というお店をはじめた斎藤さん、でした!

お菓子の和吉さんにつづいて、ハスネテラス、といううどんのお店もはじめたとのこと。うどんがメインだけど、パスタもカレーもスイーツもあり、のお店。
近いうちきっと食べに行きますね!と新幹線で約束して、きのう、はじめていってみました。

https://www.facebook.com/ハスネテラス-300394566792703/

ハスネテラスさん、障がいを持つ人の働く場としてつくられたお店。ひろびろとしてて明るく、開放的で、とてもいい雰囲気。
さぬき一番粉、という国産の小麦粉の手打ちうどん、もっちもちしてて、それでいてふわり感もあって、めっちゃおいしかった。
ふつう盛りでも大盛りでも、お値段はかわらないそうですが、私のおなかには、小盛り、がちょうどよかったです。

斎藤さんもお店にいらして、だいぶ前だけど、やまびこの職員と一緒に、ぼく、紅茶の時間に行きましたよ、と。
ああ、そうでした、たしかその少し前、私がやまびこ学園でお話させてもらったのでしたね。
やまびこ→わきち→ハスネテラス、とお仕事の場が育っているって、すてきなことだなあ。

ハスネテラス、はたらいてるひとたちもそれぞれのペースで楽しそうにお仕事していました。
佐川急便をすぎて、木越北の信号を右折してすぐ。ぜひぜひ一度食べにいってみてほしいお店です。
お昼時間でなくても、ケーキとお茶だけでも。
今ならクリスマスケーキの予約も受付中ですよ。

|

より以前の記事一覧