2018年2月20日 (火)

鈴木邦男さんのお話

鈴木邦男さんの講演会「憲法について話そう」に行ってきました。関西で長年、鈴木さんのゼミを開いてらした方が今は金沢に住んでいて、北陸で初めてお呼びしたのです。

20年以上前、その頃10代でよく紅茶にきていた翼くんから、鈴木さんのお名前は時々聞いていました。彼が社会にでていろんな人と出会って交流する中に、鈴木さんもいて、おもしろくてやさしいおじさんだよ、と翼くんがいっていたことを記憶してる。
その後、坂本龍一さんとの対談本「愛国の憂鬱」も読み、去年、「不思議なクニの憲法」リニューアル試写上映会が東京であった時、鈴木さんも見にいらしてて、そこではじめてお目にかかりました。ああ、なんてやわらかい、自然体のひとなんだ、という印象。

今回はごくこじんまりした集まりで、身近にお話きけました。
学生のころは生長の家にいて、アメリカのおしつけ憲法は変えなくちゃ、と運動していた鈴木さん。そのころの仲間は、今、日本会議に。

憲法改正こそ民族派の最大の目標、と思っていた鈴木さんだけど、今の安倍さんの改憲に対しては、過去に戻る憲法だ、とばっさり。
日本の国が弱々しいと感じてる人たちは、トランプやプーチンや中国みたいに、強権発動がいいと思ってる。人々の不安解消のために憲法変えましょう、強い軍隊もちましょう、とみなさんのきもちが先取りされている。いや、国民の側もしばられたいのではないか、それによって自分も愛国者だと思いたいか。

占領されていた不自由な時代におしつけられた憲法かもしれないが、今の自由な時代に憲法を自由に改正することで、今ある自由がかえって不自由になる。それは、国だけが大きくなればいい、一人一人はどうでもいい、という方向だ。

鈴木さんは、本当は会いたくないと思っていたある人に出会って、憲法に対するきもちが変わっていった話をされました。
女子大生みたいな歳の人が24条かいたなんてさ、そりゃ会うのいやだったよ。でもね、ベアテさんと5回ほど会って話してみて、GHQの人たちが当時のアメリカでもできなかった憲法を、野心をもってつくっていったことがわかった。いま安倍さんが変えようとしてる憲法には、野心も理想もない、かつての明治憲法にもどるだけ。24条を変えて、父親が中心の家族に戻そうとしている。
(このあたりのベアテさんの話、けんぽうぶっくでも書いてるだけに、おおいにうなづく!)

鈴木さんは、違う考え方の人と学びなさい、とよくいうそうです。ヘイトスピーチの現場にものりこんでいって、言論で勝負しよう、というのだと。鈴木さんが、自分とはちがう考えのベアテさんに会ったこと。大きな意味があったなあ。

|

2018年2月17日 (土)

飛騨の市長さんが。

政治はなんのためにあるの?の根っこのことを、飛騨市長さんが書いておられます。

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1740428809333481&set=a.231813183528392.55725.100000991368678&type=3&theater

市長さんには障がいを持っているお子さんがいる。
その子のいいところはどこだろう、と毎日みているうちに、同じように職場のひとを見るようになったそうです。
弱い人たちのことを意識するようになり、障がい児者だけでなく、厳しい状況にある人たちを助けたいと強く思うようになった、と。

「次男が私をしてなさしめたことであり、この子が世の中のお役にたてたこと、
このことだけは徹底して親バカでありたいと思う」と。

すてきだ!最高のおやばかさんです。

先日、大雪で行けなかった、岐阜の新聞より。

|

2018年1月 3日 (水)

元旦の、「相棒」

元旦の「相棒」。脚本は太田愛さん。さすがでした。

特定秘密保護法にふれたんだぞ!と高校生を脅す、内閣つきの調査局。共謀罪もでてきた。わけのわからないうちにそういうことになる、っていうこわさが伝わってくる。
個々人の情報を集めておいてすかさず使うって、世の中にばらまく、って、そのやりかた、去年いっぱいあったね。

右京さんが少年に語りかけていた、正義と公正。
強いものだけがいつも勝つんだ、ついそう思いたくなるけど、絶望したくなるけど、正義と公正ある社会にするのは誰だ、って見る人に問いかけてたんだ。

右京さんのこの時のせりふ、ちゃんと覚えていた方がおしえてくださいました。
「正義と公正ある社会にする上で努力する人であって欲しいと語りかけたフレーズはもう一度聞き直したいほどです。」と。

正義と公正。聞き覚えのある言葉、と思ってたら、公正と信義、が憲法前文にありました。

|

2017年12月29日 (金)

28日、テレ朝モーニングショー、ウーマンラッシュアワーの村本さん

昨日28日のテレ朝モーニングショー、玉川さんのそもそも総研は、「そもそも、原発、沖縄、政治をお笑いのネタにしてはいけないのか」をテーマに、ウーマンラッシュアワーの漫才をとりあげて、ウーマンの村本大輔さんへのインタビューも。

原発沖縄熊本福島オリンピック東京北朝鮮アメリカトランプ、、、がつめこまれた、たった5分の漫才が、地上波テレビのゴールデンタイムで流され、政治家たちの間でも話題になっているという。今までお笑いに触れてなかった人たちまでみている、ってすごいことだ。

この国で、誰が決めたわけでもないのに、これはいっちゃいけない、言わない方がいいんじゃないか、って空気を共有してるおかしさ。自分が福井のおおい町の出身で、原発の町で、っていうと、まわりがクッと固まるおかしさ。
その場その場のニュースがどんどん流れて、次から次へとスルーされて、あれもこれも終わったことにされてるけど、村本さんは、熊本の人にも沖縄の人にも、忘れないって約束したんだ。これ、全国のテレビでいうよ、って約束したんだ。

アメリカでもヨーロッパでもコメディアンが政治を風刺するのはあたりまえだし、それと同じにごくあたりまえに、若い人たちも政治をいっぱい話題にする。日本は?

この漫才でみんなが手を叩いて笑う、舞台からそれ見てるうちにだんだんむかついてきた。なんで笑ってんだよ、って。みんな自分たちのことじゃないって思って笑ってるんだ。
それで、最初はなかった最後のせりふ「お前たちのことだ!」をいれた。この漫才は、国民の意識が笑いのネタ。

発言力のめちゃめちゃ強い芸能人が沈黙するのは一番の悪ではないかと。自分はテレビに出れなくなってもいい、漫才師の自分が主張したいことは小屋でもできるから。

息つく間もない漫才の裏側で、村本さん、こんな深いこと考えてたんだ、こんな約束してたんだ。
このところ相撲話題ばっかりでがっくりしてたけど、テレ朝さん、ようウーマンラッシュアワーをとりあげてくれました。
録画したら約20分、また来年の草かふぇで何度でも見ましょう。

******

モーニングショー、見逃した方へ。

Yさんが、インタビューの最初のとこ、書き起こししてくださいました!
  ↓
僕、地元が福井県のおおい町といって、大飯原発があるところなんですよね。それで、弟が自衛隊に行っていて、で、父親の同級生に拉致被害者の地村さんとかもいたんですね。だから、子どもの頃から、僕の当たり前のパーソナルを語る上で、それは普通に出てくるワードなんです。でも、例えば、女性、女の子とご飯に行ったりするじゃないですか。その時にお酒飲んでワーッしゃべってて、「どこ出身?」「福井県」「どこ?」「おおい町」「何があるの?」「原発」って言ったら「いや、何か重いよ、急に」、僕は「えっ?重いの?」って思うわけですよ。
それとか、あと漫才の時に、それこそしゃべるわけですよね、「おおい町でね」「原発の町出身でね」って言うと、「原発の」って言った瞬間にみんなが急にクッと固まるんですよね。例えば、バラエティー番組で「原発の町の」とかって言った時に「使われへんわ」「とか「なんちゅうこと言うねん?」とかっていうことを言われる。しかも、誰がそれを言うなと決めたわけでもないのに、みんなが「これは言っちゃいけない」っていう、誰も決めていないものを、みんなが勝手に、こう、何て言うんですか、忖度じゃないんですけど、「おそらく言わない方がいいんじゃないか」っていうのを、みんなが、国民も共有していて、それがおかしいなと思っていて、さみしいところもあったんですね。

|

2017年12月23日 (土)

月光荘おじちゃんのピアノが宇奈月で。

月光荘おじちゃんのピアノが、70年ぶりに宇奈月で奏でられました。おじちゃんのお孫さんの日比こうぞうさん(今の月光荘社長)が、黒部市にこのピアノを寄贈。その記念コンサートで、ムーンリバーや少年時代が演奏されてるよ。

おじちゃんの写真もでてきます、みてね!

昨日の、クッキングハウス30年を祝う会の会場にも、「人生で大切なことは月光荘おじさんから学んだ」の本を10冊お持ちしましたが、あっという間に完売!紅茶の本屋にはまだありますよ。

******

こうぞうさん、このピアノのことを、こんなふうに。

【旅するピアノ 時を越えて】
戦前から東京・銀座の月光荘に置かれ、数多くの文化人たちに愛されてきたグランドピアノ。戦時中は疎開先の宇奈月へと移され、現地の小学生の音楽の授業でも使われていたといいます。
戦後は東京へ戻されましたが、月光荘が創業100周年、黒部川開発100年を迎えた2017年、宇奈月と月光荘のさらなる交流を願って、当時そのままのピアノを黒部市に寄贈することにしました。
モノだけが移動しても、それは形だけのこと。そこに人や想いの交流があってこそ!ということで、東京と富山のミュージシャンでジャズセッションを開催することに♪

月光荘の「旅するピアノ」、富山県のニュースで取り上げていただきました!感性の輪が広がる喜び❗️

http://www.knb.ne.jp/news/detail/?sid=16910

|

2017年12月18日 (月)

ウーマンラッシュアワー

昨日真夜中にこれを見て、かんど===!
二人の弾丸トークはもちろんだけど、扱ってる内容がはんぱないっ!!
ぜひみてほしいです。
それにしてもよく舌噛まないなあ、相方とのみごとなリズム!

ウーマンラッシュアワー 政治漫才

|

2017年12月11日 (月)

月光荘お祝い会

月光荘さん満100歳、夜のお祝いパーティは、おはなし会の会場になった画室と、同じビル5階のサロン「月のはなれ」の2会場にて。

おじちゃんの娘さんで月光荘2代目の日比ななせさんとはじめておあいしたのは7年前ごろ。
目がおじちゃんに似ていらして、とても美しい方。おじちゃんは、お嫁にいったばかりのななせさんのことを、私の庭の真っ赤なバラ、と。
オヤジさんから何度も何度もスウさんの話を聞いていましたよ!と、言ってくださり、そのご縁で「ほめ言葉のシャワー」をお店に置かせていただいているのです。

このお祝いの席のおかげで、ななせさんとも久しぶりにお会いできました。
月光荘がとてもとても困難な時代に、95歳のおじちゃんを支えてお店を続けてこられたこと、ななせさんが引き継いでくださったから、今のお店があるということ、出たばかりの月光荘のご本を読んでよくわかりました。

パーティでは若手のシンガーさんが弾き語りで歌を。
その声は5階のサロン月のはなれにも同時に届き、その歌にあわせて、画室とサロンに待機している2人の画家さんが即興でライブペインティング。
その歌の中に、「月光荘の歌」がありました。

おじちゃんのことを、「大空の 月の中より君来しや ひるも光りぬ 夜も光りぬ」と詠んだのは与謝野晶子さん。若い日のおじちゃんをかわいがり、この歌を贈ったことが、お店の名前の由来となりました。
与謝野晶子さんのこの歌に感動し、曲をつけた作曲家さんがいらしたことも、この夜、はじめて知りました。
夜のパーティでは、若い女性シンガーさんがもと歌とはまた違うアレンジで歌い、作曲した土井康臣さんもびっくりしておられました。

今の月光荘は、おじちゃんのお孫さんの日比康造さんが3代目を継いでおられます。おしゃれで、めっちゃカッコいい40代。
康造さんとはこの日、初めてお目にかかったのでしたが、目がかがやいていて、その目ぢからがやっぱり、おじちゃん、ななせさん譲り。

夜のお祝いパーティで、「スウさん、ほんっとにお会いしたかったです、ハグさせていただいてもよいでしょうか」
「きゃ!もっちろんです」って言ったら、ぎゅ〜〜っとハグ。それは、月光荘おじちゃんの分も含めての、ハグだったと思います(おじちゃんとハグしたことはないのだけども)。
本をまとめるにあたって、康造さんが、昔からのいろんな資料を探し出し、整理していく中で、ところどころに私がちょこちょこでてきていたらしいです。
ああ、こうやって人と人の人生はたしかに重なり、つながりあっていくんだなあ、って感じられる、とくべつな夜でした。

写真は、3代目さんと。1712_7

|

月光荘画材店

1712 9日、銀座月光荘へ。
1917年創業、今年で満100歳の月光荘。画材店はお店の中を秋に改装。赤く縁取られたガラス扉の、金色の文字が美しい。

広いお店ではないけど、絵の具も筆もスケッチブックも、とても見やすく、手にとりやすく、ちんと背筋伸ばして並べられて居ました。
1712_4






月光荘のうまれたてのご本「人生で大切なことは月光荘おじさんから学んだ」の前に、わたしからのお祝いの花、おいてくださっていました。
1712_3

|

2017年12月10日 (日)

ジョンとヨーコ

3日留守にして、今夜、石川にもどってきました。
おとといはクッキングハウスへ、きのうは月光荘さん100歳おはなし会へ、そして今日は帰る前に、渋谷のタワーレコード。ジョンとヨーコの写真展に。

1712_2

とっても濃い3日間、また明日にでも書きとめておこうと思います、きのうのこと、おとといのこと。

ジョンとヨーコ写真展では、撮影していい写真もあるのです。

というわけで、ジョンと記念写真。1712

|

2017年12月 7日 (木)

おちあいさんのわらべうた

玉川こども図書館での絵本講座。落合美知子さんの「おはなし会でわらべうた」に行ってきました。
こころの中の豊かな、しあわせな時間をたっぷり贈ってもらったような気もち。おとなの私のこころもほかほかとここちよい。

わらべうたは、からだごとのコミュニケーション。
わらべうたは、こどもの言葉のいりぐち。

このこ どこのこ かっちんこ
いないいない ばあ〜〜
ととけっこ〜 よがあけた 豆でっぽー おきてきなー
おちゃをのみにきてください はい ありがとう
さよならあんころもち またきなこ
にーぎりばっちり たてよこひよこ、、、ぴよぴよぴよ、、、

ちいさな赤ちゃんは、声を聞いただけで、声の中にその人の関わりを受けとる、感じとる。
ことばを獲得していく以前のちいさなひとに、どうぞどうぞわらべうたを。

******

落合さんのわらべうたの実演と理論とおはなしとを聴きながら、紅茶の時間がはじまったころに、私はタイムスリップしてた。

34 年前の紅茶をしていたのは、そのころ住んでいた大手町のマンション。毎週、赤ちゃんとおさなごとお母さんがいっぱいの場所でした。てんとう虫文庫の落合さん、あすなろ文庫の松浦さん、りんごばこ文庫の斎藤さん、そしてはまなす文庫の細川さん、たちがいれかわりたちかわり、紅茶にきてくれては、わらべうたやおはなし、絵本を読んでくれて。
今思えば、なんとぜいたくな、なんと豊かな時間。そういう人たちのおかげで、親もこどもも、ともに育ててもらったのです。

落合さんが今日のお話の中で、赤ちゃんは声の中にその人のかかわりを感じる、って言ってたけど、それ、ほんとにほんとです。
当時まだ0歳だった娘は、たぶん1歳半ぐらいまでしか落合さんの声をきいてないはずなのに(落合さんが金沢で暮らした時間は2年ほどなので)、10代の時も20代の時も、ひさしぶりの落合さんの声、聞いただけでなぜかわからないのに涙がでてきちゃう、って言ってたもの。

|

より以前の記事一覧