2009年11月11日 (水)

お泊り

Photo_3 大津の一日目は、乾さんちに泊めていただいた。窓越しに見えるのは、この家のシンボルツリー、南京はぜ。

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お泊りはこの10数年でたしか3,4回目と思うけど、今回初!夫さんの、心づくしの手料理あれこれ。とってもうれしそうなお顔で迎えてくださった。

ご夫婦の年輪。家族の歴史。わが家の夫、まあさんは、サラリーマン時代と今と、ずいぶん変わったとよくひとに言われるけど、このおうちにもきっと何かが起きた、起きている、のでしょう。

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Photo_4 翌日のじゃりんこ文庫の放課後・もちよりランチには、文庫のお母さんたち、子どもたち、お嫁さんやお孫さんにまじって、楽しそうにしておられる夫さん。文庫常連の坊やとも仲よしで、ああ、なんだかいい感じだなあ。

放課後がすんだころ、まあさんが迎えにきてくれた。昨日解禁したばかりのズワイ蟹と香箱蟹を途中で買いこんで。

娘んとこでゆでて食べるつもりが、ありゃ、あの子んちに大鍋なんかないよ、と思い出し、あつかましくも、乾さんちのお鍋でゆでてもらい、真っ赤にゆであがったズワイ蟹のはさみとお孫さんがじゃんけんぽんしてるところ(グーを出せば必ず勝ちます)を記念写真に撮り、蟹の匂いだけ残し(スミマセン)、私たちは大津をあとにして、西宮へ。

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2009年11月 2日 (月)

収穫祭と金大祭

Photo 11月1日。午前中は、「お米の会」の収穫祭で、餅つき。そして、とれたての野菜となめこが豪華にはいっためった汁。

この日ついたお餅が、毎年、わが家のお正月のお餅になる。もちろん、餅つき当日もつきたてのを、その後も、お雑煮や焼き餅で少しずつ食べはするのだけど。

お米の会も22年になり、スタートしたときはまだおさなごだったレイジくんがしっかりお父さんから引き継いで、専業農家としてお米と野菜をつくっている。

待ちに待った今年の新米を、今日の朝ごはんではじめて味わう。う~~~ん、甘いっ!!夜は、新米玄米を炊く。玄米で食べても、うん、違いがわかる。やっぱり甘いっ。

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収穫祭の午後は、金大祭での湯浅誠さんの講演を聞きに、金沢大学へ。思った以上にほっそりと、静かな、でも内側に、ものすごい意志と洞察と行動力をもったひと。

「人は見たいものしか見ない、見えないものはないことにされる」

「見えないことは無視につながり、逆に関心は尊重につながる」

貧困を可視化すること。今の、すべりだいのような社会の構造に目をむけること。

100円ショップのような店の店長さんだったひとの、
「自分が燃料のように使い切られた」という言葉、
この会社の正社員離職率は93%だとか。

正規雇用でさえあれば勝ち組、の思い込みも、問題を見えなくさせている。
正規と非正規の差がどんどんなくなってきている。
ふつうに働いていれば生活していけるはず、が通らなくなってきている今の状況。

「自己責任論」の呪縛で、がんばり地獄におちいらないこと。
「自己責任論」という言葉をなくすことはできるか、という学生さんの質問に。
     ↓
たとえば○○さんはテレビでもよく、その言葉を口にするが、
彼女はめちゃくちゃ苦労して、がんばってきたひと。
でも、それを誰も認めてこなかった。
彼女の不幸は、そのことを
きちんとほめられてこなかったことかもしれない。
あんたらは甘い!そんなの自己責任だ!
ということで自分をふるいたたせるしかなかった、といえるかも。

湯浅さん自身も、切羽つまって追いつめられたとき、
相手に対してともすれば、自己責任、をいいたいモードになるそうだ。
自分に余裕のないとき、その余裕のなさを糧にそうなるのだと自覚していれば、「自己責任」論から多少は逃れられるのでは、と、ユーモアと自戒まじりのお返事。

とっさに自分に置きかえて考えるところが、いっそう説得力ある「私」メッセージだ。

なるほどなあ。私もおもいあたる。

会場で求めた湯浅さんの本、「どんとこい、貧困!」(理論社・よりみちパン!セ)。これから読み出すけど、目次からして、この日のお話ともばっちり重なり、見えなかったものが、もっとくっきり見えてきそうだ。

                    ↑ 

ちなみに、このよりみちシリーズからはいい本がたくさん出てる。中学生以上すべての人の、とただし書きがあり、私もしっかりその一人だ。わかりやすい言葉で、みえにくい問題を深く考えさせてくれる本が揃ってる。

そうそう、湯浅さんが最後に、若い人たちにむけて、「みなさん、働き出したら労働組合にはいりましょうね。組合なんて遠い存在、と思うかもしれないけれど、一人一人では相手にされませんからね」と、湯浅さん自身の経験を話してくださった。

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2009年10月21日 (水)

珠洲へ、風の旅

Photo 奥能登へ泊りがけの旅。津幡の風仲間のおうちが珠洲にあって、前々から誘ってくださっていたのが、今回やっと実現して、7人で。

能登にはご縁がいっぱい。20年前から何度行ったかわからない。まだ仔犬だった翔と出逢ったのも、17年前の珠洲のキャンプ場。能登のいろんな学校にもほんとうによく出前によんでもらった。

家族で行く以外はいつも自分で運転していくので、今回みたいに車のうしろにのせてもらったら、もうそれだけで、なんと豪華なドライブ。空も海も紅葉の木々もゆったり眺めて、おしゃべりも交わせて、ひとりで行く何倍もの豊かさ。

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珠洲のおうちは、話には聞いていたけど、このおうちを建てられたご夫婦の生き方が、そのまま、かたちになったおうちだった。ひとがつどい、楽しく、遊ぶこころで学ぶための、もうひとつのまなびや、と呼びたいような。

Photo_2 田鶴浜で仕入れた牡蠣、珠洲高屋漁港で仕入れたきときとの魚やサザエ、おうちの囲炉裏に炭をおこして、炉ばた焼き。

海は荒れて、夜は風と波の音、ああ、冬に向かう海だ!と思うまもなくzzzzz.

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能登への道々には、なつかしい大好きなひとたちがいっぱい住んでいる。

田鶴浜のヒロさんとこは、10月はじめに出前紅茶で行ったばかり。ヒロさんとは前にも会ってる風の仲間たちだけど、突然7人でおとずれて、今回もっとしっかり出逢えたのがうれしかった。珠洲の湯宿、新ちゃんとこでは、コーヒータイム。と、いろいろ寄り道しながらの旅。翌日寄った、輪島の朝市通りのお店も、20年来のおつきあいで、17年前に買った服はいまも私のお気に入り。

思えば、能登のひとたちと20年前からつながってこれたのは、あるひとつの共通点のおかげ。津幡の風仲間たちをつなぐのも、これまた別の共通点がきっかけ。

どちらも、楽しいこと・うれしいことからはじまった仲ではなくて、むしろその逆、できれば関わりたくないことからのスタートだった。だけどそのおかげで、こんなすてきなひとたちと出逢えたし、つながってこれた。いわば、しんどいことから始まってきた、人生の贈りもの、のような、ひととひとの結びつき。

そのことをしみじみ感謝した、珠洲への旅でもありました。

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Photo_3 今回の旅の最高にすてきなおみやげ。

珠洲の浜辺でひろった、すべすべの石。まるで赤い色鉛筆で、ハートをうっすら描いたような・・。(ちいさな写真なので、はっきり見えないけど)

浜辺には、宇宙そのものを感じさせる石がそこにも、ここにも。

土星や木星、名前のまだない惑星も。私たちのなかにも、ある宇宙、惑星たちのことを想いながら、夢中でいくつかひろい集めた。

この日の海にはことし初らしい、波の花が舞っていた。ざんぶと砕けちる波しぶきから離れて、ふわふわ舞っていた、冬のしらせの波の花。

                *****

今日21日の夕方の列車で関西へ。土曜日まではメールを読めません、あしからず。

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2009年10月 1日 (木)

2日の夕方、クノキさん

Photo ジョン・パパ、こと、クノキお父さんには、「ほめシャワ・ちょこっと英訳つき」ができあがるまでに、ほんとにどれだけ助けてもらったかしれない。

春のまだ寒かったころから、野々市のおうちに何度もうかがって、いつも何時間も、日本語→英語への、二人三脚の言葉の旅におつきあいいただいた。たいへんだったけど、ものすごく楽しい旅だったこと、今でも、thanks!がいっぱい。

               ****

今年の夏、夜遅くにお寄りしたときは、ちょうど8番目のお子さん(クノキきょうだいは14人)、イーマンくんの18歳のお誕生日会と重なっていて、私もそこに途中からまぜてもらった。

クノキ家では、おたがいの「ありがとう」がいつもごく自然に家のなかで響きあっていて、そこがとてもきもちいいのだけど、この日はとくにそのことを感じた。家族の一人ひとりが、イーマンくんにむかって、彼のいいところを言葉にして贈るひととき、というのがあって、それをきいてたらなんともしあわせな気持ちになったんだ。まさに、ほめシャワの花束みたいだった。

「いいお兄ちゃん」「いっしょに遊んでくれる」「いろんなものをなおしてくれる」「足が速い」「泳ぎが上手」「電気に強い」「一言でいえば、sincere・誠実」「この一年で、ずいぶん成長したね」

幼いきょうだいは幼いなりに、上のきょうだいは上なりに、そして、ジョン・パパ、のりこママから、それぞれ、彼のいいところを具体的に。

どの子のお誕生日会の時にも、クノキ家ではこの言葉の花束をするのだそうだ。お互いのこと、ふだんからよく見てないと、こんなにいくつもの言葉は出てこない。いつもありがとうを伝えあってることが、こういう花束になっていくんだなあって、また再認識した。

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そのクノキ・ファミリーの様子が、明日2日の、テレビ金沢の夕方ローカルニュースのなかで紹介されるとのこと。ジョン・パパがお電話で知らせてくれた。石川のひとしか見られないけど、できたらその時間、どうぞチャンネル合わせてみてくださいね。

                   ↓

10月2日(金) テレビ金沢 夕方5:10~5:40のローカルニュースの間のどこかの8分間、「花を贈ろう」というようなコーナーらしいです。

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2009年9月29日 (火)

べんさんコンサートで

Photo_527日、 市民芸術村の一角から、夜を見上げて。

あ、月も出てる。

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たかはしべんさんコンサートにいらしてくださった方たち、ありがとうございました。

私がいつもサコ魔女、と呼んでる左古さんも、京都から母子で。

サコ娘さんと仲良しの愛ちゃんもかけつけ、夜のうちあげでは、「私たち、紅茶むすめです」とかいって、実行委員のおじさんたちを煙にまいていた。

そういえば、彼女たちは、6年前の、紅茶20周年べんさんコンサートのとき、そろって、受付むすめをしてくれてた二人なのだった。

サコ魔女と、富山のまゆさんがこの日、はじめて出逢えたこともうれしいおつり。

左古さんとこで赤ちゃんを産んだお母さんが富山で暮らすことになったとき、そのお母さんはサコ魔女からの紹介でまず紅茶にみえて、それから、富山のまゆさんたちとつながり、その後、いっしょに「ともの時間」での大事な仲間になったのだったもの。

紅茶つながりでコンサートのことを知って、ぎりぎりまでこれるかどうかわからなかったけど、この日、家族で来れたひと、二人の子どもと来れたひと、ご夫婦で、あるいは、自分自身、来れたひと。

何人かの、「来ることができた」重み(というか、簡単にはこれない事情)を知っているので、受付でそのお顔をみつけるたび、あっ!あっ!とこころのなかで、ちいさく跳ねていた私でした。

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べんさんはことし60歳。若いときとはちがう声が出てる。逆説みたいけど、6年前とはちがう声のとこがいいのだ。歌声には人生が出るのだもの、同じ声のはずもない。

この日は受付係りをしてたので、ちゃんとは聴けてないけど、いつかゆっくり、べんさんが歌う「地球の歌」を聴いてみたい。

べんさんの、子どもたちが夢中になる歌「いいの!」は、「いいの!」という絵本になっている。

当日、会場では販売ができない(CD以外売ってはいけない決まり)ので、紅茶で、少しまとめて買いました。ご希望の方、どうぞ。1冊840円です。

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べんさんが書いてるべんさんのブログより、金沢公演のことも。

         ↓

http://www2u.biglobe.ne.jp/~neb/ben-home2.html

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2009年8月20日 (木)

25回目のぶどう狩り

Photo_2 ← まだ少し若い、ことしの安芸クイーン

今年で25回目のぶどう狩り。

今回はとりわけ小さなひとたちがいっぱい。律子さんがずうっとおうちで続けている、はまなす文庫にお母さんと一緒に来てる子どもたちや、紅茶つながりの子どもたち。ぶどう狩りははじめて、のひとたちが、昨日は半分以上もいたような。

そこにいつもの、金沢の文庫やおはなしの会のひとたちがまざり、去年に続き、横浜から飛行機でとんできたおはなしの会のお二人もまざり、あわせて70人くらい!

                   ***

午後のもちよりおはなし会は、その日、その場で、集まったひとのなかから、てあそびを出すひと、おはなしを語るひと、とプログラムを決めることから始まる。

この日は二つのてあそび、3つのおはなし。そして律子さんは、被曝したピアノの絵本を読み、また、夏のこのおはなし会でこれまでも何度も読んだ紙芝居「おじいさんのできること」を、私は「graduation」という歌のものがたりと歌を。

                 **

graduationのメロディは、日本で育ったある程度の年のひとなら、誰でも卒業式に歌った覚えのある「仰げば尊し」。あの曲に、スーザン・オズボーンさんが、自身で英語の歌詞をつけて歌っていた。

長い時間かけてやっと英語の歌詞の意味がわかったとき、胸が熱くなった。あの歌を、スーザンさんは、こんなに深い想いをこめて、あたらしい歌にしたんだ。日本語から英語になった歌のものがたりを、ちいさなこどもたちにむけて、私はこんなふうに語った。その英語の歌を、さらにもういちど、あたらしい日本語の歌にしたこともつけくわえて。

                *

――― 地球が生まれてから今日までの 長い長い時の流れのいちばん先っぽのところにひっかかったままで 私たち人間っていったい誰なんだろう と想い出しています

地球というこの大きな船は 宇宙の海に帆をあげて 果てしのない 誰も知らないところにむかって 旅を続けています

私たちは誰もが 一緒に旅をする仲間です

たとえそのひとが 見知らぬ人であっても 敵であっても 友だちであっても ともに旅する仲間です 

そして私たちは、生きることと死ぬことを 終わりのないらせんのように繰り返しながら 進化していくのです

よろこびや悲しみ 笑顔や怖れをわけあいながら このいのちの学校・人生の学校で ともに学んでいる私たち

私たちの心のなかにある宇宙は 生きているすべてのいのちを抱きしめます

もし 安心なきもち 平和なこころを見つけたなら どうぞひとりじめしないで 今度はそれを 他のひとたちへの贈りものにするのです

私たちの生きる場所はここ 生きるときは今

ともに過ごすこの美しい日々 私は決して忘れません

                     *

3番の、

 ♪ 内なる宇宙は いのち抱きしめ

    こころの平和を 贈るよ あなたへ

    今、ここをいきる ともに生きる

    美しきこの日々 忘れはしない

は、この日のみんなで一緒に歌った。

            *******

毎年まいとし、くりかえされるぶどう狩りとおはなし会。これまで一度も休まず参加してこれたのは、律子さんが続けているこの貴重な場、大切な平和のしごとのお手伝いをできることが、まず、私にとってうれしいから。

親子で自由に集い、語りあい、自由に絵本を読みあえる場、はまなす文庫。戦争と平和。ヒロシマもナガサキもアウシュビッツもベトナム戦争も富山大空襲も、ずっとずっと読み続けられてきて、そしてこれからも。

子育て中のお母さんたち、幼い子どもたちのこころの中に、平和と戦争を感じとるセンサーが、どうかやさしく、敏感に、育っていきますように。

                     ***

Photo_3 律子さんちの家族から、そしてはまなす文庫にくるひとたちみんなから、愛されたまたちゃん。

7月に天国の犬になったまたちゃんは、律子さんちの裏のお庭のミントのそばに眠っている。はじめてお墓参りをさせてもらった。この日、誰かがそっとぶどうをお供えしてくれていた。

うちの家族の翔とも、マーガリンとも、同い年だったまたちゃん。おとなしくて、やさしいやさしい目をしてたまたちゃん。

17年前の9月のはじめ、律子さんちの近くの駅にいて、拾われてきた子犬だったので、本名は、又三郎。翔より、マガより、いちばん長く、生きててくれたね。

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2009年8月17日 (月)

同じじゃないよ

誰がやってもどうせ同じ、

じゃないと思う。政治のこと。

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金沢の隣り町に住んでる私だけど、選挙区で分ければ能登。ここはいまだかつて一度も、野党が議席を得たことのない、日本でただ一つの地区だそうだ。

次の選挙に出ます、と2年前から地道に活動してきた能登出身の若者、こんどう和也さん。

世襲じゃない、地盤もない、テレビで顔がうれてるわけでもない。

政治家になろうと決めたのは中学のとき。京大を出て入社した野村證券でも、10年でやめて政治をします、と宣言してサラリーマンに。民主党候補の公募に名乗りをあげ、本当に10年で会社をやめた、35歳。

いまどき、政治にこれほどの情熱もってる若いひとを、あまり知らない。初対面のときから誠実さはかわらず、ちかごろはそれに力強さと説得力がましてきた。

誰がやっても同じさ、とあきらめさせて、長いものにまかれるのが得、そう思わせてきたものがなんなのか、今度の選挙は一人ひとりが見極めるとき、と思う。

有権者の誰もが平等に持っている一票。その権利と義務をしっかり果たしたい。8月30日投票日の衆院選は、いよいよ明日が公示日。

                 *****

若いひとの一文。

選挙権 

哀しいかな、人は、必ずしも平等には存在できない。
しかし、1が1として存在することを許される、唯一の瞬間。

それは、1以上でも1以下でもなく。
しかしそこには、底知れぬ可能性が秘められている。


そんな当たり前のことを、
最も知らないのは、あたし達。
最も知っているのは、彼ら。
だからこそ、不確かな1にすら、お金を惜しまないではないか。

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2009年8月15日 (土)

阿蓮さん

Photo 玄関の窓ごしに見える合歓の木。

このところわが家によくセグロセキレイがやってきて、長い尾をスィ~スィ~と上下させながら、あの美しい飛行をみせてくれる。

         ***

ことし3月に亡くなったアレン・ネルソンさん。彼と親しかった加賀のお坊さん、佐野さんのお寺での、アレンさんの遺志に添う納骨式、そして偲ぶ会に出させていただいてからもう2ヶ月近くたつ。

本当に貴重なひととき、心のふかいところから勇気のわいてくる時間を、沖縄や北海道、信州、関西など、日本中から集まったひとたち、アレンさんが日本の家族とよぶひとたちと、一緒にすごさせてもらえたこと、今、思い返しても感謝でいっぱいになる。

この10年間で、アレンさんの講演会は800回を越えたという。その半分以上が、小・中・高校での、「本当の戦争」の話。そして、私たちが憲法9条を持っていることの意味についてもアレンさんは語ってくれた。

この60年余り、日本の子どもたちが戦争を知らずにこれたのは、お父さんやお兄さんが戦争で外国のひとを殺さずにこれたのは、日本に9条があるからなんだよ。この9条の持つ値打ちは、日本のひとだけでなく、地球上のすべての一人ひとりの人間ににとって、大切なたからものなんだよ、と。

            ***

偲ぶ会の最後に、アレンさんのパートナーのアネッタさんがこんなふうにお話された。

  ――ー アレンも、私も、違うとき、違う場所で、神さまと同じ約束をした二人なのです。

彼はベトナムのジャングルのなかで、神に、もしあなたが自分を生かして帰してくださるのなら、私の生きている限り、あなたに仕えます、と誓いました。そして私はまだアレンに会う前、がんの手術をする病院のベッドの上で、同じことを神さまと約束していたのです。

アレンは、一年の半分ちかくは日本各地で講演していたけれど、具合がよくなくてしんどい時、もう帰ってくれば、と言っても、「いや、僕はGod’s workをしているのだからね」と、なかなか帰ってこようとしませんでした。そんな彼は、私の prince of peace です。

私たちの内に力がある、と信じなければ。でもそのときに大切なのは、私たちの心のなかが平和であること、そして平和は私たちのhomeから始まること。たとえどんなに難しく、困難にみえても、私たちは平和の大地をしっかりと踏みしめて、立っていましょう。

                  ****

佐野さんは5年前にはじめてアレンさんに会って以来、20回近くもの講演会やワークショップをひらいてきた。彼のお寺でアレンさんの非暴力ワークショップが開かれたおかげで、私もそこに参加させてもらえたのだった。

ニューヨークのアレンさんと加賀の佐野さん、お二人が知りあってからのこの数年間、お互いにどれほど大きく影響しあう関係を育ててきたことか、と思う。

佐野さんはそれまで漠然としか大切に思っていなかった9条の意味に、アレンさんからあらためて気づかされ、

アレンさんは自分より一回り年の若いこのお坊さんと会うたび、宗教について、ひとが哀しみと矛盾をかかえて生きることへの問いについて、二人で深く語り合い、

最後には仏教徒として、お骨がこの加賀のこうせん坊さんに納められることになった、そのえにしの不思議さ。

僕は絶対に語ることをやめないよ、一人になっても言い続けるよ、と日本の友人たちに話していたというアレンさん。法名は、釈阿蓮。アレンさんは、お釈迦さまのお弟子の、阿蓮さんになった。

                 ***

来年のいつか、佐野さんにとくべつ紅茶のゲストで語っていただきたいと思いはじめてからひと月あまり。なかなか書けなかったお願いのお手紙を今日、やっと書いた。

書き終えて、新聞を開いたら、その日の社説「九条とビルマの竪琴~終戦の日に考える」の中に、アレンさんのこと、佐野さんのことが載っていた。(北陸中日新聞2009・8・15付け)

またもや、こういうシンクロが起きるんだ。昨日でもなく、明日でもなく。きっと今日が、佐野さんにお便りすべきの日、だったんだ。

焦らずとも、急がずとも、ちゃんとこうなる、という、これまた一つの証拠みたいだ。

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2009年7月23日 (木)

モノづくりびと

Photo_4 もう1週間ほども前のことになるけど、津幡の「風」の仲間たちと訪ねた東原町(ちょっと行けばもう富山県)、中平さんちの「うち個展」。

もと船乗りさんだったという夫さんが焼く器と、おつれあいのノリコさんがつくる陶ボタンが、日々暮らしてるおうちをギャラリーにして展示されていた。

築数十年のおうちは、うち個展のとき以外も、たぶんギャラリーみたいだろうな。岐阜の郡上八幡から、この森本の奥に一家で移り住んで7年、おうちのそこかしこが焼き物のご夫婦らしい工夫であふれてた。

はじめてお会いしたはずが、なんとなくこちらの顔を、ノリコさん、覚えておいでのような・・・。

2年前の冬、金森俊朗さんを津幡におよびしての講演会に、ノリコさんは来てくださってたのだ。そのころ、まだ「風」は生まれてなくて、会を主催したのは、その前身の「700人委員会」だったけど。

思いがけない、でも覚えのない、うれしい再会。彼女のボタンをいくつか買って、早速、夏の白い服のアクセントに縫い付けた。

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中平さんちのすぐそばのカフェレストラン「樫」にも、そのお隣りの、ako style という雑貨とお花の小さなお店にも、お二人の作品がおいてあった。

akoさんのお店には、古着からのリメイク・エプロンやバッグ、花のコサージュ、それに加えていろんな作家さんたちの作品が、ところ狭しと並ぶ。

ミシンの前で古着のジーンズなどほどいていたのが、店主のakoさん。この子はクロネコのキキ。まだ幼くて、akoお母さんの仕事の邪魔をするので、樫さんちの中庭にある仔猫保育園で、ただいま託児中。

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こういう、ちいさなモノづくりをしているひとたちの作品に次つぎふれると、ほんとに百人百様、自分の大好きな世界を表現して生きてるなあ、と思えてきて、きもちのいい勇気をもらう。

3年前、大学卒業と同時に、たった一人の手づくり本工房 mai worksを立ち上げ、手のひらブックや、こんなのあったらいいなグッズを、身の丈で作り続けている娘。分野はそれぞれに違うけれど、彼女もまた、自分の世界を表現しながらモノづくりをしてる一人だ。

会ったこともない同士が、たがいの作品を通して、ささやかなエールを飛ばしあっている気が、今ふと、したよ。

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2009年6月25日 (木)

アレンさん

Photo

ことし3月に亡くなられたアレン・ネルソンさんの法要が、今日、加賀のお寺で。

3年ほど前の冬だったと思う、そのお寺でひらかれたアレンさんの非暴力トレーニング・ワークショップに私もまぜてもらった。本当の戦争を語る、アレンさんの講演会以上に、アレンさんの人がらがじかに感じられる、忘れられない一泊二日の時間だった。

このとき教えていただいた、自分を卑下することは自分に対する暴力、という彼の言葉、今も、何度でも思い出す。

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アレンさんの奥様もニューヨークから見えて、お骨もこのお寺に納められる。

今日は、石川県内はもちろん、全国からネルソンさんを知るひとたちが150人ほど集まるとのこと。私たち夫婦も、内灘、金沢の友人と、その時間をわけていただきに。

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2009年6月24日 (水)

Susanさんにとっての、歌

Photo カルミア、という木に咲く花のひとつぶひとつぶ、まるでコンペイトウみたい。

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日曜日の、「題名のない音楽会」に出演していたSusan Osbornさん。インタビューにこたえて言ってらしたことは、この4月、白山ろくでのヴォイス・ワークショップの時に、私たちに話してくださったことまったくおんなじ。いま、ここに生きて在ること、そのことに心から感謝している、というSusanさんの態度も、あのときと同じ。

司会者が質問する。

声のワークショップではどういうことをしてらっしゃるのですか。

ーーー 私にもあまりはっきりとはわかっていません、でも、誰もが歌い手である、ということをみなさんに知ってもらいたくて、こういうことをしているのです。

すべてのひとは、生まれながらにして歌い手です。かつて、人びとは毎日一緒に歌っていた、そういう時代がありましたよね。それってとても大切なこと。

Susanさんにとって、歌、とはなんですか。

ーーー私はこれまでずっと歌って生きてきたので、いろいろな意味がありますけれど、今は、静寂にたどりつくために歌っているのだ、と気づきました。

ある意味、本当の音楽というものは、歌が終わった後に存在するのです。あとに残る、音楽によって創造された空間、それが本当の音楽です。

            ****

Susanさんが日本の歌に英語の歌詞をつけたGraduation,その意味がほんとうに味わい深く、私の心に響いて、なんとかしてみんなして歌いたくって、Susanさんの言葉のたましいをそこなわぬようにしながら、日本語の詞をつけてみた。

京都の友人が、それはそれはすてきな伴奏をピアノで弾いてくれて、それを毎日パソコンで聴いている、その曲に日本語の歌詞をのせながら。

ただいま、練習中。いつの日か、ともに歌いましょう。私たちは誰もが、生まれながらにして歌い手、というSusanさんの言葉を信じて。

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2009年6月15日 (月)

東京days

東京の日曜日は、プライベートSunday。

20年前、新人記者として初任地の金沢で数年くらしたみねちゃんと、5年ぶりに会ってランチ。

そのころ、私たち一家は大手町のマンションで暮らしていたので、すぐそばの検察庁帰りに、みねちゃんたち、若い女性記者さんたちはしばしば紅茶に寄って、ほっと一息のティータイムをしていたものだ。誰もが、取材目的でなくきてたのがよかった。時にそこからひょいと記事が生まれたことも、もちろんあったけど。

紅茶のことを、人間交差点みたい、と表現してたのは、みねちゃんだったかもしれない。転勤してもいのみら通信を読み続けてくれてて、5年前、西東京紅茶で、翼くんをゲストに「介助という仕事」の話しをしてもらったとき、再会して以来だった。

彼女は今も新聞社にいて、「医」直接というより、「医療」のまわりで、生きることの質のゆたかさを考え、動いてるひとたちに関心を持ち続けているらしい。前日の土曜も、金沢大学の先生で、すばらしい保健師でもある、私の知り合いさんと研修会で一緒だった、というシンクロ。

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この日私は、夕方から松浦さんちへ。お宅の居間で、時間をかけてていねいに、自力整体のちゆゆをする。クッキングハウスの総会を終え、ハワイに行き、帰ってきたばかりの松浦さん。ちゆゆをしたあとは、それまでたまっていた疲れが二人とも出たのか、どこもかもふにゃふにゃにゆるんで、その顔が二人ともすっごくおかしかった!

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東京の最終日は、板橋のサン・マリーナに、出前紅茶で「ほめ言葉のシャワー」。

これまでは、お弁当つくりとカフェのJHC秋桜、という居場所に行っていたので、このクラブハウスははじめて。秋桜さんから何人かの顔なじみさんも参加してくれて、みなさんとてもいいお顔だったのが、うれしい。

Ca4cic8q 縫い物部門を担当しているJHC志村さんが、頼んでいたオリジナルバッグをサンマリーナまで届けに来てくれた。粋な和柄、丈夫な布、しっかりしたつくり、これで1500円と2000円という、うれしいお値段。紅茶でお分けしています。

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夜は、前からずっと、来てね、行きたいな、といい続けていた金沢生まれのともだちの家へ。

高田馬場から乗って、途中、日本橋駅を通ったときは妙にこころが騒いだ。今から30年以上も前に、当時80歳過ぎた父が、日本橋にあった事務所に通勤するのに、毎日乗っていた同じ地下鉄、同じ路線。

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彼女とは、川越紅茶やクッキングハウスの出前でよく会っていたけど、数年越しの初訪問。

手料理の夕ごはん。やがて帰宅された彼女の夫さんとは、まる25年ぶりの再会となった。

話してるうちに、やっぱりお互い変わってないことを確認する。彼の口数のすくないとこもそのまんま。だけども、彼女が体調くずして苦しかった時には思いきった英断で、妻を守ったひとでもあるんだ。とはいえ、そんなそぶりは決してみせてないけども。

夜行列車の時間までゆっくりさせてもらって、ありがたかったです。夜のJRのホームを、彼女が重い私のバッグかかえて走ってくれたことも、あったかいきもちになる、東京の夜の想い出。

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2009年5月 4日 (月)

たまにはtsukiでもーー

クッキングハウスでの出前に参加されてた、「たまにはtsukiでも眺めましょ」のパートナーのさなえさん、早速、ご自分のブログに書いてくださっていたのを、娘が発見。

earthkeepe.exblog.jp の、4月25日と5月2日、と二日に分けて。クッキングハウスのこと、そして、娘の憲法の話をこのように聴いてくださったこと、すっごくうれしい。

               ****

池袋にある「たまにはtsukiーー」がどんなオーガニック居酒屋さんか、その考え方もあわせて、ぜひ知っていただきたいです。高坂さんが手作りしたお店の様子はこちらから→ http://ameblo.jp/smile-moonset/

高坂さんとさなえさんは、去年12月のとくべつ紅茶「山下兄弟のトーク&ライブ」をご夫婦で聴きにきてくださってたので、お顔覚えてる紅茶のひともいるかもしれません。

働きすぎないこと、もうけすぎないこと、その分の時間を家族とすごすことや田んぼを耕すことに使いたい、と今年の初めに宣言した高坂さん、そしてそれを実行しているひと。彼のお店はほんとにちいさいけれど、居心地がよくて、すばらしいひとたちと出逢えるとくべつの場所。

               

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2009年5月 1日 (金)

娘たちの時間

Caz1djbz  ← 東京の水野の家のおまもり石。家につくとまず、姉の写真にただいま、庭にでてこの石に、ただいま。

         ***

東京の土曜日は寒くてふるえあがるような雨の日だった。新宿で大切なひとたちと母子して逢い、夜は松浦さんちへ。

お宅の玄関をあけるなり、ごぼうの、あったかないい匂いがする。そしてすぐに、あ、松浦さんのお顔、昨日と違う、と娘が発見。

たしかに、クッキングハウスにいる時の松浦さんは、お客様、メンバー、スタッフ、その場全体への細かい気配り、目配りで、たえず気がぬけない。その分、おうちでは、ふわっ、の表情になるのだろう。石川で松浦さんをおよびするときは、たいてい紅茶のおやど泊なので、ふわっ、の割合も多いのだけど。

            ***

松浦さんと、娘さんの素子ちゃん作の、ごぼうと人参のきんぴら、菜っぱの胡麻和え、大根と鯖キムチ味の煮物、玄米、おいしいかつおだしのお味噌汁、昼間のクッキングハウスでハルモ二たちと作ったというナムルやチヂミ、そしてメインは今が旬の、春鰊(身欠き鰊じゃない鰊を食べたのって初!かも)の、こっくりとおいしいお煮付け。

いただきます、と手をあわせたとき、すっごく不思議なきもちがした。二組の母娘でこんなふうに夕食をともにする時間の、なんとレアなこと。

前日は出前当日で、あっという夢中のなかですぎてしまい、夜のハッピーアワー(4月から始まった毎金曜夜の夕食タイム)のレストランでせっかく会えた素子ちゃんとも、会話らしい会話はほとんどできなかった。そういえば、会ってはいるけど、松浦さんともゆっくりは語っていない私たちだった。

素子ちゃんが、クッキングハウスでの娘の話を本当に聴きたかった、と思ってくれたこともあって、ゆっくりとすごすことのできた贈りもののような時間。

はじめてちゃんと出逢えた若い二人。お互いに自分のこともすこし語りあって、一期一会の「娘たちの時間」を持ててたようで、そのことが親たちにとっても、またうれしい時間でした。

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2009年4月20日 (月)

コメントへのお返事

「A shower of praise」の日のコメントに書き込もうとしたら、なにか不具合があって、どうしても入らないので、かくさんへのお返事をここに。

        ****

かくさん
まあ!なつかしい。うれしいコメントをありがとう。
かくさんも、モンゴルの学生さんやほかのモンゴルのかたともつながり、人の交流をしてらっしゃる。大事なはたらきをされてるんですね。すばらしい。

それにしても、調布に息子さんがお住まいなんて、なんという不思議でしょう。クッキングハウスにはきっとまた行きますし、かくさんもまた、ランチを食べに行ってね。
ほめシャワーは、入荷するとすぐなくなるそうですが、今回は24日の出前にあわせて多めにお送りしてあるので、次にいったときにはあると思います。どうしてもない時には、送料がかかってしまうけど、私までお申し込みくださいね。

あ、それと、「場の持つ力」は今のところ、在庫分は完売しました。娘が今度、時間のあるとき、自分で改訂版を印刷する予定のようです。「きもちは、言葉をさがしている」の本は、もちろんまだたくさんありますよ。

ではまた、再会の日を楽しみにしています。6月の出前のどこかであえるといいですね。6月7日、どこかでたぶん紅茶するつもりなので。

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2009年4月 5日 (日)

星野さんの詩画展

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風はつめたいけど、やわらかな陽をあびながら、冬の枯れ葉をおしあげて、次つぎに咲く翔のスミレ。私のいちばん好きな早春の花。

          ****

大和デパートで開かれている、星野富弘さんの「花の詩画展」に行ってきた。

入り口であるひとと待ち合わせ。何年ぶりにお会いするだろう。印刷のお仕事をされていた影山さんは、星野さんの存在を最初に私に教えてくださったひとだ。もう30数年前のこと。

そのころ出ていた立風書房の雑誌「いつかどこかで」には、たしか創刊号から星野さんのページがあり、同じ雑誌の中に、私のちいさなページ「スウの歳時記」(それがのちに、単行本の「てのひらごよみ」に)もあった。

星野さんの文章にも、絵に添えられた詩にも、とても強く惹かれて、富山で彼の詩画展が開かれたときに見にいった。そして、こういうことがもし金沢でもできたらすてきだなあ、と紅茶仲間のお母さんたちに、星野さんの詩画展を開きたいと思う?と声をかけたのだった。

1986年の春休み、だからちょうど23年前の今ごろ。このデパートが片町にあった最後の年の春に、ほとんどが子育て真っ最中の、紅茶の仲間たちが中心になって、それにもちろん、たっくさんのひとたちにもお手伝いいただいて、星野さんの花の詩画展が大和デパートで、入場無料で、すべてボランティアの手で、開かれたのだ。

会期中、紅茶の部屋は毎日、保育室になって、仲間がかわるがわる保母さんをして、会場係をするお母さんの幼子たちが、そこでお留守番してたっけ。未満児保育園を卒園して、幼稚園に入る前の娘も、その中の一人だった。

                    ****

30年間の、星野さんの詩画が展示された会場。ゆっくりゆっくり、作品と対面した。再会する絵もあり、はじめまして、の絵もあり。

神さまであるあなた(You)への詩もいくつか。まじめな言葉の書き出しで、終わりにおもわずくすっと笑ってしまう、星野さん独特のセンス・オブ・ユーモアが好き。「芙蓉の花」の絵にそえられた、神さまの扶養(ふよう)家族、という詩は、何度よんでも楽しい、そして、深い。

数年前の七尾展のときにはついていなかった英訳が、すべての詩に添えられていて、日本語と英語をあじわいながら、会場をまわった。

There is no short cut in life.

How much I appreciate---

I will walk in loneliness when I’m lonely.

Only one thing is needed for a man.などなど。

***

詩画展は、あさって、4月7日まで。香林坊大和にて。

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2009年4月 2日 (木)

声が届くということ

Cab5r7oa 翔のお墓のスミレと、フェンスのぐるりにからまるアケビの新芽のコラボレーション。あら、幼い葉っぱとともに、もう、花のつぼみがスタンバイしているよ。一輪挿しの中ほどにあるつぼみ、ちいさな写真だけど、見えますか。

この季節、一瞬一瞬、手のひらをひろげてゆく若葉、おもわず見とれて、本当に見飽きない。

                   ****

石川野々市のローカル放送局FM-N1、エイプリルフールの日の生放送。ずいぶんたくさんのかたが家や車のラジオで、パソコンで、聞いてらしたようだけど、思いがけない遠くのかたも、実は聞いてくださっていた。

午後は紅茶の日だったので、放送がおわってすぐ津幡にもどると、家に着くなりのタイミングで電話が鳴って、はずんだうれしそうな声で「聞きました!」

え!どうして知ってたの? 聞けば、お父さんが、紅茶なきもちのブログで見つけて知って、息子さんがパソコンでのラジオの聞き方を教えてくれて、とのこと。

このお母さんとは、遠くてめったに逢えない。いつも懸命に努力しておられるけど、いっぱいいっぱいになった時は、声が聴きたくて・・・とお電話くださる。

彼女がラジオを聞いてくれて、もちろんうれしい。それ以上にご家族の協力もうれしい。お父さんにも、息子さんにも、う~~~んとたくさんの、ありがとう、だね。

                 ***

N1コミュニティ・水曜日担当のポテトシスターズさん。お一人は、14年前のとくべつ紅茶に来たことのあるかただったと、もうおひとりは、なんと夫さんが、私たちが28年ほど前に乗ってた水色のビートルことフォルクスワーゲンの、3代目の持ち主だった、と判明。

一週間前にうちあわせでお会いして、「きもち」の本とシャワーbookをそれぞれ求められ、本番までに読んでくださってたので、わたしもそう緊張しないでおしゃべりできたかな、と思う。

と同時に、言葉を耳で聞く/聴くことと、文字で目にする/味わうこと、との違いにも、おおいに気づかされた時間でした。

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2009年2月10日 (火)

東京クラブランナーズ

東京クラブランナーズのコンサート@石川、7日から11日まで今回は何と怒濤の7連発、ときいていたので、そのどれかに行きたい行きたい、と願っていたら、運よく今日、金沢の小学校でのコンサートに飛び入りさせてもらえた。
              **
銀色のランナーこと渡辺さんと、クッキングハウスの吉岡さんは東京から、そして応援団の増田さんは郡上八幡から。
3人の歌は、これまでにも聞いてるけど、
小学4年生とのかけあいのような授業コンサートははじめて。
                        **
何年も前から聞いてる渡辺さんの♪銀色のランナーも、
吉岡さんの♪不思議なレストランも、
歌にこめる想いがいっそう深く豊かになってて、
うまい・へたをはるかに越えて、とってもこころにしみてきた。
               **
二人とは長いつきあいの増田さんの、歯に衣きせぬトーク。
渡辺さんは筋ジストロフィーの自分を、吉岡さんは自分の心の病気のことを、正面から子どもたちに語ってくれた。
              **
今から実験するよ~、と段差をつくって、体重77㎏の渡辺さんを乗せた車椅子(の重さは13キログラム)で、4年生が段差を上り下りする”実験”。あわせて、渡辺さんを車椅子からトイレ(がわりの椅子)に移動させる”実験”も、4年生にはものすごいチャレンジで。成功するたび、大きな拍手。
                    ***
♪長良川 ♪いとしのしびんちゃん ♪僕 などなど。
歌とトークと実験、の一時間半はあっという間。
最後のアンコール♪銀色のランナーをみんなで歌いながら、あったかい涙がでました。4年生が、コンサートのお返しに歌った歌声ものびやかですばらしくって、また、涙。いい歌でした。
           ***
                   ****
いよいよ明日11日は、今回のラストコンサート。
銀色のランナー・渡辺さん、桃色のランナー・吉岡さん、そして水色のランナー・川崎草汰くん、と東京クラブランナーズ全員そろい踏み。
              ***
「春よ来い!早く来い!トーク&ライブ」は、午後2:00開演
  @ 金沢市民芸術村ミュージック工房
         ーーーーー****----- 
明日は水曜。休日ですが、紅茶はいつもどおり、なにげなく、openしてます。

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2009年1月25日 (日)

マーガリン皿

Calz70am←  ちょっとお腹をこわして、いつもの先生のところに連れてこられたマーガリン。注射うたれるのかな~~と、不安なおももちで、借りてきた猫になっている。おおごとにはならず、ちょっと栄養補給の点滴をして、無事釈放。

最近のマガの目覚ましは5時半から6時の間で、私の睡眠不足もすこしずつ解消中。12月のあの忙しいときは、ふしぎなくらい、毎朝3時や4時に起こしにきて、でもそのおかげで、強制的に早起きできて、ほめシャワの発送作業がおおいにはかどりもしたのだった。

                *****

Carwlb9b ← きのう届いた、原始林窯のマーガリンのお皿と対面するマガ。こりんちゃんが、哲学するマーガリン、をイメージして、苦労しながらつくってくれたお皿。

とてもまじめに人生(猫生?)を考えている、その表情が美しいマガ。マガのうしろでは、いつも翔が見守ってくれている。翔のお皿とならんでまたわが家の大切な器がふえました。

こりんちゃんと電話。マーガリンのお皿、すっごく気にいったよ、ありがとう!さぞやむずかしい注文、でもそのわがまま聞いてくれるから、頼める。そしてありがとうがこだまする。

ほんとうに幸せな仕事をしてると思う、げんさんとこりんちゃん。こりんちゃんの声もとってもうれしそうにほどける。

原始林の器には、いつも待つ楽しみがいっぱい。今回の便で届いた注文の器を届けるのも、また幸せな役割です。

                   *****

Photo 10月の紅茶ギャラリーで、ひときわ目をひいた、筆の細い細い線で祈るように描かれた、桜の大皿。

不思議な不思議なつながりで、津軽の地へ今日、届いたそうです。

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2008年11月 5日 (水)

やさしい時間

1日の夜は、松浦さんと一緒に、12月5日に松任でひらかれる笠木透さんのコンサート「70歳、いのちへのラブソング」の実行委員会へ。

14年前のとくべつ紅茶・笠木さんコンサートは、120人のお客さんでわがやが満杯、という伝説のコンサートだった。

クッキングハウスに行きだしてから、あら!松浦さんも前から笠木さんとつながってたんだ、と知ってびっくり。それどころか、クッキングハウスのみんなといっしょにCDまで出し、「不思議なレストラン」の歌までかいてる笠木さん。笠木さんのあたらしいCD「70歳のラブソング」の仕掛け人は、なんと松浦さんだった、というこれまたすてきなサプライズ。2月には、松浦さんたちが主催して、東京での笠木さんコンサートがひらかれる。

12月5日(金) 夜7:00からの「いのちへのラブソング」コンサートは、

白山市松任学習センターホール(松任駅近く)にて。

出演は、笠木さんと雑花塾のみなさん、笠木さんの影響をうけて生まれた地元のフォークグループ、「でえげっさ」や「旬」も歌います。どうぞどうぞお出かけください。チケット、大人2000円。紅茶にあります。

             ****

2日の夜は、津幡でのSSTに参加した「風」仲間といっしょに、おうちごはん。白和えや五種豆とさつま芋のいとこ煮、なめこ汁、金時草の酢の物、そうめんかぼちゃのサラダ、加賀れんこんのさっと煮、もちろんいつものいろいろ豆入り玄米、など。

松浦さんは2年前から、私たち「風」をほんとうに応援してくださってて、今回もいっぱいあたたかなエールをいただいた。風仲間たちのはじめてのSST参加もすごく喜んでくださってた。

松浦さんおきにいりのゲストルームは、娘が使っていた部屋。二つの窓には栴檀とクヌギの葉がまじかに迫り、緑のまんなかにいる気がするこのベッドルームだと、ふしぎなくらいいつもぐっすり眠れるそうだ。

いったいいつ自分の時間をもてるのだろう、と思うくらい忙しい松浦さんは、だけど私のように、途中で瞬間いねむりして疲れをとることのできないひとなので、それだけに夜の安眠は貴重品。わが家のできる最大のおもてなしかも。

      ****

3日の朝は、前々日に亡くなられたまゆさんのお母さんのご葬儀に松浦さんと。

富山のほっころろんという場のきっかけをつくったのも、実は松浦さんだったし、私にとってもともの時間の大事な仲間のまゆさん。彼女は私たちの顔を見て、まぼろしを見てるようだった、と。そう思っても不思議はないよね。まさしくこのタイミングでおまいりできたこと、大きな見えない手によるおはからいだったのかもしれないから。

まゆさんはこれまでにたくさんの大切なひとたちを見送ってきたけれど、そのひとたちとにこにこしてるお母さんを、すでにとてもリアルに感じられるみたいだ。病床のお母さんに、マスノさんのやさしい「手」あて、ほっころ仲間の日常的な支えのあったことが、弔辞でも語られた。

それは、娘のゆいちゃんを育てるため、守るため、まゆさんがせいっぱいの勇気を出して、ヘルプ!の声をあげ、であった人同士をつなげ、これまでていねいに創り上げてきた、ひとのネットワークの賜物、と想いました。

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2008年10月30日 (木)

祈りがはいってるんだ

Photo 麻の葉・網代・青海波・籠目・蛸唐草・七宝・矢羽・四ツ割花紋

   ーーーまではなんとなく読めそうでも、

砥草・麦藁手・菱青海・三重襷・雷門 となると、いったいなんて読むのやら。とくさ・むぎわらで・ひしせいかい・みえだすき・らいもん、と読むのだそうだ。その他にも、格子・花唐草・変り砥草・太い格子、などなど。

4回目になる今回の原始林窯展では、日本の紋様の名前をいろいろと教えてもらった。ひとつひとつの紋様に、祈りの意味がこめられていることも。

準備の日から数えると3日間。紅茶ギャラリーにゆったり身をおいて、今回もまた、げんさん・こりんちゃんから、働き方、生き方、の話をなにげなく、だけどいっぱい聴くことができた。

「ある作品展にきてくださった老子さまにね、どういうきもちで描いているのか、ってきかれたんです。

絵付けしてるときって ーーー 淡々としてて、そんなにピーンと集中してる感じじゃなくて、でもいつも、これを使ってくださるかたが、少しでもほっとできますように、おだやかでいられますように、幸せになりますように、そして平和でありますように、って祈りを込めながら模様を描いてると思います。

そうお返事したら、老子さまが、写経とそっくりですね、って。」

と、こりんちゃん。

「細い線をすっすっと描きだしてみて、いつもとは限らないけど調子がいいときは、とても冷静に自分の手が見えるんです。頭の上に一本アンテナが立った感じで、自分の手なのに、まるで誰かが動かしてくれてるみたいに、勝手に動いて、ひたすら線を描くのがここちいい。

遅めの朝ごはんのあと、書き出したら夜までずっと。お昼はたいてい食べないです。細かい模様は、とちゅうで長く休むと調子をくずしちゃって戻れなくなるから。夜ごはんたべて、また遅くまで描くけど、でもそれって、ちっとも苦しいしごとじゃないんです」

たった一個の注文からつくる、というげん・こりんさんの仕事の仕方を知ってる人はもう驚かないけど、はじめてのひとはたいていびっくりする。

この大きさのおちゃわんで、デザインはこのお皿のこの花で、それに一枚ずつ家族の名前を描きいれて。そういうわがままな願いをきいてもらえるうれしさ。しかも、個別の注文でも、お値段はかわらない。

「私たちのしてることは、橋渡し、みたいなものかも。誰かの、こういうものをつくってほしいんだけど、とか、赤ちゃんの小さい手でも持ちやすいこういうお茶碗があったらいいなあ、という願いをお預かりして、それをかたちにしていくのがしごとだから。でもそれって、すごーくしあわせなしごと」

それが、27年前からの原始林窯のやりかた。私も2年前に、翔とマーガリンのお皿を頼んで作っておいてもらって、本当によかったと毎日使いながら思うのです。

作品展会場で、本職はなんですか、とか、どこでお教室開いてるんですか、ってふたりはよく聞かれるそうだ。

やきものだけをなりわいにしているひとは、どうもそう多くないみたい。本当にそれだけでやってきた二人にとって、働くと暮らすと生きる、は、線引きのできない、並列のものらしいよ。

割に合う、合わない、という言葉をちかごろよく耳にする。その価値観では、決してはかれない、げん・こりんのしごとスタイル。でもそれで27年間、食べてこれたからね、たくさんのごほうびいただいてるしね、って言いあう二人の顔が、なんともおだやかで、出逢ったそのころからもずっとそんなふうで、変わらない、ということのすてきさを、しみじみと味わった3日間でした。

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2008年10月16日 (木)

ビー玉どんぐり

Photo ← うちにはこんなふしぎなどんぐりもなります。

加賀青年会議所地域教育委員会、のメンバーのかたがたがわが家に見えるのはこれでもう5,6回になるだろうか。

加賀JCさんが主催して、親子参加の「一日学校」を地域の学校でひらく、という試み。土曜日の3時間をつかって授業をする。テーマはおもいやり。

その時間の、いわば水先案内人をお引き受けすることになり。そのうちあわせで、委員長さんをはじめ、いろんなメンバーさんが何度も津幡まで足を運んでくださっている。

私からは、ワークショップのひとつひとつに、JCメンバーさんも一参加者としてまざってもらうことをお願いした。

相手のちいさなうれしい、を聴きあう「しあわせまわし」も、傍観者ではいられませんよ、ってまじで言ったところ、メンバー同士で実際にしてみた、という。え?!男のひとだけで、なかまうちで、本当にしたの?したんだ!えらいっ。若いひとたちの誠実さに、びっくり&感激。

メンバーの大部分は、ワークショップとか、ブレーンストーミングとか、単語な感想とか、はおそらく初耳ではなかろうか。当日、そういうメンバーたちがとまどわないよう、グループ・ディスカッションでも、さりげなくおやごさんたちをサポートできるよう、この委員会のリーダーたちは、私のみえないところで、真剣にほかのひとたちとの話しあいやシミュレーションをしてくれてるのだと思う。

今日の訪問でほぼ、当日の全体像がたがいに共有できたような。

子どもたちの育つ環境を考えて、こういうことに汗水たらす、若いおとなたちが地域にいるって、長い目で見て、きっと大きいことだろうなあ。

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2008年10月 2日 (木)

きらきら

Ca3y85li ランチの窓辺。ステンドグラスが見せる光のマジック。

ともだちの歌うシャンソンを聴いた。

一曲目の声から、リズムから、歌ってる表情から、おおげさじゃなくて、胸がふるえた。

歌には、とりわけ、シャンソンには、そのひとの人生が反映されると思う。生きていることの幸せやときめきや哀しみや怖れや涙が、いっぱいはいってた彼女のシャンソン。

シャンソンをならってるの、ってはずかしそうにいって、今回のことも半分は内緒にしときたかったみたいだ。はからずもばれたおかげで、彼女の歌を聴きにいけた。

Kさん、すばらしいシャンソンをありがとう、歌いながらきらきらしてたよ、あなたの人生のおすそわけをいただいたようでした。

Photo

最後に、彼女の先生も歌った。古くからの知り合いのMさん。もちろんとびっきりすてきなシャンソン、粋で、つやっぽくて、しびれちゃいそうな、おとなの人生のごちそうのような歌を、とってもとてもひさしぶりに聴けました。

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2008年9月21日 (日)

サコ魔女サンバ on air

朝のラジオから流れる、聴きなれた左古さんの声にじ~っと耳を傾けた。

あゆみ助産院の左古さん(魔女サンバ)のお話、

お母さんのお腹のなかの赤ちゃんに、左古さんが挨拶する場面、うんうん、左古さんらしいなあ、お母さんに「自分をほめてあげてくださいね~」という口調も、まさにいつもの左古さんだ。

ほめることの意味も、ほめられたひとがどう感じるかも、

ほめられてもはじめは信じられない、だけどどんなにうれしいかも、よくよくわかる。

これ以上、こんなにひとからやさしくしてもらったことがない、大切にあつかわれた経験がない、という妊婦さんのきもち、これまでの、そのひとの育ってきた道のり。自分をディスカウントしてしまうのに、それなりのわけがあること。

つらい人と、同じ立場に立つ。それはしんどいことでもあるけど、左古さんにとっては、うれしいことでもあって。

「夜が明けない一日はない」というでしょう、かならず抜けはるからね、と京都弁で。

ああ、こういうふうに、妊婦さんや、思春期の子どもたちや、お産のあともながくながく、おんなのひとの一生とともにあゆむ、あゆみ助産院なんだなあ、とあらためて実感する。

        ****

ぜひ多くのひとに聴いてほしいお話です。

あゆみ助産院の左古さんのお話。
再放送は、今晩よる7:00~7:30
NHKラジオ第2の全国放送
「ともに生きる フリーステージ」
          ***

サコ魔女サンバさん、ほんとにすてきなひと、大好きなひと。

こんな左古さんが、「ほめシャワ」をたくさんのひとに飛ばしてくださってるのだ、って思ったら、ほんとに有り難いなあ、うれしいなあ、としみじみ。受けとったひとからまた、あたらしく、ほめシャワが知らないところへ旅をする。

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2008年9月19日 (金)

歌うシンくん

Photo_4  ← 縁側でえばっているあけびのつる。

今夜の石川テレビの夕方のニュースに、シンくんが登場。

わが家のお米の作り手、育ての親の、山下シンくん、レイジくん、そしてほかの音楽仲間とつくってる「内川バンド」が、先日の環境かんけいのイベントで歌ってたんだ。

見逃したかた、録画したので、紅茶にきたときにでもどうぞ。

テレビでも流れた「蛍の舞」や「そして未来へ」のCDもあります。

           *****

山下兄弟 (もしくは 内川バンド)のトーク&ライブコンサートは、

12月7日(日)2:00~ @とくべつ紅茶 くわしくはまた。

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メロンのお客

Photo_2 気の早い木は、もう秋の葉を落とし始めている。光に透けるウワミズザクラの黄色くなりかけた葉っぱ。ススキの穂もずいぶん伸びて、風に揺れている。

      ***

立川市の中学校の、まったく存じ上げない校長先生から、とつぜんのお電話をいただいた。

道徳の時間に、私の書いた「メロンのお客」を使ってもよいかどうかを尋ねる、とってもご丁寧なお願い電話だった。話されるその語り口から誠実なおひとがらが伝わってくるようで、緊張しながらも、うれしさがひたひたと胸に寄せてきた。もちろんもちろん、どうぞお使いくださいな。

メロンの文章は、言葉を失くした父と、その父とこころを通わせあってた姉のことを書いたもの。「ありがとうのパッチワーク」という本に収められてる。今さっき本の奥付けを見てみたら、なんと27年も!前の本。

メロンが、道徳の副読本に採用されてることは知っていたけど、こんなふうに校長さんからお電話いただくなんてはじめてだ。しかも出入り業者さんの本とは違うところから、先生が独自に以前に見つけてくださってたものらしい。

昔々に蒔いた文章という種を、どこかでこうしてひろってくだったひとがいて、ときがたって、ひょいとこんなところで芽を出す、そのことに感動する。

この学校の生徒さんたちには、「きもちは、言葉をさがしている」や、「ほめシャワ」も、どこかでちらっとでもみてほしくて、校長先生に、学校にプレゼントさせてください、って逆にお願いした。

今日届いた先生からのお便りは、お電話以上に、あったかかった。10月12日と13日にひらく予定の西東京紅茶で、もしか、お目にかかれたら、と願ってる。

                ****

Photo_3 昔々の種を、大事に育ててくれてるひともいる。

今日、メールにとどいた風船かずらの写真。これも、30年以上前に本を読んでお便りをくれたtodayさんが、私からの種をずっと蒔いてくれてたんだ、とはじめて知った。お母さんが今も毎年かかさず蒔いてくださるのだとか。

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2008年9月15日 (月)

fhn

FHN放送局、ってご存知だろうか。

不登校・ひきこもり・ニートを考える放送局、
略してFHN,だそうだ。
この春から東京の、院で行政学を学んでいる宮川くんが出演しています。
   ↓
親の言葉と本心とのWスタンダード。
学校に行けない子どもに、クラス中の子から「待っているよ」のお手紙。
どっちも、つらいよなあ、、、。

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2008年9月 9日 (火)

ぞうきんてん

Photo_4   ランチをした地下のお店から、見あげた窓の風景。  

むこうまち紅茶の翌日、かつこさんと街へ。西宮から娘も合流して、河原町四条のギャラリーでしている「ぞうきん展」に行く。

冬の間に針と糸でちくちくしたものをならべて、紅茶shoppeで「紅茶てぬいや」としてデビューした私。それもあってか、ノデラさんからぞうきん展のおしらせをもらったとき、なぜかうれしい胸騒ぎがしたのです。

展示される150枚の中の1枚は、数年前、ノデラさんの「微熱花暦」展@紅茶ギャラリーをしたとき、彼女がはいてきたおろしたてのジーンズをぞうきんにしたものだという。ならば余計に見たい。

               ****

雑巾は、浄巾、と呼ぶのだそうだ。禅の世界で。

木綿往生、という言葉も初めて知った。

布のものがたりの、これぞ究極!って感じがした。圧倒される。

中には、え~~~!これが雑巾?これでも雑巾?ここまでするか?と、私の中の、「雑巾境界線」をいともあっさりぶちこわして、飛んでるぞうきんもたくさん並んでいて、それがすっごくおもしろい。

それって、こんな感覚かな。

AならAというもの。ここまでならAと呼んでもいいけど、これ以上はねえ、さすがにちょっとねえ、認めるには抵抗があるわ。そんなえらそうな批評家きどりを、ぱかーん、とはじけさせてくれる、そういう体験。

これって、ほかの場面でもいっぱいあてはまりそう。私の、ふつう、やら、常識、やらの境界線で。

ぞうきん展、は、だから、うん、なかなかに深いのだった。

         *****

ノデラさんに会えることは知ってたけど、行ったらそこに、ノデラさんとも古いつきあいの、魔女サンバ左古さんと、尚ちゃんが立ってて、びっくり。左古さんはおとといお産があって、むこうまちまではとても来れず。で、ギャラリーで待ち伏せしてたみたいだ、内緒で。

ノデラさん・左古母娘・かつこさん・私たち母娘。この組み合わせで一同に会するなんて、まれもまれ。いい女6人!の、臨時クラス会のようでした。

                                    

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2008年8月18日 (月)

もうひとりの魔女

24回目のぶどうがり@ぶどう園+おはなし会@細川さんち・

年々、ぶどうのおなかがすぐいっぱいになって、あれもこれもと食べられないのがくやしい。けど、めっちゃおいしい今本ぶどう園の8月のぶどう。

今年は、食べたのも、家へのおみやげも、厳選してこの2種。

Photo ← 安芸(あき)クイーン。実がかたくてぽりぽりかじる感じ。

Photo_2 ← 赤い嶺、とかいてセキレイ。

どちらも巨峰ほど甘くなくて、さっぱりいい香りの甘さ。

                   *****

お昼は細川さんがいつも用意してくれるすいとんと、もちよりのお昼ごはん。小麦粉と水だけでこねて、一晩寝かして、ちぎっておつゆにいれるすいとん、岩手の言葉では、ひっつみ。細川さんはこれを小学3年のころからつくっていたという。集まった小さな子たちにも、昔はこんなにいっぱい野菜がはいっていないすいとんだったよ、と当時の話をしてくれる。

午後はもちよりおはなし会。

細川さんはこの日も例年のように、戦争や平和を描いた作品を読む。富山大空襲を描いた「りんこちゃんの8月1日」と、紙芝居「おじいさんのできること」。

金沢のおはなし会の何人かのひとたちが、てあそびやおはなし、いくつか。

私はここ数年、坂本敏江さんが少女のころに見た戦争の話「あの日 見たこと」や、まついのりこさんの「あの日の空の青さを」のご本から何か一つ短いお話を朗読していたのだけど、今年は「ほめ言葉のシャワー」を読ませてもらうことにした。

ほめ言葉のシャワーって?の話から、いいとこみつけは難しい、の話、それから、「ほめシャワ」本の中の、私がつくったのではない、いくつものほめ言葉を、参加してるひとたちの顔をみながら読み上げ、ちょっとアドリブも加え、おしまいのコラム「十分にすごいこと」を朗読して、続くいくつかのほめ言葉を、ゆっくりと読んだ。

それらの言葉は、本を作っている間にもう全部覚えてしまった、私にはなじみの言葉たちばかりだ。

だけど声に出して読んでいると、このほめ言葉を言ってもらいたいいろんなひとたちの顔が思い浮かび、同時に、そこにいるあのひとにも、このひとにも、ほんとに語りかけてるような気持ちになってきて、自分でも不思議なくらい、胸が熱くなってじん、とした。

                ****

この日のおはなし会には、横浜から「ことりの会」というおはなしグループの4人のかたも参加。鳥だけあって、この日の飛行機で、飛んできたのだ。去年、「おばあさんの椅子」の細川さんが横浜におはなしに行って、出逢い、以来、ことりさんたちはぶどうがり&おはなし会に参加するのを楽しみにしてきたという。

で、この日だけのとくべつプログラム。いつものおはなし会のあとに、ことりさんと、細川さんたちのやまんばの会と、金沢弁でおはなしを語るはるかぜ文庫さんによる、もう一つのお話交流会。

24回皆勤賞の私から見ても、この日はとくべつにぜいたくな時間だった。たっぷりとこころ豊かにおはなしの世界にひたって。

そしてまた、年に一度のぶどうがりの日は、日ごろ逢えないなつかしいひとたちとも久々の再会をよろこびあえる、同窓会みたいな日でもあったのだ。今日は絶対会えると思ってきたの、というひととは3年ぶり。元気になりましたよ、というひととは1年ぶり。他にも何人かのひとたちとの、ひさしぶり!をした。紅茶にはこれないけど、ブログの静かな読者さんでいてくれたんだ。

               ****

それにしても、超々忙しいはずの細川さんのまわりにただよう空気は、どうしてこうもいつもゆったりと、穏やかなのだ。

25年におよぶつきあいのなかで、その空気は、いまだにかわらない。

何か困りごとがあったときに、直接の相談はしなくとも、律子さんだったらどうするだろう、どう言うだろう、と考えると、そのうちに私のきもちが落ち着いてくることが何度もあった。

去年は、私のこころを気にかけて、ちょくちょく紅茶に寄ってくれた。言葉では何も言わずに、ゆっくりね、ゆっくりね、って声とこころをかけてくれてた。

やまんばの会の代表でもある律子さんは、相当なこころの修行を積んだ、魔女やまんばでもあるのだなあ。

紅茶での賢治の時間の日は、11月12日(水)2:00~

今年は川越紅茶でも、11月に律子さんのおまねき紅茶をするという。日にちなどわかったらまた、ここにもご案内を書きますね。

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2008年8月12日 (火)

ひ・にちじょう

森のひびきのコンサートに、一番遠くから聴きにきてたのは、川越紅茶のジュンコさん、ヒデコさん。

去年秋の原始林窯展@川越紅茶にあわせて、ジュンコさん、げん・こりんさんたちに、福井さんのCDをお届けしたのだった。以来、ずっとずっと聴き続けてたというジュンコさん。津幡にくるのは4年ぶり。

森のひびきの幹さんと由美さんにじかに逢ってみて、生で聴いてみて、放課後の夕ご飯にも語りあってーー。庭森のそんな時間のなかで、どうしても聴きに行きたい!って思ってたわけがわかったみたいだった。

ほんとに来ることができて、よかった、よかったねえ、二人とも。そんな顔、見れることがまた、私のしあわせ。

       ****

翌日は、私の好きな場所に二人をお連れする。

まるびぃこと、金沢の21世紀美術館。

まるびぃには、フリーで楽しめる展示や空間がいくつもある。水のなかに人がいるスイミングプールや、空と対話するタレルの部屋や、緑の植物が壁のような緑の橋、などなど。

なかでも今回は、感情のテイスト、というメニューの展示に惹きこまれた。

「驚きの効いた楽しさと隠しきれない嬉しさのテイスト」

「後をひく悔しさと さらに怒りさえもこみあげるテイスト」

「恐ろしさと不安がゆっくりと交じり合うテイスト」「痛快さのテイスト」

などと名づけられたメニューの食材は、カリフラワーやマッシュルームやアメリカンチェリーや海藻やオリーブやカシューナッツ、、、だったりする。

感情に、こんなにもたくさんの言葉があって、しかもそれを食で表現する試みに驚く。
                   ↓
http://www.kanazawa21.jp/designgallery/foodcreation.html#menusample

自分の感情に名前をつけてみる、なんてワークショップもできそうね、といった話がしあえるのも、川越で紅茶が生まれて6年あまりたち、ことしからは「きもちブーケ」とよぶ、コミュニケーション紅茶(こちらで言う、「ともの時間」的な)もしているおかげ。

               ****

ランチは、ぶどうの木で。今が旬のぶどう棚の下で食べるお昼ごはんは、そのまま、場所を移動した3人紅茶の時間だ。ときおり、ともの時間みたいでもあったけど。

主婦が泊りがけの旅をする、ってとても大きなこと。ある意味、心の冒険。

いっとき、非日常に身を置くことで、逆に、日常の持つ輝きを実感できたりする。心がひろがって、いつもの自分の台所からは見えにくかったことが、あ!と見えてきたりもする。

そんなおつりのいっぱいある旅が、いい旅、と思う。

冒険したね、二人とも。貴重な時間を、ありがとう。

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2008年8月 3日 (日)

織座の野菜

月に一度、八千穂村の織座農園から有機野菜が届く。先週はこれまでにないほどバラエティ豊かに、夏野菜がどどーん、と。

男爵芋のちいさな新じゃが・鹿の難をのがれた夏大根・ブロッコリー・カリフラワー・かぶ・ズッキーニ・葉っぱの先がちぢれた甘いキャベツ・ルッコラ・そして、トマトになすにきゅうり、などなど。

orizaは、稲の学名、だそうだ。賢治さんの童話にもたしかそう出てくる。でも典子さんはこのorizaに、織座、の字をあてる。それは、典子さんのこれまでの生き方や、ここに集うひとたちとの関係や、織座農園という場のもつ意味を考えたとき、いっそうふさわしい。

                    **

10数年前に、友人から贈られたという「まわれ、かざぐるま」が織座さんと私のご縁のはじまり。友人がなぜその本を典子さんに送ろうと思ったのか、わけを聞かないうちにその友人は病気でなくなってしまわれたそうだ。

典子さんはやがて、いのみら通信の定期購読者になり、長いこと、私たちはそれだけでつながっていた。

でもきっとすみずみまで読んでくれてたんだ。何度も誌面にでてくる調布のレストラン・クッキングハウスのことが気になり、そしてある日、調布へ野菜配達に行った帰り、典子さんはクッキングハウスに寄って、よければどうぞ使ってください、と野菜をおいてきた。

                    **

以来、何度かそんなことが続いて、その何回目かの時、典子さんは初めてクッキングハウスで玄米ランチをたべて、2階のクッキングスターにも足を運んだのだ。それはクッキングハウスの公開紹介会のときだったか、コミュニケーションの練習のSSTのときだったか、参加者全員で輪になって、リラックスマイクとよぶクマのぬいぐるみを手に、簡単な自己紹介がはじまった。

「石川県津幡町、、、紅茶の時間の、、」と私が名乗って、クマのぬいぐるみをなにげなく手渡した隣のひとが、初めて逢った、典子さんそのひとだったんだ。こんなふしぎが、現実にあるんだ。                  

そして今はもう定期的に、織座の野菜がクッキングハウスに配達される。クッキングハウスも、とまりがけで織座農園に研修旅行にいく。

                  ***

織座農園では若い農業研修生や、ときにはそうでない若者も、うけいれてともに暮らしている。典子さんは決して、彼らの”おかあさん”って感じじゃないそうだ。織座農園のパートナー、みたいな感覚かも、と若者のひとりが言っていた。都会から訪ねてくるお客さんたちもいる。あらためて、「織る」と「座」の意味に、感動してしまう。

 Photo

← orizaのサラダ。

中央のみどりはルッコラ。ぴりり!とからいほどの、新鮮な苦味と豊かな胡麻の香り。お店で買うルッコラには感じたことのない辛みがおいしい。

白いのはカリフラワー。小さくちぎると生でも食べられる。ズッキーニも生でサラダにいれられるけど、ズッキーニは野菜が届いたその日に即、オリーブオイルとにんにくでいため、塩こしょうだけで、おいしくぺろりと食べてしまったので、このお皿には間に合わなかった。

トマトは4種。

・織座で採れたもの

・山下さんちの完熟もの(先日のお米配達のときにわけてもらったもの。多くはトマトソースにした)

・左側に見える細長いのは、紅茶に来てるYさんちの(ぽりぽりかじって、歯ごたえもたのしく甘みもあって)

・手前のミニトマトは、ご近所の若夫婦がきのう持ってきてくれたもの。

               ****

山下さんといえば、ことしも「山下兄弟トーク&ライブ」をとくべつ紅茶で。

多分12月はじめの日曜日ごろ@紅茶。

       ****

それにしても、WTOの今回の話し合いがうまくいかなくてよかった。大幅に関税下げて自由に輸出入、なんてことになったら、日本の農業はとてもやっていけない。その時々の政府の都合で、これまでも何度、農家は”殺されて”きたことか。

貿易うんぬんの前に、食に関しては、地産地消が一番。

と言いつつ、八千穂村からのはお許しあれ。世界の海をはるばる渡ってきたものは、なるべく食卓にのせませんから。

イケカヨさんの先日の講演によれば、日本の食糧自給率、重さにしたらたった20%だけが国産、あとは輸入物だそうだ。

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2008年8月 2日 (土)

魔女サンバ

私の中で、「西の魔女」に一番近そうなひと、として、あゆみ助産院の左古サンバさんのことを書いたら、その呼び名は、左古さんにとっての最高のほめ言葉で、そう言ってもらえて本当にうれしい!とのこと。

お返事メールがいっそう魔女っぽかったので、お許しを得て、ここに。

 **** 左古さんより  ****

最近お産のお手伝いをさせてもらっててとても嬉しいのは

60歳代になるまでは感じられなかった

赤ちゃんの不思議なパワー、

特にいよいよこの世にお顔を出そうとしているときの

凄いパワーが

霧が晴れたように感じられるようになって

とても幸せで癒やされています。

赤ちゃんの命をこの世に迎えるお手伝いをさせていただくこの手を

「清らかな手」にしておかなければと心底思います。

           ****

この、清らかな手、という表現、左古サンバさんの長い体験からくる、まさに実感なのだろう。それでもなお、魔女の修行はこれからも続く。

医、がますますケーザイ市場(至上?)主義に傾く今日、清らかな手の存在は、ほんとうの希少価値だ。

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2008年7月27日 (日)

ハツユキカズラ

紅茶の始まる少し前、ドアの外で、ひたいに汗いっぱいかきながら、手に大きな鉢植えをもって立っていたのは、新潟県に住んでいるAさん。

Photo ← ハツユキカズラ、というのだそうだ。白いところもピンクのところも、花のように見えるけど、葉っぱ。

ここまで見事に育てるのに、どれだけの時間と、手間ひまがかけられていることだろう。たとえ彼女がみどりの指の持ち主だったとしても、決して楽して育てられるものではないはずだから。

どんなに逢いたくても、なかなか逢えない、遠さの問題だけでなしに。ひとは、いろんな事情だらけで生きている。ほんのわずかな時間をひねりだして、ここまで足を伸ばしてくれる彼女のきもちが、痛いくらいだ。

あわてて、彼女のてのひらに「ほめシャワ」を乗せる。このなかに、あなたに贈りたい言葉がいくつもあるよ。

                 ***

直接、贈りたい言葉もあるよ。

ほんとうによくやっているって、いつも思っているよ

ずっとがんばってきたものね

大きな愛だね

休めるときにはからだも心もやすめてね

祈ってるよ

たいへんな中を、逢いにきてくれてありがとう!

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2008年7月25日 (金)

コットンサリー

Photo

この20年ちかくずっと大好きなお店、アジア雑貨と洋服のアチャさん。

← 去年の今ごろ、アチャさんで一枚のスカーフを買った。女性用のコットンサリーの布だそうだ。今年の夏はふと思いつきで、そのスカーフを半分に切って、肩を縫って、首の入るだけの穴をあけて、夏用のトップにしてみた。

紅茶手縫いや作品(もちろん、非売品だけど)の制作時間、2時間弱。

                ****

森本のほうに移ってからのアチャさんのお店は、もともとはおじいちゃんの家。古い日本のおうちを、そのままのかたちで、うまく工夫して、アチャさんのセンスならではのすてきなお店に生かしてる。

単なるお店と呼べなくて、行くといつもつい長居したくなる不思議な場空間。行くたび、なんでこういうものがここにあるんだろう、と感じる小物や作品が、いつもさりげなく置かれている。そういう品を見るのも楽しみで、たまに行く。

この日は前から注文をうけていた、めがねをかけるためのビー玉ネックレスを届けにいった。

アチャさんでは、「ほめ言葉のシャワー」も置いてくださってる。mai works専用の木箱のなかに、ポストカードや「オキナワニッキ」、「コトノハ在中」、そして「ほめシャワ」。

アチャさんとは、ながいつきあいだけど、そのここちよい距離感が、この間ずっと変わらない。これって意外にできそうでできないこと。そして、お客に決してモノをすすめない。これはもっとむずかしいこと。だから信頼できるんだ。

アチャさんで求めた服は、どれも実に長く着ている。古くなったらよけいに味が出るし、着れなくなったものは rescued clothとして、私が別のものによみがえらせてる。

アチャ、の意味をいつか聞いたことがある。インドでとてもよく使われる言葉、だけどとくべつになんの意味もない言葉、だそうだ。うん、このあたりもアチャさんらしくて、私が惹かれてるとこかもしれない。

                       ****

Photo ← アチャさんから、歩いて5分くらいの「ぶどうの木」のぶどうが、もうこんないい色。

ぶどう園のぶどうを眺めながらのレストランで、家族の、親子の、実にいろんな話をしたっけなあ。

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2008年7月15日 (火)

能登じいの言葉

M高校のとなりは曹洞宗・総持寺。その少し先にある小さな小さなそばやさんで、ずいぶん昔においしいおそばを食べた記憶がある。たしか、そこに暮らす方のおうちに、ちょっとお邪魔するような感じの、そばやさんだった。出された豆腐もおいしかった。

M高校には、これまでも何度か出前にうかがってるのだけど、寄り道する間はなく、いつもとんぼ返り。今回は意図的に早く家をでて、お昼はそのそばや・「手仕事屋」さんで、と決めていた。

ちいさかったお店のたたずまいは、木の香もあたらしく大きくなっていた。去年春の能登沖地震で、こうせざるをえなかったのだという。石川であて(木へんに当たる、という漢字を書く)と呼ぶ、あすなろの葉に盛られた二八のそば、そして胡麻を練りこんであるというコクのあるお豆腐。どちらもおいしくなつかしく、いただいた。

一人のテーブルで、なにげなく品書きをよんでいたら、最後のページの一文に目がとまった。思わずノートにかきつけた。その一部分ーーー

地球という星の、針の先の1点よりも小さい場所での、

人生の積重ねと繰り返し。

地域が消え去ろうとしている。

経済という人の暮し向きの為に生まれた行為が、

人々を支配して大きな魔物となって

針の先のような地域を消し去ろうとしている。

自然の豊かさも、積重ねられた人の知恵も

「経済」という魔物の前で価値観を無くしてしまっている。

文章は、都心の億ションのようなところで電気と水とガスがとまればあんなに厄介なものは無いだろう、と言い、

隙間風の入る小さな木造の能登の家で

暮らす生活がどれだけ安全と安心か。

見つけてある幾つもの湧き水や、薪や炭になる林のこと、ろうそくになる山漆の実のこと、ヤスリや砥石があれば刃物も長く使える、と言い、

何より老人が多いから知恵が至るところにゴロゴロしている

と続く。

おこがましいみたいけど、先週W高校の生徒さんたちにも、お金がすべて、のような価値観が今の社会をおおってるけど、みんながみんな、お金がすべて人間になってしまったらどんな恐ろしい世の中になってしまうだろう、って、話したばかりだった。だから、上の文にはっとし、「知恵がゴロゴロ」に胸がつまる想いがしたのだ。

文章を必死に書き写してたら、お店の方がコピーしてくださった。家のお土産に、胡麻いり豆腐とちゃわん豆腐を持って帰りたいので、と、帰りに寄る約束をして、M高校へ。

夕方に再び寄って、はじめて、この文を書かれた店主さんにお会いできた。意志の力強さを感じる方。その存在とお名前には聞き覚えがあった。なぜかあちらも私のことは知ってくださってた。

文章はがんこな能登じいの思ったまま、だそうだ。言葉を紹介させていただくお許しも得たので、ここに。

またいつか、今度は夫婦でおそば、食べにいこう。

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2008年7月12日 (土)

手仕事の仲間たち展

6月の「そばが好き」に登場した、原始林窯のげん・こりんちゃんの二人、7月には金沢にこられなくなったので、あえるのはもう少し先になりそう。

それでも10月には(たぶん)、4回目の紅茶ギャラリー・原始林窯展を。

待ちきれずに二人の最近を知りたい方は、こちらをどうぞ。

   ↓

http://www.clover4.co.jp/GenshirinNikko/08Ransyou/08Ransho.html

先ごろ開かれた「手仕事の仲間たち展」で、なつかしい二人の、いきいきした表情に逢えます。

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2008年7月 2日 (水)

とつぜん紅茶

Photo 秘密にしといていきなり、というのは私自身もわりとよくするのだけど、

ふつう紅茶にも予告無しの突然、という常連さんがいて。いつも紅茶のちいさい玄関で、私のびっくり顔との再会をよろこびあう。

京都、あゆみ助産院の左古さんにとっては、赤ちゃんの生まれてくる日がなにより優先される。だからなかなか前もっての約束や予告編がだせない。今回も、つい先日、無事に赤ちゃんが生まれて、急きょ、これることになったのだった。娘の尚ちゃんと、3,4年ぶりに会う左古さん教え子の助産婦さんも一緒。

尚ちゃんと紅茶で知り合って仲良くなった同い年の愛ちゃんもお母さんとやってきた。この若者たちは親をとびこえてよく行き来してる。おもしろい仲!

愛ちゃんのお母さんはバスガイドの仕事をしていて、遠くのめずらしいお土産をよくいただく。この日も、左古さんたちがくるのにあわせて、山形の黒糖のおせんべい「からから」をもってきてくれた。ぱちんと割ると、中にひとつづつちいさなサプライズーー根付だったり、折り紙の姉様人形だったり、鈴だったりーーが入ってる郷土菓子。金沢でいえばお正月のふっとくのような。

私のからからの中にはおみくじ。大吉。待ち人、の欄にはそのものずばり、「たよりなし来る」と。

左古さんは2ヶ月ぐらい前に大きい病院で外科の手術をうけた。ただでは起きないわよ、いっぱい気づいたことがある、という。

どういうこと?

その病院では、手術後から退院までの日々、ドクターからもナースからも誰からも、ただの一度も、痛みますか、大丈夫ですか、といった気遣いや思いやりの言葉をかけられなかった。それがどういうきもちになるものか、患者になったことで、とてもリアルに感じることができたのだと言う。

あゆみ助産院では、左古さんはじめ、どのスタッフも、妊婦さんやお母さんに、ほめ言葉や認め言葉のシャワーを毎日毎日、かけている。もうそれが当たり前のふつう。クッキングハウスでも、ふつうのこと。でも多くの現場では、それってきっと、いや、全然、ふつうじゃない、みたいだ。

あらためて、一人ひとりは、自分のまわりのひとにどんなプレゼントをできる力を持ってるか、考えさせられる。同時に奪う力も持ってると。

    ****

中1になったさおちゃんがともだちとやってくる。めずらしく部活がないから、サプライズ紅茶させてね、と二人でするマッサージのワークショップをしてくれた。左古さんも助産婦さんも、さおちゃんに肩もみしてもらう(これがなんとも上手!)という、ビッグなおまけつきでした。

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2008年6月20日 (金)

そばが好き

年々、夫婦してそば好きになる。単純そうだけど、奥がきっと深い食べものなんだろうなあ。

兼六園からそう遠くない、味噌蔵町小学校の裏通りあたり。ちょっと場所がわかりにくいけど、玄関脇に、木彫りの、サンタさん風そば打ちおじさんが立ってるのが目じるしの、「徳川」さん。

ここで、「おろしそばのしお」を初めて食べた時は舌が感動した。しょうゆの入らない白っぽいつゆと、大根おろし・わさび・花かつお・薬味の葱、で食べる。引き立つそばの甘み。一枚がそれほど多くないので、私でもおかわりできる量。2枚目はたいてい、「おろしそばのしょうゆ」を頼む。

母娘、二人だけで開いている、お家にあがるような感じのお店。そば打ちにはかなりの体力がいるそうだから、あんまりからだ無理しないでほしいな。すてきなお母さんと娘さんの、お店の雰囲気が好きだから。

お昼11:00~3:00まで。telephone 076-224-0002

お休みは毎週月曜と、第3・4・5週の日曜日。

          ****

家から能登に向かって、車で15分ほどのかほく市白尾。159号線の通りに面した、白尾の信号横の「かめや」さん。

以前、夫婦でかほくに泳ぎに行ってた時期があって、その帰りによく寄った。プール通いをやめた今でもおそばを食べによく行く。こちらは、あるじのお父さんと2人の息子さんとでしているお店。

辛味大根のおろしそば、辛味大根の汁だけしぼったおろしそば。夫のお気にいりは、つけ鴨せいろ。季節の変わりそばで私がよく頼むのは、桜やゆず、胡麻、紫蘇、など。

変わりそばやせいろを頼むと、原始林窯のそば猪口や薬味小皿ででてくるのもうれしい。

あるじさんが紅茶やちゆゆと出逢って、おととしの紅茶ギャラリーの原始林窯展にも足を運んでくれたのだ。去年のお店改装を機に、器のどれだけかをゲンさんこりんちゃんに作ってほしいと注文。

こんなつながりから作る器は、双方がしあわせになれる仕事。ゲン・こりんのお二人が石川に帰ってくると、寄るお店がまたふえたというわけ。

「かめや」さんは、11:00~pm8:15まで。 telephone 076-283-0866 

 お休みは毎週月曜と第1火曜日。

                  ****

二つのおそばやさんは、偶然ながら、どちらも親子でしているお店。

どちらも、めっちゃはやらなくていいから、長く続いてほしくて、ひそかに応援したいお店です。(はやりすぎると、たいていどこかにひずみが出るものね。味だったり、もてなしだったり。)

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2008年6月16日 (月)

蛍のお相伴

夢のようなひとときだった。

能登の田鶴浜、ヒロさんち近くの大津川ほとり。夜8時過ぎ。

川面で、足もとの草むらで、ゲンジボタルの光がまたたく。

はじめばらばらに見えていた光が
やがていっせいに、灯る、消える。

光が消えてふたたび灯るまでのときは4秒くらいか。

うねるように光が呼吸するさまは、自然の波動、大地の鼓動、
いつのまにかその呼吸に自分の息をあわせていたよ。

        *****

その数日前、川べりでとびかう蛍の群れをみつけて、私たちに、来んかぁ~と声かけてくれたヒロさん、

ヒロさんは、このところ土日もなくあまりにも働きづめの、あるお父さんにこそ蛍の光を見せてあげたかったんだ。ひと昔前の彼だったら考えられないことだけど、蛍のために!休みをとったお父さんが、すてきだ。

そうだよ、そもそも働くってなんのためだ、誰のためだ。

おかげで私たち夫婦も、蛍のお相伴。何年ぶりだったろう、蛍のまたたき、こんなふうにうっとり見とれることができたのは。

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2008年6月14日 (土)

お別れ会

知り合いのお母様が86歳で亡くなられた。

母と出逢ったみなさんとだけで母を送りたい、
棺をかこんで、お茶とケーキをともにしながら
想いでを語る、そんなお別れ会にしたい、

と息子さんが言ってらしたように、

お別れ会当日、会場にはお母様のお好きな曲が流れ、
ホールの中央に置かれた白い棺のまわりをぐるりと花が囲み、
その外側をさらにテーブルと椅子が囲んで、参加するひとたちは、用意されたお茶とケーキをいただきながら、一人ひとりがお母様との想いでのエピソードを語った。
メッセージカードにそれぞれのきもちをかいて、
献花のお花とともに棺のうえに。
それがお焼香のかわり。

お母様には、波乱万丈の、厳しくつらい時代も長くおありだったようだけど、
10年前に津幡に越してこられてからは、
ご近所や、子どもたちとのいい出逢いがたくさんあって、人生で一番穏やかな年月だったらしい。とりわけ地域の子どもたちにとって、このお家は安心できる居場所でもあったようだ。

亡くなられた当日、誰にも知らせぬうちからまっさきに、おまいりさせてください、とやってきたのは、そういう小学生たちだったという。子どもたちだけで次つぎ訪れては、号泣しながらご遺体に手をあわせる様子に、息子さんはあらためてお母様の生き方に深く感じるものがあったらしい。

   ****

かんこんそうさいの「婚」は、昔と比べたらずいぶん自由になってきたように思う。「葬」だって本来は自由に、そのひとの生き方を反映する送り方があっていい、と前から思ってきたけど、本人の意思があって、残されたものが本気でしようと思えばできるんだな。

婚のようにはまえもって用意できない場合も多いから、わけわからず業者任せになってしまうのもやむをえないけど、

祭壇がなければならぬ、お坊さんを何人よばねばならぬ、お香典を受け取らねばならぬ、なんて規則はほんとはないはずで。

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2008年6月 3日 (火)

加賀で

二日続きで加賀の硲伊之助美術館へ。土曜日はソンコ・マージュさんのギターコンサート。日曜日は、松浦幸子さんの講演会。

美術館の海部公子さんに逢いたい、という松浦さんのリクエストにお応えしてこちらにお連れしたのはもう3年前。

Photo ← 二日間とも堂々とお客様をお迎え、硲伊之助美術館で受付をする猫。

松浦さん、今回はプライベートの旅ながら、集まった人たちに大きなおまけのような講演会をしてくださった。加賀おやこ劇場のお母さんたちがとてもうれしそうに会場準備。

松浦さんのこの日のお話は、息子さんが不登校だったときの母親としてのきもちと、
ノイさん(お母さん)の娘としてのきもちを中心にしながら、
クッキングハウスへとつながってゆくお話。

幼いころ、村の共同食堂(戦後の生活改善運動のひとつ)で、ノイさんや村のおばさんたちが一緒に作って食べたごはんのおいしさ、楽しさ。ともに暮らす、ということは、いっしょにごはんを食べることだと、そのころからずっと思っていたという。

実習生となって精神病院にはじめて行ったとき、
患者さんたちの心やさしさ、要領よくは生きられない姿に、
自分の不器用さを重ね合わせたという松浦さん。

障がい者、という言葉を、英語では person with disability =うまくできないことを持ってるひと、と言ったりすることや、
心の病気は、調子いい日もあれば、よくない日もある、揺れ動く障害です、というのが印象的だった。
それに、成長待ち、という言葉も。

     *****

おやこ劇場のお母さんたちとはもうずいぶん古いつきあいになる。子育てグループやPTAとかかわってきたひとたちも多くて、原発や平和のこと、いのちのこと、9条のこと、いろんな話がしあえる。そんな彼女たちと松浦さんがつながったことがうれしい。海部さんにも感謝。

11月にはまた石川で、松浦さんとSSTワークショップを学ぶ機会を持てそう。今回つながったひとたちや、紅茶仲間もふくめ、いつもよりすこし範囲をひろげてSSTにはじめてふれる、というひとたちとも一緒に学べたらいいな、と思う。SSTは、誰にとっても役だつコミュニケーションの学び、と感じているので。

      *****

6月1日の加賀への旅はお天気もよく、夫をふくめ、「風」仲間5人で緑をいっぱい感じながら行けたのもうれしかった。行きの車中はさながら「風」のミニ・ミーティングのよう。

そして6月の町議会は、明日4日から。

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2008年5月30日 (金)

 「海人君 15歳」

5月5日放映の「学校はみんなの宝島」をつくったMROのmizuhoさん、彼女がこれまた長いことあたためてきた番組が、明日、on air。

MRO報道特別番組
「友との出会いは生きる証し ~海人君 15歳~」
5月31日(土)午後3時半~4時15分放送

mizuhoさんからのお知らせをここに。

      ↓

加賀市に住む重度障害のある海人(かいと)君が
小中と普通校に通い、 こどもたちと交流を深めていく物語です。
児童生徒も、教師も周囲の大人たちも
海人君を障害者としてではなく
一人の人間として受け止めていき、
気づきを得ていく様子に、取材者としての私自身も
大きな感動を覚えました。

海人君のご両親は、自分たちをオープンにすることで
周囲の偏見の目や差別の心を一掃することができてきたんだと思います。
風通しが良いと、心も清々しくなりますね。
だから、取材させて頂いた学校では、本当に清々しい気持ちになりました。
素敵な出会いにたくさん恵まれたのです。。

障害を持った子どもの番組ですが、
とてもさわやかで清々しい気持ちにさせられたと
試写の時に、話してくださった方がおられました。
また、自分の子育てを振り返ったと涙ぐんでる方もおられました。

また、今回の取材では、10代の男の子達の素晴らしい部分に
たくさん触れることができました。

出会っていかないといけないなあ。
知り合っていかないといけないなあ。
それも何度も何度も。
できたら毎日毎日。
できるだけ毎日一緒にいることがものすごく大事だな。
悲しい時も苦しい時も嬉しい時も
いつもいつも君がそばにいたから、
本当の友だちになれたから心が通い合える。
そういうのが、本当に大事だ。
そんなふうに感じました。


もっともっと障害を持った人と、私たちは出会っていかないと!
出会う場を作っていかないと!

障害のある人に何かをしてあげようっていうんじゃなくて
共に生きる。共に学ぶ。
その中から、本当に大切な気づきをみんなが
お互いに頂いていくんだと思いました。

きっと、海人君の両親は、
その大事な気づきを海人君から与えられて
さらに、本人たちが気づかないうちに、
たくさんの人と出会わせるという
大事な使命を果たしてこられたんだと思います。


偏見や差別は、よく知らないことが原因のように思います。
障害者だけではく、外国人や女性、
また職業や住む地域の違いでの差別や偏見もあります。

最近、教育現場でも、人権について学ぶ機会が設けられないような
状況になってきたと聞きました。

しかし、差別や偏見は、その事実をまず知り、
お互いに知り合うことで、少しずつなくなっていくのだと思います。
簡単ではないけれど、でも、放置しておけば、
ますます辛い世の中になっていきそうです。。

世界中の大小問わずあらゆる争い…
それが勃発した大きな理由の一つは、
知らないことからくる恐怖だと思います。

まず、みんなで自分の中の「恐れ」を
「喜び」に変える旅へ出かけなければと感じました。

番組の中では、障害のある海人君に初めて出会って
驚きとまどう子ども達や大人達の様子もでてきます。
また、彼を一人の人間として受け止めいくやんちゃな中学生も出てきます。

海人君と彼らの共に懸命に生きる姿を
どうか見てあげてください。

わたしは、彼らに出会って、人間が誰しも持っている優しさに触れて、
心から感動しました。
それをどうしてもたくさんの人に知ってもらいたいです。

どんな人も優しさを持っていることがわかれば
醜い争いも少なくなっていくと信じています。

******mizuhoさんのおしらせ、ここまで。

いつもていねいに取材して、そのひとのたいせつなことを引き出してくれる作り手のmizuhoさんの番組、たくさんのひとに見てもらえるといいね。明日は出かけるので、録画します。

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2008年5月17日 (土)

だんごろく

3ヶ月ぶりの、団士朗さんと家族面接を学ぶ会。

団さん語録、いつも辛口だけど、的をついててすとん、と落ちる。これまでに何度も聞いた覚えがあるけど、今日はここに書きとめておこう。

           ****

  ずーっと同じことで悩んでるひと、同じグチを言い続けるひとは、
  実はそれを止める気がない、本気でなんとかしようとは思ってない、
  そのひとにはそれがもうシステムになってしまっているから。

             ****

  「子どもがずっと学校にいってるんですぅ、、、」と暗い顔の来談者。
  いつまた行かなくなるか不安で不安で、という。
  行く・行かないで、両親が一喜一憂しすぎてしまう。 

  こういう人の中に、問題がすべてなくならないと
  元気になったとはいえない、と思い込んでるタイプが多い。 
  問題のない人生なんてありえないのに。
              ****
 団さんの哲学
  ランキングのあるところにエントリーしない。
  オレ、好きでこれやってんねん、これしたいからしてんねん。
  ランキング何位になろうが関係ない、したいことやから、
  という生き方。

  自分の子育ての時期に、
  外の世界がランキングを押付けてくることを子どもに伝え、
  そんなのなんぼ!といつも言っていた。

                  *****

  評価がもらえそうなところの努力はするが、

  もらえなさそうなとこには努力しない。これ、間違ってないか。
  儲かりそう、ほめられそう、誰かになにか言われそう
  ーーだから、するのか!?(それでいて、ほめられないとさびしい)
  自分が何をするかをひとに決めてもらってるのは、
  人生の奴隷になること。
  自分で決めたことをするのが、人生の主人公になれること。
             *****

団さんの哲学、表現方法は違うけど、私もだいたい、こんなふうに感じてた。とりわけ、ランキングのあるところにエントリーしない、ということを、私自身、ずっとしてきた気がするんだなあ。

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2008年5月 1日 (木)

はだしの校長先生

きのうのわいわいキッズのクノキファミリー、
両親にいいたいことは?「愛してます」
両親からいわれたい言葉は?「愛してます」というやりとり、
それが家族をつないでる。
あたりまえなのに、あたりまえでない。
ほんと、4日のとくべつ紅茶、クノキファミリーに逢いにきてください。
きょうだい全員+両親、できてくれるそうです。
2:00~5:00 @水野宅 telephone 076-288-6092
            ******       ******
わいわいキッズのプロデューサーのmizuhoさん、
彼女が心こめてつくった番組が、5日に放映される。
5月5日こどもの日スペシャル(午後3時~3時56分)
「学校はみんなの宝島~はだしの校長先生と子ども達~」
               *********
mizuhoさんより。
  ↓
去年放送した「はだしの校長先生」の完結編1時間番組が完成しました。

あれから今年の定年までを取材しました。
豊かな人間関係を育める小さな学校の良さを感じました。
地域ともしっかり繋がってる学校です。
河合谷小のことを思ってせつなくなりました。
物ができるには、たくさんの人の汗と努力があると
子ども達に伝えたいと取り組み校長先生の真のポリシーを
今回聞くことができました。
                    *****

誰でも学校での思い出を持ってます。
今、学校が大きく変化してますけど、
根本的に大事なことを見せている番組になってると思います。
学校制度が悪いのではなくて、学校のあり方を悪くしてる何かがあるんですよね。
言葉にならないけど。。
やはり競争の激化が背景にあるのでしょうか。
******

MROのホームページでもお知らせしています。
http://www.mro.co.jp/tv/newimg/hadashi.jpg

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2008年4月26日 (土)

親愛なる、、、

小学校の同窓会、おそらく私が一番の遠方組だったと思う。逆に遠いからこそ、そしてこういう年齢になったからこそ、どうしても行きたいと思ったのだ。

ことし喜寿を迎えられるK先生は、2年と3年のときの担任。ふりかえれば、幼稚園から大学までの間で、唯一、だいすきだった先生。集まったみんなも口々に同じように言う。

77歳のバースデーケーキ。教え子たちが ♪Happy Birthday to Youを歌おうとしたら、「お願いだからもう、先生、なんていやよ、50年もたってるんですもの、dear かずよ、にしてね」

そうだ、この感じ、子どもごころにこういうところが好きだったんだ。あこがれたんだ。

それまで担任だった前の先生が産休にはいられ、急きょ、母校に呼び戻され、そのつもりはまるでなかったのに、私たちを受け持つことになった、大学出たての23歳のK先生。

聞けば、私たちのクラスはそうとう、すっとこどっこいなクラスだったらしいのだ。

クラスごとの舞台発表。隣のクラスは、先生の筋書き通りの劇を立派に発表したのだが、私たちは、一人残らず全員で舞台にあがり、音楽に合わせて思い思いに歩いたり、踊ったりしたのだという。

先生たちも、見ているお母さんたちも、あっけにとられて、先生も(汗!)だったにちがいないのだが、「それがみんな、なんとも楽しそうで、うれしそうでね、主役も脇役もないのよ、その顔見てたら、もう何にも言えなくってね」

そんなことがあったとは、その日のリーダー役のFちゃんもまったく記憶になし。一緒に踊ったろう私も、まるで覚えなし。だけど、ますます、先生をだいすきだった理由がはっきりした。

先生は、その後もずっと母校で教育にかかわってこられ、今もその意味では現役だけど、小学生の先生だったのは、あとにも先にも、たったの、あの2年間だけ。「そうなの、だからあなたたちが私の子どもたちなのよ」

先生が今も情熱をこめて語る、大学の創始者の熱い想い、女子教育にこめた願い。今日、お聞きできて良かった。お会いできてよかった。

「きもちは、言葉をさがしている」の本を、先生にうけとっていただいた。

私が書くことの原点は、私が小3の時、先生がすすめてくださった一冊の本、「足長おじさん」だったと確信しています。

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2008年4月 7日 (月)

赤ちゃんヤギ

「お米の会」のお米を食べるようになって、もう20年がたつ。わが家のお米の消費量はそう多くはないけど、食の土台にあたるお米を、山下さんちの安心な田んぼで無農薬で作っていただいてることは、ものすごく尊いことだといつも思っている。

日曜日、年に一度の総会で久しぶりに山下さんちへ。今年の農閑期(たぶん12月はじめ)にまたとくべつ紅茶で、シンくんレイジくん山下兄弟・トーク&ライブコンサートをお願いした。これからも2年に一度くらい、兄弟のコンサートがひらけたらいいな。

4月半ばすぎからは、竹の子の出荷もはじまる。これも無農薬、やわらかくて、下煮なしですぐ料理ができて、毎年この季節は山下竹の子三昧をする。ご希望の方、お知らせください。4月30日のお米配達のときに一緒に配達してもらえます。

総会終えて帰りぎわ、レイジくんが、「またヤギが生まれました。かわいいんで見てってやってください」と。     

Photo

 

← か、かわいいっ!!

山下さんちのかえりに、夫の薪師匠&薪仲間であり、優秀な炭焼き師であり、庭師でもあるしゃいんちに寄る。目的は、夫の空けた焼酎の瓶を届けるため。木酢液をいれるのにちょうどいいそうだ。いつしか?100個以上もたまっていたので。

しゃいんちには猫が11匹、犬も2匹、にわとりもウコッケイも何羽も。名前はおぼえきれないけど、そのなかの2匹。Photo

Photo_2

しゃいは森の中で、たぶんひと月でもふた月でも暮らせそうなひとだ。空き瓶のお礼にと、センナのびんづめや、鬼グルミやカヤの実の糖衣(とうごろも)や、さるなしのジャムをいただく。

とってくるのは俺、料理はこっち。こっち、ことパートナーのひさえさん、時間がつくれれば、6月8日の紅茶shoppeにも参加してくれそうだ。

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2008年2月 3日 (日)

ミードのヒーロー

沖縄にすむAくん、短い石川の帰省のたび、家族で寄ってくれる。二人目くんとは初対面。っていうことは、Aくんとも会うのは2年ぶりになる。

沖縄らしく、ここんちのお兄ちゃんは、にいに、と呼ばれてる。お母さんは子どもたちからときどき、ミード、ってあだ名でも呼ばれるらしい。結婚したてのみどりさんをうちにつれてきたとき、紅茶や私たちのことを、どんなふうに彼女に説明したの、とAくんにきいたら、僕の遠い親戚みたいなひとたちだよ、って言ったそうだ。

彼が紅茶に来てたのは20歳のとき。金沢大学の学生さんだった。卒業して医学生となり、その6年後にほんとにお医者さんになった。看護婦さんをしてたミードさんと結婚してーーーあらら、ちゅらさんみたいだなあ。

私たちが沖縄を旅したときも、娘がバイクで旅したときも、毎回逢ってるから、私たち家族にとってもAくんは、きもちの近い「遠い親戚」かもしれない。

彼が津幡をはじめて訪ねた時からもう15年になるという。そういえば富山の宮川くんとも、今は大阪にいる翼くんとも、若者たちとは長いスパンのつきあい。一人として似たような生き方してない、その違いがみごとに際立って、きもちよいほどだ。

はた目からは、すごい、えらい、立派、とか見られがちだけれど、一人ひとりは、ぶつかって、回り道して、これっきゃなくて、必死に、自分らしく生きていく道を模索しながらつくってる真っ最中だ。そこが、私が彼らに惹かれる理由。

お父さんのあだ名を、偶然知ることになった。ミードのだいすきなヒーローだもんね、と子どもたちが言う。この子たちにとっても、お父さんはきっとヒーローだ。何より、この家族の間に流れている空気のゆったりさが、いまどき貴重品。

だいすきする、という言葉は、ここんちでは、ハグの意味。別れるとき、2歳の和くんが、その「だいすきする」を私にも。

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2007年12月15日 (土)

水車の図書館

じてんしゃ図書館の土居さんのお話会に行ってきた。

翌日が29歳の誕生日という土居さんの、作為のなさ、謙虚で誠実な話し方、うけこたえ、なにより強い意思のちから。

全国の図書館に「百年の愚行」をおいてもらいに行こうと決めたとき、
きっと楽しいことなど何もない旅がはじまるのだから、途中で意思がくじけてしまわぬよう、自転車に積むバッグ3個を、一番厚い幌布と、4分の一頭分の牛の皮とで、3ヶ月かけて手作りし、そうすることで心の準備をしたという。零下10度でも持ちこたえられる野宿の装備も、と。

土居さんは、この3年間、どれだけ自分との対話を重ねながら、
自転車をこいで、人と出逢ってきたろう。
はじめはわかってもらいたい、というたくさんの期待をもってたかもしれない。でも旅を続ける中で、そういう想いがだんだんそぎ落とされていったように聞こえた。期待すると、相手に求めてしまう。求めない、って、そのことのほうが、逆に強い気がした。

「相手を理解してみよう、と想うきもちがすごい大事と思う」という言葉にも、
はっとした。そういえば、理解しよう、といつも努めるのはかなりしんどいこと。してみよう、っていうのなら、間口がゆるやかだ。


彼をここまでつきうごかす「百年の愚行」っていったいどんな本なんだ?って思わせるものを、彼は確かに持っている。
全国の図書館にこの本を、というのをすでにはるか越えた強いメッセージが、土居さんの細身のからだからびんびん伝わってきた。

自転車についてる彼の手つくりの水車の図書館、下のほうを見たら、草木がはえてた。葉っぱは紅葉してた。それも一緒に旅してるんだ。

津幡図書館では、この本が購入リストにはいったそうだ。

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2007年12月 9日 (日)

じてんしゃ図書館

ここ数日間、石川県内を、水車をうしろにつけた不思議な自転車が走っていること、ニュースなどでご存知かもしれない。
じてんしゃ図書館。
館長の土居一洋さんは、28歳の若者。
20世紀の100年間で、人間が地球に何をしてきたかリアルにわかる
「百年の愚行」という写真集を、全国の図書館においてもらいたくて、
土居さんは自転車で日本を巡っている。
積んでいる本は、環境に関する本たち。
道々出会うひとで、図書館の本を借りたいというひとには、
じてんしゃ図書館の本を貸して「あげちゃう」、
つまり、返却しなくていい、そのかわり、その本を誰かにまわすことが条件。
             ****
その土居さんが、今日、内灘、かほく、宇ノ気、七塚とまわって、
もう暗くなった夕方遅くに、津幡図書館に到着。
水車つき例の自転車と土居さんが見えたときは、
思わず、わあーーい!と叫んでた、
ほんとに首なが~~くして待ってたからね。
冷たい風のなか、鼻をまっ赤にしてあらわれた彼、
待ちかねてた前図書館長の前田さんとも会えて、
紅茶のNさん夫婦とも会えて。
        ***
それから土居さんは図書館にはいって、
職員に、自分の紹介と、「100年の愚行」の本の紹介、
なぜこういうことをしているか、
そしてこの本を図書館でぜひ購入してほしいことを、
熱く、でもていねいに、お願いしていた。
                  *****
今日の津幡町立図書館で、訪ねた公立図書館は1、674館。
すっごい意志の力だ。
いろんな人から彼のこと、聞いてはいたけど
ほんとにとってもきもちのいい青年、そして何より謙虚。
もう真っ暗になった町へ、一路、今夜お泊まりするお寺のある
野々市へと自転車をこぎだす。
彼に会って、もっとゆっくりお話聞きたい方は、
             ↓
12月13日(木)19:00~21:00
  じてんしゃ図書館 土居一洋さんのお話を聴くつどい   
   常讃寺 (野々市町三納145-2)     
     TEL 076-248-7203
      参加費 500円 
土居さんのこと、もっと、は
       ↓
じてんしゃ図書館あそブック
  http://asobook.nomaki.jp/

全国行脚の自転車図書館(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/photonews/photo.htm?ge=1&id=5136

「じてんしゃ図書館」が町田を通過-環境問題関連の書籍普及目
指す (町田経済新聞)
http://machida.keizai.biz/headline/50/index.html

動画もあります!
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=242423
    

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2007年12月 6日 (木)

ただ、それだけのことが、やさしいんだ

外は冷たい雨の日だったけれど、富山からほっころろんの仲間たちがほぼ全員集合で、そしてふだんの紅茶のひとたちや、まったくはじめてのひとがうちを探し探し迷子になってもあきらめずに、マスノマサヒロさんの「あめつちのしづかなる日」の紅茶に集まってくれた。

おおきなスクリーンで味わう映像と音楽「天地をつなぐものがたり」は、白山の空や雲や朝日や夕日や、、、本当に夢のような美しさで、紅茶がいっとき映画館になったみたいだった。天と地をつなぐものがたりは、あなたのなかにもあるんだよ、とマスノさんは言う。

           *****

風の吹くままカメラマン、風景の出前もち、と称するマスノさんの、なにげない日常をきりとった写真が40数枚、紅茶の板の間に広げられた。そのどれにも、マスノさんのなにげないひと言が添えられている。全員でゆっくり眺めて、そのなかから今の自分のきもちにあう一枚を、それぞれ選んでもらう。その一枚のわけを、話すもよし、話さぬもよし。

語られた言葉は、それこそそのひとの、天と地をつなぐものがたりだったなあ。いのちの愛おしさやいのちとの別れ、わが子との、父との、母との、ものがたり。

その一枚一枚は、実は、入院していたほっころろんの大切なともだちのために、マスノさんが外の風景をきりとり、その風景のなかにそのひとも一緒にいてほしい、と毎日、メール便で病室あてに届けられたたもの。

病室の真っ白だった壁が、やがてやさしい風景でいっぱいのギャラリーになった。そのともだちはもとより、その病室をおとずれる誰もが、ナースさんもドクターもほかの患者さんも、どれほどその風景とコトバになぐさめられたか、そうそう、と共感したか、安心したか、希望をもらったか、と、そのともだちが言っていた。

どこにでもある風景に、どこにでもころがっているコトバを添えただけ、とマスノさんは言う。

ただそれだけのことで、ただそれだけのことが、こんなにもやさしくて、こんなにもいろんな想いや深い記憶を、ひとのこころに運んでくれる、感じさせてくれる、、。ただ、それだけだったものが、もっと生かされた気がした、というようなことをマスノさんが言っていた。それがいっそういいなあ、それってしあわせなしごと、って思った。

                *****

ボクは表現するのがすき、と言うとおり、カリンバやインディアンフルートやそして歌まで。いろんな自分を表現するマスノさんが、どんどん少年の輝きになっていって、それが、とっても楽しそうでうれしそうで、それが私をまたしあわせにする。

紅茶のゲストがきもちよく自分をひらいてゆく過程、それを手伝うのはその場にいるひとたちが創りだす場の空気、その中にいる自分もまた、その空気をつくっている一人だ。

より大きな自分になりたい。自分のなかにふと思うものを大切にする。そう感じている自分を感じる。ーーーーマスノさんの問いかけやコトバが謎のようにまだ自分の中をめぐっているけど、自分をほどいてゆくこと、解放してゆくことも、より大きな自分にちかづくこと、かな、私にとっては。

マスノさんのブログ、12月のはじめころに、紅茶のことも。

     ↓

http://kazesan3.jugem.jp/

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2007年11月28日 (水)

出かけてゆく哲学

前々から一度はお話ききたかった鷲田清和さんの「哲学」の話。

         *****

ドイツ語の「始まり」が、日本の哲学書では、「始原」。「ある」は、「存在」に。「何もない」は、「無」に。「~になる」は、「生成」と訳される。

こうして、日本の哲学語は漢字だらけとなり、入口がむずかしいので解説書のやたら多い学問になってしまった。鷲田さんは、そういう「哲学」にずっと抵抗してきたひと。日本では、哲学の研究はすすんでいるが、哲学はまだはじまっていないのではないか、と。

10年ほど前、鷲田さんは日本で初の、臨床哲学という分野の学問をはじめた。臨床は、ギリシャ語のクリニコス=ベッドサイド、が語源。つまり、医師がベッドサイドに出かけてゆくこと。臨床哲学とは、出かけてゆく哲学だ。

ベッドサイドにかぎらず、同時代でむずかしい問題のおきている現場に出かけていって、そこのひとたちがふだんつかっている言葉(哲学用語でない言葉)で、いっしょにディスカッションに加わり、その中で道すじを見つけてゆくこと、簡単でしかも的確な言葉を見つけてゆくこと、それが、鷲田さんの言うところの、哲学&哲学の作法。

哲学者としての自分の仕事は、ディスカッションのリーダー役やまして誘導することでは決してなく、交通整理役のようなファシリテーターに徹すること。

これまでに「聴く」「待つ」という本を出してきたので、キク・マツの次はウメ、だろうか。産め・生め・産む・生む。いのちは、生まれる、という他動詞。であるなら、死というものを考える時に、自分の死を体験して語ることはできないが、「死なれる」ということでは多くの人が語れるものをもっているのではないか。

       ******

ーーーーといった鷲田流・考え方回路、哲学の作法、と称するものが刺激的で、聴きながらどきどきしてた。

でもそういうことーー現場で、そこのひとたちのいつもの言葉で、ともに考え、語りあうことの必然や大切さって、日ごろから紅茶の内外で思ってること、試みてることだよ。

あ、そうか!日ごろ漠然と思っていることに、的確でシンプルな言葉を見いだす、それが哲学という学問だと鷲田さんは言ってるのだ。哲学と暮らしが別世界のことではないこと、哲学と自分の人生が無関係じゃないんだ、ってつまりは、こういうことだったのか。

西田幾多郎哲学館の入口で待ち伏せして、鷲田さんに、「きもち」の本をお渡しした。ほんの少しお話も。この方の10年前のご本、「聴くことの力」を読んでなかったら、おそらく「きもちは、言葉をさがしている」の本は書けなかったろう、お話聴いてますますそう思ったから。

鷲田さんは今、大阪大学の総長さんだそう。でもちっともえらぶらず、なんて威圧感のないかただったろう。まなざしが、深かった、です。

   ***

哲学館では、12月2日まで、館として初のギャラリー展示、鉛筆画家の木下晋さんの「老いの尊厳」展もしている。

日本で最後のごぜさんと言われた小林ハルさんや、絵本「ハルばあちゃんの手」原画や、ハンセン病の元患者で盲目の詩人・桜井哲雄さんを描いた「83年目の闘魂」など。

特別企画「老いを作る」の連続講演会の最終回は12月2日(日)

宗教学者の山折哲雄さん「老いて蘇る~神と翁と日本の美」

14:00~ 入場無料 申込みはいりません、どなたでも。

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2007年9月24日 (月)

ぶきようでも

宮川くんをかこんで、その日集まった20人が耳を傾けた。
これまでの自分をふりかえり、見つめなおす作業は、
彼自身が思ってた以上に、苦しい作業だったのだろう。
だけど苦しんだ分、聴くひとにはたしかなものが伝わった。
       *****
きれいごとで語ってないな、
そりゃしんどかったろうな、何度も逃げだしかったろうな、
よく弱さをさらしてくれたな、正直な君。
         *
ひとりの若者が心をひらいて話す、
だから聴いてる人たちも、心をしぜんとほどいてゆく、
自分のどこかと重ね合わせながら聴く。
         *
ぶきような生き方、要領よく生きられないこと、
それって、悪いことではなかったんだ、
って言ったひと。
そう思わせた、彼の生き方。彼の成長。
           *****
ひさしぶりにひらいた、とくべつ紅茶。
そこに身をおいていて、
わたしはものすごくしあわせな気持ちでいっぱいになった。
         *
「皆さんが真剣に、また責めず温かく、
聴いてくださった、合いの手を入れてくれたーー
傷が、ふさがって行くような気がしました。」
「いつもそちらで話をさせてもらう時は、原点に戻るような」
と、次の日に届いたメールを読んで、なおそう思った。
         *
彼が感じた空気は、語り手と聴き手の双方がつくりだすもの。
聴きながら、語り手のきもちと交流する時間。
         
それは紅茶のたからものだ。
あらためて、
わたしはなんとたくさんのものを紅茶からもらっていることか実感して、
しみじみ、感謝がこみあげてきた。

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2007年9月22日 (土)

レッテル

不登校の成功者、とか、エリート、とか、見られてしまうことが多いらしい。

世間が貼りたがるそんなレッテルは、きっとしんどいだろな、彼には。

ここ最近、宮川くんとのやりとりをとおして何よりも感じるのは、ここに一人の、深く悩み、葛藤をくりかえし、苦しみながら、こんなにも必死に生きてる若者がいる、ということ。

紅茶でうまく語ろうとしなくていいよ。そのまんまでいいよ。

レッテルがはがれても別にどうもないよ。

私も、レッテルみたいなもん、はがしてからずいぶん楽になったから。

そういうものがあろうとなかろうと、私が私なように、君も君だよ。

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another 風san

畳の上に、20数枚のやさしい写真がひろげられていた。一枚一枚に、ほんのみじかい言葉が添えられていて。

どれもほんとになにげない風景、なにげないひと言なんだけど、写真と言葉がひとつになって、胸にあったかくしみてくる。なんてやさしい世界だろ。

その日集まったひとたちに、この中から今の自分のきもちに寄り添う一枚を選んで、なぜその一枚なのか話してみて、と頼みました。ある日のワークショップの、それがウォーミングアップ。

          *****

それらは、富山医薬大病院に入院していたYちゃんの病室に、毎日のようにメール便で一枚ずつ届けられていたという、マスノマサヒロさんの写真と言葉。

Yちゃんの部屋は、だからまるでギャラリーのようになった。お母さんも、訪ねてくるひとも、病院のひとも、マスノさんの写真と言葉からどんなにいっぱい愛をもらったろう。

その写真たちが、9月21日から10月6日までの期間限定で、その病院にかざられる。Yちゃんのお母さんが病院にはたらきかけ、仲間たちも応援して、医薬大、こと富山大学医学部の院内で、ミニギャラリーが生まれることになったのだ。私もきっと見にいこう、と思ってる。

マスノさんのHPは、kazesan。光と風を感じる写真たち。だいすきです。

  →   http://plaza.rakuten.co.jp/kazesans/3000

                *****

12月1日の午後、とくべつ紅茶でも、マスノさんの写真と言葉とおはなしとの一日ギャラリーを。

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2007年8月27日 (月)

「はだしの校長先生」のおしらせ

子どもも親も先生も楽しくなる
そんな取り組みをしている学校を取材しました。

と、地元の放送局で、こつこつといい番組をつくっている友人からおしらせ。

      ++++++

「楽しい学校とは、何だろうか。。」
「教師が楽しめない学校が、
子どもが楽しいだろうか。」
それが、テーマです。

子どもも親も先生も地域の人も
みんなで繋がって生きることを楽しもう!
子ども達を豊かに育んで行こう!
そんな願いを込めて作りました!




石川では、北陸放送で今日、8月27日(月)10:50~11:20
いきいき夢キラリ! 
「はだしの校長先生~本物を伝える~」



本編放送に先駆けて、
15秒PRの配信が始まる!
http://www.tv-asahi.co.jp/yumekira/

テレビ朝日を始め、各局の放送日です。
よろしくお願い申し上げます。


民間放送教育協会ホームページ
http://www.minkyo.or.jp/01/2007/06/0153153_1.html 

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2007年8月 8日 (水)

等身大の僕の、今

紅茶の時間に、何年ぶりかで宮川くんがやってきた。4年前の夏からこの5月ころまで、隣の県にある、子どもの権利支援センター「ほっとスマイル」のセンター長をしてた彼。

はじめて彼が来たのは、14年前。そのころは自転車で毎週のように。

こじんまりしたとくべつ紅茶で、「不登校だった僕から」を語ってもらった。

その後、「不登校の真実」という映画のつくり手の一人になったり、大学の非常勤講師をしたり。

彼が管理人をしてるネット相談の掲示板は、安心して書き込みのできる、まれなピアサポートの場に。

かつての自分と似たようなことで困ってるひとがいたら、何か自分にできることはないか、と考える。でも自分ひとりじゃとても無理、だからどうか力を貸してください、って謙虚にお願いする。表方、より裏方、の彼の生きかたスタイル。

そんな彼がいま、自分のために使える自由時間ができたのも、きっと誰かのおはからいでしょう。

彼の話をゆっくり聞きたくなって。とくべつ紅茶に10年ぶりで再登場。

9月22日(土)14:00~ 宮川正文くんが語る、「等身大の僕の、今」。

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2007年1月24日 (水)

いのちの日

今日は母のいのちの日、ピンクのスイトピーの日。

若い友達の、大きな手術の日。

古くからのともだちの、病と闘う日々がはじまる日。

祈ります。祈っています。

いのちの日は、きっと守ってくれる、今あるいのちのこと。

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2006年12月11日 (月)

春のしたく

山下兄弟の農園日記をのぞいたら、シンくんがこんなふうに書いていました。

sueさん♪

こちらこそ、こんな楽しい企画をありがとうございました。早速ブログのやつ読ませてもらいました。とりあえず、オレもレイジも一番言いたいことだけは伝わったんだと思って安心でした^^
永遠のダイヤ・・・あんなに感動してくれたら、とってもうれしいです。感動してくれたことが、どんな褒め言葉よりうれしいです

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今年の最後の月のとくべつ紅茶に、ほんとうにすてきな時間を贈ってくれたシンくんとレイジくん。毎日かれらのお米をたべながら、その時間も一緒に思い出せる、企画してよかったあ!ってしみじみ。紅茶からつながって、彼らのお米や野菜を取り出した人が意外におおくて、それもまたうれしいこと。野々市の「元気野菜のっぽくん」(alの一階)へもどうぞ買いにいってね!

そのalの、くずはさんや、小原milkyさんも共著者の、「世界の貧しさをなくす30の方法」の本、一時紅茶ではうりきれましたが、再入荷しました。中学生からよめる、わかりやすい世界経済の本であり、ゆたかさとまずしさの生まれるわけのわかる本であり、自分にできることがこんなにある、と気づかせてくれる本です。

まえがきにあった言葉:

「まずしさをほっておくということは、弱いものいじめをして こっそりとうばっているということと同じ 卑怯なこと でもこのごろ こっそりは あんまりこっそりじゃなくなった 」

って。うん、この、こっそり、っていうのがとてもぴんとくるね。もう、こっそりとはできなくなってきちゃった、みんながそのことを知っちゃったらね。

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今日はやっとやっと、チューリップの球根とビオラと桜草の植え替えをしました。雪がまだのうちから、遠い春のしたく。緑の指をもつAさんが、春と晩秋とに、種からまいて育てた苗を、みなさんで分けてね、と紅茶に何十と届けてくれる。私の指はちっとも緑じゃないから、よけいにありがたいのです。分けて持っていった人はもうとっくに植え替えてあげたよね、苗にごめんねといいながら、植えましたです。

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お待たせしました、原始林窯展で予約されたかた、お茶碗やマグカップが今日、家に届きました。ご都合のいい時に、紅茶にとりにおいでくださいな。クリスマスに間に合ってよかった、とわたしも、ほっ。ゲン&こりんちゃん、ありがとう!!籠の目のマグ、大事にします!気の遠くなりそうな職人技の紋様でした。

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2006年11月19日 (日)

きらきら拍手で

ただいま!

昨日の翼くん・正子さんの結婚式&披露宴は、等身大、という言葉がぴったりの、かざらない、なごやかないい時間でした。かたくるしくない立会人でいたいなあ、って思って、ご家族、ご親族、そしてお友だちのみなさんに、「二人の結婚を認め、祝福なさいますか?」って順に尋ねて、Yesならきらきら拍手してください、ってお願いして、参列したすべての人がいっせいにきらきら拍手をしたところで、「二人を夫婦として、新しい家族として、ここに承認します」って。

津幡の紅茶で翼くんと出逢って、その後、西東京紅茶で再会してたがいにいい友だちになった阿部くんも出席、わたしもおかげで久しぶりに彼に会えました。

その夜は、これまた久しぶりに娘んちにお泊り。近ごろはめったに電話もしてないので、いつ以来だろ、ずいぶん久しぶりだねえ、と母娘でゆったり、いっぱいいろんな話してきました。

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丸二日留守の間に、「700人委員会」は精力的に津幡町内をまわり、「ボ」の問題点がよくわかるちらしをポスティング。みんなの活躍、ほんとにすごい!

23日の「津幡町にボートピア(ギャンブル場)は、いらない!ウォーク」楽しく歩きましょう、どうぞどなたでもご一緒に。11:00町役場にお集まりくださいな。

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2006年11月17日 (金)

若い二人の旅立ち

「ボートピア津幡はいらない!」という新しいちらし、とっても好評です。裏には、町長にだした公開質問状つき。今日からさっそく手分けして配っています。津幡の方、もしポストにこのちらしがはいっていたら、どうか、じっくり読んでくださいね。

そのちらしにもお知らせが小さく載ってますが、23日、「津幡にボートピア(ギャンブル場)はいらない!ウォーク」をします。11:00町役場集合、歩くのは一時間ほど。ほんのちょっとでもいいのです、いっしょに歩くよ、というひと、どうぞどうぞ、いらしてくださいね。

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9年前、はじめて紅茶にきた翼くん、ともに人生を歩むすてきなひとをみつけて、明日が二人の結婚式の日とあいなりました。私たち夫婦が挙式の立会人をすることになり、ひさしぶりに一家3人が大阪でおちあいます。

息子のいない私たちにとって、翼くんはお外にいる不思議な息子みたいな存在。パートナーと、互いに認めあい、尊敬しあい、そしてきもちを言葉にして伝え合う、そういう夫婦になっていってほしいな、って心から思うよ。ほんとにほんとにおめでとう!です。

明日は朝がはやいので、もう寝ますね、おやすみなさい。

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2006年11月 7日 (火)

しあわせの顔

「うれしくって、楽しくって、、、、しかもこわくないのって、、、しあわせです」

おとといの夜だったか、たまたまテレビをつけたら、聞こえてきた言葉。沖縄のCoccoさんの、武道館(たぶん)を満員にしての、ライブコンサートの一場面です。ほんとに泣きそうで、いや、うれしくて泣いていて、彼女の、こわかったときのきもちを想像しながら、胸がいっぱいになりました。しあわせが凝縮された顔してた。雨とお日様がでてくる歌、6月23日の沖縄の日に、筑紫さんのnews23で歌った歌を、また、この夜も聴けました。

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あさっての紅茶、閉める時間がいつもとちがいます。今週にかぎり、4:30にcloseします。町長さんに会いに行くと決まったのが、この日なので。ドアにもお知らせ張っておきますが、遅めにきたかた、どうかあしからず。

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2006年11月 6日 (月)

お米の会の収穫祭

5日は、「お米の会」の収穫祭でした@別所の山下さんち。

11月とは思えないくらいのあったかい日で、もちつきやめった汁(とれたてなめこや畑の野菜、それにヤギのお肉いり!)、おかわりし放題。共同でつくり、外の空気をいっぱい吸い込んだたべものを、みなで一緒に食べるって、どうしてこんなにおいしんだろう!お米の会員さん以外にも、くずはファミリー(山下兄弟の野菜は、元気野菜のっぽ君の人気商品です。alのデリcafeでも、食材としてつかわれています)、mizuho親子など、とびいりいっぱいで、ことしはとてもにぎやかでした。

Photo_23 ←山下さんちの、カツPhoto_24

←はな

シンくんもレイジくんもてきぱきよくはたらきます。収穫祭のあとは、「田んぼ de ライブ」と銘うったミニライブも、お隣の丸山家で。山下兄弟4人全員が、歌にギターにボンゴにマンドリンにストリートダンスに、とそれぞれのすきなことで自分を表現してるのが、うん、ほんとに、かっこいい!!レイジくんは、よさこい仲間とのパフォーマンスまで披露してくれました。

内川地区の鎮守の森ギャラリーと、毎年あわせてする、この収穫祭、だんだん人にも知られてきた手ごたえあり。山下兄弟の若い仲間たちも、もちつきやライブに参加していて、今後の広がりがとっても楽しみ。

ライブの最後に、12月3日の、とくべつ紅茶・シンくんとレイジくんの「山下兄弟 ライブ&トーク」のPRもさせてもらいました。午後2:00~5:00 前売500円・当日700円です。電話予約も受け付けます。切符はalにもあるよ。

Photo_25 ←な、なんだ!!!

サツマイモの一種で、シモン芋、というんだって。食物繊維がとっても多いらしいよ。きのうのめった汁にもはいってました。それにしても、このかたちが、なんとも、、う、う~~、インパクトありやねえ。

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2006年10月28日 (土)

あ!!翔とマガだ!

Photo_18 Photo_17 原始林窯の二人、ゲンさんとこりんちゃん、那須から7時間の道のりを、たくさんの器をつんできてくれました。出発前に、この紅茶のブログ、見てきたそうです。そして、翔とマガによく似たお皿のこと、かいてあったのを読んで、うふっ!っておもってたみたい。

なぜなら!今回の原始林窯展には、翔とマガのお皿が初登場したからです!自分のお皿を作ってもらえる犬と猫なんて、そうそういないぜ。この、しあわせもの!みなさん、ごめんね、これだけは私に買わせてね、オープンの前に先買い、お許しあれ。

写真は、ゲンさんのひざですっぽりくつろぐマガです。

今回の展には、紅茶用オリジナルもいくつかあります、9のお皿、探してね。

げんこりんの二人とのお付き合いは25年になります。金沢の寺町の一稟区という喫茶店で、二人の初の個展が開かれ、そのころ、近くの泉野に住んでいた私はよくそのお店にお茶を飲みに行っていて、ぐうぜんその器をみて、ひとつふたつ、買ったのでした。そのころから私はこの二人が大好きで、二人のこと、「いつかどこかで」という雑誌や金沢のタウン誌に何度か書かせてもらいました。今回、そのふる~い雑誌までもってきてくれたの。すでに私の手元にはない雑誌や文章、24,5年前の私に、思いがけなく再会して、ほかほかの、どきどきの、気持ちしました。

明日、あさって、どうぞお越しください。いらしたら、津幡町のボートピア(競艇場外舟権売り場)に反対する署名用紙や、町長に出した要望書など、用意していますので、それもあわせてお持ちくださいね。(ただし、署名は津幡のおとなのみ)

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2006年9月27日 (水)

銀座 月光荘

沖縄の平良さんが、1時に釈放されたとのことです。駆けつけた近しい仲間たち、全国からの応援や抗議のFAXや電話が、どどどど~~~~と、那覇の検察庁に押し寄せたことも、きっと力になったのだと思います。行動起こしてくださったかた、ありがとう&うれしいね。

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今日の紅茶の最中に、いま東京にいる娘からめずらしく電話がかかってきました。「行ってきたよ~、月光荘!」と、第一声。

月光荘、は私が高校1年生のときからよく通った、銀座の画材やさんです。月光荘のおじちゃん、と呼ぶそこのおやじさんに、わたしはほんとにほんとによくかわいがってもらった。ふりかえれば、私の思春期で一番あぶなっかしかったあの年代、当時すでに70歳ぐらいだったおじちゃんに、私は丸ごと受け入れてもらえてたのだなあ、あのお店は、あのころの私にとっての、たしかな居場所だったのだなあ。

ごくごく若い時期に、おとなに出逢い、ひととして認めてもらえること、それがその子のなかに、どれだけ自信と誇りを育ててくれるか、あのころはまだわからなかった。今、紅茶をしてて、若い人たちに逢う時、彼らの話を聴くとき、そのことの意味を痛いほど思う。おじちゃんは、すっごいことを私にしてくれてたんだ、、。おじちゃんのこと大好きで、何回も本の中で書かせてもらったけど、そしておじちゃんはそれをとてもよろこんでたけど、でも20数年前に書いてたときは、出逢ったことの深い意味までは、きっとわかってなかったなあ。

おじちゃんがなくなった後、月光荘の場所はかわっても、おじちゃんの娘さんがやはり銀座で、お店を継いで開いています。その娘さんと、娘は今日、初めて出逢うことができたのです。(私はまだお逢いしたことないの)娘さんは、もうもう!!とってもびっくり、よろこんで、私にもいつかきっときっと逢いたい、と娘に。

70歳のおじちゃんと、15歳の私。その娘同士が、何十年もの時をこえて、はじめて出逢った、今日という日。生きてる、ってうれしい、すごいことだなあ。

****

今日の紅茶、はじめて見えたひとが何人か、みんな違ってて、でもどこかに共通点があって、話しながら点と点がふっと線になる瞬間。それもまた、私には、生きてるってうれしい、と思える瞬間です。moment がつらなると、時間になるんだ。そういう当たり前のことが、とても貴重に思える、ふつう紅茶でした。

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2006年9月 6日 (水)

9月の声

9月にはいったとたんに、寒いくらいの夜風になりました。一週間前の暑さが、はや、遠い夢のよう。みどりのエアコンのいっぱい効いてる家のせいもありますが。

9月の声を聴くと毎年きまって、徳島からすだちの宅急便が届きます。いのみら通信読者の中学校の先生がとどけてくださる、四国の秋の贈りものです。紅茶のみなさんでおわけくださいね、といつもいってくださるので、今日の紅茶に来た方、遠慮なく、おもち帰りくださいね。私はこの方から毎年いただくようになって、すだちはさんまにかけるだけのものではない、って知りました。お味噌汁にも、お漬物にも、煮物の小鉢にもちょっとかけて。

9月、娘は、マチとヒューマンを知りたくて、と東京でひと月だけ暮らします。バイクひとり旅で、東京まで。ハプニングがあって予期せず夜の高速をひた走ったことなど、あとから知って、ぞっとしたり、胸をなでおろしたり、、、。無事についたことに、掌のハグの感謝のお祈りをしました。

このところ、20年前にお便りをかわしていた方が、紅茶のHPをみつけました、と思いがけないメールをくださったり、娘と小学校で同級生だった子のお姉さんから初メールをいただいたり、それから先週の紅茶でした「15の、私のしたいこと」をブログに書いたら、古~くからの京都の友だちが、看護学校の授業でしてみたいと思ってるのでくわしく教えて、とメールがはいったり、と、このネット紅茶からいくつかのうれしい風が動いています。いろんなアイディア、イベント・映画・本の情報、お役に立ちそうなのがあったら、どうぞここからいっぱいひろって、見つけて、使ってくださいね。

*****

8日の金曜日から、いよいよ白山虹の祭が獅子吼ではじまります。すごいプログラム!聞きたいライブ、聴きたいトークが目白押し、タイムスケジュールを日記にうつしながら、できるだけ参加したいと思っています。トークの会場は、パーク獅子吼のふれあい館、ほとんどは入場無料です。たとえば、

*9日トーク 「努力しないで暮らしを変えて、次の社会のしくみを作ってしまおう ~ ap-bankとお金の未来、」with田中優さん、alのくずはさん、ピースつながりのこはらさん、他。17:30~20:00 

*10日トーク 「STOP ROKKASYO」with 鎌仲ひとみさん、田中優さん、辻信一さん 13:30~16:00 

*11日トーク 「私たち市民は微力だけれど無力ではない」with 川田龍平さん、私、進行役は、たまtsukiの高坂勝さん 16:00~18:00

そして、ナナオサカキさんや、寿のライブ、正木高志さんのお話や、てんつくまんさんや、森源太さんのライブなど、かききれないくらい、いろんなステージやトークやワークショップがあります。あとで、見逃した!とくやしがらずにすむように、虹の祭のHPをどうぞあらかじめチェックして、時間をつくってお出かけくださいね。

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2006年8月28日 (月)

ふくりゅうすい

金森さんと、金森学級の一年を追ったドキュメンタリー番組をつくったNKHの嘉悦さんと、作家の重松さん、それぞれのトークと3人ジョイントのお話を聞きにいってきました。

伏流水、と言う言葉は、一番バッターの嘉悦さんのお話のなかから。地上を流れる水が、ある場所では地下に入り込んで流れる、それが時には、湧き水となって地上にわいてくることもある。教育ってきっとそういうこと。時間がかかる、結果はすぐには出やしないよね。

金森学級の4年生が、いかだをめぐって大人の理不尽にたちむかう場面がある。必死に必死に、何か言わなくちゃ、立ち向かわなくちゃ、と想いもまとまらぬまま、こわさもいっぱいかかえたまま、言葉を探すその真剣な表情が、言葉以上にきもちを伝えてた。

放映されたその場面とは別に、テレビではオンエアされなかった、その男の子への5分間インタビューが、会場で流されました。

金森先生は、おっかない先生だし、こんちくしょーって憎らしい時も、きらいな時もいっぱいある。けど、けど、ほかの先生とちがうとこがたしかにあるんだ。自分の話を最後まで聴いてくれる。どんなカーブの変化球をなげても、途中でわかったふりして受けとる用意をしない、最後までその球を見ていて、受けとめようとする。ほかの先生だったら、途中までしか聞かないで何かもういいだすけど、それをしない。最後まで聴くこと、人を(自分のことを)信じてくれてること、そこが違うんだーーー。

その男の子が話してる途中から、そうや、うん、そうだ、これが言いたかったんだ、と表情が変わってきて、確信もって言葉をつむぎだすあたり、ほんとに、人は自分のいいたいことをいえたとき、言いながら自分の胸にすとんと落ちる言葉を探し当てられた時、こんなにも自信に満ちた、うれしそうな顔になるんだよなあ、って思った。途中でさえぎられると、バッテリーエラー起こしちゃうとか、言葉ときもちのキャッチャーとか、この子の言葉の辞書と感性がまたとっても個性的で。

嘉悦さんもいってたけど、この5分インタビューから、ほんとにすごい貴重なもの、もらった気がする。普遍を言ってるよね、この子。それを言葉にできたのも、きっとひとつの伏流水の湧き水なんだ。

嘉悦さんは、もう何年も前に京都紅茶を訪ねて、そこから紅茶のことを知って、津幡のふつう紅茶にも一度いらしたことのあるかた。ひょうひょうと軽く動いて、でもこの方自身の感性もいいなあ、学級に一年間通ったことで、いっぱい感じて成長したとこもあるんだなあ、って思った。僕自身の育ちを考えた、って言ってらしたものね。

金森さんが梅雨の時期に校庭でくりひろげる泥んこサッカー、それを見て、おもしろそう!とやってみても、ああはいかない。それは、4月5月にその子たちとクラスで何をしてきたかが問われてるんだ、と金森さん。これをするんだ!という必然と信念、そこへ行くまでのていねいな過程があるかないか。

この話もまた、ひとつの普遍、と思いました。自分が何かするとき、動く時、若いころは、必然なんて考える余裕もなく、ただ動いていた、直感だけで。それがもちろんよかった場合もたくさんある。でも、いつごろからだろう、その”必然”を日々の積み重ねの中からふっと見出して、次の一歩を踏み出しすときの「お守り」や「確信」にしてる自分がいるのに、なんとなく気づくようになった。それを見つけられたとき、動いてる自分に安心できる。

子どもと一緒に、子どもが自分で自分をとらえることができるようになる手伝いをすることが、教育の目的のはず。でも今は、教育のとらえ方が違ってきてる。学力向上がその目的にされようとしてる。子どもへの評価のまなざしもきつくなってる。子どものキャッチャーに学校がなりにくい状況がどんどん進んでる今だからこそ、親たちがそのバックネットになること、先生とつながることが必要なんだ、と、教育基本法が変えられようとしてる危機感もこめて、金森さん。子どものために、一歩踏み出してほしい、それができないならせめてその位置でふみとどまって、とも。

*****

野々市から大急ぎで、講演会にきていた広島のTさんといっしょに紅茶にもどってきて、玄米をたく。行くよ、と言ってたひとがこれなくなったらしく、この日のナイト紅茶は私たち夫婦とTさんだけかも、でもあわただしかった今週なので、はじめてゆっくりTさんと語れるかな、と。ご飯も食べ終わったころ、医科大のA&Tコンビのお二人。遅めにきてもこの夜はめずらしく食べるものが豊富にあって、ほっ。出前の打ち合わせなどもあり、Tさんとの語りは時間切れのまま尻切れトンボになって、それが心残りでした。

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2006年8月 1日 (火)

一枚の手作り封筒から

日曜日は、朝から夕方まで、団士郎さんとの「家族面接を学ぶ会」でした。
自分の意志で、自分のお金で、資格とかと関係ない学びを、学びたくて参加する、医療や福祉の現場のひとたち。この会のおかげで、金沢近辺のワーカーさんやヘルパーさんたちとずいぶん親しくなれた。松浦さんのSSTもいっしょに学びませんか、と声をかけたら応えてくれて、金沢の専門職のひとたちのなかに、クッキングハウスのSSTの輪がひろがってゆくことも、たのもしい。大事な学びこそ、ひとりじめしてては何の意味もないもんね。
  *
今回の団さんの授業のテーマは、「関係の中で」。
問題のある家族の、原因を求めるのでなく、関係を理解すること。ちいさななぜを大事にすること。ちいさな疑問が大きな問題への入り口になること。
  *
団さんの話はよく脱線するけど、その脱線のなかにも、お!と響く言葉がひそんでて、それをひろう作業も楽しみの一つです。
ユーモアのセンスについて。脳の外でなく、脳の内側にしわを刻もう。ユーモアのセンスは、ちょっとおもしろいことを見つける練習+それを覚えてる練習、記憶のセンス、でもある。ユーモアのわかる人になることは、誰かにとって楽しみなひとになることでもあるよ、と。
  *
この日は、最後に「岸辺の ふたり」のDVDを見ました。もう時間がなかったので、見て終わり、になっちゃったけど、他の研究会では感じたことを話しあう時間をもったりもしてるそうです。いろんな感想が人それぞれで、それもまたおもしろいのだとか。
でもそもそも、なんでこのDVDを団さんのワークショップで見るのか、みなさん、不思議だったでしょうね。団さんは、ただ、みて、感じるものがあればあったでよし、なんだかわからない、と思えばそれもまたよし、と。
そのDVDのこと、団さん仲間のMLでこんなふうに書きました。
      ↓
たしか2月に団さんが金沢に見えたときだったか、
私から手描きのいのみら通信をお渡ししたのです。
後日、その通信の感想をまじえたお便りをいただき、
とてもうれしかったものだから、お返事をかきました。
        *
ところで、私の使う封筒はいつも、
気に入った映画のちらしや雑誌のグラビアページなどで
手づくりしたもの。このときは、団さん宛てだしなあ、と
とびきりとっておきの、好きな映画のちらしの手作り封筒で出しました。
        *
不思議な封筒入り手紙をうけとった団さんは、?! と思ったらしくて、
その封筒を(たぶん、のりをはがして)開き、それが映画のちらしであること、
「岸辺のふたり」という、たった8分間の、映像と音楽だけのアニメーションであること、
DVDでつくられたものが、映画館でも上映されるようになったことを知り、
で、気になって、そのDVDを探しにいったこと、ーーーー
団さんがMLに、「スウさんから間接メッセージ的に紹介された作品」と書いているのは、
そういう意味でした。
        *
私も、おとといのお昼休みに団さんからそのこときいて、
ひえ~~!あの封筒一つから、そんなふうに発展するんだ、
全然知らなかったアニメのDVDを、団さんがわざわざ買いにいったり、
何枚も買ってひとにプレゼントしたり、
それをほかの研究会でも見たりしてるんだ、とびっくりしたのでした。
          *
「ね、こういうことがひとには実際におこる、
これ信じてるから、無駄じゃない、と思えるんだよね」
っていう、団さんの言葉はシンボリカルだなあ、って思った。
          *
ほんとに、誰かのなにげない、ひと言とか、態度とか、
提案とか、発想とか、アイディアとか、
それがきっかけで、新しいひとに出逢ったり、いつもと違う行動を起こしたり、
知らないドアを開けたり、ちょっとやってみようかな、って思ったりする。
あのときのあの言葉が、私の背中を押してくれたんだよ、
あの言葉で、勇気もらって、やってみる気になったの、
と、ずいぶん時間がたってから聞くことがよくある。
言った本人は忘れてることの方が多いけど。
          *
そういうこと、紅茶でも、かかわりのある他の場所でも、いっぱい起きているものなあ、
私もまた、そうやってたくさんのものや違う見方をひとからもらっている、
っていつも思ってるから、団さんの言葉がとってもうなずけたんだと思う。
援助、という仕事を長年してこられた団さんが、
これを信じられるから、無駄ではない、という。
そこからまた、私も力をもらいます。

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2006年7月25日 (火)

がま口塾、(一応の)最終回

名古屋のがま口塾にいってきました。塾、といってもお勉強の進学塾じゃないよ。月に一回、自分の家を開いて、毎回一つのテーマで、話したい人が集まって話す、しかもその語りあいを毎回、テープ起こしして、”塾長”のバンドエイドこと坂東さんは、誌上再録というかたちのお便りにして、参加していない私にまで送ってくれるのです。

バンドエイドが塾をはじめたのは18年前。夫さんの転勤で沖縄に住んだり、ご本人の中国行きで長いお休みもありながら、帰国してがまぐち塾第2期を再開。ところがなんと7月24日がその最終回だと、前の便りで知りました。

別の日に行ったことはあるけど、がま口塾にはまだ一度も参加したことのなかった私。しかもその日のテーマが、「ひとと話すことは」だという。そのうえ、最終回スペシャルとして、午後には、イラク自衛隊派遣の違憲訴訟弁護団の弁護士さんによる「私の平和の創り方」というお話まであるのです。この豪華なプログラムを知ったとき、行きたい!行かなくちゃ!って思った、一回だけでも塾生になってみたい、って思った。ただし、バンドエイドには内緒でね。

一番のりで塾についちゃった私を見たとき、あんまりびっくりして、30秒ぐらい固まって!いたバンドエイドとは、一年ぶりの再会でした。いつもはそんなにははやってないそうですが、最終回ということもあってか、次々と、来るわ来るわ、20代から70代までの幅広い年令層の塾生さんたち、午前の部、午後の部、のべで60人近いひとが集まりました。

ほんっとに行ってよかった。がま口塾の生の場の空気を、肌で感じられたよ。そしてものの見事に、塾長は場をしきらない。司会もその日、じゃんけんで決める。一つのテーマについて、ただ話すだけ。でも、ただ話す、それを続けてきたからこそ、自分とは違う考えのあることを知り、興味のなかった分野について知り、ものさしの幅がひろがるんだろうなあ。話すこと、聴くこと、その中で、ひとを知り、自分を知る、見つめなおす、そういうことがくりかえされて、積み重ねられてきたんだろうなあ。

若い弁護士さんのお話もわかりやすかった。今の憲法9条があるから、自衛隊を派遣したことは憲法違反だよ、と国を訴えることができる。憲法は、主権者である私たちが、権力を持つもの、時の政府にたいして、勝手なことをしてはいけません、と政府をしばる道具としてある。それが国民主権ってこと。だけど、自民党が去年だした新憲法草案では、逆に政府が私たちをしばろうとしている。そのことを法律的に、きちんと両者を比較しながらお話してくださいました。弁護士さんから参加者に投げかけられる質問、参加してる人たちからの質問、その双方向が気持ちいい。

塾の終わりの時間がちかづき、閉塾を惜しむ声いっぱい。でも、塾生さんのひとりが、”支店”をひらいて、がま口塾をつづけます、と名乗り出ました。おめでと、バンドエイド、この場はそうやって、ひとを育ててきたんだね、この場の持つ力だね。こういう人と人のつながりって、人生の、生きてゆくことの、たからものだ。そのおすそわけを私までいっぱいもらえた、豊かな、名古屋の旅でした。

バンドエイドは、25日、前の日の午前と午後のトークのテープを、じっくりゆっくり聴いてたそうです。これから2回分のテープ起こしという大仕事が待ってるんだね、そして、メモ書き添えての100通の便りの発送作業もあるね。いつにもまして、便りがまちどおしいけど、急がないでね。最後の便りくらい、ぜひぜひ、スローで。

がま口塾のHPはこちら 

   ↓ http://www1.u-netsurf.ne.jp/~bdk/

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2006年7月23日 (日)

24日のnews23

野々市のフェアートレードショップ・alさんが、ミスチルの小林さんや桜井さんたちのつくったap-bankという市民バンクの融資をうけたこと、たしかいのみらにちょこっと書きましたよねえ。

そういうご縁もあって、一週間前のつま恋のap bank fesに、alのくずはさんや、店長さんや、金沢のピースつながりのmilkyさん、「たまにはtsukiでも眺めましょ」の高坂さんたちが参加してきたそうです。

で!ap-bankって、なんだ?というひとにも、すでに知ってるひとにも、とびきりのお知らせだよ!TBSが、ap bankの特集番組をつくったそうです。だからそれを見ると、はは~~、こういうことか、ってわかります、つま恋でのfesの様子も少し出ると思います。ミスチルや、ひととようさんや、サザンや、もうすんごいひとたちがいっぱいでてるコンサートだよ。

番組では、音楽プロデューサーの小林武史さんがalを訪ねて、くずはさんや野菜農家さんたちとも逢って、これから一緒に何ができるだろうか、ということをとても真摯にきき、話あってるところがでる模様。お見逃しなく!

      ↓

24日(月)の筑紫哲也 NEWS23 
深夜23:55~マンデープラス
ap bank fes 06特集のなかで流れます。(30分間)

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薪の会のうちあげ

薪ストーブ仲間でつくっている薪の会の男たちの、きのうは年に一度のうちあげ。共同作業で山に入って、一緒に汗を流してはたらく部分が、だいたいこの季節にはおわるのです。

これまでに何度か、私が東京に出前に行ってる間にうちで、といううちあげもあったのだけど、今回のうちあげははじめて、能登のテツ&ヒロさんちで。テツさんが自力でお庭にたてたゲストハウスが、ほぼ完成し、男たちはそこに寝袋を持っていってお泊りさせてもらうのです。

食糧も、翌朝の朝ごはんももちろん、薪仲間が用意します。3,4日前から、もちよりはなんにするかなあ、あれつくろうかなあ、いや、こっちの方がいいか、とか、いろんなキャンプ用品も用意して、わくわく、少年のようなまあさん。

ヒロさんに電話して、ほんとに全部男たちがするからね、なんのおかずもいらないから、ただ一緒に楽しんでね、としつこくいう。いそがしいヒロさんだけど、だいたい年に一度、時間をやりくりしては、紅茶仲間たちとすごす藍のオープンハウスをひらいてくれています。いつもお里に帰るような安心感があり、いっしょに絞り染めなどしながら、夕方には、こっちから持っていったおかずやごはん以上のものをたっぷりいただいて帰る、藍、というより、愛、という字をあてたいオープンハウス。テツ&ヒロさんは、私の大だい好きなご夫婦です。

そのヒロさんちで、薪のうちあげ、ということが、とってもうれしい私。40代~60代のおとこたちが、薪でつながり、でもそれはいつか薪だけでないつながりへと育ち、また、紅茶からはじまったおんなたちの出逢いが、こうして夫婦ぐるみでのつきあいへと育ってゆくこと、まあさんの仲間たちとのつきあいにも発展してゆくということ。年を重ねながら、こういうひとつながりがたからもののようにすこしづつたまって行くのが、すごくうれしい。

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今日、私は、長崎の原爆のあとの浦上の病院と、そこのお医者さんと彼の周りの人たちの物語、「アンゼラスの鐘」という映画を見に行ってきます。10:00~と、2:00~の2回上映、金沢の文教会館にて。

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早乙女勝元さんのお話

城北クリニックの「はあとの会」がお呼びしようとしていた、アレン・ネルソンが急にいらっしゃれなくなって(6月末におつれあいさんのお具合がわるくなられて。でも今はもう安心の状態だとお聞きして、ほんとうにほっとしました)、急きょ、この会のためだけに東京からきてくださることになった早乙女さん。準備にひと月もなかったので、「はあと」さんたち、どんなに一生懸命になってまわりのひとに声をかけたことだろうかと思います。

その結果でしょう、会場は、こどもたちもまじえての、180人!の人でうまりました。戦争を、そして東京大空襲を、語り継ぐこと、それをライフワークにされている早乙女さんのお話は、わかりやすくて、芯がぴしっと通っていて、お聞きできてほんとによかった。軍隊をすてた国、中南米のコスタリカという国の話も織り込みながらの、中味の濃い講演でした。

当事13歳の早乙女少年は、61年前の8月15日がきても、平和っていうものがどういうものか、よくわからなかった。生まれたときから日本は戦争の時代だったから。そして、憲法ができても、はじめのうちは、前文に書いてある「国民主権」という言葉の意味をよみちがえていた。政府が勝手なことをしないようブレーキをかけるのは、自分たちが選んだ代議士がすることだと勘違いしていたそうです。ほんとは私たち一人ひとりが、それをする使命と義務と権利があったんですけどね、と。

わかります!憲法は権力をしばる道具としてある、憲法の主語は「私たち」、それが主権在民ってことなのだ、ってぴんときたのは、私自身、やっと数年前だもの。なが~いこと、わたしも勘違いしてきました、っていうより何より、ちゃんと知ろうとしてこなかった、、、。

ある新聞社が、憲法についてどのくらい知ってますか、というアンケートをしたところ、52%のひとが、「ほとんど知らない」と答えたそうです。ちょっと前までの私も、確実にこの中にいたよ。

コスタリカが憲法で軍隊を持たない、ときめたのは、日本国憲法が生まれた年から2年後の1949年。軍事にお金を使わない分、国家予算の4分の1が教育費。学校でも積極的に平和について考える授業をよくしているし、また、学校での授業が、話し合いの技術を学ぶ場にもなっている。そして、若いひとたちの社会参加、政治に対する意識が高いのに驚く。18歳から投票できる選挙は、投票率が、いつも8割ほどとか。

軍隊がないから、表現の自由がある、だから言葉で話し合いができるでしょ、と、平和のために対話が大切なことを具体的に知っているひとたち。軍隊がなくても平和に暮らせる、のでなくて、軍隊がないから平和に生きれる、と体験上、知っているコスタリカのひとたち。う~~ん、9条があるから、9条(の意味や意義)を知らない、というひとが多い日本とは、そのあたりがだいぶん違うなあ。

早乙女さんは、9条の意味を感動をもって伝えることの大事さを何度も言われてた。ほんとにそう思う。

軍国主義時代の日本は、1945年までの戦争で2000万人のひとを殺してきた。310万人の日本人のいのちも亡くなった。それから約60年間、国の名のもとの戦争で、ひとりも殺していない、ってあらためてすごいことだと思うのです。昭和20年の、男の人の平均寿命が24歳、女の人のそれが38歳、っていうのも、ものすごい数字だ、、!

ほどほどの軍事力くらいもたなきゃ、とよく聞くけど、こと軍事力にかぎっては、ほどほど、というのはないのです。それも冷静に考えたらわかること。いつも思うのは、世界で最強の軍備持っている国が、じゃあ世界で一番平和で安全な国ですか、ってこと。

早乙女さんのお話の中で、「一なる声」という言葉が印象的でした。いち=ひとつ、の声。いちがなければ、その声はゼロ。いちなる声は、かんがえようによれば無限に広がる。声をあげる、自分の思いを人に話す、主体的に自分の意見を持つ、持って、声に出す、それを誰かが聴く。9条の持っている意味を、どれだけ感動的に伝えられるか。うまい下手でなく、つたえることが、9の精神を生きることだ、って思います。まちがいなく、いやもおうもなく、私たちは今、歴史の転換点にいるのだから。

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はあとのみなさんと一緒に、夫婦してうちあげの会にもまぜてもらいました。毎日、患者さんやお年寄りのかたと接してて、毎日、めちゃ忙しいにきまっている。でも、それをいいわけにしないひとたち。戦争を経験しているドクターも、若いドクターも、職員さんたちも、一言ずつ語ったとき、誰も、早乙女さんにむかって「がんばってください」っていわなかった。さわやかでした。

はあとの会さん、おつかれさまでした。また、会場には何人かの顔見知りさんも。聴きにきてくださって、ありがとうございました。

DVD「軍隊をすてた国」、思いきって買いました。DVD「日本国憲法」とともに貸し出しいたします。いつか紅茶でも一緒に見れたらいいね。

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もどったら、真夜中でした。遅いよ~!二人でどこいってたんだよお、心配するじゃないか!って、翔がめちゃくちゃ興奮して、とびあがって駆け回って、さながら室内運動会、心配&安堵の大歓迎ぶり。ごめんよごめん、これだから、ふたりで泊りがけの旅はようできませんわ。

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2006年7月10日 (月)

ちいさなひと

はじめて紅茶に来た時は、まだゼロ歳の赤ちゃんでした。でも、なんだかとっても存在感があって、まるごと生きてる!って感じで、赤ちゃんなのに、もう堂々たる、ちいさなひと、でした。紅茶の部屋をハイハイでななめ真一文字に横切って、大陸横断できたよ!って得意そうな顔で笑ってました。

お母さんは、京都にある、私のなかよしの助参院でお産をして、富山に引っ越すことになった時、助産婦さんから紅茶があることを聞いたのでしたね。そして私は、富山にすむのなら、小杉にほっころろ~んっていう場があるよ、あったかいひとたちが迎えてくれるよ、ってほっころをお教えして、それから、おかあさんとこうちゃんと、とっても大事なほっころの仲間になったんだよね。お母さんとは、わたしも月に一回、いっしょに学ぶ仲間で、逢えるのがいつも楽しみで。

そのこうちゃんが、交通事故にまきこまれて、亡くなりました。どうして、どうして、そんなことが!って信じられない、痛いくらいの悲しい気持ち。

ちいさいひと、のこうちゃんは、2歳。笑顔がめっちゃめちゃかわいくて、いつもぴかぴかしてて、くりくりしてて、愛をいっぱい私たちにわけてくれていました。こうちゃんは、なんだか、すっごくものごとがみえてるみたいで、ふしぎなちからをもってる感じがしました。4月、5月とあったとき、わあ、ますます、そんな感じ、っておもわずこっちのほっぺがにこにこしました。

ほっころの仲間にのせてもらって、富山のおうちでのお通夜に。こうちゃんのアルバム、どうぞみてください、って。くりくりの笑顔がどのページにも。助参院で助産婦さんと映ってる写真もありました。お通夜のあとで、こうちゃんがすきだった歌やわらべうたを歌ってみおくってやってください、ってお父さんがみんなに頼んで、キラキラ星や、まいごのおまわりさんや、ととけっこー、夜が明けた、や、ありがとう大地、や、さよならあんころもちまたきなこ!、、、を、みんなで歌いました。

2年7ヶ月、という時間を、ちっちゃいからだいっぱいで生きたこうちゃん、こんなにたくさんの人と出逢っていたの?とびっくりするくらい、みんなにみんなに愛されていたんだねえ。こうちゃん、ほんとに忘れないよ、こうちゃんのくりくりも、ぴかぴかも、ずっとずっと忘れないからね。

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2006年7月 2日 (日)

初田んぼに行くつもりが、、

金沢別所の山下さんちの田んぼの草取りが昨日からはじまりました。紅茶つながりで「お米の会」の仲間になったIさん、Fさんといっしょに、日曜日の田んぼで会おうね!って約束してたのですが、朝からのかなりの雨で、う、残念・だんねん。ゴム長も麦藁帽子もしっかり用意してその気になってたんだけどなあ、、。

山下さんちのシンくんとレイジくんに、今年からお米の会の田んぼがまかされるようになって、ずいぶんと楽しみがふえました。お米の会のHPがリニューアルされ、掲示板も新しくなり、そのうえ、農園日記というブログまでできました。シンくんがとても豆に書いていて、田んぼの様子、畑のこと、どこにどんな野菜を持っていってるかがよく伝わってきます。

野々市の「元気野菜のっぽくん」とこにもお野菜だしているんですね、きのうの彼らのブログで知りました。のっぽくんは、フェアートレードのお店のal(アル)さんのパートナーさんとご両親がしているお店。のっぽくんが一階、alとデリカフェがその2階にあります。

ぜひ農園日記のぞいてみてください。20代の山下兄弟が、農業で生きてゆこうとする情熱や、日々の汗や、魚とりの楽しみや、シンくんのモンゴルでの話や、食べ物に対する想いや、ばあちゃんとの会話や、親父さんとの話し合いや、その他もろもろ。そしてこんな若者たちを応援してくれる人たちがまた増えてくれること、願っています。

 農園日記は、http://green.ap.teacup.com/renge/  マイリストにもいれておきましたので、いつでも紅茶のブログから飛んでゆけますよ。

7月15日の紅茶shoppeで山下さんちの若い衆に会ってみてね、きもちのいい子たちだよ!私の出すshoppeのランチのごはんも、ナイト紅茶のときやとくべつ紅茶放課後のときに出てくる玄米も、もちろん、彼らの田んぼでとれたお米です。

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2006年6月10日 (土)

薪ストーブが、きもちいいって。

昨日、今日と、二日にわたって、Sさんというプロの方に薪ストーブのメンテナンスをお願いしました。赤いストーブのふたをはずし、窓をはずし、フィルターをとりかえ、本体残してほとんど分解して、きれい~~~にお掃除して、また組みなおしてくださいました。灰だらけになりながら。

今のストーブは2代目で、つかって9年になるのですが、「この年数でこれだけきれいに使っているひとはすくないですよ、ものに対しておもいやりもって使ってらっしゃいますね」といわれて、うれしそうなまあさん。Sさんは、誰も見てなくても、誰に認められなくても、自分が満足のいく仕事をすればきもちがいい、というタイプのかた。分解やお掃除のやり方を見ていて、教えられることがたくさんありました。きもちいいお仕事されるかたでした。もしも薪ストーブをお使いのかたで、わからないことあったら、Sさんをご紹介しますね。

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いのみら通信、県内外、ともに今日で発送が終わりました。ほ~っと安堵のため息。今週水曜日夜行で東京にいくので、出し残すわけにはいかなくてね。お手元に届いたかたから、いのみらライブラリーの本や、マイの卒論冊子のお申込みもとびこんできます、どうもありがとう!

卒論の最後のページの「聴いて!」の詩は、JHC板橋さん(心の病気のひとたちの居場所やお店や作業所をしているところ、去年、出前にうかがいました)のピア・カウンセリングの資料のなかにあったものでした。原文は英語でかかれていて、それを卒論のためにわざわざ探し出してくださったのも、JHC板橋さん。お礼の気持ちで一冊お送りしたところ、読んですぐ、まとめて30冊ものご注文。セルフヘルプグループを切り口にしての「場の持つ力」、ということで興味を持ってくださったんだと思います。だからなおうれしい。

東京へは、今回のいのみらでご紹介した、まついのりこさんの「あの日の空の青を」や、田中優さんの岩波ブックレット、アレン・ネルソンさんの新しい講演録、前号でお知らせした団士郎さんの「家族の練習問題」など、余分にもってゆきますね、西東京や川口やほかの場所でもお分けできるように。

さてさて、過ぎた5月をふりかえったら、はからずもまたゲキドー月間を過ごしてしまいました。といっても、見た目は静かで、内側がゲキドー、ね。徹夜したり、そのすぐあとに若者たちと午前2時過ぎまで話し込んじゃったりしたら、こらこら、とお叱りの声が聞こえてきそうです。この週末はおとなしくして、エネルギー貯金中です。

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2006年5月22日 (月)

アレンさんのお話 in 輪島

気持ちのいい、5月の緑の能登海浜道路を、アレン・ネルソンさんのお話を聞きに、一人で輪島へ。2月、加賀での「非暴力トレーニング」のワークショップで会ったときのアレンさんは、風邪をひいてしまってしんどそうだったけど、元気な笑顔でほっとする。いつもおなじみの通訳のじゅんさんも。

アレンさんのお話を聴こう、と動きだしたひとのなかに古い知り合いのちょろさんがいて、そのほかにも、10数年前から名前や通信の交換だけで知ってた、何人もの与呂見のひとたちと、この日、初めて会えました。こういう会を開くのになれてなくて、といいながら、みんなで準備する様子が、かえってハートを感じさせてくれて。何人来るかな、う~ん、30人くらいかなあ、と心配そうだったけど、80人もの参加。アレンさんの背広の襟に、ぴかっと光るは、この日お渡しした、9teaバッヂ!

はじまりのあいさつの時に、「自分たちがしている田んぼに爆弾が落とされたら、と考えると、、」という言葉が、とてもリアルでした。そういう想いをもって、アレンさんの、本当の戦争の話を聴く、ということ。

戦争後遺症で20年近くも苦しんだアレンさんが戦争を語る、ということは、そのこと自体が、PTSDの苦しみを語ることであり、彼にとってものすごくつらいこと。それを身をもって知っているからこそ、この苦しみを、日本の若者たちにも、もちろんどの国の若者にも、味あわせたくはないんだよ、、ね。アレンさん、7月にまた金沢でお話されます。またここでもお知らせ載せますね。

アレンさんの、あたらしい講演録の冊子「そのとき、赤ん坊が私の手の中に」(憲法9条・メッセージ・プロジェクト発行 300円)も出たばかり。紅茶でもとり寄せることにしたので、どうぞまた紅茶玄関本やで手にとって見てね。アレンさんは、来日のたびに日本各地で、本当の戦争と、9条を私たちが持っていることの意味をお話くださいますが、どれだけがんばっても、講演を聞ける人の数は限られてる。だからこそ、もっともっと多くの人に知ってほしい、とプロジェクトのひとたちがこの冊子をこのような求めやすいお値段で。

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輪島の帰り道、予告なしに能登田鶴浜のテツ&ヒロさんちへ。結婚された娘さんへの、ちいさなちいさなプレゼントを届けに。ヒロさんのよろこびように、こちらまで幸せのおすそわけをもらったようでなおうれしくなる。

ヒロさんと知り合って16,7年、お互いに遠いからそうちょくちょく逢えるわけでないけど、形式ぬきのハートのつきあい、という私の大切なこころ友だちの中に、確実にいてくれるお二人。友禅の仕事をしてきた自分が、いま、平和のために何ができるか、その新しい一歩、という話を帰り際に聞いて、ヒロさんの凛とした意志に、わたしもまた勇気をもらえた気がしたよ。

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2006年5月 9日 (火)

児童館でのシンポジウム

GW最終日の7日は、県中央児童館30周年記念のシンポジウムに。おもしろい独自の教育観で子どもたちとともに学んでるこったさん(南手骨太さん)、野々市町少年育成センター所長の山本さんと、紅茶の私、というそれぞれ違う場で動いてる3人をコーディネイトするのが、テレビ金沢の塚田アナ。(以前、おつとめ局を間違えてここにかいちゃって、名刺頂いて、あちゃっと冷や汗!)塚田さんとははじめてお逢いしましたが、「きもち」の本をきちんと読んでくださってるのが、お話してみてすぐにわかりました。そして、「聴く」ことが、アナウンサーの基本です、とも言って下さったので、もうそれで大いに安心。

事前のうちあわせでは、2時間のうちわけとして、前半と後半に一人が10分ずつしゃべって、間をやりとりでつなぐ、というシナリオでしたが、塚田さんは当日のうちあわせで、最初の10分でいいたいこと、全部お話しちゃってください、と、私たち3人に注文を出したのです。いきなりいわれて、ひえ~と焦りましたが、でも結果的にはそれがよかったとあとで納得。

私自身が伝えたいことは、いつも、「聴くことのちから」についてです。塚田さんがそのことを具体的に尋ね、また、どうやって聴く練習をするんですか、と質問してくださったので、とっても話しやすかった。パネルディスカッションでよく司会役の人が、ええ~、なんでそんなこと私に聞くん?って場面がけっこうあるのだけど、塚田さんは、一人ひとりの話してることをよーく聴いてて、それで問いをたてるアナウンサーさんでした。おかげで、しゃべるつもりしてなかったことがしぜんに引き出されて、私自身にもライブのおもしろさがあって、塚田さんとの出逢いに感謝。

会場には意外はひともきてて、あら!あら!とうれしい再会がいくつもありました。偶然、児童館に来て、看板見て、シンポジウムに参加してくれた紅茶に近いMさん。4,5歳のころから知ってるYちゃん、今は学校の先生の玉子さん、お米の会でもいっしょだったね。いつかナイト紅茶にでもきてくれたらうれしいな。

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骨太さんとは、控え室で興味深い話もしました。近ごろは教育と健康についてのお話の出前をよくしてるそうです。最近、食品の裏側の添加物についての危険性もずいぶん指摘されるようになって、以前より関心が高まってると思うけど、骨太さんは、食品以外にももっともっと危険なのが、皮膚をとおして体にじかに入ってゆくもの、たとえばシャンプー、たとえば赤ちゃんのおしりをふく消毒用のティッシュみたいなもの。

赤ちゃんの生きる環境、羊水の匂いが最近シャンプーくさくて、その銘柄までがわかるほどだという話にはびっくり!口からはいるものだけ気にしてたら、落とし穴!こんど機会があったら骨太さんにもうすこしくわしくお話聞いてみるつもりです。

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2006年5月 6日 (土)

甘夏ママレード

海藻押し葉の、伊豆の野田さんが、無農薬の甘夏をおくってくださいました。
皮も安心して食べられるから、手間だけど時間あったらママレードにどうぞ、っていわれたものの、きっとわたしのことだ、おそらくつくれないだろうな、忙しいを口実にして、と思っていたのだけど、一念発起、ママレードづくりに挑戦する気になりました。
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失敗したくないから、甘夏ママレード、をネットで検索してみると、、、あ、ありました!「手作りジャムする?」というサイト。http://berrygood.seesaa.net/article/2922191.html
すっごいくわしい、手取り足取り教えてくれてる感じです。
皮の苦味をとるのに、そうかあ、そんなにていねいに水を何回もとりかえるのか、
へええ、種も入れて煮るのが大切なんかあ、それがジャムのとろみと関係してくるのか、、と、初めて知ることばかり。前のでたらめな作り方じゃ、苦くって、おいしくできなくて、失敗して、うん、当ったり前でした。今まで、甘夏にずいぶん失礼なことしてきちゃったなあ。
「手作りジャムする?さん」、おかげでおいしいママレードがはじめてつくれました。
まったく知らない方ですが、お知恵をほんとにありがとう。
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さて、伊豆の野田さん、10月ころ、金沢に見える予定だそうです。
しら井こんぶさんとも相談しあって、七尾や金沢でも、そしてできたら紅茶でも、野田さんにてほどきしてもらって、海の森のお話&海藻押し葉ワークショップができるといいな、って思っています。

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2006年5月 4日 (木)

5月連休のすごし方・1

この連休、どのようにおすごしですか、わが家の5月2日は、フルタイムの豪華な休日でした。

毎年この季節は、家でも別所の山下さんち(彼の無農薬のお米を19年間いただいてます)の竹の子を毎日のように味わうのですが、年に一度は竹の子料理を食べにも行きます。この季節だけ、おうちがお料理屋さんに変身するところが、竹の子産地で何軒もあって、これまでは例年、別所に行ってたのだけど、今年は七尾のしら井昆布のおかみさんに教わったところに、まあさんと二人で初めて出かけました。

富山の氷見に近い、高岡・国泰寺のまわりに10軒くらいある竹の子料理のお店のひとつ、お寺に一番近い「竹の子家」。別所のも、掘りたてでやわらかくておいしいけど、ここのは一味ふた味、違う!上品な味付け、別料金のてんぷらも熱々でからっと揚がってて、ほんとにたけのこ三昧!という感じでした。お値段は別所がコース一律2500円なのにくらべて、3150円と少し割高だけど、でも年に一回なら、うん、足を伸ばす価値あり。5月末まで、年間40日だけの竹の子料理のおうち。tel:0766-44-1398

竹の子の帰り道、とってもかわいい木の家のパンやさんがあり、ちょっこっとのぞいたら椅子もテーブルもあって、買ったパンをここでコーヒー飲みながら食べられるお店。その名も「bread」という石釜のパンやさん&ギャラリーカフェ。

なにげなく棚をみると、「まだ、まにあうのなら」という、20年くらい前に一人のお母さんが原発のことをとてもわかりやすく書いた本の、新改訂版がさりげなくおかれていて、ん!ん?と、私のアンテナが立つ。その隣には、今夜行く予定の高岡ピースフィルム・フェスティバルのちらしもおいてあるではないか。お!知らずにたまたまはいったけど、そういううれしいお店だったのだね。にこにこ。パンやさんご夫婦もなにげなくて、年季のいった手づくりエプロンかけて、無口で、それがまたいい感じ。(夜のごはんを、ここで買ったカマンベールのパンと豆パンですませたのだけど、これまたほかのパンやさんのと、ふた味以上ちがいました!)

その足で氷見まわり、七尾の一本杉通り・花嫁のれん展に。一本杉のおかみさんたち(つまり栴檀のおかみたち)の提案ではじまり、いまや一本杉の名物になってきてる花嫁のれん展も、今年で3年目。3~5日の七尾の青柏祭をはさんで開かれ、この通りのお店がそのまま、花嫁のれんのギャラリーになる。クリーニング屋さんも、お茶やさんも、栴檀仲間の洋服やさんも、しら井昆布さんも、高沢ろうそくさんも、布仏壇やさんも、なかやち陶器やさんも、鳥居醤油店も。

花嫁のれんは、娘さんが嫁ぐ時にもってゆく、金沢や、このあたりだけの風習。鳥居さんとこのは、娘さんのリクエストで、お母さんがつくったオリジナル花嫁のれん。娘さんが幼子の時にきていた一つ身の着物の、しぼりのところを、おばあちゃんがもってらした白生地にアップリケして、それから上の紋のところを染め屋さんにだして染めてもらったもの。

こんなふうに、どののれんにも家族や親子の物語があって、それを聞かせてもらうのがまたいいんです。こののれん展がなかったら、たった一度しか出番のなかったのれんが、毎年この季節に飾られて、多くの人に見てもらえるようになった、っていうのがいいよねえ。こののれん展、5月14日まであります。

そしてサプライズ!鳥居さんちに寄ったら、あらあ!朋ちゃん一家。青柏祭をみにきてたんだろうな、びっくりびっくり。お父さんは、3月の紅茶で習った、名前の手話をまだ覚えてましたよ。明日の紅茶に寄れないかもしれないからここで、ともらったお菓子、またまた神戸でなだかい、くりくり栗太郎のケーキでした。この前、朋ちゃんにプレゼントしたびー玉ネックレスをすごく喜んでくれてたのがうれしかったな。

七尾であんまり長居する間もなく、夕方ふたたび、高岡に向かいました。この夜の「六ヶ所村ラプソディー」、見逃すわけには行きません。

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2006年4月23日 (日)

いのちが、ここにある

一曲目の「ウラルのぐみの木」の歌声が流れてきたら、もう、わけもなく涙があふれてきました。こんなにもしあわせな気持ちにさせてもらえたコンサートって、本当にはじめてです。4月21日夜の、横山茂さんコンサート「わたしは地球(ここ)にいる」。

アルツハイマーを発病して5年になる80歳の茂さんと、パートナーの孝子さんとの、二人三脚はもちろんだけど、ときどき歌詞をまちがえる茂さんの、リズム、声の調子に、そっと呼吸をあわせながら、見守りながら、ピアノを弾く安達元彦さんと、アコーディオンで伴奏するおつれあいの岡田京子さん、舞台に立つ4人が心をひとつに合わせてかもす空気の、なんと優しく、なんとあったかいこと。

第1部は、ロシアの歌。19歳で召集された茂さんは、シベリアで4年間の抑留生活を送る。歌のデビューは、日本人捕虜収容所ラーゲリへの慰問、上官に命令されて歌った「椰子の実」でした。第2部は、シャンソンや日本の歌。

一曲一曲が真剣勝負。茂さんの張りのある澄んだ声、歌い終わるごとに、横に立つ孝子さんの労をねぎらい、歌をきいてくれたみんなに「ありがとう」を言い、伴奏のふたりにうれしそうに合図し、それを受けとる安達さんたちのしあわせ、それを共有するわたし達のしあわせ。

プログラム最後の「わが大地のうた」は、笠木透さんの歌で、前から大好きな歌。くり返しの部分、

♪わたしが歌う うたではない あなたが歌う うたでもない 

 わが山々が わたしのうた わが大地が わたしのうた

の茂さんの声がとくに力強くて、凛としてて、胸に迫る。

うれし涙&大笑いがいっぱい、しあわせがいっぱい、「あなた」の、「わたし」の、いのちが今ここにあること、生きてることへの感謝がいっぱい、のコンサートだったと感じました。

コンサート終了後、横山さんにお礼を言いに行きました、「いっぱ~いしあわせな気持ちになりました、ありがとう!」。横山さんはうれしそうに両の手をもみながら「さあー、なぁにがでてくるかなぁ?!」って言って、茶目っけたっぷりのニコニコ顔で返してくださいました。

岡田京子さんにもお逢いできました。川越紅茶つながりでもう何年も前から、そして不思議なレストランの松浦さんのお話からも、私はすでに岡田さんの歌声も文章も知っていて、でもこの日やっと確かに、出逢えたよろこび。きりりとして、若々しい、岡田さん。アンコールの3曲目は、その岡田さん作の「ふるさと」を、会場全体で歌いました。

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この日の午後、めずらしくお休みが取れて、急きょ、ちゆゆに初めて来れたEさんとAさん、その夜のコンサートに誘うと、意外にも、行けます!行きたい!と。終わってから、よかったぁ~~!来てよかった!ちゆゆに行かなかったら知らないままだった、ご縁だったねえー!を連発。

こんなことって結構ある。行きたい!って自分のアンテナで感じて、時間とつごうをなんとかつけて、でも行く行かないを決めるのは自分の選択。私の場合は、岡田さんがきっかけ。ここのところハードな日々だったけど、行きたいと思い、逢いたいと思い、時間をひねり出して、よかった。本やDVDを送って背中を押してくれた、川越紅茶のジュンコさん、なみちゃん、ありがと!

4月30日は神戸で、横山さんのコンサートがあるそうです。(どなたか、もうすこしくわしい予定わかったら教えてくださいな。)

神戸鷹取駅前の藤原ビル、ユゼ・アガサにて 2:00より

5月末には富山でも横山さんのコンサート、と、岡田さんがいってらっしゃいました。こちらももっとくわしくわかったらまたお知らせします。

     

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2006年4月13日 (木)

いのちの歌 魂の歌

3月の加賀でだったでしょうか、一枚のコンサートのちらしを手渡されました、横山茂さんという知らない方の。でも、アコーディオンで伴奏する共演者の、岡田京子さんというお名前には覚えがありました。ジュンコさんたちがしている川越紅茶、その土台ともなった月いちの「うたいち」が今年10周年をむかえ、それを記念してのつどいが、岡田京子さんのコンサートだったのです。岡田さんは、不思議なレストランでもコンサートをしてらっしゃる。そんなつながりの糸をたぐりたくて、金沢でのコンサートに行こう、と決めていました。

先日、松浦さんが見えたとき、今度ね、横山さんという方のコンサートがあって、それに岡田さんも出られるので、行くつもりしてるんです、と言うと、「そう、きっと奥さんもご一緒ね、お一人で歌うことはむずかしいから」と。その意味がまだよくわからないまま、数日がたちました。

ジュンコさんにこのコンサートのことを話すと、まあ!それなら先にぜひ読んでほしい本があるの、と本が、たかはしべんさんマネージャーでもある川越紅茶のなみちゃんからは、一枚のDVDが、ほぼ同時に送られてきました。

そしてはじめて知ったこと。ヨコちゃんこと横山茂さんは今年80歳。シベリアでの4年に渡る収容所生活、そこで歌った「椰子の実」が、歌にちからがあると感じた、おそらく彼の出発点だったこと。日本に帰ってきてからいくつかの合唱団をつくり、やがて秋田「わらび座」結成へとつながっていったこと。そうか、あの「わらび座」をつくったお一人だったんだ!

横山さんは5年前にアルツハイマーを発病、その病は進行して、カコちゃんことおつれあいの孝子さんのことも、誰だかわからなくなったりする。けれども、若いころから歌い続けてきた歌だけは、横山さんの魂の底深くたくわえられた地下水となって、歌いたいきもちがあふれてくる。歌声となる。もちろん、横にいるカコちゃんに支えてもらいながら。歌う横山さんのいい顔をDVDで見ながら、病によって記憶は奪われても、魂は壊せない、魂はそこにある、うれしい、かなしい、しあわせ、と感じるきもちもまた、と思いました。

ちらしに寄せられた岡田京子さんの言葉ーー今、横山さんは「生きること」そのものの証人です。もろもろの余計なものをすっかり脱ぎすてて、歌に遊ぶ天使のような彼を見ると「究極の希望」が、人間にのこされていることを感じるのです。

この前見た映画「歓びを歌にのせて」。人間と歌、人間と音楽、その結びつきがじぃんと心にしみました。横山さんもきっと、歓びを歌にのせて歌ってくださるのでしょう、舞台の上でどんなハプニングが起きるかわからないけど、それもふくめて、私は聴きに行きたいと思う。歌い続けること、歌を聴いてもらうこと、横山さんの歓びを、私もその場で一緒に感じたいから。切符、紅茶にもありますよ。

  

  横山茂さんコンサート 4月21日(金) 開場 6:00  開演 6:30 

  金沢市アートホール(ホテル日航6F) 会費2500円

     問い合わせ先 わらび座の家さん 090-5210-6639

   

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2006年4月 2日 (日)

龍平さん  のりこさん

毎週水曜日に届く「マガジン9条」→ http://www.magazine9.jp/ 
さまざまな角度から、9や憲法についてのお話が載るので、目がとってもワイドになります。今週のゲストは川田龍平さん。マガジンの予告メールに、
「さて、
【この人に聞きたい】は、川田龍平さんが登場です。薬害エイズ訴訟和
解から10年。高校三年生の時に「実名公表」を行い、原告団の一人と
して闘った川田さんは、「日本国憲法がなければHIV訴訟の裁判は起
こせなかった」といいます。その経緯と憲法についてじっくりとお聞き
しました。彼のお話から、「憲法を活かす」とは、このようなことだと
いうことが、よくわかります。」
とあって、さっそく読みました。憲法は、守るものというより、活かすもの、本当にそうなんだと思います。そのことを、裁判を通じて実感していった龍平さんのお話、とっても説得力があります。
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龍平さんとは、3年前、大学教育学会というところのフォーラム(市民力を育てる、というテーマでした)で、パネラー同士として初めてお逢いしました。そのときに、彼がバッグの中からいきなりタペストリイの本をだしたので、え、何でその本がそこに?ってびっくりしたら、母から借りてきたんです、とのこと。お母さんの川田悦子さんが大分に講演にいらした時、紅茶つながりのRさんがその本をプレゼントしていたらしい。同じテーマでテーブルについて話す相手のこと、ちょっとは知っておかないと、と来る途中の電車のなかで読んでいたのですって。
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彼がちょうど松本大学の先生になったばかりのころで、フォーラムではその授業の話をしてくれました。薬害に関するテレビ番組を授業で見た学生さんたちが、龍平さんの研究室によくきてお茶しながら語り合うこととか、授業の中で一人ひとりの学生さんが自分の弱さを出して話してゆくこととか、そんな彼らと一緒に裁判の傍聴にいくとか。こりゃすばらしい「市民力を育てる授業だわ」って思いました。
彼が薬害裁判のことでよくテレビに出ていたのは、まだ10代のころ。龍平さん、すごくすてきな、思慮深い青年になっていました。
ーーーーというわけで、今週のマガ9はとりわけ読んでもらいたい内容です。
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夜、ひさしぶりにまついのりこさんからお電話。いのみら通信の、「花びら一枚」への感想や、9teaのこと。絵本や紙芝居をたくさんつくってこられたのりこさんは、ご自身、いくつもの九条の会にはいってらっしゃるのだけど、いのみらで9teaのことを知ったとき、こんなにも胸がときめく9は、はじめて!って思ったそうです。
そしてご自分から、私も9teaのお仲間にまぜてもらえるのかしら、って。
もちろんもちろん、ようこそです。すっごくうれしいなあ。
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のりこさんとのおつきあいは、紅茶が始まってまもなくですから、おそらくもう22年ほどになるのでしょう。いつも遠くから、あたたかい励ましをおくってくださっている、紅茶にとってとても大切なかたです。
経済学者だったのりこさんのお父様には、経済の観点からも先の戦争に日本が負けることがわかっていて、そのことを大学の授業で話したことで、治安維持法の罪でとらわれました。のりこさんの、平和への強い強い想いは、そのお父様からしっかりと引き継いでこられたもの。
のりこさんは、去年、はじめてエッセイ集をだされたそうです。きっとそのなかにお父様から手渡されたいのちのバトンのお話もあるのでしょうね。ご本を送ってくださったらしいので、いま、楽しみに待っています。
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この前のピースウォークで、へのっこガールズのたいちょー(隊長のこと)を追いかけていたmizuhoさんからのお知らせです。先日のナイト紅茶に、たいちょーもmizuhoさんもきてましたね。5日にきっとみてみてね!(といっても石川のかたのみ、ですけど。)
      ↓
4月5日(水)午後6時16分から放送の
MRO北陸放送 イブニングニュース
コーナー企画 「わいわいキッズ!」で
6時30分~40分あたりに2分半ほどで放送します。
「中学生が呼びかけるピースウオーク」です!

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2006年4月 1日 (土)

これで十分

ナナオサカキさんは、美しい銀色の髪と長いおひげの、やさしい深い目をした詩人さんでした。大好きな「これで十分」の詩は、英語でも歌ってくださって。こころに抵抗なくはいってくる、すごくきもちのいい声。

1時間ほどの詩の朗読のあと、参加したひとたちからの質問にこたえる、ナナオさんとの時間が心地よくってたのしかった、いっぱい笑った。自分を生きてる自然さ、というのが詩を読むときも、話してる時もからだ全体からにじみ出てるナナオさん。

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   ホラは大きいほどいいよ、健康にもいいよ。どこまでがホラで、どこまでがホントか、           もうわかんなくなっちゃったよ。オナラもね、大きく、がまんしないで。そう、景気よく。

   ぼくは何人(じん)か、って? I’m ほもせいぴぁんす、人類、さ。

   あしたのことは思い悩まないよ、あしたのことはあしたにまかせる。

   旅してるとね、食べ物はたいてい、道の途中におっこってるもんだよ。

   ぼくらは仲間に会うとまず、腹、へってないか、飯じゅうぶん食ってるか、って聞く。そ れがぼくらの仁義。

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「どこか 水の惑星の上で」は、長良川をうたったものだそうです。源流から河口まで、8回も歩いた。そうやって川をずっと歩くとね、たくさん学ぶよ、とも。

「これで十分」の歌をアンコールでお願いしたら、今度は日本語で歌ってくださった。拍手すると、ご自分は5本指くつしたの足で拍手して、ほら、こうすると楽しいでしょう、って。

誰かと話すたびに、ありがとう。拍手に、ありがとう。詩の朗読会で、詩人さんからこんなに何度ものありがとうを聴くのははじめてだ。ご本人は、それをまったく気づいてなかったけど。

青いジーンズと手編みのセーターがとってもよく似合ってたナナオさん、83歳。帰り道、私の心も軽やかになってメロディかなでてるみたいでした。

「ココペリ」と「犬も歩けば」買いました。しばらくの間はmy本棚におさめて、声にだして詩の響きを楽しもう。

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2006年3月27日 (月)

菜の花ろうそく

多分、この日しか行けそうにない、と日曜日にまあさんと七尾へ。「きもち」の本のさし絵をかいてくれた朋ちゃんの、「絵とことば展」@高澤ろうそく店で31日まで。

高澤さんのところで新しく開発した、菜種油をつかった菜の花ろうそくが完成し、そのパッケージデザイン&イラストを朋ちゃんが担当したのです。2階のギャラリーには、やさしい透明感のある朋ちゃんのイラストが並べられてて、ふうわりといい時間を過ごせました。

帰り道は定番の、しら井昆布さんでおいしい昆布巻きを夕ご飯用に買い、鳥居醤油さんによりみち。高澤さんもしら井さんも鳥居さんも、七尾一本杉通りおかみさん勉強会の、ことしで7年目になる「栴檀(せんだん)の集い」の仲間。おかみさんたちの、ひとに出逢ってゆくエネルギー、自分たちの出逢いを個人のものにせず、一つでも二つでも一本杉通りの価値に活かしてゆこうとするパワー、いつもいつも感心させられます。

買って帰った菜の花ろうそく、ろうのたれが少ない、と聞いていたけど、見事!全然たれないで最後は芯だけ残る、その美しい燃え方に驚きました。

ひょっとひょっとしたら、水曜のふつう紅茶に朋ちゃん、ひょっこり、かも?予定は未定だから、何気なく楽しみにしていましょう。

今日、ベランダにでて、アケビの新芽がいっせいに出てるのに気がつきました。雪にずっと頭を押さえつけられてたリュウキンカの葉もぐんぐん伸びて、金色の花が見れるのももうすぐです。春の証拠が、庭中いっぱい。今年はとりわけうれしいね。

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